クルトの戦記 宝島編アジア・オセアニア

種類 ショート
担当 柏木雄馬
芸能 3Lv以上
獣人 1Lv以上
難度 普通
報酬 7.9万円
参加人数 8人
サポート 0人
期間 05/07〜05/11

●本文

 初めて海を見た感動もそのままに、私は船上の人となった。
 岬から眺めるだけだった海。その海の上に自らの身を置けた時の興奮を、私は今でも覚えている。
 子供のように目を輝かせ、船の上を歩き回り、広大な海をその身に感じ‥‥だが、それも最初の内だけだった。
 海はあまりに広大で、巨大な船も水面に浮かぶ木の葉のようなものだった。
 ちっぽけな私を翻弄する船の縦揺れ。舷側にへたり込むようになるまで、時間は掛からなかった。

                          ──老クルト・エルスハイム、自らの人生を振り返りて記す──

 イストリアの海軍船、『海を奔る焔』号は、順調に大海を北上していた。
 マストの先に翻るイストリア旗。しかし、船体に書かれた船名は消され、その名の由来の一つとなった緋色の帆もマストから下ろされ、麻色の平凡なそれに変わっていた。
 どこにでもいる平凡な武装商船を装っている。すべては、亡国のアリアス姫クラリッサを、ソルメニア王国の追っ手から眩ませる為だった。

 広大な大海といえども、船の通る事の出来る航路は、海流などの関係上、数が少なく限られてくる。イストリアからソルメニアへと向かう航路は、海流に乗って大陸沿岸の近海を北上するものだった。
 『海を奔る焔』はその主航路を通らなかった。南下する船の航路のさらに外側を回りこみ、荒れる海原を『水』と『風』の魔法を駆使して乗り越える。主航路を外れれば他船に目撃される事は殆ど無く、追われる身としては都合が良い。だが、その分、波は荒れ、船体は激しく揺さぶられる‥‥
「船長! 『お客さん』たち、そろそろ限界のようですぜ!」
 水兵の報告に、船長のエフレイアは甲板を見回した。舷側で、命綱をつけた『山の民』のクルトがへたり込んで動かない。アリアス姫クラリッサも、もう何日も自室に籠っているし、その他の者たちも慣れない船上生活にグロッキー気味だ。
 エフレイアは嘆息した。こんなに凪いだ海は珍しいというのに。
 もう少しすれば、彼等も身体が船上の生活に慣れるのだろうが、それまでは地獄が続く。この船旅の後、『敵地』に潜入する彼等の事を思えば、それも気の毒だ。
「‥‥針路を西に。エタ島へ向かう」
 少しの間思案して、エフレイアは操舵手に告げた。

「‥‥宝探し?」
 日が沈み、魔法の明かりが灯った船室──クルトの身体に合ったベッドが無い為、倉庫の一つを整理して、なんとか大き目のハンモックを一つ吊るしただけの空間──に戻ったクルトは、副官を伴ってやって来たエフレイアに、げっそりとやつれた顔を向けた。
「そうだ。本船がこれから物資の補給に向かうエタ島には、大昔の大海賊が隠した金銀財宝が眠っているという話がある。補給作業の間、お前達は船に残っていてもしょうがないし‥‥気分転換に探検にでも行ってきたらどうだ?」
 エフレイアの言葉に、クルトはコクコクと頷いた。
 宝探しはともかく、足元が揺れないのなら何でもよかった。

●出演者及びスタッフ募集
 以上が、アニメ『クルトの戦記 宝島編』の冒頭部分になります。
 このアニメの制作に当たり、出演者とスタッフを募集します。

 オープニングと設定を基に、主人公クルトの人生を彩るキャラクターを作成し、
『クルトにどう関わるか』をプレイングに記述してください。
 そのプレイングで、クルトの歩む人生が決まります。

 今回は、孤島での『宝探し』をするクルトのお話です。
 『エタ島の奥に隠された『お宝』とは‥‥
 実は、イストリア海軍が私掠船として活動する軍船の為に備蓄した緊急時用の物資だった』
 をオチにした脚本を考えて下さい。

●設定
 『クルトの戦記』は、ファンタジー世界を舞台にしたアニメです。
 山岳部族『山の民』でありながら、爵位を持つ貴族にまで上り詰めた英雄クルトの一代記です。

1.世界観
 いわゆる普通の(?)、機械や銃などが登場しない剣と魔法のファンタジー世界。
 ちょっと便利な人、程度の魔術師は珍しい存在ではないが、強力な魔術師は少ない。

