武救外伝 壁上の狙撃兵アジア・オセアニア

種類 ショート
担当 柏木雄馬
芸能 3Lv以上
獣人 1Lv以上
難度 普通
報酬 7.9万円
参加人数 8人
サポート 0人
期間 04/02〜04/06

●本文

 私の腹の下に、『常世』と『隠り世』の境があった。
 腹這いになった私の足の方には、また明日も日が昇ることを約束されたごく普通の世界が広がっていて──構えた狙撃銃の銃口の先には、クリーチャーどもの跳梁する封鎖区域──廃墟と化したトウキョウがあった。
 分厚いコンクリートで覆われた多層複合防壁『長城』──危険地帯トウキョウを二重に囲むこの『人類の防塁』の上で、私はただ、その時が来るのを待っていた。

 レティクルの向こうに、小さな子供を人質にとった3人の男の姿が見えた。一人が子供に銃を突きつけ、別の一人が周囲を警戒。残りの一人が、『長城』の一角に向かって何やら演説をぶっている。その視線の先に並ぶカメラの砲列。トウキョウ取材のマスコミたちだった。
「まるで撒かれた餌に群がる魚のようですね」
 私の隣、同じような姿勢で待機する若い狙撃兵の軽口に、私は唇の端を吊り上げた。
 犯人たちは、トウキョウの窮状がどうとか、政府の横暴がどうとか、盛んにマスコミに訴えている。だが、結局は、子供を人質にとって『自分たちを壁の外に出せ』と要求する犯罪者に過ぎない。そして、勿論、それが認められる事は無い。
「そこで俺たちの出番、ってわけですか」
「そういうことだ。さっさと片付けるぞ。俺が人質を取っている男をやる。お前は残りの二人をやれ」
 打ち合わせはそれだけ。私は、狙撃命令を伝える無線機のイヤホンを耳に突っ込むと、重い鉄帽を脇に除けて軍帽を深く被り直した。
 スコープを覗き、照準に集中する。気温、気圧、湿度、風‥‥狙撃に影響を与える諸々を計算し、照準を修正する。冷静に、平静に。もはや、レティクルに映る犯人も人質も、私の中では記号でしかない。
 命令が下された。
 発砲。何かがぶちまけられるのは一瞬。頭を殴られたように仰け反り、男が地に崩れ落ちる。マスコミの悲鳴。何事か解らずに呆けていた子供が、やがて火が付いた様に泣き始める。
「終わりましたね」
 新人も、既に二人の男を撃ち倒していた。死体が三つと泣く子が一人。こいつはちょっと夕方のニュースには映せまい。
『長城』から子供を保護しに兵たちが走っていく。事件はそれで終わるはずだった。
 演説をぶっていた男の死体が激しく痙攣し始め、めきょめきょと獣のようになり始めた。
「ナンですか、アレ!?」
「クリーチャーだ! 瀕死の『感染者』がクリーチャー化し始めたんだ。お前、止めを刺しそこなったな!?」
 クリーチャーと化した男が飛び起きて兵士たちに襲い掛かる。超人的なその力に、兵たちは為す術も無く薙ぎ払われた。
 兵たちを殺戮したクリーチャーが咆哮する。その目が、泣き叫ぶ子供を捉えた。
「いかん!」
 私は急いで銃を構え直し、それでも慎重に息を整え、集中し、照準し、引鉄を絞る。
 カチリ、という音がし──銃弾は、発射されなかった。
「不発──!?」
 慌てて廃莢し、照準し直す。だが、到底間に合わない‥‥! クリーチャーは子供へとその手を振り上げて──
 レティクルの向こうで、クリーチャーの頭が吹っ飛んだ。倒れゆくクリーチャー。銃声は、後から聞こえてきた。
「‥‥何が起きたんです?」
「‥‥狙撃だ。誰かがクリーチャーを撃った」
 私は、スコープを覗いて謎の狙撃手を探した。そして、あるビルの屋上に、それらしき姿を認めた。
「遠いですね‥‥ここからだと1000mはありますか‥‥」
 新人が感嘆して言う。私はじっと、その姿を見つめ続けた。何となく、向こうもこちらを見ている気がした。
 現場に、野戦服姿の少女が姿を現した。少女は武器を持たず、白いハンカチを大きく掲げていた。少女はそのまま子供に歩み寄り、優しく宥めて抱きかかると『長城』を一睨みしてトウキョウの奥へと消えていった。
 それを見届けたのか、撤収する狙撃手。
「ウォールブレイカーの狙撃兵か」
 ポツリと呟く。それが、私と『彼』との出会いだった。

