それぞれのバレンタインアジア・オセアニア

種類 ショート
担当 柏木雄馬
芸能 3Lv以上
獣人 1Lv以上
難度 普通
報酬 7.9万円
参加人数 8人
サポート 0人
期間 02/15〜02/19

●本文

 約束の時間まで5分を切った。
 美咲は慌てて部屋に飛び込むと、制服を着替えもせずにPCの電源を入れ、急いでオンラインRPG『AQO(アルティメットクエストオンライン)』にアクセスした。
 専用のヘッドセットディスプレイを被り、ログインする。画面に俯瞰で映し出される3Dの街並みに、この架空世界での彼女の分身が表示された。
 地味な色合いの軽装鎧に、やたらと+修正の付いた日本刀。現実の美咲と同じ、デフォルトから選んだ黒髪ショートなデザイン。
『剣士:サキ LV28 このキャラクターでログインします。よろしいですか? はい・いいえ』
 視線で選択肢を選び、クリックする。架空世界に落ちていくようなログイン時のエフェクトが表示され‥‥彼女の視界は剣士サキのものになった。
「美咲ちゃん、おはよ〜。2時間ぶり〜」
 見慣れたエルフのシスターがぱたぱたと走り寄ってくる。流れるような金髪に、飾り気のない質素な修道服、そして、揺れる胸。待ち合わせの相手、親友の香奈が操作するキャラクター、『エリス』だった。
「今日はゴメンね、美咲ちゃん。せっかくのバレンタインデーなのに、付き合わせちゃって」
「いいよ、別に。どうせ予定なんてないんだし」
「あはは。お互いに寂しいね〜」
 自棄気味に笑う『サキ』と『エリス』。
 この日、AQO世界では、バレンタインデーの限定イベントが催されることになっていた。
 事前に販売されたイベントアイテム、『本命チョコ』と『義理チョコ』。これがどう絡むのか、プレイヤーたちは期待と不安を胸にイベントが始まるのを待っていた。

「ねぇ、美咲ちゃん。祐樹くん、来てるかな? ログインしていなかったらどうしよう?」
「大丈夫じゃない? 部屋の電気ついてたし、あいつ、最近、暇さえあればAQOやってるみたいだし」
 腕に装備した『本命チョコ』をギュッと胸に抱きながら、香奈、いや、エリスが身悶える。サキはそれを苦笑と共に、生温かい視線で見守った。
 祐樹というのは、美咲と香奈の級友で、香奈の片想いの相手だった。一目惚れらしい。
 我が親友ながらそれはどうよ? などと美咲は思う。美咲と祐樹は家が隣り同士の幼馴染で、正直、アレに一目惚れする感覚が分からない。香奈くらい可愛ければ、他に幾らでもいい男が捉まえられるだろうに、勿体無い。
 異性に対して消極的な香奈の相談を受けた美咲は、祐樹が最近嵌っているAQOを紹介した。ディスプレイ越し、というかキャラクター越しならば話し易いだろうと思ったのだ。セッティングは自分。共にパーティを組み、幾つかクエストをクリアしていく内に随分と仲は良くなった。
「‥‥もう、いっそのこと、リアルでチョコ渡して告白しちゃえばいいのに」
「むっ、無理無理無理っ! ダメだよそんなの恥ずかしいよっ!」
 ワタワタと慌てるエリス。そうかなぁ、とサキは首を傾げた。
「‥‥そうだよ。それに‥‥」
 エリスが何かを言いかけた時、ファンファーレが鳴り響いてイベント開始1時間前を告げた。同時に、イベントのレギュレーションが発表される。サキとエリスは、発表場所の広場へ向かった。

『イベント期間中、町の中でのPC間の戦闘を許可します』
 それが、レギュレーションの最初の一文だった。
「‥‥はい?」
 小首を傾げるサキ。バレンタインのイベントだよね? とエリスもうろたえる。
『町での戦闘でHPが0になったPCは、『死亡』せずに『気絶』します。ペナルティはありません』
『『気絶』したキャラクターに対し、以下のアイテムを『渡す』か『奪う』ことができます』

1:(キャラ名)本命チョコ
 このアイテムは一つだけしか装備できません。イベント終了時にこのアイテムを装備していたPCは、システム的に送り主と恋人に認定され、二人のステータスが上がります。通常のアイテム譲渡以外でこのアイテムの所有権が移動した場合、このアイテムは消滅します。

2:(キャラ名)義理チョコ
 このアイテムは捨てる事が出来ません。同じ(キャラ名)のアイテムは一つしか所持できません。イベント終了時、自分以外のPCが所持している数に応じて、送り主のステータスが上がります。ただし、配りきれなかった分は相殺されます。

