春の修学旅行ドラマSPアジア・オセアニア

種類 ショート
担当 柏木雄馬
芸能 2Lv以上
獣人 1Lv以上
難度 普通
報酬 3万円
参加人数 8人
サポート 0人
期間 05/18〜05/22

●本文

「それじゃあ、解散。4時にここに集合ってことで」
 修学旅行三日目。この日は、班単位での京都自由散策の日だった‥‥のだが、出発早々に班は自主解散。『予定通り』各自好き勝手にやることになった。
 直美たちはアイドルの撮影現場を見に行き、美代は遠距離恋愛の彼氏に会いに。男子連中に至っては、市内へナンパに繰り出す始末だった。
 そして、誰もいなくなり、藤堂今日子が一人、そこに残った。
「ま、仕方ないけどね‥‥」
 今日子がため息をつく。我を通したのは自分だった。
 今日子は一人、寺社を巡るつもりでいた。仏教美術に興味のある高校生なぞ、そうそういるものではないことくらい分かっていた。

 自分もその一人なのだが、やはり観光客は多かった。
 大勢の人でごった返す中、一人であちこち回るのは思った以上に気疲れした。今日子は、人込みを避けるように裏手に出て、そこでようやく一息ついた。
 そこは、風情のある石畳の路地だった。京都の歴史を感じさせる佇まいだったが、やはり観光客の姿がちらほらと目に付いた。
 そんな路地にひっそりと、一軒の茶屋が開いていた。大きな赤い和傘に、ビロードを敷いた長椅子。客の姿は一人も無かった。
 今日子は、誘われるように長椅子に腰を下ろした。目の前には、石畳の路と白い壁、そこから顔を出す竹林。喧噪は遠く、聞こえてくるのは季節外れの蝉の声と、何故か店先に吊るされた風鈴の音。人込みに当てられた今日子にとって、そこはひどく居心地が良かった。
 しばらくそうしていると、店の奥から上品な物腰の和服の女性が盆を手にやってきた。驚いた事に女性は狐の面をつけていた。
 狐面の和服女性は、盆の上の団子と湯飲みを椅子の上に置くと、びっくりしている今日子に優雅に一礼して去っていった。

 食後、一人でお茶を啜っていると、空からパラパラと雨が降ってきた。
「あ、お天気雨だ」
 今日子が空を見上げると、抜けるように青い空が広がっていた。
 ポツポツと石畳に染みが広がる。やがてそれは勢いを増し、激しく地面を叩き始めた。遠くで観光客たちが慌てて走り出した。
 店の奥から狐面の女性がやってきて、食べ終わった食器と湯飲みを片付ける。そして、今日子に赤い番傘を差し出した。
(「これは、食べ終えたらさっさと出て行け、と言ってるのかな」)
 もう少し雨宿りくらいしたかった今日子だったが、傘を受け取った途端、雨足は急に弱くなり静かになった。見れば、天気雨でキラキラと輝く石畳の路面。さっきまであれほど観光客がいたのに、今は人っ子一人いなくなっていた。
 何ともいえない雰囲気を醸し出す路地を見て、今日子は傘を片手に散策するのもいいか、と思った。

 赤い番傘を差し、石畳の古い路地を行く制服姿の今日子。すれ違うものは一人も無く、まるで歴史を独り占めしているような感覚だった。
 やがて、路地を抜けると、白い壁と竹林が続く道に出た。どこかの寺社の裏手なのか、静かな場所だった。
 そこで今日子は思いがけず、見慣れた男子の制服を見かけることになった。
 同じクラスの‥‥名前はなんといったっけ‥‥。クラス替えをして一月。今日子は、まだクラスメイトの顔と名前が一致していなかった。
 雨中を傘も差さずに佇む男子生徒。今日子は傘を差し出すと、男子生徒に話しかけた。
「どうしたの? 傘も差さずにこんな所で。キミも一人で自由行動?」
「え、あ、うん‥‥。藤堂さんもひとり?」
 男子生徒は、急に話し掛けられて驚いたのか、目をしばたかせた。
 ふと今日子は、男子生徒が一人でないことに気がついた。横に、小さな子供が立っていた。狐の面をつけた白拍子の子供だった。
 今日子は傘を男子生徒に持たせると、しゃがみこんで目線を子供に合わせた。
「キミもこんなところでどうしたの? 迷子? どこかの神社の子かな? まさか、このお兄ちゃんに誘拐されたとか?」
 冗談めかして笑う今日子。男子生徒が驚いた。
「藤堂さん、この子が見えるのかい?」
 怪訝そうに今日子が振り返ると、狐面の子供はパタパタと道の奥へと走り出した。しばらく走ると、足を止めてこちらを振り返る。
「???」
「ついて来て、って言ってるんだよ」
 男子生徒が今日子に言った。
 それを聞いて、今日子がにこりと笑って走り出す。その勢いを見て、狐面の子供が慌てて走り出した。
「あはは、待て待て〜♪」
 傘も差さずに追いかける今日子。それを見て、男子生徒はため息をついて苦笑すると、静かに歩いて後を追った。

