鷹司、鷹司。アジア・オセアニア

種類 ショートEX
担当 柏木雄馬
芸能 1Lv以上
獣人 11Lv以上
難度 難しい
報酬 なし
参加人数 8人
サポート 0人
期間 10/25〜10/29

●本文

 神田のとある裏通り。古びた雑居ビルの二階にある小さな古書店。
 『仕事』を息子に譲り、楽隠居を決め込む老人の元を、古い知り合いが尋ねてきた。
 懐かしい顔。少し老けたな、お互い様だが。精悍な顔つきは相変わらず‥‥変わったのはコートの左腕の中身がないこと位か。
「何があった‥‥?」
 知人は答えなかった。久しぶりに会ったにも拘らず、挨拶もそこそこにすぐ実務的な話に入る。
 相変わらずだな、と老人は苦笑して。読みかけの本を閉じた。
「自らNWを使い捨てにするDS、ね。幾らか噂は聞いた事がある。何でも、獣人たちに『試練』とか言ってNWをけしかけるのだとか。何が目的だか知らんが、手前勝手な話だ。その独り善がりの『試練』とやらで、犠牲になった者もいるだろうに」
 息子の携帯PCを引っ張り出し、情報を引き出して伝えてやる。その間、知人は眉一つ動かさず、黙ってそれに聞き入っていた。
「‥‥‥‥」
 知人の唇が僅かに動く。誰かに対する謝罪の言葉。そして覚悟。そんな言葉が読唇できた。
 知人は懐から黒い鉄の塊を取り出すと、それを老人の前の机に置いた。古い初期型のCoolガバメント。互いに第一線を張っていた頃、知人が使っていた銃だった。
「整備と、弾薬の手配を頼む。にわかに隻腕となった身ではままならんのでな」
 それは戦いに戻るという事。
 老人はジッと知人──鷹司英二郎の顔を見つめ‥‥そして、説得を諦めた。


 幼き頃、勇樹少年にとって、父親はヒーローだった。
 世界を股にかけ、悪いNWをやっつける『ワイルドホーク』。毎晩のように父の武勇譚を母にせがんでは、自分もそういう男になるんだと無邪気に憧れた。
 思春期の頃、病気がちの母を放って世界中を飛び回る父は軽蔑の対象になった。
 母が死んだ時、その死に目に間に合わなかった父を詰り、決別の言葉を叩きつけて勇樹は家を飛び出した。勇樹はその後、NWの討伐依頼を受けるようになり、皮肉にも、彼が憎悪する父親と同じ様な生活を送るようになった。
 その父親、鷹司英二郎は、その年、第一線を退いた。引退した後の鷹司はまるで別人のようだった。
 抜け殻のような日々。それは、そんな義兄を見かねた藤森若葉が、訓練キャンプの教官職を無理矢理押し付ける形で斡旋するまで、10年間続いた‥‥

「私は7人姉妹の末っ子で、一番上の姉、結奈がオジさ‥‥鷹司教官の奥さんだったの。結奈姉さんは私より20歳も年上で、姉さんというよりお母さんみたいだったな」
 DSの襲撃を受けて中止となった鷹司キャンプ。
 解散を告げる為に集めた獣人たちの前で、訓練スタッフの藤森若葉が、そんな昔語りをし始めた。
「二人には、勇樹という息子さんがいてね。ちっちゃい頃は、この同い年の甥っ子の所にちょくちょく遊びに行ってたわ。幼心に、仲の良い家族だった事を覚えてる」
 懐かしそうに話していた若葉の表情が曇った。溜め息を吐き、頭を振る。
 無理も無い。今でた勇樹という名前こそ、NWにキャンプを襲わせ、若葉を攫い、鷹司の片腕を吹き飛ばし、死者まで出したDSの名前なのだから。
 再び口を開いた藤森若葉の話は、少し跳んだ。
「‥‥朝からオジさんの姿が見えないの。荷物を纏めた跡があって、もう使わずに仕舞ってあった戦闘装備がごっそりとなくなってた」
 ざわり、と食堂がざわめいた。それはつまり‥‥
「オジさん一人で決着をつけに行ったのよ。でも‥‥」
 勝負は初めから見えている。鷹司英二郎はもう年で、しかも、片腕を失っている。にも関わらず武器を手に取ったという事は‥‥
 刺し違えるつもりなのだろう。息子と共に、父として。
「そんな事は認められない。私はこれからオジさんを追います。
 そういう訳で、ごめんなさい。鷹司キャンプは解散します。でも、どうしても、私が行ってあの二人をひっぱたいてやんなくちゃ‥‥!」
 若葉が捕まっている時に、勇樹が言っていた。
 若い頃、まだDSになる以前。とある遺跡を探索中にNWの襲撃を受けて全滅した事がある。いつかそのNWを支配下に置いてやるんだ、と。
 父を倒した勇樹が向かう先は、恐らくそこに違いなかった。


