芸能人探検隊(撮影版)アジア・オセアニア

種類 ショート
担当 柏木雄馬
芸能 3Lv以上
獣人 3Lv以上
難度 難しい
報酬 8.6万円
参加人数 8人
サポート 0人
期間 02/26〜03/02

●本文

 ドキュメンタリー風ドラマ『芸能人探検隊 鍾乳洞探検編』。
 そのスタッフと出演者が泊まる宿舎の一室で、深夜、三人の男がモニター画面に見入っていた。
 画面には、照明を浴びながら狭い鍾乳洞を進む探検隊の姿。音声は未編集で、探検隊とスタッフの足音と荒い吐息、機材のぶつかり合う硬い音がそのまま入っている。
 突然、短くも鋭い叫び声が上がり、照明とカメラが素早く右へとパンする。揺れる画面。暗黒を背景に、照明に照らされた『何か』がフレームインする。センターズーム。ピント修正。画面に鎌首をもたげた大蛇が大写しになり‥‥

「いいじゃないか。迫力もあるし、臨場感もある。こちらの用意した『大蛇』じゃ、とてもこんな絵は撮れん」
 プレビューチェックの映像を見たプロデューサーが、半ばヤケになってそう言った。乾いた笑い声。言葉とは裏腹に、その表情は渋かった。
 その横で、ディレクターの深山が溜め息をつく。プロデューサーの言葉は、例え冗談でも笑えなかった。
「やめてくださいよ。『こいつ』のせいで、今日の撮影は中止になったんですから」
 モニターには、慌てて逃げていく探検隊とスタッフの姿。プロデューサーの言い草を借りれば『迫力と臨場感のある』逃げっぷり‥‥当然だ。彼等は演技ではなく、本気で逃げているのだから。
 その映像を、モニター正面に座る壮年の男が食い入るように見つめていた。プロデューサーとディレクターの軽口も耳に入っていない様子で、身じろぎもしない。
 ──鎌首をもたげる大蛇。その『腹』の下。照明を浴びてキラリと光る何か‥‥
「‥‥コアだな。画面では分かりにくいが、身体部分の膨張も始まっている。間違いなくNWだ」
 大して面白くも無さそうに、淡々と事実を告げる壮年の男。プロデューサーと深山は天を仰ぎ、自分たちの運の悪さに悪態をついた。
 モニターの映像が暗転する。逃げるので手一杯になり、撮影が続けられなかったのだろう。
「情報が少ないから断定は出来んが、大型化するタイプのNWだろう。俺の経験では、このテのタイプには動きの鈍い馬鹿力が多かった。ロクな装備も無しに近づけば、一撃で重傷を負いかねない。洞窟内じゃ銃器も使えたもんじゃなし‥‥ま、相手にしないのが一番だ。討伐以来は、俺からWEAに出しておく」
 そう言うと、『番組アドバイザー』の肩書きを持つ壮年の男は立ち上がり、鷹の翼を広げて窓から闇夜へ飛び立っていった。
 開けっ放しの窓から冷気が流れ込む。深山はブルッと身体を震わせると、立ち上がって窓を閉めた。冬の夜、山林は静寂に包まれていた。
「‥‥洞窟に入れないとなるとお手上げですね。残念ですが、明日の撮影は中止ですか‥‥」
 気落ちした深山が振り返る。プロデューサーは、何を言っているんだ、というような顔で深山を見ていた。
「明日の撮影は予定通り行うぞ。中止? 番組に穴を開ける気か? それとも今から別の撮影場所を探すのか? 予算はどうする? スケジュールは?」
「‥‥怪我人が出たらどうするんですか」
 死者が、という言葉を深山は飲み込んだ。
「安全が第一。それは大前提だ。NWの相手をする必要は無い。とにかく、予備日はもう無いんだ。時間が無い。明日中に残ったシーンを撮らなきゃならん」

●PL情報
 PCは、ドキュメンタリー風ドラマ『芸能人探検隊(鍾乳洞探検編)』の出演者、もしくはスタッフとなります。
 NWのうろつく危険な鍾乳洞で、番組に必要なシーンの撮影を行わなければなりません。
 目的はあくまで番組の撮影です。たとえNWを倒しても、撮影の続行が不可能ならば依頼は失敗となります。
 撮影は、ディレクターの深山が危険だと判断した時点で中止になります。重傷者が出たら問答無用で終了です。

