武装救急隊、強襲!アジア・オセアニア

種類 ショート
担当 柏木雄馬
芸能 3Lv以上
獣人 1Lv以上
難度 普通
報酬 7.9万円
参加人数 8人
サポート 0人
期間 01/29〜02/02

●本文

 ──20XX年。謎の新型爆弾に汚染され、『長城』により隔離された閉鎖地区、旧トウキョウ。
 クリーチャーという異形の怪物が跋扈するこの地において、自警団とNGOの傭兵たちに守られた各地のキャンプは──少なくとも、食料の心配をせずに済む点においては──比較的、安全な場所だった。人々はそこで身を寄せ合い、助け合いながら日々の生活を営んでいるわけだが、以前、戒厳令発令直後の混乱を知る者たちの中には、キャンプに入る事を拒否し、この危険なトウキョウに独自の生活基盤を築いた人々もいた。
 シンジュク自治団と呼ばれる組織も、そうした人々が集まって成立した『町』だった。
 元々は、第二次クリーチャー発生期の混乱でキャンプを追われ、クリーチャーの襲撃を避ける為に高層ビルに立て籠もった人々の集まりだった。彼等は、クリーチャーに上へ上へと追い詰められながらも、階段の非常扉を利用して防衛線を築き、生き延びたのだった。
 状況が落ち着いた後も、軍や政府に不信感を抱く彼等はキャンプへの帰参を拒否し、そのままビルの上層を終の棲家と定めた。彼等は、自分たちと同様に他のビルへ逃げ延びた人々と連絡を取り、ビルとビルの間にワイヤーロープを渡し、高低差を利用して行き来が出来るようにした。今では複数のビルの間を蜘蛛の巣のように『橋』が張り巡らされ、独特な『空中回廊自治キャンプ』を形成していた。

 月日が経ち、現在ではシンジュク自治団の人々が抱く外の人間への不信感も幾らか薄らいだ。
 軍や政府が支援の一線から退き、民間のNGOが物資輸送などの前面に出てきた事もあるだろう。他のキャンプに比べて閉鎖性の強いシンジュク自治キャンプでは、これまで食料の調達に多大な犠牲を出してきた。危険地帯を抜けて食料を運んできてくれるNGOへの印象は随分と良いものになっていた。
 それでも、まだ。中には、不信感を拭えず、『外の人間は信用ならない』という自らの主張を曲げない者たちもいた‥‥

「AMB6より救急本部。今しがたシンジュク自治区に到着したんだが‥‥どうも状況が変わったようだ」
 とあるビルの地下駐車場。エンジンを吹かしたままの装甲救急車の運転席で、機関員が無線機のマイクに言った。視線の先、窓の外には、一組の夫婦。焦りを隠せず、救急隊員に怒りをぶつける父親と、看護師に向かって泣き縋る母親の姿が見てとれた。
 外の者への反感が根強いこの地において、『発病』しかけた子供の命を助ける為に敢えて武装救急隊を頼った二人だったが、救急車の到着前にその子供がさらわれてしまったのだという。
「シンジュクの保守派というか強硬派というか‥‥今では少数派らしいが『外の連中に助けを求めるなど言語道断』とか言う連中がまだいるらしくてな。そいつらが搬送対象者を強引に連れ去り、他に何人かの人質を取って立て籠もったそうだ。場所はクリーチャーもうろつくビル下層の一室。銃器を所持している」
 そこまで言うと、機関員は溜め息をつき、外の連中に聞こえないように声を低くした。
「‥‥どうするよ。あまり時間はないぞ‥‥? 患者にも、人質にも、立て籠もっている連中にも‥‥」
 もし中で『発病』してクリーチャー化すれば、患者は勿論、人質も立て籠もり犯も無事では済まない。
 しかも、キャンプの『自警団』が事態を察知し、該当フロアのクリーチャーの掃討作戦を開始したらしい。このまま『発病』しなくても、『自警団』に事態の『処理』を任せれば、待っているのは惨劇だけだ。
 ぐずぐずはできなかった。
 
●出演者募集
 以上がドラマ『武装救急隊、強襲!』の冒頭部分になります。
 このドラマの制作に当たり、出演者を募集します。
 PL(プレイヤー)のプレイングとそれに対する判定がドラマの脚本となり、
 PC(キャラクター)がそれを演じることになります。

 オープニングと設定を使って(重要)、ドラマを完成させてください。
 皆で協力して、ドラマを作り上げる事が目的です。

 なお、ドラマには以下のように多くの設定がありますが、ドラマの時間枠は限られています。
 シーン数が多くなれば、それだけ個々のシーンに割ける時間は少なくなります。
 設定の取捨選択をして『起承転結』(OPが『起』になります)に纏め、ドラマを完成させて下さい。
 ただし、使われない設定も存在はしますので、それに反するプレイングには気をつけて下さい。