『なお、イベント中は、『本命チョコ』『義理チョコ』の判別は出来なくなり、『未判別:ちょこ?』となります。アイテム数上限にご注意下さい』

 騒然とする広場。なんだこりゃ、とか、義理チョコ買いすぎた〜、などの悲鳴が錯綜する中、一際野太い男の声が響き渡った。
「バレンタイン狩りだ! 恋人持ちだけがいい目をみる‥‥そのようなこと、断じて認めぬ! 徹底的に邪魔してやる!」
 男の叫びに、一部で拍手と「同志っ!」などの賛同者が募る。一方、広場の外縁部は男の言葉に静まり返る。
 誰かがコマンドウィンドウを開いた。各種スキルを使用する時に出るものだが、そこには戦闘系スキルも含まれ、屋外ならばPCが戦闘態勢にある事を意味している。
 呼応するように、広場に一斉にコマンドウィンドウが花開く。奇妙な静寂。皆、無言でジリジリと立ち位置を変えていく。イベントの開始時間が近づいていた。
「美咲ちゃん‥‥」
「離れちゃだめよ。とにかくここから動きましょ」
 怯えるエリスを背に庇い、サキもコマンドウィンドウを開いた。

 後に、いろんな意味で『バレンタインの惨劇』と呼ばれるイベントはこうして始まった。
 ゾンビ映画よりもサバイバル、な過酷な状況を乗り越えて成立した数少ないカップルは、後の世まで伝説として語り継がれたという‥‥

●出演者およびスタッフ募集

 以上が、アニメ『AQOバレンタイン!』の冒頭部分になります。
 このアニメの制作に当たり、出演者とスタッフを募集します。
 PL(プレイヤー)のプレイングとそれに対する判定がアニメの脚本となり、
 出演者のPC(キャラクター)がそれを演じることになります。

 OPを元に、アニメの脚本を完成させてください。
 皆で協力して脚本を完成させる事が目的です。

 なお、リプレイは、劇中(放映されるアニメ本編)描写となります。

●AQO
 『AQOバレンタイン!』は、架空のオンラインRPG『アルティメットクエストオンライン』を題材にしたTVアニメです。
 アニメの登場人物は、『ファンタジー世界の登場人物』ではなく、『ファンタジーRPGのキャラクター(とプレイヤー)』となります。
 職業、スキル等、細かく設定はしていませんので、ファンタジーRPGなキャラクターならOKとします。

 剣士サキ(美咲)、シスターエリス(香奈)、騎士ユウキ(祐樹)の三役は必須です。
 この三人のお話を軸に、脚本を考え、登場人物を決定してください。

●今回の参加者

 fa0984 月岡優斗(12歳・♂・リス)
 fa1435 稲森・梢(30歳・♀・狐)
 fa2738 (23歳・♀・猫)
 fa4614 各務聖(15歳・♀・鷹)
 fa5394 高柳 徹平(20歳・♂・犬)
 fa5407 瑛樹(25歳・♂・豹)
 fa5412 姫川ミュウ(16歳・♀・猫)
 fa5471 加波保利美(21歳・♀・蝙蝠)

