武急外伝 我等が本分をアジア・オセアニア

種類 ショート
担当 柏木雄馬
芸能 3Lv以上
獣人 1Lv以上
難度 普通
報酬 7.9万円
参加人数 8人
サポート 0人
期間 07/02〜07/06

●本文

 壁は砕かれた。
 クリーチャーと呼ばれる怪物たちが跋扈する危険地帯と化した隔離地域トウキョウ。そのトウキョウを封鎖すべく築かれた巨大な多層複合防壁『長城』は、隔離からの解放を求める域内武装組織『ウォールブレイカー』の攻撃により、その一部が破壊されていた。
 折悪く、軍はトウキョウ東部で行われているクリーチャー掃討作戦に予備兵力まで突っ込んでおり、壁の破壊された西部『長城』近辺には、必要最低限の戦力しか残されていなかった。
 このままでは、壁の切れ目からクリーチャーが溢れ出してしまう。
 軍首脳は、東部に展開する主力が再編成を完了するまでの間、急遽、ありったけの戦力を掻き集めて『長城』破砕部分の防衛に当たらせる事にした。
 だが、それは‥‥編成すら為されていない、文字通りの寄せ集め部隊だった。

 取る物も取り合えず、ありったけの弾薬を積み込んで。
 慌てる部下たちの尻を叩きながら、大急ぎで『長城』破砕部分へとやって来たその若い少尉が見たものは、まるで混沌の釜の中身をぶち撒けたかのような現地の混乱ぶりだった。
 配置に付いたものの何の準備も出来ていないのか、補給やら通信やらの確保に忙しく走り回る兵たちがいるかと思えば、何の指示も受けられずに後方で手持ち無沙汰に待機する隊もいる。
 少尉は、高機動車の窓から顔を出して司令部の位置を聞いてみたが、中々要領が得らず、ようやく、とあるビルの屋上に設置された司令部──日除けの屋根だけが付いたテントと、折りたたみ机を並べただけ──に辿り着けた時、この地に着いてから既に30分以上が経っていた。
「──教育中隊・第二小隊、只今到着しました」
 隊の到着を申告した少尉は、予備役あがりの老大尉が現場の指揮を執っている事に絶句した。
「ん? ああ、歩兵小隊だな? えーと、これで何個目だ? 兵力を集めるのはいいが、適当にも程があるぞ。編成まで現場任せってのはどういう事だ?」
 机の上の地図に何かを書き込みながら、ぶつくさと文句を垂れる老大尉。少尉は、敬礼した手を下げるのも忘れたまま、呆然とした。
 なんてこった。これではまるで不正規隊じゃないか。
「教育隊‥‥新兵ばかりか。んー‥‥このビルの屋上に陣を張れ。目の前の道路に化け物が進入してきた時だけ撃ちまくらせろ。弾薬補給の目処がたっていないんだ。それと、車輌は置いていけ。車道に並べて壁にするからな」
 忙しそうな老大尉を残し、敬礼をして退室する。少尉は一人、前途を思い溜め息をついた。

 部下たちをビルの最上の数フロアに配置した少尉は、第1分隊と共に屋上へと上がった。
 地上を見渡せば、変わらず動き回る兵たちの姿。だが、その姿には幾らかの秩序が垣間見えた。土嚢を積み、アスファルトを砕いて塹壕を掘り、着実に戦闘態勢を整えつつある。
 少尉の視界に遠く、砕かれた『長城』の姿が入った。ビルの屋上にいる自分の視点よりもさらに高い巨大な壁。それが歪み、溶かされ、無残に破断されている。
 その『長城』の向こうから、鈍い爆発音が響いてきた。耳を凝らすと、連続した射撃音等も聞こえてくる。誰かが『長城』内で戦闘をしているようだった。
「なんだ、どこの部隊だ?」
「知らんのか? テロリストどもが化け物どもと戦闘してるのさ。まったく、何を考えてやがんのかな。自分たちで大穴を開けておいて、その癖、化け物が外に出ないようにする」
 誰にとでもなく呟いた少尉の言葉に答えを返したのは、隣りのビルに配置された小隊の指揮官だった。
「そっちは新兵ばかりか? 俺の所は予備役招集の爺さんばかりだ。『長城』配置だったんだがな、8キロばかし走って来ただけで皆息があがっちまって」
 戦闘準備を終えて暇なのか、気さくに声をかけて来る男。そんな雑談をしている内に、壁の中から聞こえてきた銃声は徐々に遠ざかっていく。それは即ち、ウォールブレイカーの後退を意味していた。
「まずいな。そろそろ化け物どもがこっちに出てくるぞ」
 また後でな、と再会を期し、自隊へと戻っていく男。少尉も鉄兜を被り直し、部下たちに戦闘準備を告げた。

