クルトの戦記 神森の邪アジア・オセアニア

種類 ショート
担当 柏木雄馬
芸能 3Lv以上
獣人 1Lv以上
難度 普通
報酬 7.9万円
参加人数 8人
サポート 0人
期間 02/08〜02/12

●本文

 その頃の私は、目的の半分を失い、半ば惰性で旅を続けているようなものだった。
 計略とはいえ古都アリアスを焼いてしまった罪の意識と、イストリアに向かう避難民への義務感だけが、空虚な私の心を満たして身体を前へ進ませていた。
 時はソルメニア暦19年。
 新しい年の始まりを、私は『神の森』と呼ばれる太古の樹海で迎えていた。

                          ──老クルト・エルスハイム、自らの人生を振り返りて記す──

 ソルメニア王国の追撃隊は、こちらの3倍の兵力だった。
 王国第3軍、第4軍の中から騎兵のみで編成された、軽快な機動力を有する二千の部隊だ。
 対するアリアス軍は、敗残兵が七百ほど。避難民の中から戦える者を徴募して二千四百。数だけは揃えたものの、戦力差は歴然だった。
「騎兵の長所はその機動力にある。まともな装備のない民兵が平原で対峙したら勝ち目はない‥‥」
 『神の森』と呼ばれる太古の樹海。その小高い丘の上でクルトが呟く。その視線の先には彼等の戦場。そこを『ソルメニア軍が』敗走していく。
「だから、森に引き込んだ。敵に気圧されるように逃げる民兵と、釣られて後退する敗残兵。調子に乗って深追いしてきた騎兵を地の利を活かして分断する。足元のロープ、急造の湿地帯、炎の壁‥‥『足』さえ止めてしまえば、後は数の多いほうが勝つ」
 淡々と語るクルト。だが、内心では興奮を抑えられなかった。
 圧倒的な戦力差、一戦敗れれば後は無い状況に頭を抱える首脳陣。クルトは、歴史書で呼んだ過去の戦記を雑談として語っただけだったのだが‥‥代案の無い首脳陣はそれを採用してしまった。
 勝ったから良かったものの‥‥正直、腰を抜かして倒れ込みたいところだった。

「このままここで暮らすわけにはいかんかね?」
 一部の避難民が逃避行を続ける事への疑問を口にした。
 応戦の為にやむなく入った『神の森』だったが、ここは食料も水も豊富であり、森を切り開けば家を建てるのにも困らない。しかも守るに堅く、攻めるに難い。どうせ故郷を失くした我々だ、ここで旅を止めてもいいじゃないか。そういう事だった。
「それは駄目だ。ここは『深森』、神代より続く『神の森』。そしてなにより、『森の民』の領域だ」
 避難民を率いるアリアスの指揮官が難色を示したが、避難民たちは納得しなかった。
「もう追っ手に怯えて暮らすのはうんざりだ。旧アリアス王家縁の土地とはいえ、イストリアは所詮、他人の土地。肩身の狭い思いをする位なら、ここを我々の国とした方がいい」
 そもそも王家の起こしたゴタゴタになぜ我々が巻き込まれねばならないのか。そう言われると指揮官も言葉が無かった。
「まったく、盗人猛々しいとはこの事だな。『平原の民』たちよ」
 大勢が決まったと思われたその時、日の光溢れる『神の森』に、冬の早朝よりも冷たい殺気が舞い下りた。
 背後からの第三者の声。いつの間にか、彼等は弓を構えた『森の民』たちに取り囲まれていた。
 指揮官に戦慄が走った。これだけの数を自分たちに全く気付かせずに展開するとは‥‥!
「動かぬ方が身の為だぞ、『平原の民』。矢衾になりたいというなら止めはせんが。
 ‥‥さて、ここにいるのがこの集団の代表者たちか? 我々について来て貰おう。長が直々に詮議をなさる」
 有無を言わさぬ口調の『森の民』。元より指揮官たちに選択肢はない。弓に追われて森の奥へと歩き出す。
 その時、『森の民』がクルトに気が付いた。
「お前、『平原の民』ではないな‥‥? 面白い。お前も来い」
 こうしてクルトは、否応無く何かの流れに巻き込まれていった‥‥

