流血の鷹司キャンプアジア・オセアニア

種類 ショート
担当 柏木雄馬
芸能 1Lv以上
獣人 7Lv以上
難度 難しい
報酬 60.3万円
参加人数 8人
サポート 0人
期間 10/03〜10/07

●本文

●『青年』
 山頂の展望台で、粘体型NWに捕らわれた藤森若葉の救出戦が開始された頃。
 事件の黒幕たるDSと思しき『青年』は、山荘を臨む森の中、木の枝の上にいた。彼の『標的』──鷹司英二郎の動きを監視し、襲撃の機会を得る為だ。
 獣人たちを山頂に誘き出し、その隙に『本命』で以って鷹司英二郎を倒す──それが『青年』の立てた計画だった。午前中は全て予定通りに事が運んだ。だが、いつまで経っても肝心の鷹司英二郎が出てこない。
「何故出てこない‥‥っ! 若葉がNWに捕らわれているんだぞ‥‥!? そこまで腑抜けになったのか、あの男は!?」
 枝の上で『青年』が舌打ちする。『青年』の独白は、鷹司を過大評価──鷹司は自分の待ち伏せを察している──するものであり、同時に、自分の事を過大評価する──自分を警戒するあまり、鷹司は出て来れない──ものでもあった。実際には、鷹司は雨中の若葉捜索で風邪をこじらせて山荘で寝込んでいるのだが。
「どうする‥‥? 山荘内に押し入って戦闘を仕掛けるか‥‥?」
 『青年』が思考する。‥‥いや、山荘横の駐車場には、休憩に戻った捜索隊の別班が集まりだしている。目的を達せられる可能性は低い。ここは一旦退くべきだ‥‥
 『青年』の理性がそう結論を囁きかけた時。『鋭敏視覚』で強化された『青年』の瞳が、ゆっくりと開く山荘の扉を捉えた。
 ドクンッ、と心臓が一つ跳ねる。出て来たのは、パジャマの上にコートを羽織ったボサボサ頭の鷹司英二郎──
 その瞬間、『青年』の頭から理性は消え去っていた。
「行け! あの男に喰らいつけ! 獣人たちを蹴散らしてこい!」
 枝の上に立ち、翼を広げ、召喚したNWにそう叫ぶ。2m以上の巨大な球体が実体化しつつあるその上で、『青年』は凶悪な笑みを浮かべながら、自らの翼から羽をむしり取った。

●その少し前。山荘──
 窓の外が騒がしくなった。
 山荘横の駐車場に設置された『若葉捜索隊本部』(‥‥といっても、、無線機と運動会用のテントだけだが)に、若葉発見とNWの存在が伝えられたのだ。
 僅かに開けておいた窓の隙間からそれを知った鷹司英二郎は、ベッドからゆっくりとその身を起こして立ち上がった。ふらつく頭と身体を両の足で支えつつ、コートを羽織って部屋を出る。台所で水を一杯。顔を洗って外に出る。
「若葉が見つかったって?」
 捜索隊の指揮を執る古い知人の壮年の男に声を掛ける。男は驚いたように鷹司を振り返った。
「おい、鷹司、寝てないと駄目だろう!」
「問題が発生したんだろ? おちおち寝ていられるか。前線には出ないから、そこに椅子くらい用意しろよ」
「‥‥まぁ、勝手に抜け出されるよりはマシか。無理はするなよ、おい?」
 苦笑する壮年の男に笑いかけ、テントへと足を踏み出した。歩く。大丈夫だ。足取りが乱れることは無い。
 その時、鷹司の耳が、何かが風を切る様な音を捉えた。
 なんだろう。高熱に浮かされた鷹司には分からない。ただ、身体が勝手に動いていた。
 心臓に向かって飛んできたその何かが、左腕に引っかかる。
 次の瞬間。
 鷹司は、衝撃に地面に打ち倒されていた。

