ホワイトデードラマSPアジア・オセアニア

種類 ショート
担当 柏木雄馬
芸能 1Lv以上
獣人 1Lv以上
難度 やや難
報酬 1万円
参加人数 8人
サポート 0人
期間 03/14〜03/18

●本文

 待ち合わせ場所の公園の、花壇の中の時計が12時を指し示した。
 どこからか正午を報せる鐘の音が響いてくる。それを遠くに聞きながら、『青年』は天を仰ぎ、大きく深く溜め息をついた。
 約束の時間は10時。どうやら自分はフラれたようだ。ぼんやりとそんなことを考えた。
「バレンタインデーに告白され、ホワイトデーにフラれる、か‥‥。なんとなくで付き合った一ヶ月、愛想を尽かされるのも当然か‥‥」
 溜め息をもう一つ。そのまま5分ほど身じろぎもせずにいて、ようやく『青年』はベンチから立ち上がった。
 『老婆』と視線が合ったのは、その時だった。
 花壇を挟んだ向こう側、広いベンチの真ん中にちょこんと座る『老婆』。『青年』が公園に来た時にはもうそこに居て、今も変わらず座り続けていた。
 『老婆』はにっこりと微笑むと、『青年』を手招きした。
 きょとんとする『青年』。
 『老婆』はベンチの端に腰をずらすと、ベンチの上をポンポンと叩いて『青年』に座るように促した。

「まあ、お上がんなさい。この寒い中、ずっと座りっぱなしで寒かったでしょう?」
 『青年』が隣に座ると、『老婆』は魔法瓶を取り出して、『青年』に温かいお茶を振舞った。普段、緑茶を飲む習慣は無かったが、温かい湯気を放つそれは、冷え切った身体にはひどく魅力的だった。
 『青年』は『老婆』に礼を言うと、ゆっくりとそれを啜った。温かさが身に染みた。
「この寒空に、どうしてベンチに二時間も?」
「‥‥待ち合わせだったんです。でも、どうやらフラれたみたいです」
 苦笑して、『青年』は事のあらましを『老婆』に語った。『老婆』は相槌を打ちながら、静かに『青年』の話に聞き入った。聞き終わると、黙ってお茶のおかわりを注いでくれた。
「‥‥そういうお婆さんこそ、どうしてここに?」
 『青年』の質問に、『老婆』は柔らかく笑った。
「私も、待ち合わせみたいなものですよ」

 昔の話だ。
 1945年3月10日の空襲で家族を全て亡くした『少女』は、田舎の親戚に引き取られる事になった。
 一方、『少女』の幼馴染で、飛行予科訓練生だった『少年』も、訓練を終えて前線への配属が決まっていた。
 別れの日は3月14日。奇しくも『少女』の誕生日だった。
 今生の別れを告げる『少年』に、『少女』は手製の人形を渡して言った。
 いつか必ず、それがいつになるかは知れずとも、再会の約束をしましょう。毎年この日、私はここであなたを待ち続けます。だから──
 だから死んでくれるな、という『少女』の願いに、『少年』は何も答えず去っていった‥‥
 ‥‥それから幾十年。この町に帰ってきた『少女』は、それから毎年、『老婆』になった今もなお、この場所で『少年』を待ち続けている──

「実は、その『少年』、今も生きてるの。しかも、同じ町に、ご近所に住んでるのよ」
 『老婆』がからからと笑った。
 ‥‥特攻隊として出撃した『少年』は撃墜され、漂流しているところを敵である米軍に助けられて生き残った。
 戦後、『少年』はこの町に帰ってきたが、結局『少年』と『少女』が結ばれる事は無かった。
「自分だけ生き残ってしまった事が、許せなかったみたい」
 老婆が瞑目する。
「‥‥それでも、あなたは待ち続けるのですか?」
 『青年』の問いに、『老婆』は静かに笑った。
「ええ。だって、約束ですもの」

●PL情報
 以上が、ドラマ「遠い日の約束」の冒頭部分となります。
 このドラマの製作にあたり、出演者を募集します。
 PL(プレイヤー)のプレイングとその判定がドラマの脚本となり、
 PC(キャラクター)がそれを演じることになります。

1.目的
 冒頭部分で触れられた設定を使って、『ハッピーエンド』なストーリーを完成させてください。
 皆で協力して、ドラマを作る事が目的です。

2.ドラマ制作の制約
 劇中、『老婆』と『青年』は、公園のベンチから移動しません。
 回想シーンやラストシーンでは、この制約から自由とします。
 他の登場人物には制約はありません。