 OPに出てきたキャラクターはイメージですので、性別・年齢・性格・口調等は変更しても構いません。
 また、ドラマの演出上、プレイングの設定が伏線として扱われ、明確に描写されないこともあります。

●設定
1.武装救急隊
 隔離された旧トウキョウ地区に取り残された人々を救済する為に結成されたNGO。
 その医療・救急部門が『武装救急隊』です。
 危険地帯を突破して現場に到着する為に『装甲救急車』を複数台保持しています。

2.装甲救急車
 非武装の救急車。装甲されており、小銃弾程度の攻撃には耐えられます。
 足回りが強化されており、不整地踏破能力もありますが、患者が収容されたら無茶は出来ません。
 ある程度の医療機器を載せ、簡単な医療行為が車内で可能です。
 乗員は、機関員(運転士)、救急隊員(兼サブ運転士)、医師(兼救急隊長)、看護師の4名です。

3.護衛
 武装救急隊に装甲救急車の護衛として雇われた傭兵たち。
 APC(装甲兵員輸送車)に乗り込み、装甲救急車の脅威を排除する歩兵戦闘のプロたちです。

4.キャンプ
 新型爆弾の影響を受け、隔離された人々が集まる場。
 しっかりとした自治組織が存在し、政府と民間団体の援助を受けて生活しています。
 比較的平穏ですが、常に『発病』の恐怖が人々に付き纏っています。
 キャンプの人々は、半獣化状態で表現されます。
 シンジュク自治キャンプについてはOP参照。

5.救急病院
 隔離地域内にある救急病院。患者を乗せた装甲救急車の目的地です。
 新型爆弾の影響を調査・研究する機関でもあります。

6.新型爆弾
 現実にはありえない不思議爆弾。
 劇中でこの新型爆弾について語られる事はありません。
 この新型爆弾の影響で、トウキョウは『クリーチャー』の跋扈する隔離地域になりました。

7.クリーチャー
 新型爆弾の影響で発生した生物兵器的モンスター。
 既存の生物を戦闘に特化した存在です。
 当然、人間も例外ではなく、『発病』するとクリーチャーになります。
 人間型クリーチャーは、完全獣化状態で表現されます。

8.武装勢力『ウォールブレイカー』
 外界への解放を求め、トウキョウ地区を完全隔離する壁『長城』の破壊を目指すグループ。
 テロリストであると同時に、山賊化した武装勢力を討伐する『自警組織』でもあります。

●今回の参加者

 fa0126 かいる(31歳・♂・虎)
 fa3425 ベオウルフ(25歳・♂・狼)
 fa3656 藤宮 誠士郎(37歳・♂・蝙蝠)
 fa3662 白狐・レオナ(25歳・♀・狐)
 fa3831 水沢 鷹弘(35歳・♂・獅子)
 fa3853 響 愛華(19歳・♀・犬)
 fa5003 角倉・雪恋(22歳・♀・豹)
 fa5112 フォルテ(14歳・♀・狐)

●リプレイ本文

「進行が止まらない。ダメです、姐さん。僕にはこの子を助けられません‥‥」
 白衣姿の若者が力無く首を横に振る。それを聞いたリーダーの角倉(役:角倉・雪恋(fa5003))は、ただ一言、そうか、と呟いた。くすんだ金色の長髪が左右に揺れる。若い女だった。丈の短い黒のタンクトップの上に野戦服を羽織っている。
 かつてはどこかの企業の社長室か何かだったのだろう。木目調で統一された広い部屋。そこが彼等、シンジュク強硬派の1グループが立て籠もる一室だった。応接用のソファには、彼等が連れ去った少女ティオ(役:フォルテ(fa5112))が寝かせられていた。
 角倉は、沈痛な表情でティオを見下ろした。『発病』へと至る『発作』、その末期症状が見て取れた。少女の手足は既に変質し、獣のそれと化している。荒い呼吸を繰り返し、全身から汗が噴き出していた。
 角倉は膝をつくと、汗で張り付いたティオの淡い金色の髪を頬や首筋から除けてやった。ティオの表情が幾分か安らいだ。
「お父さん‥‥お母さん‥‥」
 うわ言を呟くティオ。白衣の若者が気弱げに言った。
「‥‥もう救急隊に任せた方がいいんじゃ‥‥?」
「ダメよ! 外の連中は信用できない」
 角倉が首を横に振った。救急隊が患者を搬送する病院陣地。そこは、軍のクリーチャー調査・研究施設だと噂されていた。
「きっとこの子を‥‥サンプルを奪いに救急隊の連中がやって来る。そこを押さえて薬を奪えば‥‥!」
 そこに希望を見出す角倉。その時、どこか遠くから、くぐもった銃声が聞こえてきた。銃声は断続的に続き、次第に激しさを増していく。社長室の扉が勢いよく開き、部下が慌てて飛び込んできた。
「大変だ、姐さん! ウォールブレイカーが来てやがる!」
「なんですって!?」
 叫ぶ角倉。彼等のいるフロアは、クリーチャーのうろつく危険な階層だった。角倉たちはそれを利として立て籠もっていたのだが、殲滅集団とも噂され、恐れられる『壁砕き』が来たとなると話は別だ。連中はクリーチャーを殲滅し、発病しかけたティオも見逃しはしないだろう。
「みんな、この子にはまだ助かる可能性がある。何としても守るのよ!」
 角倉の檄に応じ、部下たちは拳を振り上げた。

