武装救急隊 医師の戦いアジア・オセアニア

種類 ショート
担当 柏木雄馬
芸能 3Lv以上
獣人 1Lv以上
難度 普通
報酬 7.9万円
参加人数 8人
サポート 0人
期間 08/01〜08/05

●本文

「私は今、『長城』破壊現場の上空に来ています。
 見て下さい! 鋼鉄とコンクリートで出来た巨大な防壁は、まるで溶けた飴細工のように見るも無残な姿を晒しています。
 二日前、テロリストにより壁が破壊された際には、外に出ようとしたクリーチャーの群れと駆けつけた軍の即応部隊との間で激しい戦闘があり、実に部隊の7割が被害を──」

 『長城』、破壊さる──
 トウキョウ発の緊急伝として発せられたこの報道は、『壁の外』に衝撃と混乱をもたらした。
「『長城』からクリーチャーたちが出た」
「もうすぐここまで来ているらしい」
 そういった類のデマが飛び交い、各地で物資を買い漁ったり、自主的に避難を始めたりする人が続出していた。
 特に『長城』に近い地域では、『新たに壁が築かれ、自分たちも隔離される』といった噂がまことしやかに囁かれ、パニックを起こした住民が駅や道路に殺到して死者まで出る始末だった。
 日本州政府は、クリーチャーは軍によって完全に阻止された事を強調し、市民とマスコミに『冷静な報道と行動を求める』旨を繰り返した。
 
 隔離地域トウキョウには戒厳令が発令された。
 域内に点在する避難キャンプには軍の部隊が進駐。各キャンプの自治権は一時的に停止され、キャンプを守備する自警団にも解散と武装解除が命じられた。
 だが、各キャンプでは自警団が戦力を保持したまま逐電するケースが相次ぎ(彼等はウォールブレイカーの本隊に合流したものと思われた)、脅威を感じた軍はキャンプ内に残る残党の捜索を開始。だが、中々住民の協力は得られず、捜索は難航する。
 そんな中、キャンプへの物資輸送を担当していた民間の武装輸送隊が、通常の輸送に紛れてウォールブレイカーへの物資供給を行っていた事が判明した。
 NGOには捜査が入り、武装救急隊の活動も禁止され、各員には無期限待機命令が出されることとなった。

 ウエノ公園キャンプ内、簡易診療所。
 プレハブ棟の簡素な診療所ではあるが、それはキャンプで唯一の医療機関だった。
 常駐の医師はおらず、元医者や看護師の避難民ボランティアや武装救急隊の医師たちが交代で『勤務』。通常の医療行為を行う他、比較的症状の重い『感染者』の『入院施設』としても機能していた。
 その日、診療所の『入院棟』で、一人の患者が『発症』した。
 ベッドから転がり落ち、もがき苦しむ『感染者』。普段はここで症状を抑制しつつ、武装救急隊を呼んで救急病院陣地まで搬送してもらうのだが、現在、救急隊の活動は禁止されている。進行抑制剤も既に底を突き、物資の搬入停止によって補充されないままだった。
「軍で車を用意して! 病院まで搬送する! 早く! このままでは間に合わない!」
 気色ばんだ医師が叫ぶ。だが、駆けつけた兵隊たちは、初めて目にするクリーチャー化にオロオロするばかりで役に立たない。中には銃口を向ける者までいた。
「っ! 役に立つ気がないなら、代わりに救急隊を連れて来いっての!」
 医師の叫びに重なるように、咆哮を上げる『感染者』。既に病状は取り返しのつかない所まで進行していた。
 医師が振り返った時は手遅れだった。驚愕に見開かれた瞳に、クリーチャー化した腕が振り下ろされ──
 その直前、飛び込んできた一人の士官が大型拳銃を撃ち放った。
 3発。的確に急所を射抜いた45口径弾により、その『クリーチャー』は沈黙する。
「‥‥この病棟を血の海にした方が良かったか?」
 医師に向かって士官が言う。知らぬ内に睨みつけていたのだろう。
 仕方のない処置ではある。理解している。だが、いつになっても納得出来そうにはなかった。
 埋葬を手伝ってやれ、と士官が命じる。兵たちは恐々と近づくと、あろう事か銃口の先で遺体を突付いた。
「彼に触れるな!」
 医師の叫びに、士官が無言で撤収を命じる。出て行く彼等に構う事無く、医師は遺体の前で膝を落とした。
「‥‥『発病』したら『処理』する、だけなんて‥‥そんなのは間違ってる。病院に搬送する事が出来ないというのなら‥‥ここでやってやる」
 設備も薬もありはしない。だが、あんな光景を見るのはもうゴメンだった。

