武装救急隊 掲げる旗はアジア・オセアニア
種類 |
ショートEX
|
担当 |
柏木雄馬
|
芸能 |
3Lv以上
|
獣人 |
1Lv以上
|
難度 |
普通
|
報酬 |
7.9万円
|
参加人数 |
11人
|
サポート |
0人
|
期間 |
09/04〜09/08
|
●本文
深夜。戒厳令下のウエノ公園キャンプ──
軍による監視と警戒の目を縫う様に、何人かの人影がキャンプを抜け出していく。
銃を持った軽装の何人かと、背に荷を負った何人か。洗練された動きを見せる前者に比べ、後者の動きは明らかにたどたどしくぎこちない。ただ、決意に満ちた眼差しだけが両社に共通していた。
廃墟と化した無人のトウキョウ、その裏道を抜けるように彼等は行く。闇に紛れ、クリーチャーの寝床を迂回し、徘徊するそれをやり過ごし、時折聞こえる銃声と悲鳴に怯えながら──ただひたすらに彼等は目的地を目指した。
そうして空が白ばんできた頃、彼等はかつてシブヤと呼ばれた町までやって来ていた。
朝靄に煙る大通りを、ぽつり、ぽつりと、自分たちと同じ様な境遇の者たちが歩いていく。小集団の数は次第に増えていき、やがて人の大河となって、246と呼ばれた大通りを埋め尽くし、流れていく。
歩き続けるその先に、大きく破断した『長城』がその巨大な姿を晒していた。
「避難民がここに殺到しているだと!?」
『長城』破断部分の防衛および修復の為に臨時編成された、通称『塗り壁隊』、その仮設指揮所。
宵の口に叩き起こされた部隊長の中佐は、集まった避難民の数を見てその眠気を吹き飛ばした。
「ばかな。あのクリーチャーの蠢くトウキョウをどうやって‥‥!?」
「歩いてきたのでしょう。ウォールブレイカーが護衛に付いているようですな。掃討作戦でクリーチャーの数は減ったとはいえ、命懸けには違いない。並みの覚悟ではありますまい」
防衛部隊の老大尉──破壊直後の『長城』防衛戦以降、そのまま『塗り壁隊』に組み込まれた──が、感心したような、同情したような声音で言った。
「彼等は『長城外』への移動を希望しております」
「それこそ、ばかな、だ。壁の中の者を外に出すわけにはいかんだろうが」
中佐が首を横に振る。通すわけにはいかない。クリーチャー化の因子を持つ者は、爆弾みたいなものだ。
「では、彼等が押し通ろうとしたら?」
「発砲するわけにもいくまい‥‥が、それで押し返せるわけもないだろうな」
「‥‥ここに来る避難民の数は益々増えるでしょう。そして、大規模なクリーチャーの襲撃も。命の危険に晒された彼等がどっとここに押し寄せてきたら‥‥」
大尉も暗い表情で頭を振る。非武装の避難民だ。どんなに数が多くとも、万が一にもここを突破される事などありえない。だが、その時は、我が方の火力とクリーチャーの襲撃に圧殺された犠牲者を無数に出す事になる‥‥
やがて、トウキョウ封鎖部隊本部より、塗り壁隊司令部に公式な命令が届けられた。
曰く、『『長城』破断地区の防衛を最優先に行動せよ』──
「中佐殿‥‥」
大尉が呻く。返事はなかった。
「クリーチャーだっ! クリーチャーが来た!」
見張りからの警告の叫びに、ウォールブレイカーの兵士たちは、避難民たちの外側に人の壁を築き上げた。守るべきは増え続ける人の海、野戦築城のしようもない。壕もなく、塀もなく、ただ火力と肉弾とで防ぎきらねばならない。
「突っ込んでくるぞ!」
兵たちがそこへ火力を集中する。それをものともせずに懐に入り込み、人の壁を吹き飛ばすクリーチャー。
壁を守る軍の部隊に動く気配はなかった。それどころか空を向いていた銃口や砲口が一斉にこちらを向く。それまで解散して各キャンプに戻るよう訴えていたスピーカーが、近づく者への攻撃を示唆する警告へと変わった。
「クソッタレが! 民間人に銃を向けるのかよ!」
その日のクリーチャーによる攻撃は、ウォールブレイカーの必死の防戦により軽微な被害で済んだ。
だが、このような襲撃はこれからも続くだろうし、『発病』する避難民も今後増えていくだろう‥‥
「知ってるか? 新しい『長城キャンプ』の話は?」
「ああ。各地のキャンプを抜け出した避難民たちが『長城』の破断部分に集まって自然発生した例のアレだろ?」
