鷹司 NW襲来、複数!アジア・オセアニア

種類 ショート
担当 柏木雄馬
芸能 1Lv以上
獣人 6Lv以上
難度 難しい
報酬 なし
参加人数 8人
サポート 0人
期間 08/26〜08/30

●本文

●『猿蜘蛛』襲撃。その直後──
 キャンプの朝食を襲撃したNW『猿蜘蛛』は、訓練生たちの反撃によって倒された。
 その戦闘の一部始終を、『青年』は、戦場から遠く離れた山頂の展望台のベンチから『鋭敏視覚』で眺めていた。
「ほぉ、本当に倒したな。結構、生き汚い奴だったんだが‥‥獣人たちの立て直しが予想よりも早かった。
 ‥‥対NW戦闘の訓練キャンプ、だったか? 看板は伊達じゃないって事なのかね」
 文字通り、高みの見物を決め込んでいた『青年』が呟いた。そこに怒りや悔しそうな様子は無く、むしろ嬉しそうですらあった。
 ぱちん、と自らの腕を叩く『青年』。そこに刻まれた漆黒の紋様は、一部が不自然にポッカリと空いていた。
「‥‥そうだ。今度から『処理』をする時には、彼等を使う事にしよう。それが一番、効率的だ。
 何より訓練キャンプだからな。私からも積極的に『試練』を与えなければ‥‥」

●一週間後。鷹司キャンプ──
 奥州の深い山の中、人目の届かぬ森の奥。
 この地にて行われる対NW模擬戦闘訓練キャンプは、教官の名を取って、通称『鷹司キャンプ』と呼ばれていた。
 教官の鷹司は高LVの鷹獣人で、かつては『ワイルドホーク』なる二つ名で知られた男だったが、最近、夏風邪をこじらせてしまっていた。NWの襲撃以来、キャンプは休止とされてきたが、一週間ぶりの再開となるこの日も鷹司の体調は戻らず、今回のキャンプでは座学のみの担当となった。
「‥‥と、いうわけで。鷹司教官の体調が戻るまで、山中での戦闘訓練は不肖、この私が担当させて頂きます」
 代わりに『訓練教官』となったのは、訓練スタッフの藤森若葉だった。回復役を務める28歳の一角獣人で、スラッとした脚線美を持つ元モデルだ。皆さん、よろしくお願いします、と挨拶を締めた若葉に対する訓練生の歓声は物凄いものだったが‥‥それがすぐに悲鳴に変わるであろう事を、鷹司だけは知っていた。
 鷹司と違い、自らの戦闘能力が高くない若葉は、山中での戦術行動訓練を徹底的に繰り返させた。
 学生時代、バスケや陸上をして過ごしてきた体育会系の若葉の訓練は、鷹司よりもよっぽどキツいものだった。

