武救外伝 壁を砕くものアジア・オセアニア
種類 |
ショート
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担当 |
柏木雄馬
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芸能 |
3Lv以上
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獣人 |
1Lv以上
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難度 |
普通
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報酬 |
7.9万円
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参加人数 |
8人
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サポート |
0人
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期間 |
06/02〜06/06
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●本文
閉鎖区域トウキョウを隔絶する分厚い壁、『長城』──
この数階建てのビルに匹敵する巨大な多層複合防壁に対し、その破壊と開放を目指す『ウォールブレイカー』の戦いは、いつ果てるともなく続いていた。
「援護射撃!」
小隊長の号令で、『長城』上に据えられたトーチカに向かって、地上から一斉に銃弾が撃ち放たれた。
敵の頭を抑える制圧射撃。つんざく様な銃声の中、爆破係のその男は、同僚と共に遮蔽物の陰から飛び出した。
崩れた廃墟の街並みを縫う様に走り抜ける男たち。そこへ死角と思われていた別のトーチカから銃撃が浴びせられ、男たちは慌てて崩れかけた壁の陰に飛び込んだ。炎の舌を吐き続ける重機関銃。弾薬が雨の様に降り注ぎ、スコールのように地面を叩く。
「あの銃座が邪魔で前進できない。片付けてくれ」
男からの支援要請に、仲間がそのトーチカへ向けて携帯型ロケット弾を撃ち放つ。その隙に、男たちは『長城』までの僅かな距離を一気に突っ走り、その懐に飛び込んだ。
そこは各銃座からの死角になる位置だった。今でこそ防御拠点と化した『長城』だが、もともとは隔離用に作られただけの壁。付け入る隙は幾つかあった。
「とりついた!」
背嚢から爆薬を取り出す男。同僚が電動ドリルで壁面のコンクリートに穴を開ける。だが‥‥
「駄目だ。下に合金が埋め込まれている。ドリルが通らない」
男は舌打ちすると、ありったけの爆薬を仕掛けて壁から離れる。行く時に途中で隠れた瓦礫の所まで戻り‥‥続けてそこに飛び込もうとした同僚が、どこからか飛んできた銃弾に胸部を撃ち抜かれた。
男が同僚の名を叫ぶ。地に倒れ、ひゅー、ひゅー、と苦しそうに息を吐く同僚の目が、急速に獣のそれに変わっていく両腕を見て見開かれた。
『宿主』を殺さぬためか、死に瀕した『感染者』は急激にクリーチャー化する。周囲に被害を出す前に、何より人として死ぬために。自らの命に始末をつけなければならない。
同僚は震える手で拳銃を取り出し、それをこめかみに押し当てた。男と同僚の目が合う。銃を持つ手にグッと力を入れ──その力がふっと緩んだ。
死にたくない──同僚の口がそう動いて‥‥急速にクリーチャーと化していく。
獣の咆哮を吐き出す元同僚。男は奥歯を噛み締めると、焦点をなくした同僚の頭部に、銃弾を一発、撃ちこんだ。
倒れて痙攣するクリーチャーに目も向けず、涙目で男は起爆スイッチを押す。
轟音。爆薬が炸裂し、衝撃が大地を震わせる。一切の銃声が止み、瓦礫が降る音だけが場を支配する。
もうもうたる爆煙だけが世界の全て。
やがて、それがうっすらと晴れていき──砕け散ったコンクリート。大穴の開いた合金板。そして──変わらずにそびえ立つ『長城』の姿があった‥‥
配給を運んで来た武装輸送隊の到着に、ウエノ公園キャンプは沸き立っていた。