『長城』外にある武装救急隊北東支部。謹慎中であるはずの隊員たちが、自室で待機もせずに待機用の詰所の一室でトウキョウの現状について話していた。
「計画的に集まったものではないからな。食料などは軍から融通されているらしいが余裕はないし、強固な防御陣もない。人々はクリーチャーに怯えながら、互いに助け合いながらあの地で日々を過ごしている」
なぜそこまでして、という疑問は隊員たちにはない。彼等もキャンプの人たちと関わりながらこれまでやって来た。それだけ壁の外に出たいのだ。少なくとも、自分たちに理解のない軍が入ったキャンプには居たくないのだろう。
「とりわけ衛生状態は最悪らしい‥‥今こそ、俺たち救急隊の出番じゃないのか?」
「それはそうだが‥‥だが、どうやって?」
活動停止中の救急隊の装甲救急車は全て、車止めによる封印が為されている。特に自主待機命令を無視して車両を持ち出した北東支部の全車両は、通常の封印の他にタイヤを外され、燃料も抜かれ、ハンドルまでロックされるという念の入れようだった。
「確かに隊の全車両は封印処理が行われたが、一台だけ軍が見逃した車輌がある。試作段階で実働していなかったため、未だ納品されずリストからも外れた一台が‥‥」
「例の運用試験の時の新型車か。そいつを都合できるのか? ‥‥だが、俺たちだけが行動を起こしたところで‥‥」
「違う。俺たちに出来る事から始めるんだ。いついかなる時も人命を最優先する。その為に俺たちは集まったのだろう?」
●出演者募集
以上が、ドラマ『武装救急隊 掲げる旗は』の冒頭部分になります。
このドラマの制作に当たり、出演者を募集します。
PL(プレイヤー)のプレイングとそれに対する判定がドラマの脚本となり、
PC(キャラクター)がそれを演じることになります。
オープニングと設定を使って、オープニングを『起』としたドラマを完成させてください。
皆で協力して、ドラマを作り上げる事が目的です。
今回はクライマックスということで、以下の要素を含んだドラマの脚本を完成させてください。
a.『壁を砕くもの』
内と外からのクリーチャーに奮戦するウォールブレイカー。彼等の目指したものは‥‥
b.『我等が本分を』
命令の遵守は軍の根幹。だが、本来、軍のあるべき姿とは‥‥
c.『武装救急隊』
主人公たちだけでなく、『武装救急隊』そのものが活躍するような展開を‥‥
d.『AMB6』
最初は新型車で出発する隊員たちですが、最後はやっぱり6号車で‥‥
●設定
今回、ドラマの時間軸は、前回の『武装救急隊 医師の戦い』の後、となります。
ドラマ内の各種設定については、『武装救急隊 医師の戦い』の設定を参考にして下さい。
●リプレイ本文
廃墟と化したトウキョウ西部、『長城』破断地区。
霧のように薄い雨が降りかかる中、雨具も持たぬキャンプの避難民たちが無言で一方を見つめ続けている。
視線の先には、破断部分を塞ぐように展開した軍の兵。身じろぎもせずに立ち続ける彼等の表情は、鉄兜の影に隠れて窺い知れない。
もう何日も続いている睨み合い。避難民の中には疲れ切った表情を見せる者も多いが、彼等は壁の外に出るのを諦めることはなく──そして、軍がそれを認める事も決してない──
ドォ‥‥ォン、と、唐突に。どこか遠くから響いてきた爆発音に、動揺した避難民たちがザワついて身を揺らす。銃声は途切れる事無く増え続け、クリーチャーの襲撃が大規模である事を知らしめる。四方から避難民たちを圧するように響き渡る銃声。今度こそ‥‥今度こそ、ウォールブレイカーの防衛線が破れ、クリーチャーが雪崩れ込んでくるかもしれない──
「そこをどけっ、道を開けろぉ! 外に‥‥俺たちを外に出せぇ!」
耐え切れなくなった避難民の一人が恐慌を起こし、道を塞ぐ兵に掴みかかる。それを酷く冷静な──冷酷な顔で見極めながら、赤毛の女兵士・榊原 結花(役:姫川ミュウ(fa5412))は銃把を跳ね上げ、容赦なく殴り飛ばした。
「なんて酷いことを‥‥っ!」
葛城 縁(役:響 愛華(fa3853))が血塗れの男を抱えて振り返る。だが、榊原は、ただ酷く冷たい瞳で見返すだけだった。
