武装救急隊 遠すぎた橋アジア・オセアニア

種類 ショート
担当 柏木雄馬
芸能 3Lv以上
獣人 1Lv以上
難度 普通
報酬 7.9万円
参加人数 8人
サポート 0人
期間 03/06〜03/10

●本文

「こちらAMB11、コマザワ公園キャンプに向け旧ジユウ通りを北上中も負傷者多数。後退の許可を請う」
「本部よりAMB11。後退を許可する。救急班は手配済みだ。もう少し頑張ってくれ。
 バックアップ、東進中のAMB14。クリーチャー共を突破して目標まで辿り着けそうか?」
「こちらAMB14! 車体はまだ持つが弾薬が足りない。畜生、旧246は化物だらけだ!」

 無線機の向こうに、戦場があった。
 機関員の荒い息。ルートを指示する救急隊員の悲鳴にも似たがなり声。荒れた路面に車体は絶えず揺さぶられ、ハンドルを切る度にタイヤが軋んで悲鳴をあげる。途切れることなく続く銃声と、クリーチャーの獣じみた断末魔。時々、車体に何かがぶつかる音がする。ワイパーは窓の血糊を拭い続けて休まる暇も無いだろう‥‥
「‥‥西の方は凄いことになってますね‥‥」
 定時の巡回を終え、ウエノ公園キャンプの待機所で遅い昼飯を食べていた『救急隊員』は、無線機が伝える『戦況』に顔をしかめた。このトウキョウで装甲救急車を駆る者として、彼等の苦境は他人事ではない。
 そうだな、と『機関員』は頷いた。結構な数のクリーチャーがセタガヤ方面に集まっているようだった。西の連中はお気の毒だ。他人事ではないが、正直、自分たちの管轄でない事にホッとする。
 が‥‥

「本部よりAMB14。後退の判断は一任する。なるべく引っ掻き回してくれ。
 北西支部所属のAMB3。この間に、旧環七を南下してコマザワ公園キャンプへ向けて進行せよ。
 ウエノ公園キャンプ、待機中のAMB6。予備車両に指定する。直ちに発進準備せよ」

 マジかよ、と『救急隊員』が天を仰いだ。『機関員』は箸を置くと、無線機に歩み寄ってマイクを掴み上げた。なんてこった。他人事ではない、どころか当事者になってしまった。
「‥‥AMB6、了解」
 短くそれだけを答え、無線機を戻す。小さく溜め息を一つ。それで気持ちを切り替える。
 『機関員』は、廊下に顔を出すと、物資輸送を担当する古株の隊員を捉まえて事情を説明し、出来うる限りの補給を頼み込んだ。
「護衛の傭兵たちに再招集を。併せて彼等のAPCに武器弾薬の補充も頼みます。出来うる限り詰め込んで下さい。救急車は整備は要りませんから、燃料の補給だけお願いします」
 『機関員』が話し終えた時、スピーカーが正式に出動準備を発令する。待機所は騒然とした空気に包まれた。
「コマザワ公園キャンプですか‥‥ここからだと遠いですね‥‥」
 パイプ椅子の一つにどっかと腰を下ろし、『救急隊員』が赤ペン片手にルートマップと睨み合う。
 遠すぎる。まさにそれが問題で、走る距離が長ければ、それだけ遭遇するクリーチャーの数は多くなる。しかも、その数が数だった。現有の戦力と弾薬数で、連中を突破して無事にコマザワまで辿り着けるかどうか‥‥
「‥‥! 機関員、この『空中回廊』を使いましょう!」
 聞きなれない単語に『機関員』が顔をしかめる。差し出されたルートマップには、ある道路に沿って赤線が引かれていた。
「旧首都高か‥‥」
 得心した『機関員』が唸る。確かに、クリーチャーだらけの地上を行くよりも、危険度も時間的ロスも少ないだろう。だが、戒厳令以来、保守点検もされていないはずだった。果たして今も使えるだろうか。いや、そもそも、今もちゃんと『通じている』のだろうか?
 メリットとリスクを秤に掛けて悩む『機関員』。
 無線機が、遠く西方の状況を伝えてきた。

「本部よりAMB6。AMB3の連絡が途絶えた。準備完了次第、直ちにコマザワ公園キャンプへ向かい、患者を救急病院陣地へ搬送せよ」

 『機関員』が溜め息を吐く。自分の与り知らぬ所で状況が決まるというのは、あまり気分のいいものではなかった。
「‥‥是非も無いな。そのルートで行こう。バックアップルートの選択は任せる。最速で突っ走るぞ」
  
