トウキョウ『駅馬車』隊アジア・オセアニア
種類 |
ショート
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担当 |
柏木雄馬
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芸能 |
3Lv以上
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獣人 |
1Lv以上
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難度 |
普通
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報酬 |
7.9万円
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参加人数 |
8人
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サポート |
0人
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期間 |
11/12〜11/16
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●本文
20XX年9月。
世界統一連合極東地区日本州、旧都トウキョウ──
かつては一国の首都として栄華を極めたその都は。
化け物どもが跋扈する、この世の地獄と化していた──
クリーチャーと呼ばれる怪物たちがトウキョウに出現するようになったのは、その年の6月の事だった。
その被害は止まる所を知らず、議会は遂にトウキョウ地区の封鎖を決定した。旧都内全域に戒厳令が発令され、市民にはキャンプに移動するよう避難指示が出された。
怪物どもを駆逐する為、軍は掃討作戦を展開したが、それは泥沼に足を突っ込むようなものだった。
クリーチャーに対抗できる火力を持つのは軍だけだった。だが、クリーチャーとの戦いは『戦闘』や『作戦』と呼べるような類のものではなく‥‥結果は、SF映画を地でいくものとなった。兵士たちは、いつ飛び出してくるか分からぬクリーチャーに神経を磨り減らした。下町の住宅街やオフィスビルの立ち並ぶ町中に居ながら、まるでベトナムのジャングルにいるようなものだった。
犠牲者は増え続けた。
そして、8月。後に『第二次クリーチャー発生期』と呼ばれる事態が発生した。キャンプに入った避難民たちや、いわゆる『始まりの夜』にトウキョウに駐留していた部隊の兵士たちの一部が、突然、何の前触れも無く、クリーチャーと化したのだ。
キャンプの人々は、何が起こったのか分からぬまま、それまで共に頑張ってきた隣人だったモノに殺された。兵士たちは、訳の分からぬまま、何度も死線をくぐった戦友や守るべき市民だったモノに銃を向けた。
多大な犠牲を出しつつも、軍はなんとか事態の沈静化に成功した。
血と炎と硝煙と、折り重なるように倒れた人型クリーチャーの死体。
それを見て、この時初めて。
トウキョウの人々は、自分たちの行く末を知ったのだった──
怒号と悲鳴。銃声と爆発音。溢れかえるクリーチャーと無数の死体。
それは、まるで地獄の釜が開いたようだった。
第二次発生期以降、クリーチャーとの戦いは、当初のゲリラ戦から、圧倒的多数の敵を相手に攻勢を凌ぐ拠点防衛戦の様相を呈してきた。部隊は各地の避難キャンプに撤収し、これを防衛するのに全力を挙げていた。
現状、第一の問題は、キャンプへの補給にあった。
各地のキャンプは、トウキョウという大海に孤立した島々のようなものだった。補給路は失われ、ヘリによる空輸も焼け石に水。
激戦に次ぐ激戦で、軍は想定以上の弾薬を消耗していたが、それ以上に深刻なのが食糧の問題だった。各地のキャンプには、合わせて1000万人近い市民が避難している。備蓄分なぞ、すぐに食い潰してしまうだろう。
「そこで俺たちの出番というわけだ。俺たちがトウキョウを救うんだぞ!」
小隊長の威勢のいい台詞を聞いても、新兵たちは緊張を隠せなかった。
