クルトの戦記 戦雲積乱アジア・オセアニア
種類 |
ショートEX
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担当 |
柏木雄馬
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芸能 |
3Lv以上
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獣人 |
1Lv以上
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難度 |
普通
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報酬 |
7.9万円
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参加人数 |
11人
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サポート |
0人
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期間 |
09/13〜09/17
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●本文
宰相の暗殺に失敗したザルツウェル侯ゲオルクは、王都周辺に展開した第4軍の追跡を逃れ、同調する一部貴族と共に反宰相の兵を挙げた。
侯爵領は北大河ソルメの中流域にあり、叛乱は王国を支える河川流通を停滞させる。にもかかわらず、人々に大きな混乱は見られなかった。戦力差は明らかで、すぐに鎮圧される事が明白だったからだ。
それよりも、暗殺未遂のどさくさに際し、アリアス姫クラリッサに続けてシンシア王女までも攫った『山の民』、『姫攫い(プリンセス・アブダクター)のクルト』(私の事だ‥‥)の話題で人々は沸き返っていた。宰相統治下にあって、娯楽に乏しく逼塞した日々を送っていた人々は、吟遊詩人が歌う『宰相を向こうに回して八面六臂の大活躍をする大盗賊・クルト(誰の事だ‥‥)』の物語に喝采を送る事で、宰相を揶揄し、その憂さを晴らしていた。
だが、すぐにそんな余裕は消し飛ぶ事となった。
ソルメニア王国北方、荒涼とした大地に広がる大国『カダフ』。
長い内戦に明け暮れていたはずのかの国が、突如、その矛先を王国へと向けたのだ──
──老クルト・エルスハイム、自らの人生を振り返りて記す──
懸念していた通り、イストリアへと到着したクルトたちを待っていたのは、巨大な政争の渦だった。
イストリアを始めとする旧南方同盟諸国の長たちは、自らの懐に飛び込んできた『王女』という切り札をどのように『活用』するか、連日、話し合いを続けていた。ある者は「王女を旗印に押したて、ザルツウェル侯に呼応して反宰相の軍を王都に進めよう」と訴え、ある者は「王女を宰相に引き渡して恩を売り、南方の発言力を高めるべきだ」と主張する。
そこにシンシアやクルトの意思などなかった。
シンシア王女とクルトの一行は、イストリアの城の奥深く、公爵家の者のみが出入りできる一角に『保護』されていた。部屋は広く、庭園に出る事も許されてはいたが、つまるところ『軟禁』だ。
「王宮から抜け出てみたものの、再びこうして籠の鳥‥‥ここでも私を私として見てくれる者はない」
日差しも温かな昼下がり。庭先で純白のテーブルに腰を掻け、頬杖をつきながら。物憂げに溜め息をつくシンシアに、クルトは「もう少し我慢してくれ」と頭を下げた。
「長居するつもりはない。ここを抜け出す算段もすぐに立てる」
「おい、クルト、責めている訳じゃないからな、勘違いするなよ?!」
慌てて腰を上げるシンシアに、「分かっている」と苦笑して‥‥
「帰ろう、グライブ山地に。俺たちの家族が待っているあの山に」
「クルト‥‥」
感極まり、涙目になって身を震わせるシンシア。今度はクルトが慌てる番だった。
クルトは、身近な知人で唯一『軟禁』されていないアリアス姫クラリッサに、イストリアから脱出する協力を頼んだ。
「私としては、王女殿下に反宰相の軍を率いていただき、その下で父の仇を討ちたかったのだがな‥‥」