 ヒマラヤ山麓、人知れぬ山深く。
 周囲に人も住まぬその場所に、なぜかその神殿はあった。
 崩壊し、廃墟と化した瓦礫の神殿。野晒しで長い時を経たのだろう。草花に覆われた一帯に往時を偲ばせる面影はどこにもない。
 その神殿跡の裏手の山に、小さくひっそりと開いた岩の割れ目。人一人がようやく潜り込める洞窟の奥に、遺跡はあった。
 その入り口に、鷹司英二郎は立っていた。
 そこに、黒ジャージにスニーカー履きで面倒臭そうに佇むダメ教官の姿はない。フル装備、数々のオーパーツに身を包み、その能力を限界まで高めた往年の『ワイルドホーク』がそこにいた。
「すまん、結奈。決着は、せめて俺自身の手で」
 日が昇る。つぶやきは、風に流れた。

●PL情報
1.状況と目的
 PCたちは、『報酬もないのに藤森若葉に付き合うお人好し』です。
 先行する鷹司英二郎を追い、遺跡へと足を踏み入れることになります。
 とりあえず二人を追いかけてきた若葉ですが、彼女に明確な目的はありません。
 鷹司を連れ帰るだけでよしとするのか、NWも勇樹も倒して決着をつけるのか、皆さんで決めて下さい。
 ただ、一度DSに堕ちた者の歪みが正される事はないので、戦闘は必須と思われます。

2.戦場
 最終決戦場は、遺跡の最奥手前に広がる地下神殿跡です。
 市民体育館ほどの広さの薄暗い空間に、大きな円柱が立ち並んでいます。

3.敵戦力
 a.鷹司勇樹
  高レベル鷹獣人のDS。詳細は不明ですが、戦闘能力は高いと思われます。

 b.『多腕人型NW』
  若き勇樹のパーティを全滅させたNW。現在、勇樹の支配下にあります。
  キチン質めいた甲殻をもつ直立歩行型の虫人間。全長2m超。腕が4本あり、コアは額の中央に。
  『メテオブレード』や『クリスタルソード』で武装しています。
  その他、『飛び道具』や特殊能力の有無などの詳細は不明です。

 c.その他の戦力
  伏兵その他の戦力は不明です。
  ただ、いてもそれ程大きな戦力は用意できないと思われます。

4.制限
 人目のない遺跡の奥です。獣化と装備に制限はありません。

5.NPC味方戦力
 a.鷹司英二郎(隻腕型)
  かつては『ワイルドホーク』の二つ名で知られた高レベルの鷹獣人。56歳。
  遠近両戦をこなせるも、前回の襲撃で隻腕となった為、能力は落ちる。
  襲撃で古い友人を失った為、心に頑ななものを抱えている。

 b.藤森若葉
  訓練キャンプでは回復役とおさんどんを担当していた元モデルの一角獣人。28歳。
  学生時代は運動系で、体力と軽業はそこそこありますが、決して戦闘向きではありません。