「お前たちか。森を裂き、狩場を荒らし、あまつさえ火を放ったという『平原の民』たちは」
 『森の民』の居住地に着いたクルトたちは、早速、『森の民』の長の前に引き出された。
 指揮官は、自分達はソルメニアに追われてイストリアへ落ち延びる途中だと言い、応戦の為に已む無く森に入っただけで、早急に森を出て行くつもりだと告げた。開き直った指揮官は、避難民の安全の為、『神の森』を通過する許可を長に求めた。
「出て行くのは当たり前だ。言われんでも追い出してやる。挙句に森を通らせろだと? 図々しい。さっさと去ね。お前たちがどこで死のうと我らの知った事ではないわ」
 指揮官が奥歯を噛み砕かん勢いで長を睨みつける。長は全く動じる事もなく、無表情な『森の民』の衛兵がクルトたちを引っ立てようとする。
 立ち去ろうとした長が、クルトに気がついた。
「お前‥‥『山の民』か‥‥? 珍しい。未だ平原の魔力に毒されておらぬとは‥‥」
 長は、我を忘れ、心底珍しそうにクルトに見入った。
「面白い。『平原の民』よ、気が変わった。森の奥に魔力を喰らう『害獣』が巣食っている。それを退治る事が出来れば、この森、通してやろうではないか」

●出演者およびスタッフ募集
 以上が、アニメ『クルトの戦記 神森の邪』の冒頭部分になります。
 このアニメの制作に当たり、出演者とスタッフを募集します。

 オープニングと設定を基に、主人公クルトの人生を彩るキャラクターを作成し、
『クルトにどう関わるか』をプレイングに記述してください。
 そのプレイングで、クルトの歩む人生が決まります。

 今回は、
『森に巣食って魔力を喰らう『害獣(大型魔獣)』を退治する』
 を話の軸にして、皆で協力して脚本と登場人物を決めて下さい。
 『害獣』、『神の森』などの美術・設定なども募集します。

 なお、リプレイは、劇中(放映されるアニメ本編)描写となります。

●設定
 『クルトの戦記』は、ファンタジー世界を舞台にしたアニメです。
 山岳部族『山の民』でありながら、爵位を持つ貴族にまで上り詰めた英雄クルトの一代記です。

1.世界観
 いわゆる普通の(?)、機械や銃などが登場しない剣と魔法のファンタジー世界。
 ちょっと便利な人、程度の魔術師は珍しい存在ではないが、強力な魔術師は多くない。

2.『山の民』
 ソルメニア王国東部のクライブ山地に住む少数民族。
 王国に暮らす『平原の民』(ファンタジー世界に住む一般的な人間)よりも、頭一つ分大柄で頑健。
 野蛮人と見られがちで、平原では差別と偏見に晒されがち。

3.ソルメニア王国
 18年前、平原に割拠する小国のことごとくを平らげ、平定した『剣王』が建てた国。
 英雄『剣王』も老いて、強力な魔術師である宰相が国を思うがままに動かしている。

4.古都アリアス
 ソルメニアと対立し、滅亡。避難民を逃がす為、クルトが街に火を放った。
 現在、避難民がイストリアへ向けて移動中。

5.『森の民』
 大陸西部、神代より続く『神の森』(人の手の入らぬ太古の森)に住む人々。
 華奢な外見だが、周囲の魔力を自らの能力に上乗せ出来る為、魔力・身体能力は高い。
 ただし、『汚れた』魔力に満ちた平原では能力が落ちる。