1.ドキュメンタリー風ドラマ『芸能人探検隊』
 芸能人で編成された探検隊が、幻の生物・民族・秘宝・秘境などを求めて世界中を探検する番組です。演出も構成もドキュメンタリー風ですが、実際にはしっかりと脚本が存在する『ドラマ』です。(もっとも、脚本は現場の空気などで変更される事が多々ありますが)
 いわゆる『カメラと照明の後に洞窟に入る探検隊』で、制作側も視聴者側もフィクションと承知しています。『子供だまし』な内容を『大真面目』に語るところは、某スポーツ紙の三面記事と感覚が近いかもしれません。

2.撮影場所
 国内の鍾乳洞で撮影が行われています。『富士の裾野の大洞窟』という設定です。
 内部は広く、人の都合などお構い無しに複雑に分岐しています。人の通れない狭い穴や、行く手を阻む地底湖や崖、高い位置にある通路(挙句に行き止まり)等です。一方、石筍や石柱の連なる大空洞や、棚田状に水の溜まったリムストーンプール、天井部が崩落して光が差し込む空間など、荘厳で美しい場所も多くあります。

3.残りの撮影シーン
 撮影しなければならないシーンは、以下の3つです。

a.石筍の連なる美しい空間で休憩する探検隊
b.地底泉の向こう側の通路が探索可能か、渡って調べに行く隊員(ウェットスーツ着用)
c.『苦労して、進んだ挙句に、行き止まり』 落胆する隊員を励ます隊長

4.探検隊の衣装
 『ヘッドランプ』付きの『ヘルメット』‥‥探検隊のロゴマーク入り。隊長のそれは黄金に輝いている。
 『ツナギ』‥‥極彩蛍光色(ピンクと黄色)の迷彩柄(タイガーストライプ)の探検服。

5.深山D(ディレクター)
 撮影現場の責任者です。
 普段は飄々としていますが、さすがに今回の現場では慎重になっています。
 度胸も思い切りも良いですが、特に戦闘系というわけではありません。これはNPCスタッフも同様です。

6.NW
 既に実体化していると思われますが、現時点ではその詳細は不明です。

●今回の参加者

 fa0791 美角やよい(20歳・♀・牛)
 fa1242 小野田有馬(37歳・♂・猫)
 fa2021 巻 長治(30歳・♂・トカゲ)
 fa3622 DarkUnicorn(16歳・♀・一角獣)
 fa4044 犬神 一子(39歳・♂・犬)
 fa4361 百鬼 レイ(16歳・♂・蛇)
 fa5003 角倉・雪恋(22歳・♀・豹)
 fa5271 磐津 秋流(40歳・♂・鷹)

●リプレイ本文

 撮影の準備は、まだ夜の明けきらぬ早朝から行われた。
 まだ日も上がらぬ暁の、薄ら暗い空の下。朝靄に煙るだだっ広い駐車場、そこにポツリと停まったワゴン車の荷台から、二人の大男が黙々と撮影機材を降ろしていく。厳つい顔にも関わらず朗らかな性格で『わんこさん』と慕われるセントバーナードの獣人・犬神 一子(fa4044)と、AD一筋ウン十年、無言で淡々と作業を続ける鷹獣人・磐津 秋流(fa5271)の二人だった。
 その二人の側で、ディレクターの深山と脚本家の蛇獣人・巻 長治(fa2021)が撮影の最終確認をしていた。普段はスーツ姿の巻だったが、この日は極彩色のツナギに身を包んでいた。
「番組に穴を開けるわけにはいかない、ですか。全くもって同感です。スポンサーの皆様に実情をバカ正直に説明するわけにもいきませんしね」
 巻が眼鏡の奥に毒を光らせる。横で深山が苦笑した。
「言うねぇ、マキさん。それで苦労するのは俺たち現場だってのにさ」
 この日、洞窟内で行われる撮影は、大きいものだけで3シーン。予備日はもう無く、何としても今日中に撮り終えなければならない。しかも、洞窟内にはNWがいる。
「撮影優先でいく事は、皆で話し合いがついています。何とかするしかないでしょう。
 あ、裏方の犬神さんと磐津さん、それとカメラの私、完全獣化で撮影に臨みますので」
 深山は巻を見返した。ドキュメンタリー風の演出がなされる『芸能人探検隊』では、スタッフが画面に映りこむ事もままある。獣化しての撮影が行われている番組も多々あるが、この番組ではそのスタンスはとっていない。
「多少ならば、後で編集でどうにかなります。というか、どうにかします」
 深山は難色を示したが、結局、巻の提案を受け入れた。NWの事を考えると、確かに完全獣化した者がいた方がいい。番組中、致命的な場面で獣人がカメラのフレームに入り込むかどうか、後は巻の腕次第だ。
 ロケバスの中から、着替えを終えた出演者たちが降りて来る。深山は、犬神と磐津の二人に機材の移動をしておくように指示を出した。
「OK、了解した。任せろ」
「仕事か‥‥」
 滑らかな低音ボイスでにこやかに請け負う犬神。
 磐津は一言呟くと、黙々と機材を背負って歩き出した。

