ホワイトデーメモリアルアジア・オセアニア
種類 |
ショート
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担当 |
柏木雄馬
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芸能 |
3Lv以上
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獣人 |
1Lv以上
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難度 |
普通
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報酬 |
9.4万円
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参加人数 |
8人
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サポート |
0人
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期間 |
03/15〜03/19
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●本文
親友の香奈が、幼馴染の祐樹に恋をした。
しかも、一目惚れ。
夕陽の差し込む放課後の教室で親友から初めてその胸の内を知らされた時、美咲は思わず香奈の正気を疑った。
「祐樹って‥‥あの祐樹?」
ガサツで、デリカシーがなくて、いつもバカ話をして騒がしくて、でも実は口下手で、ビビリのくせにええカッコしいで、蜘蛛と苦手が苦手な我が家の隣りに生息しているあのバカ?
「あはは‥‥相変わらず結城君には厳しいね、美咲ちゃんは」
照れたように笑いながら、うっすらと頬を染めて頷く香奈。
もったいない。それが最初に心に浮かんだ。香奈くらい可愛ければ、他にいくらでもいい男は選べるだろうに。
「‥‥ま、香奈がいいんなら、それでいいんだけどね‥‥」
う〜ん、と美咲は首を傾げる。あの祐樹に惚れるという感覚が、どうしても分からなかった。
それから美咲は、香奈を連れてちょくちょくと祐樹に話しかけた。だが、異性に対して消極的な香奈は、なかなか話しかける事が出来ずにいた。美咲は、最近、祐樹がハマっているオンラインRPG『AQO(アルティメットクエストオンライン)』を勧めてみた。チャットならば直接顔を見ないで話せるし、共通の話題も出来るだろう。
かくして、剣士サキ(プレイヤー:美咲)は、駆け出し冒険者エリス(PL:香奈)を連れてAQO世界に降り立った。祐樹の操作する騎士ユウキが不慣れなエリスに色々と助け舟を出す。それを見て、そういえば昔から面倒見はよかったなぁ、などと思い出した。
幾つかのクエストを共にクリアする内に、ユウキとエリスの距離は大分縮まっていった。学校でも、香奈は祐樹と普通に顔を見て話せるようになっていた。
自らの目論見通りの展開に、美咲は満足そうに頷いた。だが、同時に、胸の奥底に澱のように漂いだした感情に戸惑っていた。それは、今まで美咲が感じたことのないものだった。
似たような感覚ならば知っていた。
焦燥感。
だが、その理由が分からない。一体、自分は何に焦り、何に安心していたのだろうか?
そのまま時は過ぎ、気が付けば、周囲はバレンタインの浮かれた空気に包まれていた。
『AQO』でもバレンタインイベントが予定され、エリスも、イベントアイテム『本命チョコ』をユウキに渡そうと待機していた。
「‥‥もう、いっそのこと、リアルでチョコ渡して告白しちゃえばいいのに」
「むっ、無理無理無理っ! ダメだよそんなの恥ずかしいよっ!」
ワタワタと慌てるエリスをかわいいなぁ、と眺めつつ、サキはアイテム欄の奥底に眠る『それ』をそっとしまった。今さらながらに気付いた自分の想い。だが、これをユウキに渡す事は絶対に無いだろう‥‥
「無理だよ‥‥それに、祐樹君は‥‥」
暗い顔をしたエリスの声に、イベント開始のファンファーレが重なった。
イベントは、予想していたラブラブ系のものではなく‥‥他プレイヤーから『本命チョコ』を守り抜く過酷なものだった。
