クルトの戦記 運命編アジア・オセアニア
種類 |
ショート
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担当 |
柏木雄馬
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芸能 |
3Lv以上
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獣人 |
1Lv以上
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難度 |
普通
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報酬 |
7.9万円
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参加人数 |
8人
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サポート |
0人
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期間 |
10/31〜11/04
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●本文
●序〜少年シン
連れて来られたのは、やたらと広い書斎だった。
純白の壁に真紅の絨毯。正面の壁面は巨大なアーチ型の窓が占め、ベランダに出れば、恐らく壮美な庭園が見えることだろう。
部屋の中央には、派手さを抑えたデザインの、だが一目で高級品と分かるソファとテーブル。木目の美しい机や書棚といい、部屋の主は家具のセンスは良いらしかった。
パタンという軽い音。隣室に続く扉から、壮年の紳士が入ってきた。袖に装飾のついた白い服の上に、品の良いベストを重ねている。
「‥‥随分と大冒険をなされたようですな。用意した着替えはお気に召しませんでしたかな?」
紳士は、シンの格好──薄汚れた男物の旅装束──を見て眉をひそめた。
「‥‥リュース公爵。まさか貴方がこのような誘拐まがいの真似をするとは思わなかった」
「誤解しないで頂きたい。私はただ、宰相の手の者から貴方を守ろうとしただけです」
その男、リュース公爵が真摯な顔で言った。
貴族というものは、心中では別の事を考えながら笑顔を作れる連中だ。
シンの知る『山の民』の青年の──淡々とした仕草の奥に秘められた高潔さとは、違う。
「『剣王』陛下が平原に割拠した国々を平定し、ソルメニア王国を開いてよりおよそ20年。
かつての覇王も年老い、魔術師である宰相の権勢は増すばかり。このままあの宰相の好きにさせておけば‥‥いずれこの国と時代とを暗黒の淵へと追いやりましょう」
リュース卿の言葉に、シンは唇を噛み締めた。
「大魔術師ガンジス亡き今、宰相に勝てる者はおりますまい。しかし、我々はまだ諦めてはおりませぬ」
ハッとシンは顔を上げた。ひどく真剣な顔をして、卿がシンを見据えていた。
「その為に、貴方にぜひ立ち上がって頂きたいのです。救国の軍勢の旗印。この役目、貴方様以外には為し得ない。
この国を救えるのは、『剣王』が姫、ソルメニアの王女殿下である貴方だけなのです」
●
連れ去られた少年シンを追って故郷を出てより半年。私は古都アリアスへと辿り着いていた。
古い歴史を持つこの町は、かつてアリアスティディス王国の王都であり‥‥その王国は、戦乱の時代、『剣王』に最後まで抵抗した連合諸国の盟主でもあった。
かのリアサンティス野の決戦において、連合は『剣王』に破れて降伏、古都は戦火を免れていた。
その古き都で一人、若い私は行き詰って途方に暮れていた。
今にして思えばこの時、私のすぐ側で歴史は大きくうねり出していたのだが、当時の私が知る由も無く‥‥
ただ、私はこの町で初めて。
僅かな間、共に山中で暮らしたあのシン少年が、ソルメニアの王女である事を知ったのだ。
──老クルト・エルスハイム、自らの人生を振り返りて記す──
私の目の前には、古都アリアスの歴史ある町並みが広がっていた。