多くの物資が配給されるようになり余剰品が手に入るようになるにつれて、表面上、キャンプの人心は安定してきていた。生活必需品は勿論、甘味や遊具、酒類や嗜好品なども配られるようになり、壁の外との手紙のやり取りまで、検閲付きながらも許可されるようになっていた。
食事処、床屋、銭湯まで自作して──人々は、現実を受け入れられずとも向き合える位にはなっていた。
そんなキャンプの片隅を、厳つい顔をした数人の男たちが愛想も無く歩いていた。
向かった先は、倉庫として使われているプレハブの一つ。薄暗い『倉庫』の中には、物資輸送隊の制服を着た一人の男と、山積にされた膨大な物資の数々。衣料、書籍、医薬品とプリントされたそのコンテナの中身は、おびただしい数の武器・弾薬、各種機材、そして、テルミットや液体窒素などの化学薬品だった。
「配給物資に紛れ込ませる形で運び続けて幾数年‥‥ようやく予定していた分量に達しましたな」
「ようやく‥‥ようやく、ここまで辿り着いた」
感慨深そうに頷く男たち。リーダーらしき男が皆を見回し、頷いた。
「軍内に残してきたシンパの手配により、近々、トウキョウ東部において、軍による大規模なクリーチャー掃討作戦が行われる事となった。クリーチャーも、軍も、一時的に東部に集中し、西部は『手薄』となる。
この隙に我々は行動を起こす。目標は、ここだ」
パシッ、と地図の一点が指差される。そこは、旧環八沿いに築かれた西部『長城』の一点だった。
「アラカワとタマガワ沿いに建設された北部、東部、南部を避け、地続きの西部、この一点を突く」
ついに我々が嘆きの壁を砕く時が来たのだ。リーダーの言葉に、皆、拳を突き上げる。
その片隅で、爆破係をしていたあの男は、ひとり、沈黙をもってそれに応えた。
壁を砕く事の意義などは、最早、彼の関心の外であり、彼にとっては、あの『長城』を砕く事だけが全てだった。
●出演者募集
以上が、ドラマ『武装救急隊外伝 壁を砕くもの』の冒頭部分になります。
このドラマの制作に当たり、出演者を募集します。
PL(プレイヤー)のプレイングとそれに対する判定がドラマの脚本となり、
PC(キャラクター)がそれを演じることになります。
オープニングと設定を使って、ドラマを完成させてください。
皆で協力して、ドラマを作り上げる事が目的です。
●設定
1.トウキョウ封鎖地区
20XX年。新型爆弾に汚染され、『長城』によって封鎖された隔離地域。
無人の街並みや廃墟が広がるばかりの、クリーチャーの跋扈する危険地帯。
『感染』した人々は各地の避難キャンプに集まって暮らている。
2.クリーチャー
新型爆弾の影響で発生した生物兵器的モンスター。
既存の生物を戦闘に特化した存在で、人間も『発病』するとクリーチャーになる。
人間型クリーチャーは、完全獣化状態で表現。
3.新型爆弾
現実にはありえない不思議爆弾。
劇中でこの新型爆弾について語られる事はありません。
4.各地の避難キャンプ
政府と民間団体の援助を受けてはいるが、しっかりとした自治組織が成立している。
避難の場から生活の場へと変わりつつあるが、常に『発病』の恐怖が人々に付き纏う。
キャンプの人々は、半獣化状態で表現。
5.軍
初期の混乱時に多大な被害を出し、人々と間に確執を生じさせてしまった正規軍。
現在はトウキョウから引き上げ、『長城』の防衛に全力を注いでいる。
トウキョウの人々に対して同情的な者もいれば、クリーチャー予備軍と警戒する者も。
6.武装勢力『ウォールブレイカー』
外界への解放を求め、トウキョウ地区を完全隔離する『長城』の破壊を目指すグループ。
テロリストであると同時に、山賊化した武装勢力やクリーチャーを討伐する『自警組織』でもある。
基幹は、第2次クリーチャー発生期に軍を離脱した正規軍の一個大隊。
トウキョウ域内の志願兵などを積極的に受け入れ、クリーチャー掃討などの活動を行っている。
●リプレイ本文
トウキョウの遥か外側から撃ち放たれた誘導砲弾は『長城』の遥か上を越え、集まったクリーチャーに降り注いで炸裂した。
圧倒的な火力により薙ぎ払われ、蜘蛛の子を散らすクリーチャーたち。そこへ、放たれた猟犬の様に攻撃ヘリの編隊が襲い掛かる。
機関砲弾とロケット弾の雨。その先に待ち受ける装甲車輌の鉄の壁。軍は、今回の作戦でクリーチャーの何割かを確実に殲滅するつもりのようだった。