襲い掛かってくる恋の亡者たちから逃れ、剣士サキ、シスターエリス、騎士ユウキの三人は最後までイベントを生き残った。
「あのっ! ユウキ君、こっ、これ‥‥!」
イベント終了間際、意を決したエリスがユウキにチョコを差し出した。ユウキがサキをチラリと見る。揺れるサキの心。それを‥‥サキは押し殺した。
「ちょっと、祐樹。香奈が一体どんな思いで今日一日、このチョコを守ったと‥‥」
「あはは、やだなぁ、美咲ちゃん。こ、これは、その、ゲームだから、その‥‥」
サキから視線を引き剥がしたユウキが、エリスからチョコを受け取った。‥‥これで、いい。
「これでイベントクリアね。私からも二人に『義理チョコ』を渡しとくね」
「‥‥そういえば、俺も冗談半分で買ったんだった。男でも買えるのな」
それぞれがイベントには関係の無い『義理チョコ』を交換する。妙に神妙な顔をしたユウキから美咲がチョコを受け取った時、イベントは終了した。
イベント成功の証だろう。カップルの成立した恋人たちの間にハートマークが浮かび上がる。
エリスとユウキ、ユウキとサキ、そしてサキとエリスの間に1つずつ。3つも。
「「「えぇぇ〜!?」」」
三人が悲鳴を上げる。エリスからユウキへ、ユウキからサキへ、そして、何故かサキからエリスへ『本命チョコ』が移動していた。
「おい、見ろよ、アレ。バレンタインカップルだぜ」
「すげぇ。あの惨劇を生き残ったのか‥‥って、なんでハートが三つもあるんだ?」
他のパーティの連中がひそひそと囁き合う。晒し者状態に三人は顔を赤くした。目の前に立つゲームマスター──システム側の管理キャラが申し訳無さそうに、だが、どこか面白そうな表情で頭を下げた。
「本来なら『本命チョコ』は1つしか所持できないから、このような事は起きないはずだったんだが‥‥どこかにバグがあって互いの受け渡しが成立してしまったようだな。いや、申し訳ない。
次のホワイトデーイベントで修正するんで、どのカップルを残すのか、それまでに考えておいてくれ」
●出演者およびスタッフ募集
以上が、アニメ『AQOトライアングル!』の冒頭部分になります。
このアニメの制作に当たり、出演者とスタッフを募集します。
PL(プレイヤー)のプレイングとそれに対する判定がアニメの脚本となり、
出演者のPC(キャラクター)がそれを演じることになります。
OPと設定を元に脚本を完成させてください。
皆で協力して脚本を完成させる事が目的です。
●設定
『AQOトライアングル!』は、架空のオンラインRPG『アルティメットクエストオンライン』を題材にしたTVアニメです。
アニメの登場人物は、『ファンタジー世界の登場人物』ではなく、『ファンタジーRPGのキャラクター(とプレイヤー)』となります。
1.美咲
一応、主人公っぽい位置にいるキャラ。本来ならサバサバとした性格の中性的な娘さん。
香奈は大切な親友で、最近になって自覚した祐樹への想いを押し殺している。
AQOでの使用キャラは『サキ』。革鎧と長刀を装備した攻撃系メインの軽装剣士。
2.香奈
美咲の親友。美咲と対になるヒロイン。祐樹に恋するも、祐樹の心が美咲にある事に気付いている。
美咲も祐樹が好きなのでは、と思っていたが、美咲の『本命チョコ』が自分に来たので混乱中。
AQOキャラは『エリス』。回復系と支援系の魔法に特化したシスター。
3.祐樹
美咲の幼馴染。昔から美咲が好きなくせに素直になれない思春期野郎。
美咲が好き、で一本筋が通っているが、香奈も嫌いではないし無下にするのも心苦しく‥‥
AQOキャラは『ユウキ』。能力を底上げする『騎士道』(破るとペナルティ)付きの防御系騎士。
4.ホワイトデーイベント
『幻のキャンディを探せ』という探索系イベント。
チョコを受け取った相手に渡さないと、カップルフラグが消滅する。
●リプレイ本文
どうしてこんなことになったんだろう。
イベントが行われるダンジョンの入り口近く。流れゆく雲を眺めつつ、サキ(CV:ビスタ・メーベルナッハ(fa0748))は、ぼんやりとそんな事を考えた。
祐樹が好きだという香奈を応援しようと思った。今もその気持ちに変わりはない。だというのに、心のどこかでそれを望まぬ自分がいる。理由は分かっている。今更ながらに気付いた自分の想い。だが、本当に祐樹の事が好きなのか、と自分の心に問いかけても、もやもやとするばかりではっきりしない。
