武装救急隊 始まりの夜アジア・オセアニア
種類 |
ショート
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担当 |
柏木雄馬
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芸能 |
2Lv以上
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獣人 |
1Lv以上
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難度 |
普通
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報酬 |
3万円
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参加人数 |
8人
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サポート |
0人
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期間 |
06/13〜06/17
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●本文
20XX年6月某日──
世界統一連合極東地区日本州、旧都トウキョウ──
この町は変わらない。そこで生きる人々も。
連合に参加した今も、日本自治州の州都としてトウキョウはある。
そこで生きる人々にとって、何かが変わった訳でもない。
朝に目を覚まし、家族と朝食を共にし、満員電車に揺られ、授業中に眠気を堪え、友人たちと笑う。
私はそこで、代わりばえのしない毎日を、人並みに、幸せに生きていた。
統一連合に加わることを拒む国々との戦争は続いていた。新聞やニュースから『統一戦争』の文字が消えることはない。だが、一介の学生に過ぎない私にとって、やはりそれは遠い世界の出来事だった。
その日も、私はいつものように、部活を終えて家路についていた。夕闇がいよいよ濃くなる時間帯だった。
何か白いモノがぽつりと、暗い空に輝いていた。最初は星かと思ったが、それは見る間に大きさを増していった。やがてそれは、白い尾を引きながら夕闇を切り裂き、空中で爆発した。遅れて爆音が轟き、衝撃波が私の髪を揺らしていった。
その日の夜、ニュースはこの話題でもちきりだった。
翌朝、自治政府は隕石の空中爆発と発表し、被害がほとんど無かったことを伝えた。
異変は緩やかにやって来た。
最初は、野生の動物やペットの凶暴化が話題に上った。私の家で飼っていたインコも物凄い勢いで暴れまわり、鳥かごに体中を打ち付けて死んだ。舞い降りる羽根を怯えた目で見る弟を、ギュッと抱きしめたことを覚えている。
やがて、都内で猟奇殺人が頻発するようになった。ネットでは、異形の怪物──クリーチャーの出現がまことしやかに噂されていた。巨大化した野犬や、筋肉質になった猫や、夜行性の鴉といったモノたちが、夜中に人間を襲っているのだと。
『隕石の空中爆発』から一月後。トウキョウに夜間外出禁止令が発令された。
真夜中の銃声にも慣れた頃。
ヒト型のクリーチャーが出現したという噂と共に、『猟奇殺人』の件数は倍増した。
この頃になると、もう昼間といえども安全ではなく、軍が都内に入ってクリーチャーの除去をするようになっていた。
そして、トウキョウは閉鎖された。北と南と東は、河川敷に沿って橋を封鎖され、西は小さな小路に至るまで、物理的に閉ざされた。
テレビ、ラジオ、無線、インターネットといった通信は、都民に臨時キャンプに避難するように呼びかけ続け、やがて沈黙した。
当然、人々は抗議したが、もう『外の人』は私たち『中の人』を人間として見ていなかった。
その日、『外の世界』では次の発表がなされていた。