「鷹司あぁっ!」
 バシャリ、と水を撒く様な音とともに、鷹司の身体から何かが千切れ飛んだ。
 ドウッ、と倒れる鷹司。壮年の男はテントから飛び出し、走り寄ってその身を抱え起こした。
 鷹司が苦痛に身をよじる。その左腕は二の腕から完全に切断され、夥しい量の出血が続いている。
「くそぉっ! しっかりしろ、おい、鷹司っ!」
 壮年の男は、止血帯で腕を縛ると、瀕死の鷹司に『神光霊癒』をかけようとする。その時、山道の方から何か巨大な球状のものが、こちらに向かって凄い勢いで転がってきた。
「な、なんだっ!?」
 慌てて逃げ惑う獣人たち。その只中を、直系2mに届かんとする巨大な球が轟音と砂煙を巻き起こしながら突進し‥‥やがて、駐車場のワゴン車に激突、それを押し潰してようやく止まった。
 あまりの事に呆然とする獣人たちの視線の中心で、その『球状の何か』がもぞもぞと動いて『ほどけ』だす。そうして現れたのは全長6m以上の巨大な『アルマジロ』だった。その全身は鱗状の硬い甲殻に覆われ、頭部には燃え盛る炎を纏った鋭い角。その様は恐竜‥‥いや、怪獣のそれに近い。
「な、NW、だと‥‥? こ、こんな化け物まで‥‥」
 呻くように洩らす壮年の男。それに呼応するように、NWは視線を向け‥‥男に、鷹司に向かって突進を開始した。

●同刻、森の木の枝の上──
 無様に倒れ伏した鷹司英二郎の姿に、『青年』は呆然としたまま立ち尽くしていた。
 その手からハラハラと、追撃に使うはずだった『飛羽針撃』の為の羽根が舞い落ちる。その目は、信じられないものを見るかのように、大きく見開かれていた。
「ばかな‥‥こんな‥‥」
 こんなに簡単なことだったのか? は‥‥と笑いが吐息となって零れる。無力な自分を呪い、ただひたすらに力を求めてきて‥‥気がつけば、自らに課したハードルをこんなにも簡単に越えていた。
 鷹司が、こちらを見た。300mの先、『鋭敏視覚』を用いた視線の交差。『青年』はニヤリと笑って見せた。
「俺は予想以上に強くなった‥‥今なら‥‥俺は『奴』にも勝てる」
 もう、あんたに拘る必要も無い。『青年』は呟くと、戦闘の結果も見ずに『瞬間転移』で去っていった‥‥

●PL情報
1.状況と目的
 DSと思しき『青年』と、その支配下にあるNWの襲撃を受けました。
 PCたちは、壮年の男に雇われた若葉捜索隊の内、『休憩に戻ってきた捜索隊』となります。
 『鷹司英二郎を救命』しつつ、『NWを殲滅』して下さい。

2.戦場
 二階建ての山荘の横、森に囲まれた砂利敷きの駐車場です。
 10台以上の車両が余裕を以って停められるだけの広さがあります。
 PCたちの車両もここにあります。

3.『アルマジロ恐竜なNW』
 外見等は本文中の通りで、口の中は、綿飴製造機みたいに糸が渦巻いています。
 コアの位置も不明。動きは素早くないものの、その突進に巻き込まれればただでは済みません。
 
4.制限
 人目につかない山深く、です。獣化や装備に制限はありません。
 探索行の途中であるため、既に完全獣化を終えていても問題ありません。
 ただし、特殊能力の事前使用はできません。

5.NPC
a.鷹司英二郎
 56歳の訓練教官。高LVの鷹獣人だが、夏風邪をこじらせた為、戦闘能力は半減以下。
 現状、止血帯を巻いただけの『瀕死』状態。

b.藤森若葉
 28歳の訓練スタッフ。回復役の他、掃除・洗濯・調理等も務める元モデルの一角獣人。
 『青年』に攫われ、山頂でNWに捕まっている。今シナリオには登場せず、鷹司の治療も出来ない。

c.壮年の男
 怪我をして引退した鷹司の知人。外見はゴツいオヤジだが、一角獣の獣人。
 もうこのまま名無しの方向で。

d.『青年』
 鷹司キャンプにNWをけしかけるDSと思しき青年。詳細は不明。

●今回の参加者

 fa2002 森里時雨(18歳・♂・狼)
 fa2539 マリアーノ・ファリアス(11歳・♂・猿)
 fa3134 佐渡川ススム(26歳・♂・猿)
 fa3392 各務 神無(18歳・♀・狼)
 fa3800 パトリシア(14歳・♀・狼)
 fa4554 叢雲 颯雪(14歳・♀・豹)
 fa5003 角倉・雪恋(22歳・♀・豹)
 fa5387 神保原・輝璃(25歳・♂・狼)