「ここを強引に突破しようとする者は射殺しても構わない、って命令を受けているんだけど‥‥何? 死にたいの?」
淡々と告げる榊原に葛城が絶句する。榊原にしてみれば、いつ何時クリーチャーになるか分からない『化け物予備軍』たちを世に放つなどぞっとしない話だった。
「でもっ‥‥もう、ここの人たちは限界だよ! せめて、病人や子供たちだけでも外に出してあげて欲しいんだよ!」
榊原はため息をついて仰々しく頭を振った。ここの連中は分かっていない。本当に、分かっちゃいない。
「‥‥自分たちが如何に危険な存在か、理解していないんだ? 壁の外に出せ? 街中で化け物にでもなりたいの? 不幸の押し売りはよしてよね」
葛城が反論しようと口を開きかけたその時。ビクンッ、と抱きかかえた男の身体が痙攣した。のた打ち回り、その身を掻き毟る男。その身体や腕が急速に獣の毛に覆われていく。
「クリーチャー化だ!」
避難民の間から悲鳴が上がり、兵たちが慌てて銃を向ける。葛城は顔を伏したままやおら立ち上がると、銃を抜き、男の頭部に銃弾を3発、撃ち込んだ。棚引く硝煙。動かなくなる男の身体。その場がシンと静まり返る。
「それでも‥‥っ!」
葛城がキッと頭を上げた。目に溜まっていた涙が飛び、零れ落ちる。手に持つ銃は震えていた。
「それでも‥‥いつ化け物になっちゃうか分からない私たちだって、こうしている今は人間なんだよっ! たまには甘い物だって食べたいし、星空は美しいって感じる。子供たちは可愛いし、愛する人には幸せになって欲しい。クリーチャーはやっぱり怖いし、自分がそれになるなんて考えたくもない。‥‥銃を撃つのも、生き物を殺すのも、ホントは恐ろしくて、イヤで、やりたくなんかないんだよ‥‥っ!」
同時刻。武装救急隊の北東支部、その隊員控え室。
『長城』破断地域に集まった避難民たちの衛生環境が酷いと知った救急隊員たちが、出動の是非について話し合っていた。
「聞いたでしょ!? あんな酷い状況‥‥黙って見ているなんて出来ないよ!」
新人の救急隊員・青木律子(役:フィアリス・クリスト(fa1526))がテーブルをバンと叩く。カタタタ、と音を立てる空っぽの金属製の灰皿。少し強く叩きすぎた手の平が痛み、青木は少し眉をひそめた。
その音で、安物のソファに横になって昼寝をしていた機関員の水上 隆彦(役:水沢 鷹弘(fa3831))は、面倒臭そうに目を開けた。
つけっぱなしのテレビが、昼のワイドショーを垂れ流し続けていた。話題は『長城』破断地域の付近に集まった避難民について。その殆どが暴徒化と壁の外への流出を懸念するものだったが、一部、避難民の立場から現状を分析するコメントもあった。
「‥‥なんだ? また謹慎命令を破って出動するってのか? ‥‥冗談だろ? 酷い減給処分を受けたばっかだってのに‥‥二度目ともなると、今度こそどうなるか分からんぞ?」
後頭部に出来た寝癖を気にしながら、欠伸交じりに水上は身体を起こした。テレビの、ヘリから写したと思しき映像の中に銃火が煌く。戦闘の発生を伝えるリポーターの声は、しかし、すぐにスタジオの映像へと変わった。
「人の命を助ける為に出動した事で罰を受けるというのなら、私は喜んでその罰とやらを受けてやるわよ。‥‥医者にとって、患者を助けられない事以上に怖いものなんてないわ」
救急隊医師の弧木・玲於奈(役:白狐・レオナ(fa3662))の言葉に、青木は嬉しそうに勢い良く頷いた。見れば、弧木はすっかりと出動の準備を済ませていた。よれよれだが清潔な白衣にボロボロの医療鞄。彼女にとって、出発しないなどという選択肢は初めから存在しないらしい。水上は苦笑しながら頭を掻いた。
「‥‥やれやれ。無茶と無謀は若さの特権だな‥‥で、肝心の新型車の調子はどうなんだ?」
水上が整備長の忍足 千早(役:金田まゆら(fa3464))に視線をやる。隊の整備部備品である純白のツナギは油に黒く汚れ、ゴーグルやグローブも随分と草臥れている。まだ20代の若い女性である忍足だったが、若い頃からスパナを握る腕のいい整備士だった。
「車両は地下駐車場に入れました。整備はしてあります。各種医療機器も搭載済み。運転してくれる人さえ居れば、あの仔は十分に働けます」
