覇道の人魚姫 姫の逆襲アジア・オセアニア
種類 |
ショート
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担当 |
柏木雄馬
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芸能 |
2Lv以上
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獣人 |
1Lv以上
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難度 |
普通
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報酬 |
3万円
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参加人数 |
8人
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サポート |
0人
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期間 |
08/02〜08/06
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●本文
●前回のあらすじ
昔々、ある所に、随分と『いい』性格をした人魚姫がいました。
ある晩、人魚姫は嵐で難破した王子様を助けました。人魚姫は一目で王子を気に入り、下僕にしたいと思い、魔法使いの所へ行って、声と引き換えに人間の足を手に入れました。
しかし、王子は隣国の姫君と結婚することになりました。人魚姫は、泡になって消えてしまう運命でした。
けれども、人魚姫には、王子の命も、愛も、自分の命も何もかも、失うつもりはこれっぽっちもなかったのです。
人魚姫は、魔法使いの所に行くと、自分の寿命の半分を差し出して声を取り戻し、魔法の兵隊を借り受けました。そして、輿入れする隣国の姫を誘拐して結婚式を阻止、政治的混乱を利用して悪い大臣にクーデターを起こさせます。そうしておいて隣国に介入させ、大臣の軍を粉砕。さらに調教して自分の手駒にした隣国の姫を使って隣国王を暗殺させ、隣国軍を追い返しました。
こうして人魚姫は、王子の愛と王権を手にし、幸せに暮らす──はずでした。
ところが、下僕にしたはずの隣国の姫に、人魚姫は裏切られてしまいます。
そして、王子は魔法使いの短剣で隣国の姫に刺され、命を落とします。
「今度は私が実権を握る番よ!」
隣国の姫はそう叫び、息絶えた王子に魔法使いから貰った薬品を飲ませました‥‥
「‥‥まだまだ私を楽しませてくれるとは‥‥人魚姫はどれほどの星の下に生まれたというのか!」
退屈凌ぎに人魚姫の人生を『観劇』していた魔法使いの哄笑が、暗い洞窟に響きました‥‥
●本編
僅か半年の間に、その玉座の主は三度変わりました。
最初の主は、王子の父でした。内政を重視し、長らく不仲だった隣国との関係を改善するなど、優れた為政者でしたが大臣のクーデターによりその座を追われ、内戦の最中に命を落としました。
次の主は、そのクーデターを起こした大臣でした。人魚姫に踊らされて玉座を奪った大臣は、結局、権力を維持する事が出来ずに行き詰まり、隣国の介入を受けて敗死しました。
そして、現在。
玉座に座るのは、王家正統の王子様でした。王党派の軍を率いて王城をクーデター派より奪還した英雄です。
ですが、玉座の間に控える近衛の騎士たちの表情は冴えません。彼らの視線の先には、彼らが忠誠を誓う王家の王子と、その側に控える醜女の姿がありました。
その醜女は、なんと隣国の姫でした。
かつて中原の花と謳われた美貌は見る影も有りません。口さがない者たちは、父である隣国王を暗殺した報いに違いないと噂しました。
当の隣国姫は、そのような噂など歯牙にもかけませんでした。彼女は全てに復讐する為に、魔法使いに己の美貌を差し出して、王子を傀儡にし、この国の王権を手に入れたのです。彼女の内に燃える昏い炎は、まだまだ衰えてはいませんでした‥‥