某日の『隕石の空中爆発』とされたものは、某国の新型爆弾の爆発であった公算が大きい。これは既存の生物を生物兵器に作り変えるもので、某日以来のトウキョウ地区の混乱はこれによるものである。なお、新型爆弾による影響は、人間も例外ではない──と。
私たちの地獄は、こうして口を開けたのだ──
●出演者募集
以上がドラマ『武装救急隊 始まりの夜』の冒頭部分になります。
このドラマの制作に当たり、出演者を募集します。
PL(プレイヤー)のプレイングとその判定がドラマの脚本となり、
PC(キャラクター)がそれを演じることになります。
●ドラマ『武装救急隊』
同一世界観を舞台にしたドラマです。
現時点では、5月12日放送の『武装救急隊、疾走!』があります。
●設定
ドラマには、既存の設定が幾つか存在します。
1.武装救急隊
隔離された旧トウキョウ地区に取り残された人々を救済する為に結成されることになるNGO。
その医療・救急部門が『武装救急隊』です。
今回の劇中ではNGOは未結成です。
2.新型爆弾
現実にはありえない不思議爆弾。
劇中でこの新型爆弾について語られる事はありません。
この新型爆弾の影響で、トウキョウは『クリーチャー』の跋扈する隔離地域になっていきます。
3.クリーチャー
新型爆弾の影響で発生した生物兵器的モンスター。
既存の生物を戦闘に特化した存在です。
当然、人間も例外ではなく、『発病』するとクリーチャーとなります。
人間型クリーチャーは、完全獣化状態で表現することになりました。
4.『感染者』
新型爆弾の影響を受けた人です。
いつ『発病』し、クリーチャーになるか分からず、不安と共に生きることになります。
現時点ではまだ、トウキョウの人々に『感染者』の自覚はありません。
クリーチャーが将来の自分の姿かもしれない、という恐怖もありません。
5.キャンプ
新型爆弾の影響を受け、隔離された人々が集まることになる場。
今回の劇中では、まだ人の集まりが悪く、自治組織もありません。
6.軍
トウキョウ地区の閉鎖とクリーチャーの駆除、キャンプへの補給物資輸送が任務です。
『感染者』に対して同情的な者もいれば、クリーチャー予備軍と警戒する者もいます。
多大な被害を出しており、重火器の投入も時間の問題といわれています。
7.『長城』
数年後、トウキョウ地区を完全隔離することになる大きな灰色の壁。
今回の時点では存在せず、後にトウキョウを二重に囲むことになります。
8.武装勢力『ウォールブレイカー』
外界への解放を求め、自分たちを隔離する『長城』の破壊を目指すことになるグループ。
テロリストであると同時に、山賊化した武装勢力を討伐する『長城』内の自警組織でもあります。
今回の劇中では未結成状態です。
●目的と注意
以上のように多くの設定がありますが、ドラマの時間枠は限られています。
シーン数が多くなれば、それだけ個々のシーンに割ける時間は少なくなります。
設定の取捨選択をして『起承転結』(OPが『起』になります)に纏め、ドラマを完成させて下さい。
ただし、使われない設定も存在はしますので、それに反するプレイングには気をつけて下さい。
また、ドラマの演出上、プレイングの設定が伏線として扱われ、明確に描写されないこともあります。
●リプレイ本文
戒厳令が発令された。
トウキョウに住む全ての人々は、軍指定のキャンプに入るように指示が出た。
しかし、謎の病気とクリーチャーに怯える人々は、一刻も早くトウキョウから逃げ出そうとしていた。
だが、トウキョウから出る橋と道は全て、異常なまでの熱心さを以って、軍に封鎖されていた。
リュナ・ルーク(葉月竜緒(fa1679))が率いる避難民の小グループは、トウキョウの外へと続く道の途上にあった。
まだ高校生のリュナだったが、アーチェリー部で部長の経験があり小集団を率いるのには慣れていた。制服のブレザーを腕まくりにし、洋弓を手に周囲を警戒する。
そこへ、前方の様子を見に行っていた草加(草壁 蛍(fa3072))が戻ってきた。背中には鉄パイプ。人材派遣会社に勤めた草加は、剣道の有段者でもあった。