姿勢を正して正対し、じっと水上を見つめる忍足。その視線が水上に「行くのでしょう?」と告げていた。
「‥‥あー、どいつもこいつも‥‥見て見ぬ振りを出来ない自分の性格が恨めしいぜ、ったく」
やれやれといった感じで水上が立ち上がる。青木は口笛を吹き鳴らし、忍足は車両の最終チェックの為に部屋を出て行く。昼寝が台無しだ、とぼやく水上に、弧木が意地の悪い笑みを浮かべた。
「あら。その割にはいびきは聞こえなかったけど? テレビのワイドショーは面白かった?」
「‥‥言ってろ。まぁ、これでクビになったとしても、活動できない救急隊なら残る意味も無いからな」
地下駐車場に下りると、当たり前のように護衛の傭兵・ベオ(役:ベオウルフ(fa3425))がいた。
「護衛が居なければトウキョウでの移動もままならんだろ?」
愛用の散弾銃に擲弾発射器、ありったけの弾薬をボディーアーマーに括り付けたベオが言う。水上は呆れたように首を振った。
「報酬も出ないというのに、よくもまあ‥‥」
「俺は救急隊という組織に雇われているんじゃない。その理念と‥‥まぁ、後は、あんたら現場の隊員の信念に雇われているのさ」
傭兵が契約以外で勝手をするのは自由だ、とベオがうそぶく。
「部下たちに強制は出来ないけどな‥‥APCの新型もある。運転手をよこしてくれれば、俺が‥‥」
言いかけたベオの言葉が止まる。視線の先には、三々五々、フル装備でこちらへ歩み来る傭兵たちの姿。
「どうやらAPCの運転手は必要なくなったな」
ベオの肩をポンと叩き、水上が立ち去っていく。ベオは半ば呆然としながら部下たちを見回した。
「お前たち‥‥」
困惑するベオに、傭兵たちが笑いかける。ベオは──先程水上がしたように──呆れたように首を振った。
「甲斐君? 甲斐君はいないの?」
新型車の荷室で弧木が呼んでいる。巨漢の看護師・甲斐(役:かいる(fa0126))は、地下駐車場の柱に寄り掛かる様にしてその身を隠した。
白衣の上にロングコートといういつもの格好に、ゴツいブーツやグローブ、その上、飛行帽のようなものまで被っている。
その額には玉の様な汗。呼吸は荒く、目は血走り、手も小刻みに震えている。グローブを外そうとして上手くいかず、指先を銜えて引っ張る。露になった右腕は、以前よりも毛深く、爪も鋭く伸びていた。
甲斐は震える手をコートに伸ばすと、内ポケットから幾種類かの薬を取り出し、慌てて口の中へと放り込んだ。そのまま暫し。ジッとしている内に呼吸も収まり、手の震えも収まっていく。力張っていた腕も元に戻り、獣毛も爪も目立たないものになっていた。
甲斐は、暫くその腕を険しい顔で眺めやり、再び無言でグローブをはめた。ハンカチで汗を拭き、何事も無かったかのように車へと向かう。
「甲斐君、あなた‥‥?」
何かに気付いた弧木が声を掛ける。甲斐は内心ドキリとしつつも努めて平静を装った。医師である弧木にばれるわけにはいかない。ばれれば、自分は救急隊にはいれなくなり‥‥むしろ、『搬送される側』になってしまう‥‥
「一体どうしたの、その格好? 動きづらくない?」
弧木が気にしたのは、大げさな甲斐の格好に関してだった。良かった。気付かれなかった。内心、ホッと安堵しつつ、努めて明るく振り返る。
「ああ、これですか。平気ですよ。見た目より邪魔になりません。いつでも医師をサポートするのが看護師の仕事です。その邪魔になるようなものは‥‥」
「大丈夫? 顔色が悪いわよ?」
甲斐が言葉に詰まる。弧木は怪訝そうに首を傾げ‥‥
「弧木さん」
車の外から女性の声に呼ばれて振り返った。
そこには、同じ医師の大曽根カノン(役:大曽根カノン(fa1431))が立っていた。きっちりと白衣を着こなし、大きなカートをゴロゴロと転がしている。上には新薬がダンボール単位で積まれていた。
「弧木さん。私、今日、非番なんですけど」
そう言って大曽根がにっこりと笑う。二人だけに分かる符丁。弧木もニヤリと笑って見せた。まったく、随分と救急隊に馴染んできて、現場好みのいい医師になってきたではないか。白衣も様になってきた。