話を聞き、複雑そうな表情を見せるクラリッサ。宰相に叛旗を翻した彼女の父、アリアス公リュースは古都アリアスの戦いで戦死。民は『国』を失っていた。
「だが、私は貴殿に幾度となく救われてきた。今こそ、これまでの恩を返す時なのだろう」
「‥‥すまない」
「なに、『友を助けるのに理由は要らない』のだろう?」
照れたように頬を染め、亡国の騎士姫が退室していく。クルトはずっと、その背に頭を下げ続けた。
クルトは、仲間たちと共に『脱出』の計画を練り始めた。時間はあまりなかった。上層部が方針を決定するまでに逃げ出さなければ、もう二度と機会はやってこないだろう。だが、いくら急いでも拙速では意味がない。バレてしまえば元も子もないのだから。
そうしてようやく目処を立てたクルトは、それを伝える為にシンシアに会いにいった。だが、そこでクルトが目にしたのは、力なく、呆然と、今にも倒れそうな顔色で佇むシンシアの姿だった。
「カダフが‥‥あの侵略者共がソルメニアに侵攻した‥‥クルト‥‥私は、どうしたらいい‥‥」
王家の血。それは王都から遠く離れたこの地にあっても、見えざる鎖となってシンシアを繋ぎ止めていた‥‥
●出演者およびスタッフ募集
以上がアニメ『クルトの戦記 戦雲積乱』の冒頭部分となります。
このアニメの制作に当たり、出演者とスタッフを募集します。
OPと設定を元に脚本を制作して下さい。
今回は『戦雲たなびくソルメニア』と『王女の決断』が話の軸となります。
●設定
『クルトの戦記』は、ファンタジー世界を舞台にしたアニメです。
山岳部族『山の民』でありながら、爵位を持つ貴族にまで上り詰めた英雄クルトの一代記です。
1.世界観
いわゆる普通の(?)、機械や銃などが登場しない剣と魔法のファンタジー世界。
ちょっと便利な人、程度の魔術師は珍しい存在ではないが、強力な魔術師は少ない。
2.ソルメニア王国
20年前、割拠する小国のことごとくを平らげて平原を統一した『剣王』が建てた国。
英雄『剣王』(NPC)も老いて、強力な魔術師である宰相(NPC)が国を思うがままに動かしている。
王都はイル・ソルメ。北大河ソルメの河口に位置し、北部国境から遠くはない。
現在、王国領、侯爵領、南方領と国力が三分。
第1軍‥‥王都守備を担当する重装騎兵と重装歩兵を中心とした軍。貴族の子弟が多い。
第2軍‥‥剣王の下で戦った歴戦の軍。軽装だが魔力付加された実質的な主力。指揮官はランベルク伯。
第3軍‥‥平原統一後に編成された新しい軍。第2軍と同じ装備を持つが、練度は一段落ちる。
第4軍‥‥『魔獣』と呼ばれる魔物を使役する邪道の軍。指揮官は『四団長フィーア』。
第5軍‥‥旧南方同盟諸国出身の兵を集めた北方守備部隊。カダフ軍と対峙するも一敗地に塗れる。
第6軍‥‥魔術師を多く配した実験部隊。中距離・長距離支援を得意とする術兵と壁役の兵からなる。
各兵力1万2千。
3.旧南方同盟諸国
『剣王』の統一最後の敵。降伏後、ソルメニア王国領として自治を認められている。
侯爵の叛乱を受け、現在は日和見中。
4.カダフ
荒涼とした国土を抱える北方の大国。ソルメニアの統一以前から平原を度々侵してきた。
30年前の侵攻で先々代の王を、20年前の逆侵攻で先代の王を、『剣王』との戦で失う。
以降、長期に渡る内乱状態だったが、先だって王太子派が国内を統一。
国力は疲弊しているが、物資を『現地からの徴収』する事でソルメニアに侵攻。
長い内乱を戦い抜いてきた軍は精強。
5.ゲオルク侯爵。
反宰相派の大貴族。シンシア王女の伯父にあたる。
『王国の為に』宰相暗殺を試みるも失敗。大商人レーナスの助けを得て脱出。
(ちなみにレーナスは王女誘拐犯を雇っていた罪を全て行商人アストルになすりつけた)
勢力は一番小さいが、重要な地の利を得ている。
●リプレイ本文
カダフ軍がソルメニア王国北領へと侵攻したとの報せを受け、王国北方の守備を担う第5軍は、直ちに全軍を召集し、ベリア平原に展開した。
そこは森林の多い北方にあって、大軍が展開できる数少ない土地の一つであり、過去、幾多の激戦が繰り返された場所でもある。街道の両側に『双子丘』と呼ばれる北側にせり出すような形の丘があり、北からの防衛に適した戦場で、30年前の侵攻の際には、かの『剣王』が敵王を討ち取ってもいる。