 上官のオフィスに呼び出されたのは、一週間後のことだった。
「この一週間で、壁上で警戒中の士官が3人狙撃された。恐らくはウォールブレイカーの狙撃兵の仕業だろう」
 デスクに座ったまま、不機嫌そうに煙草の煙を吐く上官の話を聞いたとき、私はかの狙撃兵の事を思い出していた。恐らく『彼』だろう、と確信する。なぜだろう。『彼』とはスコープ越しに一度視線を交わしただけなのに。
「始末しろ。早急にだ」
 それだけを言うと、上官は煩わしげに手を振った。心中で舌打ちしかけ、上官の書いているのが遺族への手紙である事に思い至った。私は敬礼を一つ残し、オフィスを去った。
 自分が軍人である事を、久しぶりに思い出していた。

●出演者募集
 以上がドラマ『武装救急隊外伝 壁の上の狙撃兵』の冒頭部分になります。
 このドラマの制作に当たり、出演者を募集します。
 PL(プレイヤー)のプレイングとそれに対する判定がドラマの脚本となり、
 PC(キャラクター)がそれを演じることになります。

 オープニングと設定を使って、ドラマを完成させてください。
 皆で協力して、ドラマを作り上げる事が目的です。

●設定
 ──20XX年。新型爆弾に汚染され、『長城』により閉鎖された旧トウキョウ地区。
 隔離された内部には、新型爆弾の影響で異形の姿になった人々が見捨てられていた。
 各地にキャンプを作り、身を寄せ合って暮らす異形の人々。
 そんな彼等を救うべく設立された民間の武装救急団体──

 『武装救急隊』は、そんな世界を舞台にしたドラマです。
 『壁の上の狙撃兵』は、その同一世界観を用いた外伝となります。

1.トウキョウ閉鎖地区
 20XX年。新型爆弾に汚染され、軍により閉鎖された地域です。
 トウキョウを二重に取り囲む『長城』によって封鎖されています。
 人々は各地の避難キャンプに集まり、『発病』に怯えながら暮らしています。

2.クリーチャー
 新型爆弾の影響で発生した生物兵器的モンスター。
 既存の生物を戦闘に特化した存在です。
 当然、人間も例外ではなく、『発病』するとクリーチャーになります。
 人間型クリーチャーは、完全獣化状態で表現されます。

3.新型爆弾
 現実にはありえない不思議爆弾。
 劇中でこの新型爆弾について語られる事はありません。
 この新型爆弾の影響で、トウキョウは『クリーチャー』の跋扈する隔離地域になりました。

4.軍
 多大な被害を出したこともあり、トウキョウから引き上げ、『長城』の防衛に全力を注いでいます。
 キャンプの人々に対して同情的な者もいれば、クリーチャー予備軍と警戒する者もいます。

5.武装勢力『ウォールブレイカー』
 外界への解放を求め、トウキョウ地区を完全隔離する壁『長城』の破壊を目指すグループ。
 テロリストであると同時に、山賊化した武装勢力を討伐する『自警組織』でもあります。

