飛べない天使アジア・オセアニア

種類 ショート
担当 一本坂絆
芸能 1Lv以上
獣人 1Lv以上
難度 難しい
報酬 1.5万円
参加人数 8人
サポート 0人
期間 06/14〜06/19

●本文

 少女は泣いていた。
 蜂蜜のような金髪。宝石のような青い瞳。陶器のように白い肌。
 月並みに喩えではあるが、『天使のような』、と誰もが表現するだろう。
 少女は泣いていた。
 部屋に独りきりで―――
 テレビをつけっ放しで―――
 涙を流しながら―――
 少女は見る。テレビ画面の中、スポットライトを浴びて歌う自分の姿を。画面の中の自分は、楽しそうに歌を歌っていた。自分が歌うと皆が喜んでくれる。歌が上手いと褒められるより、誰かが幸せな気持ちになってくれる方が嬉しかった。そのはずだった。

 不意に―――赤い景色が、蘇る。

「―――ッ‥‥‥ッ」
 声は、出ない。
 喉から漏れ出たのは、小さな音。嗚咽のように喉を絞る音のみ。叫びは空気を震わせる事無く、少女の頭の中だけに響く。
 こんなはずではなかった、と少女は思う。自分が歌うことで誰かが傷つくならば、もう、歌うことなんてできない。歌いたいと思えない。
 悲しみに視界が歪む。
 少女は泣き続ける。


「希望ちゃんたら、まだ立ち直れそうにないの?」
 白い、矢鱈にヒラヒラしたワンピースを着た女性の問いに、
「はい。何度か部屋に様子を見に行ってはいるんですが‥‥」
 夢浦 賢檎は自身の腕に巻かれた包帯を撫で、力の無い笑みを浮かべた。
 叶 希望は現在売り出し中の歌手である。高い歌唱力に加え、愛らしい容姿で人気を集めている。
 人気が出ればファンが増える。ファンが増えれば、過激なファンも増える。
 事件が起きたのは十日前。希望がプロダクションの名義で借りているマンションに帰宅すると、部屋の前で男が待ち伏せていた。男は希望のファンなのだという。だからと言って、自宅前での待ち伏せは明らかな迷惑行為だ。それに、今では随分と改善されたが、希望は元来人見知りの激しい少女なのだ。希望が拒絶の意を示すと、男は隠し持っていた包丁を取り出し、大声で喚きながら襲い掛かってきた。同行していた賢檎が男を何とか取り押さえ、希望は無事、難を逃れた。賢檎は腕に怪我を負ったが、希望は無事だった。


 その日以来、希望はマンションの自室から出てきていない。


「人と話をしようとしないんですよ。塞ぎ込んでしまっているようです。それに、光学迷彩を使っているみたいで‥‥‥」
「ま、その傷がある限り、賢檎君が行ったんじゃ逆効果よね」
 女性―――賢檎の、と言うより、希望の直属の上司に当たる女性、都玄馬 名鍼は溜息を吐く。
 心配をしていると言うよりは、面倒を憂いていると言った風に、
「わかったわ。此方で説得の為の人員を用意しましょう」
「有難う御座います」
「いいのよ。希望ちゃんは金の卵なんだから。このくらいで消えてもらっては困るしね」
「金の卵‥‥ですか」
 賢檎は苦いものを噛んだように、顰めた笑みを浮かべる。
 金の卵‥‥‥金の成る木とも言う。
 この、都玄馬 名鍼と言う女性は、決して『悪い人』ではない。が、『善い人』でないのも確かだ。
「そ、何時かは掛けた恩が返ってくるという見込みがあるからこそ、世話を焼くのよ。そうでもなければ、此処までの事はしないわ。うちは慈善団体じゃないのだから」
「あの子には期待しているのよ」と言って、都玄馬 名鍼は酷薄に笑う。


【補足】
・塞ぎこんでいる希望を説得し、仕事へ早期復帰させる事が今回の依頼内容です。
・希望はプロダクションが用意したマンションで一人暮らしをしています。
・希望はマンションの自室に閉じ篭っています。食料は賢檎が補給しています。
・希望は事件のショックで一時的に声が出なくなっています。
・希望は人が来ると、光学迷彩で姿を消してしまいます。
・今回の事件の犯人は、既に捕まっています。