その小隊長自身、士官学校を出たてといった風情の若い士官で、自分たちと同様に実戦経験がないのを皆知っていた。ましてや、自分たちがこれから赴く戦場は『あの』トウキョウ封鎖地区だ。
一向に意気の上がらぬ兵たちに小隊長が手を焼いていると、そこに中隊長がやって来た。泰然とした壮年の予備役大尉で、統一戦争において実戦経験もある。大作戦を前に、新兵ばかりで編成された小隊を見回っていたのだった。
皆が一斉に敬礼をする。そのしゃちほこばった敬礼に見事な敬礼を返して、大尉は口を開いた。
「今回の作戦に当たり、全国から多くの輸送部隊が集結した。全部隊、八方より閉鎖地区に進入。我々の担当は北東部だ。全キャンプに補給品を届けて離脱、それを以って任務完了とする。
‥‥我々が運ぶのは、最前線で孤立する友軍を救う武器弾薬と、困窮に喘ぐ1000万市民の食糧と医薬品だ。彼等の運命が私たちの仕事にかかっている。私が君たちに望む事はただ一つ。血路を開き、困難を乗り越え、自らに課せられた任務を全うせよ。
‥‥今作戦は『駅馬車輸送作戦』と呼称するそうだ。俺たちは『駅馬車輸送隊』だ。名前負けしなよう締めてかかれ!」
中隊長の檄に新兵たちは気合いの入った敬礼で応えた。大尉は満足そうに頷くと、後は頼む、と第一分隊長(叩き上げの軍曹)に目配せをし、自らの指揮車へ向かった。
軍曹の大声を背に立ち去る中隊長。
部下の前で自信に満ちていたその顔は、しかし、額に深い縦皺を刻んでいた‥‥
●出演者募集
以上がドラマ『トウキョウ『駅馬車』輸送隊』の冒頭部分になります。
このドラマの制作に当たり、出演者を募集します。
PL(プレイヤー)のプレイングとその判定がドラマの脚本となり、
PC(キャラクター)がそれを演じることになります。
オープニングと設定を使って、ドラマを完成させてください。
皆で協力して、ドラマを作り上げる事が目的です。
●設定
1.トウキョウ閉鎖地区
20XX年。新型爆弾に汚染され、軍により閉鎖された地域です。
クリーチャーの跋扈する危険地帯で、多大な被害が出ています。
2.クリーチャー
新型爆弾の影響で発生した生物兵器的モンスター。
既存の生物を戦闘に特化した存在です。
当然、人間も例外ではなく、『発病』するとクリーチャーになります。
人間型クリーチャーは、完全獣化状態で表現されます。
3.新型爆弾
現実にはありえない不思議爆弾。
劇中でこの新型爆弾について語られる事はありません。
この新型爆弾の影響で、トウキョウは『クリーチャー』の跋扈する隔離地域になりました。
4.各避難キャンプ
トウキョウの人々が避難している場所。現状、軍の管理下にあります。
補給の途絶えた陸の孤島と化しています。
トウキョウの人々もクリーチャー化することが判明したばかりで、疑心暗鬼と絶望に囚われています。
5.軍
トウキョウ地区の閉鎖とクリーチャーの駆除、キャンプへの補給物資輸送が任務です。
キャンプの人々に対して同情的な者もいれば、クリーチャー予備軍と警戒する者もいます。
多大な被害を出しており、現在、各地のキャンプの外縁で籠城戦を行っています。
6.駅馬車輸送隊
補給の途絶えた各地のキャンプに補給品を運ぶべく結成された輸送隊。
輸送トラックと護衛のHMV(高機動車)からなります。
各地のキャンプへの補給路を切り開く事になるのですが、4割近い損害を出す事になります。
最低限の物資は届ける事が出来たものの、作戦として見た場合、完全な失敗であり、この事が、後に軍が『長城』(トウキョウを隔離する壁)建設へと向かう一因になります。
●リプレイ本文
20XX年、9月某日。0530時。
作戦名『駅馬車』は、夜明けと共に開始された。
白ばみ始めた空の下、サービスエリアの大型駐車場や学校の校庭などで待機する、おびただしい数の軍用車両に一斉に火が入る。
「さぁ、行くぞ! 俺たちがトウキョウの1000万人を救うんだ!」
年若い新兵たちを引き連れて、真田上等兵(役:真田・真(fa3048))は意気揚々とHMV(高機動車)の荷台に飛び乗った。
「大丈夫だ、心配するな。ケダモノ共なんざ屁でもねぇよ!」