●今回の参加者

 fa0074 大海 結(14歳・♂・兎)
 fa0182 青田ぱとす(32歳・♀・豚)
 fa0363 風見・雅人(28歳・♂・パンダ)
 fa1013 都路帆乃香(24歳・♀・亀)
 fa1679 葉月竜緒(20歳・♀・竜)
 fa2724 (21歳・♀・狸)
 fa2820 瀬名 優月(19歳・♀・小鳥)
 fa2944 モヒカン(55歳・♂・熊)

●リプレイ本文

●ドラマ『遠い日の約束』キャスト

大海 結(fa0074):『少年』役。
 アイドルだが、この役の為に髪を切り、坊主頭で撮影に臨んだ。役を掴むのには苦労をした様子。

青田ぱとす(fa0182):『少女の母親』役。
 本人はまだ若いが、中年女性の演技で経験を積んでおり、今回も安定した芝居を見せた。

風見・雅人(fa0363):『青年』役。
 新人ながら存在感のある演技をする青年俳優。今回のドラマで主役の一人を危なげなく演じた。

都路帆乃香(fa1013):『少女=春日さくら』役。
 年齢よりも若い難しい役を演じきった。全体の流れから何度か修正された脚本にも対応。

葉月竜緒(fa1679):『老婆』役。
 特殊メイクを用いて老婆を演じる。難しい演技を要求されたが、何度かのリテイクを経てやりとげた。

結(fa2724):『少年の母親』役。
 タレントだが芝居にも才気を感じさせる。灰色の髪を黒く染め、『大人びた』メイクで出演。

瀬名 優月(fa2820):『青年の彼女』役。
 共演者やスタッフたちと話して役作りを行った。役に対する深い理解は演技にも好影響を与えた。

●OPから続けて本編
 1944年の末のことだった。
 夕闇の迫る頃合だった。自宅の狭い庭で見上げた鮮やかな夕焼けを、春日さくら(『老婆』の名)は今でもはっきりと覚えている。
 長く続く戦争は、真綿で首を絞めるように生活を圧迫していた。それでもまだ、少女さくらにとっては遠い世界の出来事だった。
 隣家の幼馴染の少年と、生垣を挟んで会話をするのも、さくらの日常のひとコマだった。
 だが、その日の少年は妙に歯切れが悪く、落ち着きがない様子だった。
「どうしたの?」
 さくらが問い掛ける。少年はしばし沈黙し、やがて意を決したようにこう告げた。
「‥‥予科練に志願した」
 それを聞いたとき、さくらは自分の足元が崩れ去るような衝撃を受けた。『戦争』が自分のすぐ側までやってきた瞬間だった。
「‥‥なんで‥‥?」
 呆然として、それだけを聞き返す。
 少年は視線を逸らしたまま、お国の為だ、とだけつぶやいた。

 その日の夜、さくらは母に少年が予科練に志願したことを話した。
「なんで‥‥まだ、15なのに‥‥」
 話しているうちに感極まって涙が止まらなくなったさくらを、恰幅の良い母がやさしく抱きしめた。
「あの子なりに、あんたや家族を守りたいと思ったんじゃないかな」
「‥‥そんな守られ方、いらない」
 守るというのなら、側にいてくれればいい。ただそれだけでいいのに‥‥
 泣きじゃくるさくらの背中をさすりながら、母は、男というのはそういうものだ、と説いた。
「‥‥男は寂しがりやだから、帰る場所がないと落ち着かないの。さくらは、あの子にとって帰るべき場所のひとつでしょ。だから、自分は大丈夫、って笑顔で『いってらっしゃい』『お帰りなさい』を言わないと。
 ‥‥そうしないと、男ってへそを曲げるのよ。そうなると甘えさせてもくれないんだから♪」
 明るくおどけて語る母の調子に、さくらはようやく笑顔を見せた。
「‥‥大丈夫。あんたが笑顔でいる限り、あの子は元気で帰ってくる。帰ってくるから」

 少年の入隊の日。夜も明けきれぬ中、さくらは町内会の人々と共に駅まで少年を見送りに行った。少年以外にも入隊者がいて、さくらが見知った顔もちらほらと見受けられた。
 偉い人たちの話が終わり、汽車の出発時間が近づいてきた。少年の前におばさん(少年の母)が立つ。
「お国の為に頑張ってきなさい。しっかりとやるのですよ」
「はい、母上様。一日も早く一人前の飛行士となり、お国の為に戦えるよう精進して参ります」
 この時代、見慣れた光景ではあった。だが、少年とその母、普段の二人の様子を知るさくらには、違和感を拭うことは出来なかった。
 少年と目が合った。さくらは母に言われた事を思い出し、いってらっしゃい、と微笑んだ。少年は小さく頷いた。
 汽車が汽笛を鳴らす。少年たちは列車に乗り込むと、窓の外の見送りに手を振った。
 列車が動き出すと、万歳の声が駅構内に響きわたった。さくらは、ただ懸命に、離れ行く列車に向けて手を振った。
 見送りの人々が三々五々と連れ立ってホームを離れる。少年の母親だけが、列車が消えた線路の先をただじっと見続けていた。