 戦闘を前にして、元は役所や学校があったのだろう、大きなスピーカーを通して老大尉の声が響き渡った。
「いよいよクリーチャーどもがやって来る。奴等はこの世のあらゆる生物を凌駕する身体能力を持つ化け物だ。対する俺たちは寄せ集めで、指揮系統が不確かで、弾薬も心許無いような有様だ。本来ならば、このような状況で戦闘をするなど正気の沙汰ではない。
 だが、忘れるな。我等が後背には無辜なる民。抵抗する術を持たぬ家族、友人、同胞たちがいる。彼等を化け物どもの牙の下に晒して良いのか? 否! なればこそ我等はここにいる。不利だからと退くか? 否! 俺たちが抜かれれば後は無い。俺たちこそが最後の壁なのだ!
 銃を取れ。恐れるな。命を懸けて守り抜け。市民の生命と財産を守る事こそが軍の意義。我等が本分を見せてやれ!」

●出演者募集
 以上がドラマ『武装救急隊外伝 我等が本分を』の冒頭部分となります。
 このドラマの制作に当たり、出演者を募集します。
 PL(プレイヤー)のプレイングとそれに対する判定がドラマの脚本となり、
 PC(キャラクター)がそれを演じることになります。

 オープニングと設定を使って、ドラマを完成させてください。
 皆で協力して、ドラマを作り上げる事が目的です。

 今回は、『長城』破砕部分から現れるクリーチャーを押し留めようと奮戦する軍の話です。
 登場人物は、老大尉や各所の前線指揮官、兵などの軍隊関係者、潜り込んだ報道関係者など、『壁の外側』の人間となります。

●設定
1.トウキョウ封鎖地区
 20XX年。新型爆弾に汚染され、『長城』によって封鎖された隔離地域。
 無人の街並みや廃墟が広がるばかりの、クリーチャーの跋扈する危険地帯。
 『感染』した人々は各地の避難キャンプに集まって暮らている。

2.クリーチャー
 新型爆弾の影響で発生した生物兵器的モンスター。
 既存の生物を戦闘に特化した存在で、人間も『発病』するとクリーチャーになる。
 人間型クリーチャーは、完全獣化状態で表現。

3.新型爆弾
 現実にはありえない不思議爆弾。
 劇中でこの新型爆弾について語られる事はありません。

4.武装勢力『ウォールブレイカー』
 外界への解放を求め、トウキョウ地区を完全隔離する『長城』の破壊を目指すグループ。
 テロリストであると同時に、山賊化した武装勢力やクリーチャーを討伐する『自警組織』でもある。

5.軍
 初期の混乱時に多大な被害を出し、人々と間に確執を生じさせてしまった正規軍。
 現在はトウキョウから引き上げ、『長城』の防衛に全力を注いでいたのだが‥‥
 その他の状況は本分参照。
 トウキョウの人々に対して同情的な者もいれば、クリーチャー予備軍と警戒する者も。