●リプレイ本文

 その瞬間、猿獣人・佐渡川ススム(fa3134)は、山荘の屋根の上にいた。
「クックックッ‥‥。いくら教官でも、完全獣化&フル装備で不意を打てばひとたまりもなかろうて」
 悪代官のように笑い、ペタペタと山荘の壁を這い下りる。今日こそは何としても勝ち星をあげるつもりだった。
「『隙あらばれっつごー』が佐渡川家の家訓(?)、悪いが寝込みを襲わせて頂きますよ。‥‥いやいや、変な意味じゃなくて」
 だが、部屋に鷹司はおらず‥‥駐車場を歩く鷹司の左腕が吹き飛んだのはその時だった。
(「狙撃っ! 『飛羽針撃』っ!?」)
 即座に、『鋭敏視覚』で『射点』を探る。
 いた。
 木の枝の上に立つ青年‥‥あれは鷹獣人か? どこか呆然とした表情をして‥‥と、不意にその姿が掻き消えた。
(「なんだ‥‥?」)
 首を傾げる佐渡川。
 違和感は、地上から響いてきた轟音に掻き消された。


 その巨大なNWは、半壊した車を押し潰しながら立ち上がり、炎を纏った角を突き出して突っ込んで来た。
 その突進を、鷹司を抱えた壮年の男は避けようとして‥‥NWが口から吐いた粘着糸で足を地に縫い付けられた。
「おじさんっ!?」
 叢雲 颯雪(fa4554)が叫ぶ。壮年の男は、鷹司を彼女の方へ突き飛ばした。
 次の瞬間、NWが闘牛よろしくその角で壮年の男を突き上げた。為す術も無く宙を舞い、地面へと叩きつけられる壮年の男。そのまま突進するNWの『蹄にかけ』られ、埃も舞わぬ濡れた砂利と泥の上を転がり、ボロ雑巾のように横たわる。完全獣化もしておらず、装備も無い身ではひとたまりもなかった。
 叢雲は、それを呆然と見つめていた。
 ピクリとも動かない壮年の男。腕の中には、左腕を失い苦しむ鷹司。
「〜〜〜ッ!!!」
 叢雲は感情のままに風の刃を叩き付けた。反転中のNW、その甲殻の一部が切り裂かれて弾け飛ぶ。
 さらに、銃を引き抜いて発砲。だが、感情に任せた銃撃だ。涙目では照準もままならない。
「落ち着きなさい! そんな事している場合じゃないでしょう!?」
 そんな叢雲の右腕を、各務 神無(fa3392)が押さえ込んだ。叢雲はそれを振り払おうとして、各務の顔を見て動きを止める。
「状況は一刻を争う。喪いたくない、助けたいと思うのなら、自分に出来る最善の行動を取りなさい」
 各務の言葉に、叢雲は少し落ち着きを取り戻した。腕の中の鷹司をギュッと抱きしめ、コクリと頷く。
「‥‥よし。颯雪は車が使えるね? 二人を連れて、一刻も早くこの場を離れるんだ」
「‥‥そうだな。教官たちは颯雪に任せる。俺たちが時間を稼ぐ」
 山荘の壁を駆け下りてきた佐渡川が、普段とは違った雰囲気でそう告げた。そして、叢雲が抱える鷹司からスルリと血染めのコートを抜き取り、自らの両肩へと羽織る。
 血塗れになった壮年の男は、神保原・輝璃(fa5387)が抱えて連れて来た。
「何をしている、颯雪っ! 動けっ!」
 神保原は叫び‥‥鷹司を胸に抱く叢雲の姿を見て、思わず目を逸らした。こんな時にまで俺は何を、と、儘ならぬ自分の心に腹を立てる。涙で頬を濡らした顔を向ける颯雪。畜生、鷹司め。颯雪にこんな顔をさせやがって。
「グズグズするな! その男を助けたいんだろう!」
 神保原の言葉に叢雲が飛び起きた。ふらつく足取りで鷹司を抱え、愛車へと歩き出す。
「後ろは振り返らなくていいぞ、颯雪。お前の背中は俺が守る」
「え?」
「‥‥言ったろ。お守り代わりになってやるって」
 ぶっきらぼうに呟く神保原。叢雲は頷いた。
「ありがとう、輝璃お兄さん。‥‥待っててね。絶対、絶対、助けてみせるから。だから、死なないで、お父さん‥‥!」
 神保原は嘆息した。
 『お兄さん』と『お父さん』、より異性として見られているのはどちらだろう‥‥?

