鷹司 『猿蜘蛛』、急襲アジア・オセアニア

種類 ショート
担当 柏木雄馬
芸能 1Lv以上
獣人 5Lv以上
難度 難しい
報酬 32.2万円
参加人数 8人
サポート 0人
期間 07/20〜07/24

●本文

 もう夜明けも近い刻限のはずだったが、厚い雲に覆われた空はその兆しも見せてはくれなかった。
 昨日から降り続く雨は今も細く、霧のように漂いながら舞い降りてくる。風に乗って漂い、張り付く水の粒。深い森の木々も傘にはなり得ず‥‥ぱちゃり、ぱちゃりと水たまりを踏み越えて山中を行くその男は、水に濡れた皮製のコートを見下ろし、渋面で呟いた。
「まいったな。また一着駄目にしてしまった」
 その声音に表情ほどの落胆はない。落ち着いた、若い男の声だった。
 若者と呼ぶ程には幼くなく、成熟したと形容するには渋みが足りない。そんな『青年』と呼ばれる世代の男だ。
 こんな事なら初めから空を飛んだのに、と文句を言いながら、青年は意地になったように山を登り続けた。
 やがて辿り着いた頂上は‥‥展望台か何かにしようとして造成途中で放棄されたのだろう。泥状と化した地面がまるで沼か田んぼのように酷い状態になっていた。青年は溜め息を吐くと、外套を脱いで『翼』を広げ、バサリ、と一飛びでその『沼』を飛び越えた。『展望台』の中央に、雨避けの屋根の付いたベンチがある。そこならば、濡れ鼠と化した自分を乾かす事くらい出来るだろう。
 木製のテーブルの上に無造作に外套を投げ出し、乾いたタオルを取り出そうと荷を探して漁り始める青年。
 その背後に、ぺちゃりと。一つの影が降り立った。
 人影、というには小柄に過ぎる。1m程度の‥‥強いて言うなら猿に近い。だが、この世に5本の腕を持った猿など存在しない。それはNWだった。
 手足と尻尾の位置から生えた、鋭い鉤爪を持つ五本の腕。長い毛は雨に濡れて張り付き、その昆虫じみた節々を露わにしていた。巨大な複眼に感情は見えない。それは這いつくばるような姿勢で青年へと忍び寄り‥‥
 その動きが、ピタッと止まる。
 肩越しに振り返った青年の視線が、NWを捉えていた。
「‥‥ふん。生きていたか」
 特に驚いた風もなく、背中を見せたまま着替えを続ける青年。NWは動かない。濡れたシャツを脱ぎ捨てた青年のその身体に、無数の黒い刺青が刻まれていた。
「あれだけお膳立てをしてやったのに、ただの一人も狩れなかったわけだ、お前。あの獣人たちも不甲斐ない。お前程度のNWを殲滅しきれないとは‥‥」
 ベンチに腰を下ろし、イライラとした様子で膝を揺らす青年。予定が狂うだろうが、などとブツブツと呟きながら、爪を噛む。
 そんな青年を前にして、そのNW、『猿蜘蛛』は、何かを訴えるようにジッと同じ姿勢で待ち続けた。
「ん、なんだ? 戻りたいのか? 意味もなく実体化していても腹が減るだけだからな‥‥だが、駄目だ。自分の不始末だ。自力でなんとかするんだな」
 NWに人の言葉は分からない。だが、自らの意思が拒絶された事は、『猿蜘蛛』にも感じられた。それは飢えて死ぬことを強要されたようなものだ。だが、それでも、『猿蜘蛛』は伏して動かない。
 興味を無くしたようにNWから視線を外した青年は、曇天が白ばみ始め、周囲が随分と明るくなった事に気が付いた。
 鋭敏化した視覚に遠く、一軒の山荘が映る。そういえば、この辺りで対NW戦闘訓練を行う獣人たちのキャンプがあるような事を耳にした事があった。
 好きにしろ、との青年の呟きに、『猿蜘蛛』は飛び去るようにして山荘へと駆けていった。青年の口の端が、小さく歪んだ。
「対NW戦の訓練キャンプ、ね‥‥ならば、俺からも一つ、彼等に『試練』を与えるとしよう」