だが、続けて届けられた報告は、第5軍首脳部の予測を超えていた。
「馬鹿なっ!? カダフの全軍は4万を超えるだと!? 今、あの国にそんな力は無いはずだ!」
本陣を敷いた天幕の中で、第5軍を率いる将軍の怒声が響いた。
報告では、カダフは北方全面より侵攻し、ソルメニアの町や村々、集落から物資を強制的に徴発──略奪しながら南下して来ているらしい。
「本格的な侵攻ではないか‥‥なぜ今‥‥もうすぐ王都に帰れるというのに‥‥」
ぶつくさと呟き続ける将軍を視界の隅に納めつつ、副将のジークムント(CV:日向翔悟(fa4360))は心中で溜め息を吐いた。
この20年間、『剣王』から痛撃を受けたカダフの侵攻はなく、第5軍の将軍職も『箔を付けに』やってきた貴族の名誉職に成り下がっていた。カダフの内戦終結を受けて、新女王即位を機により実戦的な指揮官が赴任してくるはずだったのだが‥‥今、この時期に侵攻有るは、将軍だけでなく、ジークムントや兵にとっても不本意なものだった。
「‥‥で、どうしますか、将軍。敵兵力が予測より大きい以上、後退して援軍との合流を待ちますか?」
頬に刀傷を持つ厳つい顔から慎重に表情を消しながら、ジークムントが進言交じりに尋ねる。将軍は首を横に振った。
「いや、駄目だ。戦果もなく退くわけには‥‥それに、このまま退いては連中を勢い付かせるだけだ。
‥‥この敵本隊から突出した軽装騎兵8千、こいつを叩いて敵の気勢を削いでから後退しよう」
「‥‥分かりました」
どのみち追撃の可能性がある以上、放置する事は出来ない。ジークムントはそう自分を納得させて、この日、何度目かの溜め息をそっと心中で吐いた。
「大人しく徴発に従うなら命までは取らない。でも、逆らうというのなら‥‥この村の全員、先の村と同じ運命を辿るコトになるよ?」
村々から物資を強制的に『徴収』するに際し、カダフの女将軍レラージュ(CV:堕姫 ルキ(fa4852))は技法的な交渉など一切行わなかった。脅迫もせず、甘言も弄せず、ただ馬上から睥睨して淡々と『事実』を告げるだけ。
ソルメニアに入って最初の村で、カダフ軍は村を焼き払い、住民全てを惨殺した。そして、意図的にその情報を流させた。噂は風よりも早く広がり、カダフ軍の所業に恐怖した村人たちは抵抗の意志を挫かれ、カダフ軍の『徴発』は非常にスムーズに行われるようになっていた。
「わ、分かりました。村人たちの命だけは‥‥」
怯え、屈服した村長に、レラージュは薄い笑みを浮かべ、くすんだ金色の短髪を頂いた頭を巡らせた。
合図を受け、兵たちが家々に押し入っていく。レラージュは再び視線を村長へと戻した。
「さて、村長‥‥早速で悪いが、君たちにはこの村を出て行ってもらう。カダフの民が入植する際、残っていては君等も気まずいだろう?」
「そんな! 食べ物も無しに野にほっぽり出そうと言うのですか?!」
「今は初夏。冬のカダフに比べればどうという事もあるまい。‥‥それより急いだ方が良い。私はひどく気が短い」
冷淡な笑みを浮かべるレラージュを物凄い形相で睨み付け‥‥歯軋りをしながら村長が背を向ける。元より、彼等には従うより他に道はない。
去り行く村長の背を見つめながら、レラージュは懐に手を忍ばせた。取り出したのは古い短剣。装飾が過多で実用的ではないその短剣にレラージュは視線を落とし、一人ギュッと握り締める‥‥
「レラージュ様。敵軍がベリア平原に布陣しました」
腹心であり、股肱の臣でもある副将が報告してきた。カダフの軍は、ある程度の軍制が整ったソルメニアと違って、自前の兵力を率いる各諸侯が集まって構成されている。彼女の率いる8千名も、自領より率いてきた『彼女の』兵力だ。
レラージュは短剣を仕舞うと、長大な矛を手にして彼女の兵たちを振り返った。
「敵が出てきた。これより我々は進発し、これを撃滅する。父や仲間たちの無念、今こそ晴らすべき時だ。皆、気合いを入れていけ!」
突き上げた矛に兵が喊声で応える。レラージュは「前身!」と叫び、その手を前へと振り下ろした。
ベリア平原に陣を構える第5軍は、信じられないような光景を目の当たりにした。
街道の北側から、ほとんど荷を持たずに着の身着のままで歩いてくる人の群れ。それは各村々を焼き出されたソルメニアの民たちだった。
「避難民だと!? いつ敵が来るやも知れんというに‥‥!」
