クルトの戦記 騒乱前夜アジア・オセアニア
種類 |
ショート
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担当 |
柏木雄馬
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芸能 |
3Lv以上
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獣人 |
1Lv以上
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難度 |
普通
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報酬 |
7.9万円
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参加人数 |
8人
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サポート |
0人
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期間 |
08/16〜08/20
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●本文
大商人レーナスの護衛の傭兵、という形でソルメニア王城へ出入りするようになった若き私は、しかし、目的のシン──シンシア王女には中々会えずにいた。
商人の護衛という立場では王城を自由に動けるはずもなく、頼みのランベルグ伯にしても、勝手な行動をとって欲しくはなかったのだろう、私に王女の所在を知らせる事はなく、自重して時を待つように伝えるばかりだった。
若い私は鬱積したものを抱えながら空しく日々を過ごしていたが、そんな私に関係なく人の世は常に動いていた。
ソルメニア暦19年の晩春、某日深夜──
反宰相派の重鎮・ザルツウェル侯ゲオルク傘下の一党が、『悪逆なる』宰相を除くべく、王宮東苑の宰相邸に夜襲をかけようとしていた──
──老クルト・エルスハイム、自らの人生を振り返りて記す──
「新女王陛下の即位にあたり、新たに親衛隊の創設を提案します。常に陛下と共にあってその身辺を警護する、陛下と同年代の女性を中心に選抜する近衛の騎士です」
ソルメニア王城、宰相執務室。王女派の重臣、ランベルグ伯オーギュストが持ち込んできた私案に対し、宰相は瞬き一つする程の間、その思考を巡らした。
どうです、美しいでしょう? とおどけた様に陶酔してみせるオーギュスト。宰相は笑わなかった。『剣王』の旗揚げ以来の知己だ。その才腕はよく知っている。
「‥‥象徴、かね?」
「はい。シンシア殿下の周辺には同年代の者が僅かしかおりません。対等の友人など望むべくもありませんが、せめて」
何の後ろ盾も持たずに陰謀渦巻く宮中に入るシンシア王女に、絶対の味方を作っておいてやりたい。オーギュストが生真面目な表情でそう言った。
「なるほど。で、その隊長‥‥或いは副長か‥‥それは殿下と知己の『山の民』の青年が務めるのかね?」
「‥‥‥‥。一体、何手先まで読んでおられるのか‥‥流石は『千里眼のイグニス』殿、といったところですか」
「よしてくれ。真に私が千里眼なら、あのような事にはならなかった」
押し黙る二人。鉄面皮は動かず、ただ、短くもない時間だけが過ぎていく‥‥
「‥‥シンシア殿下を即位させるは、自由な鳥を籠に閉じ込めるようなもの。幾許かの慰めは必要でしょう」
「了承した。この件は伯に一任する」
オーギュストは宰相に深く一礼すると、執務室を辞して西苑にある王女の館へと足を向けた。ここの所沈みがちな王女に、一刻でも早くこの仮決定を伝えておきたかった。
(「もっとも、当の二人がそれを望めば、の話なんだが‥‥」)
結局、この提案も籠の鳥が1羽増えるだけの話だ。それを当人たちが望むとも思えなかった。
とにかく、話すだけでも話さなければ先に進まない。オーギュストはクルトを呼び出すべく、彼の逗留する宿に使いを送った。
だが、オーギュストの使いはクルトに会うことは出来なかった。