●今回の参加者

 fa0634 姫乃 舞(15歳・♀・小鳥)
 fa1323 弥栄三十朗(45歳・♂・トカゲ)
 fa1431 大曽根カノン(22歳・♀・一角獣)
 fa1772 パイロ・シルヴァン(11歳・♂・竜)
 fa2997 咲夜(15歳・♀・竜)
 fa3470 孔雀石(18歳・♀・猫)
 fa3786 藤井 和泉(23歳・♂・鴉)
 fa4643 夕波綾佳(20歳・♀・犬)

●リプレイ本文

 縁。それは人々を繋ぐ見えない鎖。
 その見えない鎖が、自分をこの『神の森』まで連れて来た。『山の民』の女商人・カナン(CV:大曽根カノン(fa1431))は、そんな事を考えた。
 半年以上も前、小さな辺境の町の‥‥その片隅で出会った小さな『縁』。以降、まるで何かに引き寄せられるかのように顔を合わせ‥‥古都アリアスでは、その危機を助けたりもした。
 偶然。この世の全ての意思と選択と行動とが紡ぐ一つの帰結。或いはそれを『運命』と呼ぶ者もいる。
 それが、自分の『運命』なのか。それともクルトの『運命』なのか。カナンにも分からない。それが時々空恐ろしくなる時もある。
 例えば、今、目の前にいるたくさんの避難民。故郷を焼き出され、過酷な逃避行を行く苦難の道。果たしてそれは本当に、彼等の『運命』だったのだろうか‥‥?

「お前がアリアスに来たから、こんな事になったんだ! 『山の民』は山に帰れ!」
 害獣退治の為に避難民から集った有志一同。その一人である狩人の少年・ティートゥリー(CV:姫乃 舞(fa0634))は、クルトを見るなり、そう罵声を浴びせかけた。
 幼い弟妹たちを抱えるティートゥーリーにとって、今回の逃避行は受け入れがたいものだった。挙句に『森の民』のこの仕打ち。アリアスに火を放ったと噂されるクルトの存在は、少年を激発させるのに十分だった。
 余りの剣幕に、『山の民』の薬師・レン(CV:夕波綾佳(fa4643))は、怯えたようにカナンに身を寄せた。そのレンの肩を誰かがつつく。
「あの少年は何を怒っているのですか?」
 金色の瞳、金色の髪を持つ『平原の民』の美女(CV:孔雀石(fa3470))が、ティートゥーリーをちょこんと指差し、尋ねてきた。思わず見入ってしまったレンが、我に返って事情を説明する。説明しながら、レンは、今までこんな人がいただろうか? と首を傾げた。こんなに目立つ外見の人、見忘れる訳ないのに‥‥
「へぇ‥‥あの『山の民』‥‥クルトさんですか? 彼が火計の策士ですか。そうですか、彼があの時の‥‥」
 レンの話を聞き、金眼の美女が口元を隠して笑う。視線の先では、避難民を率いるアリアス姫クラリッサ(CV:咲夜(fa2997))が、クルトを庇うように批判の矢面に立っていた。
「この者を責めるな。彼が来た事とアリアスの焼失は関係ない。全てはソルメニアとの戦の中で起きた事だ」
 姫の言葉にも、避難民たちは納得せず、クルトは黙って反論しない。金眼の女は、苦笑しながら前に出た。
「あの火計が無ければ、あなた達は皆、魔獣たちの腹の中だったでしょうね。あなた達は、命の恩人に罵声を浴びせているのですよ?」
 金眼の女の言葉に、避難民たちは不満そうにしながらも口を閉じた。ティートゥーリーも舌打ちをして横を向く。
「貴殿は?」
 クラリッサが目礼して尋ねる。金髪の女は、ちらとクルトに視線をやり、にっこりと笑ってこう言った。
「はじめまして、姫様。私、魔獣使いのフィーアと申します」