「‥‥ですが、将軍。追い返すわけにもいきますまい」
言いながら、ジークムントは嫌な予感を覚えていた。だが、その間にも避難民は増え続け、列を為して南下してくる。街道上の陣は意味を成さなくなり、街道を埋める人の群れは、いずれ第5軍撤退の足枷になるだろう‥‥
そこへ、レラージュ率いるカダフ先鋒軍、軽騎兵を中心とした8千の兵力が姿を現した。
北からではなく、南から。
「馬鹿な‥‥っ! 騎兵があの深い森を突破できるはずがない‥‥っ!」
将軍の驚愕は、全軍の驚愕でもあった。『双子丘』の南側はなだらかな斜面に過ぎず、騎兵の突撃を緩衝する程の効果を持たない。そして何より、避難民が邪魔で部隊はまともに動けない‥‥
「奴等は最早、烏合の衆に過ぎん。一気呵成に突き崩す。全軍突撃! 我に続けぇっ!」
ときの声を上げ、地響きを轟かせながら。横一線に矛を構えたカダフ騎兵が吶喊する。この時点でレラージュの勝利は決まっていた。
ベリア平原に王国第5軍がいるという事を避難民に知らせたのはカダフ軍だった。
『混乱した敵軍を避難民ごと討つ』。
それは20年前の『逆侵攻』の際、かの『剣王』がカダフ領内で行ったものだった。
第5軍、敗れる。
その報せは王都に衝撃をもたらした。
カダフの兵力は4万以上。20年ぶりとなる本格的な侵攻であり、そして、王都まで彼等を遮る戦力は無い。即応できるのは王都の第1軍と第2軍のみ。第3軍と第4軍はソルメ川上流のザルツウェル侯爵領へ向かう途上にあり、軍を返すにも時間が掛かる。第5軍が遅滞戦術も行えずに敗走した事は、王国上層部にとって痛恨事だった。
「しかし、なんとまぁ‥‥あの方もとことん貧乏くじを引かれるお人だ‥‥」
関係各所に矢継ぎ早に指示を飛ばす宰相イグニスを眺めながら、第2軍を率いるランベルク伯オーギュスト(CV:相沢 セナ(fa2478))は宰相の運の無さに苦笑した。
カダフの内乱が終結しそうだという情報は以前から入っていた。新たに掲げる旗印としてシンシア王女の即位を早め‥‥結果、ザルツウェル侯の叛乱を招き、最悪のタイミングでカダフに侵攻された。挙句、王女はクルトに連れ出され‥‥いや、もっともこの事に関しては、自分の予測も甘かったのだが‥‥
「‥‥? いかがされたか、宰相閣下?」
指示を終え、何か考え込むように眉をひそめる宰相にオーギュストは尋ねた。宰相はしばし逡巡してから口を開いた。
「今回の侵攻、随分とタイミングが良すぎると思わぬか? あのザルツウェル侯に限って、カダフに内通する事はありえん。そも私への暗殺未遂も偶発的な感が強かった。カダフにしても、大軍を動かす準備には時間が掛かる。叛乱、王女の失踪、侵攻‥‥その全てが偶然に一致したと?」
オーギュストがどう答えればいいのか迷っていると、宰相は苦笑した。
「いや、すまん。運の悪い自分への愚痴だと思ってくれ。ミルラあたりなら運命だとでも言いそうだが‥‥
さて、運命の話は放って置いて、現実に生きる我々は現実の話をするとしよう。
現状、第1軍は王都より動かせない。かといって援軍の到着する前に、王都に敵を臨むわけにもいかん。即ち、伯の第2軍には貧乏くじを引いて貰うことになる」
「『前進し、敵軍の足を鈍らせ、援軍到達までの時間を稼ぐこと。ただし、戦力はこれを最大限保持すべし』、でしょう? やれるだけはやってみせますよ」
「‥‥すまない。私は『剣王』陛下を連れて『搭』に行く」
ガチャリ、とオーギュストの甲冑が音を立てた。その目は驚愕に見開かれ、常の余裕など吹き飛んでいた。
「イグニス殿‥‥」
「仕方がない。我等には仰ぐべき旗印が存在しない。私にそのカリスマはない。意志なき陛下にも」
考え直すように説得しようとしたオーギュストは、宰相の表情を見て諦めた。あらゆる覚悟を決めた表情。ああ、そうだ。この方は20年前のあの時も‥‥
「後事はセイラムに託してある。親の不始末の尻拭いは不肖の息子の仕事というわけだ。貧乏くじだな、あれも。
第6軍は王女の元へ送る。伯も家族を南へ逃がすといい。‥‥本来なら、伯の第2軍を王女の元へやるのだが‥‥」
「気にしないで下さい。私は最後まで『剣王』閣下の剣です。
王女殿下は必ずやお戻りになられますよ。王として、ソルメニアの民の為に」
クルトは、闇の中にいた。
理由は分からない。前後の記憶が曖昧だ。だから、クルトはこれが夢であると確信した。