●今回の参加者

 fa0295 MAKOTO(17歳・♀・虎)
 fa3135 古河 甚五郎(27歳・♂・トカゲ)
 fa4558 ランディ・ランドルフ(33歳・♀・豹)
 fa5003 角倉・雪恋(22歳・♀・豹)
 fa5054 伏竜(25歳・♂・竜)
 fa5055 鳳雛(19歳・♂・鷹)
 fa5387 神保原・輝璃(25歳・♂・狼)
 fa6132 新条・旭(25歳・♀・蝙蝠)

●リプレイ本文

「おはようございます、マコトさん! 今度、マコトさんのマネージャーになりました新条・旭(fa6132)です。よろしくお願いします!」
 世界最高クラスの格闘家、MAKOTO(fa0295)付きのマネージャーとなって初めての朝。
 事務所を出て、自宅にまでMAKOTOを迎えに出向いた新条が、初仕事に緊張に頬を上気させながらそう挨拶をしたのは昨日の事だ。
 成田から7時間。デリーからさらに空路で北上し、さらに車で十数時間‥‥
 気がつけば。新条は、インドにいた。
「‥‥はい?」
 古河 甚五郎(fa3135)が運転するジープに乗って、道無き道をガタゴトと揺られていく。荷台には食糧や水に交じって、ワイヤーロープやら何かのボンベやランタンやら、撮影用のレフ板なんてものまでが整然と積まれていた。それらの荷の隙間に収まる様に、新条はちょこんと腰をかけ、正面にどっかと座るMAKOTOの顔を改めて見直した。
「‥‥今、何と?」
「うん。これから鷹司って人を追って遺跡に潜って、DSと、そのNWと戦うから。アサヒちゃんもそのつもりで腹括っといてね♪」
 にっこりと笑みを浮かべながら、各種装備をドサドサと新条の膝の上に乗っけていくMAKOTO。新条は、たっぷり10秒ほど思考を巡らせてから、驚愕の悲鳴を上げた。
「いっ、いっ、いったい何の冗談ですか! 初仕事からこんな修羅場の助太刀なんて‥‥! って、マコトさん、なに笑ってるんですか。いや、全然笑えないトコですから!」
 大声を上げながら、新条は同僚の先輩から聞いた話を思い出す。
 分かっている。これが冗談でも何でもなく、MAKOTOが徹頭徹尾、終始一貫、びた一文負からぬ位に本気だという事は。MAKOTOという人は、冗談なんかで新人をインドの山奥まで連れてくるような人では‥‥‥‥いや、どうだろう?
「弟が何度か世話になった人みたいなんだ。頼むよ、この通り」
 手を合わせ、拝む様な仕草を見せるMAKOTO。担当する格闘家にここまでさせては新条も引くわけにはいかない。
「〜〜〜! 分かった、分かりました! こうなったら私も腹を括りますよ、ええ! 最後までお供しますって!」
 半分自棄になりながら、涙目で新条がそう叫ぶ。
 ぜーぜーと荒い息を吐いていると、それまでずっと無言だった古河がちらりと後席を振り返った。血色の悪い、どこか爬虫類じみた顔が新条を無言で見詰め続ける。
「‥‥えっと‥‥なんでしょう?」
「‥‥酸素。そこにありますから」
 古河は再び前を向き、ジープはガタガタと斜面を登って行く。
 いつの間にか結構な高さにまで登って来ていた。