ジクジクと火傷のように痛む心。ああ、いやだ。こんなのは全然自分らしくない──
「‥‥さきちゃん、美咲ちゃん!」
エリス(CV:加波保利美(fa5471))が呼んでいた。サキが慌てて身を起こす。
「ゴメン、少しぼーっとしてた」
「ううん。みんなが来たみたいだから」
エリスの視線を追う。冒険者の仲間たち。その先頭、髪をお団子頭にしたモンクの少女・ユキナが、ブンブンと手を振りながら駆け寄ってきた。
「なんか楽しそうなイベントだねー。便乗だけど協力させていただきますのでよろしくー!」
ユキナ(CV:風間由姫(fa2057))が元気良く挨拶をする。
「ユウキ君の『両手に花』なおいしい状況も今日限り。もううらやましがる必要もないのです! あ、でも、どっちかのカップルフラグは残るのかー‥‥むー、やっぱりいいなぁ‥‥」
どこかうらやましそうにユキナがしょんぼりする。その言葉に、エリスは、サキとの間に浮かぶハートマーク──バレンタインカップルの証を見上げた。
サキとユウキとエリス。バグにより三者に成立してしまったカップルフラグ。だが、それも今日で消える。
(「美咲ちゃんは祐樹君が好き。自分でも気付いていないだけ。私に気を使って無理してる。そして、祐樹君も美咲ちゃんが好き。好きになった人だから、見ていれば分かる‥‥」)
「大丈夫だよ。エリスは俺が守ってやる」
いつの間にか側に来ていたリト(CV:木崎 朱音(fa4564))──袖なしの服に半ズボン、ローブ姿の少年召喚師──がそう言った。励ましてくれたらしい。いつの間にか憂鬱な顔をしてしまっていたようだ。ありがとう、と、エリスは微笑んだ。
リトは一見、無愛想な少年だが、ホントは照れ屋で優しい、頼りになる召喚師さんだ。今も、ぷいと目を逸らし、顔を赤くして‥‥そんなに恥ずかしいのに無理して励ましてくれるなんて‥‥やっぱりリト君はいい子だ。そうエリスは思う。
遅れて、魔術師の電撃娘・リドル(CV:各務聖(fa4614))がふらふらと、どこか頼りなさ気にやって来た。どうやら今日は迷わずに来れたらしい。こんにちは♪ とサキとエリスに挨拶する。
最後尾を、全身をくまなく防具に身を包み、ツインブレード(中央に持ち手の付いた砂時計型の剣)を担いだユウキが歩いてきた。その歩みが遅いのは、装備品のせいだけではないだろう。
「みんな揃ったね? それじゃあダンジョンに出発〜!」
ユキナが拳を振り上げる。努めて明るく、エリスは「おーっ」とそれに応えた。
なぜこんな事になったのか。
迷宮4階、奥へ進む階段を守る双頭竜の攻撃を受け流しながら、ユウキ(CV:響 愛華(fa3853))はそんな事を考えていた。
鈍い幼馴染に恋をした。けれど、美咲にとって、自分はただの幼馴染で‥‥ユウキは半ば諦めた気持ちで現状維持を受け入れていた。そんな中、新たな友人・香奈を交えて始まったAQOの日々。そこに何かが変わるキッカケがあるかもしれない、と期待した。だが、あの日に気づいてしまった。香奈の気持ちと、美咲の思惑に。
香奈のことは嫌いではない。美咲の事が無ければタイプですらある。だが、なにより、香奈とくっつけようとする美咲の態度にムッとして‥‥
気が付いたら、バグで三人ともカップルになっていた。どのカップルフラグを残すのか。美咲と香奈のどちらを選ぶのか。答えは未だ出ていない‥‥
「戦闘中になに呑気に考え事してるのよ! 死ぬわよ!?」
剣が流れて空いたユウキの右半身、そこへ飛び込んできた双頭竜の攻撃を美咲が長刀で受け流す。
「おまっ、攻撃特化系が無茶するな!」
「だったら戦闘に集中しなさいよ、この朴念仁!」
口喧嘩を始めるサキとユウキ。そんな二人の間にスッとリドルが割って入った。
「この敵は二つの頭を同時に落とさないと復活します。止めは攻撃力の高い二人にお任せしますね♪」
言いながら、リドルがサキの長刀に雷を纏わせて攻撃力を上げる。エリスも支援魔法でユウキを強化する。
「これ位削れば大丈夫かな? 後はよろしく!」
拳のワンツーから回し蹴りのコンビネーション。二つの頭のHPを適度に削ったユキナが後ろへ跳びずさる。直後、地面に浮かび上がる召喚陣。リトが召喚した無数の蔦が、絡み付いて双頭竜の動きを拘束する。
