模擬戦闘 鷹司英二郎アジア・オセアニア

種類 ショート
担当 柏木雄馬
芸能 1Lv以上
獣人 4Lv以上
難度 やや易
報酬 なし
参加人数 8人
サポート 0人
期間 09/11〜09/15

●本文

 鷹獣人、鷹司英二郎。
 表の業界において、その名を知るものは殆どいない。
 だが、裏の業界に生きる者──ナイトウォーカーを狩る者たちには、かつて広く知られた名であった。
 齢15にして心ならず初陣を飾った鷹司は、以後、芸能界に身を置きつつも、その生活の殆どをナイトウォーカーとの暗闘に費やした。幾多のナイトウォーカーと渡り合い、その全ての戦いに生き残った。噂では、大型のナイトウォーカーの封印戦も経験したという話だった。
 特定のパーティーを組まず、その時の状況に応じて前衛、後衛、どちらのアタッカーも可能。さらに車の運転から先行偵察までこなせる事から、付いた二つ名が『ワイルドホーク』。『野生の鷹』と『Wild Card』とをかけたものらしかった。
 現在、56歳。10年前、年齢を理由に引退し、以来、表舞台(裏業界ではあるが)には立っていない。
 その名を知るものも、少なくなっていた。

「俺は昔、ナイトウォーカーと戦った事がある。その時、『ワイルドホーク』に命を救われたんだ」
 今は亡き『私』の父が生前、酒に酔う度によくそう話していたのを覚えている。
 父の胸躍る冒険譚を聞かされ続けた『私』にとって、彼は『ヒーロー』だった。
 その鷹司英二郎が、この度WEAが行う対ナイトウォーカー戦闘訓練のミニキャンプで教官として復帰するという。
 それを聞いた『私』は、すぐに参加を申し込んだ。

 奥州の山深い森の中、人目の届かぬその地でキャンプは行われた。
 WEAの所有する山荘で着替えを終え、『私』は他の参加者と共に、教官を務める彼を待っていた。
 ‥‥そこへ、山道を一台のスクーターが登ってきて、我々の前に止まった。
 黒いジャージの上下に身を包んだスニーカー履きの男が、スクーターを停めてやってくる。ぼさぼさの髪をした冴えない壮年の男だった。
 まさか‥‥と『私』が思っていると、その男は咥え煙草のまま‥‥
「俺が教官の鷹司英二郎だ‥‥」
 ‥‥大層面倒臭そうにそう呟いたのだった。

「最近、あちこちが騒がしいな。俺が現役の頃は、もちっとのんびりしていたもんだが‥‥。ナイトウォーカーに話を限れば、情報化社会ってヤツも考え物だな。おかげで俺みたいな老年まで引っ張り出される」
 誰にとも無くそう愚痴り、猫背で紫煙を吐き出す鷹司英二郎。周囲の参加者から、あからさまに落胆の溜め息が漏れる。それを横目で見やりながら、鷹司は首をぽきぽきと鳴らした。
「‥‥ナイトウォーカーは獣人を喰らう為に襲ってくる。俺たちは、そんな連中を根絶やしにする為に奴等を殺す。
 お互いにとって、これは『戦い』ではなく『狩り』なんだ。狩りとは生きる為に行うもの。死んじまったら意味がない。
 だが、それでも死ぬ奴は出る。それは些細なミスが理由であったり、ほんの少し集中力が欠如した為だったりするわけだが‥‥常に気を張っていることなぞ誰にも出来ん。
 だから、俺は個人の戦闘力に興味はない。お前たちにはチームとしての──良くある事だが、たとえそれが即席であっても──戦闘力を見せてもらう」
 鷹司はそう言うと、煙草を携帯灰皿で揉み消した。背筋を伸ばし、張りのある声で『私』たちに向き直る。
「状況を設定する。
 俺は『山頂付近で目撃されたナイトウォーカー』だ。
 お前たちは、それを襲撃する為に派遣された討伐隊。潜む俺を探索し、撃滅してみせろ。
 食糧と水は山荘にある物を持っていっていい。‥‥いいか、あらゆる状況を想定しろ。予定通りに事が運ぶなど、滅多にないのだからな」
 言いながら、鷹司は背に出した翼をはためかせた。ふわりと鷹司が宙に浮く。
「老体に山道はキツいんでな。先に山頂に行かせてもらう。忘れるな。次に合う時は俺はナイトウォーカーだ」