●出演者募集
 以上が、ドラマ『ある雨の日の散策』の冒頭部分となります。
 このドラマの制作に当たり、出演者及びスタッフを募集します。
 PL(プレイヤー)のプレイングとその判定がドラマの脚本となり、
 PC(キャラクター)がそれを演じることになります。

 なお、描写されるのは、完成した後に放映されるドラマ部分です。
 スタッフの場合、画面に映るのは自分の行った仕事だけとなります。

1.目的
 冒頭部分で触れられた設定を使って、『不思議なお話』の脚本を完成させてください。
 皆で協力して、ドラマを作る事が目的です。

 冒頭部分の後、『今日子』は不思議な世界に迷い込む事になります。
 『不思議な世界』『不思議な生き物』『不思議な住民』等を使って(任意)『不思議なお話』を作り上げてください。

2.ドラマ制作の制約
・劇中、最後まで、今日子は同級生の名前を思い出しません。それを不思議に思うこともありません。
・劇中、狐面の子供は喋らず、面も外しません。ラストシーンのみ、面を外して一言喋っても構いません。
・劇中、常に雨が降っています。しとしとと降っています。

●今回の参加者

 fa0352 相麻 了(17歳・♂・猫)
 fa1181 青空 有衣(19歳・♀・パンダ)
 fa2021 巻 長治(30歳・♂・トカゲ)
 fa2122 月見里 神楽(12歳・♀・猫)
 fa3330 ダース・リィコ(15歳・♂・狸)
 fa3426 十六夜 勇加理(13歳・♀・竜)
 fa3516 春雨サラダ(19歳・♀・兎)
 fa3661 EUREKA(24歳・♀・小鳥)

●リプレイ本文

●出演者及びスタッフ
相麻 了(fa0352):『穴を掘る男』役、『龍笛奏者』役、他エキストラ。
青空 有衣(fa1181):『藤堂今日子』役。
巻 長治(fa2021):『ただすれ違う不思議な男』役。演出。
月見里 神楽(fa2122):『狐面の子供』役。
ダース・リィコ(fa3330):『同級生?・出口 修』役。
十六夜 勇加理(fa3426):『刹那の絵描き』役、他一部演出。
春雨サラダ(fa3516):『不思議世界の踊り子』役。
EUREKA(fa3661):『不思議世界の楽士』役。及び劇中音楽(雨の雫を思わせる軽やかなピアノをベースに和楽器の伴奏で)

●ドラマ『ある雨の日の散策』OPからの続き
 逃げる『狐面の子供』(月見里 神楽)を、今日子(青空 有衣)が笑いながら追いかける。『狐面の子供』は、くるりくるりと軽やかに、道幅いっぱいを蛇行するように駆け回った。それをおどけた様子で追い掛け回す今日子。そんな二人の後を、赤い番傘を差した同級生(ダース・リィコ)がゆっくりと緩やかについて行った‥‥