●今回の参加者

 fa1526 フィアリス・クリスト(20歳・♀・狼)
 fa2825 リーベ・レンジ(39歳・♂・ハムスター)
 fa2944 モヒカン(55歳・♂・熊)
 fa3831 水沢 鷹弘(35歳・♂・獅子)
 fa3853 響 愛華(19歳・♀・犬)
 fa4773 スラッジ(22歳・♂・蛇)
 fa5412 姫川ミュウ(16歳・♀・猫)
 fa5888 アンジェラ・ツツミ(25歳・♂・牛)

●リプレイ本文

「いよいよか‥‥」
 訓練中隊の新兵、スラッジ二等兵(役:スラッジ(fa4773))は、心中で呟くとごくりと唾を飲み込んだ。
 やたらと喉が渇いていた。スラッジは胸のポケットからガムを取り出すと、幾つかまとめて口に放り込む。味など感じない。ただ、機械的に顎を動かしていると気が紛れるような気がした。
「デフォルトは3点バースト‥‥フルオートは限定された状況下のみ‥‥デフォルトは‥‥」
 スラッジの隣りでは、榊原 結花(役:姫川ミュウ(fa5412))が銃を構えてぶつぶつと呟き続けている。スラッジと同じ訓練途中の新兵で、二人とも間近に迫った初の実戦に緊張の色を濃くしていた。
 二人の属する分隊は、4車線の大きな道路に面した雑居ビルの屋上に置かれていた。クリーチャーが最も集中すると見られる敵正面の防衛線を側面から援護する為だった。
「いいか、嘴の黄色いヒヨッコども。俺の命令があるまで銃の安全装置は外すんじゃないぞ」
 訓練教官のボルドマン軍曹(役:モヒカン(fa2944))が、いつも通りに淡々と言う。だが、初めての戦場に浮き足立つ新兵たちは、それを聞いていなかった。
「‥‥‥‥」
 ボルドマンは無言で歩み寄ると、突然、空の弾薬箱を蹴り飛ばした。
「全員、右手を銃から放して俺を見ろ!
 お前たちが訓練途中で半人前以下の、穴の開いたコンドーム程にも役に立たない事は十分に承知している。俺がお前たちに要求するのは一つだけだ。
 『俺の命令を聞け』。
 何て事はない。いつも通り、訓練通りに行動すればいいだけだ。睫毛にこびり付いた目糞以下の存在でしかないお前たちにも、それ位は簡単だろう。
 ‥‥返事はどうした、聞こえんぞ?!」
 ボルドマンの怒声。新兵たちは一斉に「分かりました、軍曹殿!」と答えた。
「よぅし、銃を構えろ、ヒヨッコども! 無駄弾はばら撒くな。もしそんな事をしたら、貴様ら自身の玉を奴等に喰らわしてやるからな!」
 がちゃがちゃと銃を構え直す新兵たち。スラッジは、隣りの榊原を呼び、先程封を開けたガムを放ってやった。
「‥‥やるよ」
「‥‥ありがとう」
 一瞬、きょとんとして礼を言う榊原。スラッジはぶっきらぼうに視線を外した。