●出演者募集
 以上がドラマ『武装救急隊 遠すぎた橋』の冒頭部分になります。
 このドラマの制作に当たり、出演者を募集します。
 PL(プレイヤー)のプレイングとそれに対する判定がドラマの脚本となり、
 PC(キャラクター)がそれを演じることになります。

 オープニングと設定を使って、ドラマを完成させてください。
 皆で協力して、ドラマを作り上げる事が目的です。

●設定
1.武装救急隊
 隔離された旧トウキョウ地区に取り残された人々を救済する為に結成されたNGO。
 その医療・救急部門が『武装救急隊』です。
 危険地帯を突破して現場に到着する為に『装甲救急車』を複数台保持しています。

2.装甲救急車
 非武装の救急車。装甲されており、小銃弾程度の攻撃には耐えられます。
 足回りが強化されており、不整地踏破能力もあります。
 ある程度の医療機器を載せ、簡単な医療行為が車内で可能です。
 乗員は、機関員(運転士)、救急隊員(兼サブ運転士)、医師(兼救急隊長)、看護師の4名です。

3.護衛
 武装救急隊に装甲救急車の護衛として雇われた傭兵たち。
 APC(装甲兵員輸送車)に乗り込み、装甲救急車の脅威を排除する歩兵戦闘のプロたちです。

4.キャンプ
 新型爆弾の影響を受け、隔離された人々が集まる場。
 しっかりとした自治組織が存在し、政府と民間団体の援助を受けて生活しています。
 比較的平穏ですが、常に『発病』の恐怖が人々に付き纏っています。
 キャンプの人々は、半獣化状態で表現されます。

5.救急病院
 隔離地域内にある救急病院。患者を乗せた装甲救急車の目的地です。
 新型爆弾の影響を調査・研究する機関でもあります。

6.新型爆弾
 現実にはありえない不思議爆弾。
 劇中でこの新型爆弾について語られる事はありません。
 この新型爆弾の影響で、トウキョウは『クリーチャー』の跋扈する隔離地域になりました。

7.クリーチャー
 新型爆弾の影響で発生した生物兵器的モンスター。
 既存の生物を戦闘に特化した存在です。
 当然、人間も例外ではなく、『発病』するとクリーチャーになります。
 人間型クリーチャーは、完全獣化状態で表現されます。

8.武装勢力『ウォールブレイカー』
 外界への解放を求め、トウキョウ地区を完全隔離する壁『長城』の破壊を目指すグループ。
 テロリストであると同時に、山賊化した武装勢力を討伐する『自警組織』でもあります。

9.天空回廊
 旧首都高。トウキョウ封鎖以降は放置された存在で、まともに通れるかも分かりません。
 基本は、片側二車線の高架道路で、この上にはクリーチャーが殆ど居ません。
 ただ、旧首都高には地下部分も存在し、この部分にはクリーチャーが入り込んでいます。

●今回の参加者

 fa0126 かいる(31歳・♂・虎)
 fa1431 大曽根カノン(22歳・♀・一角獣)
 fa1435 稲森・梢(30歳・♀・狐)
 fa1522 ゼクスト・リヴァン(17歳・♂・狼)
 fa3662 白狐・レオナ(25歳・♀・狐)
 fa3831 水沢 鷹弘(35歳・♂・獅子)
 fa3853 響 愛華(19歳・♀・犬)
 fa5003 角倉・雪恋(22歳・♀・豹)

