夜に咲く櫻アジア・オセアニア
種類 |
ショート
|
担当 |
一本坂絆
|
芸能 |
1Lv以上
|
獣人 |
1Lv以上
|
難度 |
普通
|
報酬 |
1万円
|
参加人数 |
8人
|
サポート |
0人
|
期間 |
04/19〜04/23
|
●本文
男女が執務机を挟み、向かい合っている。
男はシンプルだが一目でブランド物だと判るスーツに身を包み、三十代も半ばだというのに、白髪一本無い黒髪は後ろへ撫で付けられている。鋭い眼を細めて、ゆったりと椅子に座り、両手を組んで、少女と向かい合っている。
少女は黒いワンピースと白いエプロンに身を包み、灰色の髪の上には、フリルの付いたカチューシャを頂いている。少女の十代半ばといった顔立ちは、瞳の僅かばかりの揺らぎすら許さない。鉄壁の無表情と直立不動をもって、目の前の男と向かい合っている。
「夜桜ライブの件ですが、会場設置及び、近隣住民への対処は例の如く『Knights』が担当しています。参加グループですが、『Firing hammer』からは『ガレーシア』、『Beauty and Beast』からは『冬雷会』、『BAD SPEAKING』からは『biblion』の参加が決定しており、各自のスケジュールの調整も完了致しました。ただ、今回参加を予定していました『Glass Heart』の『Trinity』は参加を辞退するとの事です」
少女の報告に、男は片眉を上げる。
「ふむ、何かトラブルでもあったのかね?」
「花粉症だそうです」
「‥‥‥‥予想外だね」
少女の答えに、男は虚空に向かって視線を泳がせた。
「如何なさいますか?」
「流石に、涙と鼻水を流しながら歌えとは言えないな。代わりを用意するしかあるまい」
「ですが、他のグループも既に予定が詰まっております。スケジュールの調整は困難だと判断します」
「今回は外部の者に依頼するとしよう。各プロダクションに連絡を取ってくれたまえ」
男の命に、少女は一礼を持って答える。
「Ja.では、早急に手配致します」
『夜桜ライブ』
四つのグループが都内四箇所の公園を一つずつ担当し、夜桜の下、野外ライブを行うという企画です。
今回ライブを行う予定だったグループの一つが、急遽を参加を辞退したため、代わりの人員を募集しています。
参加者は、全員で一箇所の公園を担当します。
ソロで歌うも、グループで歌うも自由です。各自で相談して下さい。
歌唱力や演奏力、パフォーマンスが重要となります。
歌詞はオリジナルのものに限ります。
ライブは夜に行われます。
●リプレイ本文
風に吹かれて、桜の花びらが舞い落ちる。
落ちた花びらは、風の流れに沿って小さな渦を描き、舞い上がる。
公園では着々と野外ステージが組み上げられている。
「曲の入ったPC持ってきているから、これとアンプを繋げれば、演奏は何とかなるかしら?」
星野 宇海(fa0379)は持参のPCを男に差し出す。
皺が寄った、よれよれのスーツにネクタイ、よれよれの帽子。紫煙を燻らせる口に咥えたタバコさえもよれよれという、だらしなさ全開のこの男が会場の責任者だ。
「ああ、それは向こうにいるスタッフに渡してくれっかな。操作方法も教えといてくれると助かるのよ」
即席でユニットを組んだ、宇海、亜真音ひろみ(fa1339)、UN(fa2870)にはバックバンドが居ない。曲の入ったPCを持ってきて正解だったようだ。
よれよれの男の後ろでは、七式 クロノ(fa1590)、藤宮 光海(fa1592)、八田 光一郎(fa1591)が自分たちの機材を運び込んだり、スタッフとの打ち合わせを行っている。ライブが始まるまでにやる事は多い。特に、宇海達には入念な打ち合わせと練習が必要だ。
