鷹司 捕らわれの若葉アジア・オセアニア

種類 ショート
担当 柏木雄馬
芸能 1Lv以上
獣人 5Lv以上
難度 やや難
報酬 24.6万円
参加人数 8人
サポート 0人
期間 09/21〜09/25

●本文

●対『蟻蜂』、『虎柄狼』戦終了── ある『青年』の──
 森は立ち並んだ木々で視界が悪く、長雨にぬかるんだ地面はグズグズだった。木立の間を縫って軽快に飛ぶNW──それも複数──を相手に、負傷者を抱えての逃避行は困難と判断した獣人たちは、所在の分からぬ『虎柄狼』の到着前に『蟻蜂』殲滅する事にした。
 『蟻蜂』を短時間で殲滅できる実力を伴う場合、それは正しい判断だ。どうやらここには場馴れした獣人達が集まっているらしい。噂では『訓練キャンプ』だと聞いたのだが‥‥それとも何か他に理由があるのだろうか──?
 ともかく、その力を持った獣人達を相手に『蟻蜂』は健闘した。例えレベルの低いNWでも、やり様によっては十分、実力者たちを相手に出来そうだ。
 惜しむらくは、『虎柄狼』の到着時間がこちらの予測の最悪(確率にするなら36分の1くらいか?)を極めた事か。『蟻蜂』が役目を果たしていただけに残念だ。まだまだ改善の余地がある。予定通り全滅してくれた事だけが唯一の──

「‥‥いつから鷹司キャンプは実戦訓練もメニューに加わったんですかねぇ」
 談笑する訓練参加者の言葉に、『青年』は耳を疑った。鷹司──確かにそう聞こえた。
(「鷹司、だと!? いるのか、『あの男』が、ここに?!」)
 予想もしていなかった名前に『青年』の動きが凍りついた。汗が噴き出し、心臓が早鐘のように脈動する。ギリ‥‥と鳴る奥歯。口から憎悪が溢れ出しそうだ。
(「落ち着け‥‥まだそうと決まったわけじゃない。そうさ。あの腑抜けがこんな所にいるわけが‥‥」)
 そこへ再編を終えた『援軍』と『回復役』たちが遅まきながら到着する。
 『青年』の心臓が跳ねた。もし『あの男』がいたら、自分は殴りかからずにいられるだろうか‥‥?
「みんな、大丈夫? 殲滅ですってね、凄いじゃない‥‥って、見事に怪我人だらけね‥‥後で包帯の勲章をあげるわ。で、連絡のあった負傷者たちはどこ?」
 女の声。それはとても懐かしい、聞き慣れた響きの声で‥‥『青年』は思わず振り返ってしまった。
 こちらに向かいかけていた回復役の──藤森若葉の脚がピタリと止まる。その目が驚愕に見開かれた。
「‥‥勇樹‥‥? 勇樹、なの?! あなた、どうしてこんな所に‥‥今までどこに‥‥!」
「若葉か‥‥っ!?」
 漏れる声。その瞬間、涙目で震えていた若葉がギンッと『青年』──勇樹を睨みつけた。
「このっ‥‥一体、どれだけ心配したと思っているのっ?!」
 叩きつけるように叫びながら、ズンズンと若葉が向かってくる。
 ああ、畜生、『確定』だ。若葉がいるという事は、鷹司はやはりあの鷹司という事で‥‥駄目だ。今は戦力が足りない。手持ちのNWは全て、獣人達への『試練』に使ってしまった‥‥
 『NWTシャツ』を着た『青年』・勇樹は、一瞬で若葉の懐に入り込むと、その腹部に当身を喰らわした。突然の事に驚愕し、崩れ落ちる若葉。勇樹はそれを肩で受け止めると、そのまま担ぎ上げ、翼を翻して大空高く舞い上がった。


