クルトの戦記 運命編2アジア・オセアニア

種類 ショート
担当 柏木雄馬
芸能 3Lv以上
獣人 1Lv以上
難度 普通
報酬 7.9万円
参加人数 8人
サポート 0人
期間 03/21〜03/25

●本文

 反宰相の旗印たるべきシンシア王女は奪われ、その旗手たるアリアス公リュースも失われた──
 後に『アリアスの乱』と呼ばれる事変の結末は、盛り上がりかけた反宰相の機運を撃ち砕いた。反宰相運動は核を失い、さらに、長らく『病気療養していた』シンシア王女の年内中の即位が発表されると、あえて火中の栗を拾おうとする者はいなくなった。
 宰相は、実に効率的に『叛乱』を鎮めた。この件が無ければ、王政復古は10年は早まっていたかもしれない‥‥
 ‥‥古都アリアスを焼け出された避難民たちは、月が変わる頃になってようやく、旧イストリア領へと入った。それを見届けると、私は旅の列を離れ、ひとり西へと歩みを進めた。その時点でもはや、私が旅を続ける理由は殆ど無くなっていた。
 鈍い灰色の空の下、刈り入れの終わった田園を遠景に、冷たい風に吹かれながらも逸る気持ちを抑えきれずに走るその先で──
 私は、初めて海を見た。
                          ──老クルト・エルスハイム、自らの人生を振り返りて記す──

「これが、海か‥‥」
 白亜の崖の岬の突端に立つクルトの目の前に、広大な冬の海が広がっていた。
 見渡す限りに広がる暗い海原。曇天の下、海はただひたすらに荒々しく、押し寄せる波が大地に砕ける度に、崖の上にいるクルトの所にまで飛沫となって降りかかった。
「本当に、塩水なんだな‥‥」
 唇に付いた『海』を舐めてクルトが頷く。本で得た知識は、やはり、実感に勝るものではなかった。
 ただそこにある海。
 その雄大さに、クルトはただただ圧倒されていた。

 死んだ師匠を訪ねて来た『平原の民』の少年シン。そのシンが何者かに浚われ、クルトの旅は始まった。
 故郷の峻険な山波が、先へ進む度に遠く、小さくなる。それはクルトに寂しさを募らせたが、同時に世界の広さも知らしめた。見上げるばかりだった故郷の山々が、巨大な連峰の一部に過ぎない事を実感させたからだ。
 ハイムやルインの町で、初めてシン以外の『平原の民』に触れた。魔物を初めて見たのもこの頃だった。
 大河ティディスの流れに揺られ、アリア湖では湖族に襲われもした。
 そして、古都アリアスでの邂逅──そこでクルトは、少年シンがソルメニア王国王女シンシアである事を知った。
 戦。即ち、殺し合い。鋼の暴力と、魔物すら戦に利用する人の業。
 燃え上がる街並みと、流浪の旅を強いられた人々の群れ。
 悠久の時を感じさせる巨大な神代の森は、そんな必死に生きる人の営みとは対照的で──

 世界は広かった。そして、まだまだ広いのだろう。
 人がその一生を費やしても尚、その一片すら汲み出せない程に。

「‥‥‥‥故郷に帰るかな」
 岬の上に座り込み、ただただ海を眺めていたクルトが呟いた。
 少年シンは──既に自分の手の届かない所に行ってしまった。
 こうして大陸の果てまで来て、海まで見ることもできたのだし、もう旅を続ける理由もないだろう‥‥
「それもいいかもしれませんね」
 すぐ横で、若い少女の声がした。いつの間にか、そこに異国の装束に身を包んだ少女が座っていた。
 驚きもせずにクルトが振り返る。少女は、笑みをたゆたえながら、荒い海を愛しそうに眺めていた。
「今、ソルメニアの使者が城に来ています。アリアスの関係者を引き渡せというのでしょう。イストリアは対応に苦慮しているようですね。アリアスは血族。しかし、今、表立ってソルメニアと事を荒立てたくはない‥‥ソルメニア軍を引き入れれば、滅亡は必至ですから。
 それに、アリアスからの避難民の事ですが‥‥豊かな土地に恵まれたイストリアといえども、受け入れるには数が多すぎるようです。イストリア北部の未開拓の大地に、開拓団として送り込む計画があります」
 少女は、そこで言葉を切ってクルトを見た。深く、穏やかな眼差しに、しかし、クルトは首を横に振る。
 自分には、何も出来なかった。シンを助ける事も、出来なかった。
「そうでしょうか? 貴方が結末だと思っているこの状況は、悠久の時の流れの一過程に過ぎませんよ?」
 その物言いに、クルトは眉を顰めた。一体、自分に何をさせたいのか、と。
「私は何も選びません。運命の輪が紡ぐ糸‥‥それが織り成す結末を見届けるだけ」
 それだけを言って、少女は立ち上がった。その答えは自らが導き出すものだ。
 最後に一つだけ聞かせてくれ、と、クルトは言った。
「貴女は、『人』か?」
「さて、どうでしょう?」
 笑うような声だけを残して、少女は現れた時と同じ様に、いつの間にか消えていた。