湖の側の丘にそびえる白亜の王城。そこから放射状に伸びた石畳の道。その広く真っ直ぐな道を見れば、この町が軍事的な堅牢さを求めて造られたのではないと分かる。
往来には、私がこれまで見た事がないくらい人が溢れていた。私は驚いて目を見張ったが、町の人々も『山の民』である私を見て驚いていた。古都アリアスでは、『山の民』は殆ど見かけないのだろう。差別や偏見より物珍しさが先に立つようだった。
私は、早速、情報を集める事にした。シンと言う名の少年や、連れ去った剣士たちの風貌・特徴を聞いて回る。
しかし、精力的な聞き込みにも関わらず、情報は全くといってよいほど集まらなかった。
古都アリアスは、私には広すぎた。
そうこうしている内に何日かが過ぎた。
その日も何の収穫も無く、私は宿の自室で逗留費の高さに溜め息をついていた。
すると、不意に階下が騒がしくなり、他の客たちがざわめきだした。私は廊下を出ると、騒ぎの元の玄関ホールを見下ろした。
そこには、皮鎧を身に纏い、剣を佩いた男たちがいた。周りの客たちの囁く声に『公爵の私兵』なる言葉を耳にする。
男たちの長らしき者が宿の主人と言葉を交わしていた。宿の主人が私の部屋の扉を──結果として私を──指差し、男たちの視線が私に突き刺さる。
あ、と言葉を上げたのはどちらが先だったか。
運命は、向こうからやってきた。
●出演者及びスタッフ募集
以上が、アニメ『クルトの戦記 運命編』の冒頭部分となります。
このアニメの制作に当たり、出演者とスタッフを募集します。
●目的と制約
『クルトの戦記』は、ファンタジー世界を舞台にしたアニメです。
山岳部族『山の民』でありながら、爵位を持つ貴族にまで上り詰めた英雄クルトの一代記です。
オープニングと設定を基に、主人公クルトの人生を彩るキャラクターを制作し、
『クルトにどう関わるか』をプレイングに記述して下さい。
そのプレイングで、クルトの歩む人生が決まります。
ただし、今回は、
『クルトとシンの刹那の再会と外的要因による離別』
『シンの正体がソルメニアの王女である事をクルトが知る』
の二点をクライマックスにして話を収束させて下さい。
なお、リプレイは、劇中(放映されるアニメ本編)描写となります。
●設定
1.世界観
いわゆる普通の(?)、機械や銃などが登場しない剣と魔法のファンタジー世界です。
魔法についても、極めれば神にも等しい力を行使できますが、そういった人は世界にも稀です。
ちょっと便利な人、程度の魔術師は珍しい存在ではありません。
2.『山の民』
ソルメニア王国東部のクライブ山地に住む少数民族です。
王国に暮らす『平原の民』(ファンタジー世界に住む一般的な人間)よりも、頭一つ分大柄で頑健です。
野蛮人と見られがちで、山の下では差別と偏見に晒されていますが、実際は素朴な人々です。
極稀に精霊の加護を得る者もいるようです。
3.ソルメニア王国
詳細は本文中にて。
4.少年シン
『平原の民』の貴族の少年。正体はソルメニアの王女(本名未設定。正確には『剣王』の弟の娘)です。
王宮を抜け出し、クルトの師である魔術師ガンジスの死を知らず、クライブ山地にやって来てました。
その後、リュース公爵の手の者に連れ去られ、クルトが旅立つ原因となりました。
5.リュース公爵
アリアスの領主で、旧アリアスティディスの元王族です。ソルメニア王国では公爵に遇されています。
6.『闇の民』
故郷を持たぬ放浪の民です。浅黒い肌と獣のような俊敏性を持ちます。
『山の民』以上に差別と偏見に晒されており、その殆どがソルメニア王国の間諜として働いています。
(忍者やダークエルフの類を想像して下さると分かりやすいかと)
●リプレイ本文
目が合った。
その瞬間、公爵の私兵、女剣士のアニス(CV:姫乃 舞(fa0634))は、腰から長剣を引き抜いた。
つられて他の兵たちも抜剣する。一斉に逃げ散る野次馬たち。
背中の大剣を抜こうとして、クルトの手が宙を掴んだ。荷は全て自室に置きっ放しだった。
「ちょろちょろと嗅ぎ回る『山の民』って、あんただったのか。鬱陶しい‥‥公爵様の大事に障るだろうが!」
その炎のような赤毛と同じ様に瞳をたぎらせたアニスが叫ぶ。クライブ山地でシンが連れ去られた際に見た顔だった。
「あの時は邪魔が入っちまったが、今度は決着をつけてやる。下りてきな!