■叶 希望(かのう のぞみ)
現在売り出し中の歌手。元来引っ込み思案な性格だが、歌う事で誰かを幸せに出来るならばと、歌手としての活動を続けている。小鳥の獣人。

●今回の参加者

 fa0075 アヤカ(17歳・♀・猫)
 fa1013 都路帆乃香(24歳・♀・亀)
 fa1200 姫月・リオン(17歳・♀・蝙蝠)
 fa1234 月葉・Fuenfte(18歳・♀・蝙蝠)
 fa1414 伊達 斎(30歳・♂・獅子)
 fa1463 姫乃 唯(15歳・♀・小鳥)
 fa1747 ライカ・タイレル(22歳・♀・竜)
 fa3849 クーリン(12歳・♂・犬)

●リプレイ本文

「マネージャー?」
 姫月・リオン(fa1200)の申し出に、デスクに腰掛けている名鍼が疑問符を浮かべる。
 現在、実質的に希望は一時活動停止の状態だ。マネージャーの仕事といっても然したるものは無い。
「まぁ、良いわ。大した仕事は無いのだから、部外者がやろうと変わらないでしょう」
「有難う御座います。後、希望さんの部屋に泊まれるよう手配してもらえますか?」
「依頼を出した時点でやり方は貴方達に一任しているのだから、それで彼女が説得できると言うのなら、好きにすると良いわ。お手並みを拝見しましょう」名鍼は視線を斎とクーリンに移し、「で? 貴方達は?」
 視線を受けて伊達 斎(fa1414)は、
「希望さん宛てのファンレターをお借りできますか? 彼女を復帰させるには、彼女の歌を望むファンの声を聞いてもらうのが一番だと思うのです」
 斎に続いてクーリン(fa3849)が、
「俺は希望がどんな歌を歌っていたのか知りたくて。希望自身が歌っていた歌を聞かせれば、その歌に込めた想いを思い出すかもしれないから」
「それなら、賢檎君に直接聞いた方が早いでしょうね。呼び出すから、個々で交渉して頂戴」
 クーリンは、もう一つ、と前置きをし、
「俺、きっと都玄馬さんが何か一言だけでも言ってあげたら、希望も少しは安心すると思うんです。何なら、俺が伝えても良いですし」と、提案した。
 名鍼は少し思案した後、
「じゃあ、伝えて頂戴。『この手間が無駄になりそうなら、惜しいけれど、これ以上は無い』と」
 微笑みを浮かべたまま、そう言った。
「―――ッ!」
 それは『さっさと出てこなければ首を切る』という遠回しな脅し文句だった。
 思わず口を開きかけたクーリンを、斎が手で制す。
「貴女の考えは間違って居るとは言わないが、芸能のビジネスはそれだけでいいという物では無いよ」
 斎は名鍼に対して、穏やかに、諭すように語り掛ける。
「貴女の言う『金の卵』がファンに夢を与え、売れる為には貴女が軽く見ている物こそ重要だろう。商売商売と言うなら、そこをもう少し理解するべきじゃないかな?」
 斎の忠告を受けた名鍼は、物怖じするどころか、意地の悪い笑みを浮かべ、
「だったらば、貴方の言う『私に足りない何某か』で希望ちゃんを説得して見せて頂戴。そうすれば、貴方の発言を少しは考えてあげてもいいわよ、『伊達男さん』」
 嫌味たっぷりに言った。
「私、口先だけの発言は嫌いなの。自身が正しいと思うなら、この無知な小娘にもわかる様、それを見せて頂戴、伊達男さん」


●見え無い希望
 トントントントントン。
 包丁がまな板を叩く規則正しい音が響く。
 叶 希望がプロダクションから与えられたマンションの一室、その部屋のキッチンでは、和服を着た女性とメイド服を着た女性が料理に勤しむという、日常生活では滅多に見る事の出来ない光景が展開されていた。
 和服姿が都路帆乃香(fa1013)。メイド姿が月葉・Fuenfte(fa1234)。
 帆乃香はリビングのテレビが流す教育番組系アニメの声を聞きながら、
「最近の子供番組では、楽屋ネタなんかも話に上がるんですよねぇ」
 月葉も帆乃香の発言に合わせ相槌を打つ。
「子供に理解できない話題の意味を理解しかねますが、何か意図が有るのでしょうか?」
 何気ない会話。一見すると、二人だけで完結した世界だ。が、どこかで‥‥或いは直ぐ近くで、希望が話を聞いているはずだ。姿は見えないが、確かにいる。先程葉月が部屋の掃除をした際、微かな足音と、人の移動する気配を感じた。月葉が掃除をしながら移動する度、気配は月葉から距離を取るように動いていた。それは、月葉を避けているというよりも―――
(「遠慮‥‥いえ、掃除の邪魔にならない様、こちらに気を使っている‥‥と考えるのが正解かと」)
 月葉はそう判断した。
 でなければ、初めから別の部屋に移動しているはずだ。
「私達を拒絶しているというより、意図を図りかねている。といった感じでしょうか」
 帆乃香は、テレビの音でかき消える程の、小さな声で呟いた。


