踊り場のNWアジア・オセアニア

種類 ショート
担当 柏木雄馬
芸能 2Lv以上
獣人 2Lv以上
難度 やや難
報酬 3.1万円
参加人数 8人
サポート 0人
期間 04/30〜05/04

●本文

 芸能界、という名の一つの『世界』。そこは、遥かな昔より、獣人たちによって占められていた。
 獣人達が生き延びる為に作られた小さな『世界』。それは、時代の流れとメディアの拡充により、外の世界と交じり合い、今では人々の生活の一部と化している。
 メンテや納品の為に出入する業者。イベント、公開録画、展望台やレストランなどを利用する一般客など。TV局にも、一般の人々が多く訪れるようになっており、獣人たちの『聖域』たる芸能界も、時代に合わせてその性格を変えていくのだろう。

 その日、TOMITVではイベントが行われており、ゴールデンウィークということもあって、いつも以上の『盛況』ぶりを見せていた。
 もっとも、ADである藤森亮太にとっては、あまり関係の無い話であった。彼の関わるドラマのスペースはイベント会社に委託されており、既に彼を含むスタッフの手を離れている。そのイベント自体の撮影が行われる予定も、ドラマ系のADである藤森にはなく‥‥彼は、次のドラマ撮影に使われる資料を求めて、資料室へと続く薄暗い廊下を‥‥一般公開はされていない、テレビマンの『聖域』を歩いていった。
 異変に気付いたのは、両手一杯に資料を抱えて資料室を出た時だった。
 廊下の突き当たりにある非常口の扉が開きっぱなしになっていて、イベントを見に来た人だろう、外部の人間が何人か入り込んでいた。
 ありえない事だ。警備は何をしていたのだろう? 周囲を見回すが、藤森の他には誰もいなかった。仕方なく、藤森は小走りで彼等に近づいて、ここは関係者以外立入禁止である事を伝えた。
 自分とほぼ変わらない年齢の若者たちだった。彼等はあっけらかんとした調子で謝罪すると、そのまま外へと出て行った。藤森は、肩を竦めて溜め息を吐くと、非常扉を器用に足だけでバタンと閉めた。
 重い音が廊下に響く。その廊下の先に、フラフラとした足取りで歩く赤いドレスの女が見えた。
 薄暗い廊下。まるで何日も水を換えていない水槽の中の金魚のように、ドレスがゆらゆらと揺れていた。その姿が、廊下を曲がって階段の方に消えていく。
 関係者だろうか。だが、もしかしたら先程の若者たちの連れかもしれない。藤森は、両手に荷物を抱えたまま、小走りで後を追った。
 女は、上階へと続く階段を、一歩一歩、まるで死者のように上って行く。その背に向かって、藤森は声を掛けた。
「あの、ここは関係者以外立ち入り禁止ですよ」
 返事はなく、歩みも止まらない。溜め息を吐いて、藤森が追いかける。
 踊り場で追いついた。
 振り返った女の顔は、NWのそれだった。
 女の右腕が突然弾け、蟷螂の鎌状に伸びて広がる。
 振るわれるその『凶器』。
 突然の事に反応できなかった藤森の、抱えていた資料──ビデオや書籍、ファイル等がぶちまけられる。
 派手な音を立て、階段を転がり落ちる藤森。敢えて最下段まで転がり、防火扉に叩きつけられながらも両腕で首を守る。
 顔を上げた時、NWは踊り場から動いていなかった。よかった。命拾いをした。身体のあちこちが痛む。本能的に半獣化しなければ、骨がやられていたかもしれない。
 立ち上がろうとして、藤森は足首に走った激痛に顔を歪ませた。どうやら捻ってしまったらしい。
 NWが、ゆっくりと、動けない藤森に近づこうと階段を一段下り‥‥その動きが止まった。
 周囲から、バタバタと騒々しい足音が聞こえてくる。異変に気付いた獣人達が集まってくる音だ。
「助かった‥‥かな?」
 藤森は安堵の溜め息を吐いた。派手に階段を転がり落ちた甲斐があったというものだった。

