クルトの戦記 覇王落日アジア・オセアニア

種類 ショートEX
担当 柏木雄馬
芸能 3Lv以上
獣人 1Lv以上
難度 普通
報酬 7.9万円
参加人数 8人
サポート 0人
期間 10/17〜10/21

●本文

 この大陸において、そも魔法とは精霊との契約に基づいて行われるものだった。
 その『超常の法』を一般化したのが、二人の天才魔術師、賢者ガンジスと大魔術師イグニスだった。彼等の生み出した『平原の魔術』はソルメニアの発展に大きく寄与し、『剣王の才覚』、『北河貿易の富』と並び、平原統一の大きな要因の一つとなった。
 だが、それは同時に『平原の魔力』を世に生み出す事となった。『平原の魔術』は、精霊を魔力の塊としてのみ行使する。魔術の浸透と共に、それに最適化するように『平原の魔力』へと変質していく精霊たち。魔物が頻繁に目撃されるようになったのもこの頃だ。
 精霊と共に生きる『森の民』にとって、その所業は許しがたい事だった。

 ソルメニア暦元年。
 南方同盟諸国を降伏させ、平原を統一した剣王は、ある夜、人知れず、『森の民』によって暗殺された。
 自らも傷を負ったガンジスとイグニスが駆けつけた時、王は、自らを襲った暗殺者と共に血溜まりに倒れており‥‥一言、すまん、と言い残して事切れた。
 二人は悲嘆と後悔とに暮れつつも、涙に濡れた目もそのままに顔を上げた。王国は、今、剣王を失うわけにはいかなかった。今、剣王が崩御した事が明らかになれば、平原は再びバラバラになり、北の脅威に晒され続けることになる‥‥
 二人の天才魔術師は、死者の蘇生という禁断の魔術を行使する事にした。傷を塞ぎ、心臓に魔法のコアを埋め込んで、魔力で強制的に脈動させる。
 結果、『蘇生は』成功した。歓喜に沸く魔術師二人。だが、起き上がり、見開いた剣王の眼光は、彼等の知るものとは違っていた‥‥

 一ヵ月後。
 カダフへの『逆侵攻』において、剣王は歴史的な大勝を収めた。それまでにない苛烈な方法で。
 剣王に宿る魔性に気付いた二人は、剣王の意識と人格を魔術で押さえ込み、傀儡とすることで、その魔性を封じ込めた。
 ガンジスは野に下り、自分たちの魔術が引き起こした事態の解決策を探す旅に出た。宰相職にあったイグニスは、その旅に息子を同行させ、自らは宮廷に残ると『絶大な魔力で英雄剣王を傀儡にした簒奪者』として、ソルメニアの維持の為、強引な手段を駆使し続けた。


 ソルメニア暦20年、晩夏──
 カダフ軍の猛攻に、王都イル・ソルメは遂に失陥した。
 カダフの上層部は、王都での破壊行為は一切、許可しなかった。だが、略奪に慣れた兵たちは、上官の制止も聞かずに王都を蹂躙し始めた。
 そこへ、傀儡の魔法を解かれて『復活』した『剣王』率いる王国軍が、神速の行軍速度で到着、『魔術で城壁を爆砕する』という荒業を使って王都へと雪崩れ込んだ。王国軍は敵を掃討せず、ただ南から北へと駆け抜けた。統率を失っていたカダフ兵はそれだけで壊乱し、それまで蹂躙してきた民たちによって惨殺されていった。
 再び城壁を破壊して城内から飛び出した王国軍は、そのまま城外のカダフ軍に突っ込んだ。
 剣王の突撃を阻む者は、その全てが粉砕された。装備の優劣、兵の勢い。その全てが王国軍に分があった。
 剣王は敗走するカダフ軍を徹底的に掃滅し‥‥その余勢を駆って、ザルツウェル侯爵軍(宰相に叛乱。カダフ相手には共に戦った)にその矛先を向けた。
 血に酔った凶悪な笑みを浮かべながら、自ら先頭に立って突撃する剣王。
 『剣王陛下の復活』に沸く侯爵軍にとって、それは青天の霹靂だった。
「イグニィィィスッ!!! 貴様ァ、陛下にいったい何をしたぁぁぁっ!!!」
 剣王の槍にその身を貫かれながら、ザルツウェル侯ゲオルクが血塗れの叫びを上げる。
 宰相は鉄面皮のまま沈黙した。
(「枷の外れた『アレ』は、最早誰にも止められぬ‥‥だが、剣王は英雄でなければならぬ。陛下の悪行は、それを『傀儡とする』我が悪名でなければならぬのだ‥‥」)