 こんな人気のない土地に、なぜ神殿が建てられたのか。今となっては誰にも分からない。
 草生す大地の上、瓦礫の痕跡のみを残す『表』の神殿。その裏手の岩の割れ目の奥、洞窟の中に刻まれた『裏』の神殿。年代も様式も全て不明。ただ、DSである鷹司勇樹が訪れた事を考えると、獣人の‥‥NW関連の遺跡なのだろう。
「まさかこんな所に未探索の遺跡があるとはな‥‥」
 岩の隙間から覗き込みながら、神保原・輝璃(fa5387)がどこか呆れたように呟いた。
「ま、こんな人気の無い場所じゃ、しゃあないか」
 暗視ゴーグルを額に上げて、神保原が後ろを振り返る。周囲には人家はおろか、過去に人が入った気配すらなかった。
「そうね。私たちも勇樹やオジさんがここを訪れなければ、こんな所には来なかった」
 藤森若葉が言う。若葉は、インターネットの衛星写真を地図代わりにして、サーチペンデュラムでこの場所を‥‥勇樹と鷹司英二郎の居場所を特定していた。
「ここを偶然発見した若き日の勇樹たちのパーティは、嬉々として探索を開始して‥‥強力なMWに遭遇して全滅した。重傷を負いながらただ一人生き残った勇樹は、戦友も、恋人も、全てを失って、力を求めた。DSとなり、他の獣人にも力を持つ事を求め、『試練』と称してNWをけしかけて。そして‥‥」
 やがて、DSとして自らが獣人たちに災厄を撒き散らす存在へと成り果てた。勇樹の『試練』とやらで犠牲になった獣人たちは、一人や二人では済まないだろう‥‥
「もう、間に合わないのかもしれない‥‥」
 寂しそうに呟く若葉の先。足元に、不自然に並べて立てられた小さな岩が7つ。恐らくは、墓だろう。この遺跡で亡くなった勇樹の友人たちの。だというのに、墓には花が手向けられた跡も無い。‥‥もう彼等の事など忘れてしまったのだろうか。彼等の死に報いる為に力を求めたというのに。
「一度DSに堕ちた者の歪みが正される事はない‥‥ならば、オジさんのしようとしている事は正しいのかもしれない。それを邪魔しようとしている私は、ただ感傷に流されているだけなんじゃ‥‥」
 ペチン、と小さく乾いた音がした。
 角倉・雪恋(fa5003)が、若葉の頬を両手で挟み込むように軽く叩いたのだった。
 驚いてきょとんとした顔をする若葉。少し怒った様な顔をした角倉が、フッと笑って見せた。
「大丈夫。若葉さんはちっとも間違ってなんかいないから。無事を願うのは当然よ。教官の‥‥そして、勇樹クンのもね。
 ‥‥バカなのは教官よっ! そりゃ、子供がいけない事したら止めるのが親の責任だけど、勝手に一人で突っ走って‥‥」
 ぷんすかと怒ってみせる角倉に、若葉はようやく顔を綻ばせた。日本を出て以来、これまでずっと、その表情には常に暗い陰が差していた。
 神保原も、バリバリと頭を掻きながら、どこか照れ臭そうにそっぽを向いて、言う。
「まったく‥‥教官さんも、年甲斐も無く無茶しやがるよな。相手が相手だから、しゃあないけどよ。
 ‥‥けどよ、教官は今の俺にとって義理を貫くべき相手なんだ。例え勝手に突っ走って行ったとしても、そのまま黙って死なせたとあっちゃ、俺が俺を許せない。‥‥ま、みんな俺の個人的な事情だけどな。
 ‥‥だからよ、二人の決着がどう付くのかは分からねぇけどよ、教官だけはちゃんと生きて連れ帰ろうぜ」
 言い終えた神保原の視線が、すぐ近くで探索準備中のランディ・ランドルフ(fa4558)の視線とぶつかった。くはぁっ! と神保原が気恥ずかしさに息を吐く。ランディはついと視線を外すと、何事もなかったかのように準備を進めた。
「‥‥あんたも何か言えよ、ランディ」
「私も色々と考える事はあるが、結局、それは当事者間の問題だ。私が口を出すものでもない」
 表情を変える事無く、ランディは黒革の手袋をキュッとはめる。神保原は鼻白んだようだった。ランディは構わずに言葉を続ける。
「二人が和解する事を願ってはいるが‥‥全ては支配下のNWを排除してからの話だ。故に私はNW戦に全力を尽くす」
 ランディの言葉に、皆は顔を見合わせた。なるほど、道理だ。何にせよ、NWは倒さなければならない。
「‥‥そうですね。鷹司教官も勇樹君も死亡は駄目です。勇樹君からNWを引っ剥がしたら‥‥獣人同士の殺し合いでなく、漢同士の殴り合いで決着をつけて貰いましょう。その後で‥‥若葉さん。二人を思いっきりぶん殴ってあげましょう」
 いつの間にか背後に来ていた古河が、若葉の頭をポンと叩いて去っていく。ジープの所で準備をしていたはずなのだが‥‥それを言う為だけにこちらまで来たらしい。
「‥‥えーと。‥‥そうね。ともかく、まずはみんなでNWをやっつけちゃいましょう!」
 皆の表情が僅かながら明るくなった。とりあえず、ではあるが、やるべき事が定まった。それだけでも前進だ。
「そうよ。先行している教官も、もしかしたらそう考えているのかも。なんてったって、親子なんだから!」