2.『山の民』
 ソルメニア王国東部のクライブ山地に住む少数民族。
 王国に暮らす『平原の民』(ファンタジー世界に住む一般的な人間)よりも、頭一つ分大柄で頑健。
 野蛮人と見られがちで、平原では差別と偏見に晒されがち。
 船に乗る、という習慣が無く、基本的に泳げない。

3.ソルメニア王国
 18年前、平原に割拠する小国のことごとくを平らげ、平定した『剣王』が建てた国。
 英雄『剣王』も老いて、強力な魔術師である宰相が国を思うがままに動かしている。

4.アリアス
 ソルメニアの一領国だったが、宰相を誅しようと謀反を企て、滅亡。
 民は全てイストリアへ疎開し、王族はクラリッサ姫が残るのみ。

5.イストリア
 大海に面する大陸西端の旧王国。旧アリアス王家とは血族で、反乱にも協力するはずだった。
 アリアスが敗れ、民を率いて逃げてきたクラリッサを保護したが、引き渡すよう求められ苦慮。
 クルトを誘拐犯に仕立て上げ、クラリッサを軍船『海を奔る焔』号に乗せて海上に逃がした。

6.エタ島
 大陸より遠く離れた絶海の孤島。大きな島ではないが、地元の人々が住む。
 静かな島だが、船が訪れた際には物資の供給を行うなど、各国との関係は良好。
 だが、村落には決して島外の者を入れようとはしない。
 大陸にいるような魔物は存在しないが、大陸にいないような動植物が存在する。

●キャラクター例
・クラリッサ
 既存のキャラ。
 アリアスの姫将軍。貴族としての気品を持つ金髪の女性。

・エフレイア
 既存のキャラ。
 船名の由来の一つとなった、焔のような赤毛のイストリアの海軍騎士。

・船員たち
 『海を奔る焔』号の士官や水兵や海兵たち。
 詳細設定可。登場させなくても可。

・エタ島の住人たち
 農民や狩人、王族や家来や商人や。
 詳細設定可。登場させなくても可。

・クラリッサのお付きたち
 アリアスの騎士や侍従、イストリアのお目付け役など。
 詳細設定可。登場させなくても可。

・クルトの仲間たち
 これまでの話に登場し、船に乗った理由があれば登場可能。

●今週のクルトくん
名称:カイツの息子クルト 種族:山の民 性別:男 年齢:19
体力:A+ 知力:B+ 敏捷:B− 魔力:E 魅力:C+ 加護:S(精霊の加護)
戦闘技能: 弓5 短剣3 格闘3 大剣3+
肉体技能: サバイバル(山・森)5 隠密4
精神技能: 調理3 応急処置2 農業2 商業1 政治0
学術技能: 読み書き2 算術2 歴史5→戦略・戦術2
装備品 : 大剣+3 短剣 森人の弓 森人の外套
所持品 : 小木箱(金貨) 青い石のペンダント(お守り) 開かずの小袋(謎)

●今回の参加者

 fa0634 姫乃 舞(15歳・♀・小鳥)
 fa0642 楊・玲花(19歳・♀・猫)
 fa1323 弥栄三十朗(45歳・♂・トカゲ)
 fa1431 大曽根カノン(22歳・♀・一角獣)
 fa3831 水沢 鷹弘(35歳・♂・獅子)
 fa3853 響 愛華(19歳・♀・犬)
 fa3928 大空 小次郎(18歳・♂・犬)
 fa4643 夕波綾佳(20歳・♀・犬)

●リプレイ本文

 エタ島には、大型船の停泊できるような港湾施設はなかった。
 沖合いで錨を下ろした『海を走る焔』号は、短艇を繰り出して入り江の奥の砂浜へと走らせた。そこに島民たちが船へと積み込む物資を運んで来る手筈になっており、今日一日、水兵たちは船と島とを何往復もして物資を積み込むことになる。
 忙しそうな、だが、活気に溢れた水兵たち。一方、宝探しを口実に上陸するクルトたちは、皆、無口でどんよりしていた。
「この程度の行程で船酔いとは‥‥これでは先が思いやられるな」
 『海を走る焔』号の副長、レイ(役:水沢 鷹弘(fa3831)))が淡々と言う。茶色の髪に空色の瞳の、均整の取れた体格の青年だ。
「しゃんとしろ。こんなことで音を上げているようでは、目的を達する事など出来はしないぞ」
 レイの言葉に頷き、青ざめた顔でふらふらと縄梯子を下りていくクルト。危なっかしい足取りで短艇に乗り移る。
「やれやれ。『山の民』というのも、海の上では見かけと違って不甲斐ない事だな」
「これは船長」
 舷側に現れたエフレイア(役:響 愛華(fa3853))に敬礼をしかけて、レイは慌ててその動きを止めた。『海を走る焔』は軍船という正体を秘匿して航海中だ。レイは、上げかけた右手をぎこちなく動かし、不自然ながらも頭を掻いて誤魔化した。
 エフレイアは唇の端に笑みを浮かぶ。船の副長も兼ねる彼女の副官は、炎天下でも軍服の第1ボタンまで閉める堅物だ。
「船長。本当に彼等を行かせてしまってよかったのですか? まぁ、特別危険も無いでしょうが‥‥」
 予想通りに固い意見を述べるレイに、エフレイアは堪え切れずに笑い出した。レイが憮然として眉をひそめる。
「船長‥‥」
「いや、すまん。平穏な島とはいえ、何が起こるとも限らんが‥‥ガイドも付けたし、まぁ、大丈夫だろう」
 二人の話題が補給作業に関するものに移る。『お客さん』であるクルトたちと違い、彼等はひどく多忙だった。