 社長室へと続く長い廊下を、紅蓮のように赤い毛並みのクリーチャーが突っ込んでくる。
「撃ち倒せ」
 ウォールブレイカーの長・鮫島博史(役:藤宮 誠士郎(fa3656))は、ただ一言、それだけを命じた。部下たちがすぐに攻撃態勢を取る。鮫島自身は、肩に下げたPDWにも手を伸ばさない。ただまっすぐにクリーチャーを見据える。
 全身に銃弾を受けながら迫るクリーチャー。やがて力尽き、倒れ、動かなくなる。
「ポイントエコー、クリア。これでこの階のクリーチャーは全て掃討しました」
 分隊長の葛城 縁(役:響 愛華(fa3853))が鮫島に状況を報告する。わずか十数分の戦闘だったが損害も大きかった。圧倒的な近接戦能力を誇るクリーチャーに、屋内でのショートレンジの戦いは分が悪い。
「これで、残るは立て籠もったという強硬派グループのみだが‥‥件の子供がクリーチャー化していたら、余裕はないな‥‥」
 思案顔の鮫島。連れ去られたという子供の話を聞くと、葛城の表情が曇った。
「どうした、葛城? 暴徒処理はいつもの事だろう。子供とはいえ、クリーチャー化すれば周辺に多大な被害が出る。我々の選択は、ベストではないがベターなはずだ」
「‥‥わかっています」
 そう、分かってはいた。辛いのは自分の心が弱いからだ、と葛城は歯噛みする。
 だが、感情はその選択を良しとせず、それを理性が捻じ伏せる。本来、葛城の気質は心優しい少女のそれだ。トウキョウがこんな事にならなければ、銃を持つこともなかったろう。心を雑巾絞りにするようなものだ。流れるのは血の涙。
 後方から来た部下が、武装救急隊が来た、と鮫島に告げた。その名を聞いた葛城が何とも言えない複雑な表情を見せる。
 それは、目的に迷いのない彼等への、嫉妬と、そして、羨望だった‥‥

「やはりあんた等も来ていたか‥‥」
 到達した武装救急隊の機関員、水上 隆彦(役:水沢 鷹弘(fa3831))は、エレベーターホール前に佇む鮫島と葛城の姿を見て呟いた。立ち込める硝煙の臭い。銃声がしないということは、クリーチャーの掃討は終わったのだろう。ならば、自分たちがここまで楽に来れたのは彼等のお蔭、ということになるのだが‥‥『患者の救命』と『脅威の殲滅』。双方の理念は相容れない。
「‥‥私たちがここに来たのは子供の為よ。もしあなた達がその子を手に掛けるというなら許さない」
 医師の弧木・玲於奈(役:白狐・レオナ(fa3662))が鮫島を見つめる目をスゥッと細めた。治療はまだ間に合う、助けてみせる。静かに、だが、反論を許さぬ強さで弧木がそう宣言する。
 だが、実際問題、救急隊の『戦力』だけで、立て籠もる犯人たちをどうにかできるとは、水上にはとうてい思えなかった。水上は困難を承知で、鮫島に共闘を持ちかけた。
「あんた等の主義主張は理解しているつもりだ。だが、敢えて頼む。患者がまだクリーチャー化していなかったら、その時は俺たちに任せてくれないか?」
 断られると思っていた。だから、鮫島があっさりと、いいだろう、と返答した時、水上は耳を疑った。
「‥‥なんだって?」
「それでいいだろう、と言ったんだ。葛城。救急隊と協力し、目標を制圧。人質を無事に救出せよ。ただし、武器使用は非殺傷兵器のみとする。救急隊にも分けてやれ」
 余りにも意外な展開に、葛城は目を丸くしていた。命令を理解し、花開くように笑顔を見せる。
「了解っ!」
 元気よく敬礼を返し、準備に走る葛城。それを微笑ましく見守る鮫島に、水上は、何を考えている? と低い声で尋ねた。
「我々は人間だ。クリーチャーではない。無差別な殺戮などしない。‥‥それに、親が子を思う気持ちは分からなくもない」
 鮫島の表情は動かない。嘘ではない。だが、それだけではないだろう? 水上は心中で訝しんだ。

