人魚姫 覇道をゆくアジア・オセアニア

種類 ショート
担当 柏木雄馬
芸能 2Lv以上
獣人 1Lv以上
難度 普通
報酬 3万円
参加人数 8人
サポート 0人
期間 06/23〜06/27

●本文

 昔々、ある所に、随分と『いい』性格をした人魚姫がいました。
 人魚姫は、その日15の誕生日を迎え、堂々と海面に向けて泳ぎ始めました。15歳になるまで、人魚姫は海面に出ることが禁じられていたのです。
 ですが、人魚姫が海面に赴くのは、これが初めてではありませんでした。『いい』性格をした人魚姫は、これまでも度々言いつけを守らず、嵐の晩の度に、人間の船が木っ端のように翻弄される様を見物しに行っていたのです。
 その日も、嵐の夜でした。
 人魚姫は、船が横波に押し流されて転覆し難破する様を、笑いながら見物しておりました。世界で一番美しいと言われる声が、嵐の海に高らかに響きました。
 その時、人魚姫は、波間に漂う一人の青年に気がつきました。
 これまで海面に来た際、時々見かけた青年でした。その度に人魚姫は、下僕にしたい、と胸の鼓動を高まらせてきたのでした。
 人魚姫は、青年を助ける事にしました。自分たちの住む海底に連れて行くと死んでしまうので、やむなく海岸まで運びました。他の船員たちは眼中にありませんでした。運が良ければ生き残ることが出来るでしょう。
 海岸で青年の介抱していると、一人の修道女がやって来ました。人魚姫は身を隠しました。陸上では戦闘力が半分以下になるからです。
 その修道女は、砂浜に倒れた青年に気がつくと、周囲を探索していた村人たちを呼び集めました。村人たちは集まると、口々に王子は無事だ、と喜びました。

 海底に戻った人魚姫は、青年への想いを抑えきれずにいました。あの者が王子であったとは。姫たる我の下僕にふさわしい‥‥!
 人魚姫は、幾多の困難を乗り越え、ある魔法使いの所にやって来ました。そして、人間になる方法を尋ねたのです。
 魔法使いは、魔法で人間の足を作れると言いました。そして、代償として人魚姫の美しい声を貰う事と、王子との恋が叶わぬ時は、人魚姫は海の泡となって消えてしまう事を伝えました。
 人魚姫は、躊躇うことなく契約を済ませると、振り返りもせずに海岸へと旅立っていきました。

 王子が倒れていたあの砂浜に、人魚姫は打ち上げられていました。そこへ療養中の王子が散歩に通りかかりました。王子は人魚姫を助け起こしますが、人魚姫は口が利けません。不憫に思った王子は、人魚姫を王宮に連れ帰ると、王子付きのメイドとして雇い上げました。
 ‥‥すべて人魚姫の計算通りでした。
 やがて、人魚姫は、王子が本音を語れる数少ない『友人』の一人になりました。人魚姫は胸の想いを隠し、ひたすら主人に仕えました。あのご主人様面した顔が恍惚に歪むのを想像しながら、機会を窺っていたのです。
 ある日、王子が人魚姫に、隣国の姫君との婚約が決まったと言いました。
「自分が愛しているのは、あの遭難した日に助けてくれた修道女だ。顔も性格も知らない隣国の姫君と結婚するくらいなら、君と結婚した方がいい」
 王子は、そう人魚姫に言いました。
 人魚姫は、複雑な気持ちでした。あの日、王子を助けたのは自分だと、そう伝えたかったのですが、喋ることが出来ません。人魚姫は、人間の国の文字を必死に勉強しました。
 しばらくの後、あの修道女が隣国の王女だったことが判明しました。修学の為、修道院で育てられていたのです。自分の恋が叶うことを知り、王子は大層喜びました。
 人魚姫は、皮羊紙にペンで『あの日、貴方を助けたのは自分だ』とつたない文字で書きましたが、王子は笑って取り合ってくれません。結婚話はとんとんと進んでいきました。
 このままでは自分は海の泡になってしまう。そして、この胸の想いもまた‥‥
 人魚姫が海岸で物思いに沈んでいると、海から彼女の姉たちがやって来ました。
 姉たちは人魚姫に一振りの短剣を渡しました。
「この短剣で王子の命を奪いなさい。そうすればあなたは海の泡にならずに済むから」
 そう姉たちは言いました。心優しい姉たちは、自分たちの美しい髪と引き換えに、魔法使いからこの短剣を貰って来たのでした。
 人魚姫は、姉たちの心遣いに感謝しました。
 殺っちまいな、と心優しき姉たちは、口々に人魚姫に言いました。
 しかし、人魚姫には、王子の命も、愛も、自分の命も何もかも、失うつもりはこれっぽっちも無かったのです。