 DSらしき獣人に若葉が攫われたという報告は、すぐに山荘で臥せる鷹司英二郎の元に届けられた。
「すみません‥‥行軍訓練とNW戦の直後で皆、消耗が激しく‥‥」
 振り切られた。
 ろくに着替えもせずに現場へと飛び出した鷹司を待っていたのは、激しい追跡行の後、若葉を抱えたDSが『瞬間転移』で森から消えたという報告だった。
 謝り続ける訓練スタッフに頭を上げさせ、当時の状況を説明させる。なぜ若葉を攫う必要があるのか分からなかった。
「そう言えば‥‥若葉さん、そのDSの事を知っているような感じでしたよ?」
 小首を傾げるスタッフに、鷹司はその『青年』について詳しく話すように言った。

 若葉が見つかったのは、それから1週間後の事だった。
 それまであちこちを点々と指し示していた『サーチペンデュラム』が、訓練キャンプ周辺の山中を指して止まったのだ。
 病床から飛び出そうとする鷹司を、知人である壮年の男が押し戻す。 雨中、熱があるにも関わらず若葉の探索を強行した鷹司は無理が祟って肺炎になりかけ、数日前に倒れていた。
「無理をするな。攫われたスタッフは俺たちが救い出す」
 壮年の男は人手を掻き集めると、若葉探索の為に山中へと送り込んだ。
 鷹司は一人、病床で考え続けていた。だが、熱の為か何も考えは纏まらなかった。

 1時間後。山荘の駐車場に設けられた捜索隊本部の壮年の男の元に、若葉発見の一報が届けられた。
 同時に、若葉を拘束するNWの存在も。それを伝える無線機の声は、驚きに満ちていた。
「あれは‥‥NW、なのか‥‥?」
 とある山頂にある造成途中で放棄された展望台。そのベンチに座らされた若葉に意識はなく‥‥ねっとりとした粘体状の何かがべったりと彼女の身体に巻きついて、ベンチにまで張り付いている。
 青い半透明な粘体の中には、小さなコアが輝いていた。

●PL情報
1.状況と目的
 DSと思しき『青年』に攫われた若葉が発見されました。
 PCたちは、壮年の男に雇われた探索班となります。
 目的は、『藤森若葉の救出』が第1、『粘体性NWの殲滅』が第2となります。

2.戦場
 キャンプ近くのとある山頂にある造成途中で放棄された展望台です。
 中央に背中合わせのベンチがあり、壁のない4本柱の屋根が雨避けについています。
 その周囲20mはグルリと何もなく、造成途中であったためか、地面は踝の深さまで沼の様です。

3.『粘体性NW』
 外見等は本文中の通りで、その詳細は不明です。
 若葉に密着するように張り付いています。

4.制限
 人目につかない山深く、です。獣化や装備に制限はありません。
 ただし、『山奥』という現場に持ち込めないようなものは認められません。

5.NPC
a.鷹司英二郎
 56歳の訓練教官。高LVの鷹獣人だが、夏風邪をこじらせた為、戦闘能力は半減以下。

b.藤森若葉
 28歳の訓練スタッフ。回復役の他、掃除・洗濯・調理等も務める元モデルの一角獣人。

c.壮年の男
 怪我をして引退した鷹司の知人。外見はゴツいオヤジだが、一角獣の獣人。

d.『青年』
 鷹司キャンプにNWをけしかけるDSと思しき青年。詳細は不明。

●今回の参加者

 fa1674 飛呂氏(39歳・♂・竜)
 fa2002 森里時雨(18歳・♂・狼)
 fa2539 マリアーノ・ファリアス(11歳・♂・猿)
 fa3014 ジョニー・マッスルマン(26歳・♂・一角獣)
 fa3800 パトリシア(14歳・♀・狼)
 fa4554 叢雲 颯雪(14歳・♀・豹)
 fa4773 スラッジ(22歳・♂・蛇)
 fa5003 角倉・雪恋(22歳・♀・豹)

