覇道の人魚姫 姫の帰還アジア・オセアニア

種類 ショート
担当 柏木雄馬
芸能 2Lv以上
獣人 1Lv以上
難度 やや難
報酬 3.1万円
参加人数 8人
サポート 0人
期間 10/02〜10/06

●本文

●これまでのあらすじ
 昔々、ある所に、随分と『いい』性格をした人魚姫がいました。
 ある晩、人魚姫は嵐で難破した王子様を助けました。人魚姫は一目で王子を気に入り、下僕にしたいと思いました。早速人魚姫は魔法使いの所へ行って、声と引き換えに人間の足を手に入れ、王子に近づきました。
 だけど結局、王子は隣国の姫君と結婚することになりました。人魚姫は泡になって消えてしまう運命でした。
 けれども、人魚姫には、王子の命も、愛も、自分の命も何もかも、失うつもりはこれっぽっちもなかったのです。
 人魚姫は魔法使いの所に行くと、自分の寿命の半分を差し出して声を取り戻しました。そして、輿入れする隣国の姫を誘拐して結婚式を阻止、さらに、政治的混乱を利用して王国内でクーデターを起こさせます。そうしておいて隣国に介入させ、反乱軍を粉砕。さらに調教して手駒にした隣国の姫を使って隣国王を暗殺させ、隣国軍を追い返しました。
 こうして人魚姫は、王子の愛と王権を手にし、幸せに暮らすはずでしたが、最後の最後で隣国姫に裏切られてしまいました。
 王子は隣国姫に傀儡にされ、人魚姫は囚われてしまったのです‥‥

 その頃、王を失った隣国では、王太子派と弟王子派に分かれて争いが起きていました。王国王女に納まった隣国姫の所には、両派から支援要請が届きました。
 隣国姫は、自分を助けてくれなかった全ての者に復讐するべく、策を巡らせました。
 両派を消耗させておいて共に討つ。その隣国姫の策は成功しかけましたが、最後の最後で失敗しました。王国の妹姫によって助け出された人魚姫が、隣国姫の策略を看破し、罠を仕掛けていたのです。
 隣国姫と隣国王子は隣国王太子に捕らえられ、王国有利の状況で内乱は終結しました。
 こうして人魚姫は、再び王子を取り戻しました。しかし、人魚姫が払った代償もまた、大きなものでした。
 乱の後、王子は、魔法使いに人魚姫と隣国姫が失ったものを返すよう訴えました。代わりに自分の全てを持っていけ、王子はそう言いました。
 その時、魔法使いは、自分の運命の輪が回るのを感じました。
「私の真の退屈を終わらせてくれるのは、やはり人魚姫、貴女なのかもしれない‥‥」

●本編
 その日、隣国の王城の広間にて、豪華な式典が執り行われました。
 結婚式です。
 隣国王太子の元に王国の妹姫が嫁いで来たのです。
 かつて長らく争った二国間の同盟の象徴として行われるはずだった王国王子と隣国姫との結婚。それに代わって行われる婚姻でした。内戦続きの王国と隣国を、虎視眈々と狙う周辺国に対する牽制でもありました。
 婚姻に際し、妹姫は隣国王太子に、父王殺しの隣国姫と王位継承を争った隣国弟王子の助命を嘆願しました。
 王太子は、渋々と、二人に恩赦を与え、処刑を延期しました。先の内戦で疲弊した今、王国との同盟は是が非でも必要でした。

 結婚式を終えると、王子と王国軍は祖国へと戻りました。
 王子は城に戻るとすぐに、内戦で荒れ果てた国の建て直しにかかりました。自我を取り戻した王子の帰還に、騎士や廷臣たちは大層喜びました。
 一方、人魚姫は戸惑いを隠せませんでした。
 王子が自我を失う前の、自分に対する深い信頼は変わりません。しかし、その態度が、『苦楽を共にしたパートナー』に対するものでなく、『臣下の一人』に対するものに戻っていたのです。
 事態を訝しく思った人魚姫でしたが、事情を知るであろう魔法使いの気配は久しく消えたままでした。
 ‥‥王子は、魔法使いとの取引に際し、対価として『人魚姫への想い』を奪われていたのです‥‥

 王位継承に敗れた隣国王子は、王城内の幽閉部屋に閉じ込められました。一方、父王殺しの隣国姫は、一応王族として遇される弟王子と異なり、神の法に背いた者として地下牢に囚われていました。
 鎖に繋がれ、身じろぎすることなく呪いの言葉を吐き続ける隣国姫。最早、看守も食事を与える時以外近づこうとしませんでした。
 そんな隣国姫に、天窓から月の光がサァッと降りかかりました。するとどうでしょう。魔法使いとの取引で醜く変貌していた隣国姫が、元の美しさを取り戻したのです。
「これはいったい‥‥」
 自らの顔を手で触れながら、驚きを隠せない隣国姫。
 その時、牢の鍵がガチャリと音を立て、ゆっくりと開いていきました‥‥