●出演者募集
 以上が、ドラマ『武装救急隊 医師の戦い』の冒頭部分になります。
 このドラマの制作に当たり、出演者を募集します。
 PL(プレイヤー)のプレイングとそれに対する判定がドラマの脚本となり、
 PC(キャラクター)がそれを演じることになります。

 オープニングと設定を使って、オープニングを『起』としたドラマを完成させてください。
 皆で協力して、ドラマを作り上げる事が目的です。

●設定
1.トウキョウ封鎖地区
 新型爆弾に汚染され、巨大な多層複合防壁『長城』によって封鎖された隔離地域。
 無人の街並みや廃墟が広がるばかりの、クリーチャーの跋扈する危険地帯。
 人々は各地の避難キャンプに集まって暮らている。

2.クリーチャー
 新型爆弾の影響で発生した生物兵器的モンスター。
 既存の生物を戦闘に特化した存在で、人間も『発病』するとクリーチャーになる。
 人間型クリーチャーは、完全獣化状態で表現。

3.新型爆弾
 現実にはありえない不思議爆弾。
 劇中でこの新型爆弾について語られる事はありません。

4.各地の避難キャンプ
 トウキョウに隔離された人々の生活の場。常に『発病』の恐怖が人々に付き纏う。
 現在は戒厳令が発令され、自治権や『商業活動』、集会などが禁止されている。
 過去の事件の経緯から、軍に対する感情はあまり良くない。
 キャンプの人々は、半獣化状態で表現。

5.軍
 初期の混乱時に多大な被害を出し、人々と間に確執を生じさせてしまった正規軍。
 『長城』の防衛に全力を注いでいたが、今回、各キャンプに進駐。戒厳令を発令する。
 キャンプの人々に対して同情的な者もいれば、クリーチャー予備軍と警戒する者も。
 特に、今回各地から派遣された兵たちには、『トウキョウの現実』を知らぬ者が多い。

6.武装救急隊
 隔離された旧トウキョウ地区に取り残された人々を救済する為に結成されたNGO。
 その医療・救急部門が『武装救急隊』。
 現在はトウキョウ内での活動が禁止され、装甲救急車なども車止め等が為されている。
 各隊員には、自宅やキャンプ内詰所での待機命令が出ているが‥‥

7.装甲救急車
 武装救急隊が保有する装甲化された救急車。
 ある程度の医療機器を載せ、簡単な医療行為が車内で可能。

8.武装勢力『ウォールブレイカー』
 外界への解放を求め、トウキョウ地区を完全隔離する『長城』の破壊を目指すグループ。
 テロリストであると同時に、山賊化した武装勢力やクリーチャーを討伐する『自警組織』でもある。
 二日前の戦闘でついに『長城』の一部を破壊。現在は地下に潜っている。
 トウキョウ内に隔離された人々の解放と共存を訴えるが、世論は封鎖支持が圧倒的。

●今回の参加者

 fa1431 大曽根カノン(22歳・♀・一角獣)
 fa1526 フィアリス・クリスト(20歳・♀・狼)
 fa3072 草壁 蛍(25歳・♀・狐)
 fa3425 ベオウルフ(25歳・♂・狼)
 fa3662 白狐・レオナ(25歳・♀・狐)
 fa3831 水沢 鷹弘(35歳・♂・獅子)
 fa3853 響 愛華(19歳・♀・犬)
 fa4611 ブラウネ・スターン(24歳・♀・豹)