そんな『決戦』とも言える日にあって、トウキョウ西部の『長城』守備に残された兵たちは手持ち無沙汰であった。
少なくとも、午前中は。
『長城』上に設けられたトーチカ内。
状況を伝えるTVの携帯端末に群がる部下たちに苦笑しつつ、銃眼の外へと視線をやった雨竜 昌(役:水沢 鷹弘(fa3831))中尉は、廃墟のビル群を縫うように近づく人影に気が付いた。
その正体は自明だった。『長城』近辺をうろつく者など、ウォールブレイカーの他にはない。
「なんだ‥‥? いつもの威力偵察か‥‥?」
それにしては、何かがおかしかった。部下たちに配置に付くよう命じた雨竜は、違和感に眉をひそめながら無線機へと手を伸ばした。
「あら、雨竜中尉。貴方も状況が気になるの? 掃討作戦は順調に進行中。クリーチャーの殲滅は時間の問題よ?」
無線機の向こうで、西方司令部付きの通信室長、山崎 葵(役:槇島色(fa0868))中尉が明るく、だが、多少うんざりした様子で答えた。この金髪碧眼の美しいオペレーターは、今日一日、作戦にかこつけた私的な通信を多数、受けていた。
「そんな事はどうでもいいがな。正面に敵が多数展開している。どうもいつもと様子が違う」
山崎の表情が引き締まった。上官に報告を入れ、メインモニターの映像を切り替える。
ざわつく司令部。『長城』周辺に広がる『瓦礫の平原』、その手前に布陣したウォールブレイカーの兵力は、明らかに多かった。
東部で行われる掃討作戦。集められたクリーチャー。その隙に集結する敵‥‥。山崎の脳内で、全てが一本の糸で繋がった。
「謀られた‥‥奴等は今回の掃討作戦の事を事前に知っていたんだ‥‥」
山崎の言葉に騒然とする西方司令部。
味方は武器弾薬を使い果たしている。援軍として戻るには、大分時間がかかるはずだった。
「作戦準備、完了しました。全て予定通り」
腹心である神宮寺宗二(役:諒(fa4556))の報告に、ウォールブレイカーリーダー、鮫島博史(役:藤宮 誠士郎(fa3656))は重々しく頷いた。
軍を出し抜き、クリーチャーを集めさせ、こちらの主力を密かに西へと移動させ‥‥各キャンプの自警団から兵力を引き抜いた際には、兵力の移動を誤魔化す為、キャンプの人々が協力をしてくれた。失敗するわけにはいかない。長年の雌伏は、全てこの時の為なのだから。
「‥‥長かったな‥‥だが、自分でもあこぎだと思うよ。袂を分かった軍、疎ましいだけだった人権屋たちや、偽善と断じた救急隊まで、私は利用しようとしている‥‥」
沈痛な、とも言える表情で鮫島が首を振る。彼がその様な表情を見せるのは、神宮寺の前だけだった。
だからこそ、神宮寺は言を強くする。
「しかし、このトウキョウに生きる命を守る為には、やらねばならぬ事です」
「分かっている‥‥なればこそ、道化にもなるさ」
重々しく頷き、無線機の前へと歩みを進める鮫島。その表情は冷徹な指揮官のそれに戻っていた。
「これより『プロジェクト・ゼロ』を開始する。作戦名、『リミテッド・ストーム』。‥‥我々は、今日、あの『嘆きの壁』を打ち砕く。だが、今日のこの日は終わりではない。始まりなのだ。諸君等の奮闘に期待する」
「攻撃開始! 防御拠点へ火力を集中せよ!」
神宮寺の命令により、『長城』の『対岸』に位置するビルから、ロケット弾が白煙を引いて飛翔していく。
着弾、爆発。崩れ落ちるコンクリ片と舞い上がる埃に悪態を吐く雨竜。だが、その声は、浴びせられる機関銃の着弾音に掻き消された。
「ただ今、西部『長城』一帯はウォールブレイカーによる攻勢を受けている。至急、援軍を!」
作戦司令部を呼び出す山崎。だが、彼女の耳に入ったのは、こちら以上に混乱する作戦司令部の喧騒だった。
「進路を確保するよ! 煙弾! 前方に全てばら撒いて!」
ウォールブレイカー第二分隊長、葛城 縁(役:響 愛華(fa3853))の命令で、ポン、ポンと、擲弾発射器が煙幕弾を撃ち出した。地面に落ち、煙を吐き出し始める煙幕弾。色とりどりの煙が戦場を覆っていく。
「それじゃあ、みんな、行くよ! 生き残らないと、夕食抜きだからね!」
冗談めかして言いながら、先頭に立って飛び出していく葛城。笑顔の下、顎から滴り落ちる汗。震える足でどうにか大地を踏みしめる。