「今回の騒動の発端となった隣国姫の誘拐事件‥‥あれは誰が、どのような目的で起こしたものなのか」
 王子の言葉に、人魚姫は沈黙で答えました。昨晩から声が出なくなっていたのです。
 その間にも王子の調査命令が発せられます。事件の黒幕だった人魚姫にとって、状況は悪くなるばかりでした。
 その日の夜。
 懐かしい歌声を聞いた人魚姫は海辺へと出てきました。そこには、人魚姫の姉姫たちが来ていました。
 姉姫たちは言いました。魔法使いとの契約は全て解除され、人魚姫には最初の──声と引き替えに人間の脚を得る契約だけが残りました。王子の愛が得られなければ、泡になる運命もまた同じ──それを防ぐには、この魔法の短剣で王子を殺すしかありません、と。
「殺っちまいな!」
 心優しい姉姫たちは、最初の時と同様、口々に人魚姫を説得しました。
 人魚姫は、静かに首を横に振りました。
 やはり人魚姫は、王子の命も、愛も、自分の命も何もかも、失うつもりはこれっぽっちも無かったのです。

●出演者募集
 以上がドラマ『覇道の人魚姫 姫の帰還』の冒頭部分になります。
 『人魚姫 覇道をゆく』、『覇道の人魚姫 姫の逆襲』の続編であり、最終話です。
 このドラマの制作に当たり、出演者を募集します。
 PL(プレイヤー)のプレイングとその判定がドラマの脚本となり、
 PC(キャラクター)がそれを演じることになります。

1.目的
 冒頭部分と設定を使って、登場する役とストーリーを考え、ドラマを完成させて下さい。
 最終話です。因縁に決着をつけ、人魚姫の運命を描き、三部作を完結させて下さい。

2.人物設定
 シナリオに必須な人物の設定です。

・人魚姫
 『王子を下僕にして幸せになる』為なら国すらも傾かせる策略家。スケールが桁違いな『恋する乙女』。
 【現状】声を失い、王子の愛を得られなければ泡と化す運命。

・王子
 運命が転がり続ける王子様。前回、人魚姫と隣国姫の幸せの為、己の全てを魔女に差し出した。
 【現状】人魚姫への想いを失った状態。肉体は王宮で政務を執っているが、心臓は魔力で動いている。

・隣国姫
 王子の元婚約者。人魚姫の策略の被害者。自らを不幸にした全ての者への復讐を誓っていたが‥‥
 【現状】地下牢から脱出。突然、元の姿を取り戻して戸惑っている。

・魔法使い
 長い時間を生きる魔女。退屈凌ぎに、数奇な星の下に生まれた人魚姫の人生を『観劇』する為、暗躍する。
 【現状】不明。本体は時限の狭間に幽閉されているらしい。

●今回の参加者

 fa1323 弥栄三十朗(45歳・♂・トカゲ)
 fa2672 白蓮(17歳・♀・兎)
 fa2997 咲夜(15歳・♀・竜)
 fa3831 水沢 鷹弘(35歳・♂・獅子)
 fa4144 柚木透流(22歳・♀・狼)
 fa4157 理緒(19歳・♀・狐)
 fa4563 椎名 硝子(26歳・♀・豹)
 fa4769 (20歳・♂・猫)

●リプレイ本文

 思えば、あの晩も月の綺麗な夜でした。
 王城近くの海岸──あの日、王子を助けた思い出の砂浜で。月明かりをその身に受けながら、人魚姫(役:咲夜(fa2997))はそんな事を思い出していました。
 凪いだ海からは懐かしい姉姫たちの歌声が聞こえてきます。人魚姫は懐かしい海に足首をひたしました。
 やがて、月明かりに光る暗い海から、煌く鱗と金色の髪の美しい人魚がやって来ました。それは、人魚姫の一番上の姉姫(役:椎名 硝子(fa4563))でした。
「声の出ないあなたが王子の愛を得るなんて、初めから無理な話だったのよ‥‥。泡になりたくなかったら、早くこの短剣で王子を殺しなさい。
 ‥‥今は辛くても、深海の時間が全てを洗い流してくれる。海にだっていい男はたくさんいるわ‥‥」
 姉姫はそう言って、人魚姫に呪いを解く短剣を強引に握らせると、名残惜しそうに人魚姫の頬を撫で、暗い海へと消えて行きました。
「魔女‥‥必ず見つけ出してみせる。人魚姫をこのまま泡になんかさせはしない‥‥!」
 そんな姉姫たちの後姿を、人魚姫は砂浜で一人、いつまでも見送り続けました。

