いただきますは感謝の心アジア・オセアニア
種類 |
ショート
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担当 |
柏木雄馬
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芸能 |
1Lv以上
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獣人 |
1Lv以上
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難度 |
やや易
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報酬 |
0.9万円
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参加人数 |
8人
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サポート |
0人
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期間 |
03/07〜03/11
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●本文
いただきます、は感謝の言葉。
料理を作ってくれた人に。食材に関わった人々に。
そして、犠牲となった全ての生命に──
──九州某地方。ドラマの撮影の為に訪れた養豚場で、事件は起こった。
「ADたちの一部が、番組で使う黒豚と共に豚舎に立て籠もりました」
トラブルを受け、急遽、現地入りしたプロデューサーに、疲れ切った顔をしたディレクターが報告する。
「‥‥今回の企画の中止を要求しています。『こんな企画の為に動物の生命を犠牲にするなんて、馬鹿げている』と」
ADたちのいう『こんな企画』。
それは、『高級食材をふんだんに使用する大食い大会』を主題にしたドラマ企画のことだった。
撮影終了後、豚舎の豚たちは食肉処理され、食材として局に送られることになっていた。
「‥‥企画を中止したからって、食肉処理されることに変わりはないだろうが」
「‥‥無駄に動物を犠牲にするのが気に喰わないようです」
プロデューサーが息をついた。
今回の企画は、スポンサーの主題によるものだった。おいそれと引っ込める訳にはいかない。
正直、馬鹿馬鹿しい企画だと思ってはいても、自分たちはそれで飯を食っているのだ。
「夜明けまでに片を付けろ。警察沙汰になったら厄介だ。ここのオーナーには俺が抑えておく」
方針は決まった。スタッフたちが準備に走る。
「‥‥連中には、『奇麗事は菜食主義者になってから言え』とでも言ってやりますか?」
軽口を叩くディレクター。しかし、プロデューサーはニコリともしなかった。
「植物だって生命だ。‥‥忘れがちだがね」
●PL情報
1.目的
豚舎に立てこもるADたち。夜明けまでにこの現状を打破して下さい。
2.舞台
山奥の養豚場です。規模は小さいものの、品質の高さで収益を上げています。
通常、豚舎は長い建物が主流なのですが、この養豚場では、学校の教室くらいの大きさの豚舎が複数、それぞれに8頭の豚を飼育しています。
豚舎に窓は無く、対面する入り口が2ヶ所。空調で管理されたある種の密閉空間と化しています。
3.立て籠もるADたち
臨時雇いの学生アルバイトです。一番端の豚舎に4人が立て籠もっています。
鋤や鍬で武装していますが、ごくごく普通の学生たちです。能力値には多少のバラつきがあります。
獣人ではありませんので、彼等の前で直接、獣化した姿を晒すことは出来ません。
●リプレイ本文
企画に反対し、ロケ先の養豚場で豚舎に立て籠もったADたち。
事態を打開すべく集まった出演者とスタッフたちは、養豚場の台所を借りておにぎりを作っていた。