●出演者及びスタッフ募集
 以上が、アニメ『クルトの戦記 運命編2』の冒頭部分になります。
 このアニメの制作に当たり、出演者とスタッフを募集します。

 オープニングと設定を基に、主人公クルトの人生を彩るキャラクターを作成し、
『クルトにどう関わるか』をプレイングに記述してください。
 そのプレイングで、クルトの歩む人生が決まります。

●設定
 『クルトの戦記』は、ファンタジー世界を舞台にしたアニメです。
 山岳部族『山の民』でありながら、爵位を持つ貴族にまで上り詰めた英雄クルトの一代記です。

1.世界観
 いわゆる普通の(?)、機械や銃などが登場しない剣と魔法のファンタジー世界。
 ちょっと便利な人、程度の魔術師は珍しい存在ではないが、強力な魔術師は多くない。

2.『山の民』
 ソルメニア王国東部のクライブ山地に住む少数民族。
 王国に暮らす『平原の民』(ファンタジー世界に住む一般的な人間)よりも、頭一つ分大柄で頑健。
 野蛮人と見られがちで、平原では差別と偏見に晒されがち。

3.ソルメニア王国
 18年前、平原に割拠する小国のことごとくを平らげ、平定した『剣王』が建てた国。
 英雄『剣王』も老いて、強力な魔術師である宰相が国を思うがままに動かしている。

4.アリアス
 ソルメニアと対立し、滅亡。魔獣から避難民を逃がす為、クルトが街に火を放った。
 避難民にとっては、クルトは命の恩人と同時に故郷の仇でもある『山の民』、となる。

5.イストリア
 大海に面する大陸西端の旧王国。旧アリアス王家とは血族で、反乱にも協力するはずだった。
 アリアスが敗れた今、宰相と真っ向から対立するのを避けるべく、その対応に苦慮している。

●今週のクルトくん
名称:カイツの息子クルト 種族:山の民 性別:男 年齢:19
体力:A+ 知力:B+ 敏捷:B− 魔力:E 魅力:C+ 加護:S(精霊の加護)
戦闘技能: 弓5 短剣3 格闘3 大剣3+
肉体技能: サバイバル(山・森)5 隠密4
精神技能: 調理3 応急処置2 農業2 商業1
学術技能: 読み書き2 算術2 歴史5→戦略・戦術2
装備品 : 大剣+3 短剣 森人の弓 森人の外套
所持品 : 小木箱(金貨) 青い石のペンダント 開かずの小袋(謎)

●今回の参加者

 fa0634 姫乃 舞(15歳・♀・小鳥)
 fa1323 弥栄三十朗(45歳・♂・トカゲ)
 fa1431 大曽根カノン(22歳・♀・一角獣)
 fa2029 ウィン・フレシェット(11歳・♂・一角獣)
 fa2478 相沢 セナ(21歳・♂・鴉)
 fa2997 咲夜(15歳・♀・竜)
 fa3853 響 愛華(19歳・♀・犬)
 fa5553 神薙・小虎(14歳・♀・竜)

●リプレイ本文

「初めて海を見て、クルトさんは何を思いましたか?」
 砂浜に座り込み、ただぼんやりと海を眺め続けるクルトの横に立ち、カナン(CV:大曽根カノン(fa1431))はそんな事を聞いてみた。
「雄大で、あらゆるものを包み込む。海には不思議な魅力を感じます。孤独や挫折を感じている者には尚の事‥‥クルトさん、弱気にはならないで下さいね」
 弱気。その言葉にはっとして、クルトは顔を上げた。そこに、すっかり旅装束を整えたカナンが立っていた。潮風に浚われる黒髪を片手で押さえている。
「そろそろ出立する事にしました‥‥今日は、そのご挨拶に」
 そうか、とクルトは頷いた。新しい一歩を踏み出せずにいる自分に苛立ちにも似た焦燥を覚える。
 一方、カナンの方は、またすぐにクルトに会う事になるだろうな、という確信めいた予感があった。クルトの天運は、周りの人間を巻き込んでしまう巨大な渦のようなもの。カナンの運命も、すでにそれに捉えられているような気がする。
「これからどうするべきか‥‥それはクルトさん自身が決めるべき事です。でも、これだけは忘れないで下さい。クルトさんが困った時には、私はいつでも協力します。それが『仲間』というものですから」
 そう言ってカナンが投げてよこした物を、クルトは反射的に受け止めた。それは、すべすべとした赤い果実だった。
 それでは、また。と、ひとつ微笑んでカナンが行く。その背を見つめながら、クルトはひとり、林檎をかじった。