●リプレイ本文

「うん。だからね、この辺を見て回って、何か見慣れないものを見かけたらマリスに伝えて欲しいんだ‥‥」
 木の上から聞こえてきたその声に、森里時雨(fa2002)はふと足を止めた。
 パタパタと飛んでいく数羽の小鳥。見上げると、マリアーノ・ファリアス(fa2539)が空に向け手を振っている。
「何やってんだ、マリス?」
 森里の声に、枝の上のマリスが振り返る。何かが上手くいったのか、その顔は笑顔だった。
「あ、時雨さん。『異種獣話』で、小鳥たちに周辺の偵察を頼んでいたんだよ」
 ああ、と納得する森里。獣人たちは皆、DSや別のNWの伏撃を警戒していた。この戦場は森からの狙撃や粘体型NWによる泥中伏撃に適している。
「もっとも、この一件自体が囮のような気もするのだが‥‥」
 森里たちから少し離れた沼の縁。戦場を見渡しながら、飛呂氏(fa1674)が唸った。今それを言っても仕方が無い、とスラッジ(fa4773)が首を振る。
「今は若葉の救出が最優先だ。‥‥だが、そうだな‥‥一応、山荘の連中にも警戒を促しておくか」
 無線機を探してスラッジが離れていく。飛呂氏は無言で、広がる泥の『沼地』をじっと見やり続けた‥‥
「‥‥それより、時雨さんこそ、その格好は何なのさ?」
 きょとんとした顔でマリスが森里に問い返した。森里は、山荘の物置にあったロープや金具、ベニヤ板まで引っ張り出して持って来ていた。
「ん‥‥ゴンドラというか、空中に足場を作ろうと思ってな。『地壁走動』持ちならそのまま渡れるだろうし、若葉さんの後送にも便利だろうし‥‥
 あ、ちょうどいいや。マリス、ちょっとこのロープの端、そこの枝に結んでくれ。結び方は分かるよな?」
 そうして簡素なゴンドラを作り始める森里たち。そうこうしている内に、周辺の見回りを済ませた女性陣たちが帰ってきた。
「森里さん」
「おお、パティか」
 パトリシア(fa3800)が小走りで駆け寄り、借りていた『Night−War』を森里に返した。『Night−War』は周囲50m内に存在するNWに反応するオーパーツだ。
「外周部に反応はありませんでした」
「そっか。ご苦労さん」
「そっ、それでですねっ! この前の指輪のお返しにこちらなどを‥‥!」
 パトリシアが差し出したのは、純白も眩しい『必勝鉢巻』だった。作業で手の汚れた森里に代わってパトリシアが頭に巻いてやると、マリスがそれを「ヒューヒュー」と茶化し出す。
 叢雲 颯雪(fa4554)と角倉・雪恋(fa5003)の二人は、捕らわれた若葉を見つめていた。
「若葉さんを攫うなんて赦せない‥‥絶対に救出しないと‥‥」
「そうだな。あんのクソDSめ。『俺の』若葉さんに何してくれて‥‥って、ちょ、パ、パティさん? く、くび‥‥息‥‥っ!?」
 森里の言葉は最後まで続かなかった。鉢巻はいつの間にか首にあり、にこやかに青筋立てたパトリシアが、こうキュッと締め上げている。
「ひゅ、ひゅーひゅー?」
 茶化すマリスの声も疑問形。どちらかといえば森里の呼吸音がそんな感じになっていた。
 そんな彼等を生温かい視線で見守りつつ、角倉は若葉へと視線を戻した。
「そうね。教官もまた倒れるまで無理しちゃって‥‥もっと自分を大事にしなきゃね」
 聞こえてきた『教官』という単語に、叢雲がビクリと身体を震わせた。そして、心配そうに顔を俯ける。
 幼い頃に父と別れ、その記憶が殆ど無い叢雲は、鷹司に父の面影を重ねていた。父親と教官という立場の違いはあるにしろ、父という存在はこういうような人なのかなぁ、と朧気に思ったりもする。不謹慎だけど、今回若葉さんを救出してもしも「偉いぞ」なんて頭を撫でられたりしたら‥‥うわどうしよう頼んだらホントに褒めてくれるかもっていやいやいやさすがにそれは恥ずかしすぎて言えないだろうよ何支離滅裂な事言ってるかな自分、でももしだ、だ、だっこまでしてくれちゃったりしたりしたら‥‥
 完全に思考が子供に返る叢雲。その横で、角倉は一人うんうんと頷いていた。
「私のカンだと、若葉ちゃんはきっと教官に密かな恋をしてるわね!(適当)」
「えっ!?」
「それで、教官と若葉さんとあの『青年』、三人は三角関係なのよっ!(超適当)」
「えええっ!?」
 自信満々に語る角倉に、叢雲がガクリと膝をつく。「そんな、教官、信じていたのに‥‥」などと勝手に一人で盛り上がる。
「‥‥で、その三角関係、鷹司教官は『攻め』ですか? 『受け』ですか?」
 熱い眼差しで会話に加わるパトリシア。何かがずれている気がするが、そんな事より森里の顔色が大変だ。「死んじゃう! 死んじゃうよ!?」と慌てるマリス。森里本人はどこか幸せそうみ見えるのが冗談抜きでマジやばい。
「‥‥あんたたちは一体、何をしているんだ?」
 呆れたようにスラッジが溜め息を吐く。飛呂氏は豪快に笑い飛ばした。