 まず人魚姫は、魔法使いの所へ行って、短剣と自分の寿命の半分を差し出して声を取り返しました。
 そして、魔法の兵隊を借り受けると、嫁入りの為に国境を越えた隣国の姫を襲撃し、誘拐して、結婚式を阻止しました。
 一気に悪化する両国関係。分裂する家臣団。裏で引っ掻き回し、立ち回る人魚姫。
 やがて、クーデターが起こり、王国は悪い大臣が支配することになりました。王家の人々は、お城に軟禁される事になりました。
 憤慨し、悲嘆にくれる王子。その横に、声を取り戻したメイドの人魚姫の姿がありました。
「大丈夫です、王子。このような不正義、いつまでも続くものではありません」

 こうして、人魚姫は、覇道の第一歩を踏み出したのです‥‥

●出演者募集
 以上がドラマ『人魚姫 覇道をゆく』の冒頭部分になります。
 このドラマの制作に当たり、出演者を募集します。
 PL(プレイヤー)のプレイングとその判定がドラマの脚本となり、
 PC(キャラクター)がそれを演じることになります。

1.目的
 冒頭部分を使って、登場するキャラクターとストーリーを考え、ドラマを完成させてください。
 王子が王権を奪取する話を軸に、人魚姫の運命を描いて下さい。

2.設定
 人魚姫‥‥黒幕(笑)。王子や隣国の姫に対する思いは、色々と複雑なものがあるようです。
 王子 ‥‥策士の人魚姫の隣りにいるとバカっぽく見えますが、性根が真っ直ぐなだけです。
 王家 ‥‥王と王妃、そして王子は、世話係と共に城の一室に軟禁されています。
 婚約者‥‥修学の為、修道女として育った隣国の姫。城の地下牢に幽閉。現時点で居場所は人魚姫しか知りません。
 悪大臣‥‥現時点での城の主。人魚姫に追い出される運命ですが、どのような悪役になるかは皆様次第です。
 配下達‥‥貴族や騎士たち。大臣派と国王派に分かれて暗闘が繰り広げられています。
 隣国王‥‥娘を失い悲しむ父。同時に、隣国へ介入する機を窺い、密偵を放ったりもしています。

●今回の参加者

 fa0244 愛瀬りな(21歳・♀・猫)
 fa0952 x‐cho(19歳・♂・兎)
 fa1323 弥栄三十朗(45歳・♂・トカゲ)
 fa2554 リーベ(17歳・♀・猫)
 fa2814 月影 愛(15歳・♀・兎)
 fa3179 和泉 姫那(23歳・♀・猫)
 fa3196 雪野 孝(48歳・♂・猿)
 fa3859 無淨 惣慈(20歳・♂・犬)

●リプレイ本文

「王女は、王女はまだ見つからんのか!?」
 愛する娘をさらわれた隣の国の王様(役:弥栄三十朗(fa1323))は、心配で心配で仕方がありませんでした。私室に籠もり、来る日も来る日も部屋の中を行ったり来たり。一日たりとも心落ち着く日はありません。
 そんなある日、お部屋のベランダに1羽の鳩が舞い降りました。その足元には、1通の手紙。それは、王国内に潜り込ませた密偵からの連絡でした。王様は慌てて駆け寄ると、慌しく手紙に目を通しました。
 愛する娘の消息は未だに不明。その報告を見て王様はがっかりしました。しかし、続けて書かれた報告を目にして、王様はすうっと目を細めました。優しい父親の顔から、野心家の王のそれに変わっていました。
 曰く、『王国内に不穏な空気あり』。
 以前から情報を得ていた王様は、その報告だけで王国の大臣がクーデターを起こす事を看破しました。
 王様は、マントを翻すと玉座の間へと出でました。そして、控える臣下達に言いました。
「大切な我が王女が行方不明となり、その責を負うべき隣国からははかばかしい返事は未だない。しかも、かの国では臣下が反乱を企み、混乱の坩堝と化していると聞く。ここは大切な我が王女を救い出す為、余自ら軍を率い、かの国へ赴こうと思う」
 おお、と臣下達がざわめきます。王の真意に気付けぬ者は、ただの一人もいませんでした。
 かくして、王国で大臣によるクーデターが起きた時、隣国軍は王国侵攻の準備をすっかり終えていたのです。