「このまま行ってもトウキョウからは出れないってよ。軍が封鎖していて『キャンプに行け』の一点張りだって」
そう言って草加が歩道に腰を下ろす。服の汚れを気にする者など、もう誰もいなかった。
「私たち、どうなっちゃうのかなぁ‥‥もう故郷には帰れないのかなぁ‥‥」
葛城 縁(響 愛華(fa3853))が涙ぐんだ。
葛城は、この春に大学に進学し、一人暮らしを始めたばかりだった。
念願の大学生活は、僅かひと月で終わってしまった。その上、トウキョウを出ることも出来ないなんて‥‥
「いや、まぁ、それなりに何とかなるでしょ!」
明るい声で、草加が言った。どうしようもない事を今考えても仕方がない、と。
楽天的なんですね、とリュナが破顏する。いーかげんな性格なだけよ、と草加は笑った。
「‥‥キャンプに行こう」
リュナが言った。そろそろ皆、限界に近かった。
「一人だから色々考えちゃうんだ。キャンプなら軍もいるし、皆で集まれば不安も紛れるさ」
もっとも、リュナは軍だけに頼るつもりはなかった。
軍は信用できない。自分たちの身は自分たちで守らないと。その為に利用できるものは何でも利用するつもりだった。
「重火器を投入!?」
初めてそれを聞いた時、河野中尉(河辺野・一(fa0892))は、本気か、と耳を疑った。
戒厳令で住民は不安になっている。人型のクリーチャーの噂もあり、そこにきて軍がそのような動きを見せれば、事態が逼迫していると住民に報せるようなものだった。
「自動小銃だけでは明らかに火力不足だ。俺は、これ以上、部下を政治の犠牲にはさせられん」
『前線』部隊の長、鮫島博史少佐(藤宮 誠士郎(fa3656))が、そう言い残して司令室を出る。呼び止めようとするのを、司令官の大佐が止めた。
「構わん。鮫島少佐には、しばらく時間を稼いでもらう」
大佐はそう言うと、副官である河野にそっと耳打ちした。
クリーチャーの跋扈する地となったトウキョウ地区を、完全に隔離する計画がある、と。
この時初めて、河野は『長城』の名と、人型のクリーチャーが、元は人間である事を知ったのだった。
それからふた月ほど時が流れた。
設立当初に比べれば、キャンプは随分と落ち着いていた。先行きが不安な事に変わりはないが、キャンプでの『暮らしの形』が見えた事で、人々は何とか状況に適応していた。
「解らない奴らだな。病人を運んでいるんだ! 通行証だってある! 一刻を争うって事がどうして解らないんだ!」
都外へ向かう橋の手前で、飛島竜弥(烈飛龍(fa0225))の駆るSUV(スポーツ多目的車)は軍の検問に足止めをされていた。後部座席には幼い少年が寝かされており、苦しそうに息をついていた。
飛鳥はモグリの運び屋だった。不足しがちな物資を、都内に闇ルートで持ち込むのが彼の仕事だった。
この日、飛鳥は、病に苦しむ一人の幼児を都外の病院に搬送するように頼まれた。面倒な厄介事ではあったが、苦しむ幼児と懇願する両親の姿に、飛鳥は仕方なく引き受けた。だが‥‥
「その幼児に許可証はない。通行を認めるわけにはいかない」
「馬鹿野郎! 子供の命がかかっているんだぞ!」
叫ぶ飛鳥。だが、検問所の兵士は冷たい目で飛鳥を見返すだけだった。
「どうかしたのか?」
検問所の奥から一人の士官がやってきた。兵士が敬礼して状況を説明する。少しは話の分かる奴だといいが、と飛鳥は期待した。
だが、その士官、河野中尉は、兵士から通行証を受け取ると、飛鳥につき返した。
「旧州都地区閉鎖が我々の任務です。例外は認められません」
埒が明かない。飛島は舌打ちをするとSUVのギアを入れた。
河野は、SUVの窓から首を突っ込むと、飛島に小声で囁いた。
「ウエノ公園のキャンプに、医師団が入っているはずだ。誰かしら診てくれるかもしれない」
それだけを言って立ち去る河野。その背中を睨みながら、飛島はアクセルを踏み込んだ。
同時刻。ウエノ公園キャンプ。
配給された物資を両手で抱えながら、葛城と草加は、『診療所』と張り紙されたプレハブに入った。