何者かに呼び出されたクルトは、そちらの使いの者たちに連れられて、夜の王城へと入り込んでいた。
使いの者が口にしたなんたら男爵という名には、クルトも聞き覚えがあった。大商人レーナスが紹介してくれた反宰相派の貴族の一人に、確かそんな名の男がいた。
真夜中に訪れた黒マントの二人組。なにか胡散臭いものを感じながらも、「シンシア王女に引き合わせる」という使いの言葉に、クルトは虎穴に入る事を決断した。
小さな勝手口を通って城内に侵入。連れて来られたのは大きな館が点在する広い空間だった。
(「ここは‥‥確か、『東苑』か‥‥?」)
クルトが思考を巡らせる。東苑は王城を守護する近衛の騎士たちの館や、兵舎、厩、城の使用人の宿舎などがある一角だ。宰相が館を構えている場所でもある。なぜこのような場所に自分が呼ばれたのか‥‥
そんな事を考えている内に、クルトはとある館の一室へと案内された。そこにはさらに二人の黒マントの男が待機しており‥‥彼等はここでしばらく待つように言うと、何気なくクルトを取り囲むように立ち位置を変えた。
クルトは無言で部屋の中央の椅子に座ると、背中の大剣をすぐに抜けるようにテーブルへ立てかけた。
●出演者およびスタッフ募集
以上がアニメ『クルトの戦記 王都潜伏』の冒頭部分となります。
このアニメの制作に当たり、出演者とスタッフを募集します。
オープニングと設定を基に、主人公クルトの人生を彩るキャラクターを作成し、
『クルトにどう関わるか』をプレイングに記述してください。
そのプレイングで、クルトの歩む人生が変わります。
●設定
『クルトの戦記』は、ファンタジー世界を舞台にしたアニメです。
山岳部族『山の民』でありながら、爵位を持つ貴族にまで上り詰めた英雄クルトの一代記です。
1.世界観
いわゆる普通の(?)、機械や銃などが登場しない剣と魔法のファンタジー世界。
ちょっと便利な人、程度の魔術師は珍しい存在ではないが、強力な魔術師は少ない。
2.ソルメニア王国
19年前、割拠する小国のことごとくを平らげて平原を統一した『剣王』が建てた国。
英雄『剣王』も老いて、強力な魔術師である宰相が国を思うがままに動かしている。
3.クルト
心ならずも山を去ったシン少年(正体はシンシア王女)を取り戻す為に旅に出た『山の民』。
(『山の民』‥‥山地に住む大柄で頑健な人々。平原では野蛮人という偏見で見られがち)
今回は、宰相暗殺の騒動を利用して、なんとかシンに会おうと図ることに。
4.宰相
事実上の王国最高権力者。大陸最強の魔術師。魔法で『剣王』を文字通り傀儡と化している。
富国を優先する強引で独善的な政治を行っている為、貴族や平民の人気は低い。
その一方、その治世下で急激な進歩を遂げた魔術関係者、軍人、商人たちの支持を得ている。
5.ゲオルク侯爵
反宰相派の大貴族。シンシア王女の伯父にあたる。
今回、遂に宰相に叛旗を翻し、配下の一党が夜襲をかける。
事後は、その全ての罪を『姫浚いのクルト』に押し付ける気でいる。
6.その他のキャラクター
その他のキャラクター(新キャラ含む)は、ある程度自由に設定して頂いて構いません。
ただし、以前に登場したキャラクターは、その設定を引継ぎます。
●今週のクルトくん
名称:カイツの息子クルト 種族:山の民 性別:男 年齢:19
体力:A+ 知力:B+ 敏捷:B− 魔力:E 魅力:C+ 加護:S(精霊の加護)
戦闘技能: 弓5 短剣3+ 格闘4 大剣4+
肉体技能: サバイバル(山森5、海1) 気配遮断4
精神技能: 調理3 応急処置3 農業2 商業1+ 政治1+ 礼儀作法2
学術技能: 読み書き2 算術2 歴史5→戦略・戦術2+
装備品 : 大剣+3 短剣 森人の弓 森人の外套 異国の装束
所持品 : 小木箱(金貨) 青い石のペンダント(お守り) 開かずの小袋(謎)
●リプレイ本文
宰相に反旗を翻すその夜も、ザルツウェル侯ゲオルク(CV:弥栄三十朗(fa1323))は普段と変わらぬ佇まいを見せていた。
全て予定通り、と報告する部下に鷹揚に頷く。計画通りならば、今頃は宰相の館は同志配下の兵たちに取り囲まれているはずだ。
計画が漏れた形跡はない。宰相は驚くほど無防備だった。
「事は速やかに終わらせなければならない」