 奥州の山深く、人目の届かぬ森の奥。
 その地で行われる訓練キャンプは、教官の名を取って、通称『鷹司キャンプ』と呼ばれていた。基礎体力や技術の向上、対NWの模擬戦闘などが行われるそのキャンプは、しかし、その日、予定されていたカリキュラムは全て中止となっていた。教官・鷹司英二郎の体調不良と、予期せぬ来客による為だった。
「全く。お前の力を借りに来たと言うのに、そのお前が風邪で動けないのだからなぁ。お互い歳には勝てんかぁ」
 キャンプの宿舎になっている山荘の鷹司の私室。
 鷹司を尋ねてきたその壮年の男は、冷却剤を額に張り、体温計を咥えた鷹司(昨日、雨中で訓練を強行して風邪をひいたのだ)の姿を見て『豪快に苦笑』した。
 その男はかつて共に依頼を受けた知人で、今は現役を引退してNW退治の依頼の仲立ちをしている。鷹司は不機嫌そうにそっぽをむくと、さっさと本題に入るように促した。
「昨日、この近くでロケをしていた獣人たちがNWに襲撃された。幸い犠牲者はなかったが被害も大きく、この森に追い込んだ所で追撃を断念したんだが‥‥そこでこのキャンプの事を思い出してな。NW殲滅の為に戦力を借り受けたい」
 鷹司は頷くと、訓練スタッフの一人である藤森若葉を呼んで、訓練生の中から戦闘に耐えうる者を選んで集合させるように命じようとして‥‥食堂の方から、けたたましい騒音が響いてきた。
「何事だ、喧嘩か!?」
 騒然とする空気の中、訓練生の一人が駆け込んできた。
「NWです! NWが窓から食堂に突っ込んできました!」

●状況と目的
 参加PCは、鷹司キャンプに参加している訓練生の一員となります。
 山荘での朝食時をNWに急襲されました。このNWを倒す事が目的です。

●開始時の状況と戦場
 朝食時を急襲され、混乱状態にあります。
 PCたちは、人間形態で、装備品を持たない状態で戦闘に入っています。
 PCたちの装備品は、山荘2階の私室(2段ベッドが二つある狭い4人部屋)に置いてあります。
 ただし、朝食時に身に付けていてもおかしくない装備は持っていても構いません。

 食堂は山荘1階の広い部屋。十人以上が食事できる大きなテーブルが中央にあり、壁の2面は窓とバルコニーになっています。
 山荘は森のすぐ近く、未舗装の道路と広い駐車場に面し、少し離れた場所を川が流れています。

鷹司英二郎
 キャンプの教官を務める高レベルの鷹獣人‥‥なのだが、高熱の為、戦闘力は激減。

藤森若葉
 キャンプでの回復役を務める一角獣人。戦闘中は食堂の入り口近くにおり、負傷者が来れば回復します。

壮年の男
 怪我により現役を引退して久しく、戦力にはなりません。
 昨日の戦闘での経験により、NWについて知っている事を数ターンに渡って知らせてくれます。
 奴の鉤爪は鋭い、トリッキーな動きをする、『投石』の威力は尋常じゃない、糸を吐く、などです。

●今回の参加者

 fa0431 ヘヴィ・ヴァレン(29歳・♂・竜)
 fa1634 椚住要(25歳・♂・鴉)
 fa2002 森里時雨(18歳・♂・狼)
 fa2539 マリアーノ・ファリアス(11歳・♂・猿)
 fa2910 イルゼ・クヴァンツ(24歳・♀・狼)
 fa3134 佐渡川ススム(26歳・♂・猿)
 fa3392 各務 神無(18歳・♀・狼)
 fa4554 叢雲 颯雪(14歳・♀・豹)