●目的
 TOMITV階段踊り場に現れたNWを殲滅して下さい。

●状況および制限
 PCは、TOMITV局内にいた芸能関係者となります。
 芸能活動中(もしくはその前後)の為、武器や防具、一般的ではないアクセサリーは装備できません。
 その上、イベント中という事もあり、局内には一般人が多くいます。
 NWのいる場所は関係者以外立入禁止の場所ですが、激しい戦闘が発生すれば集まってくるかもしれません。
 また、イベントと併せて、小学生の社会化見学が局内で行われています。大人数でエレベーターが使えない為、フロア間の移動は階段を使う事になっています。
 完全獣化には1分も時間が掛かり、目撃される危険も大きいので、止めておいた方が無難です。

●NW
 人間に感染し、実体化したNWです。
 赤いドレス姿の女性の、顔から首、右腕にかけて、カマキリのように変形・甲殻化しています。
 既にNWの実体化が行われている為、助ける事は出来ません。
 コアは、実体化した喉の正面、顎の下に確認されます。
 一部だけが実体化したその姿から、あまり高い戦闘能力はないと考えられます。
 ただ、獣人側に課せられた制限も厳しいので、状況は『とんとん』でしょう。

●戦場
 TOMITV内の階段およびその踊り場です。
 窓は無く、薄暗く、せいぜい二人並んで歩ける程度の広さです。
 床には藤森が落とした資料類が散らばり、さらに足場が悪くなっています。
 とにかく狭く、戦闘にも影響が出ます。廊下はもう少し戦い易いのですが、目撃される危険が倍増します。

●藤森亮太
 AD。中肉中背、取り立てて目立つ所も無いメガネの19歳。
 ディレクターになるべく勉強中の『おさんどん』青年。
 熊獣人だが、完全獣化すると小熊のぬいぐるみのような外見になる事がコンプレックス。
 戦闘能力は近接系だが、足を挫いて動けないので役立たず。

●今回の参加者

 fa0190 ベルシード(15歳・♀・狐)
 fa0640 湯ノ花 ゆくる(14歳・♀・蝙蝠)
 fa0791 美角やよい(20歳・♀・牛)
 fa1402 三田 舞夜(32歳・♂・狼)
 fa2431 高白百合(17歳・♀・鷹)
 fa2944 モヒカン(55歳・♂・熊)
 fa4554 叢雲 颯雪(14歳・♀・豹)
 fa5576 奏上 静(18歳・♂・豹)

●リプレイ本文

 最初に現場に到着したのは、番組の打ち合わせで局を訪れていた音楽演出家の三田 舞夜(fa1402)だった。
 イベント期間中、一般にも開放された食堂の人の多さに辟易した三田は、空いた小腹をどうしようかと思案しながら廊下を戻る途中だった。
 階段の方から、何かが激突するような音が聞こえてきたのは、その時だった。
「‥‥」
 足を止める三田。そのまま通り過ぎても良かったが、無視をするにはその物音は派手すぎた。
 それに、まぁ、ロマンスはいつ、どこに転がっているか知れない。
「さてさて。どんな可愛いドジっ娘が転んだのかなぁ?」
 階段へと足を踏み入れる三田。階下の踊り場に見出したのは、赤いドレス姿の蟷螂頭のNW‥‥さすがにロマンスはご遠慮したい相手だった。
「やれやれ。現実って切ないねぇ」
 特に動じる事無く、がっくりと肩を落とす三田。溜め息をつきながら、とりあえず、防火シャッターを下ろすスイッチを押し込んだ。

 局内の一部に、火災を知らせる警報が鳴り響いた。
 その時、イベント参加のスーツアクター、美角やよい(fa0791)は、休憩用に割り当てられた一室で、着ぐるみの背中、開いたファスナーの隙間から『生えて』いた。そのままの姿勢で椅子に腰を下ろし、弁当とペットボトルのお茶をかっ食らっていたのだが‥‥
 そこへ、奏上 静(fa5576)が飛び込んできた。
「誰か、いるか?! NWが‥‥っ!?」
 殆ど下着姿同然の美角に気付き、奏上は慌てて後ろを向いた。
「っ‥‥悪ぃ!」
「あー、いいよ、気にしないで。それより、NWだって?」
 特に気にした風もなく、美角は着ぐるみから足を引っこ抜き、手近に合った着替えを重ねて現場へと向かった。
 そこには既に、タレントのベルシード(fa0190)と悪役俳優のモヒカン(fa2944)が到着していた。
「だから、火災警報は切っちゃって下さい‥‥誤報? そうとも言い切れないけど、火事は起きていないから‥‥いや、防火シャッターはそのままで‥‥だから、NWが出たんだってば!」
 ベルシードは、内線で警備室かどこかと連絡を取っていた。相手は状況が理解できていないのか、ベルシードの声が次第に熱を帯びていく。
 一方、モヒカンは、何かの撮影中だったのか、タキシードでアフロだった。正装の下で、年齢を感じさせない筋肉が盛り上がる。
 防火扉の前には、足を痛めて動けないAD藤森。そして、見上げる踊り場に、NWがいた。
「‥‥まったく、あいつら、ホント神出鬼没だねぇ。TV局内にまで出てくる事はねーだろ」
 シャイニンググローブに腕を通しながら、奏上が苦笑した。