 援軍として旧南方同盟諸国軍2万5千(王国第6軍6千を含む)を率いて北上していたソルメニア王女シンシアは、王都の南方の平原にて伯父である剣王と対面した。
 その異様な雰囲気に狼狽するシンシア。魔王。そんな単語が頭に浮かんだ。
「吟遊詩人どもの歌うクルトというのはどこにいる? 『悪逆なる宰相』から王女を攫った『山の民』とやらを一度見て置きたい」
 シンシアが躊躇っていると、剣王と、王女の親衛隊長として控えるクルトの目があった。
 次の瞬間、クルトは剣王の雷光のような斬撃に晒されていた。雷光の様な一撃。十分な距離があったのに、とクルトが驚愕に目を見開く。初撃はなんとか凌げた。が、その後はお話にならなかった。業物の大剣を砕かれ、クルトは無様に尻餅をつく。胸の御守りが粉々に砕けていた。
「我が王家の者をかどわかしたる罪、購うがよい」
「陛下ッ!」
 シンシアが叫んだ。
 その気迫に、剣王の剣が止まった。殺気すら籠もったその視線を剣王が楽しそうに受け止める。
「このまま私は王城に戻ります。この者の罪状は、それで無かった事になりましょう?」
 剣王は剣を収めた。
 王国への忠誠薄い南方諸侯の事だ。怒りに呑まれたシンシアが王への攻撃を指示したら、諸侯たちは嬉々としてそれに従いかねない。
「さらばだ、クルト。今までありがとう。もう、私の事は追わないでくれ‥‥」
 別れの言葉を口にして去るシンシア。
 クルトは拳を地に打ちつけた。
「俺は、また、あいつにあんな顔をさせて‥‥!」
 結局、俺はあの頃から何も変わっちゃいない。クルトの怒りが、大気を震わせた。


 二年が経った。
 『復活』した剣王の統治の下、度重なる遠征と叛乱に、ソルメニアの国力はすっかりと落ちていた。
 王城から見下ろす荒れ果てた都に、かつての若き日に、自分と友が目指したものは欠片も無い。だが、それでも、壊れた理想を抱いたまま宰相は政務を続けていた‥‥

 その王都を遥かに臨む丘の上に、クルトとその一行が立っていた。
 無数の傷をその身に刻み、精悍な顔つきになったクルトが呟く。
「シンシア‥‥今度こそ、その身に自由を与えよう」
 
●出演者及びスタッフ募集
 以上がアニメ『クルトの戦記 覇王落日』の冒頭部分となります。
 このアニメの制作に当たり、出演者とスタッフを募集します。

 今回は最終回です。それにふさわしい脚本を、OPを元に制作して下さい。
 皆で協力してドラマを作るのが目的です。

 なお、リプレイは劇中描写となります。

●今週のクルトくん
名称:『姫攫い』クルト 種族:山の民 性別:男 年齢:22
体力:A+ 知力:B+ 敏捷:B− 魔力:E 魅力:C+ 加護:S(精霊の加護)
戦闘技能: 弓6 短剣5 格闘5 大剣7
肉体技能: サバイバル(山森6、海2) 気配遮断4
精神技能: 調理4 応急処置4 農業2 商業2 政治3 礼儀作法3
学術技能: 読み書き2 算術2 歴史5 戦略・戦術4
装備品 : 精霊の大剣 短剣 剛弓 森人の外套 竜鱗鎧
所持品 : 宝玉(ガンジスの意識入り)

●今回の参加者

 fa0225 烈飛龍(38歳・♂・虎)
 fa0634 姫乃 舞(15歳・♀・小鳥)
 fa1323 弥栄三十朗(45歳・♂・トカゲ)
 fa1431 大曽根カノン(22歳・♀・一角獣)
 fa1521 美森翡翠(11歳・♀・ハムスター)
 fa2478 相沢 セナ(21歳・♂・鴉)
 fa3578 星辰(11歳・♀・リス)
 fa3786 藤井 和泉(23歳・♂・鴉)