ゼフィリア(fa2648)の提案で、ADたちの気持ちを落ち着かせるため、食事を差し入れることになったのだ。
時刻は零時を過ぎ、いつの間にか日付が変わっていた。
「そりゃ、『命を大事に』というのは分からなくはないっすけど‥‥。豚さんも命ならあっしらも同じ命なわけで。どうしたもんすかねぇ‥‥」
赤毛の青年役者、伝ノ助(fa0430)は溜息をついた。目の前にはコーヒーサイフォン。コポコポと音をたて、香りよい湯気を立ち上らせていた。
伝ノ助の言葉に、カメラマンの郭蘭花(fa0917)が頷く。
「んー、こういう問題ってなかなか難しいよね‥‥。『他の命を奪って食する』って言うのは、生き物にとってやむを得ないことだし」
言いながら、蘭花は炊き出したご飯を次々とおにぎりにしていった。同じ形に整えられたおにぎりが、整然とテーブルに並べられていく。
「ADさんたちの気持ちはよく分かりますが、やり方が間違っていると思います」
今回の事件を一刀両断にする眼帯の少女、山田夏侯惇(fa1780)。その両手には、小さな手で一生懸命に握った特大のおにぎりが鎮座する。
山田のストレートな物言いに、比良坂 夏芽(fa1084)は苦笑した。
「彼等の主張自体は分からないではないですが‥‥。お互い、納得できるように事が収まれば最良ではありますね」
細い指に付いたご飯粒をついばむ比良坂。思わずそれに見入ってしまった伝ノ助は、慌てて視線をプロデューサーへと逸らした。
「こ、今回の企画、どの程度まで変更の融通が利くんでやすか?」
「ドラマの根幹部分は変えられん。細部であればある程度、脚本の修正は出来る」
スタントマンの蒼月 真央(fa0611)がプロデューサーに向かって勢いよく手を上げる。ほっぺたにご飯粒が付いていた。
「あの、撮影は他の豚舎で行うなどして、彼等は放置! ‥‥じゃダメですか? 長時間の籠城は無理ですし、自発的に出てくるのを待つ、というのは‥‥」
「今夜中に片をつけた方がいいだろうな。今なら私のレベルで事態を収められる。長引くと養豚場の方も黙ってはいまい」
プロデューサーの言葉に、アイドル歌手の大道寺イザベラ(fa0330)は大きく頷いた。
「養豚場の経営者の為にも、一刻も早く突入すべきね」
赤いエナメルのハイレグスーツ、というバブリーな服装のイザベラが立ち上がる。突入するとなれば、得物が必要だ。
「どこかに鞭はないかしら‥‥。無ければ、何か代わりになりそうなものを‥‥」
つぶやきながら、イザベラが台所を出て行った。その背中を見送って、女優の青空 有衣(fa1181)は静かにつぶやいた。
「私は、強引に入ったりはしたくないな‥‥。こちらは殆どが女性だし、さすがに問答無用で襲ってくることはないと思う」
普段は『元気印の突撃お嬢』な青空も、今回はさすがに元気がない。
「‥‥そもそも、企画に反対なら、何でアルバイトに入ったんやろな。まさか企画内容も知らずに入ったんやろか?」
ゼフィリアが緑茶を入れながらそんな疑問を口にした。
「彼等も企画内容は知っていたさ。ただ、理解していなかったんだろう。養豚場に来て、命に触れて、初めて『食事』という行為の意味に気が付いた‥‥。つまり、今回の事件は、思想的なものではなく、感情的なものだということだ」
入れたばかりの熱い緑茶を、プロデューサーは胃に流し込んだ。
立ち上がり、養豚所のオーナーの所へ向かうプロデューサーに、再び蒼月が挙手をする。ご飯粒はまだ付いていた。
「あの、今回のこの騒動、一応カメラに記録しておいたらどうでしょう? 上手く繋いで編集すれば、ドラマのアクセントに使えるんじゃないかなぁ、と」
ドラマに使えるかどうかは別として、と前置きしつつ、プロデューサーは蒼月に記録の許可を出した。
おにぎりと緑茶を差し入れた説得班の皆は、ADたちが食べ終わる頃合を見計らって、豚舎の前に赴いた。
両手には何も持たず、ゆっくりとした足取りで扉の前に向かう。大人数で近づくことに警戒されるのではないか、とも思われたが、豚舎の中から警告の声は聞こえてこなかった。