 家に帰ると、母がさくらにお隣の奥さん(少年の母)を呼んでくるように言いつけた。
「一人きりの食事は寂しいものよ」
 さくらは庭に出ると、小さい頃からそうしてきたように隣家の裏庭に出た。そうして縁側から中を覗いた時、奥から少年の母の嗚咽が漏れ聞こえてきた。
「生きて帰ってきておくれ‥‥生きて帰ってきておくれ‥‥」
 ささやくように、押し殺すように。座布団を掻きむしって泣き崩れる少年の母。
 さくらはそっと、その場を後にした。涙が溢れて止まらなかった。

 明くる年の1945年1月27日。銀座、有楽町が爆撃を受けた。それまで軍需工場を爆撃していた米軍が、商業地や住宅地に目標を変えたのだ。
 そして、3月10日。
 この世に地獄があるというのなら、あれ以上の地獄をさくらは知らない。

 見渡す限りの焼け野原。
 一時離隊を許可された少年は、焼け落ちた実家を前に立ち尽くした。
 膝を抱えてさくらが泣いていた。
「‥‥お母さんも、おばさんも、死んじゃった‥‥みんな死んじゃったよ‥‥」
 泣き続けるさくら。それを慰めることも出来ずに、少年は拳を握り続けた。

「さくらは‥‥これからどうするんだ?」
「‥‥多分、田舎の伯父さんの所に行くことになると思う」
 そう言って、さくらは一枚の紙を差し出した。あちこちを彷徨い、ようやくここに帰ってきたさくらが見つけた張り紙だった。東京の空襲を知って様子を見に来た伯父が張っていったものらしい。
「僕は今日中に原隊に帰らなくちゃいけない。‥‥配属が決まったんだ。詳しくは言えないけれど‥‥これが今生の別れとなる」
 少年が何を言ったのか分からずに、さくらが呆然と少年を見上げる。
「え‥‥?」
「お別れだ。僕は生きて戻らない」
 少年の口調から、さくらは全てを察した。神風特別攻撃隊のことは、連日報道されていた。
「ダメ‥‥ダメだよ! 必ず死ぬなんて、そんなこと言わないで!」
 さくらは少年に泣き縋った。母も死に、みんな死に、その上、少年まで死ぬと言う。そんなこと、さくらには認められなかった。
「約束しよう。いつか必ずここで再会しよう。私、待ってるから。毎年、今日、ここで待ってるから!」

 ──2006年3月14日 東京──
 『老婆』の瞳に空の青が映る。だがそれは、空というよりもどこか遠く、懐かしい何かを見ているようだった。
「後は、さっき話した通りね。その少年は生き残った自分が許せずに、自分の幸せを受け入れられなかった。そして私は、叶うはずもない約束をひたすら待ち続けている」
 老婆の言葉に、『青年』は言葉を失った。自分のような若造には、かけるべき言葉など見つけようがない。
「私も物好きよね。でも、約束だもの。もし、あの人が自分を許せるようになってここに来た時、私が諦めてしまっていたら、今度は私があの人を何年も待たせることになってしまうわ。それだけはしたくないのよ」
 老婆の言葉に、青年は胸を衝かれた。失って気付く想いもある。なんとなくで付き合った一ヶ月だったが、この胸の喪失感は嘘ではないだろう。
「僕ももう少し『彼女』を待ってみます。それで、もし彼女が来てくれたなら‥‥今度はちゃんと付き合ってみます。‥‥もう手遅れかもしれませんが」
 青年の言葉に、老婆はにっこりと微笑んだ。

 約束の時間はとうに過ぎていた。もう『青年』は帰ってしまったに違いない。『彼女』は、この日、何度目かのため息をついた。
 可愛いらしいホワイトの服とそれにあわせた小物類。青年と会う為にめかしこんだというのに、自分は何をやっているんだろう、と自己嫌悪をする。だが同時に、これでよかったんだ、と思う自分もいるのだった。
 憧れの先輩と付き合ったこの一ヶ月は、本当に幸せだった。だが、家族の都合で急な引越しが決まり、この春には青年と離れ離れになることになった。
 青年に何と言えばいいのか。自分はどうしたいのか。迷っているうちに時間だけが過ぎていった。
 そうして偶然入った待ち合わせ場所とは別の公園で、彼女は車椅子の『老人』と出会ったのだった。