●リプレイ本文

 大河ソルメを臨む緑の丘の草原は、血によって赤く染まっていた。
 見渡す限りに倒れ伏した人馬の亡骸。それが、剣王に叛旗を翻した連合軍──かつては共にカダフと戦い、建国の際にはその一翼を成したソルメ沿岸の都市国家連合──その成れの果てだった。
 自ら王国第4軍を率いて叛乱を鎮圧した剣王は、その丘の上に一人、馬上にあった。
 夜明けを迎える空にはためく王国旗。漆黒のマントが風に棚引く。身に纏った白銀の鎧は英雄と呼ばれた頃のまま‥‥しかし、返り血に黒く染まっている‥‥
「これが‥‥我が覇業の結末か‥‥」
 『剣王』ライナス(CV:烈飛龍(fa0225))が後ろに控える宰相イグニスを振り返った。その瞳は理知的で、狂気の欠片も見られない。それはかつて、共に理想に燃えた若き日の友のものだった。夜明けのほんの数分、剣王は本来の人格を取り戻す。
「不甲斐ない‥‥このような惨状を見る為に我等は戦ったわけではないというのに。我が身と剣はかつての味方の血に塗れ、国は荒廃するばかり‥‥イグニス、我を討て。我が身は最早、ソルメニアに害を成す存在でしかない」
 イグニスは無言で頭を振った。無理だ。我等の『平原の魔法』ではあの『剣王』は倒せない。
「‥‥恨むぞ、イグニス、我が友よ。我に悪行を重ねさせるお前と‥‥その選択をお前にさせた自分自身を‥‥」
 不意にライナスの言葉が止まる。
 何の前触れもなく‥‥剣王の瞳からライナスの意思は消えていた。
「宰相か‥‥我に何用か?」
 身を強ばらせるイグニス。心が急速に冷えていく。
「は‥‥ソルメ連合の地上軍は全て掃討致しました。しかし、大河ソルメで行われた水上戦は、我が方の大敗です。最早、かの水軍を止める手立てはありません」
「構わん。このまま進軍し、叛乱に加担した都市国家群を全て焼き払う」
「‥‥それは不可能です、陛下。南方で旧南方同盟諸国軍と対していた第2軍が敗れました。指揮官のランベルグ伯は戦死。叛乱軍は北上、王都に迫っております」
「そうか。ならば、次はその叛乱軍を血祭りにあげるとしよう。兵を纏めろ宰相。軍を返す」
 旗挙げの時から侍従としてライナスに仕え、ソルメニアの騎士となり、やがて第2軍の指揮官にまで登りつめた糊口の臣、ランベルグ伯オーギュスト。その死に対する剣王の反応は、それが全てだった。
 第2軍の出陣の際の、伯と部下とのやり取りを思い出す。
「自分は最後まで陛下に忠誠を誓うが、お前たちまでそれに付き合う事はない、自分の正しいと思うことを成せ」
「私たちは剣王陛下に忠誠を誓ったのではありません。ランベルグ伯、貴方に剣を捧げたのです」
 ‥‥その彼等も今はない。恐らく最後まで騎士として戦い、散ったのだろう。
(「あれはもうライナスではない。ただ血を求めるだけの狂王だ。‥‥だが、それでも」)
 だが、それでも。
 イグニスは、かつての理想を諦める事が出来なかった。

 解放軍──旧南方同盟諸国軍は、中原での決戦において王国第2軍を打ち破った。
 親衛隊長として、そして、軍師として。総大将・アリアス姫クラリッサに仕えた『山の民』クルトは、実質的に軍を取り纏めるイストリア公ロイドの許可を得て、少数の仲間たちと共に先行。一路、王都イル・ソルメへと馬を進めた。