 両側には竹林。真っ直ぐに続く土の道は、雨に霞んで先も見えない。
 感じさせるものは、永遠。
 道の脇にポツリと一体、お地蔵さんが雨に打たれていた。

 道の向こうから、茶色い番傘を差した男(巻 長治)が歩いてきた。雨に溶け込むような、薄暗い灰色の和服の男だった。顔は傘に隠れて見えない。
 その和服の男とすれ違う際、今日子は水たまりの水を跳ね上げてしまった。
「ごめんなさい!」
 三体の地蔵の前。追いかけっこを中断し、今日子は慌てて頭を下げた。だが、男は気にした風もなく、振り返る事もなく行ってしまった。
「あれ‥‥?」
 その背中を見つめる今日子。違和感があった。先ほども今の和服の男とすれ違ったような気がする。雨の路地裏で。そして、ついさっき、追いかけっこを始めた直後にも。
 最初はそんなこともあるだろうと気にも留めなかった。だが、今来た道は一本道ではなかったか‥‥?
「気のせいかな‥‥?」
 小首を傾げる今日子。そんな今日子を、大小様々な大きさの五体の地蔵が見つめていた。
 和服の男は、そのまま雨に煙るように消えていった。
「ま、いっか」
 今日子はくるりと振り返った。いつの間にか『狐面の子供』も同級生も姿が見えない。
「いけない、追いつかないと」
 今日子は慌てて走り出した。
 いつの間にか、見える範囲全て端から端まで、地蔵がずらりと道沿いに並んでいた‥‥

 たぱたぱと『狐面の子供』が走っていく。その姿は躍動感に溢れ、心底楽しそうだった。
 そこへ、羽衣を纏い、楽琵琶を手にした有翼の天女(EUREKA)がふわりと舞い降りてきた。
「御機嫌よう、子狐ちゃん。今日はお客様のご案内?」
 『狐面の子供』は足を止めると力一杯頷いた。
「それはご苦労様。でも‥‥肝心のお客様はどこかしら?」
 言われて『狐面の子供』が振り返る。そこに今日子の姿は無かった。
 驚愕し、立ち尽くす『狐面の子供』。慌てて来た道を戻ろうとするのを、天女は優しく引き止めた。
「どこの世界に迷い込んだか、探すのは大変。こちらに手繰り寄せましょう」
 そう言うと、天女は宙に腰をかけ、楽琵琶を静かに爪弾き始めた。

 相変わらず道は一本道だった。だが、今日子は、いつの間にやら無人の街路に迷い込んでいた。
 ひたすら真っ直ぐな町並み。時折、番傘を差した和服の男とすれ違ったが、いくら話しかけても相変わらず反応がなかった。
「もしかして、迷子?」
 走る事もやめ、淡々と歩き続ける今日子。今までは気にもならなかった雨水の重みが、ずっしりとのしかかってきた。
「そう、そもそもそれがおかしいのよ。これだけ濡れて、重くも寒くもならなかったなんて」
 歯をガチガチと震わせながら、身を抱く今日子。
 その時、変わり映えのしなかった風景に変化が見えた。

 そこは四ツ辻だった。どこまでも続く街路がどこまでも続く街路と交わっている。
 その中心で、鍬を持った男(相麻 了)が地面を掘り起こしていた。
「あのー、何をしているんですか?」
 今日子が話しかけても、何を聞いても、男は延々と穴を掘り続けていた。
「彼は、エイリアンを退治する為の穴に掘っているのよ」
 急に横から声をかけられて、今日子は思わず跳びずさった。いつの間にか、椅子に座った絵描き(十六夜 勇加理)が今日子の隣に現れていた。
「奴らは、エイリアンは絶えずこの地球を狙っている。だから、彼も絶えず穴を掘り続ける」
 話しながらも振り返らず、キャンバスに筆を走らせ続ける。見れば、新しく筆を書き加える度に、どこか古い一ヶ所が消えていた。
「落とし穴って‥‥エイリアンは歩いて地球を侵略するんですか?」
 苦笑する今日子。だが、そう言った瞬間、何か引っかかるものを今日子は感じた。前に似たような事を誰かに言った事があるような‥‥?
「来たわ。エイリアンよ」
 今日子の思考は、絵描きのその一言で中断された。見れば、黒い大きな影のような何かが、他に形容のしようのないモノが道の向こうからやって来た。その『エイリアン』は男に襲いかかろうとやってきて、落とし穴にすっぽりと嵌った。男が次々に土を放りこみ、ものの数秒で埋め立ててしまった。
「また一体エイリアンを葬った。だが、彼の戦いは終わらない。そして、それを記録する私の役目も」
 言いながら、絵描きの筆の速度が尋常ならざる速さになっていく。キャンパスに描かれ、そして消えていく絵は、あまりの速さに動画のようになり、やがてエイリアンに襲われ、潰される今日子の姿を映し始めた。
「‥‥あの、私、みんなの所に戻りますから」
 薄ら寒くなった今日子が来た道を走る。だが、一本道だったはずの町並みは、何故か入り組んだ狭い路地へと変わっていた。そして、何度試しても穴掘り男と絵描きのいる四ツ辻へ戻ってしまうのだった。
 穴に落ちかけた今日子がへたりこむ。深遠が口を開けていた。
 顔の見えない絵描きが、今日子に言った。
「戻るって‥‥一体どこに戻るというの?」