 初めて会ったその老人は聞き上手で、誰かに悩みを聞いて欲しかった彼女は、現状をすっかり話してしまっていた。
 約束をすっぽかしてしまった、という彼女の言葉に、老人は何かを刺激されたようだった。老人は彼女にある昔話を語り始めた。
 それは、ある特攻隊員の話だった。無様に生き残り、自分でその事を許せずに、幼馴染との再会の約束をすっぽかし続ける愚かな男の話だ。
 『老人』は、かつての『少年』だった。‥‥誰かに話を聞いて欲しかったのは、老人も同様だった。

 老婆は今も約束の場所で待ち続けている。
 老人からそれを聞いた彼女は、何故、会いに行かないのか、と尋ねた。
「約束したんでしょ。待っててくれてるんでしょ。それってすごく幸せなことだよ。どれだけ時間がたっても覚えてもらえてるって」
 幸せなことだからこそ、自分には手に入れる資格がないのだ、と老人は言った。
 死んで護国の鬼となろう、そう共に誓った戦友たちは皆、沖縄の海に散っていった。自分は不可抗力でその誓いを破ってしまい、そして、既に誓いを果たす機会は永遠に失われたのだ。
 だが、そういった考え方は、今時の若者である彼女には通用しない。
「お爺さんが幸せにならないのはお爺さんの勝手。でも、私、お爺さんにはお婆さんを幸せにする義務があると思う」
 彼女は老人の後ろに回ると、半ば強引に車椅子を押し始めた。
「お爺さんの話しを聞いて決心がついたわ。彼に会いに行く。お爺さんには事の顛末を見届けてもらうから!」

 青年は、彼女がやって来たことに、それも何故か老人の乗った車椅子を押してくるのを見て驚いた。
 その老人を見て、老婆が身を震わせる。その老人が老婆の待ち人だと知って、青年はさらに驚いた。
「え? あなたがどうしてここに? あらいやだどうしましょう、涙が‥‥ああっもうっ雨でも降ってくれないかしら」
 ぽろぽろと涙をこぼす『老婆』。空を見上げて老人が言う。
「この空模様じゃ、明日までは雨は降らん」
 空の仕事を続けてきた老人の、散文的な天気予報。60年越しの約束が果たされたにしては、情緒というものが全くなかった。
「どうして君がお婆さんの待ち人と一緒に‥‥?」
 青年に問われた彼女は、事の顛末を話して聞かせた。
 そして、何故自分が約束の時間に遅れたのか、その訳も。
「そうだったのか‥‥」
「‥‥私、遠距離恋愛に自信がなかった。人の『想い』は、時間の経過と共に薄れてしまうものだと思ってたから」
 彼女にそう思わせた責任の一端は自分にある。そう青年は思った。なんとなく、で付き合っていたことを、彼女も薄々感じていたのだろう。
「でも、どれだけ時間がたっても同じことを共有できてる二人がここにいるんですもの‥‥。改めてお願いします。遠距離恋愛になるけど、これからも私と付き合って下さい!」
 ああ、一月前もこうだった‥‥。そう青年は振り返った。あの時も彼女はギュッと目を瞑り、僕の返事をジッと待っていた。
 あの時は、彼女の手にチョコレートが握られていた。今度は自分の番だった。
 青年は、用意したホワイトデーのプレゼントを彼女にそっと握らせた。今にして思えば、コンビニで買ったキャンディ詰め合わせというプレゼントはあまりに芸がなさすぎた。だが、まあ、今は仕方がない。
「今度は僕たちが約束をしよう。再会の約束を‥‥」
 そう言って静かに彼女を腕に包み込む。
「でも、僕たちは何十年も待つ必要はないと思うよ。今は携帯もメールもある。どんなに離れていてもすぐにお互いの声が聞こえるんだし」
 青年の腕の中で、彼女は何回もうなずいた。

「それでは失礼します。お茶、ご馳走様でした。‥‥約束、果たされて良かったですね」
「あなた達も頑張って。再会の約束は、いつか果たされるものでしょう?」
 新たな門出を迎えた青年たちを老婆が見送る。若い二人は公園の出口で一礼すると、夕日に染まる街中に消えていった。
「‥‥私の前ではムスッとして目を合わせない。あなたは変わりませんね」
「‥‥何かというとすぐに泣く。さくらも変わらんな」
 老人はそう言って、老婆の正面に向き直った。そうして、足を震わせながら立ち上がろうとする。老婆が助け寄ろうとするのを、老人は目で制した。
 やがて、老人は何とか一人で立ち上がると、背筋を伸ばし、見事な敬礼をした。
「ただいま戻りました」
 老婆が涙にむせびながら、それでも母の教えの通り、笑顔で答える。
「‥‥お帰りなさい」
 老人が車椅子に崩れ落ちる。今日は疲れたでしょう、と老婆が車椅子を押して公園の出口へ向かった。
「随分と待たせてしまったな‥‥」
「いえ、いいんです。私の戦争は、今、ようやく終わりましたから‥‥」