●リプレイ本文

 戒厳令の発令から三日が過ぎていた。
 ウエノ公園キャンプの『入院病棟』では、『感染』に苦しむ患者たちが病床で身じろぎ一つせず、苦痛の呻き声を洩らしていた。
 患者たちには、身を起こして会話を交わす余裕もなかった。薬品は既に底をつき、クリーチャー化の進行を抑制する事はおろか、患者の苦痛を和らげる手段もない。
 『発病』し、軍に『処理』された患者も何人か出ていた。
「これが‥‥私たちが『壁』を壊して招いた結果なんだね‥‥」
 苦しむ患者たちを前にして、葛城縁(役:響 愛華(fa3853))は呆然と立ち尽くした。
 ウォールブレイカーの一員でもある葛城は、本隊への合流命令を無視してキャンプに残っていた。当てがあったわけではない。ただ、自然と──かつて銃を手に取る前にそうしていたように──診療所へ足が向いていた。
 病棟内へと足を踏み入れる。苦しみ、呻き声を上げる少年の姿。葛城はその頭をそっと胸に抱いてやった。
「御免ね‥‥お姉ちゃんも頑張るから、君も頑張るんだよ‥‥」
 呟きながら、額に浮かぶ汗を拭いてやる。少年の表情が幾らか和らいだ。
「ふむ‥‥医は仁術、というやつかしら。医は技術、が私の持論だけど‥‥なるほど、私には真似できないわ」
 唐突に背後の頭上からそんな声が振ってきて、葛城は慌てて顔を上げた。銀色の髪を一つに纏めた白衣の女性(『西城一恵』役:草壁 蛍(fa3072))が無表情で、だが、どこか感心したような顔をして立っていた。
「えっと‥‥どちら様、かな‥‥?」
「? 救急隊所属の医師だけど? とりあえずそこをどいてくれないかしら。治療が出来ないわ」
 医師と体を入れ替えながら、葛城は首を捻った。救急隊の人間には謹慎命令が出ていたはずだ。軍と事を構えたくないNGOが、隊員を自由にさせるとは思えない。
「見張り番? ああ、いたわね、そんなのも。邪魔だったんで物理的に排除したけど」
「ぶ、物理的‥‥だ、大丈夫なのかな‥‥?」
「知らないわ。だって、そうしなきゃここに来れないんですもの」
 振り返りもせずに平然と言いながら、銀髪の女性はテキパキと少年を診察する。そして、やおら突然少年をひっくり返すと、何か細く鋭いもので少年の背を突き刺した。
「なっ‥‥」
「鍼よ。病の進行を止めるなんて出来ないけど、痛み止め位はね」
 トントンと鍼の背を指で叩く女医。苦しそうだった少年の呼吸が大分落ち着いた。
「あ、あら? 縁ちゃんじゃない。こっちに来ていたの?」
 聞き覚えのある声に葛城が振り返ると、顔馴染みの救急隊医師・弧木玲於奈(役:白狐・レオナ(fa3662))が病棟に入ってくるところだった。なにやら重そうなダンボール箱を上下に抱えて震えている。葛城は小走りに駆け寄ると、その箱を一つ受け持った。
「ありがとう‥‥ふぅ、助かるわ‥‥」
「結構重いよ。何が入ってるのかな?」
「これまで私が調べてきたありったけの資料よ。何か役に立つかもしれないから」
 そのまま弧木について診察室へ荷を運ぶ。運びながら、葛城は銀髪の女医について尋ねてみた。
「ああ、西城先生のこと? 救急隊所属の外科医でね。なんというか‥‥私なんかよりよっぽど破天荒な人よ」
「弧木先生より!? そっ、それは随分と凄い人なんだよ‥‥っ!」
「‥‥‥‥。自分で言っておいてなんだけど、何か釈然としないわね」
 葛城と弧木が病室に戻った頃には、西城は殆どの患者の『鍼治療』を終えていた。
「患部を切除して終わりというものでもなし‥‥ここで私に出来るのはこれくらいよ」
「‥‥そうね。圧倒的に薬が足りないのよ。軍にはすぐに必要な薬品を取り寄せるように言っているけど‥‥特別なものだし、中々ね‥‥
 こんな時、救急隊の皆がいてくれたら‥‥なんて、仕方のない事を思ったりしてね。正直、参っているわ」
 嘆息する西城と弧木の声は重い。葛城は決意を新たにし、拳をグッと握りしめた。
「あの、私、治療では役に立たないけど、お手伝いで頑張るから‥‥雑用でも何でも言いつけ‥‥っ!?」
 言いかけた葛城の言葉が止まる。振り返った女医二人の目が輝いた‥‥ような気がした。
「そう? それは助かるわ。とりあえず、薬品の在庫確認と整理がまだなんだけど‥‥」
「それが終わったら、仮の手術室を作るからよろしくね。日曜大工は得意かしら?」
「ええーっ!???」
 葛城の悲鳴が診療所に響いた。