見れば、扉の前に置いておいた差し入れが消えていた。変に疑う事もせずに食べたらしい。案外、素直な連中なのかもしれない。
「ねぇ、話を聞くだけ、聞いてみてくれないかな?」
扉の外から、青空が呼びかける。返事は無く、扉が開かれることもなかった。ただ、扉の上の窓から、ADの一人が顔を見せた。
ゼフィリアが改めてADに尋ねる。
「‥‥で、あんたたちは結局、どうしたいんや?」
ADは、このような企画の為に命を奪う事は馬鹿げている、と、今回の企画の中止を再度要求した。
青空が説得を開始する。
「‥‥こういう騒動起こしても、番組で豚さんたちが食べられないだけで、結局、豚さんたちが食べられることに変わりはないと思うよ」
「そや。それに『無駄』って何や? 豚からしたらどちらにせよ死ぬんやから、無駄か無駄ではないかなんて関係ないやろ。無駄じゃなかったら豚は満足して死んでくれるんか? 違うやろ?」
ADたちの行動は自己満足に過ぎない、というゼフィリア。そういうことではない、とADが反論した。
結局、ここの豚が食肉処理されることは分かっている。生き物は他者の命を食べなきゃ生きていけないことも。自分たちが問題にしているのは、今回の企画を良しとするような、人の心のありようなのだ、と。
「だからといって、自分たちの感情を優先させ、他の人に迷惑をかけるのを厭わない行為は褒められたものではありません」
ADたちの反論に山田が再反論をした。やはり、一刀両断だった。青空も同調する。
「そうだよ。ここで豚さんたちを育ててきた人にとっては、皆の行動は生活を脅かす『余計なお世話』『無用の暴挙』になっちゃうはずだよ。抗議するなら、場所が違うよ。企画した人と、それに反対する人。その二者で対立すべきで、第三者を巻き込んじゃダメだよ」
‥‥青空、ゼフィリア、山田の三人が言ってることは全く正しい。間違ってはいない。ただ、正しいことが正解ではないこともある。
犯罪交渉人(ネゴシエイター)がしてはいけないことが幾つかある。その一つが『相手を否定しない事』。
説得に態度を硬化させたADは、窓から引っ込んでしまった。
蒼月が台本を丸めて作ったメガホン片手に、出てくるように説得をしたが、ADが再び顔を出すことはなかった。
蒼月は、機材のトランシーバーを取り出すと、途中経過をプロデューサーに報告した。
「こちら豚舎前‥‥ADまだ説得できません!」
「オーナーには話をつけた。夜明けまでに解決すれば、警察沙汰にはしないそうだ」
プロデューサーが説得班に合流した。伝ノ助がこれ幸いと意気込んで説得材料にする。
「こうして閉じ篭ってる間も時間は過ぎて行きやす。いずれ警察の人も呼ばなきゃならなくなりやす。そうなったら皆不幸になっちゃうっす。それよりも、この時間をプロデューサーさんとの交渉に使ってみるのはどうっすか?」
比良坂もプロデューサーに向き直って、提案する。
「彼等がそう簡単に説得を受け入れるとは思えません。何か妥協点が欲しいところなのですが‥‥」
比良坂の声は、プロデューサーに向けて話しかけるにしては少し大きかった。比良坂は、豚舎の中のADにも語りかけているのだった。
「例えば、ドラマを生産者視点で進めていくことはできませんか? 『馬鹿げている』現状、食への感謝の薄れを指摘していく企画とすることはできませんか?」
今の企画を、なんとかADたちの主張とすり合わせることはできないか、そう比良坂は言っているのだった。
「『食への感謝』、か‥‥」
記録の撮影の手を止めて、それまで沈黙していた蘭花が口を開いた。
「あたしは料理が好きだから良く肉を使うけど‥‥ちゃんと毎回その肉を作ってくれた人と肉となった動物に感謝の念を送っているよ? 他の生物の命を奪って食するというのは、美味しく料理して食べさせる‥‥それがあたしなりの供養の仕方だと思うけどね?」
蘭花の声は決して大きくはなかったが、深い山中にある養豚場の静寂に染み入った。
「‥‥そうだね。あ、そんな料理人の視点でドラマを作るのもいいかもしれないね!」