「こんにちは、クルトさん。おめでとうございます。旅の目的を一つ、果たされたのですね」
いつの間にか、メリッサ(CV:姫乃 舞(fa0634))が横にいた。クルトは苦笑した。なるほど。これは貴女の仕業か。
しかし、メリッサの表情は深く沈んでいた。いつものような‥‥クルトを優しく見守るような柔らかな微笑も無い。どうしたのか、と怪訝に思うクルト。メリッサは、暫し沈黙し、やがて搾り出すようにその口を開いた。
「やはり、星の導きは絶対なのでしょうか‥‥例え運命に逆らったとしても、形を変えて巡り巡ってくる‥‥
クルトさん。北の大国カダフがソルメニアに侵攻しました。王国の第5軍を敗走せしめ、王都に迫っています」
闇の中に映像が映った。剣と炎とに追われ、生まれ育った村を焼け出される人々。慌てて陣を敷こうとする兵と、逃げ惑う避難民‥‥それらを飲み込む、矛と馬の群れ‥‥
「恐らく王都は陥落するでしょう。カダフ軍4万を退けるだけの力を宰相は持っていません。支えを持たぬ人というものは弱いものです。反対に、たった一つの希望があれば人はずっと強くなれる‥‥」
何が言いたいんです? とクルトは問うた。嘘だ。分からぬふりをしているだけ。その選択がシンに過酷な運命を歩ませる事を知る故に──
クルトさん、とメリッサが呼びかけた。その姿が霞むように薄らいでいく‥‥
「運命の鎖からは逃れられないのなら。それすら誇りに変えてしまえば、強く生きられるのかもしれません‥‥」
闇が漂白されていく。何もかもがあやふやになる感覚と共に声は遠くなり‥‥
そしてクルトは目を覚ました。
王都より逃れ出でた行商人アストル(CV:藤井 和泉(fa3786))がクルトたちにもたらした情報は、概ねメリッサから知らされた内容と同じだった。
「カダフ軍は略奪を繰り返しながら王都へと迫っている。焼け出された人々は、命以外の何もかもを失って北領を彷徨い、傷つき、疲れ果て、やがて飢えて死んでいく。王都が陥ちれば、比べ物にならない悲劇が生まれるだろうね。そして、それはソルメ沿岸の諸都市や中原、そして、この南方へと‥‥」
それ以上は言わず、アストルは首を横に振った。
「‥‥っ」
シンシア王女(CV:星辰(fa3578))は、口を開きかけ‥‥結局、何も口にすることは出来なかった。自分は国を‥‥彼等国民を見捨てて我が身の自由を求めた者。いったい、何を言えるというのか‥‥
顔面を蒼白にし、唇を噛み締める。握った拳は微かに震えていた。
「シンシア殿下‥‥」
後ろに控える侍女のリディア(CV:咲夜(fa2997))が心配そうに、彼女の仕える主を見やる。だが、アストルは敢えて容赦をしなかった。
「このまま君がグライブ山地に行くという事は、国を、王位を、臣下を、国民を、そして、その血を、今は亡き家族をも。全て捨て去ると言う事だ。ああ、勿論、そうした君をクルトやその家族たちは全て分かった上で受け入れてくれるだろうね。そして、君がそうしたところで、この世の誰にも君を責める権利は無いよ」
特に僕にはね、と心中で呟くアストル。シンシアは黙ってテーブルの一点を見続けている。
王女の後ろからこちらを睨む侍女の目が怖い。ああ、そうさ。僕はとても酷いことをしている。だが、それでも──アストルは咳払いを一つして話を続ける。
「けれどそれは、これまで君が生きてきた全ての繋がりを失くすという事だ。それを全て捨て去れたとして‥‥そこにいるのは本当に、本当のシンシアだと言えるのかな」
そこまで言って立ち上がる。元より、彼女の決断を聞く権利など僕には無い。
「答えは君の胸の内にある。そして、決断できるのも君だけだ」
沈黙を背に歩き出す。庭園の入口でジッと立つクルトの横を通り過ぎざま、アストルは小さな声で呟いた。
「どちらの選択を選んだとしても、彼女は深い後悔と共に生きていくことになる‥‥クルト、シンシアの事をよろしく頼む」
クルトはチラとアストルに視線をやり‥‥何も言わずに頷いた。そんなクルトに苦笑を浮かべてアストルが去っていく。クルトは、黙ってシンシアの所まで歩いていった。故郷へ戻る準備は出来ていた。
「‥‥すまない、クルト。一晩だけ、考えさせてくれ‥‥」
沈むシンシア。クルトは黙って、シンシアの頭をポンと叩いた。