●リプレイ本文

「なー、なー、森里少年。寝込んでいる今襲撃すれば、教官から一本取れんじゃね? どうよ?」
 佐渡川ススム(fa3134)は、森里時雨(fa2002)と共にいつも通りの朝食を取っていた。
 ふと上げた視線に映る何か大きな丸いもの。それがクルクルと回りながらこっちに突っ込んでくるのを見て、佐渡川は思わず啜っていた味噌汁を吹き出した。
「うわっ、汚っ!?」
 飛んできた飛沫を避けて跳びずさる森里。謎の物体が飛び込んできたのはその時だった。
 のどかな朝の食堂にガラスの割れる音が響き渡る。
 飛び込んできたその『物体』は『手足』を広げて着地すると、その頭部をぐりんと森里へ向けた。
 昆虫のような複眼と森里の視線が交差する。その『虫っぽい猿』は森里目掛けて跳躍しようと身を沈め──森里は動けない。突然すぎる事態に思考が追いつかず、身体は麻痺したように固まって‥‥
 そこへ、横合いから飛んで来た味噌汁椀がその『猿蜘蛛』に直撃した。我に返った森里は『猿蜘蛛』に向かって自分の椅子を蹴り飛ばし、テーブルの上に背を預けて転がるようにして反対側へと移動する。
「すまない、少年。俺の前に座っていたのが運の尽きだ」
「いや、俺、普段から運悪いスから」
 そんな軽口を叩きながら立ち上がった森里は、佐渡川の顔からいつもの軽薄な笑みが消えている事に気がついた。
「ここは引き受ける。準備を」
 抑揚のない声。佐渡川の目がスゥ、と細くなる。
「‥‥へっ。すぐに戻ってきますからね!」
 森里は興奮にゾクリと背筋を震わせると、完全獣化とNWの逃亡阻止の為、食堂入口へと走り出した。

「ッ、NW!?」
 飛び込んできたその『物体』を見て、叢雲 颯雪(fa4554)は椅子を蹴倒した。
 またなのっ!? なんでこんな突然の遭遇ばかり‥‥! 心中で毒づきながら懐の銃を抜く。椅子の下から這い出すNWに照準、発砲。弾は見事にNWの額に命中し‥‥あさっての方向に弾んで消えた。銃には訓練用のゴム弾が装填されていた。
「‥‥って、こんなので勝てるかぁーっ!」
 自分で自分にツッコミを入れる叢雲。落ち着け私。これは訓練用の銃。実銃は部屋に置いてきた。
(「くっ‥‥こうなったら殴り合うしかない。『放雷紫爪』を掠らせる‥‥それ位なら私だって‥‥!」)
 爪を出し、前に出ようとする叢雲。その後ろ襟首を、各務 神無(fa3392)がちょっと待った、と掴み上げた。
「うにゅ‥‥神無姉‥‥」
 各務の赤い瞳に見つめられ、叢雲が借りてきた猫のように大人しくなる。各務は大きく溜め息をついた。
「また猪突しようとして‥‥聞いたよ。この前は一人で突っ走って氷漬けにされたんだって?」
「う゛‥‥」
「‥‥あまり無茶はしないでね‥‥心配だから。
 さあ、早く完全獣化して。それまでここは私が抑えるから」
 NWへと向き直る各務。手にしたライトバスターが、静かに光の刃を形作った。