その玉座の間に、一人の青年が入ってきました。鎧姿で、腰には剣を佩いていました。
玉座の間で帯刀を許されたその青年は、隣国の末の王子、つまり隣国姫の弟でした。
隣国の王子は、醜く変貌した姉姫の姿を見て一瞬眉をひそめました。ですが、すぐに表情を変えて、王子の勝利を祝い、自らの隣国軍の功績を誇り、そして自らへの助力を要請しました。
今、隣国は王を失い、城の王太子(隣国姫の兄)と、遠征軍に帯同した末の王子との間で跡目争いが始まっていたのです。
王子は、隣国の王子に助力を約束しました。それを聞いて騎士たちが渋い顔をしました。二日前、隣国の王太子からの使者が訪れた際にも、王子は助力を約束していたのです。
これからこの国はどうなってしまうのか。心あるものは憂いを深くするばかりでした‥‥
人魚姫は、城の地下牢の一つに幽閉されていました。
そこは、かつて自分が隣国姫を閉じ込めていた地下牢でした。
隣国姫は、人魚姫を地下牢に入れるとそのまま放置していました。自らの経験から、闇の中での孤独が一番辛い事を知っていたからです。精神的に追いつめ、自らに依存させ、下僕にする‥‥かつて自分がされた仕打ちを、そのまま人魚姫にし返すつもりでした。
しかし、人魚姫は堪えていませんでした。深海の世界はまた、闇の世界でもあったのです。
自分を庇い、王子が隣国姫に刺されて息絶えた時、人魚姫は、王子への真の愛情に気付き、悲嘆に暮れました。
隣国の姫が魔法使いの薬を王子に飲ませると、王子は生き返りましたが人魚姫のことは完全に忘れていて、すっかり隣国姫の傀儡と化してしまいました。その時、人魚姫の心を占めたのは、生き返った喜びでもなく、王子を失った悲しみでもなく‥‥忘れられた事に対する怒りでした。
「‥‥私の下僕となるべき者が、『誰、キミ?』ですって‥‥!?」
思い出すまでお仕置きね‥‥闇の中、人魚姫の静かな怒りが燃え上がりました。
そろそろ、脱出の機会が訪れるはず。それが入牢時までの情勢から人魚姫が導き出した予測でした。
人魚姫は、自らの撒いた種が芽吹くのを、じっと待っていたのです‥‥
●出演者募集
以上がドラマ『覇道の人魚姫 姫の逆襲』の冒頭部分になります。『人魚姫 覇道をゆく』の続編です。
このドラマの制作に当たり、出演者を募集します。
PL(プレイヤー)のプレイングとその判定がドラマの脚本となり、
PC(キャラクター)がそれを演じることになります。
1.目的
冒頭部分と設定を使って、登場する役とストーリーを考え、ドラマを完成させてください。
人魚姫の復権、もしくは復権する為の足がかりを得る話を軸に、人魚姫の運命を描いてください。
2.設定
・人魚姫
『王子を下僕にして幸せになる』為なら国すらも傾かせる策略家。スケールが桁違いな『恋する乙女』。
・王子
他人の掌の上で転がり続ける王子様。今は薬で人魚姫を忘れ、醜女と化した初恋の隣国姫の傀儡に。
・醜女
自らを不幸にした全ての者への復讐を誓い、王国の王権を手に入れたかつての隣国姫。
・魔法使い
長い時間を生きる魔女。退屈凌ぎに、数奇な星の下に生まれた人魚姫の人生を『観劇』する為、暗躍する。
・王太子
隣国の王太子。末弟との跡目争いの準備中。本拠地として城を有し、王位継承の正当性を主張。
・隣国王子
隣国の末の王子。兄との跡目争いの準備中。隣国派遣軍を指揮下に置くが、何割が味方でいるかは不明。
・王国軍
国を二つに割った為、戦力は半減。だが、クーデターの際にも王党派として戦った忠義の騎士たち。
●リプレイ本文
城の地下へと続く石造りの間。
年老いた廷臣が燭台に火を点けると、闇の中に白いドレス姿の若い女性が浮かび上がりました。
先代の王の末の娘、王子の妹姫(役:白蓮(fa2672))でした。
妹姫は、闇の底へと続く螺旋状の階段を覗いて一瞬怯みました。白く美しい顔が緊張に強ばります。
しかし、妹姫はすぐに気を取り直すと、意を決して老廷臣に頷きました。
老廷臣は、燭台を掲げて階段を下りていきます。妹姫は、その後を恐る恐ると付いていきました。
‥‥カツーン、コツーン、と、地下牢の廊下に靴音が響きます。
やがて二人は、ある牢の前で足を止めました。