 一行はまず、マリスが『灰代傀儡』で作り出した囮を向かわせる事にした。
 ふわふわと泥地の上を漂うように進む傀儡。それを角倉とジョニー・マッスルマン(fa3014)の二人が固唾を呑んで見守っている。
「がんばれ‥‥がんばれ‥‥っ! マリス君人形‥‥っ!」
「Go Boy! Move、Move、Move!」
 手に汗握り、前進するマリス君(偽)に声援を送る二人。残り15m程の距離に達した頃だろうか。NWが突然、傀儡に向かって何か液状のモノを吐き出した。直撃。傀儡はジュッという音と共に一握の灰となって空に散った。
「刺激臭‥‥やっぱり酸を吐くみたいですね」
 がっくりと落ち込む角倉とジョニーを横目にパトリシアが言った。
「‥‥伏撃、ありませんでしたね。いないんスかね?」
「分からん。だが、敢えてスルーしたのかもしれない」
「なら、『煙幕』はそっちに取っておいた方がいいスかね」
 救出作戦の詳細を詰めていく森里とスラッジ。その後ろで、ジョニーと角倉が立ち上がった。
「なれば、最早突撃あるのみ! その場のノリと勢いで別れたチームDE! 包囲陣型のまま突撃するZE!」
「そうよ! マリス君(偽)の仇討ちよ!」