 そんな二人の背中を見送りつつ。
 各務は、ふと、地面に落ちている煙草に気が付いた。自分の銜えていた煙草だった。いつの間にか落としてしまっていたらしい。
 新たな煙草に火を点ける各務。随分と落ち着いているな、と佐渡川が呟いた。
「そう見える?」
 ぶちり、と煙草が噛み切られた。
「‥‥全く。どこの誰かは知らないが、随分な真似をしてくれる。ワイルドホークは私の目標の一つだというのに」
 ペッ、と切れ端を吐き捨て、NWを睨む。既に戦闘は始まっていた。
「張本人たるDSではないが、その使いたるNWだ。只で済むとは思うなよ‥‥!」
 戦場へと駆け出す各務。佐渡川はそれをフォローするように、その後ろに位置を取った。


「『鬼さん、こちら。手のなる方へ』だよっ!」
 獣人たちには目もくれず、鷹司へと突進するNW。マリアーノ・ファリアス(fa2539)、通称マリスは、NWの側面から接近し、気を引く為にスラッシャーガンを一発撃ち放った。硬い甲殻に弾かれる銃弾。駄目だ。こんな豆鉄砲(38口径)では表面に傷を付けるのがやっとだ。
「‥‥それならっ!」
 マリスは走る速度を上げると、さらにNWへと接近した。トップスピードで飛び上がり、敵へと向けて両の足を勢い良く突き出す。高空のドロップキック。たとえ傷つける事が叶わなくとも、注意を引く位は出来るかもしれない。
 プロレスごっこ王の名に相応しい、稲妻のような美しい飛び蹴りがNWの側頭部に突き刺さる。だが、NWは小動もせず、その首を無造作に振り払う。放り投げられたマリスは空中で一回転、四つん這いで地面に着地する。駄目だ。走るトラックを相手にするようなものだ。絶対的に質量が足りない‥‥!
 マリスが攻撃する間、パトリシア(fa3800)は背後より接近していた。尻尾からNWの背へと駆け上がるつもりだった。
 だが、NWがその尻尾を大きく横に薙ぎ払う。巨大な質量はそれだけで凶器だ。唸りを上げて迫る丸太の様な尻尾を、パトリシアは辛うじて跳び避けた。
「しまった‥‥だけど、見切れない程じゃ‥‥!」
 分かっていれば対処は出来る。パトリシアは、再び振るわれた尻尾をやり過ごし、その根元まで走り込むと一気に背中まで駆け上がった。
「やっぱり‥‥! 取り付いてしまえば反撃はないです!」
 疾風の様に前へと駆け抜ける。そして、直刀・ソードofゾハルをNWの頭へ力の限りに叩き付けた。
 甲殻の内に喰い込む刃。よし。僅かでもダメージがあるのなら無視は出来ないはず‥‥!
 と、次の瞬間、飛び込み前転をするように、NWがその身をグルリと丸くした。
「あ‥‥っ!?」
 迫る地面。押し潰される前に、パトリシアはその身を宙へと投げ出す。
 衝撃は予想よりも遥かに小さかった。この事を予測していたマリスが、パトリシアを受け止めていた。
「うっわ、パトリシアさん、かっるいねぇ」
「え‥‥あ‥‥すっ、すみません、ありがとうございますっ」
「いいって、いいって。可愛い娘になにかあったら、全宇宙の損失だからネ!」
 あはは、と笑うマリスの浮いた台詞に、パトリシアの顔が赤くなった。困った様に、チラ、と森里時雨(fa2002)の方を見る。自らの愛車へと走る森里は、こちらを見ていなかった。
 パトリシアは、ムッとした。
「さあ、マリアーノ君。アルマジロもどきなんて、サッサと倒してしまいましょう!」
 いきなり不機嫌になって立ち上がるパトリシア。マリスは訳も分からず小首を傾げた。