すべては王国の為に為す事。宰相を除いた後、混乱を招いて他国に付け入られるようでは意味がない。ゲオルクは、事を為した後に政治的な空白が生じぬよう、信の置ける貴族たちに根回しを済ませていた。宰相に反発する貴族は多く、計画を仄めかすとその殆どが賛同した。他の大多数の貴族たちも、事を成せばこちらにつくだろう。勿論、その後の利権目当てに群がる者たちも出てくるだろうが‥‥
「『剣王』陛下が自らの意思を取り戻すならそれでよし。そうでない時は‥‥」
そのような者たちを御し得る才覚くらいは、自分に期待してもいいだろう。ゲオルクは、一人の青年の顔を思い出して微かに唇の端を吊り上げた。
『山の民』のクルト。魔術師ガンジスの弟子にして、王女シンシアの山地での友人。王国に引き渡されるはずだった、謀反人アリアス公が姫クラリッサを攫い、王都にまで潜り込んだ男‥‥『宰相の敵』として申し分のないこの青年が眼前に現れなければ、今回の一件はなかったかもしれない。
「『山の民』のあれには宰相暗殺の下手人となってもらう。なに、これもシンシアの為だ。本望であろうよ」
気配が変わった。
部屋の四隅にいた黒尽くめの男たちが位置を変える。
隠そうとして滲み出る殺気。その匂い立つ気配にクルトは身体を『弛緩させ』た。獣相手の狩りと同じだ。緊張して身を固くすれば獲物にも気取られる。
机に立てかけた大剣にちらと視線をやり、黒尽くめたちの位置を確認する。さすがに4人同時に斬りかかられたら対応できない。相手が斬りかかる直前に、こちらから仕掛けるしかない。初撃で一人、続けてもう一人。二人残るが、扉への進路さえ確保出来れば問題ない。
じりじりと緊張感が高まっていく。それがピークに達する寸前‥‥機先を制してクルトが動いた。
爆発的な動きだった。椅子を蹴倒し、大剣を引き抜き、流れるような動きで叩きつける。
不意を突かれた一人目は堪らずに打ち倒された。二人目は、クルトの豪撃を左肩の負傷だけで凌ぎ切った。
(「しまった‥‥!」)
追撃する前に他の二人が走り寄る。このままではいずれ、膾切りにされて終わるだろう。
「風よ! 霞を呼びて彼の身を隠せ!」
その時、聞き覚えのある声(薬師レン役:夕波綾佳(fa4643))がした。肌寒さと耳の痛み。次の瞬間、部屋中の水蒸気が靄と化して視界を覆う。
突然の事に身を固まらせる黒尽くめの男たち。その背後に音もなくゆらりと人影が舞い降り、続けざま二人に手刀を叩き込む。音もなく崩れ落ちる仲間に動揺する最後の黒尽くめ。そこへ、部屋の扉を蹴破って、疾風と化したカナン(CV:大曽根カノン(fa1431))が長刀を煌かせて突っ込んできた。
「クルトさん、無事ですか!?」
カナンの鋭い太刀筋に押されて黒尽くめがたたらを踏む。不利を悟った黒尽くめは部屋から脱出しようとし‥‥レンの風の魔法に足元を掬われて転倒、気を失った。
「大丈夫ですか、クルトさん‥‥っ!?」
抜き身のまま急いでクルトの元へ駆け寄ったカナンは、クルトと目が合った瞬間、慌ててその視線を逸らした。どうしたのだろう。何でか分からないが、エタ島での一件以来、妙に気恥ずかしくて視線を合わせられない。特に気にする事でもないはずなのに‥‥
部屋の外から風の魔法で援護していた薬師のレンが、テポテポと小走りでクルトの治療にやって来た。薬草の入った袋を広げ、服を脱がして傷口を確認し、あらかじめ調合しておいた血止めを取り出して手馴れた様子で傷口に貼り付ける。最初は肌を見せる事に気恥ずかしさを覚えたクルトだったが、怪我の絶えない身故、いい加減それも慣れてしまった。
それよりも、クルトには見覚えのない男の方が気になった。霞の中に降り立ち、瞬く間に二人の黒尽くめを倒した例の男だ。今も周囲を警戒しながら、気絶した黒尽くめたちを縛り上げている。
「あれは誰なんだ?」
「えと‥‥あの‥‥」
「‥‥俺の事はどうでもいいだろう。それよりも、一刻も早くここを離れないと」
小声で尋ねたクルトの声が聞こえていたのだろう。トール(CV:日向翔悟(fa4360))と名乗った男は、黒尽くめの無力化を終えると、クルトたちを急かして急いで館から離れた。
「怪しい者じゃない。お前たちより余程身元は確かだ。現時点ではお前の味方‥‥のはずだ」
それだけで察しろ、という事だろう。東苑の暗がりを走りながら、クルトはそれ以上問うのを止めた。代わりに、シンシア王女のいる所を尋ねてみた。