「王女は、王女はまだ見つからんのか!?」
 王国の玉座の間。クーデターにより王国の権力を握った大臣(役:雪野 孝(fa3196))は、玉座から身を乗り出して唾を飛ばしていました。その目は血走り、汗が浮かび、手だけが玉座をしっかりと握りしめていました。
 とんとん拍子に権力を手に入れたものの、大臣はそこで行き詰ってしまいました。王子を支持する王党派は日々勢いを増すばかり。先日には隣国の軍が国境を越え、行方不明の王女の探索を名分に王国領外縁部を制圧、真綿で首を絞めるように王都に向かって来ていたのです。
 大臣としては、早く行方不明の王女を捜し出し、隣国に帰し、軍の撤退を訴えたいところでした。
(「思ったよりも短い天下だったな」)
 玉座の間に控える大臣派の騎士の一人(役:無淨 惣慈(fa3859))は、冷めた目で大臣を見つめていました。
 騎士は、以前から大臣派と見られており、今回のクーデターの成功にも大きな功がありました。けれどもそれは、すべて人魚姫(役:月影 愛(fa2814))のシナリオ通りだったのです。
 ‥‥クーデターの前。王子の婚約者である隣国の王女が誘拐され、国勢がきな臭くなってきた頃の事です。どの勢力につくのが一番得か、風向きを読んでいた騎士は、何かと背後で立ち回る人魚姫に気がつきました。
「貴様、ただのメイドでは無いな?」
 人魚姫は、はぐらかすばかりで、曖昧な事しか言いません。それでも、頭の回る騎士には、人魚姫の思惑が分かりました。
 騎士は、人魚姫の計画に乗ることにしました。大臣にクーデターをけしかけ、権力を握らせたのです。
 人魚姫の計画では、権力を握らせた時点で大臣は用済みでした。クーデターの後、旨くいかなくなったのも当然だったのです。

 その大臣の様子を遠くから見守る影がありました。王室付きのメイド(役:愛瀬りな(fa0244))でした。
 甲斐甲斐しく王家の世話をし、クーデター後も「大丈夫ですよ」と王子(役:x‐cho(fa0952))を励ます、柔らかな笑顔が印象的なメイドでした。
 しかし、その実体は、隣国王に仕える密偵だったのです。
 密偵は、隣国王の為に懸命に働きました。クーデターに際してはこれを裏で支援し、クーデター後は逆に王党派を援助しました。王国内の混乱を長引かせようとしたのです。
「どうぜ、全ては陛下の手中に収まるのですから。ふふふふふふ‥‥」
 そう言って笑う密偵の目に、怪しげな光が浮かびます。
 その時、密偵は、城の地下へと降りていく人魚姫の姿に気がつきました。
 密偵は、以前から人魚姫を怪しんでいましたが、人魚姫は尻尾を出しません。密偵は、後をつけることにしました。

 城の地下牢に捉えられた隣国の王女(役:和泉 姫那(fa3179))は、王子との結婚を告げられた朝の事を、今でもはっきりと覚えていました。
「余は戦は好まない。隣国との末永い友好の為にどうか礎となってはくれないか」
 父王にそう告げられた時の喜び。修学の為に修道院にいた頃、偶然助けた王子のことを、王女も好きだったのです。
 ですが、輿入れの日。幸せの絶頂にいた王女は、不幸のどん底に叩き込まれました。人魚姫に誘拐され、城の地下に監禁されたのです。
 いつか王子が自分を見つけて助け出してくれる。そう信じて祈り続けました。しかし、いつまでも助けは来ませんでした。
 そして始まった人魚姫による調教の日々。ズタズタにされたプライドと、強制される女の悦び。いつしか、王女の心は、砕ける事無く溶けてしまいました。