 向かい合うよう料理が置かれたテーブル。その片側の席に帆乃香が座る。
 月葉はやや離れた位置に控えている。メイドたるもの、主人(?)と食を共にする訳にはいかないらしい。
 月葉が用意したノートに『頂きます』と文字が書かれ、帆乃香と月葉の目の前で、少しずつ、チャーハンとスープが減っていく。それを機と見た帆乃香が希望に話題を振る。
「どうですか? 味には自信があるんですけど、お口に合いますか? やっぱり誰かと食事するのは良いですね」
 初めこそ反応は無かったが、料理を食べ終わる頃には、簡単な返事がノートに書き込まれていた。
 夕方になると、食料の入ったビニール袋を両手にぶら下げたリオンが部屋を訪れた。
「―――と言う訳で、臨時のマネージャーになりました。姫月 リオンです」
 事情を説明し終えると、リオンは誰も居ない空間に向かって礼をする。また、簡単な意思疎通として、イエスは一回、ノーは二回、どちらでもないのは三回、床、ないし壁等を指等で叩いて合図を出すよう提案した。
 その返事として、コン。と壁を叩く音が鳴る。
「有難う御座います。さし当たって、今日からこの部屋に泊まりたいと思うのですが」
 この提案に対しては、戸惑うような気配の後―――
 コン。コン。
 壁を叩く音が鳴る。
「プロダクションから許可は貰っています。残念ですが、あなたに拒否権はありません」
 プロダクションを盾にして、リオンは半ば強引な形で、希望に宿泊を認めさせた。


●希望の形
 マネージャーとして居座ったリオンや、家事を自身の役割としている月葉を除き、他の者は希望にプレッシャーを与えない為に一度に押しかけず、人数を分けて部屋を訪れていた。
「初めまして、あたし、姫乃 唯って言うの。宜しくね」
 姫乃 唯(fa1463)は元気良く挨拶する。
「初めまして、俺はクーリン」
 クーリンも友好的な笑顔で挨拶した。
 ライカ・タイレル(fa1747)は挨拶を済ませると、今回この場に来た経緯を話し、
「事件は不幸な事だけど、それで貴方が歌わなくなってしまったのは怪我をした賢檎さんにとっても、怪我をした以上に不幸な事です。彼にとっては、少なくとも貴方の歌を体を張って護りたいほど好きなはずです。歌を歌う事を恐れないで下さい。歌を嫌わないで下さい。思い出してみませんか? 貴方が歌を歌うことが好きだった頃を。歌を心から愛してた時を。その思いを思い出し、愛する歌を護りたいという心があれば、勇気が湧いて貴女の心を支えてくれるはずです。だから、ここで私は歌います。貴方が歌を歌う事の楽しさ思い出すように。勇気が湧くように。そして貴女が歌えるようになる事を信じて」と長口上を言い切って、歌いだした。
 それは希望の歌だった。
 希望の歌は彼女自身の願いを表すような、夢や希望を謳うものばかりだった。


 昼食を終えて、午後。
 まどろむ様な空気の中に、唯の歌声が響く。
 唯もまた、希望の歌を覚えてきたのだ。
「実はあたしも歌手なんだよ。希望サンの歌、素敵だよね! 聴いていて幸せな気持ちになれるもの」
「俺も、希望の歌を覚えてきたんだ」
「上手く歌えるかわからないけど‥・・」と前置きして、クーリンが、覚えてきた歌を歌ってみせる。クーリンは男だが、元々声が高いので希望の歌も上手く歌う事ができていた。
「俺ね、希望の歌を聴いた時になんか幸せな気持ちになれたんだ。歌や言葉には力が宿るって言うし、気持ちが篭ってたからだと思う」
「ねぇ、俺の歌で何か感じた? 精一杯気持ちは込めたつもりだけど‥‥」
 やっぱり駄目かな―――。とクーリンが思った時、
 パチパチパチ。
 拍手の音が返ってきた。
 そして突如、部屋中を白い羽が舞う。その―――獣化を解いた際に零れたのだろう、白い羽の中心に、少女が立っていた。
 蜂蜜のような金髪。宝石のような青い瞳。陶器のように白い肌。
 月並みに喩えではあるが、『天使のような』、と誰もが表現するだろう。
 少女―――希望は、挨拶するように、小さく頭を下げた。