 イストリアの王城は突き出た岬の突端にあった。三方を海に囲まれた堅城ではあるが水の手に難があり、どちらかといえば港湾の入り口を守る拠点としての性格が強い。過去の戦でも市街を囲む城壁に拠って戦う事が多かった。
 その王城の一室。領主であるイストリア公ロイド(CV:弥栄三十朗(fa1323))の執務室に、亡国アリアスの姫、クラリッサ(CV:咲夜(fa2997))の姿があった。
「ソルメニアからの使者が来たそうですね。覚悟は出来ています。私を差し出して、宰相からイストリアの安全を買って下さい」
 孫娘の言葉にロイド公爵は目を見開いた。齢70を数えた老練な『政治家』は、しかし、一人の祖父として、怒りと哀しみの籠もった視線を孫娘に向けた。
「馬鹿な事を申すな。そなたは我が娘メディアの子、そして今は亡きアリアスの忘れ形見ぞ。わしは孫娘を生贄に差し出すような真似はせん」
「それではソルメニアの侵攻を招きます」
 クラリッサの言葉に、公爵が一瞬、政治家の顔をする。クラリッサは達観したように微笑むと、むしろ優しい口調で祖父に語りかけた。
「私のことはいいのです、お爺様。アリアスの民をここまで連れて来る事が出来た‥‥父上から託された私の役割は、もう終わったのですから」
 アリアス避難民の後事を公爵に託して退室するクラリッサ。ただ父からの命令と避難民への義務感だけでここまで生きて来たのかもしれない。ロイドの顔が曇る。良くない傾向だ。それは、達観ではなく諦観というのだよ、クラリッサ‥‥
 入れ替わるように入ってきた侍従が新たな来客を告げた。訪問者は、イストリアの使者として城に滞在する、ランベルグ伯オーギュスト(CV:相沢 セナ(fa2478))。
 執務室にまで押し掛けて来るのか、とロイドは舌打ちした。かといって、中央からの使者を無下に追い返すわけにもいかない。侍従に案内を命じ、自分は立ち上がって使者を出迎える。
 入ってきたのは、30代半ばの紳士然とした男だった。優男風の外見だが、その足運びに隙はない。20年前の統一戦争において、若年ながら騎士として、腹心として、かの『剣王』の側にあり続けた男で、血筋ではなく実力で『剣王』より爵位を賜った人物だった。公明正大な人柄で知られ、そんな彼がなぜ、政敵である宰相の下にいるのか‥‥その真意を知る者はいなかった。
「いやはや、イストリアの夕焼けは美しいですな。海に沈む夕陽と赤く染まる街並みと‥‥あの空が炎で赤く染まる、などという事態は避けたいものです」
「‥‥ランベルグ伯。それは脅迫ですかな?」
 表情を動かさず、器用に片眉だけを上げてみせる公爵。オーギュストは勧められた席を謝辞し、暗に長居するつもりがない事を示した。
「いえ、宰相閣下もこれ以上戦火を広げるつもりはないでしょう。せっかく速やかに、最小限の犠牲で叛乱の火種を消したのですから。実際、今回のクラリッサ姫の引き渡しで一連の騒動を手打ちにしたいと、そう『宰相閣下は』考えているのではないでしょうか」
 無言で視線を交わす二人。柱時計の音がカツ、カツと、静かに時の経過を告げる。どれくらいそうしていただろうか。確認するような視線を残し、オーギュストが一礼して去っていく。斜陽が去り、宵闇が執務室に染み入っていた。
 ロイドは、じっと何かを考え続け‥‥灯りに火を入れに来た侍従に声を掛けた。
「今、港に入っている軍船は『海を奔る焔』号か? 船長はエフレイア(CV:響 愛華(fa3853))だったな。すぐにここへ呼んでくれ」