「王女様‥‥!」
 人魚姫の後をつけた密偵は、人魚姫を見失った代わりに、誘拐された王女を見つけました。
 慌てて助けに駆け寄ろうとした密偵の足が、不意にピタリと止まりました。
(「陛下の覇権の為には、今ここで王女が見つかっては‥‥」)
 密偵の顔から表情が消えました。静かに歩き出し、懐の短剣を抜く密偵。黒く塗られた刀身が王女目掛けて振り上げられ──
 次の瞬間、密偵は背中から袈裟斬りにされていました。
 倒れこむ密偵。見上げると、魔法の兵隊が気配もさせずに、血に濡れた剣を手に佇んでいました。
「まだ殺されたら困るわ。その娘にはまだ役目があるんだから」
 扉から入ってきた人魚姫が、密偵にそう言いました。
「でも、あなたの役目はもうおしまい。『隣国の軍を引き込む』という役目、立派に果たしてくれたわよ?」
 その時初めて、密偵は自分が泳がされていた事に気がついたのです。
(「陛下、申し訳ありません‥‥!」)
 魔法の兵隊がゆっくりと剣を振りかぶります。それが、密偵が見た最後の光景でした。

 人魚姫が、王女の元に歩み寄り、細い指で王女のあごをつまみました。王女の瞳は何も映していないように見えました。
「貴方に役目を上げる。首尾よくやり遂げたなら、私と王子とで貴方を可愛がってあげるわよ?」
 力の無い笑みを浮かべて頷く王女。一瞬だけ、目の奥に意思の光が宿った事に、人魚姫は気がつきませんでした。

 一週間後。
 王城近くの野で、大臣派の軍勢と王党派の軍勢による決戦が行われました。
 最初は数に勝る大臣派が優勢に戦を進めていましたが、王党派が隣国軍の増援を得ると形成は逆転、大臣派は一気に蹴散らされてしまいました。
「な、何ということだ‥‥」
「大臣殿、こちらへ。逃げ道を用意しております」
 力なく呆ける大臣を、騎士は馬上へ押し上げました。もう駄目だ、と諦める大臣に、まだ再起の道はあります、と騎士が励まします。
 そうして、大臣と騎士は戦場を落ち延びて行きました。
 日没を迎える頃には大臣はすっかり調子を取り戻し、領地に着いたら再び軍を興すのだ、と息巻いていました。
 そんな大臣に、騎士は、背中から無言で斬りかかりました。
「や、止めろ、何が望みだ!?」
「貴方が私に与えられなくなったもの、ですよ」
 そう言うと、騎士は大臣に止めを刺し、その首を布に包みました。
 その時、敗残兵狩りの狩人たちが騎士を見つけました。俺は違うと言っても、狩人たちは聞きません。騎士はあっという間に矢衾にされてしまいました。
「馬鹿な‥‥俺が‥‥こんな‥‥」
 世の理不尽さを目の当たりにしながら、騎士は息絶えました。

 大臣派の軍勢を蹴散らした隣国王は、返す刀で王党派も蹴散らそうとしました。
 しかし、王党派は、隣国軍が大臣派と戦っている隙に城内に入ってしまいました。さすがの隣国軍も城攻めに躊躇していると、王党派から『大臣派に捕らえられていた王女が見つかった』と連絡があり、隣国王は、戦を続けるとりあえずの大義名分を失いました。
 やがて、解放された王女が父王の陣に帰されました。
「お父様!」
 身なりを整えた王女が、鎧を外して正装した父王に走り寄ります。王は両手を広げて王女を迎え入れました。
 ドッ‥‥
 鈍い衝撃が王の腹部を貫きました。
 口から血の泡を溢れさせながら、王は、信じられないものを見るように娘を見返しました。
「ねぇ、お父様‥‥どうして、もっと早く助けに来てくれなかったの?」
 酷薄に笑う王女の顔が、そこにありました。

 ‥‥全ては人魚姫の思惑通りに進みました。
 王子に王権を握らせる為、大臣にクーデターを起こさせ、クーデターを鎮圧する為に隣国軍を引き入れ‥‥
 どさくさ紛れに王と王妃を大臣派に暗殺させ、王子を王党派のリーダーに据え‥‥
「国は正しき指導者が治めるべきです。民も王子が政を行うことを望んでおります」
 と王子を煽り立てて決起させたのです。
 こうして王子の王権を確立した人魚姫は、用済みの道具たちを処理にかかりました。
 隣国軍に大臣派を蹴散らせて、その間に城を取り、そして『大臣が誘拐した王女』を解放し、届いた大臣の首と共に隣国王に送りました。
 王女が見つかったと聞き、王子は大層喜んで王女と会う事を望みました。けれど、「酷い目に遭ったのです。一度、国許に帰された方が良いでしょう」と人魚姫が諌めると、素直にこれを受け入れました。
 王子は、苦しい時も悲しい時も側にいて励まし、力になってくれた人魚姫を厚く信頼していたのです。
 やがて、王女が父王を暗殺した、という知らせが届きました。
 人魚姫が王女に与えた役目。それが父王を暗殺することでした。これで、隣国軍は王国に介入する力を無くしたのです。
 親殺しは重罪。これで用済みの王女も社会的に抹殺されるでしょう。これで邪魔者は全て消えました。
「大丈夫です。貴方の側には私がおりますから‥‥」
 悲嘆に暮れる王子を、人魚姫が優しく抱きとめます。優しく王子の頭を撫でながら、人魚姫は妖艶に微笑みました。
 あとは、王子を慰めながら、従順な下僕へと調教してゆくだけです‥‥