●対NW模擬戦闘
 高レベル獣人『鷹司英二郎』との対NW戦を想定した模擬戦闘です。
 山頂付近に潜むNWの探索、及び戦闘をシミュレートします。

 山頂までのルートは、深い木々の間を縫って登山道が通っています。
 山頂までは、体力次第ですが数時間で到着できるでしょう。
 足場は普通だったり、悪かったり。沢の流れる普通の山で、洞窟等は確認されていません。

 これは訓練ですので、死亡したり大怪我をする危険性は限りなく低くなっています。一応、山荘には回復役も待機しています。
 戦闘では、衝撃吸収性の防具をつけ、ウレタン製の得物を持ち、ゴム弾装填の飛び道具を装備します。
 もっとも、『装備の変更は必要ありません』。戦闘自体は、通常の戦闘と同様に処理します。

 鷹司英二郎は高レベルの鷹獣人です。低レベルの獣人がサシで向かい合った時、10本に1本取れるかどうか、という位の実力差があります。まともに向かい合ったら、まず攻撃は当たりません。
 ですが、PCは、様々な作戦、戦術、策略を駆使することで、有利な修正を得る事が出来ます。

 鷹司は半獣化で訓練を行うつもりでいますが、戦闘特化型のPCの中には、鷹司の能力に迫る者もいると思われます。その場合、鷹司は完全獣化して模擬戦闘に臨みます。
 パーティー内で個の能力が突出すると、全体として見た場合、鷹司との戦力差が大きくなる場合もあります。そんな時は、PCを半獣化にとどめ、パーティー内の戦力を均一化した方がいい場合もあります。

 鷹司は、鷹司英二郎としてではなく、NWとして行動します。一例を挙げれば、今回の模擬戦闘中、鷹司は翼で空を飛びません。彼の経験に基づくNWの行動を、可能な限り再現しようとします。
 ただ、鷹獣人の鷹司はNWほど打たれ強くはないので、回避能力でそれを再現しようとしています。訓練の継続の為、回避能力を維持する為に、翼の使用を選択する事はあります。

●今回の参加者

 fa0761 夏姫・シュトラウス(16歳・♀・虎)
 fa0847 富士川・千春(18歳・♀・蝙蝠)
 fa0892 河辺野・一(20歳・♂・猿)
 fa0898 シヴェル・マクスウェル(22歳・♀・熊)
 fa1050 シャルト・フォルネウス(17歳・♂・蝙蝠)
 fa1449 尾鷲由香(23歳・♀・鷹)
 fa2321 ブリッツ・アスカ(21歳・♀・虎)
 fa3622 DarkUnicorn(16歳・♀・一角獣)

●リプレイ本文

●探索
 9月11日午前10時。奥州の山深く、人目の届かぬ森の中。WEAの訓練場山荘前。
 鷹司英二郎と模擬戦闘を行う参加者たちが、訓練の準備に集まっていた。
「この姿も凄く久々だが‥‥ま、頑張ろう‥‥」
 蝙蝠獣人シャルト・フォルネウス(fa1050)が、仮面を付け、外套を脱いで完全獣化する。バサッと広がる蝙蝠の翼。シャルトは、調子を確かめるように翼を振った。
 皆が同じ様に獣化、あるいは半獣化をする。それから訓練用の装備品を防具と、それぞれの得物を模した訓練用の武具を身につけていった。
「しかし訓練と言うモノは少々やりにくいの。いつもの持ちなれた得物ではないし‥‥」
 完全獣化したDarkUnicorn(fa3622)(一角獣獣人、愛称ヒノト)は、訓練用の刀を両手に持つと眉をひそめた。どうにも軽すぎてしっくりこなかった。
「それに、本物のNWでは無いから今一つ殺意が沸いてこぬッ!」
 両手の模擬刀をブンブンと振り回すヒノト。それを見て、尾鷲由香(fa1449)(鷹獣人、半獣化)が苦笑した。
「気を抜くなよ。相手はどんな手を使ってくるか分からないからな」
「分かっておる。やるからには全力でやらねばのッ!」
 ヒノトが大きく頷くと、尾鷲は嬉しそうに拳を打ち合わせた。
「そうそう。相手は『NW』。思いっきりやり合える相手だ」
 そこへ、シヴェル・マクスウェル(fa0898)が姿を現した。灰色熊の獣人で、訓練では完全獣化する予定だったが、まだ人の格好だった。目撃者役に代わり、サーチペンデュラムで鷹司の居場所を探していたのだ。30分かけてようやくそれらしい反応を得る事が出来た。
「どうやら教官は山頂付近にいるようだな」
 シヴェルの言葉に、皆は頷いた。