真田が吠える。新兵たちを励ましているようだが、分隊長の草薙軍曹(役:草薙 龍哉(fa3821))には、真田自身が浮ついているようにしか見えなかった。新兵たちには人気のある真田だが、実際には言う事が大きいだけの小心者で、実戦経験も無い。
草薙はじろりと部下たちを睨めつけた。
「‥‥浮かれるな。いいか、てめえら、生きて帰りたかったら気を抜くんじゃねぇぞ」
場の空気が引き締まる。草薙は頷いた。
「よし、皆、弁当は忘れてないな? バナナはおやつには入らんぞ?」
ニヤリと笑う草薙。兵たちは曖昧に苦笑した。
‥‥統一戦争に従軍し、士官連中にも一目置かれるこの叩き上げの下士官は、その威厳を自ら粉々にする男だった。
停車場に設けられた仮設の司令部。
自らの出発時刻を迎え、護衛の1中隊を率いる草薙遼大尉(役:烈飛龍(fa0225))と、輸送中隊の1つを率いる河野中尉(役:河辺野・一(fa0892))が、留守居役の鮫島博史少佐(役:藤宮 誠士郎(fa3656))に敬礼をした。
「それでは出発します」
世紀の大作戦を前に、淡々と言う草薙大尉。その表情には緊張も気負いもなかった。下士官からの叩き上げの将校で、戦場をよく知っている。第1分隊の草薙軍曹は、彼の弟だ。
一方、返礼をする鮫島少佐は、その厳つい顔に憤怒の表情を隠そうともしなかった。
今回の輸送作戦に辺り、鮫島は輸送部隊の規模に比べて護衛部隊が少ない事を懸念していた。増援を要請したが、上層部は認めなかった。
「各キャンプ防衛の為に部隊を再編したばかりで、域内の各部隊から兵力を抽出する余裕は無い」
それが理由だった。確かに、後方に余剰戦力はなかった。統一戦争の戦況は厳しく、派遣した部隊を戻す目処も立たない。
「絶対に動くなよ、少佐。トウキョウ地区の封鎖が、我々軍に課せられた最優先の任務なのだからな」
鮫島も軍人だ。命令には逆らえない。それをしたら自分は、国を守るべき軍人ではなくなってしまう。
「‥‥草薙大尉。河野中尉。幸運を祈る‥‥」
奥歯を噛み締め、搾り出すように鮫島が言う。それを見て、河野は確信した。襲われた駅馬車を助ける騎兵隊はいないのだ‥‥
校舎(仮設の司令部)を出て、校庭に停めた指揮車に向かう草薙を河野が呼び止めた。
「キャンプの避難民たちはひどく動揺していると思います。彼等を安心させる為にも、今回の輸送作戦は必ず成功させねばなりません。輸送隊は這いつくばってでも物資をキャンプに届けます。ですので、護衛の方はよろしくお願いします」
多大な被害が出る事を思い、河野が草薙に頭を下げる。草薙は、この真面目な若い士官に微笑んだ。
「中尉が気に病む事ではない。これが我々の任務だ。キャンプまでの道は俺たちが必ず切り開く」
ぽん、と肩を叩いて草薙が去る。河野はもう一度頭を下げた。
朝焼けも消え、空は青さを増していく。
その青空を背景に、輸送隊のすぐ真上を戦闘ヘリが通過していった。
指揮車の無線機に、スカウトヘリから針路変更の指示が入ってきた。何度も針路の変更が行われ、部隊は遅々として進まない。先頭部隊の一部が全滅したとの情報も入ってきた。
中隊の先鋒を行く草薙軍曹の護衛部隊も、先程から激しい戦闘の渦中にいた。
HMVの荷台から兵が支援機関銃や自動小銃でおびただしい数の銃弾をクリーチャーに浴びせかける。だが、殆どは分厚い筋肉に阻まれて内臓まで届かない。
虎型クリーチャーが走行するHMVに肉薄して殴りつけた。鉤爪は容易く扉を引っぺがし、防弾ガラスを貫通する。コントロールを失ったHMVはビルに突っ込み、盛大に炎を吹き上げた。
その空いた空間に狼型のクリーチャーが走りこみ、輸送トラックに取り付こうとする。草薙は、それにHMVをぶつけさせた。堪らず弾き飛ばされるクリーチャー。乗り上げたHMVが、ガクンと揺れた。
それは最早、『戦闘』などではなく、原初の時代に繰り広げられた『闘争』だった。
「輸送隊には指一本触れさせねぇぞ!」
叫ぶ草薙。部下たちが喚声を上げる。
だがその時、頭上のビルの窓ガラスが割れ、何体かのクリーチャーがわらわらと振ってきた。一体の犬型クリーチャーががトラックに取り付き、荷台の上をスルスルと這い進んで運転室へと飛び込んだ。
飛び散る鮮血。トラックは急に針路を逸れ、瓦礫に突っ込んで派手に横転した。積荷が路上にばら撒かれ、隊列が乱れる。相互支援を失った車両に、クリーチャーたちが群がっていった。