●今回の参加者

 fa0126 かいる(31歳・♂・虎)
 fa3425 ベオウルフ(25歳・♂・狼)
 fa3656 藤宮 誠士郎(37歳・♂・蝙蝠)
 fa3678 片倉 神無(37歳・♂・鷹)
 fa3831 水沢 鷹弘(35歳・♂・獅子)
 fa3853 響 愛華(19歳・♀・犬)
 fa4354 沢渡霧江(25歳・♀・狼)
 fa4556 (25歳・♂・豹)

●リプレイ本文

 サァー‥‥と霧のような雨が降ってきた。
 灰色の雲。灰色の街。雨に煙った街並みは、墨絵か何かのように無彩色に沈んでゆく。
 狙撃兵、雨竜 晶(役:水沢 鷹弘(fa3831))少尉は、スコープの表面が曇らないようそっと顔を遠ざけた。身体の下に敷いた毛布越しに、コンクリートの冷たさが身に沁みてくる。それでも雨竜は、その身に被った灰色の防水布の中で『長城』の壁上に身を伏せたままじっと姿勢を動かさなかった。
 慎重に、防水布から突き出したスコープを横に振る。レンズ越しに、廃墟の街並みを慎重に進む兵隊たちの姿が見えた。野戦服、灰色の外套、手にした自動小銃。味方だ。街に潜む狙撃兵の探索に出された小隊の一つだった。
「‥‥ザ‥‥ザザ‥‥第二小隊より狙撃班‥‥おい、聞こえてるか、雨竜? ‥‥ったく。『長城』付近は電波が乱れて困る。廃墟を虱潰しにするだけでも億劫だというのにこの雨‥‥まったく、厄介な敵が現れてくれたもんだ」
 耳に突っ込んだイヤホンから聞き慣れた声が聞こえてきた。その小隊を率いている曽根崎能子(役:沢渡霧江(fa4354))少尉のものだった。スコープの向こうでヘッドセットのマイクを口元に寄せている。曽根崎は雨竜と同じく下士官上がりの叩き上げで、同時期に少尉になっていた。
「まさかクリーチャーじゃなく人間を相手にする羽目になるとはね‥‥あー、こちら狙撃班ベオ軍曹。こっちには聞こえてますよ、曽根崎少尉殿?」
 雨竜が返事をする前に、部下の狙撃兵、ベオ(役:ベオウルフ(fa3425))が答えた。部下たちは皆それぞれ、『長城』上に築かれたトーチカで狙撃態勢を取っている。
「連中には分からないのさ。『長城』を守る事は、イコール、秩序を守る事だ、ってことにな。多数の為に少数を切り捨てる。それが民主主義のお約束だ。今回は偶々、連中が切り捨てられる側になっただけの話さ」
 その曽根崎の言葉に、誰かが溜め息をつく音がマイクに入った。ベオではない。部下の狙撃兵、甲斐(役:かいる(fa0126))伍長だろう。
「なんだ、伍長。『長城』を守って連中を撃つ事に抵抗があるのか?」
「いえ‥‥『長城』の建設と防衛‥‥これは非道に見えても誰かがやらねばいけない事です。ここの実情を知ってしまった以上、途中で抜けれませんし」
 何かを押し殺すように淡々と、甲斐が答える。それを聞いて、雨竜は今回の命令を受けた時の事を思い出していた。
「例の狙撃手に対する攻撃命令が出た、って、本当ですか?」
 上官のオフィスを辞した雨竜に、甲斐が駆け寄ってそう尋ねてきた。
「なんてこった。話せば分かる相手かもしれないのに。雨竜少尉も見たでしょう? あの狙撃手はあの子供を助けたんですよ!?」
 たしかにあの狙撃は見事だった。あの狙撃手がクリーチャーを撃たなければあの子は助からなかっただろう。
 だが、それでも。
 雨竜はまっすぐに無言で甲斐を見つめた。気付いて甲斐が姿勢を正す。
「失言でした。‥‥もう三人も殺られている。分かってはいるんですが‥‥」
 敬礼一つ残して立ち去る甲斐。その背中を雨竜はやるせない気持ちで見送った‥‥
「‥‥だけどよ、そういう汚れ役を押し付けられるのはいつも俺たち下っ端だよな」
 ベオの愚痴で雨竜は我に返った。エスカレートしたベオが上官や政府を批判をする前に止めた方がいいだろう。
「こちら狙撃班雨竜。任務中の私語は厳禁されているはずだぞ、曽根崎。うちの純真な若い連中をからかうのがこの通信の目的か?」
「まさか。ここから少し先、ウォールブレイカーの一小隊が『長城』に向けて移動中だ。殲滅する。援護してくれ」