 数日後、夕方。
 一行は、王都を遠くに臨む街道外れの野営地で足を止めた。
 そこで夜を待つ。それまでに、行商人アストル(CV:藤井 和泉(fa3786))が王城潜入の手筈を整える手筈になっていた。
「クルト‥‥また少し髪が伸びた?」
 『山の民』の女商人、カナン(CV:大曽根カノン(fa1431))が、クルトの頭をグルリと見て言った。
 ふむ、と頷き、強引に切り株に座らせる。時間があるので、クルトの散髪をする事にしたのだ。3年近くクルトと共に旅を続けてきた事もあり、随分と気安くなっていた。
 夕陽が周りの風景を赤く染め上げる中、ちゃきちゃきと鋏が髪を刻む。
 手にした髪切り鋏は、2年前、東方の秘境を目指す際、途中で立ち寄ったグライブ山地の故郷の山で、クルトの幼馴染で婚約者のミーアからカナンが預かったものだった。
「私は一緒に行けないから、これをカナンさんに預けるね。あーあ、クルトの髪を切るのはずっと私の役目だったのに‥‥あ、言っとくけど、鋏を預けたからってクルトまで預けたりはしないからね!」
 思い出してカナンがクスクス笑う。クルトはきょとんとした顔をした。
「いえ、何でも。思えば、私たちの旅も随分と長いものになりましたね、クルトさん」
 昔を思い出し、出会った頃の口調で話してみる。こそばゆくもあったが、懐かしくもあった。
 緩やかに、穏やかに過ぎていく時間。
 と、そこへ、横から一人の少女がひょっこりと顔を出した。
「ふーむ、これが鋏というものか。人間というものは随分と繊細な道具を作り出すのだな」
 まじまじと鋏を見る少女。艶やかな美しい黒髪と、透き通るような緑の瞳を持つ少女だった。
「面白い。人という種は世界の理を知らぬ愚かな種だが、技術というものを生み出すこの発想力は実に素晴らしい」
 少女は、竜種の娘だった。
 名は『緑林の』ハープ(CV:美森翡翠(fa1521))。見た目は若い、と言うより幼い、といった形容が似合う少女であるが、その実年齢は百を超えている。それでも、ハープは、クラーベ山脈の更に奥、大陸最高峰の山々と深い神代の森に囲まれた秘境に住む竜たちの中でも最年少の竜だった。
 その好奇心ゆえか、ハープは、魔に汚染された剣王に対抗する術を求めて訪れた人間たち──特に、人の身でありながら強い精霊の加護を持つクルトに多大な興味を持ち、一族の反対を押し切って故郷を飛び出した。結局、彼女の父である竜の長が、『クルトに貸し与えた『精霊の大剣』を使用後に持ち帰る』という使命を娘に与える形で送り出したのだが‥‥『姫攫い』クルトの悪名を高めた逸話ではある‥‥
「‥‥で。何か御用ですか、ハープさん?」
「おおそうだった。なぜ我々だけで先行したのか聞きたかったのだ」
「大義名分を手に入れる為ですよ」
 答えたのは、セイラム(CV:相沢 セナ(fa2478))だった。賢者ガンジスの一番弟子で、クルトの兄弟子に当たる。優れた魔術師であり、かの大賢者の弟子二人が揃って味方した事は旧南方同盟軍の士気を大きく上げていた。
「世間では、『その絶大な魔力で剣王を傀儡にして操る宰相』さえ倒せば万事上手くいくと思われています。しかし、実際は違います。この国を正常に戻すには、魔に汚染された剣王と、宰相、両方を除かねばならない。‥‥ですが、剣王の死による影響は計り知れない。王国が一つであり続けるには、新たな旗印が必要なのですよ」
 王女シンシア。軟禁されていると目されるこの姫を『救出』して担ぎ出せば、叛乱軍は正式に解放軍となる。剣王を擁する宰相を討つ大義名分となり、その後の統治の正当性も得られる。
「ふーん。人間というのは一々面倒臭いのだな」
「‥‥もっとも、クルトにはそんな理屈は必要ないだろうけどね」
 そして、私にも、ね。セイラムは心中で付け加えた。かつて、故郷の搭でイグニスに真実を告げられた時の事を思い出す。
 剣王の身に起こった事。埋め込まれた魔法のコア。その魔性は精霊の魔力でのみ解放される。そして、それを成し得るのは、精霊の加護強き者‥‥
 全く‥‥親と師匠の不始末のツケを子と弟子に回すとは。尻拭いは自分たちでやってほしいものだ。
「理屈、か‥‥俺は、ただ、シンシアを様々なしがらみから解き放ちたいだけだよ」
「うん。それなら解り易い」
 ハープらしい、と笑いながら、クルトは王都へと目を凝らした。
 アストルの交渉は、もう始まっているはずだった。

「‥‥おや、これはこれは。また珍しいお人が現れたものです」
 王都イル・ソルメ。
 大陸中を股にかけて活躍するを稀代の大商人、レーナス(CV:弥栄三十朗(fa1323))の元を、アストルは訪れていた。
「お久しぶりです。その節はどうも」
 何気ない挨拶にも漂う緊張感。まるで空気が帯電したようだった。
 無理もない。レーナスはかつて、アストルの紹介でクルトを雇い、そのクルトが王女を誘拐した際には、王城に犯人を招き入れた張本人と疑われた。アストルは、そのレーナスに嫌疑の全てをおっ被せられ、追われる身となった。
「その貴方がまた私の元を訪れるとは。今度はいったい、私に何を売ろうというのです?」
 前みたいな事は御免ですよ、と笑うレーナスに、私もです、と頷くアストル。乾いた中身のない笑いが部屋に響いた。
「私が売るのは『王国の解放者』。またクルト君を買って頂きたいのですよ、貴方に」
 ピクリ、とレーナスの眉が動いた。レーナスは商人だ。表情に出したという事は、わざと見せたという事だろう。
「はて。私も、貴方も、その商品に一度痛い目に遭わされた筈ですが。それをまた売り込むと?」
「ですが、彼は一度成功させている。私は貴方を生粋の商人であると見込んでこの『商談』を持ち込んだのですが」
 椅子に深く腰掛けて、レーナスは瞑目した。頭の中で、目まぐるしく思考が動く。
 確かに、王国の商業は衰退した。膨大な資本を背景に今でも王都での商売を続けるレーナスだったが、商売上の損害は無視出来ない程大きかった。このままではいずれ、ソルメニアでの商売は破綻するかもしれない。
(「参りましたね。まさか、この年になって、伸るか反るかの大博打をする羽目になろうとは」)
「‥‥いいでしょう。今一度、貴方から買い物をさせて頂きましょう」