「トローイツァの意味はロシア語で三位一体、組んで間もないけど息はぴったりさ。即席のユニットだけど、絆はどこよりも強いぜ」
胸を張る亜真音に、よれよれの男は無精ひげを撫でながら苦笑を見せる。
「トローイツァ‥‥ねぇ‥‥」
「なんだ? 何か文句あんのかよ」
「いやいや、別にそう言うわけじゃあねぇのよ。ただ、偶然と皮肉は紙一重だと思ってな」
日の暮れた公園。照明に照らされ闇に浮かび上がる桜の花が淡い輝きを放ち、宴の開始を告げる。
花に惹き付けられるように、ライブ会場に人が集まる。
客の入りは上々だ。万雷の拍手を持って、夜桜ライブの幕が開ける。
●ネクサス
メンバーは全員、スーツとネクタイでファッションを統一。
七十年代を感じさせる、レトロでストレートなサウンドと、三人でのコーラスによるボーカルワーク。
ステージ上でのパフォーマンスではなく、楽曲と歌による直球勝負。
今回は、風景に合わせてアコースティックスタイルをとる。
ギターとヴォーカルを担当するのは、アコースティックギターを構えた七式クロノ。
ベースとヴォーカル担当の八田光一郎はコントラバスをウッドベースとして使用。
ドラムとヴォーカルの担当は藤宮光海。マイクはドラムセット装着型のものを使用している。
三人共に会場の熱気を浴びて、テンションのボルテージが上がっている。
歌はクロノのソロから。
軽やかなポップネスを感じるラブソング。
『 二人歩く桜並木 ちょっと冷たい風駆け抜ける
舞い散る桜がボク等近づけ 不意に距離が縮まった
キミが伸ばした手が 止まってるから
ボクはそっと引き寄せた 』
クロノの深く力強い歌声と、光海の清涼感のある澄んだ歌声を繋ぐキーパートに、光一郎が指で弾くピッツィカートで演奏。スラップ奏法をメインに曲を支える。
『 躊躇わなくたっていいよ ボクを信じればいい
愛し合うって事は 一人じゃ出来ない事だから
怯えなくたっていいよ ボクはここにいる
一人じゃないって思えたら その笑顔を見せて欲しい 』
そして、コーラス。三人の声が、ハーモニーを響かせる。
『 散らない桜はないけれど 咲かない桜もないよね
花は残らなくたって 二人で歩いた景色は胸の中に
「キミニアエテヨカッタ」 そんな簡単な事が
ボク等の明日を照らす 本物の光になるはずさ 』
●sagenite
Carno(fa0681)と赤川・雷音(fa0701)の二人組みのバンド、『sagenite』。
ヴォーカル担当のCarnoは、黒のハイネックとボトム、菫色のスプリングコート、銀の首飾りにクロスのウォレットチェーンと指輪。薄手で大判の長く淡い水色のストールを纏う。
ギター担当の雷音は、黒いノースリーブのタートルネックシャツに、ワインレッドのスプリングコートを羽織り、ポイントとしてギターピックのペンダントをつける。手に持つエレキギターは左利き用だ。
曲名は『花の夢』。
Carnoはフェードインで素早く一歩踏み出しターン、ストールに風をはらませる。指先にストールを絡め、ふわりと羽織る。
速いテンポのイントロ。対してヴォーカルはしっとりと伸びやかな甘い響き。
ヴォーカルの入る手前で雷音が演奏のスピードを緩め、
『 闇夜の嵐の中 触れ合う指先
ようやく巡り会えた 君の温もりを
離したくなくて 必死に抱き締めていた 』
歌声を包み込むように、静かにゆっくりと曲を奏でる。
『 泡沫の夢でも 二人想えば時は永遠
帳をあげるまで 二人の夜は終わらないから 』
『 微睡み 夢に酔う 』
ゆったりしたリズムを保ちながら、力強く響く間奏の中、Carnoは、袖に仕込んでおいた紅い花びらを舞い散らす。花びらの一枚を掴み残すと唇に当て、次の歌詞のイメージに繋ぐ。
『 鮮やかに浮かぶ 紅い花びら
仄かに香る白き花 風に揺れて