「乗って頂戴。手伝ってもらう仕事は山ほどあるわ」
「これは‥‥おい、整備長‥‥」
久しぶりに新型車両を目にした水上は、純白の車体の横に描かれた赤い武装救急隊のエンブレムに目を見開いた。
「勝手に描かせてもらいました。この仔はまだ隊の所属ではないけれど‥‥隊員が救急隊として現場に行くのなら、旗印は必要でしょう?」
敬礼を一つ残し、運転席へと上がる水上。それを忍足ら整備班の全員が敬礼で見送った。
「コマザワ公園に出動した、って時の走行データを入れときました。恐らくそれが最速でしょうから。あ、勿論、私も一生懸命ナビしますから、よろしく」
助手席の青木がにこやかに言った。四点式のシートベルトに収まって、ロードマップと赤ペンを握り締めて張り切っている。水上は心中で苦笑しながらキーを回した。
「こいつはいつもの車両と違って視界が狭い。指示は早めに頼むぞ」
「はいっ! 任せて下さい!」
頼りにされた青木が元気に頷く。水上はゆっくりとアクセルを踏み込んだ。
それを敬礼で見送った忍足がクルリとその身を翻す。これからが大変だぞ、と気合いを入れる整備長に、班員たちが怪訝な顔をした。
「いいから整備班を全員集めるんだ。必ず携帯電話を持って来させるように。‥‥あと、テレビ局の番号が何かに載ってたよな。それを‥‥」
同刻。『長城』破断地区。ウォールブレイカーの仮本部。
ウォールブレイカーのリーダーである鮫島博史(役:藤宮 誠士郎(fa3656))は、腹心の神宮寺宗二(役:諒(fa4556))に指示を出していた。
「負傷者の後送を急がせろ。部隊は見張りの者を残して適時に交代、休息を取っておくように。ただし、手隙の者もすぐに動けるようにしておけ。敵は待ってはくれんぞ。
食糧や物資は市民と負傷者に優先して回せ。内から崩れるわけにはいかん」
「その物資の事なのですが‥‥そろそろ余裕がなくなってきました。戦力を引き抜くのも厳しいとは思いますが、私に一小隊預けていただけませんか? 近場の物資だけでも回収してきます」
無茶な事を、と鮫島は神宮寺を見返した。車両も、重火器の援護もなく、一小隊でこのトウキョウを行くなど自殺行為に等しい。だが、神宮寺の意思は固かった。
「‥‥分かった。吾妻に角倉、それに葛城の分隊も連れて行け。必要な車輌も全部持って行ってよし」
「少佐、それは‥‥」
「遠慮なぞしてくれるなよ。私は物資も、小隊も、そしてお前にも無事に戻って来て貰わねばならんのだからな」
自室(といっても廃ビルの一室を接収しただけのものだが)に戻った鮫島は、すぐにベッド代わりのソファに倒れこんだりはしなかった。軍内に残してきたシンパから手に入れた衛星携帯電話を手にし、同様にして入手した電話番号へと通話を試みる。それはとても個人的な携帯電話の番号であり、軍時代の知人に繋がるはずだった。
「よう。青二才が随分と偉くなったものだな」
開口一番に言ってやる。電話の相手は、『塗り壁隊』の指揮官だった。
「要求? 言わずもがなだな‥‥だが、それではそちらの答えが分かりきっているからな。こちらとしてはほんの少し譲歩してくれればいい」
そこで鮫島は一旦、言葉を切った。相手は無言でいる。だが、電話を切りはしなかった。
「人が人として生きるのは当然の権利だろう。それはトウキョウに生きる者も、壁の外に生きる者も変わらない。そして、それを守る事こそが軍人の務めだ。違うか?」
無茶を言うな、と呆れたような声が返ってくる。『塗り壁隊』は軍政府より、無理矢理押し通ろうとする者は射殺してでも阻止せよと命令を受けている。
「だから譲歩をお願いしてるんだよ。俺たちが全滅してすぐ目の前に死体の山、なんてのは目覚めが悪かろう? 譲歩というのはそういうことだ」
その時、廊下の扉の向こうから、鮫島を呼ぶ声がした。これまでにない規模のクリーチャーが迫っているとの事だった。
いよいよか‥‥と鮫島は心中で覚悟を決める。
「さて、今回はここまでだな、お客さんだ。貴官が正しい判断を下す事を祈っているよ」
かつて絶望した軍に頼らねばならぬ皮肉に鮫島は苦笑する。それとも、自分はまだ、かつて所属していた軍という組織に希望を抱いているのだろうか‥‥?