(「誰も死にませんように」)
野戦服の胸元、裏地に縫い付けた御守りに、そんな自分でも信じられないような事を祈りながら。
前に、蹴り足をただ前に。兵士の体面を繕いながら、葛城はただ疾走した。
作戦開始の少し前。
爆破係の生き残り、マーク・ライアン(役:ヴァールハイト・S(fa3308))は、古ぼけた認識票を胸元から取り出した。鎖に繋がれた三枚の金属片。軍時代から持ち続けた二枚は自分の物で‥‥一枚は、自らが止めを刺した元同僚の物だった。
思いつめた表情でそれを見続けるマーク。鮫島の訓令も耳には入らない。あの日以来、大義も、信念も、何もかも、マークにとってはどうでもよい事だった。
「時間じゃぞ、行くぞ、若いの」
今作戦に際し、新たに組まされた爆破係の老人(役:如鳳(fa2722))が返事も待たずに腰を上げた。
心に穴の開いたようなマークにも、特に気にする様子は見せない老人だった。長い戦歴の中、そんな人間は掃いて捨てるほど見てきたのだろう。名前はなんといったか‥‥最初に聞いたのだが、忘れてしまった。
「‥‥了解した」
呟き、立ち上がるマーク。顔を上げたその先に、急速に煙りゆく『長城』の姿があった。
あの時、奴が死んだ戦場に、こうして今、自分は帰ってきた。奴は死に、壁は今も立っている。ならば、それを砕くのが爆破屋としての供養ではないか。
「‥‥仇は、とってやるさ」
マークは元同僚の認識票に口付けると、それを服の中へと戻し、戦場へと駆け出して行った。
患者を搬送し終えた装甲救急車7号が、トウキョウ西部での異常に気付いたのは救急病院陣地を出てすぐの事だった。
「戦闘が起こっているの?」
状況を伝える無線を聞いて、医師の大曽根カノン(役:大曽根カノン(fa1431))が荷室から運転室へと顔を出す。緊張した面持ちで無線に聞き入る若い機関員。事態は予想以上に大きいようだった。
「すぐに現地に向かいましょう。全救急隊に応援を要請して。すぐ手が足りなくなるわ。緊急搬送の準備を病院と本部にも‥‥」
「ちょっと待ってください、先生。奴等、戦争をしてるんですよ?」
大曽根の提案に反対する機関員たち。戦場に民間人である自分たちが入り込むのは危険だし、何より、中立を標榜する救急隊がどちらかに肩入れするような活動は慎まなければならない。
「だから何ですか。私は医者です。そんな事は関係ありません」
すぐ近く、目の前で助けられる命があるなら、見殺しにする訳にはいかない。
だが、初めて組んだ機関員たちは、大曽根の言葉を是としなかった。本部も同様の判断らしく、全救急車に対し不介入を徹底する命令が送られてきた。
「そんな‥‥それじゃあ、私たちは何の為に‥‥」
『長城』外へと引き返す救急車の中で、大曽根は一人、唇を噛み締めた。
視界を覆う濃密な煙幕。見えるものは、護衛の兵の背中だけ。すぐ側を盲撃ちで撃ち込まれた銃弾がピュンピュンと飛んでいく。地に転がる誰かの遺体。目もくれず、ただ『長城』へとひた走る。
「取り付いた!」
息の整う間も有ればこそ、即座に背の荷物を下ろす爆破係。
「急いで! 煙幕はいつまでも保たないから」
負傷した兵に肩を貸した葛城が急かすのを、マークが無言で聞き流す。お嬢ちゃん、これはわし等の仕事じゃよ、と淡々と答える老人に頷きつつも、理性に感情が追いつかない。分かっているつもりだったが、これ以上部下が‥‥いや、顔見知りが死ぬ事に、葛城は耐えられそうに無かった。
「‥‥よし、いいぞ」
設置を終えたマークが撤収を促す。葛城たちは一目散に、煙幕の薄れ掛けた戦場を突っ走っていった。
彼等が自陣へと引き上げるのを確認し、神宮寺は無線機に向かって呼びかけた。
「全員、遮蔽物の陰に身を隠せ!」
全員が頭を引っ込める。銃撃が一斉に止み、軍の兵隊たちはきょとんとした顔を見合わせた。
「‥‥! 全員、頭を下げろ! 早く!」
雨竜がトーチカの床へと身を転がす。
次の瞬間、『爆薬』が炎を吹き上げた。
それは通常の爆薬ではなく、テルミット焼夷弾と燃焼促進剤を組み合わせた特殊なもので‥‥数千度の火の玉となって燃え上がったそれは、まるで地上の小さな太陽だった。灼熱する大気。液体窒素を霧状に噴霧してもなお、膨大な輻射熱は空気を焦がし‥‥一分以上の燃焼の後、そこには、真っ赤に灼熱して溶けた壁面と、歪に歪んだ複合多層防壁の姿があった。