「軍曹。すまんが俺にも武器を貸してくれないか? 大口径の小銃か何かがあればそれがいいんだが」
 ウォールブレイカーとの共闘が決まり、準備に追われる護衛の傭兵・ベオ(役:ベオウルフ(fa3425))の元に、救急隊看護師の甲斐(役:かいる(fa0126))がやって来た。元軍曹だ、とで突っ込んでから、ベオは、あんたも出るのか? と聞き返す。数は多い方がいいだろう? と答える甲斐に、ベオは困ったように頭を掻いた。
「その事なんだが‥‥俺たちの使っている武器は対クリーチャー用で、威力が大きすぎるんだ。こういう任務には、ちょっと‥‥な」
 愛用の散弾銃を構えて頭を抱えるベオ。結局、俺たちはクリーチャーを倒す事しか能が無いんだな、と自虐的に苦笑する。その方がいいかもしれないよ、と、弾薬箱を抱えてやって来た葛城が言った。
「これを使うといいよ。閃光手榴弾、散弾銃用のゴム弾、擲弾発射器用の催涙弾に、他にも色々あるんだよ」
 まるで露店か何かを広げるように床に置いていく葛城。ベオたちはありがたく頂戴する事にした。
「‥‥で、何が『その方がいいかも』なんだ?」
 ベオの問いに、葛城は眉を顰めた。
「‥‥この装備は昔、軍からキャンプの自警団に配給されたものなんだよ‥‥」
 口を噤むベオ。キャンプの人々に銃を向ける自分を想像するのは、さすがに胸糞が悪かった。

 制圧作戦が開始された。
 社長室の前に角倉たちが土嚢で築いた銃座。そこに無数の銃弾が浴びせかけられる。堪らず身を伏せた犯人たちの身体の上に、砕けた扉の木片と、弾けた土嚢の砂が降りかかった。
「だめだ、姐さん。とても勝ち目がねぇ!」
 ほうほうの体で逃げ込んできた部下たちを見て、角倉は歯噛みした。
「扉に鍵をかけて! バリケードはいい! どうせすぐに爆破される。それ迄に迎撃準備を‥‥!」
 角倉が言い終わるよりも早く、扉がメキメキと音を立てた。そして、何の脈絡も無く、ベキャッと内側に『押し出され』た。甲斐が力任せに分厚い木の扉を引っぺがしたのだった。
「なぁ────っ!?」
 余りと言えば余りの事に角倉たちが絶句する。こういう時は扉に仕掛けられた罠を警戒して爆破するのがセオリーなはず。それを腕力で引っぺがすなんて──!
 甲斐の脚の隙間から、何かが投げ込まれた。深い絨毯の上を、音も無く転がるそれは──
「閃光手榴弾──!」
 角倉が耳を押さえて背中を向ける。次の瞬間、それは激しい閃光と轟音を『炸裂』させた。
 ショックで朦朧とする犯人たちを、突入したベオがゴム弾装填の散弾銃で撃ち倒す。甲斐も手にした扉をそのままに、咆哮をあげて突っ込んでいった。
「怪我をするのが怖くて、武装救急隊の医者なんてやってられないわ!」
 ティオを見つけた弧木が医療鞄を手に走り出す。その背後を庇うように水上が続いた。
「くっ‥‥ここまでか‥‥!」
 角倉が腰の手榴弾に手を伸ばす。そこに葛城が突っ込んできた。
 神速でホルスターから拳銃を抜く角倉。だが、それを照準するよりも早く、葛城は角倉に組み付いた。
 揉み合う二人。その拍子に、ピンの抜けた手榴弾が、ゴトリ、と絨毯の上に転がった。
 部屋中の時が止まった。
「伏せろ──っ!」
 床に伏せながら水上が叫ぶ。弧木はティオを庇う様に覆い被さり、甲斐はその二人とソファごと向こう側に倒れこんだ。ベオは床に転がる犯人たちを物陰へと蹴り飛ばし、葛城は、格闘中の角倉を抱いて社長の机を乗り越え──その瞬間、手榴弾が爆発した。
 轟音。そして沈黙。戦闘は、それで終わっていた。
 恐る恐る顔を上げる皆。豪華な社長室は、見るも無残な姿を晒していた。
「まだこの子は助かるわ。急いで救急車へ」
 真っ先に我を取り戻したのは弧木だった。甲斐が慎重に、丁寧に、ゆっくりとティオを抱え上げる。
「よく我慢したな‥‥もう少しの辛抱だ」
 優しい笑顔で語りかける甲斐。ティオがうっすらと目を開いた。
「馬鹿ぁ! こんな事件起こしてっ! みんな死んじゃったらどうするんだよ!」
 涙目で葛城が角倉に掴みかかる。それを見たティオが呟いた。
「‥‥その人たちは悪くないよ‥‥ボクを守ろうとしてくれたんだ‥‥だから、イジメないで‥‥」
 葛城は身を起こし、溢れる涙を拭いながら言った。
「違うよ。イジメてるんじゃないよ。このお姉ちゃんたちが馬鹿な事をしたから、ちょっと叱っているんだよ」