‥‥牢の中に、動くものは有りませんでした。壁際に、ぼろ切れの様になった人影がうずくまっているだけです。
呼びかけようとして妹姫は躊躇いました。もう死んでしまっているのではないか、と思ったのです。
チャリ‥‥と鎖が鳴る音がして、妹姫は後退りました。
ぼろ切れが動き、ゆっくりと顔を上げます。蝋燭の光を受けて、その瞳が力強く輝きました。
以前と変わることのない、人魚姫(役:ベス(fa0877))の強い意志の光が。
妹姫は、人魚姫を助け出すと、自室に連れて行って匿いました。
「しばらくここで養生して下さい」
妹姫が言いました。しかし、人魚姫はそれを聞かず、すぐに時世を尋ねました。妹姫は驚き呆れつつ、王国と隣国、そして王子の現状について話しました。
「‥‥隣国の継承問題へのお返事も、お兄様にお考えがあっての事とも思いました。しかし聴こえて来るのは悪い知らせばかり。このままでは隣国は兄弟の争いによって倒れてしまいます」
人を疑う事を知らぬ妹姫は、そう言って憂いを深くしました。
「それこそが隣国姫の狙いなのよ」
人魚姫が言うと、妹姫は大層驚きました。その無垢な様子に、人魚姫の食指は大層刺激されましたが、後ろに控える老廷臣の眼光がそれを制します。
「‥‥この城は今、腐っているわ。あちこちから蝿が入り込んできている。その蝿の出所と目的が知りたいわね」
人魚姫の言いようが分からず、妹姫は首を捻りました。
その背後で、老廷臣が人魚姫に頷いて、黙って部屋を抜け出していきました。
夜、一人になると、人魚姫は半身を起こしました。
「見てるのはわかってるわ。出てきなさい」
どこへともなく人魚姫が呼びかけると、部屋の隅の暗がりから人の形をした影が進み出てきました。魔法使い(役:リーベ(fa2554))の影でした。
姿を現すなり、魔法使いはからかう様な口調で言いました。
「『魔法の兵隊』の件なら文句は聞かないわよ? 扱うには『魔力』かそれに類するものが必要不可欠。使えば減るは道理。説明するまでもない事でしょう? それとも、あなたは‥‥」
「そんな事はどうでもいい。王子に何が起きたのかを話しなさい」
魔法使いは一瞬きょとんとした顔をすると、笑みを浮かべました。
「貴女の王子様は、死んだ後、隣国姫に薬を飲まされた。それは死体を自ら思うが侭に操る薬。王子には、心臓の鼓動も生前の記憶もあるけれど、それは魔力で維持されているだけ」
魔力が切れれば‥‥そこで、魔法使いは口を閉じました。
人魚姫は、無言で自らの美しい髪を切ると、それを魔法使いに突き出しました。
「‥‥なら、王子の心を取り戻すには?」
足りないならば、片方の目も持って行け、と人魚姫は言いました。
「助からないのに?」
「‥‥お仕置きをしないとね‥‥それに‥‥死ぬ前に一言、言ってやらないと気が済まない」
魔法使いは満足そうに頷くと、髪だけを手に闇へと消えて行きました。
「歌いなさい、人魚姫。せっかく取り戻したその声、使うといいわ。人魚の歌は魔法の歌。貴方たちなら或いは‥‥」
その晩、月を背にした王城から、美しい歌声が聞こえてきました。儚げで、優しい歌声でした。
月明かりの中、真夜中も玉座に座る王子(役:x‐cho(fa0952))の右手がピクリと動きました。聞こえてくる歌は、二人が初めて出会った晩に、気を失った王子に人魚姫が歌っていた歌でした。
そこに、醜女と化した隣国姫(役:柚木透流(fa4144))が飛び込んできました。歌声が人魚姫のものと気付いたのです。
隣国姫は、王子の様子に変わりが無い事を確認すると、人を呼んで地下牢の人魚姫の様子を見に行かせました。しかし、そこに人魚姫はいませんでした。すぐに城中を捜索しましたが、人魚姫の姿は何処にもありません。
隣国姫は、魔法使いの関与を確信しました。
「おのれ、人魚姫‥‥それに魔女‥‥何を企んでいる‥‥」
隣国の王城の玉座の間では、王太子(役:水沢 鷹弘(fa3831))が家臣たちと今後の対策について話し合っていました。
玉座は空いたままです。王太子は、『先王の仇である弟』を討ち果たし、先王の無念を晴らすまで玉座には座らない事を宣言していたのです。
家臣たちや臣民たちは、王太子の覚悟を知って心打たれました。しかし、王太子は、心中ではほくそ笑んでいたのです。