その日、ウエノキャンプでは、朝早くから遠雷の様に銃声と爆音が響いてきていた。
キャンプの中心部にあるプレハブで、避難民、葛城 縁(役:響 愛華(fa3853))は、心配そうに眉をひそめた。
「‥‥なんだろう。段々と近づいてくるような気がするよ‥‥」
葛城の言葉に、側にいた避難民の子供たちが心配そうに見上げてくる。今にも泣き出しそうな子もいて、葛城はしまった、と思った。
無理に笑顔を作ると、葛城はなんでもないよー、と皆に微笑みかけた。だが、子供は敏感なもので、次々と葛城の周りに集まってくる。
(「‥‥そうだよ。私がみんなの『お姉ちゃん』なんだからしっかりしないと」)
葛城は、皆をギュッと抱き締めた。
「大丈夫ですよ。あれは支援物資を運ぶ部隊が近づいてくる証拠です」
一人の男が立ち上がり、プレハブ内に避難した者たちに語りかけた。前沢 晋(役:水沢 鷹弘(fa3831))という理知的で物静かな眼鏡の男で、避難の際に家族と離れ離れになってしまった辛さを微塵も感じさせず、精力的にキャンプの運営に携わってきた。決して希望を捨てずに皆を励ます様に、避難民たちの信頼は厚かった。
「軍の皆さんは今も我々を助ける為に戦っています。この酷く辛い状況も、きっと政府と軍の皆さんが何とかして下さいます。それまで‥‥共に頑張りましょう!」
前沢の言葉に皆が頷いた。そこに軍の輸送隊が到着したという報告が届いた。
「さあ、皆さん、行きましょう! やはり軍は私たちを見捨ててはいなかった!」
物資を受け取りに出て行く大人たち。子供たちと共に残った葛城が呟いた。
「‥‥そうだね。みんな幸せになれればいいね‥‥うん、大丈夫だよ。きっと、大丈夫‥‥」
子供たちに、そして何より自分に言い聞かせるように葛城はつぶやいた。
キャンプに入った輸送隊を見た前沢たちキャンプの面々は言葉を失った。
生き残った車両は皆、車体はボコボコで、ガラスはひび割れ、弾痕と鮮血で彩られていた。
「どうやら着いたようだな‥‥おい、いねぇヤツは返事しろ」
草薙軍曹の言葉は、分隊に欠員が出なかったからこそ出せる軽口だったが、隊員たちはクスリとも反応しなかった。真田上等兵なども荷台に座り込み、顔面を蒼白にして荒い息をつくばかりだ。
鼻白む草薙に、中隊長の兄がやって来て小声で囁いた。
「初陣を終えたばかりの新兵ばかりだ。何が起こるか分からん。秩序ある行動を取れるよう十分留意してくれ」
草薙は渋い顔で頷いた。
そこへ、キャンプ守備隊の指揮を執るベオ軍曹(役:ベオウルフ(fa3425))がやって来た。人型クリーチャーの第二次発生期からずっと、このウエノキャンプで戦い続けてきた男だ。無精髭が生え、軍服もボロボロで疲れ切った様子だったが、敬礼は見事だった。
ベオは、まず補給物資を届けてくれた事に礼を言うと、キャンプの現状を報告した。
「第二次発生期においてキャンプ各地に現れたクリーチャーは、全て『排除』‥‥ええ、『排除』しました。現在、キャンプ内にクリーチャーは存在しておりません」
辛そうな顔で報告するベオ。草薙大尉は不憫に思ったが、報告は全て聞かねばならなかった。
「君がここの指揮を執っているのか?」
「動ける者の中では、自分が最先任であります、大尉殿」
一軍曹が中隊の指揮を執る。ウエノキャンプ守備隊は、それだけの被害を出したのだった。
「そんな状況でよく戦線を維持できたものだ‥‥」
草薙が言うと、ベオは少しためらった後、キャンプの自警団に武器を供与して共に戦った事を告白した。
「民間人に軍の武装を渡した事。及び、戦闘行為を許可した事。これらの責任は全て自分にあります」
きっぱりと言い切るベオ軍曹。しかし、草薙にはそれを責める事など出来なかった。
そこへ、ベオ軍曹の部下と思しき兵が駆け込んできた。敬礼もそこそこに、事態を報告する。
「軍曹、クリーチャーが、輸送隊を迎え入れる為に手薄になった正面口から突破。侵入してきます!」
「なんだと!?」
慌てて戦場に戻ろうとするベオ。
その時、背後の物資集積所の辺りから、どよめきと悲鳴が聞こえてきた。
「食料だ! 医薬品もあるぞ!」