 その少し前。踊り場を挟んだ上階では、三田が高白百合(fa2431)に怒られていた。
「なんで防火シャッターを下ろすんですか。火災警報と連動しているんですよ!?」
「知ってる。中学の時、悪戯して怒られた友人がいた」
「じゃあ、なんでやるんですか!」
 オフだったのか、高白は私服姿だった。女優にしては、ファッション性よりも動き易さを重視した服だった。
 その高白が顔を赤くして怒るのを、三田は苦笑交じりに聞いていた。まさか、この歳になって年下の女性に怒られるとは思ってもみなかった。
「NWを逃がさんようにするのが最優先だしなぁ」
「だからって‥‥!」
 言い争い(?)を続ける二人の横を、叢雲 颯雪(fa4554)が走り抜けた。階段最上段で足を止め、階下にNWを確認する。
「NWっ!」
 思わず胸元へと手を伸ばす叢雲。だが、そこに愛用のGlockenspielは無かった。
(「待て、落ち着け私。当たり前だ。銃なんて持ってきてない」)
 NWを目の前にして、歯噛みする叢雲。昔からただひたすらに、NWと戦う為に銃の扱いを教え込まれてきた。だが、今、その銃がない。
(「退がるか‥‥?」)
 一瞬、そんな考えが頭をよぎる。銃を持たない銃手など、何の役にも立ちはしない‥‥
「‥‥NW‥‥です‥‥」
 いつの間にか、叢雲のすぐ隣りに一人の少女(湯ノ花 ゆくる(fa0640))が立っていた。TVか何かで見た顔だった。私服姿で、正体を隠す為か、ぐるぐるの眼鏡をかけていた。
「‥‥お姉‥‥いな‥‥ら、N‥‥は、私が、倒します‥‥です‥‥」
 小さな声で呟きながら、決意に満ちた表情を見せた湯ノ花は‥‥荷物の中から、おもむろに大きなメロンパンを取り出した。なぜにメロンパン? と不思議に思う叢雲の前で、湯ノ花がそれを割る。中から出てきたのは、ビニールに入った特殊警棒だった。
 あっけにとられる叢雲の前で、湯ノ花がもそもそと警棒を取り出す。自分とそう変わらない年齢に見える少女が戦おうとするのを見て、叢雲は、覚悟を決めた。
(「逃げる‥‥? 冗談じゃない。ここでNWに背を向ける選択肢はない!」)
 叢雲は、袖口に隠してあったヴァイブレードナイフを手に滑らせると、戦場へと身を躍らせた。
「‥‥あなたは行かないんですか?」
 ‥‥二人の少女、叢雲と湯ノ花が戦闘に入るのを見ても動かない三田に、高白が眉を顰めて尋ねた。
「んー、なし崩しで戦闘に入るのは、主義に合わんなぁ‥‥それよりも、ほら、『お客さん』たちが来たみたいだぞ?」
 肩を竦めて答えると、三田は一角にある消火器を手に取り、それを振り回しながら、廊下の先に顎をしゃくった。一部の一般客が避難路の確認をしようとやって来たようだった。
「〜〜〜!!」
 名状し難い表情を浮かべ、高白が廊下へと飛び出していく。スタッフの何人かが、困ったように高白を振り返った。
(「今、この先の階段の踊り場でNW戦が行われています。大丈夫。慌てず、落ち着いて。とにかく、皆に連絡して上階、下階共、この一帯から部外者を遠ざけましょう」)
 高白は、見知ったスタッフに『知友心話』で状況を伝えると、自らにも言い聞かせるように繰り返した。歩く速さを緩め、眉間の皺を消し、笑みさえ浮かべて人々に正対する。女優、高白百合の『戦い』が、階段とは別の場所で始まろうとしていた。