 抜けるように空は青く、雲は白く、高かった。
 真っ白い砂浜、遠く広がる青い海。寄せては返す波に色は無く、ただひたすらに透き通っている。
 そんな美しい風景も、しかし、その少女にとっては日常の一部でしかなく‥‥彼女にとっては、砂浜を忙しく行き来する船員や島民たちの方がよっぽど面白かった。
 日に焼けて赤みがかった銀髪に麦藁帽子。砂浜に置かれた大きな木箱の上に座り、足をプラプラと遊ばせながら。その少女、ラヴェンダー(役:姫乃 舞(fa0634))は、大きな青紫色の瞳を輝かせていた。

「ああ、やはり揺れない地面は良いものだ」
 しっかりと両の足で砂浜を踏みしめて、クラリッサ(役:楊・玲花(fa0642))がしみじみと、噛み締めるように呟いた。
 そのまま後ろに倒れこむ。木陰の砂は程よく温かく、その柔らかさは心地良かった。
 同行してきた二人の『山の民』──乗船中、クラリッサの世話係として雇われたカナン(役:大曽根カノン(fa1431))と、薬師のレン(役:夕波綾佳(fa4643))──がそれに続く。じゃぶじゃぶと、足首に纏わり付く水の感触を楽しむカナン。レンは、恐る恐る短艇から足を下ろし、その踝を水に入れた。水は冷たく、日差しに温く、面白い感触を伝えてきた。
「カナンさん、もしかして‥‥宝探し、楽しみですか?」
「そう、見えますか?」
「なんとなくですけど‥‥私もさっきから妙に落ち着かなくて」
 その横を、クルトが短艇を砂浜まで押し上げていく。近くの水兵に引渡し、周囲を見渡す。エフレイアの話では、現地のガイドが迎えに来るとの事だったが‥‥
「お兄ちゃんたちはお仕事しなくてもいいの?」
 不意に声を掛けられて、クルトは慌てて視線を落とした。そこに、ニコニコと微笑む島の少女の姿があった。
「じゃあ、私と一緒に遊ぼうよ! 島を案内してあげるから!」
 行こう、行こう、とクルトの手を引っ張る少女。この娘が船長の言っていた案内役だろうか。この時代、彼女くらいの子供が働くのは珍しい事ではない。
 クルトは、少女に自分たちの目的を告げてみせた。話を聞き、少女の目がキラキラと輝く。
「『宝探し』だねっ! 大丈夫、私、得意なんだから!」
 えっへん、と胸を張る少女。やはり、そうなのか、と納得し、クルトは少女に案内を頼んだ。
「まっかせて! 私、ラヴェンダー! ラヴィでいいよ! それじゃあ、よろしくね、クルトちゃん!」

 現地の少女に案内されて、クルトたちの一行が島内へと向かっていく。
 その様子を、一人の水兵が木箱の陰からジッと窺っていた。
「‥‥あれがクルト殿ですか」
 その男、ダンテ(役:大空 小次郎(fa3928))が呟く。線の細い、インテリ風の優男だった。彼はある盗賊団の一員で、クルトの様子を報告するように命じられていた。
「まったく、若もなぜあのような者に拘るのか‥‥」
 溜め息をつくダンテ。何とか新入りの水兵として『海を走る焔』に潜り込んだのだが‥‥
「何をサボっておるか、新入り! とっとと荷をカッターに運ぶんだ!」
「はい、水兵長殿!」
 直立不動で敬礼し、慌てて荷を運ぶダンテ。ここでの肉体労働は、彼にとって酷だった。