 その日に行われた訓練は、長距離の行軍訓練と襲撃に対する即応訓練を組み合わせたものだった。
 訓練生を行軍組と襲撃組の二つに分け、襲撃組を潜ませた山中を行軍組に進ませる。行軍組は常に襲撃を警戒しながら延々と山中を歩き続け、いざ襲撃があった時には状況に即応して対処しなければならない。
 これは想像以上に過酷なものだった。行軍時、食事時、就寝時、いつ襲撃があるかも分からず、かと思ったら丸一日何もなかったりする。
 ろくに眠れぬ山中での夜営を終え、目を血走らせて朝食の準備に入る行軍組。そこへ、NWTシャツ(白地のTシャツに筆ペンで『NW』と書き殴られた物。鷹司キャンプでの『NW役』の証。今回、襲撃組は全員が強制着用)を着た男が慌てた様に飛び出してきた。
 即座に行軍組が反応し、包囲と支援の体制を構築する。ちょっと待った、と言いかけた『NW役』の男の顔面に、行軍組の一人がスパーンと訓練用の模擬刀(ウレタン製)で顔面をひっぱたいた。続けて包囲陣が追撃をかける。必要以上にボッコボコに叩いているような気もするが、神経戦下では仕方がない事かもしれない。
「ちょ、まっ、聞いてくれ、NWが‥‥!」
「何を言っている。NWは貴様だろう」
「だから、違う! 本物! 本物のNWが現れたんだ!」
 泣きそうな顔で男が怒鳴る。行軍組の皆が胡散臭そうに顔を見合わせていると、森の奥から負傷者を抱えた大男が駆け込んできた。誰か、回復役はいないか、と叫ぶ大男。抱えられた血塗れの負傷者を目の当たりにして、行軍組の面々はようやく緊急事態を理解した。
「‥‥! 来た!」
 男が叫ぶ。
 反射的に静まり返った森に響く小さな羽音。強弱をつけて聞こえてくるそれは周り中から聞こえてくるようで‥‥
「右前方‥‥いや、左側面からも聞こえる‥‥!」
「気をつけろ! 連中は複数いるぞ!」
 やがてすぐに、木々の間を縫う様にして黒い何かが飛び出してくる。
 それは、手の平位の大きさの蜂と蟻を足したような何かで‥‥間違いなくNWだった。
「なんだよ‥‥NWって単体で行動するんじゃなかったのかよ!?」
 遺跡などの特殊な場所を除けば、それは常識であるはずだった。

●状況と目的
 鷹司キャンプの訓練中にNWによる襲撃を受けました。
 参加PCは、このキャンプに参加して『行軍組』に割り振られた訓練生となります。

 目的は、『犠牲者を出さずに生き残る事』です。

 負傷者たちを守りながらNWを殲滅しても構いませんし、負傷者を連れて麓の山荘まで逃げ切ってもOKです。
 NPCに犠牲者が出たり、PCたちの多くが『重傷』や『瀕死』状態に陥るようなら『失敗』となります。

●制限
 PCたちは訓練に参加中であり、訓練用の装備しか身につけていません。
 装備品は、携帯していても不自然でない程度の大きさの物に限ります。
 武器ならば、ナックルや短剣、拳銃程度ならば問題ありません。

 また、行軍訓練中という事で、特殊能力の使用回数は『半分』になっている、とします。
 なお、完全獣化はなぜか出来ません。

●戦場と敵
 戦場となるのは訓練場の山中の森です。地面は長雨でぬかるんでいます。
 同じ森でも、斜面であったり、植生が濃い場所があったり様々です。

a.NW『蟻蜂』(PC視認済み)
 手の平位の大きさの、蜂と蟻を足したような外見のNW。
 黒光りする甲殻を持ち、蜂のような体勢で飛び回る。コアは胸部正面。
 なりは小さいが、獣人を一撃で気絶させるような攻撃手段も持つらしい(NPC情報。詳細は不明)
 数は不明だが、多くはないと思われる。

b.NW『虎柄狼』(PC未確認。NPCの目撃情報)
 狼とか大型の狩猟犬っぽいNW。文字通りのタイガーストライプ迷彩(虎柄ではない)の毛皮を持つ。
 その両眼は真っ赤な昆虫の複眼で、口元から炎がチラチラと覗いている。
 コアの位置は喉元。
 目撃情報によると、数は1・2体らしい。

●NPC
a.『NW』Tシャツの男、大男、負傷者
 NWに襲われて逃げ込んできた男たち。皆、大なり小なり負傷している。
 訓練用装備しか所持しておらず、特殊能力も全て使用済み。戦闘能力は、PCたちよりも一段落ちる。

b.鷹司英二郎
 56歳の訓練教官。高LVの鷹獣人だが、夏風邪をこじらせた為、戦闘能力は半減以下。
 現状には全く気付かず、自室にて昼寝落ち中。

c.藤森若葉
 28歳の訓練スタッフ。調理、清掃、洗濯などのおさんどん関係を取り仕切る他、回復役も務める一角獣人。
 戦闘能力はないが、体力と脚力には自信がある体育会系モデル。描写どころか出番すら削られる不幸な人。
 逃げてきた他の襲撃組から襲撃を知り、現在、後方にて討伐隊を再編中。