 『長城』外。武装救急隊北東支部。
 新人の救急隊員、青木律子(役:フィアリス・クリスト(fa1526))は、今回の謹慎命令に怒っていた。
「今、この時も苦しんでいる人がいる。なのに、動いちゃいけないなんて‥‥!」
 地下駐車場へと続く長い廊下をズンズンと、怒りに任せて青木が歩く。その青木に引きずられるように、医師の大曽根カノン(役:大曽根カノン(fa1431))が後に続いていた。
「だから、私は謹慎中で‥‥って、青木さんもそうでしょう?」
 大曽根の叫びに青木の足がピタリと止まる。クルリと振り返った顔は、ぷっくりと膨れていた。
「先生は、今、あの壁の中の患者たちがどうなっているか、想像できないんですか!?」
「‥‥分かっているわ。補給の止まった今、ろくな治療道具も薬もなく、衛生環境も最悪に近い」
「そうです! あそこには、私たちの助けを待ってる人がいるんです!」
 再び前を向き、廊下を進む青木。掴んだその手を振り払う事もせず、大曽根が後を付いていく。
 青木の気持ちは大曽根にも分かる。大曽根も医者だ。助けられるものなら助けたい。だが、今回は軍の命令に逆らう事になる。しかも、そうまでして薬を運んだとしても、それは一時的なもので根本的な解決にはつながらない。
 それに‥‥
「青木さん。トウキョウで救急車を走らせた事はあるの?」
 再び青木の足が止まる。今度は振り返らなかった。
「‥‥シ、シミュレーションでは、バッチリですよ?」
(「危険だ!」)
 割かし本気で大曽根が逃げようとする。その腰に青木が、ついてきてくださいよぅ、と縋りつく。
「‥‥お前たちは何をしているんだ?」
 怒ったような、呆れたような、そんな機関員・水上隆彦(役:水沢 鷹弘(fa3831))の溜め息混じりの声に、青木はその身を固まらせた。見つかった! と思いながらゆっくりと振り返る。
「み、水上さん。謹慎中でしょう? どうしてここに‥‥?」
「それを言ったら、お前も先生もそうだろうが‥‥俺は、ま、思うところがあって救急車の整備にな」
 水上が大曽根にちらりと目配せする。困ったように頷く大曽根。水上は大きく嘆息した。
「青木。お前な、戒厳令下の軍の命令なぞに逆らってみろ。どうなるか分からんぞ? 逮捕拘禁で済めばともかく、攻撃すらされかねない。下手をすれば救急隊の解散もあり得るぞ」
 水上の言葉に青木が怯む。だが、「ただでさえ輸送隊や救急隊はウォールブレイカーのシンパだと思われかけているのに」と続いた言葉に、青木は語気を強くした。
「他人がなんて言ったって関係ないよ! 私たちは‥‥救急隊員だよ。私たちが救わないで誰が救うの!?
 私たちが行けば助かるはずの命が失われるなんて‥‥そんなの我慢できない。見過ごせないよ! 私は自分が正しいと思ったことをする。例え命令違反だとしても!」
 まっすぐな若い青木の言葉に、今度は水上が沈黙する。僅かな時間立ちつくし‥‥どいつもこいつも、と小さく呟く。振り返った視線の先に、護衛の傭兵分隊長・ベオ(役:ベオウルフ(fa3425))がフル装備で立っていた。
「よう、大将。ウエノまで散歩に行くなら、俺の分隊全員つきあうとさ。我ながら物好きな部下たちだ」
「‥‥装備は封印されたんじゃなかったのか?」
「これは自前の『商売道具』というやつでね」
 水上は、やれやれと首を振ると、大曽根に向き直った。
「先生。持っていくにしても自由にできる薬品はあるのかい?」
「‥‥こんな時の為に確保しておいた通常の薬品と、治験段階の薬品がいくらか。新薬で、効果はこれまでの5割り増し。安全性は確認されていますが、少々副作用が‥‥」
「副作用?」
「はい。この薬を投与された被験者は、何故か異様にお腹が空くという‥‥」
 諦観したような、すっきりとした表情で大曽根が苦笑した。
「なるほど。ならば、軍にはいつもより多くの弁当を運んでもらわないとな」
 水上の言葉に、青木がひょこっと顔を上げる。それは、つまり、そういうことで‥‥
 水上は救急車の横まで歩いていくと、大きな声で大袈裟に独り言を呟いてみた。
「この車止め、整備にはちと邪魔だな。一旦、除けておくか」
 大きなハンマーで、車止めを留める南京錠を破壊する。外した車止めを丁寧に壁にかけ、水上が運転席へと潜り込むその間に、大曾根たちは救急車の荷室に運んで来た薬品を積み込んだ。
 すべての準備が終わったところで、水上はエンジンのキーを回した。
「おや‥‥? エンジンの調子がおかしいな。なんて事だ。勝手に動き出してしまったぞ」
 同時に、いきなりアクセルを全開で踏み込む水上。勢いよく飛び出す救急車に、支部の人々が目を丸くする。
「本当に良かったんですか、水上さん?」
「仕方がないだろう。整備をしていたら勝手に走り出してしまったんだからな」
 無人の街を『長城』の門へ。救急車はひた走った。