「ただいまー。食糧の配給、貰ってきたよー」
「ご苦労様」
白衣の女性が『病室』から顔を出す。医師の狐木・玲於奈(白狐・レオナ(fa3662))だった。
弧木は、ウエノ公園キャンプを訪れた医師団の一人だった。お仕着せの白衣を着る若手医師だった。
医師団が派遣された理由は、医師としてというよりも研究者としての側面が強かった。最初は喜んだキャンプの人々も、すぐに医師の所へ行くことを控えるようになった。
弧木がキャンプ内に乗り込んだのも、研究者としてより多くの症例が欲しかったからだ。
だが、病と必死に戦う人々と接している内に、彼等がただの研究対象ではなく、一人の人間であることを実感した。
弧木は、医師たちの研究所を出ると、キャンプに入って診療所を立ち上げた。多くの患者たちが協力してくれた。
「患者と直に触れ合って初めて分かったのよ。医者が何故存在するかって。ふふ、恥ずかしい事言ってるけど本当よ?」
照れ臭そうに笑う弧木。白衣が自然と似合うようになっていた。
入院患者に昼食を用意すると、弧木は葛城と草加と遅めの昼食を取った。配給食を温めてトレイに盛っただけの味気ないものだった。
「ま、これはこれでイケるでしょ」
「栄養バランスはバッチリよ? ダイエットの必要もなし」
草加の感想を弧木が混ぜっ返す。三人は声を出して笑った。
食事を終え、片付け当番の草加が三人分のトレイを持って台所に向かった。
弧木が午後の診療の準備にかかろうと立ち上がったとき、台所の方からけたたましい音が聞こえてきた。
慌てて台所に向かった弧木が見たものは、倒れて激しく痙攣する草加の姿だった。身体の一部が獣のそれに変わっていた。
同時刻。トウキョウ治安維持軍司令室。
「第一、第二、第四小隊が交戦を開始」
「ウエノ、コマザワ、ジングウ他、全キャンプ内に多数のクリーチャーを確認!」
部隊の配置を示すクリアボードに、クリーチャーの発生を表す赤い点が次々と表示されていく。
「‥‥一体、何が起きているというんだ」
部隊に次々と指示を飛ばしながら、鮫島少佐が奥歯を鳴らす。
後に、第二次発生期と呼ばれる日々が、始まろうとしていた。
「何で今日に限ってこんなに化け物どもが多いんだ!」
キャンプに向かう道中。右に左にSUVを駆りながら、飛島は悪態をついた。
路上には多数のクリーチャーが溢れていた。跳ね上げたクリーチャーが、フロントガラスに激突して一面にヒビを入れる。
飛島は、なるべくクリーチャーの少ないルートを選んでウエノへ向かう事にした。多少時間がかかっても、安全なルートを見極めねば元も子もない。
「畜生! こっちに来るんじゃない! 今はお前らに構っている暇なんて無いんだ!」
ハンドルを切り続ける飛島。車体のダメージを最小限に抑えるので精一杯だった。
すれ違いざま、人型クリーチャーが扉に爪を立てる。運転席の扉がひしゃげて歪んだ。
キャンプ内にクリーチャーが現れたと報告を受け、ベオ軍曹(ベオウルフ(fa3425))は分隊を率いて現場に向かった。
診療所のプレハブを全壊し、暴れまわるクリーチャー。ベオは分隊を散開させると、一斉射撃を命じた。
轟く轟音。湧き上がる硝煙。銃撃を集中され、たじろぐクリーチャー。跳弾が煌く中、皮膚が弾け、血煙が舞う。
それを見て、涙を目から溢れさせた弧木がベオに取り縋った。
「バカ野郎! 危ねぇぞ!」
「止めて! あのクリーチャーは草加さんなのよ! 私が‥‥私が治すから撃たないで!」
「何だと!?」
ベオの脳裏に、いつも配給を取りに来る明るい女性の顔が浮かんだ。
クリーチャーが反撃する。巨体に似合わぬスピードで分隊の懐に飛び込むと、その腕をひと薙ぎする。兵士が2、3人、冗談の様に宙を舞った。
さらにベオたちに迫るクリーチャー。舌打ちをひとつ、ベオは弧木を抱きかかえて転がった。頭のあった場所を、拳が唸りをあげて通過していった。
すぐに飛び起きて銃を構えるベオ。脳裏に、血塗れで倒れた女性の姿がフラッシュバックする。ベオは顔を歪ませながら、擲弾発射機の押金を押し込んだ。