 一行は、三つの班に分かれて山頂を目指した。
 空を飛びながら登山道を探索する飛行班。そして、山中へと分け入る二つの山中班だ。
 飛行班は二人。鷹獣人の『イーグル』尾鷲と、蝙蝠獣人の富士川・千春(fa0847)(半獣化)だった。
「意外と植生が濃いな‥‥探索は厳しそうだ」
 『鋭敏視覚』で視力を上げた尾鷲が、戦場に適した周辺の地形を確認しながら進む。
 ものの数分で、飛行班は頂上付近に到達した。そこに鷹司の姿はなかった。
「さーて、相手はどうでるか‥‥」
 そんな尾鷲の耳に、ギターの渋い旋律と張りと深みのある歌声が聞こえてきた。尾鷲の後ろを飛ぶ富士川が、アコースティックギターを手に弾き語っていた。
 尾鷲が困ったように富士川に視線をやった。
「NWが寄って来るんじゃないかと思って。ほら、音楽あるところに獣人あり、って」
 富士川がニッコリと笑って──それでもギターを弾く手は止めずに──尾鷲に言った。
「‥‥そうだな。でも、空を飛んでる相手はNWも襲いにくいんじゃないか?」
「‥‥‥‥あ。‥‥‥‥いや、ほら、でも、様子を見に姿を現すこともあるんじゃないかしら」
 そういうこともあるかもしれない。深い森に紛れ、鷹司が空を見上げているかも知れなかった。

 登山道の東側、周囲を警戒しながら山中を行く人影があった。
 夏姫・シュトラウス(fa0761)(虎獣人。半獣化)と『稲妻娘』ブリッツ・アスカ(fa2321)(虎獣人。半獣化)の二人だった。上空を飛ぶシャルトの三人で構成する『山中A班』だ。
 夏姫が鋭敏視覚で周囲を探索し、アスカが茂みや木の陰からの奇襲を警戒する。その二人をブリッツが上方からフォローする形だった。
「足場が悪いです。気をつけましょう‥‥って、わわわ」
 自分で言う側から、夏姫が坂を滑り落ちる。アスカが近くに駆け寄った。手は貸さない。周囲を見回して奇襲を警戒する。
 襲撃が無いのを確認すると、立ち上がる夏姫にアスカは言った。
「休憩するか? その格好は暑いだろう」
 夏姫は、獣化した姿を人に見られる時の事を警戒して長袖の服を着ていた。山中とはいえ、残暑の厳しいこの時期には酷な格好だ。
「でも、鷹司さんが『あらゆる状況を想定しろ』って言ってましたから‥‥」
「『人目にはつかない』さ。それに他の連中は誰も気にしちゃいない」
「でも‥‥」
「いいから脱ぐ!」
 アスカは無理矢理夏姫の上着を引っぺがした。夏姫は素っ頓狂な悲鳴を上げたが、それで大分楽になり、ホッと息をついた。
 上空のシャルトが下りて来た。大丈夫か、と尋ねるシャルトに、二人は何でも無いと首を振った。
「‥‥そうか。この先に沢がある。十分に注意してくれ」
 それだけを言うと、シャルトはすぐに上へと戻っていった。
「‥‥それじゃあ行こうか」
 探索を再会する山中A班。慎重に、十分に警戒しつつ沢を渡る。
 襲撃には絶好の場所。しかし、鷹司の襲撃は無かった。

 その頃。登山道の西側を探索する山中B班の歩みは止まっていた。
 河辺野・一(fa0892)(猿獣人、完全獣化)が、野生の猿を見かけ、鷹司の情報を聞き出していたからだ。
「黒い格好をした、背に鳥のような翼を生やした人を見ませんでしたか?」
 普段の癖で、猿相手にも丁寧に尋ねるアナウンサー河辺野。猿は、食い物を要求してきた。
「ちゃっかりしてますね」
 河辺野がパンを千切ろうとすると、猿は丸ごと持っていった。
「‥‥。で、どうなんです?」
 餌に食いつく猿は、ついさっきそんな人間を見た、と言った。
 河辺野の顔が喜色が浮かぶ。朝から猿に出会う事三回、これが初めての目撃情報だった。
 喜び勇み、木の下にいるヒノトとシヴェルに得た情報を伝えようとする河辺野。
 その時、悲鳴が森に響き渡った。