●リプレイ本文

「休めるかと思ったらまた出発かよ‥‥ったく、相変わらずついてないぜ」
 緊急出動の準備で殺気立つウエノ公園キャンプの駐車場を、機関員・水上隆彦(役:水沢 鷹弘(fa3831))はレーションを頬張りながら早足で通り抜けた。
 食べ終わった外包みをポケットにねじ込み、救急車の扉を開けて運転席に飛び込む。既に救急隊員のソル(役:ゼクスト・リヴァン(fa1522))は、ロードマップを手に乗り込んでいた。
「西の方はヤバいみたいですけど‥‥先輩、オレ、先輩の運転に命預けますから」
「何言ってやがる。お前のルート選択に俺たち全員の命を預けるんだ。気合い入れろよ」
 各種機器や計器類、シートベルトを確かめながらそんな軽口を交わす。
 後部荷室から医師の弧木玲於奈(役:白狐・レオナ(fa3662))の怒声が響いてきた。
「ちょっと、甲斐君はまだなの!?」
 後部扉から身を乗り出すようにして弧木が叫ぶ。イライラと見渡す弧木の目と、資料を抱えて歩く大曽根カノン(役:大曽根カノン(fa1431))の目が合った。
 助かった、とばかりに、着古してよれよれの白衣を着た弧木が、真新しい白衣をぱりっと着こなした眼鏡の大曽根に突進する。
「丁度いい所に! 看護師が来なくて困ってたのよー」
「はい? え? え?」
 訳も分からぬまま、救急車へと引っ張られていく大曽根。荷室に乗せられ、そのまま扉が閉められる。
 フロントガラスの向こうで準備完了の合図を出す古株の輸送隊員。それに応え、水上はアクセルを踏み込んだ。
「またですか!? 論文の提出が近いですのに〜!」
 大曽根の叫び声を引きずりながら、ゲートを飛び出していく救急車。そこへ遅刻した甲斐(役:かいる(fa0126))が慌てて駆け込んで来る。余程慌てていたのか、手に食べかけのどんぶりと箸を持ったままだった。
「ちょっ、また俺、忘れられた!? そこのAPC、待った! 俺も乗せてくれ!」
 出発しかけていた護衛のAPCを、甲斐は両手を上げて押し留めた。顔馴染みの傭兵が扉を開ける。中は弾薬箱でいっぱいだった。
「なら屋根の上でいい。命綱だけくれ」
 甲斐は残り飯を一気にかっ食らうと、どんぶりを輸送隊員に預け、APCの上へと駆け上がった。

 クリーチャーの襲撃が続くコマザワ公園キャンプからは、悲鳴のような救援要請が届いていた。
 トウキョウ域内の自警団を自認するウォールブレイカーは、余剰戦力の殆どを西方へと振り分けた。ウエノ公園キャンプからは、葛城 縁(役:響 愛華(fa3853))の分隊が派遣される事になっていた。
 サイドカーの側車に乗った葛城が無線機に耳を押し付けている。迷彩柄の野戦服を着た赤毛の彼女は分隊長。そして、自分はそのドライバー‥‥サイドカーの本車に跨る角倉(役:角倉・雪恋(fa5003))は、憮然として金色の髪をかき上げた。
 オリーブドラブの野戦服に身を包む角倉は、シンジュクの自警団の一員だった。それがウォールブレイカーと協力する事になったのだが、こうもあからさまな編成をされると、吸収合併されたようで面白くは無かった。上官二人の余所余所しさは部下にも波及し、彼等はトラックの荷台の上で微妙な視線を交し合っていた。
「‥‥救急隊もコマザワへ向かうみたいだね‥‥あの人たちはとにかく早く辿り着く事を目的にしてるから、一緒に付いて行った方がいいかな? 一刻も早く増援に向かわなきゃいけないんだし‥‥」
 何か自分に言い訳するように呟く葛城。隊長なんだから好きにすればいい、と角倉が言うと、葛城はムッとして沈黙した。命令は? と聞き直すと咳払いを一つして、葛城は、救急隊と行軍を共にし、早急にコマザワキャンプに増援する事を宣言した。
 命令を了解し、角倉はゴーグルを目に下ろした。アクセルを吹かし、ポツリと呟く。
「‥‥救急隊、別に抜かしてしまっても構わないわよね?」
 救急隊に無条件で先頭を譲る気は、角倉にはなかった。

 高速道路へと続く坂道を駆け上がり、救急車が『天空回廊』へと飛び出した。その後を甲斐付きのAPC、葛城、角倉のサイドカー、トラックが続く。
 旧首都高にクリーチャーの姿は無かった。ただ、混乱期に乗り捨てられた車両がポツポツと残っていた。
「ちっ、これだからトウキョウの道路はイヤなんだ‥‥」
 愚痴りながらも軽快にハンドルを捌く水上。エンジンが唸り、速度が上がる。
「このままエドバシJCTを直進して下さい。環状北部は崩落しているはずですから‥‥」
「直進って‥‥どれだ!?」
「ギンザ‥‥! ギンザ方面って書いてある道を進んで下さい!」
 急な車線変更を強いられる救急車。複雑に分岐した立体交差を疾走していく。
「‥‥ちょっと、これ、大丈夫なんですか!?」
 重力に振り回された大曽根が、目を回しながら顔を出す。フロントガラスから見えた光景は、防音板や側壁が欠けた旧首都高の姿だった。
「今日は運転が荒れるぞ。俺は責任持てんからな。自分の身は自分で支えろよ」
 言う側から、急カーブに大曽根がひっくり返る。そんなのいつもの事よ! と弧木が叫ぶのが聞こえてきた。