●鍾乳洞進入 石筍の連なる空間で〜
 鍾乳洞への進入前。撮影班の皆を前にして、隊長役の豹獣人・角倉・雪恋(fa5003)は気炎を上げた。
「思いがけずNWがらみの撮影となっちゃったけど、番組自体は楽しくしなくちゃね! それじゃあ、みんな、怪我しないように頑張りましょー!」
 拳を突き上げる角倉。隊長の証、黄金色のヘルメットの中には、金色の髪と共に豹の耳も収まっている。撮影は、耳と尻尾を衣装に隠した半獣化状態で行われることになっていた。
 おー、と、ノリの良い隊員たちがそれに応える。
「角を隠しながらの撮影は無理そうだけど、半獣化は一瞬だし、まあ、何とかなるかな」
「いやー、こういう冒険系のロケって、自分、初めてなんですよー」
 『荷物持ちの新人隊員役』の牛獣人・美角やよい(fa0791)が、化粧っ気の無い顔に気合いを入れる。同じ新人隊員役の百鬼 レイ(fa4361)も興奮が隠せない様子だった。
「若い人たちは元気ねぇ‥‥でも、怖〜いNWが潜んでいるのを忘れてはダメよ。NWの所在が分かるまで単独行動は厳禁。いい?」
 隊員役の一人、猫獣人の小野田有馬(fa1242)が釘を刺した。お姐言葉ではあるが、彫りの深い顔立ちに憂いを込めてそう諭す。
「そうよ。小野田隊員の言う通り。身の軽いあたしが先頭に立ってNWを警戒するから、みんな、ちゃんと隊長に付いて来るのよ?」
 そう言って、元気良く洞窟内へと足を踏み入れる角倉。ホントに分かっているのかしら、と、小野田はしなやかに首を傾げて苦笑した。

「撮影場所が限定されそうな所から済ませていくか?」
「そうですね。行き止まりの撮影は他でも何とかなりそうですし」
 犬神の言葉に巻が頷き、最初に撮影する場面は『石筍の連なる美しい空間で休憩する探検隊』になった。
 照明の明かりだけを頼りに、探検隊は濡れた岩肌を踏みしめて前へと進む。観光用の通路も無く、NWを警戒しながらの移動は時間と体力を消耗した。
 手にした仕込み傘を杖代わりに、DarkUnicorn(fa3622)(愛称ヒノト)が岩場を越える。小柄な割りに体力はある方だが、流石に少し息が切れてきた。
「こうして洞窟を歩いていると最初にN‥‥おほん、洞窟に入った時の事を思い出すのッ」
 NWと言いかけて、ヒノトは慌てて言い直した。極彩色の探検服と相まって、よりけばけばしくカラフルに完全獣化した巻がカメラを向けている。人手を遊ばせておく余裕は無く、ヒノトも出演者として探検服姿で撮影に参加していた。
 ようやく目的地に到着したのは、洞窟に入ってから一時間も過ぎた頃だった。
 照明がその空間を照らし出す。
 天井までそびえ立つ石柱。天と地と、無数に連なり幾重にも重なる石筍。溶けた様に滑らかな岩肌が襞状になって陰影を浮かび上がらせる。それはまるで石塔の並び立つ寺院のようであり、ゴシック建築の聖堂のようであり‥‥荘厳さと細緻さとでもって見る者を圧倒する。
 長い年月をかけて自然が作り出した美がそこにあった。
「‥‥‥‥」
 百鬼は、惚けたように動きを止めた。普段は細い目を見開いて、この空間自体が織り成す芸術に見入っている。カメラに手を伸ばそうとして、止めた。たとえ写真に撮ったとしても、この感動を写し取る事は出来ないだろう。
「まさに、自然の芸術ね‥‥」
 小野田もうっとりと感嘆の吐息を漏らす。人の手の届かぬ鍾乳洞の奥深く、人類を拒むかのように闇の底で咲く美しき園。それを今、我々は目の当たりにしていた、と、台本に書かれたナレーションを呟いてみる。
 深山は、そんな隊員たちの様子に安心した。NWを警戒するあまり、緊張感の漂う休憩シーンになってしまうのではないかと懸念していたのだ。巻がカメラを回しているのを確認すると、深山は犬神に視線を向けた。犬神は小さく頷いた。『鋭敏聴覚』。近くで自分たち以外に音を立てるものはない。深山は撮影の続行を決断した。
「『丁度いい。角倉隊長、ここで休憩にしましょう』」
 深山が台本通りの台詞をかける。それに気付いた角倉も台本通りに休憩を宣言した。
 角倉は腰を下ろすと、ダウジングをしながら駄菓子を取り出して食べ始めた。うう、やっぱり30円分じゃ足りないわ、などと呟いているのはアドリブか。
「ふー、助かった。この荷物、重いの何のって‥‥」
 荷物係の美角は、大きな背嚢ごとその場にへたり込んで見せた。そのままその荷物に寄り掛かる様に足を投げ出し、舌を出す。
 ‥‥やがて聞こえてくる小さな寝息。無理も無い。朝も早くから獣化もせずに大荷物を背負って鍾乳洞を進んできたのだ。巻は、寝入った美角の寝顔を撮り終えると、そのまま起こさずに休憩シーンの撮影を続けた。