 やがて、『長城』の破砕部分の瓦礫の上に、ぽつり、ぽつりとクリーチャーが姿を現し始めた。
 崩れた瓦礫の山に立ち、戸惑ったように周囲を見渡すクリーチャー。何かに感極まったかのように、細く、長い雄叫びを空に向け‥‥クリーチャーは、その頭部を狙撃兵に撃ち抜かれた。
「攻撃開始! 撃ちまくれ!」
 長城破砕部分から真っ直ぐに延びる4車線道路。そこを封鎖するように設けられた『防御陣地』から、無数の火線が瓦礫上のクリーチャーたちに浴びせられる。それは投げかけられる死の投網。だが、敵の存在を感知したクリーチャーはそれに怯まず、一斉に、続々と、瓦礫の山を駆け下りる。
「始まった‥‥!」
 後方の安全地帯に留め置かれていた報道カメラマンの滝川 直弥(役:水沢 鷹弘(fa3831))は、どさくさに紛れてそこを抜け出した。カメラを抱え、前線へと続く道の歩道を小走りに駆けて行く。すれ違う補給トラックと負傷者搭乗の高機動車。滝川はカメラを向けながら、前へ前へと歩みを進めた。
「よう、ご同輩。まさかこんな所で同業者にお目にかかれるとはな」
 前線へと紛れ込み、何とか『車輌の壁』の一つに潜り込んだ滝川が見たものは、無様にひしゃげた『長城』と、炎上する第1列の車輌の壁‥‥そして、一眼レフのカメラを抱えた男の姿だった。
「ま、こんな所で会ったのも何かの縁だ。俺の名は藤岡礼(役:リーベ・レンジ(fa2825))。仲間内では、『生還者』とか『不死身』とか呼ばれている」
 人懐こい笑顔で右手を差し出す男の手を、滝川は握り返した。あいにく藤岡の二つ名には聞き覚えはなかったが、藤岡は特に気にしたりはしなかった。
「で、何だってこんなドンパチの真っ只中にやって来た? あまりいい趣味とは言えんぞ?」
「‥‥人々に真実の映像を届ける為です。それが私の様な男が存在する意義だと考えています」
 かつて、滝川はトウキョウ内にあるキャンプを取材した事があった。だが、報道規制ばかりで、域内の真実を伝える事は出来なかった。だが、だからこそ。自分はいつの日かその時の為、真実をカメラに収め続けなければならない。
「なるほど、なるほど。確かに報道の自由と真実は、時に個人の生死を超越する。そこへ至る過程が私的な感情によるものでも、公的な義憤であってもな」
 ムッとする滝川。何を言っているのか分からない、という顔をする滝川に、藤岡は大きく首を振った。
「自らの死と言うものに鈍感になっている点では同じと言う事さ。俺も、お前も、それからそこの男もな」

 藤岡が顎で示した先に、一人の軍人(『アンジェラ』役:アンジェラ・ツツミ(fa5888))の姿があった。
 大型のライフルを構え、身体中に過剰なまでの手榴弾を付けている。
「第2列が後退するぞぉー! 援護射撃ぃー!」
 響いてきたその声に滝川のカメラが前を向く。クリーチャーの取り付き始めた第2列の車列から兵たちが後退する。追い縋るクリーチャー。そこへ支援の射撃が集中する。
「おとこ〜にぃ、うま〜れたぁ、このいーのちぃ。さかせず、ちらせてぇ、なるもぉのかぁ」
 その苛烈な戦場にあって、その男は鼻歌を歌いながら戦っていた。
「お、あんた、マスコミの人か? いいねぇ。この俺の男っぷり、しっかり撮っておいてくれよ!」
 カメラに向けて機嫌良く親指を立てる男。だが、滝川が相手の官姓名を問うた瞬間、男は不機嫌になってしまった。
「名前なんてどうでもいいじゃねぇか。不粋な事、聞くんじゃねぇよ」
 そのまま無言で銃を撃つ。一体、何が起こったのか分からずに、滝川は首を傾げた。