 そのほんの少し後。
 砂浜に、一人の老人が姿を現した。
 中肉中背、無駄の無いがっしりとした体格。潮焼けした赤黒い肌。髪の毛には白いものが交じってはいるが背はまっすぐに伸び、その表情にも媚びは一切ない。
 いかにも『海の男』といったその男は名をアーゼル(役:弥栄三十朗(fa1323))と言い、エタ島の長老の一人であり‥‥エフレイアが頼んだガイドでもあった。
「‥‥」
 誰もいない砂浜で、無言で腰を屈めるアーゼル。身を起こした彼の手には、子供用の麦藁帽子があった。
「あのお転婆め‥‥」
 微かに眉をひそめて呟くと、麦藁帽子を手にしたまま、アーゼルは村の方へと戻って行った。

「山奥の滝の裏に大きな洞窟があるの。大人たちは近づいちゃダメ、っていうんだけど、きっとお宝があるんだよ!」
 島の少女の案内を受けて、クルトたちは、エタ島唯一の山を奥へと進んでいた。スイスイと楽しそうに山道を登って行くラヴェンダー。子供ながら、旅慣れたクルトたちよりもその足は速かった。
「あっ、見て見て! あのお花、赤くて綺麗でしょう? この島でしか咲かないんだって。船酔いにも良く効くんだよ!」
 ラヴェンダーが足を止め、茂みの向こうに咲く花々を指差す。船酔いに効くと聞いて、薬師のレンが早速取りに行く。船酔いの薬は、幾らあっても足りなかった。
 その間に、クルトたちは小休止をとる事にした。カナンが調子が悪そうにしているのに気がついたからだ。
「なんか‥‥さっきから異様な空気が漂っているような気がして‥‥」
 眉をひそめるカナン。だが、クルトには何も感じられず、ラヴェンダーにも変わった所は見られない。
 クルトは薬師を呼ぼうとして‥‥その姿が見えない事に気がついた。
「そういえば‥‥クラリッサ姫の姿も見えませんね」
 嫌な予感がする。カナンが呟いた。

 クラリッサは、空になった水袋を満たす事が出来る水場を探して歩いていた。
 ここまでの道程で水を飲み干してしまったクラリッサは、クルトから水を分けて貰って渇きを癒していた。
「まったく‥‥自分の体たらくには呆れ果てるな」
 力なく呟くクラリッサ。これまで、騎士として、軍人として、自分を鍛えてきたつもりだった。だというのに‥‥
「まさか、子供の足にもついていく事が出来ないとは」
 その時、クラリッサの視界の隅に、ふらふらと歩くレンの姿が映った。夢遊病者のように頼りなく歩くレン。不審に思ったクラリッサは急いでその後を追った。
 自分の身体に異常を感じたのは、それからすぐの事だった。
 身体が熱い。足元がふらつく。視界が歪み、思考が途切れがちになる。
 なんだ‥‥? 頭を振る。顔を上げた時、自らの身体の上を、植物の蔦が這い回っていた。
 目を見開き、蔦を払いのけるクラリッサ。目の前に咲いた巨大な赤い花から伸びた蔦が、こちらに向かってウネウネと動いていた。眼前には、既に意識を失い、身体を拘束されたレンの姿。クラリッサは助けようと抜剣し‥‥その剣を取り落とした。身体が思うように動かない。匂いの無い甘い何かが、クラリッサの意識を浸食する。
「くっ‥‥私は、こんな時まで‥‥」
 自らの無力さに歯噛みしつつ、クラリッサは意識を失った。

 島民に『誘いの木』と呼ばれるその植物は魔物ではなかった。
 そこに意思はない。ただ、本能に従って養分を得ようとするだけだ。
 その植物はフェロモンで獲物を誘い出し、蔦で拘束する。その後、フェロモンの成分を変化させ、『ノアード』と呼ばれる大型のイタチのような獣たちを呼び寄せる。ノアードと誘いの木は共生関係にあり、木が捉えた獲物を獣が喰い、その時、地に滴った血や肉や骨は木の養分となる。
 この時も、獲物を獲た植物はノアードたちを呼び寄せた。木々の間から、一匹、また一匹と姿を現すノアード。得られるであろう血と肉に興奮し、鋭い牙の間から涎をダラダラと垂らしている。獲物が暴れないよう、蔦がその拘束を強める。その内の一本が、レンの持っていた管の一つを割った。それにはレンが調合した気付け薬が入っており‥‥揮発した強烈な臭気は、獣たちを一瞬遠ざけ、気絶したレンを覚醒させた。