 今回の任務に一体、何の意味があるのだろうか。
 『長城』へと向かう小隊の中央、配られたばかりの散弾銃を背負って歩きながら、葛城 縁(役:響 愛華(fa3853))はそんな事を考えていた。
「今回の行動は『長城』の情報収集と物資補給ルートの確保に関する一連の作戦の為の陽動だ」
 出発前、リーダーの鮫島博史(役:藤宮 誠士郎(fa3656))はそんな事を言っていたが、一兵卒の‥‥ましてや、ついこの間まで大学生だった自分には分からなかった。鮫島の腹心である神宮司宗二(役:諒(fa4556))の精鋭部隊は、本隊を離れ別行動に入った。自分のような新兵もどきの隊は後方に配置されたが、先程からあちこちで銃声が響いていたので不安だった。
 ふと田舎の母が持たせた御守りが地面の上に落ちた。葛城はそれを拾おうと身を屈ませ‥‥不意に、何かが空気を切り裂く音と、水風船が割れるような音を聞いた。何か熱い液体が降りかかる。顔を上げるよりも早く、前を歩く分隊長の背中が倒れ掛かってきた。
 血煙が上がる。何が何だか分からずに分隊長の背中を受け止めた葛城の周りで、兵たちが次々と倒れていく。誰かが敵襲と叫ぶのを聞いて、ようやく自分たちが狙われている事を知った。
 葛城は、撃たれて負傷した分隊長を瓦礫の陰へと引きずっていった。引きずりながら倒れこみ、背中から自分のハンカチで傷口を押さえるとそれはあっという間に真っ赤に染まった。荒い息を吐く分隊長は、葛城に銃を持てと言いながら腰に提げたトランシーバーに手を伸ばそうとして‥‥胸に銃撃を受けて絶命した。
 ここも狙撃兵に狙われている‥‥! 分隊長の身体越しに感じた着弾の衝撃に身震いしながら、葛城はその死体の下に潜り込んだ。
 軍の一部隊──曽根崎の小隊が襲い掛かってきたのはその時だった。よく訓練された部隊らしく、確実に葛城たちを追い詰めていく。葛城は、分隊長の落とした血塗れの無線機を掴み寄せると、半泣きになりながら叫んだ。
「こちらB中隊第四小隊! 敵の攻撃を受けています。至急、救援を願います!」

 廃墟のビルの一室。床に置いた無線機が葛城の悲痛な救援要請を垂れ流していた。
 それをどこか遠くに聞きながら、ウォールブレイカーの狙撃手、伊勢崎遼兵(役:片倉 神無(fa3678))は、頭から被った毛布を落とした。だが、窓から聞こえる銃声も、無線機越しの銃声も、伊勢崎を素通りしていく。伊勢崎は気だるそうに、落ちた毛布を被り直した。
 伊勢崎の任務は、囮だった。『長城』の近くまで進出して廃墟に潜り込み、派手な狙撃行動で軍の目を引きつけて本来の目的を隠蔽する。それが役割だ。
「お前の腕に全てがかかっている。‥‥すまんな。生還の保証の無い任務になってしまうが‥‥」
 出掛けに鮫島がそう言っていたが‥‥そんな事はどうでも良かった。本音を言えば、ウォールブレイカーの理念や目的すら、伊勢崎には関心の無い事だった。ただ、狙撃以外に能の無い『狙撃屋』の自分が、このトウキョウに閉じ込められてその本領を発揮できる所がここしかなかっただけだ。
 戦場を抜け出すのなら、混乱している今が機会だ。だが、伊勢崎はそうしなかった。
 先の事件の折に壁上にいた軍の狙撃兵。1kmという距離を挟んで出会ったその男は、自分を討つ為に必ず出てくる。伊勢崎はそれを待っていた。
「狙撃兵の攻撃で死傷者多数。このままじゃみんな死んじゃう‥‥誰か、誰か助けて!」
 毛布を跳ね除け、伊勢崎が立ち上がる。先程までとは違い、その瞳は爛々と輝いていた。