王太子は昔から、この国を思うがままに動かす事を望んでいました。いずれ叶う望みではありましたが、いつまでも玉座に居続ける強大な先王は、王太子にとって邪魔な存在でした。先の遠征中に、先王が暗殺されたと聞いた時、王太子は内心で喝采を叫んだものでした‥‥
‥‥王太子が物思いに耽っていると、隣国に嫁いだ妹王女から連絡が入りました。弟の軍勢が進軍を開始したというのです。
「あの子は変わりました‥‥あれは私の知る弟では有りません。自らの犯した父王暗殺の罪を私に押し付け、挙句の果てには、兄上様の玉座を不法に奪おうとするなど、狂気の沙汰としか思えません。我が夫にも、脅しの様な援軍要請がありました。夫は、兄上様に御味方する所存です。どうかあの子の狂気を止めて下さい‥‥」
妹王女からの手紙は、そのように結ばれていました。
報告を受け、家臣たちは、籠城し、妹王女の援軍を待って打って出るべきだと提案しました。
「お前たち、本気で妹が素直に援軍を送ると思っているのか」
王太子は鼻で笑いました。しかしながら、王太子の命令は籠城でした。
援軍の当てが無いのに籠城するのは無意味です。訝しむ家臣たちに、王太子は、まあ見ていろ、と言ってほくそ笑みました。
隣国の末の弟王子(役:マリアーノ・ファリアス(fa2539))は、到着するや否や、王太子の立て籠もる城をあっという間に包囲してしまいました。その軍の展開の早さは、先王も斯くや、というものでした。
夕日に染まる城を遠く眺めながら、赤毛の弟王子は、兄である王太子の籠城を訝しく思っていました。周辺を探らせましたが、伏兵の気配もありません。
「どう思う、将軍?」
弟王子は、背後に控える将軍(役:弥栄三十朗(fa1323))に意見を求めました。
「はっ、恐らくは、姉君様の王国軍が援軍に来るを待っての籠城かと」
「だとしたら愚かな事だ。姉上は我が方にお味方下さるというのに」
弟王子の下には、姉からの手紙が届いていました。そこには、兄に援軍を強要されたが、自分たち王国軍は弟王子に協力する、とありました。
弟王子は元々、消息不明になった姉を探す為に遠征軍に加わったのでした。『中原の花』と謳われた姉に、弟王子は憧憬の念を抱いていたのです。
それがこんな事態になるとは‥‥。弟王子は嘆息しました。姉が父王を暗殺し、兄がその罪を自分になすりつけるとは‥‥。それに、王国の城で見た姉の変わり様は‥‥いったい、姉上に何が起こったというのか‥‥
「‥‥王子?」
将軍に呼びかけられて、弟王子は我に返りました。三日後に王国軍が到着するとの知らせが入ったのでした。
「よし、援軍の到着を待って攻撃する。‥‥兄上は、いや、あの男は、父上殺害の罪を我に擦り付けた。あのような男に王位を継がせるわけにはいかぬ」
「はっ、亡き先王の元、幾多の戦場を駆けた我らの力、存分にお使い下され」
「うむ、そなたの忠義、嬉しく思う。これからも我を支えてくれ」
頼もしそうに将軍を見やる弟王子。将軍は無言で頭を下げました。
王国軍が到着するや否や、城の扉が開き、王太子の軍勢が飛び出してきました。弟王子の軍勢と比べると、明らかに寡兵です。
「よし、迎え撃て! 包囲して押し潰してしまえ!」
意気揚々と馬上に上がる弟王子。こと軍事に関しては、兄に負ける気はありませんでした。
しかし、軍勢は、王子の指示通りには動きませんでした。それどころか、王太子の軍に道を開けるように動きます。
王子は目を見開きました。異常に気付いた弟王子派の諸侯の軍が助けに動き出しましたが、弟王子派の軍は遠く包囲網の反対側に配置されていました。さらに、その動きを妨害しようとする諸侯まで現れる始末です。
事ここに至って、弟王子は裏切りに気が付きました。
「‥‥謀ったな、将軍‥‥なぜだ‥‥」
血の気を失った弟王子が背後を振り返ります。そこに、弟王子への嫌悪感を露わにした将軍が兵を率いて立っていました。
「‥‥王権を得る為に軍を私し、挙句、先王の仇である王女を討たず、これと手を結ぶ始末。‥‥これ以上、まだ理由が必要か」
弟王子にも言いたい事は山程ありましたが、彼はその気を無くしていました。
背後に控える姉の軍勢が、全く動きを見せなかったからです。