アイコンタクト。それだけで。サキとユウキは、双頭竜の首を同時に叩き落していた。
双頭竜が光の粒となって消滅する。
入れ替わるように現れる宝箱。ユウキが無言でそれを開ける。弓矢の罠。矢が鎧に当たって跳ね返り、HPが削られる。
宝箱は、空だった。
「またかよっ!?」
げんなりとした顔でユウキが天を仰ぐ。この迷宮に入ってから既に4度。その全て空だった。
「あはは、まだ先が楽しめると思って進むしかないよ。次はきっとキャンディあるって」
ユキナの言葉に励まされ、一行は階下への階段を下りる。一人、リトだけがその場に残った。
硬い表情。宝箱の前に立ち、呪文を解除する。その途端、宝箱は消えてなくなり、代わりに一回り小さな宝石箱のようなものが残った。その蓋を開け、中身を取り出すリト。そこに、キラキラと輝く純白のキャンディがあった。
無言でそれを睨み続けるリト。一瞬、つらそうな表情を浮かべ‥‥そのままそれを握り潰した。
迷宮第5層は、数歩先も見えないダークゾーンと化していた。入り口には、『闇の迷宮 すぐ側に見える貴方は虚か実か? 手を繋がないと逸れちゃうかも!?』などとラブラブイベントらと思しきコメントが書かれている。‥‥本来ならば、そういうイベントが行われていたはずなのだろう。
パーティは、既にバラバラになっていた。闇の奥、どこからともなく無数のゾンビが湧き出して、一行に襲い掛かってきたからだ。
「うわーん、ゾンビは嫌ーっ! このエフェクトがっ、このぐちゃぁーっていうエフェクトがーっ!」
半泣きで絶叫しながら、クルリ、クルリと回し蹴り(だけ)を放ってゾンビを叩き潰していくユキナ。よっぽど触るのが嫌だったのか、拳を封じて『回し蹴り→後ろ回し蹴り』を繰り返すうちに、いつの間にか皆から逸れてしまっていた。神聖系の職業は不死系には有利なのでユキナ一人でも問題なかったが、次から次へと倒しまくっては嫌なエフェクトを見続ける羽目にはなる。ユキナの奮闘を伝える悲鳴は常に絶える事はなく‥‥時々、聞こえてくる爆発音は、纏わり付くゾンビを闘気で吹き飛ばす音だろう。
「周り中敵だらけだ‥‥香奈、俺の側を離れるなよ!」
呪文詠唱中のエリスに群がるゾンビたちを、ユウキがツインブレードで薙ぎ払う。既にリドルとリトの姿も無く、そこにはサキと三人しか残っていなかった。
詠唱を止める事無く、エリスが視線で感謝をユウキに伝える。そんな二人のやり取りにすら、サキの心はざわついた。
「‥‥っ、まったく、何なのよコレ!? 次から次へと湧き出して!」
長刀をブンブンと振り回して前進するサキ。その背後がおろそかになっていた。
「美咲っ!」
「え?」
敵をユウキが斬り飛ばす。ユウキはサキの腕を掴んで引き戻した。
「怪我は無いか、美咲!? ‥‥何してる、らしくない」
ユウキの言葉にサキが唇を噛む。返事も待たず、ユウキは一歩前に出た。
「香奈、進路上の敵の一掃を。一気に突破する。振り返らないからな。遅れるなよ」
「うんっ!」
ユウキの言葉に、エリスが魔法を放つ。天から降り注ぐ光の波。周囲のゾンビたちが一斉に塵と化す。
重戦車のように突き進むユウキと、遅れぬように駆けるエリス。そこに近づく敵たちを、足の速いサキが滅ぼしつつ追走する。
『手も繋がず』に、三人は一団となって闇の中を駆け抜けた。
逸れたリドルは一人、通路の角を背にして、近づくゾンビたちを弱点である炎系魔法で狙い撃ちにしていた。
ぼちゅーん、ぼちゅーん、と弾けるゾンビ。だが、その数は一向に減る気配を見せなかった。ピキキッとリドルの側に怒マークが表示される。
「面倒‥‥電撃♪」
次の瞬間、凄まじい雷の雨が広範囲に降り注ぐ。どこか遠くからユキナの悲鳴が聞こえてきて、リドルは心の中で謝った。
すっきりとした所を鼻歌交じりで踏破するリドル。ふと気が付けば、目の前に見知った顔があった。
「‥‥ったく、キリがねぇ。誰だよ、こんな所でゾンビ召喚しまくってんのは。いい加減処理落ちするだろうが」
ゲームマスターのキバ(CV:瑛樹(fa5407))だった。リドルの顔がぱぁ、と明るくなる。
「キバさん‥‥! キバさんもキャンディを探しに来てくれてたんですね♪」
「リドルっ!? ってか、またかよっ!? なんでシステム領域に入って来れるんだよ!?」