 患者の少年が苦しみ始めたのは、その日の昼を過ぎた頃だった。
 苦悶の叫びを上げ、拘束帯の中で暴れまわる少年。手足が見る見る獣のそれへと変わっていく。いつもなら抑制剤を打ちながら救急隊の到着を待って病院陣地へ搬送する所だが、今はそれもかなわない。
 銃を持った兵隊たちが『処置』にやってくる。いい加減、慣れたのか。淡々とした動きだった。
「まだよ! まだ諦めるもんですか! 医者である限り‥‥救急隊である限りは!」
 叫ぶ弧木。キャンプのゲートの方から銃声が聞こえてきたのは、その時だった。
「なに‥‥?」
 窓から覗いた葛城の目に、追い縋るクリーチャーを振り払い、軍の守るゲートを抜けて滑り込む救急車の姿が映った。駆け寄る兵たちを水上が足止めする間に、飛び出した大曽根や青木が担架に薬品を山積みして診療所へと走り寄る。
「ボブとケリー、リトルジョンはAPCの見張りだ。他の連中は俺について来い。銃なんか置いとけ。薬を診療所へ運ぶんだ!」
 ベオを始めとする護衛の傭兵たちまでもが荷運びを手伝った。報酬で動くはずの傭兵たちが、だ。
「武装救急隊到着! 遅くなってご免なさい! 薬を持ってきたよ!」
 笑顔で飛び込んできた青木の顔が、修羅場に一瞬、硬直する。そんな青木に弧木が抱きついた。
「よく来てくれたわ! 大好きよ、あなたたち! 早く薬を。患者が待っているわ!」
 薬を受け取って弧木が少年の元へと戻る。大曽根も駆け寄って、例の新薬を投与する。暴れまわる少年は、やがて静かに眠りへと落ちていき‥‥とりあえず、クリーチャー化の危機は回避された。
 室内に歓声が沸き起こる。少年を『処置』しに来た兵たちの顔からも笑顔が零れた。
「謹慎命令を無視して、こんな馬鹿をやるなんて。随分と骨のある馬鹿がいたものね」
 歓喜に沸く室内を、病棟の端から眺めやりながら。西城は一人、笑みを浮かべた。

「えっと、これはどこへ持って行けば‥‥って、きゃんっ!?」
 食事を終えたトレーの山を、こけた青木が派手にぶちまける。あぅ、い、痛い‥‥と鼻を押さえる青木。葛城が慌てて助けに入る。
 あの日から、さらに三日が過ぎていた。
 持って来た薬品は半分以上がなくなっていたが、それも既に大きな問題ではなくなっていた。この日、壁の外の病院から、多くの医師と薬品が運び込まれる手筈になっていた。
「さあ、私たちが来たからにはもう大丈夫よ! 病院陣地と同等の医療を約束するわ!」
 壁の外からヘリでやってきた医師団の中で一際目立った容姿の女医(『マリア』役:ブラウネ・スターン(fa4611))が、病棟に入るなりそう言った。
 ぱりっとした白衣を着こなした、いかにも臨床経験の少なそうな、研究者然とした『医師』だった。西城は気にした風もなく実務を続け、弧木と大曽根は顔を見合わせて苦笑した。
 その女医、マリアは、葛城にカルテを持ってくるように言うと、全ての患者の病床を回り始めた。親身になって話を聞き、患者を励ますマリア。件の少年の診察をした時には、その手足が獣と化しているにも拘らず、その身をギュッと抱き締めた。
「大丈夫。私がクリーチャーになんかさせないわ──」
 涙さえ浮かべるマリアの姿に、葛城はいい人なのかもしれない、と親近感を覚えていた。
 全ての診察を終え、診察室に入ったマリアは、葛城に小声でこう聞いてきた。
 即ち、この病棟の患者にウォールブレイカーはいないでしょうね、と。
「もしいるようだったら、その患者は私には回さないで頂戴ね」
「え──?」
「嫌いなのよ、あの連中。そもそも、こんな事になったのも連中の仕業でしょう? 世界は自分たちだけのものだと思っているのかしらね。今回の事件、傷は何年尾を引くのか‥‥」
 そう言ってマリアが外へと出て行く。無言で立ち尽くす葛城。その肩をベオが叩いた。振り返った顔は泣いているようにも見え‥‥ベオは小さく、気にするな、と呟いた。
「軍人たちも、マスコミも、壁の外の連中は皆、キャンプで生活して人々と寝食を共にしてみればいいんだ。そうすれば、トウキョウの人たちだって皆、自分たちと変わらない同じ人間だって分かるだろうに」
「そうだね‥‥皆で変わらなきゃ‥‥うぅん、変わっていかないとダメなんだよ‥‥」