●戦闘開始から2分間
「うひゃあぁあ!?」
 ヒノトが悲鳴を──どちらかというと、ゴキブリを見た時に女性が上げるそれ──上げて飛びずさる。
 不意打ちで一回、離れる時にもう一回。ヒノトは訓練刀でスパーンと叩かれていた。
 シヴェルがヒノトの前に出る。視線の先に、完全獣化した鷹司英二郎の姿があった。
「‥‥完全獣化?」
「思った以上に手練が多く集まったんでな。正直、半獣化じゃ訓練にならんのだ」
 鷹司が肩を竦める。
 ヒノトが「出たっ、鷹司がこっちに出た!」とトランシーバーに向かって叫ぶのを聞きながらシヴェルは模擬短剣を構えた。
「別に構わないぜ? 相手が弱いとこっちも訓練に‥‥ッ!?」
 言い終わる前に、鷹司の片手面打ちがシヴェルの頭を捉えていた。
 十分に警戒はしていた。下手に手を出さず、味方が来るまで防御に徹するつもりだった。にもかかわらずあっという間に一本取られた。
 木から下りた河辺野が鷹司に石を投げる。『飛石轢弾』。威力を上げないなら使っても構わないとの事だった。
「こいつはちょっと‥‥かよわい女一人で相手をするのは厳しいな!」
 鷹司に感心したようにシヴェルが言った。
 河辺野が援護の為に前に出る。両手と尻尾、三刀の模擬短剣を手に、手数でもって当てようとする。その全てを鷹司は受け流し、かわし切った。

 ヒノトの連絡を受け、空中班は全速で戦場へと向かった。
 緑の大地にB班が焚いた発煙筒の煙が上る。40秒でそこに到着した空中班だったが、そこにB班はいなかった。
「戦場が移動している?」
 近くにいるのだろうが見つけられない。尾鷲は、『知友心話』で発煙筒を焚くように訴えた。
「‥‥聞こえる‥‥戦いの音が‥‥」
 富士川が『鋭敏聴覚』で戦場を指差した。その方向から新たな煙が上がる。
「この地形じゃ急降下は厳しいな‥‥あたしは地上に降りる。援護を頼む」
 尾鷲が低空を行く。富士川は銃を手に上空から戦場へと進入した。

「俺の後をついて来るんだ。見失うなよ」
 山中A班。上空からシャルトがアスカと夏姫を誘導する。シャルトの視線の先、空中班の行く先が戦場だ。
「くっ! ここから戦場まで何分かかるんだ!?」
 B班接敵の連絡を受け、地を走りながらアスカは臍を噛んだ。B班とそれ程離れてはいなかったが、茂みの多い地形が災いした。
「グズグズ出来ません。行きましょう!」
 夏姫が『金剛力増』を使って茂みに飛び込んだ。細かい傷が出来るのも構わず、細い獣道を力任せに突破する。
 夏姫の変わりようにアスカは目を瞬かせたが、すぐにニヤリと笑みを浮かべると、自分も『金剛力増』を使って夏姫の後を追っていった。

●戦闘開始2分から4分まで
「そろそろ二人はリタイアじゃないか?」
 鷹司がシヴェルと河辺野に言う。2分間で二人が受けた攻撃は11回。実戦なら、戦闘に支障が出始める傷を負っていただろう。
「それはないのじゃ。わしが『治癒命光』で癒すからの」
「だよなあ」
 ヒノトの言葉に鷹司がぼやく。
 その瞬間、尾鷲が木々の隙間を縫うように飛んで来て、鷹司の死角から一撃を与えて飛び去った。それにタイミングを合わせ、シヴェルと河辺野が攻撃する。尾鷲が『知友心話』で攻撃のタイミングを知らせていたのだった。
 さらに、上空の富士川が『虚闇撃弾』を撃ち下ろす。その攻撃の半分をまともに喰らい、鷹司は慌てて木の陰に隠れた。
「そろそろリタイアじゃないか?」
 ニヤリと笑ってシヴェルが言う。鷹司はうそぶいた。
「まだまだ。俺は『NW』だからな。‥‥言ったろう? 個人の戦闘力には興味が無い、と」

 上空からとはいえ、木々の間に見え隠れする鷹司に銃を撃つのは、味方に当たりそうで怖かった。富士川は、鷹司を視界に捉えた時に『虚闇撃弾』で地上を援護した。
 被命中数の多かった河辺野が後衛に下がり、代わりに地上に下りた尾鷲が前線に立った。変わらず鷹司は攻撃を避け続けた。
「完全獣化して、一対一で思いっきり戦ってみたいね‥‥」
 尾鷲がつぶやいた。