 数分後には、獣人たちは攻撃態勢を整えていた。
 攻撃は全周から。飛行できる獣人がいない以上、出来うる限りの速度で歩み寄り、若葉からNWを引っぺがして救出、敵を撃滅する。
 再び作り出した傀儡を先頭に、一斉に泥地へと足を踏み入れる獣人たち。泥の深さは踝を越える程度だったが、足に纏わりて酷く重い。
「クソッ、こんなの子供の頃のザリガニ捕り以来だぜ」
 森里が悪態を吐く。その肩には束ねたワイヤーロープ。すぐ後ろを、ダークマントに身を包んだパトリシアが続く。
「気をつけろ! どんな卑劣な罠が待ち構えてるとも知れんぞ!」
 飛呂氏が叫ぶ。彼は皆から一歩下がって泥中からの奇襲を警戒していた。すぐに間に入れるように位置を取っている。
 そのすぐ横には銃手の叢雲と角倉。だが、若葉にも危害が及ぶので銃撃は出来ず、故に、二人とも前線へと突っ込むしかない。
「突撃、頑張れ、男の子! 大丈夫、例え若葉さんが酸で裸になってても、今は見るのを許可するから!」
 前を行く者たちをけしかける様に叫ぶ角倉。マリスと森里が漫画みたいに鼻血を吹く。にっこり笑ってティッシュを差し出すパトリシアの目が怖い。
 先頭を行く囮の傀儡に、NWの酸が命中した。ジュッ、と音を立てて消え去る灰人形。その横をジョニーが怯む事無く突進する。
「HAHAHA‥‥! 伏兵やSniperがいようがイマイがNo Problem! 迷わず往くZE、往けば分かるSA! Gung ho! Gung ho! Gung ho!」
 筋骨逞しい身体で泥を蹴散らし、白く輝く歯を笑顔に光らせて。スカイスピアを振りかざしながらジョニーが突き進む。
 そこへ再び放たれる酸の一撃。狙いの外れた一撃目は無視した。二撃目は避けられなかった。
 嫌な刺激臭と共に防弾チョッキが酸に反応する。ジョニーは慌ててそれを脱ぎ捨てた。
 その間に他の獣人たちが泥の足枷を振り払いつつ前進する。
「射程内!」
 泥に濡れるのも構わずに、角倉が膝射の姿勢を取った。銃を両手で保持して照準、発砲。撃ち込まれた『封魔の弾丸』は何者も傷つけない。ただ、上手くいけばNWの動きを阻害する。
 命中の瞬間、NWがその身を震わせた。固唾を呑んで見守る角倉。NWの動きが少し鈍くなっていた。

 最初にコンクリの足場に到達したのはスラッジだった。
 スラッジは蛇獣人であり、下半身全体を使って進めるスラッジは、他者より少し有利だった。
「待ってろ、今すぐ引き離してやるからな!」
 気絶している若葉に叫ぶスラッジ。『凍霧氷牙』を纏った牙に、吐息がキラキラと輝いた。
 続けて『上陸』したのは森里とパトリシアのコンビだった。
「パティ!」
「はい!」
 森里が投げてよこしたロープの束を受け取り、パトリシアが『地壁走動』で東屋の柱を駆け上る。森の木との間にロープを渡して『空中回廊』を完成させる為だ。
 さらに続けてマリスと飛呂氏。二人は直接NWとは対峙せず、周辺から狙撃を警戒する。
「若い衆は皆優秀だ。こちらでは年寄りの出番などないとは思うが」
 十握剣を構えてうそぶく飛呂氏。極めて高い実力を持つ竜獣人の武術家は、その能力を来るかもしれぬDS相手に向けていた。