河野が運んで来た物資を配給する。前沢がそれを手伝い、作業は滞りなく進んでいた。
異変が起こったのはその時だった。
「やっと来て下さった。これで私たちは助か‥‥がはっ!?」
突然、前沢が苦しみ出し、胸を掻きむしる様にして、地面を転がり回る。その腕が、脚が、獣のそれに変わっていった。
「クリーチャー!? こいつ、クリーチャーだ!」
それを見て、真田が飛び上がって銃口を向ける。
「やめろ! 『発病』前に頻発するただの『発作』だ! すぐにクリーチャーになるわけじゃない!」
そう言いながら、ベオが間に入ろうとする。だが、興奮状態の新兵たちは聞く耳を持たなかった。
「見ろ! キャンプの連中にも手足が獣のヤツがいるぞ!」
「トウキョウの連中は皆、クリーチャー‥‥化け物に変わるんだ!」
そこへ運悪く、正面を突破したクリーチャーたちが現場に雪崩れ込んできた。
「うわあぁぁぁ!?」
銃火が閃く。クリーチャーに放たれた銃弾は、しかし、キャンプの人々への銃撃の呼び水となってしまった。
轟く銃声と、それを圧して響き渡る人々の悲鳴。
雪崩を打って退く人々に、正気をなくした新兵たちの銃撃が浴びせられる。
真田は倒れた前田に発砲し、止めようとしたベオをも銃床で殴り飛ばした。
草薙が、群集に発砲する兵の頭をはたく。
「バカ野郎っ! 無闇に撃つんじゃねぇ! 相手をよく見ろ、人間だぞ!」
そこへ電灯を駆け登った猿型クリーチャーが上方から飛び込んできた。
飛び掛られた兵が押し倒される。鋭い鉤爪が首に食い込んだ。悲鳴と血飛沫。仲間の血で真っ赤に濡れた真田は、恐慌をきたし、悲鳴を上げて逃げ出した。
「くそったれがぁっ!」
草薙がクリーチャーに銃床でクリーチャーを殴り飛ばす。
「大した傷じゃねぇ、生きて帰るんだ!」
抱え起こした部下の頭が、何かを言いかけてガクリと落ちた。
プレハブに籠った葛城たちの所にも狂騒は聞こえてきた。
葛城は、自分にしがみ付く子供たちをギュッと抱き締めながら、子供たちを励まし続けた。
扉から差し込む光に、人型の影が落ちた。入り口に、正気を失くした真田の姿。葛城は、自らの背に子供たちを庇うように前に出た。
「き、貴様らもかぁっ!?」
子供たちに銃を向ける真田。葛城がギュッと目を閉じる。
銃声は聞こえず、代わりにベチャッと何かが砕けるような音がした。そして、何かが倒れる音と、硬い何かがコンクリを滑る音。
恐る恐る葛城が目を開ける。足元に転がる血塗られた自動小銃。床に落ちる人型の影は、獣型のそれに代わっていた。
血塗れの獅子型クリーチャー。その足元には真田だったモノの死体。
一瞬の静寂。子供たちの悲鳴、クリーチャーの咆哮。葛城は銃を拾うと、無我夢中で引鉄を引き込んだ──
目を開けたとき、そのクリーチャーは倒れていた。手元に銃は無く、足元に転がって擲弾筒から白い煙を上げていた。
子供たちが泣きじゃくるので、葛城は反射的にその身を抱き寄せた。キャンプ内の銃声も、次第に小さく遠くなっていった。
「‥‥『人』を‥‥殺しちゃった‥‥」
クリーチャーの死体をただ瞳に映しながら、葛城はそう呟いた。
この日、一日で失われた人命は、軍民合わせて10万を数えた。
軍はトウキョウで活動するだけの戦力を失い、何より、トウキョウの人々との間に生じた相互不信が致命的なまでに深まった。
「‥‥なんだ、これは!?」
後日、正式に決定された『長城計画』の計画書を見た鮫島は、怒りに身を震わせた。
それは、手のつけられなくなったトウキョウを巨大な壁で完全に隔離しようという計画だった。
「これは‥‥軍の、政府の無能を認める証左ではないか」
こんな壁を作る為に、兵たちは命を捨てたのか。それが私が信じたものの正義なのか。
鮫島が軍に絶望したのは、この瞬間であったのかも知れない。
トウキョウに『長城』が築かれる。
あるいはそれは、壁の内と外との心の隔絶を体現する物かもしれない。
河野は、敢えて壁の外に立つ事を選んだ。あの地獄を知る者として、あの地獄を広げない為に。
それがトウキョウの人々を見棄てる事になるとしても。
何が正しいか。事の是非など誰にも分からない。
歴史は、常に何も判断しない。
ただ事実を記し、あらゆる時代の人々にその判断を委ねている──