 レーナスの館を辞したアストルは、すぐにクルトたちに魔法で報せを飛ばした。ようやく肩の荷が下りた。僕の役目はここまで。後は全て彼等次第だ。
 とっておいた安宿への道を歩く。王都イル・ソルメは荒れ果てて、かつての栄華は見る影も無かった。カダフ侵攻の際の略奪と、その後の市街戦と。国による復興は行われなかった。
 瓦礫だらけの裏通り。焼け落ちた家々とバラック。道端にうずくまる人々。アストルは、襲い掛かってきた強盗を二度、撃退した。なんて事だ。ここはかつて王都でも有数の商店街だったというのに。
 アストルが彼女に会ったのは、そんな時だった。
「お久しぶりですね、アストルさん。お仕事はお済みになりましたか?」
 治安の悪い一角に、なぜか、異国の装束に身を包んだ女が一人。危険だ、などとは、アストルは露ほどにも思わなかった。彼女にとって危険な場所など世界の何処にも無いに違いない。
 女性の名は、メリッサ(CV:姫乃 舞(fa0634))。星見の力を持つ、不思議な女性だった。

「やはり運命を変える事は出来ませんでしたか‥‥」
 アストルと並んで荒れ果てた王都を歩きながら、メリッサは哀しそうに呟いた。
「人は、自ら運命を切り開いて進む。けれど、それは運命にとって揺らぎのようなもの。たとえ違う道へと導いたとしても、人という種は、結局、同じ方向へ進んでいく。降る雨の一粒が人生だとしたら、運命は大河の流れ。雨粒がどこに落ちようと、川の流れは変わらない」
 歌うように、語句を繋ぐメリッサ。それはまるで誰かと奏でる問答のようだった。
「初めて貴女と会ったのは、王城を出てすぐの頃だったか‥‥右も左も分からぬ僕に、行商人として生きていく術を教えてくれた。あの頃から貴女は運命というものについて語ってくれた」
 独り言を呟く様に、アストルが言葉を紡ぐ。メリッサは、懐かしそうに顔を綻ばせた。
「だが、僕は、最後まで表舞台に立つ事を拒み続けた。そして、あの日、訪れたグライブ山地の賢者ガンジスの庵で、貴方はクルトを見出した。‥‥貴女は、いったいクルトに何をさせたいんです?」
 アストルの問いに、メリッサは静かに天を仰いだ。
「私と同位の存在は、法則の変革を以って運命に抗おうとした。それが平原の魔術。精霊の加護なくとも生きる術を人に与え、自らが新たな運命を構築しようとした。その歪んだ力はこの大地に破壊と混乱を招くと知りながら‥‥
 私は、精霊に愛されし山の民の青年、クルトに、大いなる星を見出した。人という種の進歩は止められない。けれど、その歪みから生じる影響を最小限に喰い止める存在として。‥‥なにせ、私が最初に見出した星は、地平線より上に登る事を良しとしませんでしたから」
 アストルは驚いた。メリッサが人の悪い笑みを浮かべ、皮肉めいた事を言うのを聞くのは初めてだった。
「でも、運命は変えられなかった‥‥この地は再び炎に焼かれ、大陸は怨嗟の声に満ち溢れた。結局、どのような状況下でも、人は過ちを繰り返す。私は、ただ、それを防ぎたかった‥‥」
 哀しげな表情で天を仰ぎ見るメリッサ。アストルは呟いた。
「人は同じ過ちを繰り返す、か‥‥だが、それでも人は少しずつ、前へと進んでいる」
 驚いたように、メリッサはアストルに視線を移した。
「例え川の流れが変わらないとしても、土砂降りになれば氾濫する事もある。あるいは、それが、新たな川の流れを作ることもあるかもしれない」
 メリッサはマジマジとアストルを見返す。アストルは、照れた様に視線を逸らした。
「‥‥一つ、答えていただけますか? 頑固に一介の行商人であり続けようとした貴方が、今、こうしてクルトさんたちの手助けをしているのは何故ですか?」
「‥‥まさか、グライブ山地でシンシアに会うとは思っても見なかった。背負わせてしまった重荷に対する罪滅ぼし‥‥いや、結局は自己満足かな」
 偽悪的に呟いて、アストルは足を止めて王城を振り返った。
 予定では、クルトたちは夜半過ぎに突入する事になっていた。