 狙撃班の援護を受けた曽根崎の小隊は、葛城のいる小隊を完全に包囲下に置いていた。
「帰ったら一杯奢らせてもらう。取って置きのいい酒があるんだ」
 遠く、スコープの向こう側で、曽根崎が雨竜の方を見る。返事を返す前に、その曽根崎の頭部が血を吹いた。
 倒れる曽根崎。狙撃兵だ、とベオが叫び、兵たちも慌てて身を隠す。雨竜はぎゅっと唇を噛むと、マイクに向かって呟いた。
「誰か。狙撃手の位置を確認したか?」
 答えがある前に、何かが砕ける音と短い悲鳴が耳を打った。
「ベオ、どうした?」
「〜〜〜〜!!!」
 返事はなく、代わりにカチ、カチと無線機のスイッチを押す音が聞こえてきた。被弾して負傷したようだった。続けて甲斐の悲鳴。何かが割れる音がした。
「破片でスコープをやられました。予備を出しますが調整が‥‥」
 何てことだ。瞬く間に二人を戦力外にされてしまった。だというのに、こちらは敵の位置を特定できていない。雨竜は頭を下げ、コンクリにその頬を押し付けた。
 クリーチャーだ! という兵の叫びを聞いたのはその時だった。壁上を這い進み、慎重にスコープで戦場を見る。恐らく瀕死のウォールブレイカーが『発病』したのだろう。何体かのクリーチャーが咆哮し、敵味方の区別無く襲い始めていた。
 ターン、と、狙撃銃独特の空気を切り裂くような音がした。スコープの先で仰け反るクリーチャー。どこからか、あの狙撃手がクリーチャーを狙撃している。
 雨竜はほんの数秒の間考えると、自分も身を起こしてクリーチャーに向けて発砲しだした。

 数分後、全てのクリーチャーは駆逐された。両軍は大きな被害を出し、それぞれ負傷者を連れて退き始めていた。
 『戦場』には、雨竜と伊勢崎、二人の狙撃手だけが残った。壁上の雨竜と、廃ビルの給水塔にいる伊勢崎と。クリーチャーを倒す為に撃ち続けた銃身は熱を帯び、霧雨に触れて薄く白煙を上げる。互いの位置は、既に露呈していた。
 1kmの距離を挟み、スコープ越しに対峙する二人。伊勢崎はニヤリと唇を歪めた。
「やはりいい腕だ」
 満足そうに呟く。『決闘』に相応しい相手だった。ジリジリと締め付ける焦燥感と、キリキリと引きつる緊張感と。そして、これまで積み上げてきた技術と能力の全てを曝け出す喜びと興奮。それでいて、思考の中心は冷え切って冷静に弾道計算を導き出す。
 これだ。これこそを俺は求めていた。同じ狙撃手のあんたには分かるだろう。対戦車兵器や重砲を撃ち込むような無粋はいらない。この狂った時代、狂った世界に生まれた甲斐というものは、全てこの瞬間の為に違いない。
 ほぼ同時に互いが発砲する。それぞれの初弾は外れてコンクリの壁を砕いて終わった。着弾を見て照準を修正。これで‥‥次は二人のどちらかが‥‥あるいは両方が倒れる事になる。
 一方、雨竜は淡々と、マイクに向かって告げていた。
「目標に照準。命令を」
 即座に命令が下される。発砲は同時。永遠にも近い一瞬が過ぎ──伊勢崎がゆっくりと、給水塔の上から転げ落ちた。
 愛銃が手を離れる。ビルの上から落ちていきながら、伊勢崎は名残惜しそうに手を伸ばして、止めた。
「居場所の無い狙撃屋が、同じ狙撃手との撃ち合いでくたばる。本望さ」
 自らが好敵手を打ち倒したかは分からなかった。だが、伊勢崎は、満足そうに微笑みながらその目を閉じた。