 そんな意気上がる皆を、『伏竜』(fa5054)と『鳳雛』(fa5055)の二人が、少し離れた場所から眺めていた。
「親子、かぁ‥‥伏竜の旦那はどう思う?」
 二人のうち、ジープの荷台で胡坐をかいた鳳雛──無邪気そうな瞳が印象的な赤毛の若者──が、傍らに立つ青年にそう問い掛けた。伏竜と呼ばれた方の、どこか気難しそうな雰囲気の巨漢の青年は、その表情を殆ど動かす事無く首を横に振った。
「親子だからこそ、鷹司英二郎はその手で息子を殺そうとするだろう。
 DSに堕ちた事。そして、それ以上に、これまでに多くの犠牲を出してきた事。鷹司勇樹の罪は、裁かれずして許されうるものではない。そして、その事を、教官自身が一番良く知っている」
 淡々と、事実のみを語る伏竜。普段は陽気な鳳雛が、哀しそうに視線を落とした。
「‥‥だが、勇樹の罪を裁くのは、俺たちでも鷹司教官でもないはずだ。そんな事は許されない。それが例え罪を償わせる為だとしても、或いは救う為だとしてもな」
 然るべき機関に突き出し、処罰を乞う。残酷なようだが、それしか道はない。例えその結末が変わらないとしても。
 へへっ‥‥と、鳳雛が笑った。伏竜は僅かに眉をひそめ、怪訝な心情を表した。
「なぜ笑う? 俺は随分と非情な事を言っているんだぞ?」
「でも、それってさ。鷹司も死なせず、勇樹も殺さず、NWだけを殲滅する、って事じゃん? わざわざ一番危険できっつい方策を採るなんてさ、旦那もみんなも随分と人が好いよな。報酬は美女の笑顔で十分だ、ってかい?」
 ちゃかしたように笑う鳳雛。その笑顔を見て、お前も大概お人好しだよ、と、伏竜はそう言ってやった。