●戦闘開始4分から5分10秒
 戦場に、シャルト、夏姫、アスカの三人が到着した。
「取り囲め! 足を止めるんだ!」
 アスカの指示に夏姫が頷く。二人は鷹司を取り囲むように動いた。包囲し、背後から鷹司の手足を打つ。シヴェルと尾鷲も反撃を開始、その全ての手数を避けることは、鷹司にも出来なかった。
 シャルトは上空に上がり、富士川と交代して『虚闇撃弾』を放つ。『虚闇撃弾』を使い果たした富士川が木の枝に下りて銃を構えた。
「コアはどこかしら?」
「それらしいのは見つからないから‥‥ジャージのメーカーのマークがコアってことで」
 富士川の言葉に、『飛石轢弾』での援護を終えた河辺野が答えた。
「只でさえ当たりにくい相手に、さらに自分たちで訓練の難易度を上げるか。そういうのは嫌いじゃないが‥‥当てれるだけの戦術を積み上げたのか?」
 俺に勝てるのか。鷹司はそう自信満々に言い放ちつつ、次の瞬間、包囲網を抜け出して逃げ出しにかかった。不利になれば戦場からの離脱を優先する。追いつめられたNWの行動パターンだった。
 攻撃が当たるにまかせ、スルリと包囲を抜け出す鷹司。その鼻先へ富士川が銃撃する。NWなら止まらなかったろうが、鷹司は思わず足を止めてしまった。夏姫が回り込んでその行く手を塞ぐ。そして、追いついたアスカが鷹司の腿に拳を当てた。
「ブラストッ!」
 アスカが叫ぶ。その言葉を聞いた時、鷹司は模擬戦闘を止めさせた。
「多数の敵に、積もり積もった脚部のダメージ‥‥。詰みだな‥‥こちらにもう勝ち目は無い」
 鷹司がやれやれと手を上げる。一行は勝利に沸いた。
 と、鷹司がいきなり、偶々近くにいた夏姫の頭を模擬刀でスパーンとはたいた。皆が驚いて振り返り、何が何だか分からない夏姫は涙目で鷹司を見上げた。
「逃げ場を無くした生物は死に物狂いで反撃する。NWも例外じゃない。本当に危険なのは、勝利が見えたその後だ。‥‥止めを刺すまで‥‥気を抜くな」
 渋く纏めようとする鷹司を、皆がにこやかに取り囲む。気付いた鷹司が顔を上げる。皆、模擬刀を持っていた。
「そうじゃのう。止めはきっちりと刺さねばのう」
 両手に模擬刀を持ち、『俊敏脚足』を使用したヒノト。その言葉を合図にしたかのように、皆が一斉に模擬刀を振り上げた。

●訓練終了
 初日の模擬戦闘は序の口だった。
 5日間、夜間戦闘やキャンプの襲撃、さらには二日間放置した後の集中力が切れた状態での急襲など、様々な状況を模した訓練が行われた。
 訓練終了後、ヒノトがこんな事を言い出した。
「せっかく山まで来たんじゃし、訓練後は皆でバーベキューでもしたいのッ♪」
 山荘の物置にはバーベキューの機材が揃っていたが、食材は無かった。結局、河辺野が車で3時間かけて、食材を買ってくる羽目になった。材料費は鷹司の奢り。鷹司はメンバーを見て、河辺野に肉を多めに買って来るように言った。
 こうして始まったバーベキューは、やはり肉をめぐる修羅の道だった。鷹司は早々に戦線を離脱すると、缶ビール片手に月見酒と洒落込んだ。
 そこへ富士川がやってきた。富士川は、鷹司に射撃系の自分がどうしても接近戦になった時の対処法を尋ねた。
「逃げろ」
 と鷹司は言った。射撃系が格闘戦をやらなきゃいけない時点で負けなのだ。そうならないように事前に準備をするのだから、と。
「‥‥でも、どうしても退く事が出来ない状況もあるじゃないですか?」
「その時は選べ。自分の命と、その『退く事が出来ない理由』とを」
 身も蓋も無いですね、そう言いかけて富士川は、鷹司が遠くを見るような目をしているのに気付いて言葉を失った。
 ワイルドホーク、鷹司英二郎。戦いの日々を送る者の常として、彼も何かを失くして今日があるのかもしれなかった。