 その時、赤い影が差し、今日子へと降りかかる雨を遮った。静かに今日子が上を見上げる。
 赤い番傘。そして、名も知らぬ同級生の顔。
 今日子は静かに息をつくと、同級生に寄りかかった。膝を突いた同級生がそれを抱きとめる。
「さあ、立って。音楽が聞こえるかい? そっちの方へ行くんだ」
「これは、雅楽‥‥?」
 雅な音色に導かれ、今日子たちは歩く。路地を抜け、白壁の道を抜けると、二人の前に一人の踊り子(春雨サラダ)が現れて、曲に合わせて踊りながら先導をし始めた。
 定められた舞を定められたとおりに舞うように、淑やかでゆったりとした舞。されど、どこか奔放な、滑らかに流れるような踊り。
「神楽舞‥‥? 違う、どこの舞楽かしら‥‥?」
 見惚れる今日子に踊り子がクスクスと笑う。しとしとと降る雨にもかかわらず、踊り子の動きや衣装に重いところはない。むしろ、雨が踊り子の周りに浮いているようにさえ見えた。振り伸ばした右手から水滴が飛び、キラキラと輝く。腕と脚の先に付けた鈴がシャンと鳴った。

 やがて白石を敷き詰めた広い場所に出た。
 そこには『狐面の子供』や天女の他、篳篥(ひちりき)や笙(しょう)を奏でる楽士たちが集まっていた。
 『狐面の子供』は、そわそわしたように天女の前を行ったり来たりしていたが、今日子たちの姿を見ると跳び上がって喜び、どこからか鼓を取り出すと演奏に加わった。
 踊り子もそのまま『舞台中央』に進み出ると、一段と優雅に舞い始めた。
 ‥‥やがて楽が終わり、踊り子が膝をつくと、今日子と同級生は惜しみない拍手を送った。その拍手を背に、天女以外の楽士たちが去っていく。
「ありがとう。それと、とても素敵だった」
 立ち上がり、再び一礼して去る踊り子に、今日子が言うと、踊り子はまたクスリと笑って去っていった。
 今日子の元に『狐面の子供』が駆け寄ってくる。いつの間にか、鼓は消えていた。
「良かったわね。無事に帰ってこれて。ここの道は惑い道。気紛れな道ばかりだから、子狐ちゃんの案内がないとどこに迷い出ることか」
 ふわりと翼を一つ羽ばたかせ、天女が三人の側に舞い降りた。
「彼方と此方は、いずれも現でいずれも幻。されど貴女が此の地を歩むは確か。私達が此の地に生きるも確か。果てない雫は降り積もる想い。積もる想いが織り成す鏡――此処はそういう世界。招かれし者よ、どうぞごゆるりと」
 そう言うと、天女は空へと羽ばたいていった。

 それから、今日子と同級生と『狐面の子供』の三人は、一つの赤い番傘に三人で入って不思議な世界を歩き続けた。
 桜と紅葉が同時に映える湖を歩いたり、『狐の嫁入り』の行列を見たりして──
 そして、三人はとある川原に辿り着いた。
 そこはどこといって変わった所はなく、かといって京都の河原にも見えず、どちらかといえば昔、今日子が子供の頃に住んでいた町の河原に似ていた。
 何となく懐かしくなって、小さな土手から河原に下りる今日子。それをただ黙って見つめる同級生と『狐面の子供』。心なしか、雨が強くなった。
 今日子が足を止める。その足元には小さな子供用のスコップ。
 それを見た瞬間、今日子は小学生の頃、仲の良かったある一人の男の子のことを思い出していた──