 隣国の王城の庭園では、薔薇が盛りを迎えていました。
 隣国の王太子に嫁いできた王国の妹姫(役:白蓮(fa2672))は、一面に広がる薔薇を見て驚嘆の声を上げました。
 王太子妃は庭園の美しさに感動し、庭師を労いました。王太子妃の賞賛に、庭師は剪定した薔薇の花束を捧げました。
 はにかむ王太子妃。ふと、その表情が陰りました。
「‥‥この花を義妹姫様に届けるわけには参りませんでしょうか‥‥。
 この花があることで、少しでも心が癒されて下さればと思うのです」
 王太子妃の言葉に、護衛の騎士や侍女たちは異を唱えました。何人たりとも隣国姫に会ってはならぬとの王太子のお達しが出ていたのです。
 その日の晩、王太子妃は、昔から仕える老廷臣を引き連れて、こっそりと城の地下へ忍び込みました。手には薔薇の花束。城は違えど二度目ということもあり、堂々としたものでした。
 地下に行くと、何故か隣国姫の牢の扉が開いていました。危険を感じた老廷臣が抜剣した時には、王太子妃は物陰から飛び出した何者かに組み付かれていました。
「このような時間に人が来るなんて予想外だが、かえって好都合かしら?」
 それは隣国姫(役:柚木透流(fa4144))でした。その姿を見た老廷臣は目を丸くしました。髪は乱れ、薄汚い襤褸を纏ってはいましたが、その姿はかつて中原の花と謳われた美しさを取り戻していたからです。
「さあ、言いなさい。人魚姫は何処?! 今度こそこの手で決着をつける‥‥!」
 錆びた鉄片を王太子妃に突きつける隣国姫。羽交い絞めにされながらも、王太子妃は隣国姫にこれまでの事情を尋ねました。
「お止め下さい、義妹姫様‥‥。今までさぞやお辛かったことでしょう。私でよろしければ、お話をお聞かせ下さいませんか?」
 隣国姫は戸惑いましたが、この度の騒乱の黒幕が人魚姫である事を全て話しました。語る内に、いつしか涙が溢れ出て止まらなくなりました。
 話を聞いて、王太子妃は大層ショックを受けました。血の気が失せ、何も言葉になりません。
 やがて、青白い顔のまま、王太子妃は言いました。
「爺、湯浴みと着替えの用意を。‥‥義妹姫様。王太子殿下にお会いして、事情をお話しなさいませ」
 優しく静かに語りかける王太子妃。老廷臣が剣を収めるのを見て、隣国姫はようやく彼女を解放しました。

 ドレス姿で鏡台に座る隣国姫の髪を、王太子妃が梳いています。
 鏡に映るのは魔女と取引する前の自分の姿。隣国姫は、それを呆けたように眺めていました。
 やがて、すっかり身支度を整えた隣国姫の前に、兄の隣国王太子(役:水沢 鷹弘(fa3831))がやって来ました。
 難題が山積の国政に、王太子は疲れ気味でした。臣下の前では絶対に見せないくたびれた姿で入って来ると、沈み込むようにソファに身を預け‥‥そこで、罪人である妹がいる事に驚き、慌てて立ち上がりました。詰問しようとして、妹が昔の姿に戻っている事にまた驚きます。
 二度三度と口を開きかけ、王太子はようやく、どういうことか、と妻に尋ねました。王太子妃は、とにかく隣国姫の話を聞くよう願いました。
「だれが父王殺しの言う事など‥‥!」
 王太子は、忌々しげに吐き捨てました。
「既に恩赦は与えた。お前の頼みを聞いて処刑を延期してやったというのに、それでは足りないというのか!?」
 王太子が新妻を詰問します。しかし、国の大事なのです、と言う妻の一言を聞くと、王太子は一瞬で冷静さを取り戻しました。
 無言でソファに座りなおし、話を促す王太子。隣国姫は王太子の正面に座ると、この騒乱の真実を──自らの悪行も隠さず──全て語りました。涙は出ませんでした。
 ‥‥話を聞き終えた王太子は、腕組みをしたまましばらく動きませんでした。自らの得たこの事実を利用する術を考えていたのです。
 現状、王太子は、王国の同盟と援助なしには立ち行かない状況です。ですが、王国が強大になりすぎて属国にされるのも困ります。人魚姫が危険極まりない策略家だというのなら、ここで除いておくに越したことはありません‥‥
 王太子妃が、兄である王国王子に真実を──たとえそれがどんなに辛いものでも──伝えなければならない、と言いました。
「‥‥分かった。可愛いお前がそこまで言うのなら、義兄上殿にお知らせしてやろう」
 ひどく優しげな笑みを浮かべながら、王太子は妻の髪に指を通しました。