驚愕するキバ。リドルは不思議そうに小首を傾げるだけだった。
「‥‥まぁ、いいや。とにかく今、俺は忙しい。誰か知らんがこんなにゾンビを召喚しやがって」
「召喚ですか。リト君も得意ですね♪」
にっこりと笑うリドルの視線の先。ゾンビを召喚し続けるリトの姿がそこにあった。
「エリスのカップルフラグを消したかったんだ。だから、キャンディが見つからないように色々と妨害した」
なぜこんな事をしたのか、というキバの問いに、リトは肩を落として答えた。根は悪い子ではないのだろう。自分が悪い事をしたという自覚が見える。
「‥‥どうにも考え方がヒネてるな。素直に甘えて想いを吐露すればいいだろうに」
「エリスの気持ちがこっちに無いなんて、俺が一番分かっているんだよ! ‥‥それに、キャンディを見つけても、結果の見える勝負に負けて傷つくのはエリスじゃないか。俺はエリスが泣くのは見たくない」
ほぅ、とキバは目を見張った。どうやら予想以上に頭のいい坊やらしい。だが‥‥
「そいつは余計なお世話だな、少年。傷つく事も含めて、それを決める事ができるのは、あの三人だけだ」
キバが手を振る。迷宮最下層。全てのフロアの探索しつくしたエリスたち三人(と焦げたユキナ)のいる近くに、一瞬で移動する。
「このままイベント終わっちゃうのかな」
エリスが半分泣いていた。
リトは動かない。少しして、その背中が一回、ブルリと震えた。
「‥‥ユウキばっかりあんなに想われて‥‥ズルイな」
そのまま振り返らずに進むリト。ポケットからキャンディを取り出すと、それをユウキに突きつけた。
「キャンディだ。これでいいだろ? けじめはきっちりとつけろよな」
「えっと‥‥これを祐樹が香奈に渡せばいいのよね」
三人の中央に置かれたキャンディ。サキが促すようにユウキを見やる。固唾を呑んで見守るエリス。ポタリと汗を地に落とし、ユウキはギュッと拳を握った。
たかがゲームのイベントだ。だというのに、その瞬間に何かが終わるような気がして祐樹は身体を動かせない。
時間だけが過ぎていく。それでも、遂に祐樹は決断した。
「香奈」
「あ‥‥」
キャンディを手にして、ユウキがその名を呼ぶ。エリスは信じられないという様に目を見開いた。
おおっ、とユキナが目を見開き、リトが複雑な表情で横を向く。サキの表情は変わらない。
ユウキの手がエリスに伸びる。手には白く輝くキャンディ。それがエリスに渡されようとした瞬間──
ユウキの手を、サキが抑えていた。
びっくりしたように皆がサキを見る。驚いたのは、サキも同じだった。
「あ‥‥ご、ごめん。とにかく、ほら、早く香奈に渡してあげなさいよ」
慌てて手を離し、そっぽを向くサキ。エリスは優しい笑みを浮かべると、ユウキの手からキャンディを受け取り、それを美咲の手にそっと握らせた。
「ううん、私はいいの。美咲ちゃん、祐樹くんにキャンディを渡して」
「ちょっ、香奈、何を言ってるの!? そんな事をしたら私と祐樹が‥‥ほら、祐樹! ちゃんと香奈に渡しなさいよ!」
「いいの! 香奈ちゃんがあげて!」
「香奈! 何の為に今まで頑張ってきたの!?」
「と、とにかく落ち着けよ、二人とも!」
三人の手の中を次から次へとキャンディが移動する。あー、このパターンは‥‥とキバが半眼でつぶやいた時、イベントの終了を伝えるアナウンスが聞こえてきた。
三人の間に浮かんでいたピンク色のハートマークが、その瞬間に真っ赤に染まる。三つとも。
「嘘〜!?」
「えーと‥‥またか?」
「あ、あ、アンタがもたもたしてるのが悪いんでしょうが! どうするつもりなのよ!?」
ドタバタとする三人。だが、結論が出ない事に、どこかホッとするような空気も流れていた。
「私もキャンディない‥‥」
リドルの呟きに、キバはぎくりと身を震わせた。
ゆっくりと振り返る。リドルがじっと、上目遣いでキバを見つめていた。
「あー‥‥」
天を仰ぎ、ごそごそとポケットをまさぐるキバ。急遽、データをいじってキャンディを作り出す。
リドルがはにかんでそれを受け取る。イベントの時間は過ぎているのに、二人の間のハートマークが変色した。
「いや、なんか、もう‥‥一々、驚かないけどね‥‥」
脱力したように、キバは呟いた。
●スタッフ
演出・調整‥‥鬼王丸・征國(fa0750)