 小学生の頃から、今日子はどこか周囲から浮いているところがあった。一人で本を読んだり絵を描いたりするばかりで、級友たちからは変わった奴だと見られていた。
 そんな今日子に話し掛けてくれたのが、年度替わりに転校してきた出口修という男の子だった。きっかけは単純。出席番号順に並んだ席が前後だったから。読書という共通の趣味を持つ修君は、今日子に出来た最初の親友だった。
 だが、今日子と友達になったことで、修君も級友たちから変なヤツと見られていることに気付いた今日子は、友達付き合いを一切止めることにした。話しかけられても答えず、無視し、拒絶した。修君が級友たちに受け入れられるのを見て、これでよかったんだと自分を納得させた。
 ある日、近くの河原で今日子が一人絵を描いていると、スコップを持った男子たちがやってきた。その中には修君もいた。男子たちはエイリアンを退治する為の穴を掘ると言った。前日にやったアニメか映画の影響だろう。そして、その場にいた今日子をエイリアンとして囃し立てた。
 修君は、今日子を庇う為に男の子たちを止めようとした。だから今日子は、それより前に言った。エイリアンって歩いて地球にやってくるの? 程度の低い連中には付き合っていられない、と。
 それが、今日子が修君に言った最後の一言。その後、修君は急な病で入院し、そのまま還らぬ人となった‥‥
「だから、謝れなかったんだ。いきなり、一緒に話したり、遊んだり、笑ったりしなくなった事。それに、酷いこと言っちゃった事も」
 泣きながら、搾り出すように口を開く今日子。いつの間にか、隣には名も思い出せぬ同級生がいた。
「‥‥藤堂さんの優しい気持ちは、きっとその男の子にも通じていたんじゃないかな。こうして今も忘れず、思い出してくれるのなら‥‥うん、僕がその男の子なら、嬉しいと思う。いつまでも怒ってたりはしないと思うなぁ」
 川面を見つめながら、同級生はそう言った。

「時間だよ」
 聞きなれない声が二人にかけられた。後ろで『狐面の子供』が、面を外して二人を見ていた。大人びた真剣な表情だった。どこか『同級生』を責めているようにも見えた。
 『同級生』は、泣きむせぶ今日子の横顔をジッと見つめた。口を開きかけて閉じ、空を見上げて大きく息をつく。隣で今日子の姿がゆらゆらと歪み始めていた。
「‥‥これからも、君のことを遠くから見守っている‥‥人がいると思うなぁ。うん、修君は今日子ちゃんを見守っているよ、きっと」
 今日子ちゃん、という呼び方に今日子が顔を上げる。だが、次の瞬間、今日子はこの世界から揺らいで消え去っていた‥‥
「‥‥あれでよかったの? 出口修クン?」
 空から天女が舞い降りてくる。『狐面の子供』は、不満そうにそっぽを向いていた。
「今さら僕が想いを伝えても、彼女を‥‥今日子ちゃんを苦しめるだけだから‥‥」

 ‥‥気がついたのは、茶屋の長椅子の上だった。
 今日子は、身を起こすときょろきょろと辺りを見回した。
 白い石壁と、濡れた石畳の路面と。空には虹が架かっていた。
「夢、だったのかな‥‥?」
 それにしては、随分とハッキリとした夢だった。細部までしっかり憶えている。が、何故か一緒にいた同級生の顔だけがどうしても思い出せなかった。
 立ち上がり、路上に出る。その瞬間、観光地の喧騒が一気に襲いかかってきた。京の路地は観光客で溢れ、見れば地面に雨が降った形跡もない。
 後ろを振り返ると、茶屋も何もなくなっていて、白い石壁だけが続いていた。
「夢じゃない‥‥? 不思議なことってあるものね‥‥」
 呆然と呟く今日子。改めて、不思議な世界の旅路を振り返った。
「‥‥今日子ちゃん、か‥‥」
 彼女の人生で、その呼び名で自分を呼ぶ人物は一人しかいない。
 今日子は青空に向かってにっこりと微笑むと、級友たちとの待ち合わせ場所へと急いだ。