●今回の参加者

 fa0204 天音(24歳・♀・鷹)
 fa0378 九条・運(17歳・♂・竜)
 fa0892 河辺野・一(20歳・♂・猿)
 fa2002 森里時雨(18歳・♂・狼)
 fa2321 ブリッツ・アスカ(21歳・♀・虎)
 fa3800 パトリシア(14歳・♀・狼)
 fa5003 角倉・雪恋(22歳・♀・豹)
 fa5387 神保原・輝璃(25歳・♂・狼)

●リプレイ本文

「‥‥音源の数は多分5、ないし6‥‥包囲されつつあるのかと‥‥」
 『鋭敏聴覚』を使用したパトリシア(fa3800)が蟻蜂の飛行音を捉えて報告する。それを受けて獣人たちは負傷者たちを中心に布陣、それぞれ戦闘態勢を整え始めた。
「負傷者くん大丈夫!?」
 角倉・雪恋(fa5003)は負傷者たちへ走り寄った。NWTシャツの人は軽傷。抱き抱えられた負傷者は‥‥重傷、薬は効かない。角倉は、中傷の大男に手持ちの『リカバリーメディシン』を手渡すとにっこりと笑って見せた。
「大丈夫、キミ達はあたしが守るから。おねーさんにどーんと任せなさいって!」
 ごつい大型拳銃を構え、角倉が自らの胸をどーんと叩く。その額には滲む汗。だが、それでも角倉は余裕の笑みを絶やさない。
「近いです! 全周より来ます!」
「敵は得体が知れません。皆さん、距離があるうちに迎撃を‥‥!」
 パトリシアの警告に、木の上に占位した河辺野・一(fa0892)が叫ぶ。角倉、天音(fa0204)らが各個に射撃を開始、河辺野も蟻蜂に『飛石礫弾』を投げつける。目にも留まらぬ速さで放たれた石は狙い過たずにNWを直撃、その一匹が体勢を崩して離脱する。だが、残りは、軽快な動きで木立の間を縫うように接近、前衛を無視するようにフライパスし、一斉に後衛の負傷者たちに襲い掛かった。
「させるかよっ!」
 そこに森里時雨(fa2002)が飛び込んだ。敵がこちらの最も弱い所‥‥避難してきた負傷者たちを狙うだろう事は分かっていた。
(「単純だが連携の取れた動き‥‥戦術というよりスポーツっぽいな。これも若葉さんの訓練様々ってところか」)
 外套をなびかせ、とにかく動き回って拳を振る。敵は森里が向かう先から逃げ出すので、まるで集る蝿を払うようだった。
 その内の一匹に、頭上から放たれた焔の礫が直撃する。炎に押されてバランスを崩す蟻蜂。そこに降って来た金色の何かが、光の刃を一閃し、蟻蜂を一刀の下に両断した。
 それは上空で虎柄狼の接近を警戒していた九条・運(fa0378)だった。
「虎柄野郎を確認した。時間的距離にして2分もないだろう」
 野性味溢れる、というより凶悪な笑みを浮かべ、一匹も逃がさねぇ、と九条が吼える。その姿に一人で飛び出しかねない気配を感じ、河辺野は慌てて九条を呼び止めた。
「駄目ですよ、九条さん。一人で突っ込んだりしたら」
「分かっている! まずは雑魚からだ!」
 再び『火炎砲弾』を蟻蜂に浴びせかける九条。その姿に恐怖を抱いた訳ではなかろうが、散開した蟻蜂たちは潮が引くように森へと消えていった。だが、その羽音は消えることなく、木々の間にわだかまっている。
「一撃離脱、ですか。やっかいですね」
 パトリシアの声に森里が振り返る。どうやら背中を守ってくれていたらしい。蟻酸でもかけられたのだろうか、少女のマントには穴が開き、訓練用防具まで溶けていた。
 森里は礼を言おうと口を開きかけ‥‥その直前、木上の河辺野が声を掛けてきた。
「森里さん、今のうちに後退できると思いますか?」
「どうッスかね‥‥虎柄が来る前にもうチョイましな戦場に移動したいとこッスけど」
 一戦しただけで、敵の方が有利なのは明らかだった。とにかく状況が悪すぎる。
 その時、負傷者たちについていた角倉が叫んだ。
「ちょ、ちょっと、おにーさん、大丈夫っ!?」
 負傷者の大男が地面に倒れ伏していた。先程の襲撃で攻撃を受けていたらしい。
「大丈夫、気絶しておるだけじゃ。怪我自体は大したことはない。恐らく電撃か何かを喰らったのじゃろう」
 角倉の横で天音が言った。行軍訓練用に背負ってきた水のペットボトル、それをぶっかけてやれ、と渡してやる。
(「それよりも、問題は完全獣化できなかった事じゃ。複数のNWによる襲撃といい、近くにDSがいるとしか思えん」)
 だが、襲撃の際、近くにいるはずのDSは何もしてくる気配がなかった。目的が分からない。これでは手持ちの戦力を減殺するだけだろうに‥‥
「第二波、再攻撃、来ます!」
 パトリシアの警告。考えている暇はなかった。
「なんにせよ、奴等を殲滅してからの話か‥‥」
 天音は、鷹の翼を広げながら、CappelloM92を構え直した。