 魔獣使い、という言葉に、避難民たちがざわついた。『魔獣使い』は平原の魔術師の一種で、一般には、汚らわしい魔獣を使役する者として忌み嫌われていた。古都アリアスが魔獣を使う王国第4軍に滅ぼされた事実もあり、『魔獣使い』はアリアスの民には受け入れがたい存在だった。
「‥‥その魔獣使い殿が何用でしょうか?」
 慎重に、礼儀正しく、しかし、警戒心を隠さずに、クラリッサが尋ねた。
「同行を希望します。在野の魔獣使いとして、ここの『害獣』を捕らえにきました。私の夢の為に‥‥」
「夢?」
「‥‥私の夢は、魔獣使いと魔獣とが共に静かに暮らせる地を作る‥‥それだけです。あなた達には理解し難いかもしれませんが」
 やさしい、と言ってもいいくらいのフィーアの微笑。だが、何か気圧されるようなものを感じ、『平原の民』たちは押し黙った。
「‥‥罵り合いは終わったか? ならばさっさと出発するぞ」
 いつの間に現れたのか、いつからいたのか。人々の輪の外で、『森の民』のキルシュ(CV:藤井 和泉(fa3786))が言った。監視役を兼ねた案内人で、得物に槍を選んでいるのが『森の民』にしては珍しかった。
「‥‥同族で合い争うのは勝手だが、殺し合ってくたばるなら、俺たちのいないところでやってくれ」
 吐き捨てるキルシュ。『森の民』らしい物言いに、避難民たちの間に殺気が膨らんだ。それを視線で制するクラリッサ。キルシュはまったく頓着しなかった。
「この間、勝手に森に入って『害獣』を狩ろうとして全滅した『平原の民』たちがいた。森の中での勝手は死に繋がる。警告はしておくぞ。
 ‥‥そういえば、その時の生き残りがいたな。飼っておくのも世話だ。お前たちに預けよう」
 そうして連れて来られたのは、まだ年端もいかぬ少年で‥‥クルトの見知った顔だった。
「オレアナ君!?」
 共通の知人であるカナンが声を上げた。まさかこんな所で再会するなんて‥‥これも何かの因果だろうか。
「え‥‥? カナン、さん‥‥? それに、クルトさん‥‥!」 
 このような場所で知人に会えるとは思ってもいなかったのだろう。オレアナ(CV:パイロ・シルヴァン(fa1772))の目が驚きに見開かれた。その瞳から、ぽろり、と涙が一滴、零れ落ちた。
「あ、あれ‥‥?」
 自分自身の感情に戸惑うオレアナ。一人、異国の地にあって、ずっと気を張ってきたオレアナは、この時、初めて生き残った事を実感した。