 王都へと到達したクルトたちは、レーナスと合流し、その案内の元、王城へと侵入した。
 通用門を通り、中庭へ。衛兵は、一人も現れなかった。
「これだけ国が荒廃していますからね。こうもたがが緩んでは、袖の下も横行しますし、警備にも付け入る隙が出来るというものです」
 西苑の門の前で、そのレーナスの足がピタリと止まった。クルリとクルトたちを振り返る。
「さて、わたしに案内できるのはここまで。ここから先は、買収の効かない相手が番をしています」
 この先の警備を担当するのは『闇の民』。宰相子飼いの隠密たちだ。
「後は、あなた方の悪運がどこまで強いか。それ次第です」
 クルトはレーナスに頭を下げた。前回の借りも返していないのに、世話になりっぱなしだ。
「なに、貸しはいずれ返して頂きます。今回の件は‥‥そうですね、『投資』です。私が得をするか損をするか、貴方たち次第。私の利益の為にも、あなた方の成功を祈っています」
 らしい物言いでレーナスが幸運を祈る。クルトは再び頭を下げ、西苑を奥へと進んでいった。

「ここの魔力は特に汚れておる。私の精霊魔法はあてにできんからな?」
 薄暗い庭園を駆け抜けながら、ハープがそう言って不快そうに眉を顰めた。竜種であるハープにとって、平原の魔力は汚泥に等しい。
「‥‥と、いう事は、私やセイラムさんの魔法を使うには都合がいい、って事ですね」
 言いながら、突然、カナンが振り返り、背後に火球を撃ち放つ。石畳の上で弾け、炎の柱となって燃え上がる火球。駆逐された闇の奥に、数人の人影が照らし出された。
「『闇の民』か!」
 セイラムの周囲に浮かび上がる無数の光の矢。視界に捉えた一瞬、即座に撃ち出された魔力の塊が闇の民を一掃する。
「はぁー、こうも魔法を戦闘に特化するとは‥‥平原の民の効率主義も極まれり、だな」
 呆れたように呟くハープ。敵の一隊はこれで駆逐されたが、これで強襲となってしまった。
「クルトたちは先に行って!」
 カナンが叫んだ。
「炎の魔法は派手だから、敵の目を引くには丁度いい。ここは私に任せて早くシンシアさんの所へ!」
 馬鹿を言うな! とクルトが叫ぶ。そう言うと思っていた。私の愛したクルトは、誰かを犠牲にして先に進む事を良しとするような男ではない。
 だから、カナンは、自らさっさと反対方向へと走り出した。
 追いかけようとするクルト。その脳天に、ハープが跳び上がってチョップを入れた。
「あの娘は私に任せておくがよい。クルトは早く、先へ進まんか。‥‥ん? まだ反駁するか。私の正体を忘れた訳ではないだろう?」
 てこてこと無造作にカナンの後を追うハープ。クルトの肩をセイラムが掴んだ。
「行きますよ。心配なのは分かりますが、今は時間が貴重です。一刻も早く王女を連れ出し、合流して脱出する。‥‥それに、我々の方が楽だという保障はないですよ?」
 クルトは決断した。少なくとも、ここで立ち止まっている事が一番の愚策である事は分かりきっていた。

 襲い来る『山の民』を蹴散らしながら、シンシアのいる館へと進む。追撃には、闇の民以外に衛兵たちも加わっていた。これだけの騒ぎを起こせば当然だ。なにせ、どこからか竜の鳴き声まで聞こえてくる。
「行って、クルト! この通路に結界を張ります。早くシンシア王女を口説き落として来て下さい!」
 セイラムは靴の先で床にシャッ、と線を引く。詠唱。闇の民により投じられた暗器が見えない壁に弾かれる。
「広がれ、壁よ!」
 周囲の喧騒が消え、静寂がセイラムを包む。よし、これでこの通路は封鎖された。何者も入り込む事はできない。
 セイラムはクルトを追いかけようとして‥‥その足がピタと止まった。
 違和感を感じて振り返る。
 そこに、宰相が──彼の父が立っていた。
「父──」
 口を開きかけたセイラムに、宰相は首を振った。
「不肖の息子よ──他に語るべき言葉は持たぬのか?」
 そうだ。宰相は、王城より遥か東の前線にいたはずだ。それが、なぜ、今、ここに──
「魔法とは、現実の壁を越える物。それよりも、だ。なぜお前はあの山の民から離れたのだ?」
 セイラムは我に返った。東の戦線にいた宰相が、今、ここにいる。ならば──
「しまった! クルト!」
 すぐに駆け出そうとしたセイラムだったが、それはイグニスの結界によって阻まれた。
「行かせはせぬよ。陛下を害しようとする者は、何者も」
 振り返る。覚悟を決めた。
 イグニスは、最後までライナスを守る。それで王国が凶事を迎えるようならば、その時は──
「私の手で、貴方を止めてくれ──あの時、搭で、貴方は、そう言いました」
「なら急ぐがいい。剣王陛下は剣では誰にも負けぬ」
 向かい合う父と子。魔術師二人の戦いが、誰にも見られぬ結界の内で、今静かに始まった‥‥