敗れ去った王国第5軍は、散り散りになって敗走していた。武器も鎧もうち棄てて逃げる様は、最早、傍らの避難民と変わらない。第5軍は戦闘力どころか、軍としての形すら失っていた。
そんな中、ジークムント率いる8百名程の集団は何とか軍としての体裁を保っていた。
カダフ軍の進撃路となる街道を避け、東へ‥‥ザルツウェル侯爵領方面へと落ち延びる。あわよくば敵先鋒を反乱軍まで誘引するつもりでいたが、さすがに引っかかりはしなかった。
「ふん。故郷から引き離され、こんな見ず知らずの土地で命辛々逃げ回る羽目になるとはな」
心中でそう吐き捨てる。口には出さない。指揮官は決して部下の前では愚痴らない。特にこんな状況では。
そんな彼等の足が止まった。前衛より警告。行く手より来る軍勢あり。
慌てて逃げ散ろうとする部下たちを、ジークムントは何とか押し留めた。いくらなんでも前方からカダフの軍勢が現れる事は無い。
「あの旗印は‥‥ザルツウェル家の紋章! 叛乱軍が何故こんな所に‥‥!」
ジークムントたちに気付いたザルツウェル侯爵の軍勢は、すぐに救援の手を差し伸べた。食糧を配り、負傷者の手当てをする。涙を流して貪り食う兵たちを横目に、ジークムントは侯爵の本陣へと乗り込んだ。
「救援には感謝いたします。ですが、なぜ叛乱軍がこんな所にいるのか、理由をお聞かせ願いたい」
本陣には多数の騎士がいたが、誰が侯爵かは一目で分かった。壮年にも関わらず、甲冑を着込んでなお力強く立つ男。かの『剣王』と共に幾多の戦場を駆けた騎士がそこにいた。
「このソルメニアは『剣王』陛下と共に血と汗で築き上げたもの。カダフの餓狼共に易々とくれてやる道理は無い。元々、我等はソルメニアに背いてはいない。君側の奸を除く為にこそ立ったのだ。その我等が故国の為に全力を尽くすのは当然の事!」
語る内に侯爵(CV:弥栄三十朗(fa1323) )の言葉に熱が入ってくる。それと共に周囲の騎士たちの熱気も上がっていく。ジークムントは首を振った。
「政治的なお話は結構。俺は一介の軍人です。どのような戦略的意図に基づいてここにいるのかをお聞かせ願いたい」
冷や水を浴びせられる格好になった騎士たちが無礼を咎める。侯爵は一瞬、鼻白んだが、すぐにその声を抑えさせた。
「我が軍はソルメニア、カダフ両軍の側面に位置している。そして、敵は補給に不安を抱えている。なれば我等は両軍が衝突する間に敵の側後背に回り込み、敵の補給を断ち、飢えた敵を叩くまで」
「なるほど。そうして漁夫の利を得るわけですか」
「宰相は文句を言わんだろうよ。我等は互いを利用する。すべてはカダフを追い出してからの話だ。
‥‥さて。それで君はそれを聞いてなんとするつもりかね? 侵略者共を追い出すのに協力してくれるのかね?」
騎士たちが物凄い形相でジークムントを睨み付ける。まったく、分かりやすい『お坊ちゃん』たちだ。
「我等に与えられた任務は北方の守備。カダフと戦うというのなら、味方は多い方がいいでしょう。協力しますよ。カダフの連中には意趣も返さねばならんしね。
ただし。我等はあくまでもカダフに対して共闘するだけです。宰相に対する叛乱に加担するつもりはありません」
それでも良い、と侯爵は頷いた。
アストルの去ったその日の夜。私室の寝台の上にちょこんと座ったシンシアは、この日、何十回目かの溜め息を吐いた。着替えの手伝いを終えて退室しようとしていたリディアが見かねて振り返る。
「殿下。あんな風来坊の行商人の言うことなんか、一々気にしなくてもいいんですからねっ!」
言いながらズカズカと歩み寄り、励ます様にその手を取る。侍女としてではなく、乳兄弟、従姉妹、そして、友人のリディアとして。
「悔いの無い選択なんてありはしません。皆、なにかを取り零しながら生きているんです。‥‥ですから、殿下は今、一番良いと思う道を選んで下さい。例え殿下がどのような決断をなされようと、私はどこまでもお供します。ええ、例え火の中、水の中、という奴です」
えへん、といった表情で、どん、と自分の胸を叩くリディア。シンシアは慌てて顔を上げた。
「駄目だ、危険すぎる! そんな所にリディアを連れては行けない。私の選択に巻き込むなんて、そんな事は耐えられない!」
リディアはパチクリと目を瞬かせた。まだシンシア本人は気付いていない。彼女が既に選択を済ませている事に。