 狙われる負傷者たちが存在し、敵の行動自由度が高い以上、前衛はそこから大きく離れる事は出来ない。
 蟻蜂と負傷者たちの間に常に身を置くように移動しながら、ブリッツ・アスカ(fa2321)は知らずに口の端に笑みを浮かべていた。
(「久々の実戦‥‥大丈夫、勘は鈍っちゃいない!」)
 負傷者に近づこうとする蟻蜂から目を放す事無く、指をギュッと畳んでみる。にょきっ、と生えた鉤爪は目に見得ぬ程の高速で振動している。『金剛力増』と『細振切爪』は発動済み。大丈夫、身は軽く、動きには切れがある──
「パトリシア殿! 次目標の設定を!」
 アスカの後方で、天音が叫んだ。それを受けてパトリシアが羽音の聞き取りに集中する。
「‥‥左後方、回り込むように接近中。数は2」
「よし、河辺野殿、角倉殿、近い方をやるぞ!」
「了解しました」
「まっかせて〜!」
 ブゥゥン、と飛来する二匹の蟻蜂に遠距離攻撃組が正対した。天音は翼から羽を一枚引き抜くと、それを無造作といった感じで投げ放つ。実際には高度な計算を基に放たれた『飛羽針撃』、その軌跡が蟻蜂一匹の針路と交差した。
 カスッ、と蜂蟻のコアに突き刺さる鷹の羽。ふらっ、と落後したそれに、河辺野の飛石と角倉の銃撃が集中する。直撃を受けた蟻蜂は、錐揉み状態で泥へと突っ込んだ。
 天音、河辺野、角倉らの後衛組は、まずは『火力』を集中して一匹ずつ仕留める事にしたのだった。他方面を前衛に任せきりにする危険はあったが、この方法で既に二匹の蟻蜂を泥の海に沈めていた。
「畜生、月さえ出てりゃなぁ‥‥」
 『青月円斬』が使えない森里が少し羨ましそうに後衛組を見る。天音がふっ、と肩を竦めた。
「拙者の『羽』は今ので仕舞いじゃ。これからは銃が頼りじゃが、さて、『羽』程に当たってくれるか‥‥」
 その天音の視界の隅で、先ほど落とした蟻蜂が泥の中でもがき、再び空へと舞い上がろうとする。
 また飛ばれると厄介だ。アスカは一人飛び出すと、そのNWのコアを踏み抜き、蹴り砕いた。
 そのアスカへ蟻蜂たちが殺到する。飛び出した事によって周囲から孤立していた。
「甘い! ボディががら空きだぜ!」
 振り返り、迫り来る蟻蜂に拳を突き出すアスカ。振動する鉤爪がコアを削って火花を散らす。慌てて飛び退さる前面の蟻蜂たち‥‥その隙に別の個体がアスカの背後へと回りこむ。羽音に気付いたアスカが出鱈目に後ろ回し蹴りを放つ。それは当たりこそしなかったものの、集った蟻蜂たちを追い払っていた。
「くそっ、一体一体は雑魚なのに‥‥!」
 アスカが歯噛みする。彼女から離れた蟻蜂たちは、今度は木上の河辺野に殺到。河辺野は慌てて別の木へと飛び移った。