「教官! NWだ! 食堂にNWが出た! ‥‥って、うおっ!? こいつ‥‥っ!」
 各務と切り結んでいたNWは、突然、『知友心話』で教官に状況を連絡していたヘヴィ・ヴァレン(fa0431)にその目標を変更した。突っ込んでくるNW。へヴィは、慌てて特殊警棒を引き延ばし、横殴りにそれを振り抜いた。身を沈めてそれを潜り抜けるNW。そのままへヴィの横を走り抜け‥‥
「ちっ! 行ったぞ、森里!」
「‥‥くっ、速いっ!」
 包囲を抜け、回復役の藤森若葉へと走るNW。その進路に立ち塞がった森里にNWの鉤爪が迫る。繰り出した拳をかわされた森里は、NWの反撃を敢えて避けず、その身をぶつける事でそれ以上の進行を喰い止めた。
 追撃は無かった。獣人達が再び包囲網を構築する前に、NWは側壁を蹴り、吊り照明を踏み台にして宙を跳ぶ。容易に多対一の状況を作らせてくれなかった。
(「獣人が多く集まっているこの状況、NWとはいえ普通は接触を避けるはず‥‥明らかに不意打ちを狙ったということ‥‥? 浮き足立っている間に獲物を狩って即離脱、あたりが狙いですか‥‥」)
 若葉の回復を受ける森里を視界の隅に置き、イルゼ・クヴァンツ(fa2910)が思考する。それが正しいとすれば、この現状はNWの思惑通りということになる。3次元で機動する相手に対応は後手に回り、攻撃対象の選択等、イニシアチブは常にNWに握られている‥‥
 宙を跳んだNWの動きを読んで、着地点に佐渡川が回り込む。目には見えないがその爪は高速で振動している。当たれば腕の一本位獲れるかもしれない。
 無言のまま、無表情で。空中から吐き出された粘着性の糸を避け、佐渡川がその懐へと飛び込んでいく。だが、NWは空中でその身を翻すと、繰り出した佐渡川の腕に掴みかかった。食い込む鉤爪。獣人たちにまともな装備は無く、その鉤爪は容易にその身を裂く。
「‥‥半獣化では厳しい、か」
 呻く佐渡川。そこへイルゼが背後から仕掛ける。NWはその巨大な複眼でイルゼを捉え、鞭を振るうように『尻尾』の腕を振るった。足を止めたイルゼの眼前を、鉤爪が通り過ぎていく。
(「同時に二人を相手取る‥‥? だけど、腕が何本あろうと頭は一つ。手数が相手の処理能力を上回れば勝ち目はある‥‥」)
 だが、それを為し得るには、この障害物だらけの戦場は不向きであり‥‥
「文字通りの朝飯前‥‥には、ちょっときついかな?」
 マリアーノ・ファリアス(fa2539)が呟いた。その声には余裕がある。現状はNWが戦いを優勢に進めているが、それは現在の特殊な状況によるところが大きい。ならば状況を変えてやればいいだけの事。そして、この中では必ずしも強くはない自分に出来る事は‥‥
「二階に行ってくるよ! 何を持ってきて欲しい?」
 武器を、との声が唱和した。
「『白夜』を頼む。ライトバスターも使い勝手はいいんだが、やはり刀の方が慣れているのでね」
「俺は要らん。どれもこれも重いんでな。他の奴を優先してくれ」
「銃を! とにかくちゃんと弾の入った銃を!」
 皆からの注文を受けて頷くマリス。椚住要(fa1634)も同行を買って出た。
「‥‥俺も行こう。あんただけでは手が足りまい。‥‥それに、俺も銃がないと困る口なんでな」
 全く愛想のない顔で言う椚住。マリスはにこにこと頷いた。
「じゃあ、椚住さんは僕たちの部屋をお願いするね。マリスはお姉さんたちの武器を取ってくるからさ!」
 言うなり、反論する隙を与えず窓を出て、『地壁走動』を使って壁を登り始めるマリス。嬉々として女部屋へと向かうマリスに、椚住はしばし言葉を失った。
「‥‥いや、別にいいんだけどな」
 誰にとも無くぼそりと呟き、椚住も翼をはためかせた。