 その日の晩。皆が寝静まった後も、隣国姫は鏡台に座り続けていました。
 ただぼんやりと、鏡の中の自分を眺め続けます。瞬き一つの間に鏡に魔女(役:理緒(fa4157))が映っても、隣国姫は特に驚きませんでした。
 隣国姫は、なぜ突然、自分が差し出した美貌が戻ってきたのか、魔女に尋ねました。
「王子がその身体も魂も想いも何もかも差し出して、貴女と人魚姫が失ったものを補填したからよ」
 魔女がそう言うと、隣国姫は心底呆れたと言うように鼻で笑いました。
「ハッ。妹が妹なら兄も兄だ‥‥」
 それきり隣国姫は何も言わいません。やがて時が過ぎ‥‥
「魔女。ひとつ相談がある」
 隣国姫は、背後の魔女に向き直ると静かに口を開きました。

 翌々日。王国王城、謁見の間。
 王国王子(役:忍(fa4769))は、一連の騒乱の全貌を知る為に、発端となった隣国姫の誘拐事件の調査していました。
「国の為にも、国民の為にも‥‥何としても真実を突き止めなければ‥‥」
 しかし、王子の意気込みとは裏腹に、手がかりは全く掴めません。この日も、重臣(役:弥栄三十朗(fa1323))は、調査の進展なし、と報告するだけでした。
「手掛かりさえも見つからないとは‥‥どういうことだ‥‥」
 そんな時、隣国からの早馬が到着しました。届けられた書簡に目を通した王子は、思わず腰を浮かしました。
 隣国王太子と妹姫の連名のその親書には、人魚姫が全ての黒幕である事が記されていたのです。
 どうかなさいましたか、という重臣の冷徹な声を聞き、王子は我に返りました。王子は玉座に座りなおすと、書簡を重臣に見せました。
 そんな話は信じられない、と王子は笑い飛ばしました。親書には、隣国姫の誘拐も人魚姫が行ったとありました。しかし、幾ら調査を重ねても、そのような事実は出てこないのです。
 親書を読み終えた重臣は、しかし、無言でした。王子の笑いが熱を失い、やがて沈黙が謁見の間を満たします。
 その時、訳もなく、王子の脳裏にある考えが浮かびました。この先代から仕える重臣は──王家よりも国家に忠誠を尽くすタイプのこの重臣は‥‥全てを知った上で報告を握り潰していたのではないか、と。
「まさか‥‥」
 絶句する王子に、重臣はすまし顔で答えました。
「さて? ただ、人魚姫殿は、侍女ながらクーデターの鎮圧に際して功多き女傑。確固たる証拠も無しに忠臣を誅するような事あらば、家臣らの反発を招きましょうぞ」
 わざわざ隣国王太子の思惑に乗ることはありますまい、と重臣は言いました。重臣はとぼけたまま、さらに話を進めます。
「妹姫様が嫁いだことで、隣国との関係は一応の安定を見ました。次は国内の安定を図るべく、殿下には早々に妃を迎えて頂かねばなりますませぬ。‥‥幸い殿下の側には有能で美しい女性がおられる」
 そこまで言うと重臣は、玉座の近くまで進み出て声を潜めました。
「‥‥人魚姫の手並みはご存知ですな。あの手腕が我が方に向けられるは脅威。早々にご決断なさいませ。それが王国の為にございます」
 そう言うと、重臣は謁見の間を退きました。
 王子は言葉もなく‥‥ただ、不意に突きつけられた事実に愕然としていました。