「姉上‥‥貴女もか‥‥」
弟王子の肩が、ガクリと落ちました。
将軍は、弟王子を捕縛すると、その場に残った僅かな兵で突撃体勢を取りました。
「行くぞ! 今こそ先王の仇、忘恩の王女を討ち果たさん!」
剣の先は隣国姫のいる王国軍本陣を指し示します。兵たちからときの声が上がりました。
「突撃!」
騎乗した部隊が一斉に王国軍へと向かいます。先頭に立った将軍が、王国軍の将兵に叫びました。
「王国の勇者たちよ! 真に国を愛するならば、道を開け! 王宮の奸、醜き王女を除くのだ!」
ほんの少し前まで、隣国姫は得意の絶頂にありました。
弟王子に父王暗殺の罪をなすりつけ、王太子に弟王子と対立する理由を作ってやり、二つの勢力を煽り、ぶつけ合わせ、疲弊した所を制圧する‥‥
その計画は、全て旨くいっていたのです。戦力を温存する王国軍の前で、隣国軍は血で血を洗う激闘を繰り広げていました。
それを見ながら、隣国姫は酷薄な笑みを浮かべていました。
私を利用し、見捨てた者どもよ‥‥もっと傷つけ合うがいい‥‥私はお前たちの仕打ちを決して許しはしない‥‥
‥‥だというのに、隣国軍の小部隊が突撃して来た時、王国の兵たちは、あろう事か彼等に道を開けたのです。
「なにをしておるっ! 防げ!」
王子を操るのも忘れ、自ら腰を上げて命令する隣国姫。しかし、騎士たちは冷たく見つめるだけでした。
やがて、将軍の部隊が本陣までやってきました。馬上から将軍が高らかに叫びます。
「観念せよ! 先王の仇、父親殺しの醜き姫よ! 最早何処にも逃げられぬぞ! この日の為、私は以前から王国の有志たちと謀っていたのだからな!」
そんなはずはありませんでした。なぜなら、将軍の間者は全て始末していたからです。
ならばなぜ、王国軍は道を開けたというのか‥‥?
「それは、僕がそう命じたからだ」
隣国姫が驚愕に目を見開きました。
自らの意思で動くことの出来ないはずの王子が、ゆっくりと立ち上がったのです。
王子が立ち上がると、王国の騎士たちが一斉に王子に礼を取りました。そしてすぐに、将軍の兵たちを取り囲みました。
「正気に戻っていたの‥‥? どうして‥‥」
隣国姫の言葉に、わからない、と王子は首を振りました。
「ただ‥‥歌が聞こえたんだ。とても懐かしい歌が」
そこで、隣国姫は思い至りました。王子の背後で糸を操っていた者の存在を。
「‥‥人魚姫‥‥!!」
隣国姫は、ガクリと膝をつき、拳を地面に叩きつけました。
そこは暗い、暗い場所でした。
闇。
ただそれだけが存在を許された場所で、王子は一人、たゆたっていました。
王子は、深遠に向かって魔法使いを呼びました。
闇の中に魔法使いの姿はありませんでした。ただ、声だけが響きます。
「何用です? 運命の王子よ」
「貴女が退屈凌ぎに人魚姫から‥‥人魚姫と隣国の姫から、奪った諸々のものを返してくれ。彼女たちの生命も、幸運も、権威も、力も、得るはずだった幸福も!」
闇が笑いました。それらは全て代償であって、ただ自分が奪ったものではないと。
「分かっている。代わりに僕の声も、顔も、腕も、足も、全て差し出そう。足りなければ、魂だって持っていくがいい!」
全てを差し出すというのか、と闇は尋ねました。貴方には何も残らないがそれでもいいのか、と。
「彼女をかばった時、とうに僕の全ては終わってるんだよ。‥‥それに、彼女が僕を取り戻しに来るかも知れないだろ?」
そう言って、王子は不敵に笑いました。その瞬間、魔法使いは、自らの運命の輪が回るのを感じました。
「いいでしょう」
魔法使いは言いました。
「王子様の願いは本当に強い願い‥‥けれど、その願いが強いほど、切実であるほど、それに見合う対価は重く、大きなものになる‥‥覚悟は良くて?」
王子は間髪入れずに頷きました。
「あなたの願いを叶えるのに必要な対価。それは‥‥」
こうして、王子は、その存在の全てを魔法使いに握られることとなりました。
「私の真の退屈を終わらせてくれるのは、やはり貴女なのかもしれない‥‥」
この事で開いた運命を、魔法使いは楽しげに眺めやりました。
「人魚姫‥‥」
そう呼ぶ魔法使いの声は、まるで恋しい人の名を呼ぶかのようでした‥‥