 その日、クルトはイストリアの港で佇んでいた。船員たちの邪魔にならぬよう、静かな桟橋に腰掛けて海を眺める。イストリアは海上貿易の拠点の一つであり、港は活気に満ちていた。ちょうど、湖岸貿易で栄えていたアリアスの港のように。
 そういえば、この桟橋に停泊した船も、かつてクルトがティディス川を下った商船と同じ位の大きさをしていた。三本マストの中型外洋船で‥‥珍しい。この船は帆が緋色のようだ‥‥
「船、好きか?」
 ぼうっと船を見上げるクルトに、一人の少年が声を掛けてきた。冬だというのに黒く日に焼けている。赤黒く潮焼けしていないから、恐らく、イストリアではなくアリアスの船乗りのだろう。
 隣り、いいか? と尋ねる少年に、クルトは黙って頷いた。断る理由が無かったというのもあるが、どことなく、少年が自分と同じ目をしている気がしていた。
 そのままぼうっと船を見上げたまま時間が過ぎ‥‥唐突に、少年がウィ・ルフラン(CV:ウィン・フレシェット(fa2029))と名乗った。
「ルフランでいい」
 ルフランは、そのまま、ぽつり、ぽつりと自分のことをクルトに話し始めた。
 アリアスの船乗りだった事。父親の船で、同年代の仲間たちとつるんで粋がっていた事。先の戦いで船を失い、仲間たちも散り散りになった事。
「今度、アリアスの人間はみんな北の開拓地に送られるらしいけど、船乗りが陸に上がってもな‥‥何とか船に乗りたかったけど、オレ、身元も不確かな避難民のガキだし‥‥」
 そうか、とクルトは気が付いた。この少年も自分と同じなのだ。進むべき道を見失い、迷走している‥‥
 その時、桟橋に泊まった船から一人の男が降りて来た。男は、桟橋に座って佇むクルトに気付いて足を止めた。
「『山の民』‥‥もしかして、君はクルト殿か? 殿下より話は聞いていたが、まさかこのような所で会えるとは」
 軽い驚きに目を開き、感慨深そうに歩み寄る男。見知らぬ男だった。殿下‥‥クラリッサか? 自分を知っているということは、アリアスの者だろうか。
「殿下はよく私に君の話をしてくれるよ。それはそれは君に会いたくて仕方がないご様子でね」
 クラリッサとはこの前別れたばかりだ。なにかおかしい。そう思った時、唐突に気が付いた。クルトのことを知る『殿下』など、クラリッサの他には一人しかいない。
「さて、今日はお忍びなのでね。時間が無い。君が君の道を行くのなら、いずれまた、会うこともあるだろう」
「待ってくれ! 貴方の言う殿下というのは、まさか、シ‥‥!」
 早足で立ち去るその男、オーギュストの背中に向かって叫ぼうとして‥‥クルトはいきなり肩を掴まれ、振り返ったところを殴られた。
「バカ野郎! こんな所でその名を叫ぶヤツがあるか!」
 いつの間にかクルトの背後を取っていた若い女が、むんずとクルトの胸倉を『掴み下げて』いた。『山の民』であるクルトよりも頭一つ半ほど背の低い女性で、燃え盛る焔のような赤毛の長髪と、なにより、澄みきった海のような碧い瞳が印象的だった。
 張られた頬を押さえ、訳の分からないクルトが一つ瞬きをする。顔が近い。構わず、女は冷たく、まるで値踏みでもするようにその目を細めた。
「貴様がクルトか‥‥ふぅん‥‥私の船を眺めて呆けていた時に比べれば、少しはマシな目をするようになったじゃないか」
 女は、どこか安心したように、唇の端を小さく吊り上げた。掴んでいた手を放し、ついて来る様に言う。
「私はエフレイアだ。このイストリア軍船『海を奔る焔』号の船長をしている‥‥どうした? 何故ついて来ない?」
 怪訝そうに振り返るエフレイア。どうしたもなにも、クルトには全く状況が掴めない。
「‥‥なんだ、まだ説明されてないのか」
 小さく呟くエフレイア。一瞬、考え込むように沈黙し、すぐに面倒臭そうに頭を振った。
「これだけ覚えておけ。目的地に着く迄の間、貴様は私の部下だ。我が船はこれより『亡国の殿下』を乗せ、『貴様の殿下』を浚いにゆく」
 クルトは小さく天を仰いだ。またどこかで、運命の輪が回ったようだった。
「それは違うわ。運命というものは、自らの力で切り開いていくものよ。運命の輪が回ったというのなら、それは貴方が心を決めたから‥‥いい加減、男なら、覚悟を決めるのね」
 一瞬、角を丸めた物言いをして、エフレイアは微笑んだ。