苦笑混じりの嘆息を一つ。リディアはシンシアに歩み寄ると、その頭を胸に抱きしめた。
「私が好きで巻き込まれているんです。元々、命など殿下の為ならばいつでも捨てる覚悟ではありましたが‥‥そうですね。クルト様に王都で救われてから、欲が出たみたいです。これからもシンシア様とクルト様のお側にいさせて下さい。‥‥まあ、クルト様は、私のイメージとはかけ離れた無骨な方でしたけど」
初めてクルトを見た時の事を思い出してリディアが笑う。シンシアはムスッとした顔でリディアを見上げた。
「いや、確かにクルトは芝居役者のように端整な顔立ちなどしておらんが‥‥何処に出しても恥ずかしくない男だぞ?」
「はい。殿下を託すに足るお方です」
「なっ、なにをいっているっ!?」
「何も言っていませんよぉ?」
にっこりと笑ってやるリディア。シンシアは慌てて視線を逸らした。
翌朝。
イストリア公ロイドは、カダフによる侵略に対し直ちに援軍を派遣するよう旧南方同盟の諸領に提案し、受け入れられた。どのような形になるにせよ、同盟の存在感を示す必要があるし、北河が敗れた後、あの貪欲な国が中原や南方に食指を伸ばしてくるであろう事は容易に想像がつく。で、あれば、いち早く北河の軍と合流し、侵略者共を追い払うべきだった。
リアサンティスの野に集結していた部隊に先発するよう命令が発せられた。旧同盟各領からも、準備を終えた兵が随時、合流地点を目指して進発する。
何かと忙しくなった公爵の元を、シンシアはクルトを伴って訪れた。時間を割き、執務室へと招き入れる公爵。シンシアは小さく深呼吸を二回して、一度クルトを振り返ってからイストリア公ロイドに正対した。
「イストリア公、本来ならばこのような事を私が言えた義理ではないのだが‥‥私、シンシア・コルネリア・フォン・ソルメイアは、ソルメニアの王女として全軍を率いる用意がある」
シンシア王女を総大将とした旧南方同盟による援軍が王都に派遣されるという事は、その日の内に発表された。
『大盗賊クルト』に攫われた王女は、祖国の危機にクルトを説得。王女の熱い思いに打たれたクルトは忠誠を誓い、新たな忠臣を得た王女がイストリアへと現れる──それが、吟遊詩人たちがまことしやかに歌う『王女と山の民』の最新作となった。
「やっぱり、こういう事になってしまったか‥‥」
王都よりクルトや王女を運んで来たイストリア海軍の私掠船『海を走る焔』号の船長エフレイア(CV:響 愛華(fa3853))は苦々しげに呟いた。
クルトや王女たちと海上で長い時間を共に過ごした身だ。彼等を『コマ』としてしか見れない旧南方同盟の長たちには言いたい事は山ほどあるが、イストリアの海軍騎士たる我が身を鑑みれば言うべき立場でもなし‥‥何より、自分自身がその『コマ』の一つでもある。
「ふん。海に出てしまえば自由だがな」
呟き、少し愉快になって、エフレイアは愛する船を眺めやる。商船に偽装していた以前と違い、完全武装だ。エフレイアは命令がある前に既に臨戦態勢を終えていた。カダフによる侵攻を聞いた時から、こうなる事は予測済みだ。この期に及んで日和見を続けても意味は無い。今、彼女の誇る『海を走る焔』号のマストには、本来の、エフレイアの髪と同じ緋色の帆が畳まれている。
出港準備が終了した事を副官が報告してきた。エフレイアは百戦錬磨の水兵たちに敬礼を返して桟橋へと向かう。そこに彼女の船の『客』が来るはずだった。
「なんだ。グダグダしているようだったら、いつぞやのように頬に一発張ってやるつもりだったのに」
クルトたちには、もう迷いは見られなかった。彼等はまるで澄み切った冬の朝のような透明感のある表情でエフレイアを見返していた。
「‥‥その表情は諦観ではないだろうな?」
人は運命に流されるべきではない。運命とは自らの力で切り拓いていくべきものだ。
「迷わないと、決めたんだ」
シンシアが答える。目を逸らさない。上等だ。エフレイアは頷いた。
「いいでしょう、殿下。私が、『海を走る焔』が貴方達の足となります。全軍の合流地点まで、馬より早くお届けしましょう」
合流地点にて、彼等はアリアス姫クラリッサが率いる1千の兵と合流する事になっていた。アリアスから逃れてきた兵たちと志願兵からなる部隊で、シンシアは彼等を直属する事になっていた。実際に指揮を取るのはクラリッサだが、彼女はクルトを副官として配属する事を望んでおり、クルトを『親衛隊長』とするシンシアとの激しい綱引きが予想された‥‥