●リプレイ本文

「人目も気にせずいちゃつくような浮かれカップルは、残らず血祭りにして差し上げるわ。独り者の正義は我にあり! 今日は血のバレンタインよ!」
 広場の中央にある噴水の縁に立つ長身痩躯の魔女『KOZUE』(CV:稲森・梢(fa1435))。彼女が拳を突き上げる度、周囲に集まった猛者たちが一斉に雄叫びを上げる。
 イベントの開始まであと僅か。街は異様な雰囲気に包まれていた。
「美咲ちゃ〜ん‥‥なんかこれ、今までで一番怖いよぉ‥‥」
 これまでに無い空気を感じ、エリス(CV:加波保利美(fa5471))がサキ(CV:姫川ミュウ(fa5412))に身を寄せた。たしかに、とサキも引きつった笑みを浮かべる。ダンジョンでヒドラに囲まれた時でも、こんなに冷や汗は出なかったかもしれない。
「どうする? ログアウトする?」
 こんな血生臭いバレンタインイベントなら、参加しないというのも一つの選択肢だ。だが、エリスは首を横に振った。半泣きになりながらも、胸に抱き入れたチョコレートをギュッと握る。
「分かった。大丈夫、いつも通りでいいから。まずは装備とスキルの確認を」
 エリスが頷いてコマンドウィンドウを開く。それを見届け、サキは騎士ユウキ(CV:高柳 徹平(fa5394))に連絡を入れた。状況を考えると、一刻も早く合流したほうがいい。
 通話用のウィンドウに見慣れた重装騎士の姿が映し出された。
「あ、祐樹? 美咲だけど。あんた、こんな時に一体どこで何してんのよ?」
 祐樹の名を聞いたエリスがチラと見る。その視線を感じて、サキは少しつっけんどんにそう言った。
「何って‥‥約束の時間までまだあるから、即席パーティで遺跡へ狩りに‥‥」
 いきなりの問いかけにきょとんとするユウキ。その呑気な顔を見ているうちに、サキは段々と腹が立ってきた。
「あのね。こっちの状況分かっんの!?」
「分かるわけないだろ。何だよ急に!」
「いいからさっさとこっちに来なさい! あんたの為に頑張ろうって、香奈がどんだけ‥‥」
「わーっ! わーっ! 美咲ちゃん、何言っちゃってるのかなーっ!?」
 ブチ切れてウィンドウのユウキに掴みかかるサキ。そのまま勢いで全部ブチ撒けようとするのをエリスが必死に止める。
 システムアナウンス(CV:瑛樹(fa5407))がイベントの開始を告げたのは、その時だった。
「ただ今より、バレンタインイベントを開始します」
 瞬間、周囲のキャラクターが全て、ENEMY表示に切り替わった。
「‥‥! とにかく早く来て! アンタが来ないとヤバイんだから!」
 叫んで、振り払うように通信ウィンドウを消す。コマンドオン。戦闘態勢。右手が長刀を鞘走る。
「香奈、行くよ。ついて来て」
「うん!」
 ユウキとの合流地点を目指して街路を走るサキとエリス。立ち塞がろうとするキャラたちを、サキは一刀で斬り捨てた。
「香奈は私が護る。邪魔をするな!」

 道を急ぐ二人の前に、まだあどけなさを残した一人の少年が立ち塞がった。少年はラック(CV:月岡優斗(fa0984))と名乗り、にこやかに挨拶をする。サキは構わずに横を走り抜けようとした。
「って、口上の途中で逃げんなーっ! そんなに警戒しないでよ。本当なら不意打ちだってできたんだからさ」
 警戒したサキが足を止め、盗賊系が何の用だ、と尋ねる。ラックは照れたように頭を掻いた。
「正直、カップル撲滅なんて興味ないんだ。むしろ僕にチョコをくれ、って感じ? 今までまったく縁がなくてねー。どれくらい縁遠いかと言うと、今日が忌々しいバレンタインだってすっかり忘れる位。ははは、泣いてないぞ、こんちくしょう。というわけで、そっちの綺麗なお姉さん。ここで出会ったのも何かの縁。不幸に遭ったと思ってそのチョコを俺にくれよ」
 笑いながら物騒な事を口にするラック。話している間に、いつの間にか間合いが詰まっていた。
 気付いてサキが斬りかかる。水平斬りの一閃。その軌道の下をすり抜け、ラックがエリスの懐に潜り込む。『スティール(盗み)』。ラックの右手がエリスへ伸び、チョコが強制的にアイコン化される。エリスはそれをラックよりも早く胸に抱き込んだ。
「これはダメ──っ!」
 エリスの頭上に現れる『Resist』の文字。ラックは舌打ちすると、サキの連撃をかわして飛び退いた。サキも追撃せずにエリスを直掩する。いつの間にか、周囲にキャラが増えていて、じわじわと包囲の輪を縮めていた。
「美咲ちゃ〜ん‥‥」
 半泣きのエリス。勝てるか、とサキは自分に問いかけた。無理だ。数が多すぎる。これでは突破も難しい。
 諦めかけたその時。視界が一瞬、暗くなったかと思うと、天から無数の雷が降り注いだ。轟音。大地を嘗め尽くす雷の竜が、包囲網の半分を薙ぎ払っていた。
 高位雷系魔法の洗礼に男たちが戦慄する。帯電し、鳴動する大気。そこを一人の少女魔術師(CV:各務聖(fa4614))が、どこかのほほんとした調子で鼻歌を歌いながら歩いてくる。くるくるくるくる‥‥右手に持った杖がバトンのように軽快に回る。
 その杖がピタリと止まり、同時に呑気な鼻歌も止まる。鼻歌は、呪文の詠唱だった。
「皆様、落雷にご注意下さい♪」
 笑顔と共に振るわれる神の雷。それで残りの男たちも全て薙ぎ倒された。
「一掃♪」
 胸を張る少女。無関係の野次馬たちをも一掃していたが気にしない。
「リドルさぁ〜ん! ありがとうございます〜」
 泣きっぱなしのエリスが、リドルと呼ばれた少女を胸に抱く。
「また道に迷ってて遅れました(ぺこり)。で、なんかよく分からないけど、ピンチみたいだったから‥‥」
「助かった。詳しくは走りながら話すよ」
 三人の少女が走り去り、後には累々たる敗者の群れが残された。やがて、どこからともなく女性キャラが湧き出してくる。倒れ伏し、物言わぬ敗者たち‥‥彼女たちは、そこへ片っ端から義理チョコを押し付けていった‥‥