「ええいっ、クソッタレがぁっ!」
水上の悪態と共に、クリーチャーで溢れ変える廃墟トウキョウを新型車が疾走する。純白の塗装は踏み越えてきたクリーチャーの血で染まり──運用試験の時もここまで酷い目には遭わなかった。
「このクリーチャーたち、みんな西へ向かっている」
激しい振動に揺さぶられながら、舌を噛みつつ青木が呟く。クリーチャーの数は『長城』破断地区に近づくほどに増えていた。
その時、力任せに踏み越えたクリーチャーの死骸の鉤爪が、油圧式の車高調節装置の一部を切り裂いた。路上に撒き散らされる油。急な車高の傾きを安全装置が制御する。だが、急激な重心の移動は、高速で走る新型車のバランスを容易く崩し、水上からコントロールを奪い取った。
「畜生めっ、だから新型は嫌なんだっ!」
そのまま側道を乗り越え、側面から壁面に激突する新型車。慌ててベオたち傭兵のAPCが駆け戻り、脚を止めた新型車を庇うように停車する。
「乗員の救出を最優先! 急げっ!」
ベオ自らAPCを飛び下り、新型車へと走り寄る。
「駄目よ! 薬が、車には薬が積んであるんだからっ!」
その頃、ウォールブレイカーの戦いも熾烈を極めていた。
「右翼の弾幕が薄い。予備隊の派遣、急げよ。‥‥中央からも増派要求? もう余剰戦力はない。迫撃砲で支援すると伝えろ」
鮫島の冷静な指揮にも関わらず、戦況は悪化の一途を辿るばかりだった。地の利がない。装備も足りない。数でも、個体戦力でも上回る敵を相手に余りにも分が悪かった。
だが、それでも。彼等は退くわけにはいかない。
「その身を壁にしろ! 一匹たりとも討ち漏らすな! 我等の後ろには守らねばならぬ命がある!」
物資を回収して戻ってきた神宮司や葛城は、そのまま最外縁の防衛を担っていた。比較的装備の充実した彼等は、その火力で何度か攻勢を跳ね返していた。
「ここまでだな‥‥これ以上留まれば敵中に孤立する」
神宮寺は舌打ちをすると、小隊に後退を命令した。各分隊、相互に援護の姿勢をとりながら、交互に後退を開始する。
その時、葛城の目に、いつか見た新型の装甲救急車の姿が飛び込んできた。
「あれは北東支部の救急隊‥‥こんな所まで‥‥!」
驚きに目を見開く葛城の目の前で、新型車は側面から壁に激突する。救急車を守るように横付けする装甲車。そこへクリーチャーが殺到していく‥‥
「小隊長、待って! 救急隊が‥‥!」
その声が止まる。以前、神宮寺が救急隊を犠牲にしてクリーチャーを殲滅しようとした事を思い出していた。
(「どうしよう‥‥自分たちだけで救援に‥‥?」)
でも、それは部下たちを危険な目に遭わせる事になる。それに一個分隊では戦力が足りない‥‥
「あれは‥‥救急隊か? 後退は中止。これより小隊は救急隊を救出する」
気付いた神宮寺があっさりと救出を指示した。なぜ、という顔で見返す葛城に、神宮寺は至極当然、といった風に答えた。
「あれはキャンプに必要な荷を積んでいる。救出は有益と判断する。
救出後、2分隊は救急隊と物資を護衛して速やかにキャンプに戻れ。我々は残って奴等を引き付ける」
「そんな‥‥!」
「犠牲無くして勝利はない。お前にももう分かっているはずだ。自らの為すべき事を為せ。
‥‥元より、全滅する気など無い。我等も貴重な戦力なのだからな」
ニコリともせず、毅然とした態度を貫く神宮司。
葛城は何も答えられず、ただ、頷く事しかできなかった。
神宮寺小隊の援護を受け、救急隊はその全ての荷と共に『長城』破断地区のキャンプへと到達した。
「着いたっ! 薬、どんどん運び出すよ!」
「発病した奴や様子のおかしいのがいたら言ってくれ!」
青木や甲斐、それに弧木や大曽根が治療の準備に入る。水上は、近づいてきた鮫島に気付くと、気楽な調子でよう、と声を掛けた。
「来たぜ。あんた等には何度も‥‥つい今しがたも助けられたからな。どうにも借りたままじゃ寝覚めが悪い」
「感謝する。避難民たちへの医療は任せる。傭兵たちにはもう一踏ん張りして貰うぞ。戦力はいくらあっても足りないんだ」
数時間後。戦線は縮小していた。