 正面の防衛線は、既に第3列まで破られていた。
 だが、それは既定の方針に沿ったものだった。正面に敷いた縦深陣は、初めから援軍が来るまでの時間を稼ぐ為のもの。そういう意味では、軍はクリーチャーに押しまくられつつも、当初の予定通りに負けている、と言えた。
 だが、真の悪夢は、これからだった。
 『長城』の建つ境界線に、それまでとは毛並みの違う二匹のクリーチャーが姿を現した。一方は、美しい銀灰色の毛並みを持つ精悍な獣(獣化:フィアリス・クリスト(fa1526))。もう一方は、燃え滾る地獄の焔の様に逆立った毛並みの獣(獣化:響 愛華(fa3853))だった。
 トウキョウの域内において極稀に、非常に高い能力を持つクリーチャーが生まれることは確認されていた。崩れかけた『長城』の塔の上に優雅に立つ『白銀』と、瓦礫の大地に雄々しく立つ『紅蓮』。彼等こそが、まさに『それ』だった。
 それは怒りか、それとも、開放の喜びか。二匹の雄叫びが大気を震わせ、戦場に轟き渡る。まるで示し合わせたかのように上と下の戦場に別れ、吶喊していく『白銀』と『紅蓮』。その後を、勢いづいたクリーチャーたちが追っていく。
 『白銀』は、塔の上から雑居ビルの上に飛び乗ると、まるで疾風のようにその上を駆け抜けた。その動きは流れる雲のように一所に留まらない。兵の只中に飛び込んだかと思うと、すぐ次のビルへと飛び移る。鋭い牙で噛み砕き、放り上げ、まるで人形のように人が宙を舞うその様は、まさに竜巻を思わせた。
 それに対し、『紅蓮』のそれは火砕流のようだった。一直線に疾走する『紅蓮』は、集中する銃火を物ともせず、あらゆるものを踏み潰した。鉄条網も、車輌の壁も、『紅蓮』の足を止めれない。跳弾の火花が星のように煌く。銃弾は皆、そのことごとくが鬣のような体毛に弾かれた。

「こっ、これがクリーチャーか‥‥なんて‥‥なんて‥‥」
 人同士の戦いとは次元の違う悪夢のような光景に、滝川は絶句した。
 『白銀』と『紅蓮』。二匹の吶喊は軍の防衛線をズタズタに引き裂いていた。兵たちは我先に逃げ惑い、クリーチャーたちに蹂躙されるがままになっている。
「悪くないね。こういう絶望的な状況も。俺の男を磨くにはうってつけの舞台だ」
 どこか達観したように銃を撃ち続ける名乗らぬ男。彼に後退の選択肢はないらしい。
「ふ、ふはは‥‥いいぞ、これが人外の化け物の力か‥‥まさか我が身で体感する事になろうとは」
 藤岡は地面に倒れていた。突っ込んできたクリーチャーの一撃を受け、その鉤爪で胸部を切り裂かれたのだ。
 慌てて滝川が駆け寄り、上着を裂いて押し当てる。その布地が見る見る血に染まっていった。
「‥‥滝川。俺のカメラを持って後方に下がれ。いや、なに、預かってもらうだけだ。まだまだ死なんよ。まだ俺は世界の真実を見ていないからな」
 ニヤリ、と笑ってみせる藤岡。それに男も賛同する。お前に死なれては、俺の男っぷりを伝える者がいなくなる。
「ここを抜かれたら後がない。だが、弾は無く、残るはこの我が身だけ。俺の命で化け物が倒せるなんざ思っちゃいねぇが‥‥手傷の一つでもつけられれば御の字だ。後は他の連中が何とか片を付けてくれる」
 淡々と言いながら、ガソリン入りのポリバケツとC4爆薬を取り出す男。何とか考え直させようとする滝川に、藤岡が「カメラを回せ」と声を上げる。
 アンジェラだ。男がそう呟いた。
「俺の名はアンジェラだ。女みたいで気に食わない名だが‥‥それでも、まあ、忘れないでやってくれ」

 進行する『紅蓮』に向かって、横合いから一人の兵士がナイフ片手に突っ込んだ。
 変異型のクリーチャーと人間では身体能力に差がありすぎる。だから、『紅蓮』は無造作にその鉤爪を振るった。
 男は無様に地面に叩きつけられ‥‥『紅蓮』の足にしがみ付き、爆薬の信管を作動させた。