「みんな、頑張って。生きて帰るんだよ!」
 『敗走』する味方を励ましながら、葛城は残兵を率いて後退していた。負傷者に肩を貸しながら伊勢崎のいるビルを見上げる。伊勢崎が落ちていったのは、その時だった。
「‥‥!」
 最後まで自分たちの撤退を援護し続けた狙撃手の死に兵たちが動揺する。どこか近づき難かった狙撃手の顔を思い出し、葛城はしばし瞑目した。
「大丈夫だよ。あの人が命を懸けて撃ち合ったんだから。相手の狙撃手も無事じゃないよ」
 実際、どうだったのか葛城には分からない。だが、その背中に弾が飛んでくる事はなかった。

「ご苦労だった。首尾はどうか?」
 夕陽の差し込むウォールブレイカー本陣。帰還した神宮寺に、鮫島が報告を促した。
「はい。軍内に残した協力者との接触に成功しました。壁の外の情勢は報告書の通りです。今後の物資の補給と搬入に関しての目処がつきました。例のブツに関しても、域内の職人たちの協力が得られそうです」
 頷き、窓の外へと顔を向ける鮫島。夕陽で赤く染まった廃墟の街並みが、まるで血で染め上げられたかのようだった。
「このトウキョウに残された時間は無限ではない。いつ何時、地獄の釜が開いてもおかしくはない」
「‥‥第三次発生期‥‥」
「そうだ。再びあの規模のクリーチャー化が発生すれば、今度こそ『長城』内の者は死に絶えるしかない」
 苦渋の表情の鮫島が振り返る。街並みと同じく、その姿も赤く染まっていた。
「だからこそ、一刻も早く、あの世界を隔てる壁を砕かねばならん。だが、急いて事を仕損じるわけにもいかん。我々の後にはもう誰もいない」
「分かっています。為さねばなりません。たとえ死の荒野を駆け抜け、血の大河を渡る事になろうとも」
 神宮寺は頷いた。夕陽に赤く染まった自分の姿は、きっと血に濡れた悪鬼に見えるに違いない。

「不器用な男だったんだろうな」
 件の狙撃手を思い出し、雨竜はそんな事を考えていた。あの時、クリーチャーや仲間をほっといて雨竜を撃っていれば、あの男は死なずに済んだのだ。
 ある意味では、狙撃手に向いていなかったのかもしれない。この目の前の巨漢の部下のように。
「俺、今日付けで除隊しました。なんていうか、今度の一件でやっぱ向いてないと思いまして。今度、壁の外で民間の新しい組織ができるそうなのでそっちにいきます」
 苦笑しながら頬を掻く私服姿の元部下に、雨竜は右手を差し出した。上官と部下としてではなく、一人の男として。
「ベオも軍を去るそうだが、お前もか。寂しくなるな」
 涙ぐみながら、笑顔で去る甲斐。それを見送りながら、雨竜は青空を背にそびえ立つ『長城』を見上げた。
 これからも、自分はここでこの壁を守り続けるのだろう。矛盾を背負い、その手を汚し続けて。
「もしかしたら、お前が俺の墓標なのかもな」
 らしくない事を言った。雨竜は頭を掻きながら、壁の中へと帰って行った。