 路上にちらほらとクリーチャーの姿が見かけられるようになってきた。
「運ちゃん、進路そのまま。ちょっとハンドルを動かさないでくれよ」
 APCの屋根上に伏せた甲斐が狙撃銃のスコープを覗く。
 パンッ、と乾いた音。救急車の進路上に出ようとしたクリーチャーが仰け反って倒れる。廃莢。それが後ろへ流れゆく間にも新たな目標に十字を刻む。
 疾走する救急車の横からサイドカーが飛び出した。ちらりと見る水上に、角倉がニヤリと笑う。そのままアクセルを吹かして前に出るサイドカー。クリーチャーの小集団に向かって、葛城が無反動砲を撃ち放った。

 ゆっくりと速度を落とし、救急車が停車する。
 緩やかに下って半地下となる道路。その先に無数のクリーチャーが蠢いていた。
「あれを強行突破していたら時間が足りないな‥‥」
 水上はギアをバックにいれ、もの凄い速度で後退し始めた。
「先輩!? なにを‥‥!?」
 急にピタリと停まる救急車。水上の視線の先には、老朽化の為に取り壊しが決まり本線から切り離された高速道が、立体交差の下から横へと伸びていた。
「まさか‥‥」
「確か命は俺に預けてたよな? このまま行くぞ。後席、しっかり掴まっていろ!」
 悲鳴と共に加速する救急車。そのまま躊躇も無く桁から勢い良く飛び出し‥‥(スローモーション、別角度から×3)‥‥ワンバウンド。物凄い音を立てて車体とサスペンションが悲鳴を上げ、バランスを失った車体が側壁を擦る。ぶつかった側壁が砕けて落ち、一瞬、後輪の一つが宙に浮いた。
 目を見開いて固まるソル。後列の女性陣からは烈火の如く文句が出た。
「い、今のは、一瞬、意識が飛んだわよ!?」
「だから掴まってろと言っただろう」
 軽口で返す水上。だが、その表情に余裕は無かった。
(「今のはヤバかった‥‥!」)
 冷や汗を拭う水上。シャツが濡れて冷たくなっていた。

 サイドカーが停まる。文字通りすっ飛んで行った救急車に、角倉は目を丸くしていた。
「驚いた、というより呆れたわ。型破りだとは思ってたけど、ここまでなんて」
「‥‥人の命を助ける為に、平気で自分たちの命を懸ける‥‥そんな矛盾した人たちだから‥‥」
 幾つもの感情がごちゃ混ぜになった複雑な表情で呟く葛城。そんな葛城を見て角倉はふぅん、と唸った。
「‥‥で、どうするの? APCやトラックじゃ、ここを跳ぶのはとても無理よ」
 角倉の言葉に、葛城が指の背を口に当てて思案する。考え込む時間は長くなかった。
「みんなには高速道を強行突破してもらって‥‥私たちは、ここを跳んで行こうよ。救急車だけを護衛も無しで行かせるわけにはいかないから‥‥」
「‥‥ふん。癪だけど気が合うわね。あたしもそれしかないと思っていたところよ」
 二人は顔を見合わせて小さく笑うと、改めて部下たちに命令した。
「あたしたちは先に行く。お前たちは連中を突破してコマザワに向かいな」
「みんな必ず生き残るんだよ。全員揃ってなかったら晩御飯抜きだよ!」
 そのまま救急車を追ってジャンプするサイドカー。悲鳴と高笑いとがドップラー気味に尾を引いていった。