 その一撃は、電光よりも速かった。
 受けられたのは、ひとえにこれまで潜り抜けてきた経験の賜物だった。平原の魔力と、精霊の魔力と。二つの魔力が付与された大剣が打ち合わされる。飛散する魔力の残滓。跳び退さり、距離を取る。続けて振るわれた追撃を、クルトは後ろに退きながら何とか捌いた。
 連撃が止まる。クルトは、追撃する事も忘れ、荒い息を吐きながら目の前の使い手に目を奪われた。
「剣王‥‥!」
「ほぅ‥‥いつぞやの山の民か。腕を上げたものだ‥‥面白い。相手をしてやろう」
 剣王が大剣を正眼に構える。打ち込んで来い、と言わんばかりだった。
 なぜここに剣王が。そんな疑問や困惑は、その瞬間に吹っ飛んだ。
 目の前に敵がいる。ならば、戦って打ち破るのみ。
 クルトが、雄叫びを上げながら突っ込んだ。上段からの見え見えの一撃。それを敢えて、膂力の許す限りに打ち下ろす。
 激突する金属音。
 受け流された。流れる上体。剣王の剣が弧を描くように円を描く。それが振り下ろされる前に、クルトは身体ごとぶつかっていく。剣の根元が竜鱗の鎧に食い込んだ。構わず力任せに吹き飛ばす。
 追撃。それより早く、振り下ろされる剣王の剣。連撃。その全てを捌きつつ、逆にクルトが後退する。一つ一つが重い。腕力ではこちらが勝るはずなのに。
「力任せの俄仕込みの剣技だ。正式な訓練を、師に受けた事はないようだな」
 看破された。確かに、短い間だけしか剣の指南を受けた事はない。だが、それ以降、実戦の中で鍛えた剣技だというのに。
「覚えておけ。道場だけでも実戦だけでも駄目だ。剣術とは、最も洗練された人殺しの技。それを実戦で至高にまで極めた者だけが剣士と呼ばれる価値がある」
 心底楽しそうに、戦いに酔うように。剣王がクルトに襲い掛かる。最早、クルトには捌き切れない。衝撃に、籠手が、竜鱗の鎧が悲鳴を上げる。刃は竜鱗に阻まれて届かない。だが、鎧では殺し切れない衝撃がクルトを乱打する。
 倒れた。即座に膝をついて立ち上がろうと──見上げた先に、大剣を振り被る剣王の姿──
「楽しかったぞ、山の民。ここまで我と打ち合えた者は久しぶりだ」
 振り下ろされる大剣。覚悟、というものは存外簡単に決められるものらしい。避ける事を諦め、最短の距離で精霊の大剣を突き出す。これは互いに避けられない─
 次の瞬間。どこからか放たれた魔力の余波が、すぐ横の壁面を吹き飛ばした。
 乱舞する瓦礫の破片。露わになった外の景色に、登り行く太陽の姿。
 その瞬間、剣王の瞳から狂気が消え失せて‥‥クルトの剣だけが、その胸を貫いていた。

 知識も、経験も、全て、膨大な魔力の塊に押し流された。
 炸裂したセイラムの純粋な魔力放出は、それまで有利に戦いを進めていたイグニスのあらゆる計算を打ち砕いていた。
 吹き飛ばされ、叩きつけられ、全身の骨を砕かれて‥‥イグニスは、床に倒れ伏していた。
「自らの張った結界の強さ故、衝撃波に乱打されるとは‥‥馬鹿な話だ」
 血と共に言葉を吐く。セイラムは呆然と、それを見下ろしていた。
「アネスティアの血の為せる業か‥‥なら、こんな終わり方も悪くない」
 それきり、イグニスは口を開かなかった。
 言い残した事など何も無い。そう言っているようだった。
 背後に立つ、闇の民の幼馴染に亡骸を託す。悪の宰相として晒し者になるのは流石に忍びなかった。
 
 息絶えた剣王の表情は安らかだった。
 救えたのだろうか。例えそれが自分の力でないとしても。
 クルトは、一人の剣士として剣王に礼を取ると、シンシアの館へと足を進めた。