 最初にNWに仕掛けたのは、下階より駆け上がったモヒカンだった。
 行動は至ってシンプル。体格を活かして正面から突っ込み、腕力を活かしてぶん殴る。
 一方、それを迎撃するNWは地の利を活かそうとする。伸ばせば意外と長い蟷螂の鎌を鞭のように振り被り、高所から打ち据える。
 ベルシードの作った『灰代傀儡』がその一撃で砕け散る。空中に舞う灰の雲。それを突き抜けて、モヒカンがNWへと肉薄する。
 次の瞬間、踏み込んだモヒカンの右足が、足元に散らばる資料の一つを踏んだ。
「ぬっ!?」
 身が軽いとは言えないモヒカンがバランスを崩す。そこへ繰り出されたハイヒールによる一撃は、モヒカンを容易く下へと突き落とした。
 もんどりをうって、階段を転げ落ちるモヒカン。狭い階段には避ける余裕もなく‥‥巨体は、『金剛力増』と『霊包神衣』をかけ終えて続いた美角をも巻き込んだ。
「ちょっとおぉぅ!?」
 悲鳴を上げて転がる美角がモヒカンの下敷きになる。追い打ちをかけようとするNW。そこへ、ナイフを構えた叢雲が上階から『降って』くる。
 翻る赤いドレス。撓る鎌腕。NWが追い打ちをキャンセルして叢雲を迎撃しようとする。
 その眼前に、ベルシードは『飛操火玉』で操った火の玉を飛ばしてやった。手の平の上に灯った小さな三つの火の玉は、ベルシードの意思を受けてクルクルと回りながら宙を舞い、NWを一瞬仰け反らせた。
 その隙に、叢雲はNWに斬りかかっていた。
 空中から振り下ろされたヴァイブレードナイフの一撃が、NWを肩から袈裟懸けに斬り裂いた。赤いドレスが破れ、片方の乳房が露わになる。
 大きく身体を沈み込ませ、落下の衝撃を吸収する叢雲。そこからさらに、掬い上げるように左手の『爪』で一撃する。
 『放雷紫爪』。雷を纏って白光するその『爪』に、NWはスカートをはためかせて跳び退さる。視線を外さず、すかさずその懐へ飛び込む叢雲。その突き出された左腕を、NWの鎌ががっちりと挟み込んだ。
「しまった‥‥!」
 振り解こうとする叢雲。NWのスカートが持ち上がり、腰骨から生えた新たな腕が姿を見せた。
「隠し腕!?」
 驚愕に目を見開く叢雲に、先端の尖った隠し腕が突き出される。それは叢雲の脇腹を掠め過ぎ、その白い肌を切り裂いた。続く二撃目を辛うじてナイフで受け流す叢雲。だが、拘束されたままでは距離も取れない。
 すかさずベルシードの火球が飛ぶが、NWはそれを無視するようになっていた。ベルシードは舌打ちし、火球を纏めて叩きつける。
 叢雲を拘束していたNWの鎌が、ヒビ割れを表面に浮かび上がらせたのはその時だった。
 NWが苦悶するように身悶えて叢雲を放す。自由になった叢雲は傷口を押さえながら、壁にその背中を預けた。
「やり‥‥ました‥‥!」
 上階にいる湯ノ花が興奮したように息を吐いた。
 これまでずっと『攻律音波』でNWの鎌を破壊しようとしていたのだが、素早く振り回される鎌に合わせた『調律』に手間取り、最低限の音波しか出せなかった。叢雲を拘束して動きが止まった時、湯ノ花は機を逃さず、残りの『攻律音波』を叩き付けたのだった。
 そこへ、『地壁走動』を使って側壁を駆け上った奏上が突っ込んだ。
 とっさに使った『地壁走動』で側壁に飛び付き、モヒカン落下の難を逃れていた奏上は、側壁を走りながら、奏上からは床に寝ているように見えるNWを思いっきり蹴り上げた。さらに、側壁を飛び移りつつ、拳にはめたシャイニンググローブで──さすがに光らせはしなかったが──NWを殴り飛ばす。
 追い詰められたNWは、踊り場から下階へと跳躍した。そのまま走り抜けようとするNW。予期していたベルシードがそこへ立ち塞がり、逃げ道を塞ぐ。たたらを踏むNW。ただ、一つ、想定外だとすれば、そこに動けないAD藤森がいる事で‥‥
 やけっぱち気味に、鎌を藤森に振り上げるNW。その頭部に、ごいん、と消火器が落ちてきた。頭上の三田が落とした物だった。
「間一髪‥‥だけど、まぁ、そうなるよねぇ」
 達観したように呟く三田。階下では、落とした消火器が派手に消化剤を撒き散らしていた。
 跳ね回るホースと、真っ白な消化剤。白い煙幕に紛れ、NWが逃げようとする。
 そんなNWの首を、がっちりと抱え込む腕があった。
「逃がさ、ないん、だからあ‥‥!」
 それは、消化剤で真っ白になった美角だった。『霊包神衣』で致命的なダメージを避けた美角は、ようやくモヒカンの下から這い出してNWに組み付いたのだった。
 暴れるNW。美角は大きく背中を仰け反らせ、その角を叩きつけた。べきょっ、と、NWの頭部が大きくへこむ。二度、三度。もはや、NWに抵抗する力は残っていなかった。