畜生、と雨竜が悪態を吐く。『爆心地』から離れたここでも肌を炙られた。近場の連中は助かるまい。
呆然とその光景に魅入られていた山崎は、顔面を蒼白にして無線機に向かい直った。
「『長城』が『焼かれ』ました‥‥膨大な熱反応‥‥このままでは、『長城』は『決壊』します。早急に援軍を‥‥!」
「よし、冷却開始! 再加熱の準備も急げ!」
神宮寺の命令で廃墟のビルの屋上に姿を現した『ソレ』は、まるで何かの冗談のようだった。
組み上げられたカタパルト──神代の昔より使われた古の攻城兵器、梃子の原理を利用した巨大な投石器──は、唸りを上げて液体窒素の入ったケースを灼熱した『長城』へと投げつけた。
気化して爆発的に膨張する液体窒素。急速に冷却され、『長城』が重い音を上げて軋む。
再び、再加熱の為に突入していく爆破班と葛城分隊。
付近の抵抗は殆ど無かった。ただ一発の銃弾を除いては。
どこからか飛来した一発の銃弾が、『長城』に辿り着こうとした老人の腹を撃ち抜いた。
狙撃手は雨竜。脚を狙ったのだが、歪んだ大気に銃弾を逸らされた。だが、ともかく、負傷兵が近くにいれば『長城』への再攻撃は行われないだろう。
血塗れの手と、小さな穴の開いた腹を淡々と眺め、老人が口から血を零す。
マークは小さく目を見開いた。それは、あの日の焼き直しだった。
老人は、傷ついた自分の身体を無感動に見つめると、マークに起爆装置のスイッチをよこせと言った。
「覚悟は出来とる。いいから早くそれを渡せ」
老人はマークからスイッチを受け取ると、代わりに自分の認識票を千切って投げてやった。
刻まれた文字列。志鶴、という老人の名を思い出す。
マークは老人に敬礼を一つ送ると、自陣へと向かって走り去った。マークが安全地帯に下がるまでの短く、長い時間。老人は一人、空を見ていた。
「今行くぞ、我が戦友たちよ‥‥」
二度目に現出した太陽は、老人の人生を飲み込んで『長城』を炙り焼いた。
液体窒素による再冷却。
続けて登場した『ソレ』もまた、冗談のような代物だった。
「HEATバリスタ、用ー意!」
それは成型炸薬弾頭を持つ巨大な破城槌であり‥‥複数のトラックに曳かれて加速し、放たれ、長城へと突進していく様は、まさに中世の攻城戦のようだった。
激突し、炸裂する弾頭。『破城槌』は『長城』に穴を穿ち‥‥急激な加熱と冷却、膨張と収縮により脆くなっていた防壁は、遂に耐え切れなくなって崩壊を開始した。
「‥‥ざまをみやがれ‥‥」
崩れゆく『長城』を眺めながら、ウィスキーの入ったスキットルを呷り、掲げてみせるマーク。
それは、『長城』を砕く為に命を落とした友人たちに捧げる手向けだった。
「なんてこった‥‥」
呆然と呟く雨竜。この件が世界にどれほどの混乱をもたらすか。雨竜は暗澹たる気持ちで座り込んだ。
「この放送をご覧の全世界の市民諸君。我々はウォールブレイカーである」
『長城』破壊後、速やかに撤収を終えたウォールブレイカーは電波ジャックを敢行、全世界に向けてメッセージを発信した。
破壊された『長城』を背景に、鮫島の演説は進む。やがてそれは、トウキョウに住む人々の日常を映し出し‥‥彼等の為に活動する武装救急隊の映像が流れていく。
「見よ、トウキョウに暮らす人々の姿を! 彼等は我等と何も変わらない人間だ。見よ、彼等を救おうと生命を懸ける救急隊の姿を! 人間だからこそ、我等はお互い助け合い、慈しみあう事が出来るのだ。壁の中で出来うる事が、壁の外で出来ないはずがあろうか。我々は共存が可能なのだ!
‥‥我々は、今日、一部ではあるが『長城』の破壊に成功した。真の自由を勝ち取るその日まで、我々は戦い続ける。心ある者は立て! 我々は、諸君の力をこそ求めている!」
演説に熱狂する仲間たち。葛城は一人、部屋を出ると頭を振った。
今回の作戦結果は、組織にとって大きな前進となったはずだ。だが、何か取り返しのつかない所まで来てしまったような気がしていた。
壁からの解放、自由、共存。今でも組織と自分の目的は変わらないはずなのに‥‥
「トウキョウの壁を砕くもの‥‥それは、きっと爆薬なんかじゃなくて‥‥」
自分はこれからどうすればいいのか。どうしたいのか。
組織が勝利に沸いたその日、葛城はその自問を繰り返した。