 丸まったまま転がるNW。各務と佐渡川の二人は、側面から突っ込んだ。
 その速度を刃に乗せて、各務が『白夜』を鞘走らせる。白光の軌跡。目にも留まらぬその斬撃は、しかし、NWの巨大な質量と回転に阻まれた。
 ギイィィン‥‥! と跳ね上げられた右腕に、震える刀身の振動が伝わってくる。
「チッ‥‥。だが、丸まってしまえば、横倒しにする方法など幾らでもある‥‥!」
 各務は左手に持っていた鞘を手放すと、ブラストナックルを嵌めた拳をそのまま突き出した。それに合わせるように、佐渡川もブラストナックルを発動する。
「‥‥ブラスト!」
 叩きつけるように叫ぶ各務と、ボソリと呟く佐渡川の声が重なった。炸裂する空気の塊。ダメージ自体はそれ程でもない。だが、同時に叩きつけられた衝撃が、丸まったNWをグラリと傾けた。
 ズウゥゥン‥‥!!! と横倒しに倒れるNW。鷹司たちに対する二回目の突進は防がれた。
「‥‥間に合った」
 佐渡川が呟く。
 駐車場の端から響いてくる爆音。
 それは、森里の『KDDX250』と、角倉・雪恋(fa5003)の『ランプレッサWRX』とが上げる、NWに対する死の咆哮だった。


「野郎‥‥、絶っ対っにっ、許さなねぇ! 余計な所でしゃしゃり出てきやがって‥‥! 俺の、俺の『若葉さんおっぱいパラダイス』をよくも‥‥っ!」
 血涙を流しかねない勢いでそんな事を叫びながら、森里は自らの愛車に向かって走っていた。途中、何かの殺気を感じてビクリと後ろを振り返ったりもしたが、おおよそ最短と言える時間で辿り着く。
 『KDDX250』。これこそは、森里がNWに与える神の罰。怒りを体現する最終兵器だ。他の車両が使えないか考えないでもなかったが、キーを探す手間を考え、泣く泣く自分のを使う事にした。
「見てろよ、こんちくしょう」
 愛車に跨り、キーを捻る。エンジンの鼓動が伝わってきた。
 アクセルを吹かし、前輪をロックしたまま後輪を滑らせて、NWへと進路を向ける。弾き飛ばされた砂利が落ちる前に、森里は走り出していた。

 そこから少し離れた場所で、森里と同じ決断をした角倉が、自らの愛車に飛び乗っていた。
 運転席のドアを開けたまま前進し、ギアをバックに。そのまま物凄い勢いで後進し、ドアを隣の車両に叩きつける。バキャッ、と嫌な音を立て、付け根からもげて脱落するドア。ごめんね、と、角倉は愛車に小さく謝った。
「でも、もう目の前で誰も死なせたくないの。あの時の繰り返しになんて、絶対にさせないんだから‥‥っ!」
 ギアを戻してアクセルを踏む。角倉の言葉に応えるように、彼女の愛車は咆哮した。
 突進。砂利にハンドルを取られながら、車体を倒れたNWへと向ける。正面のフロントガラスに捉えたNWの巨体に、角倉の胃が縮み上がる。嫌な唾が湧き上がるのを、角倉は気力で押し潰した。
「雪恋おねーさんの一世一代のド根性、見せてあげるわ!」