 蟻蜂の一匹が疲れた羽を枝上で休ませた。それは期せずしてパトリシアが失探するという結果を招き、獣人たちの隙をつく形となった。
「‥‥!」
 木の上から負傷者たちへと突っ込む蟻蜂。パトリシアが気づいて警告の叫びを上げた時には遅かった‥‥ただ一人、パトリシアと同じタイミングで察した神保原・輝璃(fa5387)を除いては。
「‥‥打ち抜く!」
 冷静に、淡々と。潜んでいた木陰から飛び出す神保原。横合いから蟻蜂に拳を合わせ、ソニックナックルを発動する。バァンッ! と空気の塊が炸裂し、蟻蜂を哀しいほど無様に吹き飛ばす。
 即座に神保原は追撃に移る。厄介な敵は潰せる時に潰しておく。こんな所で誰も死なせるつもりはなかった。
「全力だ、粉々になりやがれ!」
 神保原が拳を振り上げ、もう一方のソニックナックルを叩きつける。叫んだ自分の声は、酷い耳鳴りで聞こえなかった。
 だから、スルリと背中の死角から入り込んだもう一匹にも気付かなかった。
 バチィッ! という衝撃と共に、神保原の目の中で星が瞬いた。ぐらり、と揺れる身体を笑う膝で懸命に押し上げる。朦朧とする意識の中、電撃を喰らったのか、と他人事のように考え、くそ、とつまらなそうに舌打ちをする。
「神保原っ!」
 気絶し、崩れ落ちる神保原の身体をアスカが支える。その頭上に群がる二匹の蟻蜂は、九条が翼を羽ばたかせて追い払った。
 パトリシアが虎柄狼の接近を告げたのはその時だった。
「‥‥虎柄野郎が来る前に倒せた蜂野郎の数は結局3匹か」
「いや、4匹だ」
 アスカが視線で示した先に、蟻蜂の死骸が落ちていた。神保原はきっちりと1匹を仕留めていた。

 結局、蜂蟻の殲滅と虎柄狼の到着は殆ど同時だった。
 残った二匹の蟻蜂の内、一匹は九条とアスカが、もう一匹は天音と角倉が倒したが、その時には虎柄狼は獣人たちの視界の内にいた。
 蟻蜂から負傷者たちを守る為に獣人たちの配置は近接しており、炎による攻撃──下手をしたら広範囲にばら撒くタイプの──が予想される虎柄狼相手には甚だ不味い状態だ。
「こっちに近づけさせてはダメ! みんな、お願いっ!」
 負傷者たちを背に庇いながら角倉が叫ぶ。角倉、そして天音の銃撃でダメージを受けながらも、虎柄狼は一直線に迫り来る。
「クソッ、虎柄の正面に立つ気はなかったのに‥‥っ!」
「退かねぇよ! オレを誰だと思っている! 虎柄なんざ姉貴で見慣れてるわ!」
 アスカと九条が足止めの為に前進する。彼等は負傷者たちに炎が届かないように距離を稼ごうとしており‥‥つまりは炎の洗礼を受ける事が確定していた。
「ああ、畜生。こういう陣形だけは作りたくなかったのに」
 森里が愚痴交じりに九条とアスカを追う。それを見たパトリシアは、自分のマントを重傷者に被せ、水の入ったペットボトルをNWTシャツの男に託した。
「マントの上からかけて濡らして下さい。炎に対して少しは効果があるでしょうから」
 コクコクと頷く男を見届け、パトリシアは森里の後を追った。
「私が囮になります。その隙に森里さんは本命の攻撃を叩き込んでください」
 もしも動けなくなった時、小柄な私の方が運ぶのが楽だし、合理的でしょう。そう話すパトリシアに森里は振り返った。
「え、マジで? ‥‥って、いやいやいや。冗談はよしこさん。幾ら何でも自分よりも年下の女の子にそんな事はさせられねぇよ」
 不機嫌そうにそっぽを向く森里。パトリシアは、森里に『女の子』扱いされた事が何となく嬉しかった。
「分かりました。勿論、私も初めからやられるつもりはありません。皆で無事に生き延びましょう」