嫌とは言わせないよ? 無関係の人間を巻き添えにしていいって言うんなら話は別だけどね!」
そう言って、アニスは宿屋の主人に剣を突きつけた。ひっ、と主人が悲鳴をあげる。クルトは、奥歯を噛み締めながら、階下へと下りていった。
「ん? あんた、得物を持ってないのかい?」
徒手空拳のクルトを見て、アニスは呆れかえった。これでは勝負にならない。アニスは兵に、剣をクルトに貸すように言ったが、さすがに誰も言う事を聞かなかった。
アニスは舌打ちをすると、拳をクルトに叩きつけた。クルトの口の端に血が滲んだ。
「仕方ない。このまましょっ引くよ!」
幾重にも縄を掛けられ、クルトは捕らわれの身となった。
その日の商売を終え、『山の民』の商人、カナン(CV:大曽根カノン(fa1431))とレン(CV:夕波綾佳(fa4643))は、連れ立って宿へと帰る道すがらにあった。
「売り物の薬草は殆ど捌く事ができました。これもカナンさんのおかげです!」
普段は物静かな三つ編みの少女レンが、珍しく興奮して頬を紅潮させていた。『山の民』で、しかも、あまり商売向きではない性格のレンにとって、商品を完売するのは初めての事だった。
「珍しい薬草や需要が多い薬草は、都の方がより多く、より高値で売れますから。
それに、こういう街では同郷の方と肩を並べてお店を開いた方が安心ですし、私の方こそ助かりました」
そんなレンを見ながら、カナンはにこやかに笑った。
「ここでの商売は無事終わりましたけど‥‥レンさんはこれからどうするおつもりですか?」
「そうですね‥‥珍しい薬草が豊富だという話ですから、『深森』にでも行ってみようかと」
「『深森』‥‥? 『森の民』の領域ですか?」
カナンが驚いて声を高めた。
その時、道の先の方──彼女たちが逗留する宿の方から、武装した男たちがぞろぞろとやって来た。
「カナンさん、あれ‥‥」
声を潜めるレンの視線の先に、赤毛の女剣士に連行されるクルトの姿があった。
「‥‥クルトさんが誰かを探しているのは知っていたけど‥‥」
カナンが呟く。『山の民』の男が誰かを捜し回っている、という話は、商人たちの間でも広まっていた。
クルトの為人は知っている。クルトが連行されるとしたら、きっとそれが原因なのだろうが‥‥
クルトは城の地下牢に捕らわれの身となった。
だが、それもわずか一晩。夜が明けると、クルトは、入れられた時とは比べ物にならない丁重さでもって牢から出された。水浴びを許され、綺麗に洗濯された服が返され、武器を含めた全ての装備品を身につける事を許された。
そうして身奇麗になったクルトは、アニスに城の上階へと連れて行かれた。
そこはやたらと広い書斎だった。
大きなアーチ型の窓の前の執務机、身なりの良い壮年の紳士が皮羊紙に走らせるペンの音だけが小気味よく響く。
その紳士、リュース公爵(CV:弥栄三十朗(fa1323))は、クルトに気が付くとペンを置き、腰を上げた。
「クルト、とか申したな。部下が早合点をして迷惑を掛けた。許せ」
公爵がクルトに謝罪する。アニスは慌てふためいた。
「頭をお上げ下さい、公爵様! このような下郎に‥‥」
そこまで言って、アニスは言葉を失った。公爵が静かにアニスを見ている。
「も、申し訳ございません‥‥! 出すぎた事を申しました。平にご容赦を‥‥!」
床に付かんばかりに頭を下げるアニス。艶やかな長い赤毛が絨毯に広がった。
「分かれば良い。だが、謝る相手が違うのではないか?」
公爵の言に言葉を詰まらせるアニス。アニスは渋々とクルトに向き直ると‥‥
「‥‥‥‥‥‥‥‥すまなかった」
長い長い沈黙の後、ポツリとそうつぶやいた。
アニスの謝罪が済むと、公爵はすぐに本題に入った。
「では、クルト。君に、ソルメニア王国王女、シンシア・コルネリア殿下に謁見する事を許そう」
は? と思わず、クルトは間抜けな返事をした。
行方不明の王女がここに? いや、それよりも、その王女に自分がなぜ謁見を──?
「どうした、クルト。今まで懸命に捜してきたのだろう?