 ‥‥NWとの戦闘自体は2分と掛からずに終わったが、高白の戦いは、むしろそれからが本番だった。
「警報は誤報です。避難の必要はありません‥‥ですから、ここは元々立ち入り禁止区域でして。ええ。ええ。とにかく、番組に使う貴重品の搬送中だかなんだかで通行禁止です。とにかくっ、ご遠慮くださいねっ♪」
 ニコヤカナ笑みを浮かべ、一般客に応対する高白。内心を覆い隠して応対するその様は、ある意味、女優としての面目躍如だった。だが、あまりにしつこい一般客を相手にすると、時折ゆらりと殺気に似た何かが立ち上る。
 だが、それもしょうがない。彼女の背後には、それはもう凄い事になっている戦場跡が広がっており、何としても一般客の通過を阻止しなければならないのだから。

「いやはや。しかし、後片付けってメンドイねぇ。ま、自分で撒いた種なんだけどさ」
 消化剤まみれになった床を延々と塗れモップで拭きながら、三田はふぅと溜め息を吐いた。実際、NWの『残骸』の片付けよりも、こちらの方が手間だった。
「NWが実体化すると元の生物とは違うモノになるって‥‥本当なんだ」
 同じく、モップを手にしたベルシードが、段ボール箱に入れられたNWを見て言う。その死骸からは血の一滴も零れていなかった。
「まったく。細胞の一片まで人外のモノと化し、何も残さずこの世から消えていく、か‥‥」
 ダンボール箱に突っ込まれた赤いドレス。その生前に思いを馳せ、三田は小さく目を閉じ、名も知れぬ犠牲者の冥福を祈った。
「ホント、セツナイねぇ‥‥生きて出会えてさえいたら、ロマンスも生まれたかもしれないのに、さ」

 上階では、怪我をした藤森、叢雲、モヒカンらが一角獣獣人による手当てを受けていた。
「藤森君。コアは砕いたから、感染は無し。この番組資料は問題なく使えるよ‥‥って‥‥」
 散らばっていた資料を集めて藤森に渡そうとした美角は、それらがどうしようもなく消化剤まみれなのに気がついた。始末書ものかな、と嘆く藤森に、ご愁傷様、と去っていく。
 落ち込む藤森に、叢雲が声を掛けた。
「最近、俳優に興味があるんだけど、端役でもいいから出させてもらえないかな?」
「ADの僕にそんな権限はないですよ。事務所やマネージャーさんに頼んでみたらどうですか? 元レーサーのタレントさんも変じゃないですし、仕事を重ねていけば、周りの見る目も変わるかもしれませんよ」
 その叢雲の元に、湯ノ花がやって来た。
「あの‥‥っ!」
 何かを言いかけて、口ごもる湯ノ花。何か葛藤するような表情を目まぐるしく変化させ‥‥やがて、何も言わずに手にしていたメロンパンをギュッと叢雲に押し付けた。
「あ、ありがとう‥‥」
 走り去る湯ノ花を見て、何だったのかな、と首を傾げる叢雲。
 とりあえず、メロンパンから警棒が出てこなかったのには、ホッとした。