 それはまるでタイムレースのようだった。
 NWは負傷者たちを炎の息の範囲に含めようと突進し、獣人たちはそれを阻止せんと突進する。ゴールは互いの激突地点。結果‥‥ほんの少しNW側が早かった。
 二匹の虎柄狼が大きく口を開いて炎を吐き出そうとする。角倉はとっさに銃を捨て、負傷者たちの上に覆い被さった。
 熱風が襲い掛かってきたのはその直後だった。被っていた水は蒸発し、炙られた肌が痛みに引きつる。息を止めていなければ、喉や肺まで焼かれていただろう。
 だが、それでも、炎のダメージは深刻なものではなかった。もしも『二匹に』炎を吐かれていたら、こんなものでは済まなかっただろう。
 炎を吐きそこなった一匹。その虎柄狼の背の上に、いつの間にか河辺野が張り付いていた。炎を吐く直前、死角となる頭上、木の上から飛びついていたのだ。
「さあ、伏兵の登場、です‥‥っとお‥‥!」
 喋っている余裕は無かった。NWの背中をとった河辺野は、両手をNWの首に回して締め上げながら、『器用な尻尾』でもってコアへとヴァイブレードナイフを二度、三度と突き立てた。転がり、跳ね回り、何とか河辺野を剥がそうとNWは暴れ回るが、河辺野は容易に手放さない。そこへ‥‥
「でかしたっ、河辺野アナ!」
 九条が走り寄り、暴れるNWを足の下に踏みつけた。そして、一閃。光の刃はNWのコアを断ち切った。
「こっちも頂く!」
 もう一匹にはアスカが向かっていった。低いタックルの姿勢で突っ込み、人間相手と同じ要領で首を取る。そのまま足を絡ませ、自分が下になりながらNWの腹を晒すように締め上げる。
 こちらのコアは駆け付けた森里とパトリシアの攻撃で粉砕された。

 そう言えば、使う機会がなかったな、と森里は自分の胸元を覗き込んだ。中には『喰い散らかされた死体』Tシャツを着込んでおり、訓練でNW役にやられた時は派手にお披露目するはずだったのだが‥‥
 ふと、その視線が自らの指に止まった。キラリと光る純白の指輪。持ち主の魅力を引き出すと言われる『星屑の指輪』だ。
 森里は少しの間考えると、すぐ側を歩いていた少女に声を掛けた。
「パティ、これ、要るか?」
「‥‥え? ゆっ、指輪っ!? わ、私にですかっ!?」
「え? ああ、ダブリだし、オレの為にマント、穴開けちまっただろ? 代わりにでも取っといてくれ」
「ダブリ‥‥っ(そっ、それはお揃いという事なのではっっっ)」
 わたわたと慌てながら素っ頓狂な声を上げるパトリシア。NWとの戦闘中は落ち着き払っている彼女も、色恋沙汰(?)となると年相応の少女の対応(?)に戻る。だが‥‥
「でっ、でも、私でいいんですか? 九条さんとか、河辺野さんとか、神保原さんじゃなくて?」
 何故に野郎ばかりですか??? 森里は怪訝そうに眉をひそめながら、照れるパトリシアを見続けた。

 こうして短くも烈しい戦いは、数多くの負傷者を出しながらも、なんとか獣人側に一人の犠牲者も出さずに決着を付ける事ができた。
 だが、この日に起きる最大の衝撃は、この後にこそ控えていた‥‥