 一際大きな爆発の振動が、雑居ビルを振るわせた。
 グラリとバランスを崩した一匹のクリーチャーに、スラッジと榊原はフルオートで全ての弾丸を叩きつける。
「まだ生きているのか!?」
「倒れて! 倒れて、倒れて倒れて倒れて倒れてよぉ!」
 皮膚が弾け、血塗れになったクリーチャーがビルの谷間を落ちていく。だが、その数は一向に減る気配がない。
「そこにも、ここにも、あっちにも! もう嫌、こんなの嫌っ! お兄ちゃん、健‥‥帰りたい、帰りたいよ‥‥」
 絶望的な状況に、榊原の心が折れる。膝を付いて泣きじゃくる榊原に、ボルドマン軍曹が平手をかました。
「糞を垂れるのはケツだけにしろ! 糞しみったれた弱音を吐く権利など兵隊には無い! 勝手に死ぬ権利もだ! 貴様の命は死ぬその瞬間まで軍のものだ! 銃を取れ! 敵を殺せ! 今の貴様は水たまりに浮かぶミジンコ以下だ! ミトコンドリアに謝罪しろ!」
「そんな‥‥」
「甘ったれるな! 貴様はなぜ、その軍服を着てここにいる!?」
 ボルドマンは無理矢理榊原を立たせると、その胸に銃を押し付けた。キッと睨む榊原。それでいい、と軍曹は頷いた。
「隣のビルにいる連中の撤退を援護する。その後随時我等も退くぞ!」
 離れていくボルドマン。スラッジは榊原に声をかけようと‥‥
 その榊原の目の前に、血塗れの『白銀』の背が舞い降りた。
「あ‥‥」
 呆然とする榊原。スラッジが間に入り込んで引鉄を絞り‥‥かちり、かちり、と弾切れの銃は沈黙する。
 振り返った『白銀』の目が二人と合った。
「く、来るな、来るなよ‥‥!」
「嫌ァァァァ!」
 変化は一瞬だった。『白銀』は瞬時にその身体を回転させると、鉤爪で二人をなぎ払いにかかった。
 それを間に入った何者かが受け止める。
 『白銀』の鉤爪は容赦なく闖入者の身体を抉り、代わりに、その闖入者はクリーチャーを捉まえた。
 バン! と45口径弾が『白銀』の頭を撃つ。無念の咆哮をあげながら、あっけなく崩れ落ちるクリーチャー。ボルドマンの身も地に落ちた。
「軍曹! どうして‥‥!」
「‥‥まったく‥‥俺の教え子は揃いも揃ってノロマばかりだ‥‥そんな事では、何も守れはせんぞ‥‥」
 大きく息を吐き、絶息するボルドマン。その表情は今まで見たどの顔よりも安らかだった。
「あ‥‥あは‥‥あはははははははは‥‥」
 精神の糸が切れ、哄笑を上げる榊原。背後に飛び込んできたクリーチャーを銃床で殴り飛ばし、その口内に銃口を突っ込んで発砲する。
「あははははあはははははは〜」
 すでに動かないクリーチャーをそのまま延々と銃剣で刺し続ける榊原。その身を無理矢理抱きかかえるようにして、スラッジは分隊員を呼び集めた。
「指揮を引き継ぐ。分隊はこれより戦場を離脱する‥‥」

 寄せ集めの守備隊は、7割以上の損害を出しながらも、最後までクリーチャーに突破を許さなかった。
 やがて駆けつけた本隊の増援により、広範囲に渡って浸透したクリーチャーたちも、全て城外から駆逐された。
 今回の戦闘において軍はその本分を全うし、多くの幸福を守り切り、僅かな不幸を生み出した。

 藤岡礼の遺体が見つかったという報告はなかった。
 だから、滝川は死亡報告書を提出する事もしなかった。まだまだ死なないと、藤岡は言っていた。ならば、いずれこのカメラを受け取りに滝川の前に現れるだろう。
 今回の『取材』の映像を持ち帰った滝川は、先のキャンプでの取材と併せて確認し直してみた。
 そこには、あらゆる立場に身を置きながら、必死に生きる人々の姿があった。見る側により異なる正義の鏡。だが、それは全て真実だ。
「人は様々な事実の中から取捨選択し、真実を見極める権利がある。情報は隠蔽するべきものではないし、ましてや操作されるべきものではない」
 滝川の中で、ある決意が生まれようとしていた。