「あの後も、魔獣退治の仕事を続けていた俺、いや、僕は、少し前、『神の森』に巣食う『害獣』を退治してくれ、という依頼を受けました。組んだ退治屋たちは初めて見る顔でしたが、腕はそこそこ立つ連中でした。‥‥でも、結果は全滅。囮役だった俺だけが助かった‥‥」
 キルシュの案内で『害獣』のいる森の深部へと向かう一行。その道すがら、クルトたちは、『害獣』に遭遇した経験を持つオレアナに話を聞いていた。
 すぐ横には、荒い息を吐くクラリッサ。その額には玉のような汗が浮かんでいる。
「『森の民』の怒りを招いた責任の一端は私にある。何も為し得ぬでは、我がアリアスの誇りが許さぬ」
 そう言って今回の討伐行に参加したクラリッサだったが、鬱蒼と生い茂る『神の森』の行軍に金属鎧は重かった。だが、クラリッサは鎧を脱ぐ事を頑なに拒否した。騎士の誇りもあるが、「そんな格好で森に入る気か?」とキルシュに言われて意地になった部分もあった。
「『害獣』ったって、人間並に賢い、って訳じゃないんだろ。罠を仕掛ければいい。力で敵わないなら頭を使えってね」
 獣相手の罠には自信があるティートゥーリーが言った。クラリッサはどのような罠があるのか聞き、それを元に戦闘方法を考案していく。
 オレアナの話を聞いて、レンが先行するキルシュに小走りで駆け寄った。
「『害獣』について教えて下さい。薬草は多めに用意しなければならないようですし、万が一、毒を持つようなら解析して解毒薬を調合しないと‥‥!」
 レンの剣幕にキルシュが目を丸くする。普段は大人しいレンだったが、こと薬草や怪我人に関しては物怖じしない。
「‥‥古よりこの森に住む古き獣だ。我ら『森の民』と同じく『神聖樹』より生まれしもので、我らが直接それを倒す事は禁忌とされている。が、森の魔力を喰らい、汚れた平原の魔力を吐き出す『害獣』だ」
「‥‥その『汚れた平原の魔力』とは何なのですか?」
「『平原の民』が魔法に使う魔力の事だ。奴らは効率ばかりを重視し、精霊達をただの『力の源』として行使する。『平原の魔力』とは、『純粋な魔力』から生み出された『有用な不純物』だ。そこには精霊の意思もない。結果として『平原の民』は栄えたが、太古の精霊達の加護からは縁遠い世界を作り上げた」
 そこまで言うと、キルシュは足を止めた。着いたのか、と尋ねるクラリッサに、休憩を宣言する。すぐ近くから水の沸き出す音が聞こえてきた。
 キルシュは、さりげなく位置を変えると、フィーアに小声で尋ねた。
「俺たちの後を尾けている『やつ』と、空の上にいる『あれ』は、あんたの僕か?」
「さすが『森の民』。気付きましたか。二匹とも私の可愛い魔獣たちですよ」
 一方、オレアナは、魔獣を引き付ける囮役を務める事を宣言していた。
 前回、退治屋たちが全滅したのは、囮役の自分が追いつかれ、なし崩し的に戦闘に入った事が一因だった。
 今度は上手くやる。失敗はしない。必死に、縋るように見るオレアナに、何か期するものがあったのだろう。クルトは一言、任せる、と言った。

 緩やかに、日が翳っていく。
 既にティートゥーリーの罠は仕掛けられていた。後は、そこに囮役のオレアナが『害獣』を誘い込むのを待ち、クルト、クラリッサ、カナンの三人が弱らせ、フィーアに従属させる手筈になっていた。
「大丈夫ですよ。私もクルトさんと同じ位には剣の経験を積んできているんですから」
 心配そうなレンに、カナンが言う。
 フィーアの膝先に『目の無い黒い大型犬』のような魔獣が伏せていた。フィーアが背を撫でる度に、嬉しそうに目を細める。
 キルシュの姿は既に見えない。『森の民』であるキルシュは、禁忌により『害獣』との戦闘には参加できないからだ。
「‥‥来たぞ。皆、戦闘準備を」
 クラリッサが指示を出す。遠くから、何か重いものが走る音。
 変化は突然だった。
 森の中から飛び出すオレアナ。直後、森を蹴り分けるように『害獣』が姿を現す。見た目は黒い虎のそれ。大きさは桁違い。
 森の木々をも震わせる咆哮を上げ、『害獣』がオレアナに踊りかかる。オレアナは冷静に距離を取り、ひょいと小路を飛び越した。そこにはティートゥーリーの仕掛けた罠が仕掛けられており‥‥『害獣』はそのまま踏み入った。
 刹那、周囲の茂みと樹上から、矢やら、杭やら、尖った丸太やら、石の塊やらが降り注ぐ。ずしり、と押し潰される『黒き虎』。
「‥‥やった!」
「どうだ! ガキだと思って馬鹿にすんなよ!」
 歓声。直後、『害獣』が咆哮を上げた。
 何かの冗談のように弾け飛ぶ石の塊。犬が水を払うように、『害獣』はその身を覆う矢石を振り払った。
 目の前には、驚愕し、立ち竦むオレアナ。クルトが飛び出して腕を引き──獣の鉤爪がクルトの背を切り裂いた。
「クルトさん!?」
「逃げろ!」
 クルトがオレアナを後ろへ突き飛ばす。
「なんだよ、あいつ! 化物か!?」
 放った矢が金属音を立てて弾かれるのを見て、ティートゥーリーは悲鳴を上げた。
 フィーアの足元では、彼女の魔獣が怯えたように動かない。魔獣使いとしての直感がフィーアに告げる。この太古の昔より存在する黒き獣は、決して誰の僕にもなりはしない──
 『害獣』が前脚を振り上げた。クルトの体勢は崩れたまま。止めの一撃が振るわれるその瞬間──。一本の槍が『害獣』の鼻先を掠めるように飛来して、クルトと『害獣』との間に突き刺さった。
 怯む『害獣』。その間に、長剣を手にしたクラリッサが『害獣』の前に立ち塞がる。
「正面は任された。クルトとカナンは横から攻め立てよ!」
 大きな円形盾に金属鎧。人類がその戦の歴史と共に発達させた鋼鉄の甲殻が『害獣』の攻撃を受け止める。
 レンの風の魔法が砂を高く巻き上げ、『害獣』の視界を奪う。その隙に右側面に回りこんだカナンが長刀を振るう。魔力を帯びた刃が『害獣』の黒い毛皮を切り裂く。だが、浅い。
「クルトさん!」
 叫びに呼応するように、左側へ回り込んだクルトが大剣を構える。視線と剣先が『害獣』の脇腹を指向し──次の瞬間、膂力に任せて突き出された刃が『害獣』の表皮を突き破った。