 二台のマシンがNWに突っ込んだのは、ほぼ同時だった。
 横滑りさせるように転倒させて、バイクから離れて地を転がる森里。角倉も身を乗り出すように運転しながら飛び下りる。
 立ち上がりかけていたNWの横腹にランプレッサWRXがぐわしゃっ、と激突する。そこへ森里のKDDX250が砂利の上を跳ね回るようにしながら突っ込んだ。
「喰らいやがれ!」
 ガソリンタンクに向けて、森里がIMIUZIをフルオートで撃ち放つ。だが、弾倉には弾が十分に入っていなかった。
「あれ?」
「任せて!」
 角倉がCoolガバメントを抜き撃ちする。放たれた2発の45口径弾は正確に2台のガソリンタンクを貫通し‥‥漏れ出したガソリンに火花が引火、爆発した。
 凄まじい轟音と膨れ上がる巨大な火の玉。燃え盛る炎の中から転がり出るように、NWが飛び出してくる。その身のあちこちをガソリンで焼かれながら、よろよろと立ち上がり‥‥戸惑ったように立ち尽くす。
「どうやら鷹司を見失ったようだな。所詮は獣レベルの知性という事か。だが、あの爆発でも死なないというのは、正直、驚きだ」
 状況を冷静に分析した各務が呆れたように呟く。その横に立つ佐渡川に、NWが顔を向けた。どうやら、鷹司の片袖コートを着た佐渡川を目標にする事にしたらしい。
「‥‥このまま森の中へと誘い込む」
 闘牛士の様にNWの攻撃を捌きながら、佐渡川は森へと駆け出した。

 木々の生い茂る森の中は、このNWにとって死地だった。
 木立が邪魔で突進できず、視界も悪い。その上、死角である頭上は無防備だ。もしもDSの命令がなかったら、こんな所に入りはしなかっただろう。
 『地壁走動』を持つマリス、佐渡川、各務、パトリシアたちは、存分にこの戦場を活用した。樹上より襲い掛かり、一撃して近くの木々へと飛び移る。角倉の45口径弾は甲殻を貫通、森中の巨体に避ける術はない。そして、『天界からの声』を通じて響くパトリシアの歌声が、ジワジワと確実にNWを蝕んでいく。
「野郎‥‥今度こそちゃんと発動しろよ」
 パトリシアの助けを借りて樹上に登った森里が、手にしたシャイニングソードに悪態を吐く。見た目はただの棒だが、一撃だけ強力な攻撃を放つ事が出来るオーパーツだ。今回の戦いで、発動を試みるのは二度目だった。
 追い立てられ、森里の下へとやって来るNW。集中。手にした棒が眩いばかりに光り輝く。
 NW目掛け、森里が枝上より飛び下りる。狙ったのは最初に叢雲が傷つけた大きな亀裂。光の刃は大ダメージを叩き出し‥‥だが、その一撃を受けてなお、NWは倒れない。
 やすりを掛けるような消耗戦は、NWが力尽きるまで終わらなかった‥‥

「待っててね、今、病院に連れて行くから!」
 負傷者二人を車に乗せ、叢雲が励ますように言う。
「待て。峠道を越えるのに1時間以上かかるんだぞ。‥‥それに、この負傷。普通の病院に連れて行って、どう説明する?」
 探索隊が若葉を連れて来るのを待て、と神保原が言うと、若葉は不承不承頷いた。
 小さく呻き声を上げ、壮年の男が意識を取り戻した。
「‥‥鷹司は‥‥無事か‥‥?」
 神保原は頷いた。正直、鷹司もどうなるかわからない。だが、ここは頷いておかなければならないような気がした。
 そうか、と安心したように、男は吐息を洩らした。
「よかった‥‥これで、いつぞやの借りをあいつに‥‥」
 それ以上、言葉は続かなかった。
 奥州の山深い森の中、かつての鷹司の戦友は、静かにその命を終えた。