敵の数が少なくなったからではない。兵が少なくなり、防衛線の環が小さくなったからだ。
最早、前線と後方に距離は無く、時折、防衛線を突破したクリーチャーによる被害が避難民にも出るようになっていた。
弧木、大曽根、甲斐たちは、発病する避難民たちやウォールブレイカーの負傷者たちの治療で手一杯だった。次から次へと運ばれてくる患者たち。取り敢えずの応急処置だけで患者を回す。非道い現場だった。助かる見込みのない者を何人も見棄てなければならなかった。
一体のクリーチャーが防衛線を突破して臨時治療所にまで入り込んできた。弧木はイラついたようすで銃を向けると、無造作に銃弾を叩き込んだ。
「あー、もうっ! この忙しい時にっ‥‥!」
甲斐が止めを刺すのも見届けずに、撃ち尽くした銃を放り投げて弧木は患者に向かい直る。
疲れ切った表情で、大曽根が呟いた。
「この戦いはいつまで続くのでしょうか‥‥」
「それは殺し合いの事? それとも、今、私たちがしている事?」
「‥‥両方、ですね」
答えながら、大曽根はため息をついた。
新薬をありったけ投入した事で、治療の効率は大きく上がった。だが、それも結局根治的なものではなく、あくまで対処療法に過ぎない。彼女達の治療はは『終わらないもぐら叩き』のようなものであり、この先も延々と不毛な戦いが待っているとすれば‥‥
「嫌になった?」
弧木の問いに、大曽根ははっきり「はい」と答えた。意外な答えに、弧木は思わず顔を上げた。
「こんな段階でいつまでも踏み止まっているのにはうんざりです。だから、いつか根本的な治療法を見つけ出して見せます。絶対に」
手を休める事無く、そう決意を表明してみせる大曽根に、弧木は思わず微笑んだ。
「これは負けてられないわね」
「はい。頑張りましょう」
「弾切れだ。そっちは?」
「‥‥」
ベオの問いかけに、葛城は無言で首を振った。自動小銃は全弾撃ち尽くし、重機関銃は銃身が焼け付いて使えない。残るのは近接戦用の散弾銃と拳銃だけだ。
「結局、最後に頼りになるのはこれかよ」
愛用の散弾銃を構えて不敵に笑う。だが、クリーチャー相手に至近距離で戦うことは自殺行為と同義だった。
後方でも、医師たちの奮闘が限界を迎えていた。薬品が底をついたのだ。
クリーチャー化を止められず、苦しみ、のた打ち回る患者たち。甲斐がポケットの薬を握り締める。逡巡は、ほんの僅かな間だけだった。
「薬です。使って下さい。俺はあっちを手伝ってきますんで‥‥」
弧木の問いに答える事無く、狙撃銃を手に前線へと歩いていく甲斐。水上がそれを出迎えた。
「さすがに‥‥こいつぁちぃっとばかりヤバいかもしれんなぁ」
状況を尋ねた甲斐に、水上が乾いた笑みを貼り付けたまま呟く。甲斐は無言で頷いた。
「うぅ‥‥このままじゃ、みんな‥‥なんとかしなきゃ、なんとか‥‥」
最後衛の防衛線で、青木は扱い慣れぬ銃器を手に震えていた。
目の前には半壊した新型車から引っぺがしてきた無線機。青木はやけになって無線機のマイクを取ってがなってみた。
「『長城』破断地区にて救命作業中もクリーチャーの襲撃を受けつつあり。救援を乞う」
二度、三度と繰り返すが、答えはない。諦めて電源を落とそうとする青木の耳に、ノイズ混じりに何かが聞こえてきたのはその時だった。
「こ‥‥ら、北‥‥属、AMB‥‥」
慌てて無線機に向き直り、呼びかける青木。答える声は、一つや二つではなかった。
葛城は、静かに空を見上げた。
何も分からぬまま死んでいった友‥‥後事を託して散っていった仲間たち‥‥救えなかった命は、しかし、成すべき事を成し遂げた満足の内に眠りにつき‥‥
成すべき事。今、背後にはキャンプの子供たちがいる。生きてこそ得られる未来、それを届ける為に戦うと、鮫島は言っていた。
「ならば、せめて彼等だけでも」
視線を落とし、縫い付けた御守りをギュッと握る。ごめん、お母さん。もう会えないや。
「2分隊、集まれぇ! これより民間人の退路確保の為に吶喊する。総員着剣。突撃準備ぃ!」
言い馴れない命令。葛城の呼び掛けに、分隊以外の兵たちも集まってくる。葛城はその全員の顔を見返して頷き‥‥