トールは思わず足を止めた。
正気か、と尋ねるトールにクルトが真顔で頷く。トールは舌打ちした。確かにこのままぞろぞろと彼等を連れたまま動くわけにはいかない‥‥
「分かった。とりあえず、お前たちを西苑に連れて行く。そこから先は自分たちで何とかしろ。これでも俺は忙しいんだ」
溜め息混じりにトールが再び走り出す。
なぜここに呼ばれたのか、なぜ殺されそうになったのか。結局、何一つ分かった事はなかったが、クルトはこの状況を最大限に利用しようと考えていた。
「宰相の館に兵を向かわせたですって!?」
ゲオルク侯配下の魔術師・アルティーグ(CV:リーベ・レンジ(fa2825))は、自らがいない間に宰相暗殺計画が前倒しで実行されたと聞いて驚愕した。
「機会なのだ。宰相は無警戒、スケープゴートも飛び込んで来た」
「閣下は、魔術師の工房を攻撃するという事がどういう事か、分かっておられない!」
アルティーグは歯噛みした。侯爵閣下には信頼できる相談役がいない。自分ならこのタイミングで仕掛けさせる事はなかった。なぜ自分がいない時に‥‥アルティーグは運命を司る存在を呪った。
「とにかく、脱出の準備を。その兵たちはもう生きては帰りますまい」
がたん、と何かが倒れるような音が部屋の扉の外から聞こえてきたのは、その時だった。
扉から、窓から、浅黒い肌をした男たちが次々と飛び込んで来た。
「『闇の民』っ!」
宰相配下の暗殺者たちの姿を目にし、アルティーグが用意していた魔法を解き放つ。侵入者たちに空気を纏わりつかせてその動きを鈍らせつつ、風の盾を全面に展開する。暗殺者たちが放った暗器が吹き散らされた。
「ここは私が防ぎます。侯爵閣下は急ぎ脱出を!」
銀の魔法文字を刺繍した白いガウンを翻し、アルティーグが叫ぶ。侯爵は悲痛な顔で奥歯を噛み砕いた。
「王女殿下‥‥起きて下さい‥‥シンシア様‥‥」
侍女リディア(CV:響 愛華(fa3853))の声にも、シンシア(CV:星辰(fa3578))は目を覚まさなかった。ご無礼をして揺すってみても効果はなし。リディアは、むぅ、と呟くと、えいっとシンシアの鼻を摘んだ。苦しそうに身じろぎして、ぷはぁ、とシンシアが目を覚ます。リディアはサッと立ち位置を戻し、澄ました顔で一礼した。
「むにゃ‥‥リディア‥‥?」
「夜分に申し訳ありません。城中が騒がしくありますので‥‥」
寝惚け眼で起き上がり、寝室の窓を開ける。目に見える範囲に動きはないが、鎧の音や足音など、遠くで多くの衛兵たちが動く気配があった。
「なるほど。何かきな臭くなってきたようだ‥‥リディア、着替えを」
きっぱりと目覚めたシンシアが言う。かちゃり、と館の扉が開かれたのはその時だった。
(「賊‥‥?」)
シンシアを手で制し、モップを手にしたリディアが廊下を窺う。足音から侵入者は複数‥‥妙に慎重で‥‥何かを探しているようにも思える。
やがて、シンシアの私室の扉がカチリ、と回る。のっそりと入ってきた大きな人影に、リディアはモップで突きかかった。鋭い一撃がべちゃん、と賊の顔面に入る。リディアはクルリとモップを回すと、怯んだ敵に連撃を浴びせかけた。
「このっ、このっ! シンシア様、御下がり下さい!」
ぽこぽこと殴りかかるリディア。呆気に取られ、されるがままにされている大男の顔を見たシンシアが目を見開く。
それは彼女が求めて止まない自由の象徴。この平原において彼女を王女として扱わない唯一の友人。
「嘘だ‥‥これは夢だ‥‥クルトがこんな所にいるはずがない‥‥」
「まだ倒れぬかー! ‥‥って、え、クルトさん? って、えええーっ!???」
シンシアの言葉に、リディアが攻撃をやめる。何事にかショックを受けているようだったが、クルトには分からない。
クルトは、びちゃびちゃになった顔で苦笑しつつ、遅くなった、とシンシアに呟いた。
「そちらの都合も考えずにここまで来てしまったが‥‥シン、お前はどうしたい? 今度こそ、俺の目の前で連れ去られるような無様はしないつもりだが」
自分の言葉に照れたように頭を掻くクルト。その胸に、シンシア──いや、シンが飛び込んだ。
「王位なんて要らない。クルトや皆と過ごしたあの山での日々のように、私は私でいたい。クルト、私をここから連れ出してくれ!」