 扉を開ける。
 2年ぶりに再開したシンシアは、どこか女性的な丸みを帯びて大人びて見えた。
 暫し、お互いに口を開かず、視線を絡ませる。
 やがて、シンシアはゆっくりと立ち上がり、背筋を伸ばす。クルトは静かに、片膝をついて臣下の礼をとった。
「ここまで来たという事は、狂王を倒されてきたという事ですか?」
「はい」
「私を、ここから連れ出しに来てくれたのですか?」
「貴女がそれを望むなら」
 シンシア(CV:星辰(fa3578))が、微笑んだ。泣き笑い。小さく頭を振る。
「ならば、私はソルメニア王国の女王として、残された最後の王家の人間として、疲弊しきったこの国を立て直さなければなりません」
 きっぱりと、シンシアはそう言い切った。言いながら、クルトの胸へ飛び込んだ。
「済まない、クルト‥‥ボクの心は平原と山に引き裂かれている。心は常に、クルト、お前と共にある。だが、この身は私自身だけのものではない」
 クルトは黙って頷いて、泣きじゃくるシンシアの頭を撫でてやった。剣王を倒すと決めた時から、こうなる事は分かっていた。
「俺の助けは必要か、シンシア?」
「無理をするな、クルト。私の所為でお前まで籠の鳥にするわけにはいかない。そんな事、私が耐えられない。だから‥‥ここでお別れだ、私の愛する『山の民』」
 最後の瞬間、シンシアがそっと背を伸ばす。静かに重ねる二人の唇。
 クルトは、びっくりしたような顔をしていた。シンシアは、笑った。
「何と言うか‥‥こんな時までクルトだなぁ」

 2年間に渡ったソルメニアの混迷期は、終わりを告げた。
 剣王と宰相、二人の死が全国に伝えられ、同時に、シンシア王女の女王即位が発表された。
 人々は、宰相の死に喝采を送り、剣王の死に落胆した。真実を知る極僅かな人々は口を噤んだ。それこそが、宰相本人の望みであったから。

 大商人のレーナスは、賭けに勝った。再び王家の御用商人となり、ずたずたになった貿易網の復興に精を出している。疲弊し切った国内はどこもかしこも品物が不足しており、レーナスは敢えて安価で物資を流通させた。
「今は、実より名を取るべき時でしょう」
 以後、レーナス商会の名は長く人々の記憶に留まる事となる‥‥

 アストルは夜逃げ同然で王都を抜け出した。
 なんでも、異国の装束に身を包んだ女占い師が、『アストルの正体』についてシンシアやロイドたちに吹聴して回ったらしい。
「なんですか、これ!? 新手の嫌がらせですか!?」
 暫くは王都で街の復興と王女の奮闘を見守ろうかと考えていたアストルは、結局、骨を休める間もなく旅の空の下へ踏み出す事となった。

 セイラムは、用意された官職を全て断って野に下った。
 国土の復興に際し、王国は優秀な人材を必要としていたが、元々、政治的な野心も無い。どこか心にポッカリと穴が開けたまま、セイラムは旅に出た。
 噂では、『行商人の男の道連れになった』とか、『闇の民の女が一緒についていった』とか色々言われてはいるが、真実はハッキリしない。
「ある意味、この旅も『尻拭い』かね‥‥」

 王位を継いだシンシアは、荒れ果てたソルメニアを立て直し、再建王の名で後の世に知られる事となる。
 生涯、結婚する事も無く、その終生をソルメニアの為に費やした。
 だが、精霊に対する信仰を失い、絶対的な存在だった剣王も無した王国に、西の大陸から渡って来たクロエシアン教が浸透する。
 それまでと勝手の違う新たな王国の危機に戸惑うシンシア。そこに一人の山の民が現れるのだが‥‥それはまた別の話となる。

 ハープは、全てが終わった後、クルトに『精霊の大剣』を返却された。
 彼女の旅は、これで終わったはず‥‥だったのだが、なぜかハープの機嫌は悪かった。
「ホントに返してしまっていいのか!? クルトはまだ旅を続けるのだろう? だったら、これはまだ必要なのではないか!? いや、いつか必ず必要とする時が来るっ!」
 何だかんだと理由を付けて、クルトに剣を貸し付けるハープ。彼女の旅は、まだまだ続くのだろう。

 これからどうする?
 そう尋ねるクルトに、カナンは悪戯っぽく小首を傾げて見せた。普段、大人びたカナンには珍しい仕草だった。
「そうですね‥‥クルトさん次第、って事にしておきます」
 そう言って、カナンはニッコリと笑って見せた。

「それでも前へ進んでいる、ですか。この大地も次に訪れる時には、以前のような活気に満ちたものになっているのでしょうか」
 それぞれの旅立ちをどこか遠くに見送りながら、メリッサは地面にしゃがみ込んだ。
 平原の魔法の利便性は、やがて、平原を超えて世界中に広がっていくだろう。その時、人は何を得て、何を失うのか。
 この平原に、最早、精霊は戻らない。失われたものの巨大さに気付いても、それは二度と還らない。
 だが、それでも。
 メリッサの視線の先。荒れ果てた大地に咲く、白く可憐な小さな花。
「だが、それでも花は咲く。それが生命というものなのかもしれませんね。この花の様に、人もまた‥‥」
 メリッサは立ち上がると、静かに旋律を紡ぎだした。
 優しい風に、花がそよいだ。