その目に、見慣れたシルエットが映りこんだ。
「‥‥! あれは‥‥!」
4車線の国道を、一直線に。APCを伴った装甲救急車が疾走してくる。一台、また一台。その背後に連なるように現れる救急車。それらはクリーチャーを蹴散らしながら、キャンプの敷地内へと次々と滑り込んでいく‥‥
呆気に取られる水上たちの前で、静かに停車する装甲救急車6号。運転席の窓が開き、忍足がニヤリと笑った。
「解体しろ、っていう命令が来てたんだけど‥‥丁度いいから解体整備までやっといた♪」
悪戯な笑みを浮かべる忍足。次々と入ってくる救急隊の車両に、水上はどういう事か尋ねてみた。
「あれだよ」
と言って忍足が空を指差した。そこにはTV局のヘリコプターが飛んでいた。
「各支部の整備員に連絡して、救急車の封印を解く様に持ち掛けたのは私だけどね‥‥みんな、機関員たちの行動を見て自発的に動いてくれたんだよ」
水上と甲斐は思わず顔を見合わせた。
「‥‥俺、今まで神様って信じてなかったんですけど、これからはどっかにお参りに行かないと駄目ですかね」
その少し前。
戦線は小さくなり続け、避難民たちは『長城』破断部に並ぶ軍を中心に防衛線を作るようになっていた。
聞こえてくる銃声と悲鳴。目の前には怯え、助けを求める避難民。時々、クリーチャーが紛れ込んでは避難民たちを容赦なく薙ぎ払う。
絶望的な戦いを強いられるウォールブレイカーに、終わりの見えない医療活動を続ける救急隊。
そんな光景を目の前にして、軍はただひたすらに『長城』を守り続けるのみ‥‥
「‥‥ムカつく」
ボソリと、榊原が呟いた。
「ねえ、ムカつかない!? 化け物が人を襲っているんだよ!? 許せる!?」
周囲の兵に向かって訴える榊原。その剣幕に戸惑いつつも、内心、忸怩たる物を覚えていた兵たちは制止できない。
「こういうのがイヤだから、護りたいから軍に入ったのに! 人を護るのが軍の仕事なのに!
ムカつく、ムカつくムカつくあームカつく! 赦せないな、赦せないよね、赦さないよ。化け物共も、自分も! あー、もうダメ。我慢できない。アレやっちゃうよ。ヤっちゃうけど良いよね? 答えなんか聞かないけど!」
地団太を踏みながら、銃の安全装置を外す榊原。今にも飛び出しそうな勢いに、兵たちがさすがに止めようとした時、耳のイヤホンが指揮官の命令を伝えてきた。
「全部隊に達する。『長城』防衛任務に変更なし。その上で、我が『塗り壁隊』は『民間人保護』の為に目の前のクリーチャーを掃討を開始する。なお、この決定の責任は全て私が‥‥」
榊原は最後まで聞いていなかった。獣のように雄叫びを上げながら、真っ先にクリーチャーの群れへと突っ込んでいた。
介入した軍の攻撃により、周辺のクリーチャーは追い払われた。
救急隊の各車両は、避難民たちの中でも症状の重い者を乗せて病院への搬送を開始する。
「ここには病気の進行を止める設備が無い。悪いが一旦、病院に入ってくれ」
「それじゃ、運びますよ‥‥っ!?」
水上と担架を持ち上げる甲斐。そのグローブの中の違和感に一人、愕然とした‥‥
病院までの護衛には軍の装甲車が伴った。これまでにない初めての事だった。
そして、症状の軽い者たちの為には、廃ビルを利用した簡易的な病床が作られた。作ったのは軍の工兵たちで、避難民の中でも元気な者がこれを手伝った。
「さぁ、仲間も薬も道具も来たわ! 今の私たちを止められるものなんてないわよ!」
弧木が張り切って各病床を回っていく。軍、ウォールブレイカー、そして救急隊。これまで遠い存在だった三者が近くに感じられた一日だった。
「変わってゆくものだ‥‥時代も、人も」
微笑を湛えた鮫島が呟く。彼自身の軍に対する絶望は、完全に払拭されたわけではないけれど‥‥
鮫島は、葛城の背を押した。
「君は残れ。我々は地下に潜るしかないが、君はキャンプで子供たちと生きていくがいい。もしかしたら、この地が君が望んだ世界の萌芽となるやもしれん」
振り返った葛城を残し、鮫島と、包帯だらけの神宮寺が去っていく。その背に向かい、葛城は深く、頭を下げ続けた‥‥