 レンの悲鳴を聞いて、真っ先に駆けつけたのはカナンだった。
 あまりに濃密な臭気に口を覆い、顔をしかめるカナン。息を止めて抜刀し、二人を助けようと蔦に斬りかかる。
 獲物を奪われると感じたノアードが吠え立てる。構わず救出を続けるカナンに、ついに一匹の獣が踊りかかった。警告の叫びと共に、レンの風の魔法がそれを叩き落す。振り返り、長刀を構えるカナン。続けて跳びかかろうとした獣がたたらを踏み、代わりに、横合いから別の獣が迫り来る。剣を振り回して全周を牽制し続けるカナン。だが、我が身と仲間を守るには、敵の数が多すぎた。じわじわと、包囲の輪が縮まっていく。
 そこへ飛び込んできたクルトは、まさに暴風だった。
 やたらと切れる大剣を振り回し、一振りで2匹を吹き飛ばす。飛び散る肉片、舞う血煙。ノアードたちが散り散りに逃げていく。
「皆、無事か!?」
 そのままの勢いで食獣植物をも切り倒し、必死の形相でクルトが叫ぶ。
 朦朧とする意識の中、クラリッサは、自分がまたクルトに助けられた事を知った。

「どうしていつも助けてくれるのだ? 今の私には何も報いる事など出来ぬというのに」
 腕についた蔦の跡をギュッと握り締めながら、クラリッサは俯いて唇を噛んだ。
 きょとんとした顔をするクルト。前にも同じ様な質問を受けた気がする。どうも『平原の民』という人々は、そういう事を気にする気質らしい。
「多少なりとも縁を持った相手を助けようとする。それは平原ではそんなに珍しい事なのか?」
 心底、分からないという顔をしてクルトが言う。
 そこでふと、クラリッサはクルトがシンシア王女の奪還に拘る理由に思い至った。
 この『山の民』の青年は、本当に、国も身分も関係なく、自らの『家族』を助ける為だけに、ここまでやって来たのではないか‥‥?
「クルトさん、助かりました。ありがとう!」
 涙目のカナンがやって来て、クルトに抱きついて礼を言う。普段は理知的なカナンの大胆さに慌てるクルト。少し、食獣植物の気の影響があるのかもしれない。
 それを見て、眉をひそめるクラリッサ。何故だか、その心がざわついていた。

 そんなこんなで洞窟へとやって来たクルトたちが見つけた物は、イストリア海軍の焼印が入った木箱の山だった。
 しかも、ここは海側からだと舟ですぐの場所らしく‥‥『お宝』は積み込みの真っ最中だった。
「よう。大海賊の宝は見つかったか?」
 積み込みの指揮を取りながら、至極真面目な表情で尋ねてくるレイ。どういうことか、とクルトたちは詰め寄った。
「そう怒るな。騙したのは悪かったが、良い気分転換にはなっただろう?」
 奥から姿を現したエフレイアが、炎のような赤い髪を掻き上げながら、悪戯っぽい笑みを浮かべて言った。
 全ては偽装の為だった。イストリアでの物資の積み込みを最小限に抑え、目的地を近海だと思わせる為だ。実際にはこうしてエタに立ち寄り、隠匿していた物資を満載してソルメニアに向かう事になる。
「まったく。補給が済んだのなら、さっさと出て行って貰いたいものだな。俺にも島民を守る責任がある。正直、他人のつまらんいざこざに巻き込まれるのは勘弁願いたい」
 エフレイアの隣りにいた老人がぶっきらぼうに言う。アーゼルだった。
「あ、お爺ちゃん!」
 そう言って、ラヴェンダーが駆け寄って行く。アーゼルは、孫に麦藁帽子を被せてやった。
 イストリアの海軍騎士として、丁重に礼を述べるエフレイア。アーゼルは鼻を鳴らすと、孫の手を引いて帰っていった。
「遊んでくれてありがとう! すっごく楽しい大冒険だったよね! また遊びに来てね!」
 手を振るラヴェンダー。呆然と手を振り返すクルトたち。なんだろう。自分たちは気分転換で死に掛けたのだろうか。
「何か手違いがあったみたいでな。誰かがガイドを間違えた」
 ポンとクルトの肩を叩き、物資を全て積み終えたエフレイアが撤収を命じる。
 気のせいか、仲間たちの視線が痛い。
「これからが本番だ。この先、状況は厳しくなるばかりだろう。しっかり体を休めて今後に備え‥‥どうかしたか?」
 溜め息を吐いて落ち込むクルトに、レイが目を瞬かせる。
 ともかく、またあの船酔いの日々がやって来るのだけは確かなのだった。