 王国で起きた一連の騒動を、愉快そうに眺める人物がいました。人魚たちに魔術を使った魔女(役:リーベ(fa2554))でした。
 魔女は、人魚姫が生まれたその時から、ずっと彼女を見てきたのです。
「我が身を蝕む退屈という名の猛毒。喜劇か、はたまた悲劇か、貴女の人生という名の演目で癒してもらうわ」
 そう。魔女は、退屈凌ぎに、面白い星辰の元に生まれた人魚姫の人生を『観劇』してきたのです。しかも、ただ眺めるだけでなく、より『面白い』星辰にするべく、色々と手を出してきたのです。
 例えば、人魚姫の15の誕生日の夜に嵐を起こす、とか。
「あの日に嵐を起こしただけで、こうも運命が転がるとは。やはり貴女は特別ね」
 けれど、それもそろそろ幕引きのようでした。
 人魚姫に足を与える対価に、声を奪い、泡となる制約を課し。泡となる制約を解く事のできる短剣の対価に、人魚姫の姉たちの髪を貰い受け。声を返し魔法の兵隊を貸す対価に、制約を解く短剣と寿命の半分を頂いた。そして、人魚姫には『王子との恋が成就しなければ海の泡となる』という条件だけが残る‥‥
「でも、もう泡になる心配もなさそうね。もう幕引きのようだけど‥‥まあ、退屈はしなかったわね」
 その時、魔女の背後に人影が現れました。
「このまま幕引きでは困るのよ‥‥」

 人魚姫と王子、二人きりの玉座の間に、一人の女が入ってきました。血塗れのドレスの女。それは隣国の王女でした。
「父様を殺したら、王子と一緒に可愛がってくれる。そう言ったじゃないですか」
 驚愕する人魚姫に、王女が答えます。そのまま、短剣を引き抜くと、王女は人魚姫目掛けて斬りかかりました。
 王女は、人魚姫に籠絡されてはいなかったのです。心を蕩けさせながら、その実、復讐の炎を燃え上がらせていたのです。
「私に酷い事をしたお前も、早く助けに来なかった父上も、王子も、みんなみんな許しはしない!」
 悪鬼のごとき形相で斬りかかる王女。だというのに、伏せていた魔法の兵隊たちはぴくりとも動きません。
「危ない!」
 人魚姫を庇うように、王子が前に進み出ました。しかし、王女の狙いは最初から王子だったのです。
 体勢の崩れた王子に、王女の必殺の一撃が突き込まれました。崩れ行く王子。人魚姫は叫び声を上げて縋りつきました。
 荒い息を吐きながら、焦点の合わない目で人魚姫を見上げ──
「‥‥き、君が無事でよ、よか‥‥った‥‥」
 そのまま王子は息を引き取りました。
 狂乱の悲鳴を上げる人魚姫。この時初めて人魚姫は、自分が王子を純粋に愛していた事に気付いたのです。
「‥‥お前は殺さない。泡になるのも許さない。お前はもっともっと苦しまなければならない」
 悲しみに暮れる人魚姫の背後で、王女が血を吐くように呟きました。その姿は、酷く醜いものに変わっていました。
 王女は、その美貌と引き換えに、魔女から『泡となる制約を解く短剣』とある薬を手に入れていたのです。
「今度は私が実権を握る番よ!」
 王女は、泣き叫ぶ人魚姫を引き剥がすと、息絶えた王子に口移しで、薬を飲ませ始めました‥‥

 その様子を魔法で見つめながら、魔女はその唇の端を吊り上げました。
「‥‥まだまだ私を楽しませてくれるとは‥‥人魚姫はどれほどの星の下に生まれたというのか‥‥」
 暗い洞窟に、魔女の哄笑が響き渡りました‥‥