渡し板に足をかけたところで、クルトは後ろを振り返った。当然のようについて来ようとする山の民の女商人二人、カナン(CV:大曽根カノン(fa1431))とレン(CV:夕波綾佳(fa4643))がきょとんとした顔でクルトを見た。
本当にいいんですか? と尋ねるクルトに二人は顔を見合わせた。
「なんですか唐突に。ここまで来たんですから、最後までクルトさんの運命を見届けます」
「そうです。それに、私がいなかったら誰がクルトさんの怪我を治すんですか?」
薬師でもあるレンは、背嚢に出来うる限りの各種薬草を詰め込んでいた。外套の内ポケットには調合済みの薬が種類別にこれでもかと詰め込まれている。
「これから戦場に出るというのなら、薬師はいくらでも必要になるはずです。特に、クルトさんとか、クルトさんとか、クルトさんとか。毎回、毎回、怪我ばっかりして、危なっかしくて目が放せません」
それに‥‥と呟いて、レンはチラリとカナンを見た。顔をほんのり赤くしながらクルトを直視できないカナン。そして、この場にいない、クルトの前では妙に素直になるクラリッサを思い出す。そして、こちらをチラチラと気にしながら、視線が合うと慌ててサッと顔を背けるシンシアを眺め‥‥すぐ側に控えるリディアと目が合った。
リディアとレン。相通じるものを感じた二人がにんまりと笑う。
「ともかく、そういう事なので、カナンさんと二人、同行させていただきますので!」
ポンとカナンの背中を叩き、レンはさっさと船へと渡る。苦笑するクルトと目が合って、カナンは小さく心臓を跳ね上げた。
(「これはまさか‥‥恋というやつなのでしょうか‥‥?」)
自分自身の思いつきに、カナンは愕然‥‥とはせず、呆然とした。最初に会った時は、危なっかしい弟みたいな存在で‥‥その認識は一緒に旅を続けるうちに少しずつ変わっていって‥‥でも、みんなエタ島の妖花の媚香による錯覚だと思っていた。けれども心臓の鼓動は治まらなくて‥‥
そして、今、気付いてしまった。彼が運命の荒波へと乗り出すこの時に。
(「言ってはいけない。表に出すべきではない」)
少なくとも、彼の運命が成就するその時まで。
その決意はカナンの胸を少なからず締め付けたが、自分が彼の重荷になる事には耐えられなかった。
(「自分が出来うるだけの協力をクルトさんに。それがきっと、運命の渦に捕らわれた私の運命」)
迷っている時には一緒に迷い、戦う時には共に戦う。それがきっと、今の私に出来る事。
「なんだ。今までと変わらないじゃない」
自分で呟いた言葉が可笑しくて、カナンは笑った。なんてことだ。自分はきっと、ずっと前から恋に落ちていた。
突然笑い出したカナンにクルトが振り返る。カナンは、平静にクルトの顔を見返して‥‥
「これからもよろしくお願いしますね、クルトさん」
そう告げた。
船上。波を蹴立てて進む舳先に臨み、シンシアがクルトを呼びかけた。
「本当ならグライブ山地に戻りたかった。ただの一人のシンとして‥‥
だけど、今、シンシアとしてボクには為せる事がある。そしてそれは王女としてではなく、あの山に心を根ざす大地の子シンシアとしての望みでもある」
行く手の海を見続けていたシンシアが振り返る。その顔は王女のそれだった。
「すまない、クルト。ボクはもう暫くシンには戻れない。
リディアにも謝っておく。私は伯父上を‥‥君の父上を押し退け、宰相をも引き落とし、母国に少々の悪をなしてカダフに負けぬ善を為す。
二人とも、敢えて頼む。力を貸してくれ。今までと同じ繰り返しを繰り返さぬ為に」
リディアが膝をついて頭を垂れる。クルトもそれに倣った。
「でも‥‥私が本当に挫けそうになった時は‥‥二人の前だけだ。ほんの少しだけでいい。ちょっぴり本当のボクに戻る事を許してくれ」
震えるシンシアに、二人が歩み寄る。クルトはポンと、頭に手を乗せてやった。
全き闇の中。
膝を抱えて一人歌うメリッサ。そのすぐ側に、彼女と全く同じ顔をした女が現れた。メリッサにミルラと呼ばれた女は、面白そうに唇を歪めて告げた。
「宰相が搭に向かった。奴は決断したぞ」
静かに哄笑するミルラを余所に、メリッサは静かに目を閉じた。
「この地に真の平穏が訪れますように‥‥」
祈るように、呟いた。