「おーほほほ♪ カップルは誰一人逃がさなくてよ。シューテ、分かっているでしょ‥‥って、シューテ!?」
 街から逃げ出そうとするカップルを待ち受けるべく、街外れの出入り口へとやって来た魔女KOZUE。相棒の女格闘家シューテ(CV:晨(fa2738))を振り返った彼女が見たものは、両の手いっぱいに義理チョコを抱えたシューテの姿だった。その内の一枚は、シューテの口に銜えられている。絶句するKOZUE。シューテは、んぐんぐと口を動かし、その一枚を呑み込んだ。
「シューテ‥‥」
「な、なによ。義理よ義理! 世の中、義理と人情よ!? 義理を欠かしたら、とかくこの世は住み辛いのよ!?」
「‥‥買いすぎたのね‥‥」
「‥‥‥‥(こくり)」
 しばしの沈黙。そこへ、運悪く、一組のカップルが通りかかった。
「やるわよ、シューテ! この悲しみを怒りに変えてー!」
 理不尽な八つ当たりに晒された不幸なカップルが、KOZUEの『パラライズ(麻痺)』で動きを封じられ、シューテに連続ビンタで止めを刺される。彼等の本命チョコは、奪い取ると光の粒になって消えていった。
「この調子でどんどんいくわよ!」
 高笑いを上げるKOZUE。シューテは、倒れた二人に義理チョコを押し付けると、少し幸せそうに微笑んだ。
 それを近くの民家の屋根から見下ろす人影があった。銀灰色の髪に紅の瞳の双剣士。飄々と遊び歩いては困った人を助けて回る、ご近所でも評判の遊び人、キバ(CV:瑛樹)だった。
「‥‥あーぁ、皆よく頑張ってるねぇ。こんなイベントよくやるよなー」
 どこか呆れたようにキバがつぶやく。大きな欠伸を一つ、目の端の涙を拭う。常春設定のこの街では、午後の日差しが心地よい。
 そのキバの目の端に、街の外から一騎の騎馬が駆けて来るのが見えた。
「おーおー、蜂の巣つついたこの街中に帰って来るとは、一体、どこの物好きだ?」
 半眼のままニヤリと笑い、キバが手をかざしてそちらを見やる。
 重装騎兵。それは、サキの呼び出しで駆けつけたユウキだった。

「いったい、何だっていうんだよ、美咲のヤツ‥‥って、なんだこりゃあ!?」
 馬を降り、街に入ったユウキがそこで見たものは、倒れ伏したカップルの群れだった。
「何、貴方? 独り者なら通ってもいいわよ?」
「‥‥てか、これは一体、何事ですか?」
 尋ねるユウキ。KOZUEからバレンタインイベントの詳細を聞き、ユウキはようやく合点がいった。
「そうか‥‥美咲のやつ、これを言っていたのか‥‥」
 ユウキが急いで街中へ向かおうとする。それをKOZUEが呼び止めた。
「待ちなさい。今、貴方からラブラブな波動を感じたわ‥‥」
 スッとシューテも立ち上がる。ユウキは無言で剣を引き抜いた。