●夢と希望
「みんな〜今日は来てくれてありがとニャ☆」
 特設ステージの上で、アヤカ(fa0075)が集まった観客に笑顔を振りまいている。
 警戒を解いて姿を見せたものの、希望の声は戻っていなかった。そこで気分転換に、アヤカが出演する遊園地のアイドルショーを観せようと外へ連れ出したのだ。目立たないよう、付き添いは臨時マネージャーのリオンだけだ。
 希望は、ステージの上でスポットライトを浴びて輝くアヤカの姿にじっと見入っている。
「この際休養も良いですが、何時までもこのままというのは希望さんの為にも、会社の為にもなりません。このような事は今後も起こるでしょう。どうしますか? 此処で歌う事をやめるのか、続けるのか‥‥」
 リオンの言葉に、帽子を目深に被った希望は答えず、ただ俯くだけだった。
 会場にはアヤカの歌声が響いている。

『 私たちは夢の住人
  楽しい夢をみんなに見せる
  綺麗な光を全身に浴びて
  今日も舞台で夢を見せ続ける‥‥
  時には辛いときもあるけど
  それさえ楽しくさせるのが私たち
  現実をしばし忘れて
  明日の活力を与えるために‥‥ 』

「これがアイドルの仕事ニャ! こういう夢みたいな世界をみんなに見せてあげるのがあたい達の仕事なんニャよ〜☆」
 アヤカは観客に混じった希望に語りかける。そして―――
「希望ちゃんもこっちに来るニャ☆」
 アヤカの言葉に、観客達の中からざわめきが生まれる。
 小波の様だったざわめきが、少しずつ、大きくなっていく。
「不味いですね‥‥」
 リオンが呟く。
 ざわめきが大波となるのは時間の問題だった。


「希望ちゃんもこっちに来るニャ☆」
 ステージから発せられた言葉に、ざわめきが広がっていく。
 いずれ、観客達は自分に気が付くだろう。これだけの人が押し寄せてきたら、また、あの、赤い、赤い赤い赤い赤い赤い赤い赤い赤い赤い赤い赤い赤い赤い赤い赤い赤い赤い赤い赤い赤い赤い赤い赤い赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤い―――
 あの―――
 赤い―――
 景色が―――
 蘇る。


「ねぇ、あの子‥‥叶 希望じゃない?」
 観客の誰かが声を発したのをきっかけに、
「ホントだ希望ちゃんだ!」
「今活動休止中なんじゃなかったけ?」
「携帯! 携帯!」
 周囲が騒がしくなってきた。リオンは希望を連れてこの場から離れようとした。しかし、それよりも早く、希望が帽子を脱ぎ捨て走り出す。
 希望を追って人の波が動く。希望の姿は人混みの中に消えてしまった。


「帰ってからずっと‥‥ですね」
 メイド姿の月葉が、心配した様子で言った。
 あの後、リオンは光学迷彩で姿を隠してた希望との合流に成功し、遊園地を抜け出した。
 希望は今、ベランダから星の無い夜空を眺めている。少女は何を思うのか。
「辛い事とかあったら、誰かにすがって泣いたっていいんだよ? ‥‥あたしじゃ、一緒に泣く事しか出来ないかもしれないけど、他にも希望サンの事を思ってくれてる人はたくさんいるんだから」
 姫乃は希望に声を掛け、封筒を差し出した。斎から預かったファンレターだ。
 希望は受け取ったファンレターを開き、目を通す
 そこに書かれているのは、希望の歌を褒める言葉。幸せになれたと言う言葉。希望を応援する言葉。しかし、その思いが大きければ大きい程、希望の心は疑問が生まれる。
 しばらくの間身動ぎもせず、沈黙していた希望は、徐に、ノートにペンを走らせた。
『私は歌っても良いんでしょうか?』と、『私は誰かを幸せにして良いんでしょうか?』と、『私の歌は諸刃の剣なのです』と、『歌が上手いと褒められるより、自分が歌う事で、誰かが幸せな気持ちになってくれる事が嬉しかった』と、『でも、私の歌は、誰かを傷つける事もできる』と。
 歌う事で人を幸せにしたいという希望の願いは、『あの日』目の前で打ち砕かれた。
 希望はノートに字を綴る。
 声を張り上げ、助けを呼ぶように―――
 手を伸ばし、助けを求めるように―――
『私は誰かを救っても良いんでしょうか?』


 そして指定された期間が終了する。姿こそ現したものの、希望が声を発する事はなかった。