「貰い物なんだが‥‥そんなに凄い代物とは‥‥」
 レンに傷の手当てをしてもらいながら、クルトは『害獣』に止めを刺した大剣をしげしげと眺めやった。
「すみません。俺がしっかりしていれば‥‥」
 落ち込むオレアナに、クルトはよくやった、と微笑んだ。
「見事に罠にかけたじゃないか。自分の仕事をやり遂げたんだ。それは誇っていい」
 その背後を、音も立てずにキルシュが通る。地面に突き刺さった槍を抜き、そのまま何事も無かったかのように歩き去ろうとする。
「‥‥『害獣』との戦闘に手を出すのは、禁忌じゃなかったのか?」
 振り返りもせずに言うクルトに、キルシュはその足を止めた。小さく舌打ちして振り返る。
「‥‥咄嗟だ。やろうと思ってやった事じゃない」
「でも、前もそうして俺を助けてくれたよな」
 オレアナが言う。キルシュは、小さな声で、助けなければよかった、などと呟いて去って行った。

「世話になったな。『山の民』よ。恩は仇では返さぬぞ」
 『森の民』の長・エスタス(CV:弥栄三十朗(fa1323))はそう言うと、鷹揚に避難民の『神の森』通行を許可した。イストリアへの道程は大きく短縮される事になった。王国軍の追撃の心配も、ほぼなくなったといっていい。
「民を率いる王族の一人として感謝する。いずれこの恩には報よう」
 クラリッサがクルトたちに礼を言う。毅然とした態度は崩さない。最後まで、クラリッサは、クラリッサだった。

 森の外れ。
 いつの間にか場を離れたフィーアがそこにいた。
 その肩には、有角の鳥の魔獣。足に手紙を括り付けられた魔獣は、一路、ソルメニア王都目指して羽ばたいた。手紙には、今回の件の詳細と、避難民たちの目的地が記されていた。
「『山の民』の子、クルト、ですか‥‥まあ、流石に、もう会う事もないでしょう」
 どこか面白そうに呟くフィーア。なんとなく、その言葉が外れるような気もするのだった。

●害獣・神の森設定‥‥弥栄三十朗