 ユウキにKOZUEの『パラライズ』が飛ぶ。即座に表示される『Resist』の文字。シューテの素早い打撃も重装備の前に効果は薄い。
「流石に硬いわね。けど‥‥!」
 KOZUEが詠唱する呪文を変える。目に見えての効果はない。だが、二度、三度とかけていく内に、ユウキの行動速度が徐々に遅くなっていった。
「これは‥‥!?」
「フフフ‥‥『ギアス(強制)』の呪いよ。こんな使い方、効率は良くないけど、抵抗はできないでしょう?」
「くっ‥‥!?」
 さらに動きの遅くなるユウキ。懐に飛び込んだシューテが『防御半減』の一撃を繰り出した。派手に吹き飛ばされたユウキが石の壁に激突する。それでもフラフラと立ち上がり、回復アイテムで命を繋ぎとめる。
「‥‥粘るわね。でも、このままじゃジリ貧よ? 何か当てでも‥‥っ!」
 KOZUEが気づいた時、戦場を一陣の風が通り過ぎた。
「シッ──!」
 サキの一撃がシューテを吹き飛ばし、エリスがユウキにかけられた呪いをディスペル(解除)する。だが、状況は一気にサキたち有利とはいかなかった。バレンタイン狩りの連中をも引き連れる形になったからだ。
「再び不幸を届けに来ましたよー! 嫉妬は不滅! かつ不死身! っていうか、チョコをよーこせー」
 そこには復活したラックも交じっていた。押し付けられた大量の義理チョコが物悲しい。
「仕方ない。何ならそっちの男勝りの方のチョコでもいいぞ! 妥協で!」
 その言葉を吐いたラックのHPが0になる。後ろに、妙な迫力を湛えたユウキが立っていた。
「騎士が、後ろから‥‥!」
 それだけを言ってラックが倒れる。フン──と息を吐くユウキ。頭上に『Penalty』の文字が光っていた。
「あいつら面白いな。ホントならイベント中に俺が手助けするのはご法度なんだが‥‥」
 屋根の上から乱戦を見ていたキバが笑う。と、エリスのアイテム一覧の一箇所が静かに光った。
「あ──『テレポート』のスクロール‥‥慌ててて持ってるの忘れてたぁ!」
 即座にエリスがそれを使うと、サキ、エリス、ユウキの三人は、すぐに他の場所へと転送された。まんまと逃げられたKOZUEが「覚えてなさい!」と悔しがる。
「本来、戦闘中のテレポートは移動先が選べないんだが‥‥ま、サービスにしておくさ」
「はぁ、そうですかぁ」
 急に隣りで声がして、キバは驚いて振り返った。いつの間にか、そこに電撃娘リドルがいた。
「なんでここにっ!? どうやって!?」
「また道に迷っちゃって」
 そんな馬鹿な──いや、それよりもさっきの台詞を聞かれたのが問題で──慌てるキバを余所に、リドルはチョコを取り出した。
「はい♪」
「え、俺に? いや、俺は受け取れないというか、受け取ってはいけないというか」
 リドルがまっすぐ見つめてくる。キバは溜め息を吐くと自分のアイテム欄にチョコを作り出した。
「ありがとう‥‥じゃあ、俺もこれを‥‥」
「くれるの? ありがとう♪」
 は、は、は、とキバが力なく笑う。リドルがにっこりと微笑んでいた。

 サキ、エリス、ユウキ──三人が飛ばされたのは、街の外れにある一本の木の生えた小高い丘だった。新規キャラが必ず受ける街中イベントのゴールで、三人にとっても懐かしい場所だった。
 遠くから、イベント終了5分前を告げるアナウンスが聞こえてきた。
「あのっ! ユウキ君、こっ、これ‥‥!」
 意を決したエリスが、両手でチョコを差し出した。
 ユウキがチラとサキを見る。その視線を受けてサキの鼓動が揺れる。アイテム欄の奥底には渡せるはずもない本命チョコが眠っている。そもそも、ログインに遅れたのもリアルでチョコを買っていたからで──そんな思いを、サキは一人で呑み込んだ。
「ちょっと、祐樹。香奈が一体どんな思いで今日一日、このチョコを守ったと‥‥」
「あはは、やだなぁ、美咲ちゃん。こ、これは、その、ゲームだから、その‥‥」
 そう言いながらも泣きそうなエリス。ユウキは、視線をサキから引き剥がした。
「──そう‥‥ありがたく頂くよ」
 チョコがエリスの手からユウキに渡る。分かってはいるけど‥‥それでも香奈は嬉しかった。
「これでイベントクリアね。実は私からも二人に義理チョコがあるのよ」
「そうか。実は俺も冗談半分で買ったんだ。男でも買えるのな」
 それぞれチョコを交換する。やがて、イベント終了の時がやって来た。
「ただ今を持ちまして、バレンタインイベントを終了させて頂きます。引き続き、『AQO』をお楽しみ下さい」
 時報がなり、ターゲットが通常に戻る。同時に、イベント成功の証だろう、ハートマークが浮かび上がってきた。
 三つも。
 サキとユウキ、ユウキとエリス、エリスとサキ、それぞれの間に一つずつ。
「「「えぇぇ〜!?」」」
 エリスがユウキに上げたのが本命チョコで‥‥ということは私が持っているのがユウキの本命チョコ‥‥てか、なんでエリスが私の本命チョコを持っている──!?
「‥‥あ、バグった」
 屋根の上で、キバがそんな事を呟いていた。