「駄目‥‥止めて! 嫌、嫌ぁああ!」
泣き叫ぶ弧木。ベオは擲弾を再装填すると、倒れたクリーチャーにもう一発撃ち込んだ。
弧木は、動かなくなったクリーチャーの側まで歩み寄ると、膝を落とし、むせび泣いた。
ベオがその横に歩み寄る。頭を垂れたまま、弧木が叫んだ。
「こんなの人殺しよ! こんな事、許せない‥‥認めないわ!」
「‥‥言い訳はしねぇよ。やったのは事実なんだ‥‥ただ、部下たちは助けてやってくれ。まだ助かる奴がいるかも知れない」
それだけを言って、ベオは負傷した部下の元へ歩いていった。
涙を拭き、立ち上がる弧木。残されたクリーチャーの、いや、草加の亡骸。
それを見ながら、葛城は唐突に理解した。なぜ自分たちが都外に出ることが許されないのかを。そして、草加の末路が自分たちの末路であるかも知れない事を。
「私‥‥私、嫌だ‥‥あんな風になっちゃうなんて、嫌だよ!」
膝を落とし、頭を抱えて泣き叫ぶ葛城。そこへ返り血まみれのリュナがやって来て、葛城をギュッと抱きしめた。ガシャリ、と銃が地に落ちる。
「あたしが強くなる! 強くなって、皆を守る! こんなのもう嫌だから‥‥もう、後悔なんてしたくないから‥‥」
(以下のシーン。上のリュナの台詞と被らせて映像のみ)
夕焼けと宵闇の入り交じる空と廃墟を背景に。
大破したSUVと、完全にクリーチャー化した幼児の姿。
遠景。銃を抜く飛島の影。SUVの後部座席に向かって構え‥‥発砲──
(上の飛島の発砲と同時にシーン切り替え)
発砲音。駆けつける河野。司令官室で銃を手に佇む鮫島と、倒れ伏す大佐。
「少佐‥‥」
「多くの人の未来を守る‥‥それが俺の戦う理由だった‥‥だが‥‥」
長城計画を推進する今の政府と軍に、鮫島は正義を見出せなかった。
河野は、大佐を殺した所で計画は止まらないだろう、と鮫島に言った。
「ならば、私は壁を砕く! 鮫島博史は、今、死んだ! ここにいる私は、壁を砕く者‥‥ウォールブレイカーだ!」
立ち去る鮫島。河野は、黙ってその背中を見送った。
数年後。完成した『長城』。
その上に立ち、河野大尉が壁の外と中とを見渡していた。
河野は、後任の指揮官の下、『長城』の完成に邁進した。たとえトウキョウの人々を見捨てることになったとしても、被害をこれ以上拡大させない事を選んだのだ。
それがどれ程、卑劣で、恥知らずなものであったとしても。悲劇が広がるのを誰かが止めねばならないとしたら、自分たちがやらねばならない。
誰もがやりたがらない仕事をするのが、軍だからだ。
「もうあんな思いをするのは、俺たちだけで十分だ」
左手薬指の指輪に語りかける河野。その足元には『長城』の門。
いつか、誰もがこの門を通れる日がくればいい‥‥。河野は思った。
「私たち、見捨てられたのかな‥‥」
完成した『長城』を遠目に、風にたなびく髪を押さえて葛城が呟いた。リュナが無言で壁を睨む。二人とも野戦服を着込み、肩に自動小銃を提げていた。
「あれは嘆きの壁だ‥‥」
軍を抜け、ウォールブレイカーを結成した鮫島が呟く。鮫島は、背後に控える同志たちを振り返ると、静かに語り始めた。
「真実を隠し、問題を隔離する事で、己が安寧を得ようとする安易な思考の者たちがあの壁を作った‥‥。偽善を認めてはならない。尊厳を取り戻さねばならない。クリーチャーどもを屠り、己が欲望で動く愚か者どもを討つ事こそが我らが正義! 同士たちよ! 長城を、あの嘆きの壁を砕き、未来を掴むその日まで! 我々、ウォールブレイカーは戦い続けるのだ! Crush a Wall!」
鮫島が拳を突き上げる。湧き上がる『Crush a Wall』の叫び。
葛城が呟いた。
「私達は外に出るんだよ‥‥例え世界を敵に回しても‥‥ただ『人』として生きたいから」
『武装救急隊』を含むNGOの結成は、これより1年後のことになる。
組織が大きくなれば奇麗事だけでは済まないが、少なくとも現場の人間の志は一致していた。
「この手で救える命ならば、私は命を懸けて救う。それが私が医者としてするべき事よ」