 昨夜から続く雨のため、窓には鍵がかけられていた。
 椚住は窓を小さく肘で割ると、鍵を開けて部屋へと入った。まずは自分のIMIUZIを首に提げ、マグナムと弾薬を無造作にポケットに突っ込む。べヴィの斧やライフルといった『長物』は避け、ベッドの上に放ってあった佐渡川のグローブを拾い、森里の鞄の中からはシャイニングソードを引っ張り出す。「これだけは絶対持って来て」とマリスに頼まれたブラストナックルも探し出し、椚住は急いで窓から飛び出した。
 階下では、NWが変わらず奔放に動き続け、獣人たちに出血を強いているようだった。誤射を警戒した椚住はIMIUZIでの援護を諦め、持ってきた武器を渡すべく食堂へと入った。まずは食堂出入り口にいる森里に剣を渡し、戦場を動き続ける佐渡川には機を見てグローブを投げてやる。マリスはまだ二階から下りてきていな‥‥いや、たった今下りて来た。
「お姉さんたち、武器、持って来たよ!」
 マリスは叫ぶと、開けた窓近くの床に、各務の『白夜』とイルゼの『ダマスカスブレード』を突き立てた。
 そこへ完全獣化を終えた叢雲がやって来る。叢雲は愛用のGlockenspiel17をマリスから受け取ると、弾倉に実弾が込められている事を確認し、スライドを引いて初弾を装填した。
 一方、遊撃を担当するイルゼは、床に刺さった二本の刀剣の内、まず『白夜』を引き抜いた。わざわざ鞘に戻してから、NWと正対する各務に投げてやる。
 投げられた『白夜』に各務が手を伸ばす。勿論、正対するNWがその機を逃がすはずもない。各務が『白夜』を掴んだ時には、NWはその懐に入り込み‥‥次の瞬間、抜き打ちに放たれた各務の剣戟が、白い残光を伴ってNWを袈裟斬りにしていた。
 床に叩きつけられたNWはその身をボロ雑巾のように弾ませ‥‥すぐに体勢を整えて横に跳ぶ。累積ダメージが重傷に達したNWは、あからさまに逃げの姿勢をうってきた。
「森にだけは逃がしちゃ駄目ッスよ!」
 森里の叫びに佐渡川が呼応する。森への脱出路を塞がれたNWは、迷う事無く駐車場へと面した窓へとその身を躍らせた。
 勿論、獣人達もそのまま逃がす気など無い。だだっ広い駐車場ではNWは三次元的な動きなど出来ないだろうし、こちらは数を活かしての包囲殲滅がやり易い。難があるとすれば、一度包囲を突破されれば足止めするものが無い事と、未舗装の駐車場ではNWが『投石』の弾に困らない事で‥‥
「‥‥! 物陰に身を隠せ!」
 わらわらと外へ飛び出す獣人達に、その『投石』が放たれた。相手の意を察した佐渡川が警告を発し‥‥狙われたのはその『運が悪い』佐渡川だった。『石』は、窓枠を貫通し、粉砕。佐渡川は破片の洗礼を浴びる。
 しかし、その間に、獣人たちは一番危険な『窓枠越え』を果たしていた。椚住が霧雨舞い降る空に舞い、へヴィが武装を求めて自室へと舞い戻る。その他の獣人たちは皆、NWを包囲しようと大地を駆ける。再び逃走を開始するNW。当初の素早さは怪我により失われていたものの、未だにNWの方が優速だった。
 叢雲は足を止めると、逃げるNWの背に向かって銃を連続で撃ち放った。手応え。NWが身体をよろめかせる。だがそれでも倒れず、ジグザグに跳ねながら森へと向かう。
 翼をはためかせて飛来した椚住は、手にしたIMIUZIでNWの進路上に弾をばら撒いた。牽制だ。元より当てるつもりはなく、ただ敵の逃走を妨害する為の銃撃だ。
 だが、SMGに装填されていたのは38口径の実弾ではなく、訓練用のゴム弾だった。
「しまった‥‥!」
 舌打ちする椚住。
 弾道確認用の為、色とりどりに塗装されたゴム弾がNWの進路上の地面で跳ねる。だが、それが却って幸いしたのか、NWの動きが一瞬止まる。
 その一瞬に。
 山荘の二階の自室からARASHIの銃身を覗かせていたへヴィがその引鉄を引き絞った。
 バァァァン‥‥と、重い銃声が山間に木霊となって響き渡る。撃ち放たれた20mm‥‥親指よりも径の太いその銃弾は霧雨を吹き散らしながら宙を行き‥‥
 NWの腹部に命中して、その半分を吹き飛ばした。
「当たった‥‥!?」
 当のへヴィが驚愕する。命中率は決して良い方ではなかった。
 NWは血も流さなければ内臓も零さない。身体の半分を持っていかれたNWは、なおも森へと向かおうとして‥‥叢雲と椚住の銃撃によって粉々にされるまで動き続けた。
「えーと‥‥ブラストぉ?」
 残されたコアに向かって、マリスがブラストナックルを発動させる。戦闘はそれで終わった。