●地底泉探索
 休憩シーンの撮影を終えた探検隊は、そのまま地底泉へと移動した。
 これまでNWの気配は無く、撮影は順調と言えた。
「これ、水、冷たくないスか? ‥‥なんか、凄〜く冷たそうな気がするスけど‥‥」
「水に濡れた後、着膨れてモコモコになるのがパターンだって角倉さんが言ってたよ。さあ、諦めて覚悟を決めようね」
 暗く、冷たく、ただ静かに。無機質な美しさを湛えて、地底泉はそこにあった。その突き放すような冷たさに渋る百鬼に、美角がにこやかにウェットスーツを手渡した。さらに笑顔でワイヤーロープの束を取り出して渡す。腰まで浸かる地底泉を歩いて渡り、このワイヤーを向こう岸へ張り渡すのが百鬼の役目だった。
「頑張れ、突撃隊員・百鬼クン! クッ‥‥私に出来るのは励ますことくらい‥‥ダメな隊長を許してね」
 カメラが回り、角倉が百鬼の肩を叩く。その後ろでは、美角が心配そうな顔をして百鬼を見つめていた。先ほどの笑顔が嘘のようだ。
 心中で苦笑いを浮かべながら、百鬼はワイヤーを肩にかけつつ『影査結界』に集中した。影に染み入るように感覚が拡散していく。遠くに行く程感覚は薄れていき‥‥ああ、纏わり付く水が邪魔だった‥‥
 百鬼は水際まで歩を進め‥‥水に触れた所で足を止めた。何だか嫌な予感がした。
「いやっ! 今、そこを何かが‥‥って、ちょっと待って。ホントに水中に何かがいるわ!」
 台本通りに芝居をしていた小野田が素に戻って地底泉を指差す。『鋭敏視覚』を用いた小野田の目は、墨を流したように暗い水の底に流れる影を捉えていた。水面が揺れ、小さな波が百鬼の足を濡らした。
「撤収! 全員速やかにこの場を離れろ!」
 奥歯を噛み締め、深山が叫ぶ。水面が盛り上がり、彼等の脅威が初めて姿を現した。