蒼月が手と台本をポン、と合わせた。
「プロデューサーさんも、脚本の細部なら融通利かせられると言ってやしたし、その部分を上手く使って、なるべく豚さんたちの命が無駄にならないようにしやせんか? よければあっしらもADさんたちと一緒に考えるっすよ」
「馬鹿げていると言うのは簡単なこと。馬鹿げていないものにするために意味づけをすることは、無駄ではないかもしれません」
伝ノ助と比良坂はそう言って、袋小路に入り込んだADたちに出口を提示してやった。
「そうだよ。私たちは豚さんたちと違って、人間に通じる言葉を話せるんだから。豚さんたちが可哀想だってそう思ったんなら、その人が人間の言葉でしっかり戦うべきだよ」
青空が誰もいない窓に訴えかける。
「そして、戦うべきその場所は、今、この扉のこちら側にあるんだよ」
時間はかかったが、思いの外よい得物が手に入った。
鞭代わりの電気コードを手にしたイザベラは、上機嫌でADたちの立て籠もる豚舎に向かっていた。
これから起きるであろう至福の時を想像し、思わず笑みがこぼれる。
──打ち開かれる扉。怯えるADたち。
「アタシの鞭を味見したいのは誰かしらね」
薄ら笑みを浮かべながらイザベラが舌なめずりをする。
響きわたる悲鳴。小気味よく鳴る鞭の音。ADたちを腹ばいにさせ、ピンヒールで尻を踏みつけながら鞭打つイザベラ。
「アンタたちこそ豚なのよ! ほら女王様とお呼び!」
‥‥恍惚にイザベラは身を震わせた。知らず知らず早足になる。
そうして、問題の豚舎に辿り着いたイザベラが見たものは──
大きく開かれた豚舎の扉と、説得に応じて中から出てくるADたちの姿だった。
説得を受け、ADたちは豚舎を明け渡した。彼等にとって、これは『降伏』ではなかった。この馬鹿げた企画を皆で少しでも良いものにするという、新たな『戦い』への旅立ちなのだ。
「企画の根幹は変更できないが、脚本の修正については約束しよう。どういう内容にするか、後で皆と話し合うといい。だが、それはそれとして‥‥」
今回の件は反省してもらわなければならない。プロデューサーはADたちを正座させた。そこに山田とゼフィリアが進み出る。
「お金をもらって働いている以上、プロとしての仕事をしなければなりません。養豚場の人達は、立派に豚さんたちを育てています。番組のスタッフたちは、様々な制約のもとで、少しでも面白い番組を作ろうと頑張っています。それに対して、今回のADさんたちはどうですか」
「どんな仕事であろうとも、きっちりやり遂げるのがプロであり大人ってもんや。例えアルバイトではそれは同じや。気に喰わないから邪魔するなんて、単なる子供のわがままと同じや。言語道断やで。あんた達も一度受けたからには、自分の仕事に責任を持つもんやで!」
芸能界に生きる者としてどうあるべきかを説く二人。子供ながらも、仕事に対する考え方はADたちよりよっぽど大人だった。
説教を終えると、山田はプロデューサーに向き直ってADたちを許してくれるように頭を下げた。
「反省会も終わったようだし、いいだろう。実害といえば、皆の睡眠時間が減ったくらいだ」
明日の撮影も早いらしい。遅れるなよ。そう言ってプロデューサーは去っていった。彼にとって本当に大変なのは、スポンサーと折衝するこれからなのだ。
台所にて。
ADたちをおしおきに行こうとするイザベラを、伝ノ助と蒼月の二人が必死になって押し留めていた。その騒動を他所に、青空がテーブルに突っ伏して眠っている。
比良坂と蘭花の二人は、差し入れの際に使用した台所の後片付けを行っていた。
「今回の企画のことを抜きにしても、人の食への感謝は近頃薄れがちではありますね」
洗い物をしながら比良坂が言うと、蘭花も深く頷いた。
「植物も動物も、そしてあたし達もみんな生きている。生きているからこそ他の物の命を奪ってでも生きていかなければならない。それが生物の宿命だと思うのよね‥‥
問題は、それをいかに感謝して食べるか。そして、その為の言葉が『いただきます』だと思うのよね‥‥」