 ベオら傭兵たちを先頭に、ティオを抱えた甲斐、水上が続く。
「随分と無茶をするな。怪力にも程があるだろ」
 走りながら、社長室の扉の件に突っ込みを入れるベオ。甲斐は小さく首を傾げた。
「そうか? 普通に出来そうな気がしたんだが‥‥老朽化して脆くなっていたのかもな」
 救急車へと急ぐベオと甲斐。部屋を出る直前、水上は角倉たちを振り返った。
「いい子だな。だが、もうすぐで死なせる所だった。
 あんた等が外の人間が信用出来ないって言うならそれでいいさ。だがな、それを他の人間にまで押しつけるってのはどうかと思うぜ」
 立ち去る水上。運ばれていくティオが、角倉に小さく手を振った。
 その角倉に弧木が近づいた。角倉は手榴弾の爆発の際、破片で傷を負っていた。
「近づかないで‥‥」
「断っても脅しても無駄よ。怪我をしている人を見たら治療する。それが私の医師としてのプライドなんだから」
 角倉の手が床に落ちた銃を探す。弧木は、それを無視して治療を始めた。
「私は治す。テロリストだとか、外の連中だとか、知ったこっちゃない。私は私の意思で貴女たちを助けるの」
 角倉が銃を手にする。弧木は黙々と治療を続けた。

 戦い終わった社長室に、角倉たちだけが残された。救急隊の姿はすでにない。角倉たちは呆然と床に座り、生き残った不思議を噛み締めていた。
 そこへ入ってくる鮫島。ぼんやりと、角倉が呟いた。
「‥‥銃を向けられても、その相手の治療を続ける事が出来るのね‥‥あの人たちならあの子を救えるかしら?」
「救えるかもしれない‥‥だが、結局、トウキョウを支援するNGOも、長城の外の人間の罪悪感が生んだ偽善に過ぎない」
 鮫島は角倉に視線を向けると、君達の指導者に合わせてほしい、と告げた。
「我々の戦いは、尊厳を、失われた過去を、そして、得られるべき未来を取り戻す為の戦いだ。未来を共に掴む為、互いに協力が必要だ」
 ああ、そうか、と葛城は納得した。角倉たちが生きているのは、つまり、そういう事なのだ。
 今回の一件で、ウォールブレイカーはその勢力を増すだろう。だが、葛城の心は重かった。
 状況は混迷の度合を深めていく。この地獄に、いつか終止符が打たれる時は来るのだろうか──?

「進行は止まったわ。これでとりあえずは大丈夫」
 救急陣地へと疾走する救急車内で、治療を終えた弧木が呟いた。油断をした瞬間、車体が大きく揺れて頭をぶつける。それを見て、ティオが弱々しくも笑顔を見せた。
 弧木はティオの頭を撫でながら、甲斐に語りかけた。
「私はね、外がどうとか中がどうとか馬鹿みたい、って思うのよ。‥‥助けたいから助ける。そう思うのは間違っているかしら?」
「それを偽善と呼ぶ奴もいる。でも、言わせたい奴には言わせておけばいい」
 甲斐の返答に迷いはなかった。目の前にこうしてティオが生きている。それでいいだろう、と。
「そうね。機関員じゃないけど‥‥人は自分に出来る事しか出来ないのだから‥‥」
 再び車体が大きく揺れた。鈍い音。弧木は頭を抑えながら、文句を言いに前席へと向かった。