 その日の夜、王子は人魚姫を呼び出しました。
 月夜の謁見の間。その玉座の前で、王子は落ち着きなく歩き回ります。やがて間の扉がガチャリと開き‥‥人魚姫が姿を現しました。
 単刀直入に事実を尋ねようとした王子でしたが、いざとなると声が出ませんでした。王子は意味のない挨拶を交わした後、声の調子はどうかと尋ねました。人魚姫は、声を出そうと口を開き‥‥静かに首を横に振りました。
 そうか、と王子が答えた後、静寂が場を支配しました。
 やがて王子は心を決めました。大きく息を吐き出すと人魚姫に向き直り、搾り出すように声を吐き出しました。
「全ては貴女の策略だったのですね、人魚姫‥‥。貴女の数少ない誤算は‥‥隣国姫の反逆と、声が出なくなったことですか?」
 人魚姫は、自嘲気味に、しかしどこか寂しそうな笑みを浮かべました。半信半疑ながらも、信じたくはなかった王子の疑念。それは絶望と共に確信に変わりました。
 その時、海の方から美しい歌声が聞こえてきました。それは、人魚姫の姉姫たちの歌声でした。歌声を聞いた時、人魚姫は自分の声が戻ってくるのを感じました。心優しき姉たちが、自分の為に手を尽くしてくれたのでしょう。
 人魚姫は月を見上げると、姉姫たちの歌に合わせて主旋律を独唱しました。それは、かつて傀儡にされた王子の心を揺り動かした歌でした。
 自分の想いの全てを込めて、人魚姫は歌いました。再び王子の心を取り戻せるかとも思いましたが、存在の全てを差し出した王子には効果がありません。
 歌い終えた人魚姫は、変わらぬ様子の王子に落胆しつつ、静かに語りだしました。
「全ては貴方の勘違いから始まった‥‥」

 それから人魚姫は、事ここに至るまでの全てを王子に話しました。
「全ては貴方を手に入れる為。欲しいのは貴方だけ。他には何もいらない。これは私の中のただ一つの真実」
 全てを吐き出した人魚姫は、むしろ晴れ晴れとした表情で天を仰ぎました。
「思えば、最初から真実を告げる事が出来たら良かった。そうすれば隣国の小娘なんかに負けはしなかったのに。でも、声を奪われ、陸上の文字も知らぬ私には無理な話‥‥。まったく、あの魔女ときたら‥‥」
 人魚姫が視線を謁見の間の隅の暗がりを見据えました。そこから、魔女と隣国姫とが姿を現しました。王子は何故か、それを不思議とは思いませんでした。
「確かに、人間の足と引き替えに声を要求したのは私だけれど‥‥選択したのは、人魚姫、貴女よ?」
 人魚姫は、今となってはどうでもいい事、と王子を振り返りました。王子の愛が得られぬ以上、泡となって消える運命には抗えないのです‥‥
「お前は殺さない。泡になって消えるのも許さない。お前はもっともっと苦しまなければならない。‥‥そう言ったはずだ、人魚姫」
 隣国姫は、そう言うと、人魚姫を殴り飛ばしました。人魚姫が身を起こした時、隣国姫は短剣を手に王子へと向かっていく所でした。いつの間にか、呪いを解く短剣が奪われていました。
 短剣が王子の胸へと突き刺さります。いつか見た悪夢のような光景に、人魚姫は悲鳴を上げました。
 引き抜かれる短剣。しかし、王子の胸元には傷一つありません。その瞬間、王子の中に、魔女に奪われた肉体や、魂や、人魚姫に対する想い等、諸々の全てが戻ってきました。同時に、胸から血を吹き出しながら、隣国姫が倒れました。
 血溜まりに倒れた隣国姫を、王子は抱き上げました。
「父と貴方の命を奪った事は、後悔していない‥‥。それは私の決して救われぬ事のない罪。いずれ滅する命なれば、この命、王子に譲ろう‥‥」
「そんな‥‥私と出会ってしまった事で、貴女は何一つ幸せを得る事が出来なかったというのか‥‥」
 そう言って咽び泣く王子。息も絶え絶えの隣国姫の唇が、アイ‥‥テ‥‥タ‥‥と動き‥‥
 そして、隣国姫は、力なく頭を垂れたのでした‥‥

 その後、王子は隣国を吸収し、敵対する周辺諸国を全て切り取って、中原の覇者として君臨しました。
 大帝国の覇者であるにも関わらず、生涯独身を貫き通したと伝えられています。
 彼の覇道には、常に優秀な女軍師が付き従っていたと語り継がれています。苛烈な策略で知られる彼女は、敵だらけの人生を送ることになりますが‥‥彼女がそんな人生を不幸に思っていたのかどうか、伝える歴史書はありません‥‥

「結局、私の真の退屈を終わらせてくれるのは貴女では無かったわね、人魚姫‥‥」
 彼女の一生を『観劇』し終えた魔女は呟きました。全てが終わり、結局、魔女には永遠と退屈とが残されました。
「貴女のいない世界に興味は無いし‥‥次は舞踏会に憧れる娘のいる世界にでも行ってみる? それともお菓子で家でも作ろうかしら?」
 暗黒だけの世界に、魔女の楽しげな声が響きました‥‥