「タニマチJCTを越えました! 後は一直線です!」
 ソルの言葉に水上が無言で頷く。サイドカーの支援を受けた救急車は、その距離を一気に縮めていた。
 コマザワで高速を下り、旧246へと入る。溢れているはずのクリーチャーは、だが、殆どいなかった。
 理由はすぐに分かった。コマザワ公園キャンプの自警団の防衛陣。その第二壕までが突破されていた。
 内ゲート付近に固まるクリーチャーたちをサイドカーが蹴散らす。その切り開かれた道を救急車が駆け抜ける。
「降車! 時間が無いわ。早く収容を!」
 後部扉を開けて弧木が飛び出す。手にした銃を見て大曽根は絶句した。
「弧木さん、それ‥‥!」
「一応、訓練は受けていたのよ‥‥使いたいとは思わなかったけどね」
 近づいてくるクリーチャーに向かって弧木が発砲する。早く行って、と促され、大曽根はソルの援護の元、患者の元へ走った。
「患者は綾小路さゆり、29歳、女。発症より4時間が経過。衰弱が激しい」
 コマザワの医師に状態を聞きながら、大曽根が医療鞄に手を伸ばす。その手を、拘束帯に雁字搦めにされた患者の女性(役:稲森・梢(fa1435))が掴んだ。
「せ、先生‥‥わ、わた、私、た、助かる、の‥‥?」
 掴んだ手に力が入る。その手はひどく熱かった。全身は汗にまみれ、髪の毛が顔に張り付き‥‥血走った目は大きく見開かれて、縋るように大曽根を見据えていた。
「大丈夫、もう大丈夫よ」
 キャスター付きの担架に移し、ガラガラと担架を進めながら治療を始める。雄叫び。肉薄してきた虎人型クリーチャーが、弧木とソルに銃撃されて倒された。ヒッ‥‥と女性が声を上げた。ガクガクと身体が震え、狂ったように首を振る。
「嫌‥‥嫌よ! 私はあんな化け物になりたくない‥‥! なんで私がこんな‥‥こんな目に遭わなければならないのっ!? どうしてぇ!? どうしてよぉ!?」
 悲痛な叫び。それはトウキョウに住む者全てが等しく抱える想いだった。葛城は唇を噛み締めて漏れ出す嗚咽を押さえ込んだ。角倉も表情を消した顔に怒りを滲ませる。
「殺して‥‥せめて、ああなる前に殺して! お願い、人のままで死なせ‥‥っ!?」
 悲鳴が、止まった。
 ビクンッ、と身体が痙攣し、担架ががしゃり、と跳ねる。急速に獣化していく身体。仰け反った拍子にブチブチィッ! と拘束帯が弾け飛ぶ。
「ア、アァ‥‥っっっあぁぁぁあーっ!!?」
 何かが裏返るような叫びを上げて‥‥コマザワの避難民、綾小路さゆりは、その望みも空しく、人の姿を失った。
「また‥‥間に合わなかった‥‥」
 救急車の運転席で一人、水上は悲痛な顔をして、薬指の指輪を握り締めた。

 事ここに至って、一番冷静なのはトウキョウ組の二人だった。
「こうなったら、もう楽にして上げるしかないんだよ‥‥みんなも分かっているよね?」
 涙の跡も拭かずに、葛城がセミオートの散弾銃に弾倉を叩き込んだ。
「そんな‥‥!」
 抗弁しようとするソル。それを角倉が一喝する。
「覚悟を決めなさい! このままにすれば、キャンプに被害が出るわ!」
 クリーチャーは、最後の拘束帯をかなぐり捨てて、担架の残骸から立ち上がった所だった。その目がギロリと救急隊を睨む。まるで、なんで助けてくれなかったの、と責め苛むように。
 クリーチャーが大地を蹴る。葛城が射撃命令を発し、自らもスラッグ弾を撃ち放った。
(「いつも救える命ばかりではないってことね‥‥頭では分かっていたけれど‥‥」)
 実際に目の前でクリーチャー化した者を撃つのは、角倉も今回が初めてだった。覚悟は決めていたが、想像以上に心が軋む。
「すみません‥‥すみません‥‥!」
 謝りながら、ソルは引鉄を引き続けた。
「‥‥っ!」
 見ていられずに、大曽根が救急車へと駆け戻る。
 無理も無い。だが、弧木はその目を逸らさなかった。逸らすわけには、いかなかった。
「助けられなくてごめんなさい‥‥貴女の事は忘れない。それで許されるわけは無いけれど、でも、私はまだ死ぬわけにはいかない。私にはまだまだ救いたい人たちがいる」

「ーーーーーー‥‥ーー‥‥ー!!!」
 クリーチャーがまるで神に訴えるかのように、膝立ちで両手を天に広げた。その声にならない叫びは、鼓膜を震わせることはなかったが、なにか心を震わせるものだった。
 弾を撃ち尽くした皆が弾倉を交換する。だが、新たに撃ち出す者はいなかった。
 ゆっくりと倒れゆくクリーチャー。まだ生きている。だが、致命傷である事は明白だった。
 そこへ、ようやく甲斐たちが到着した。
 甲斐は、チラとクリーチャーに目をやると、皆の表情などから状況を推察した。
「ん‥‥患者の成れの果て、か。間に合わなかったのか」
 淡々と呟く甲斐。無造作に大型拳銃を引き抜くと、クリーチャーの頭部に向けて、発砲した。
 それが、今回の幕引きだった。

 ウォールブレイカーの増援を受け、コマザワ公園キャンプは何とか持ち堪える事が出来た。
 クリーチャーは潮が引くように姿を消し、またトウキョウ各地に散って行った。
 今回の一件で、救急隊から、高速道路を整備し直して、緊急時の移動に使用できるよう提言する『空中回廊使用検討案』が提出された。だが、これが日の目を見るのは大分先の話となる。
 『壁』の外をも巻き込む大事件が起きるのは、もう少し先の事だった。