君が追いかけてきたシン少年‥‥それがシンシア王女殿下なのだよ」
公爵の言葉を聞いた瞬間、クルトの頭の中は真っ白になった。あまりにも意外な事実に思考が追いつかない。ただ、故郷でシンと過ごした日々が走馬灯のように思い起こされる。
あのシンが王女──いや、それよりも──
「シンが‥‥女の子、だったなんて‥‥!」
愕然とするクルト。そちらかね、と公爵が笑った。
「クルト、とか申しましたかな。殿下のお気に入りの『山の民』は。今、アリアスに逗留しております。‥‥会ってみたいですかな?」
公爵にそう言われた時、シン(CV:星辰(fa3578))の第一声は「あのバカ真面目‥‥」だった。
それを聞いた時の公爵の表情は愉快だったが、クルトを連れてくる真意を考えると笑ってばかりもいられない。
公爵は、「『剣王』陛下にとって代わろうなどという野心は、薬にはしたくとも、持ち合わせてはおりませぬ」などと言ってはいたが‥‥
「いや、それよりも。今現在、最大の問題は、この格好だ」
そう呟くと、シンはスカートの裾を摘んでみせた。
シンは、派手な装飾のついた豪華なドレス姿だった。クルトが驚き呆れる姿が目に浮かぶ。ああ、そうだ、どうせ似合わないと思っているんだろう。だが、王城にいた頃は私はいつも‥‥
私室の中をグルグルと歩き回っていたシンの足が、そこでピタリと止まった。
「‥‥私が王女だという事も、知ってしまったんだな‥‥」
シンの肩が気の毒なくらい落ちていた。
私を一人の人間として扱ってくれたあの飾り気の無い『山の民』の青年が、ここに来て私に跪いたりするのを見てしまったら、私は一体どんな顔をすればいいのだろう‥‥
白亜の壁。鮮やかな赤い絨毯。
シンの私室へと通じる長い廊下を、小柄なメイドが歩いている。
周囲には誰もいない。だというのに、メイドは何者かと会話をしていた。
「ここまでは予定通り。ただ、この後すぐに例の『山の民』が王女に会うらしい」
静々とした歩みを止めず、微かにメイドは頷いた。
囁くような声だけが、廊下を漂っては消えていく。下手をすれば、それは絨毯を踏む足音よりも微かだった。
メイドがその唇を僅かに動かした。
「その『山の民』だが‥‥この時期に公爵が接触するということは重要人物なのではないか、リリエラ?」
同じ様な囁き声。しかし、そのメイドの声は紛れも無く男の声だった。
「瑣末事だ。計画通り、王女の『救出』を優先せよ。
‥‥だが、アルファ。どうしても気になるというのなら、好きにするといい」
それきり、リリエラ(CV:硯 円(fa3386))と呼ばれた姿無き者の声はしなくなった。アルファ(CV:ノエル・ロシナン(fa4584))と呼ばれたメイドも無言で廊下を行く。
やがて、メイドは王女の私室の前に辿り着いた。扉の前には二人の衛兵。怪訝そうにメイドを見つめている。
「殿下のお召し物を変えるお手伝いをせよ、との公爵様の御言いつけで参りました」
衛兵たちに一礼するアルファの声は、女のそれになっていた。
シンへの私室へと通じる長い廊下を、クルトが歩く。道連れは、公爵と護衛のアニスたち。
その行く手から聞こえてくる若い女の悲鳴。同時に、敵襲を告げる兵の声。
前方から血塗れの衛兵が駆けて来る。衛兵は公爵の姿を認めると、這いつくばる様に膝をついた。
「申し上げます! 『闇の民』どもが王女殿下の部屋に‥‥!」
『闇の民』。それはソルメニア王国の間諜として雇われた国無しの少数民族の名であった。宰相の配下として『剣王』の統一戦争の頃から、諜報・謀略・暗殺・破壊工作等、王国の暗部を請け負ってきた。
「ちぃっ、『闇の民』ごときがっ! 宰相派め!」
報告を聞き、アニスが歯噛みし、剣を抜く。その時には、クルトは既に駆け出していた。
何の考えも無く部屋に飛び込む。家具やら何やらがひっくり返った部屋の中に、浅黒い肌をした『闇の民』の男女と、彼等に抱きかかえられた懐かしい顔。
「クルト、何でここに!? 駄目だ、来て欲しいけど、来るなー! これ以上はクルトには無理だ。頼むから、命を捨てるような真似は‥‥!」
叫び、暴れるシン。金髪碧眼の『闇の民』の女、リリエラが、シンの目の前でサッと手を振る。途端、シンはカクリと意識を失った。
そのままベランダから飛び出すリリエラ。その後に続くメイド姿のアルファが、クルトを見てニヤリと笑った。
逃げる『闇の民』たちを追い、クルトは城下町へと飛び出した。
賊は、迷路のように入り組んだ下町に逃げ込んだ。シンを抱えても尚、リリエラは疾風の様に街路を駆け抜ける。その姿は街路の大分先へと進んでいた。
アルファは、わざとその足を緩め、リリエラとクルトとの距離を開けようとしているようだった。
「くそっ!」
苛立たしげにクルトが大剣を振るう。剣は、アルファの前髪を何本か持っていった。
「その得物、相当の業物らしいが‥‥」
ひどく冷静な顔でアルファが言う。いつの間にか、クルトは廃屋に入り込んでいた。
「満足に振るえなければどうということはない」
クルトの振った大剣が鴨居にぶつかる。クルトの一撃はその鴨居を粉砕したが、その一瞬の隙にアルファは短剣を持つ手首を翻した。
暗黒の刀身が閃く。跳び退ったクルトの胸に走る一筋の傷。クルトは大剣を構え直そうとして‥‥そのまま床に膝を付いた。
「なっ‥‥!?」
歪む視界。クルトは何とか立ち上がろうとして崩れ落ち、そのまま意識を失った。
「‥‥他愛も無い」
倒れたクルトを見下ろしながら、アルファがつまらなそうに呟いた。全ては予定通り、だ。
アルファの背後に、幾人かの『闇の民』が現れる。アルファは彼等にこの大男を運ぶように指示を出し‥‥
次の瞬間、純粋な魔力の塊が、廃屋の天井を薙ぎ払った──!