失くしたくなくて 強く抱き締めていた 』
Carnoがスタンドマイクを包み込み、抱くように持つ。
『 確かめた鼓動は 二人の想いと共に永遠
君と過ごす時が 星の刹那であろうとも 』
『 現の 夢に酔う 』
ヴォーカルの余韻を残しつつ、曲は静かにフェードアウト。
●トローイツァ
星野宇海、亜真音ひろみ、UNで結成された即席ユニット『トローイツァ』。その意は奇しくも、イベントを欠席した『Trinity』と同じ、三位一体。
まずはUN。黒に近い濃紺のスーツをラフに着ている。歌は落ち着いたスローバラード。
証明が落ち、トローイツァの三人と桜を浮き上がらせる。
『 See
暗い青へ変わる窓の外
ビルの上輝く moonlight
グラスの氷鳴らして
そっと溜め息つく daylight 』
UNは余韻を残しながら一歩後ろへ下がり、宇海へと繋ぐ。
宇海は、頭から白地に桜模様の入った紗の小袖をくるりと脱ぎ捨てる。桜の木から溶け出したような、墨流しの桜色の着物に鳳凰文の黒い帯。手には桜の枝の造花を持つ。
宇海の歌は、爽やかなポップスロック。
UNのパートを受けてスロー気味始まり、徐々に軽快なリズムへと変わっていく。
『 降りしきる月の光と 淡い桜の花びら
見上げる君の横顔に 見とれてたなんて言えないけど
差し出した掌に 薄ピンクの花化粧
見つめる僕の瞳の中 まるで君は桜の妖精 』
曲のテンポが上がる。軽快に―――、楽しそうに―――、
『 またこの季節がやってきて 二人、桜を見上げてる
来年も再来年も ずっと一緒にいられたら良いね 君と 』
最後に、亜真音に向かい、手を差し出すような振りを入れる。
バトンタッチ。
今度は亜真音が歌を紡ぐ。
胸に晒しを巻いて着物を着流し風に着こなす亜真音が歌うのは、始めは静かに‥‥徐々に盛り上がり、魅せるバラードロック。
『 一人で迷い落ち込んだ夜もある
こんな広い星空の下
ただ周りに吹く風は冷たく雨は頬を濡らした
自分がこの大地の上にいるその意味が見いだせず
もがき、嵐のように当り散らし荒れていた 』
『 自分だけの星を見つけたのはラジオ(ストリート)から聞こえてくる(来た)ノイズ
釘づけになりすぐに夢中になった 』
『 雲が晴れ星が見えたとき――― 』
空に伸ばされた亜真音の手は、何かを握り締るように胸元へ。
『 あたしは迷わずすがるように傷だらけの手でそれを掴んだ
やがて星は色々な輝きと交じり合い磨かれさらに光を放った 』
亜真音が他の二人を見つめる。
『 時には迷い落ち込んだ夜もある
けれど、雨も嵐も包み込んだ星は今もこの胸の中あの頃の想いと共に宿っている
さらに強く光を放ちながら 』
胸元の握りこぶしをUNに向け、突き出す。
三者三様の曲によるメドレーから、三人同時のコーラスへ。
『 美しき夜間飛行
遠い空で泳ぐ光 花になって降れ 』
『 See
One more time please
Ill go to you 』
三人のハーモニーが夜の桜に染込んでいく。
●ライブ終了後
春の夜気に冷やされて、ライブの熱気が少しずつ引いていく。
客の満足げな顔を見るに、ライブは成功と言って良いだろう。
「組んでくれてありがとうな、星野、UN」
バンドのメンバーやスタッフがそれぞれを讃える。
その輪から少し離れた場所で桜を眺めていたCarnoに、雷音がカクテルの入った缶を投げて寄越す。
「お疲れ、カル。これくらいしか用意できなかったけれど‥‥」
「ありがとうございます、ライ。お弁当を作ってきているので、片付けが終わったら二人でお花見をしましょう」
心地よい疲労感を噛み締めながら、微笑むCarno。雷音も又、微笑を返す。
夜の闇に、散り行く桜が吹雪となって舞う。もう時季、桜の木に緑が芽吹く。