 朝靄に煙る森の道を、クラリッサと、それを連行する監視の兵たちが歩いてゆく。
 この日、アリアス姫クラリッサは、叛乱首謀者の娘としてイストリアに引き渡される事になっていた。
 鎧を着込み、正装したクラリッサが、俯かず、毅然とした態度で虜囚への道を進む。後悔は無い。ただ心残りがあるとするならば、今一度、アリアスの避難民に王家の無力を謝りたかった‥‥
 不意に、兵たちの足が止まり、クラリッサは知らずに落としていた視線を上げた。
 行く手の道の真ん中に、クルトが立っていた。
「クルト? どうしてここに‥‥」
「君を浚いに来た‥‥だったか? ‥‥まあいい。アリアス姫クラリッサ。イストリア公ロイドよりの命を伝える。
 『クルトと共にソルメニア王都に潜入し、密かにシンシア王女と接触、可能ならば、その身柄を確保せよ』」
 なにを馬鹿な、と言いかけたクラリッサの目の前で、兵たちが整列し、その道を開けた。なんて事だ。あの爺様、最初からこういうつもりだったのか。
 クラリッサは小さく笑うと、吹っ切れたような表情でクルトを見た。
「悪いな、クルト。巻き込んでしまったようだ。そなたには迷惑を掛け通しだな。
 だが、こうなれば仕方がない。これも運命だと思って最後まで付き合ってくれ」

「帆を上げろ! 出港だ!」
 エフレイアの号令と共に、『海を奔る焔』号のマストに緋色の帆が翻った。魔法の風を帆に受けて、船体が桟橋から離れていく。甲板に整列した水兵たちが、王城に向かって一斉に敬礼した。
 今頃、ロイドがオーギュストに、「クラリッサ姫は移送中、不逞の『山の民』クルトによって浚われた」と報告をしているはずだった。その二人を乗せるこの船は、任務完了までの間、イストリアの軍籍を離れ、所属不明の船となる。成功しても、失敗しても、騎士として賞される事のない任務だった。
「だが、それでも、私はイストリアの騎士だ。その誇りに掛けて‥‥」
 必ずやり遂げてみせる。エフレイアは一人、覚悟を新たにした。

 どういうわけか、船にはクルトの見知った者たちが多く乗船していた。
 クラリッサに、エフレイアに水兵に志願する事を直訴したウィ・ルフラン──クルトに事情を聞いたエフレイアが「実力さえあれば素性は問わん」と採用した。今は甲板掃除の真っ最中だ──そして、男だらけの船上にあって、クラリッサの世話役に選ばれたカナンの姿まであった。
 だが、出港の時点で、『彼女』がいなかった事は確かだった。
 異国の装束に身を包んだ女行商人、メリッサ(CV:姫乃 舞(fa0634))。
 謎めいた神秘的な笑みを浮かべ、舷側に危なげも無く腰を下ろし、軽やかな声で異国の旋律を口ずさんでいた。
「道は、決まりましたか?」
 クルトに気付いたメリッサが、ふわりと甲板に舞い降りる。不思議な事に、周りには他の誰の姿も見えなかった。
「故郷に戻るというのも選択肢の一つでしょう。貴方には、帰れる場所も待ってくれている人もいるのですから。でも、貴方はそれをしなかった。旅を終えることに、どこか心残りがあったのですね」
 それは、あのシン少年‥‥シンシア王女の事か、それともまだ見ぬ世界の事か。イストリアは大陸の果てではあっても、世界の果てではない。
「この海の向こうにも、別の大陸が広がっているのです。運命の輪も、また同じ‥‥」
 運命。その言葉にクルトは首を振る。運命とは、自らの力で切り開くものではないのか。
「今回の貴方の選択で、また一つ、運命の扉が開きました。運命とは、無数の選択の結果として辿り着く道の先。たとえその選択で未来を変えることが出来なかったとしても、それこそがその人の道‥‥その人物が、世界を生きた証となるのです」
 哀しいほどに優しい瞳で、メリッサがクルトに微笑みかける。それはどこか自嘲するようで‥‥
「だから、クルトさん。貴方は貴方の思う道を進んで下さい。運命の輪は既に回り始めている。星の導きは絶対だとしても、それに抗う事が出来るのは貴方たちだけなのだから」
 いつものように謎めいた言葉を残し、姿を消すメリッサ。
 クルトは、一人、甲板に残り、ただ、星を見上げていた。