「────!?」
閃光は一瞬。轟音は雪崩を打って。そこにいる全ての者を打ち据えた。
崩落する瓦礫と、舞い上がる埃。大穴の開いた天井から、一人の男がゆっくりと舞い降りてくる。
漆黒の長髪に飾り気の無いサークレット。高位魔術師のローブを身に纏ったその男は、大魔術師ガンジスの一番弟子、クルトの兄弟子に当たる魔術師セイラム(CV:相沢 セナ(fa2478))だった。
「まったく、何の因果か。古き書物を求めて古都を訪れてみれば、弟弟子の危機に立ち会うとは」
王国の政争には係わり合いになる気は無かったのだが、とセイラムは溜め息をつく。
倒れ伏した『闇の民』たちが無言で起き上がる。包囲の輪を縮めようとする『闇の民』たちに、セイラムは一言、よせ、と言った。
アルファがセイラムに短剣を投げつける。短剣は、しかし、セイラムの手前で弾けて消えた。
「結界型の迎撃魔術だ。入った物を問答無用で焼き尽くす。近づく、というなら止めはしないが、お勧めも出来ないな」
そこへ、音も無くリリエラがやって来た。若い魔術師を見て、リリエラの動きが止まる。
「セイラムさ──」
だがそれも一瞬、リリエラは状況を一目で見て取ると、『闇の民』の男たちに撤収を指示した。
「王女殿下は既にこの町を離れた。撤収を」
男たちが去る。アルファは、チラリと二人に目をやって、姿を消した。
残ったのは、気絶したクルトと、セイラムとリリエラ。
「‥‥なぜ宰相閣下にお味方しないのです‥‥?」
「‥‥私は‥‥あの男のやり方には賛同できない‥‥」
交わされた言葉はそれだけ。そうですか、と呟いてリリエラは去っていった。
「‥‥まったく。本当に、何の因果か‥‥」
呟くセイラム。クルトに渡した小袋が淡く明滅していた。セイラムは、それを見てもう一度嘆息した。
(「我が師よ。幾らなんでも悪戯がすぎるのではないでしょうか」)
遠くから、クルトを呼ぶ声が聞こえてくる。セイラムはクルトの無事を確認すると、杖を振ってその場から立ち去った。
「レンさん、こっちです! クルトさんが‥‥!」
長剣を手に、クルトに駆け寄るカナン。
レンは、慣れた手つきでクルトの症状を確かめると、手持ちの薬草をカナンに手渡した。
「これを傷口に押し当てて下さい」
そう言うと、レンは薬草袋から何種か取り出して、乳鉢で磨り潰し始めた。
「神経毒の一種です。解毒剤が無ければ数日で死に至る恐ろしいものですが‥‥大丈夫、助かります。何日か麻痺が残るでしょうけど、命の心配はありません」
クルトさんは運がいい。レンの台詞に、カナンは何かが引っかかった。
その時、うっ、と小さくクルトが呻いた。
「クルトさん‥‥?」
口元に耳を近づける。微かな違和感は、それで忘れてしまっていた。
うわ言の様に呟く言葉。
それは、自分の無力さを責める謝罪の言葉だった。