「ねぇ、若葉さん見なかった‥‥って、佐渡川さん、凄い怪我だね」
 自室のベッドで横になっていた佐渡川に、部屋を覗いたマリスが言った。
「怪我? こんくらいツバつけときゃ直る。そうだな、3時間くらいか‥‥で、マリス君は若葉ちゃんに何の用かな?」
「いや、ブラストナックルで怪我した右腕を治してもらおうと」
 そう言ってプラプラする腕を見せるマリス。そのにへらっとした笑顔で、佐渡川はマリスが何を考えているのか分かってしまった。
「‥‥。痛たたたた。傷は思ったより深いみたいだ(棒読み)、これは若葉ちゃんに膝枕で介抱してもらわないと」
「うわ、佐渡川さん、ずっこい!」
 バタバタと騒ぐ二人。騒動に気付いた壮年の男が顔を出す。
「なんだ、騒がしいな。傷を治して欲しいのか? よし、ならばわしが介抱してやろう!」
「「え゛?」」
 安心せい、やさしくしてやる、とにじり寄る壮年の男。
 やたらとゴツいなりをした壮年の男は、実は一角獣の獣人だったりした。

「これまた後片付けが大変そうだな‥‥まったく。人の食事の邪魔するなっての」
 すっかり荒れ果てた食堂を前に、へヴィは大きな溜め息を付いた。椚住は無言で首を振り、黙々と残飯を片付け始める。
 一方、箒を持った森里は、NWと大きく書かれたシャツを身につけていた。戦闘の最初で自前のシャツを汚してしまった為だが、森里はどことなく嬉しそうだった。
「貸すだけだからな。ちゃんと返せよ」
「えー。下さいよ。やっぱ欲しいんスけど、これ」
「えーと、『訓練用の備品につき配布はできません』」
「備品!?」
 驚愕する森里。その横から、女性陣が顔を出す。
「えーと‥‥教官、熱、大丈夫ですか?」
 心配そうに覗く叢雲。その横でイルゼがコクコクと頷く。
「そうだぜ。風邪を侮ると命取りだ。冷やすなら腋の下がいい」
 へヴィが言う。イルゼがコクコクと頷く。
 雑炊を作ってやろうか、と尋ねるへヴィに、鷹司はお袋みたいだなと苦笑する。イルゼは頷きかけ‥‥眉を顰めて首を傾げた。
「‥‥教官とは一度戦ってみたかったんだが‥‥熱を出されるとは少々興が削がれた」
 各務が言う。イルゼはまだ『へヴィ』と『お袋』との言葉のギャップに悩んでいた。
「‥‥俺は最盛期を過ぎたロートルだ。消え行くだけの老兵に拘る必要はないさ。もっとも、消え去る前に片付けて起きたい事もあるんだが‥‥」
 最後の方の言葉は、鷹司の口の中だけで消えていった。