「現れおったか、NWめ! ようやくわしの出番じゃな!」
 磐津が預かっていた日本刀をヒノトに投げる。それを受け取り、鞘走りながらヒノトがそう叫んだ。
 現れたNWは、『頭部がムカデのような形状をした蛇』といった外観をしていた。全長は5m以上。胴回りは人の頭ほどの太さがある。『尾』の部分が二股に分かれていて、鱗状の甲殻がチャリチャリと音を立てていた。
「巻さん、テープを!」
 小野田がカメラに走り寄る。巻は撮影済みのテープが入ったバッグを放り投げるように渡し、カメラに入ったテープも抜き出した。NWに感染されでもしたら、せっかく撮影した映像が無駄になる。
「小野田さん、頼みます」
「任されたわ。みんなも気をつけて!」
 そう答えるなり、小野田の姿が巻の前から消え失せた。『瞬足縮地』を使っての移動だ。これでNWは追いつけないだろう。
「さあ、磐津さん、私たちも退きましょう」
 巻の言葉に磐津は無言で頷いた。懸念していたテープの安全は確保された。後は、自分の預かる撮影機材を安全な場所まで運ばなければならない。戦闘に巻き込まれて壊れるような事になれば撮影は中止になってしまう。
「ここは隊長のあたしが時間を稼ぐわ! みんなは逃げて逃げて!」
 『上陸』してきた『百足蛇』を前に、角倉が皆に叫んだ。
 戦う必要は無い。攻撃が当たるか当たらないかの距離を見極めて回避に専念すればいい‥‥!
「無理をするな。せめて完全獣化をしてこい。殿は俺が務めよう」
 完全獣化済みの犬神が、髑髏の石仮面を引き下ろしながら前に出る。無造作に進んできた犬神に、NWは鎌首をもたげて鞭の様にしなった一撃を繰り出す。激しい金属音。戦鬼の鎧には、傷一つ付いていなかった。胴当てに彫られた鬼の面がNWを睨み据える。
「その程度か? NW!」
 犬神が踏み込んでブラストナックルの一撃を見舞った。『百足蛇』の甲殻上で火花が散る‥‥が、大して効いたようには見えなかった。
 そのまま二度三度と応酬が続く。優勢なのはNW。だが、互いにダメージは与えられない。
 NWの五度目の攻撃。その大顎の間で放電が飛ぶ。電撃は、犬神の分厚い装甲を僅かに貫いた。
 衝撃が犬神の身体を駆け抜ける。何とか意識は保ったものの、四肢が痺れて動きが鈍る。NWは追い打ちをかけようと振り被り‥‥そこへ、完全獣化を終えた美角が横合いから突っ込んだ。
「お待たせ、犬神さん!」
 速度の乗った牛角による一撃が僅かにNWの甲殻を貫く。そのまま両手で組み付いて角を叩きつけようとするのを、NWが馬鹿力で振り払った。
 美角が弾き飛ばされ、『凍霧氷牙』で噛み付こうとしていた百鬼がたたらを踏む。そこへ振るわれた一撃は、電撃抜きで百鬼を中傷まで持っていった。
 さらに、百鬼を回復しようと近づいたヒノトをもNWは吹き飛ばす。用意していた血糊が破れ、ヒノトの探検服が真っ赤に染まった。
「イタタ‥‥何ですか、この強烈なの」
「一撃で重傷、ではないが‥‥コイツは効くのぉ‥‥」
 ゆっくりと息を吐きながらヒノトが天を仰ぐ。痛みの所為で、どうにも『神光霊癒』に集中できない。まずは『治癒命光』で応急処置か‥‥だが、その間は戦力外というのは‥‥
「スタッフたちは皆離脱した。早く下がれ!」
 深山Dが叫ぶ。
 退く獣人たち。追撃を考え、犬神が10秒ほど時間を稼ぎ、それから『俊敏脚足』で一気に離脱する。
 NWが姿を現してから、およそ二分が過ぎていた。

●深山の決断
「やはり危険すぎる。撮影は中止しよう」
 洞窟の外に出た深山がそう言った。
「水場でNWに襲われ、水中に引き込まれでもしたらどうする? 助からんぞ?
 行き止まりの撮影もそうだ。NWは強敵。対する俺たちは、撮影の為に完全獣化が出来ず、ロクな装備も持ち込めない。逃げ場の無い袋小路に追い込まれたら、全滅しかねない」
 それに対応出来ない以上、撮影は認められない。深山はそれを譲らなかった。
「例えフル装備でNWを倒したとしても、もう撮影の時間はないな‥‥まあ、気にするな。元々無茶な状況だったんだ」
 怪我人の治療が終わったら撤収する。深山がそう宣言し、撮影は終わった。

●後日譚
「行き止まり‥‥こんな馬鹿な事があっていいの!? 何もかも無駄だったの!?」
「決して無駄ではないわ! ここまで進んできた過程で、私たちは困難を乗り越える友情と団結という素晴らしい発見をしたのよ!」
 ‥‥後日、NWの脅威が去った後、再び予算とスケジュールが組まれて撮影は再開された。
 出演者・スタッフたちは再び顔を会わせる事になったが、そこに深山Dとプロデューサーの姿はなかった。