 突っ込んできたスラッジに向け、NWは身体の一部を触手状に伸ばして絡ませてきた。
 スラッジはそれを避けずに、逆にその身を突っ込ませた。グネグネと柔らかい粘体がスラッジに纏わり付く。構わず、スラッジは氷の牙をNWの身に突き立てた。ぐにゃりとした嫌な感触。その傷口がパキパキと凍り始める。
「よし、このまま俺に絡みつていろ。若葉から引き剥がしてやる!」
 噛み付き、絡み付かれたまま、スラッジが後ろに下がろうとする。その瞬間、NWの身体がピカピカと明滅したかと思うと、スラッジの身体を電撃が駆け抜けた。
「‥‥!」
 ガクリ、と身体中から力が抜ける。気絶こそしなかったものの、身体が痺れて思うように動かない。焦げる様な嫌な臭い。酸が防弾チョッキを焼いていた。
「む、いかん!」
 駆け寄った飛呂氏が、十握剣で伸びた触手を斬り飛ばす。たたらを踏むスラッジの身体を支え、触手の届かぬ所へ跳び退さる。
 ぷるるん、と震えて元の姿勢へと戻ろうとするNW。そこへロープを張り終えた森里がパトリシアの援護を受けて突っ込んだ。
「合唱するぞ、パティ!」
 森里が叫ぶ。パトリシアはそれを連携攻撃の合図だと思ったが、森里は本当に歌い出した。
「鷹司キャンプの、朝はっ、早いっ♪ 年寄りだからっ、朝がっ、早いっ♪」
 陽気に、だがどこか吐き捨てるように歌う森里。ふざけた歌でも囀っていなければ、沸き上がる怒りに我を忘れてしまいそうになる。
 スラッジと同様、森里も凍った牙で襲い掛かった。コアの近くにかぶり付き、その牙を深く沈める。だが、氷はコアまで届かず、森里は一旦下がり、襲い掛かる触手を振り払ってもう一度喰らいついた。NWは、その一撃にも奇跡的に耐え抜いた。
 その側面に、最後に到着した叢雲が回り込んだ。構えた拳。その鉤爪にはバチバチと雷が纏っている。
「若葉さん、ごめんっ!」
 謝りながら、拳をNWに突き入れる。ビクンッとその身を震わせるNW。その力が一瞬、緩んだ。
「今だっ!」
 ボロボロになりながら、スラッジと森里が若葉を引っ張り出しにかかる。NWは若葉を放すまいとその身を伸ばし‥‥そこへ飛呂氏走り込む。
「前方、射界を空けろ!」
 ギリギリまで近づき、光の奔流を吐き出す飛呂氏。『波光神息』。熱エネルギーを伴わないその一撃は、上手くNWだけを攻撃範囲に捉え‥‥いい加減、耐え切れなくなったNWを地に落とした。
 若葉は完全に自由になっていた。
「やった!」
 歓声をあげ、角倉が45口径弾を叩き込む。NWの身体が弾け、飛沫が飛び散る。
 森里とスラッジは、助け出した藤森をゴンドラへと運び出した。若葉は未だ意識を取り戻さないものの、傷一つなく、衰弱も軽いようだった。スラッジは若葉に飲ませる筈だった薬を自ら呷ると、若葉にマントをかけてゴンドラへと寝かしてやった。
「いいか。中頃でこいつを使うんだ。まだ襲撃があるかもしれないからな」
 森里がゴンドラの護衛に付くマリスとジョニーに煙幕用のミストボールを手渡した。そうして進路上の泥中をRーRAYで薙ぎ払う。最後まで油断するつもりはなかった。
 よし、行けっ! と二人の背をバンと叩いて送り出す。背後の戦場から、パトリシアの歌声が聞こえ始めていた。

 『天界からの声』にパトリシアの歌が乗る。
 戦場に流れる歌。だが、それは、勇ましい行進曲でもアップテンポなロックでもなく、ましてや、憶えているかと問いかけるアイドルの歌でもない。
 どこか物悲しい、哀切な曲調。切々と奏でられるその歌の名は『ダニー・ボーイ』。戦地に赴いた息子を思う親の心情を歌ったアイルランド民謡だ。
 心震わせる歌声が風に乗って響き渡る。『天界からの声』を通したそれは、染み入るようにNWの身を蝕む。フルフルと震え、のた打ち回るように床面を移動しながら‥‥やがて、NWは静かに動かなくなり、水たまりのように広がっていく。
 やがてコンクリの床に残されるコア。歌に合わせる様にゆっくりと‥‥角倉は静かにその引鉄を引いた。

 結局、最後まで伏撃はなかった。
 それは、こちらには最低限の戦力を配したという事であり、主力はどこか別の戦場に投入される、という事を意味していた。
 だが、とりあえずは関係ない話だ。獣人たちは見事、藤森若葉を助け出し、NWを撃滅した。
「うぅ‥‥おじさん‥‥勇樹が‥‥勇樹は‥‥」
 未だ意識を取り戻さぬ若葉が、うなされる様に呟き続けていた‥‥