「それはこの国の民を捨てるということですか?」
妙に冷めた女の声に、一同は慌てて周囲を見回した。
寝室の奥の暗がりから、魔術師然とした女性(魔術師『ミルラ』役:姫乃 舞(fa0634))が影から滲み出るように現れる。全身を大きなローブに包み、フードに隠れて顔も見えない。だが、クルトは奇妙な既視感を覚えていた。
「お前が『山の民』のクルトか。なるほど。宰相の暗殺未遂に乗じて王女を攫おうとは‥‥少しは知恵が回るようだな」
嘲るような口調でクルトを評す魔女。唯一見える口元は、楽しそうに笑っていた。
「ザルツウェル侯による宰相暗殺未遂事件により、既に王城は閉鎖されています。城下には探索の兵が溢れ返り、城外には第4軍が──あの魔獣の軍が既に展開済みです」
ミルラにより、クルトたちは今晩起きた宰相と侯爵の権力争いについての全貌を知った。リディアが顔を青くする。彼女もザルツウェル家に連なる者。反逆罪ともなれば、一族郎党、その全てに罪が及ぶかもしれなかった。
「『剣王』も老齢。今回の一件を見る限り、宰相の支配も磐石ではない。ここで次期女王が失われると、この国は、後々、大きな混乱に陥るかもしれない。それでも貴女は、ここから逃げ出すのですか? そして、『山の民』クルトよ。その罪を犯してまでお前が得ようとしているものは、一体何だ?」
ミルラの問いに、シンシアは答えられなかった。王家の義務。それを考える度に思考は袋小路に行く。
クルトの答えは単純だった。
「『家族』を助ける。それだけだ。あの時、シンは俺の所為で心ならずも選択をしなければならなかった。シンシアが望まぬ現状にいるのなら助け出す」
その言葉にリディアが顔を上げる。リディアはシンシアの正面に回ると、手を取り、ギュッと握り締めた。
「行って下さい、殿下。王位を継ぐことが決まった後、殿下がいかに苦しんでいたか、私はよぉく知っています。どうせ宰相閣下のお飾りで戴く王冠です。捨ててしまったっていいじゃないですか」
励ますように、後押しするようにリディアが笑う。
そうしておいて、自分はここに残るとリディアは告げた。
「リディア!?」
「私は殿下とは親戚筋、年も背格好も似ています。私が残って殿下の身代わりを務めれば、その分、王都を抜け出し易くなるでしょう」
「本気か!? 侯が叛旗を翻した今、リディアだってどうなるか分からない。ダメだ。リディアも一緒じゃなきゃ、私は行かないぞ!」
気色ばむシンシアに困ったように笑いかけ、リディアはクルトに向かって頭を下げた。
「クルト様‥‥シンシア様を宜しくお願い致します」
クルトは頷くと、シンシアと、そして、リディアをひょいと担ぎ上げた。
「え? え?」
「シンがあんたと一緒じゃないと行かないって言うものだからな」
そのままズンズンと館の外へと歩き出す。カナンとレンが困ったように顔を見合わせて後についていった。
「‥‥なるほど、クルト。お前はこの時代に混沌をもたらす者か」
ただ一人残ったミルラが、心底面白そうな笑みと共に影の中へと消えていった。
王家の者しか知らぬという抜け道を通り、一行は王城を抜け出した。
グライブ山地へ抜ける際にも使用した聞いて、クルトは不安になったが実際に兵はいなかった。
ただ、隠し通路を抜けた先には、トールと名乗ったあの男が待っていた。
「この裏道は比較的監視の目も緩い。ここを抜ければ港まですぐだ。しっかりとお姫様を護ってやるんだな、ナイト殿?」
ニヤリと笑って見送るトール。あのような男でも冗談を言うのだな、とクルトは驚いた。
「クラリッサは既に船に?」
「はい。宿を出る時にランベルク伯の連絡員に頼みました。‥‥やっぱり船ですか?」
カナンの問いにクルトは頷いた。シンシアを連れてイストリアへ行くのは気が進まないが、他に王都周辺から急いで離れる手段がない。
それにしても、大商人レーナスには悪い事をしてしまった。自分の雇い主として、当局の追及は免れないだろう。もっとも、あの人ならどうとでもしてしまいそうな気もするが。エフレイアにも迷惑をかけるかもしれない。
だが‥‥
「船か‥‥クルトとは、あまり良い思い出がないな。でも、外海に出るのは初めてだ」
笑顔を見せるシンシアを見れば、クルトの気も幾分かは晴れるのだった。