 準備を終えた一行は、鷹司親子を追って進入を開始した。
「未調査の遺跡か‥‥もったいない。調べれば色々と出てくるかもしれないのに」
「時間がない。一刻も早く、教官に追いつかないと。最悪、着いた時には何もかも終わっている、って事もあり得る」
 幸い、遺跡の床には、まるで絨毯の様に厚く埃が積もっており、教官の(そして勇樹の)足跡はすぐに判別できた。
 隊列の先頭に立ったのは、戦闘系の誰でもなく、古河だった。なぜなら──
「止まって下さい」
 唐突に、古河が皆を止めた。視線の先、教官のものと思しき足跡の間隔が不自然に開いている。
 古河は身を屈めると、ランタンで身長に地面を照らし始めた。
 光る線。階段状になって下っていく洞窟の通路。その足元に一本の細いワイヤーが張られている──
 古河はズボンからガムテープ片を剥がすと、慎重に貼り付けてワイヤーを固定した。ニッパーを取り出し、刃を当てる。後ろで見守る角倉と新条が、手に汗握りながらゴクリと唾をのむ。
 パチン。と切断されるワイヤー。
「罠を解除しました」
 素晴らしい笑顔で振り返る古河に、角倉たちの歓声が飛んだ。
「大袈裟だな。仕掛けられてたのは空き缶だろ? 対人地雷でもあるまいし」
「たかが空き缶、ですけどね。もし引っかかったら、それはひどい騒音を立てながら下へ転がっていくわけですよ。即席の警報としたら十分です」
「警報機‥‥それは、つまり」
「ゴールが近いという事でしょうね」
 やがて辿り着いた先は、二列の柱の立ち並ぶ市民体育館位の大きさの空間だった。柱には松明。炎に照らされた薄暗い『部屋』の奥。祭壇の様な段に腰をかけて俯く青年と、その横で微動だにしない多腕型のNW。
 角倉と神保原には見覚えのある青年だった。
「鷹司勇樹‥‥」
 呟きに、勇樹が顔を上げる。一行の姿を見ても、特に表情に変化はなかった。
「驚いた。罠に一つも引っかからずにここまで来るとはね」
 古河は心中で舌打ちした。勇樹は既に完全獣化状態だった。
 角倉は視線を周囲に走らせた。先に到着しているはずの教官の姿はどこにもない。まさか、と最悪の予想が鎌首をもたげるのを必死に否定する。今、この空間に戦闘の痕跡はない‥‥
「勇樹‥‥」
 若葉が一歩、前に出た。その時、初めて、勇樹がほんの僅か驚いたような顔をした。
「若葉か。何をしに来た? ここに来るのは、てっきりあの男かと思っていた」
 あ。と誰かが呟いた。俯いた若葉の肩が震えた。泣いているのか、とは誰も思わなかった。こめかみに浮かぶ血管。ヒクつく頬肉。それまでの吹けば飛ぶような儚げな雰囲気は、文字通り吹き飛んでいた。
「そんな事も分からないのっ!? 何しに来た!? お仕置きに決まってるでしょうが! 勇樹も! オジさんも! 謝るまで許してあげないんだから!」

 交渉は、なんと若葉の側から打ち切られた。叫ぶ若葉の声を合図にして、獣人たちが前に出る。
「ま、『お仕置き』は既定路線だったしな」
「それでこそ我等が『ご老公』」
 戦闘の口火を切ったのは、角倉による銃撃からだった。
 勇樹を含めた獣人たちが皆、特殊能力を使用して能力の底上げをする間に、多腕型のNWが正面から突っ込んできた。
 角倉はそれを冷静に見据えながら、弾倉をギャンブルブリッドを込めたものに交換する。装填。そのまま膝射の姿勢を取る。照準は迫り来るNWの片脚。狙いはタイトになるが、上手くいけばNWの行動を大きく制限できる。
 発砲。撃ち放たれた銃弾は見事にNWの脚部に命中し‥‥そして、何も起こらなかった。
「みんな、ゴメンっ! 賭け負けちゃった!」
 叫びながら、角倉は横っ飛び。突進してきたNWを回避する。
 獣人たちの只中へ突っ込もうとするNWの真正面にMAKOTOが立ち塞がる。まだ全ての能力は発動していないが、仕方がない。
「行かせないよ、後ろには!」
 言いながら、自ら懐へと飛び込んでいく。振るわれる剣撃。見切った。躊躇せずに踏み込み、拳の爪を剣を持つ腕へと叩きつける。
 『細震切爪』で高速に振動する鉤爪が、NWのキチン質に触れて激しく火花を散らす。MAKOTOはそのまま腕を掴み、握り潰すように鉤爪を甲殻へと埋め込んだ。
 NWはそれを振り払うべく、剣の柄をMAKOTOの顔面目掛けて振り下ろす。ガッ、ガッ、と何度も振り下ろされる剣の柄。だが、その攻撃がMAKOTOに届く事は無かった。『虚暗黒衣』──MAKOTOを取り巻く闇のヴェールが、その衝撃を全て受け流していた。
 ニヤリ、と笑みを浮かべるMAKOTO。ビキッ、と、NWの『装甲』の一部がひび割れた。
「マコト! そのまま腕を引き伸ばせ!」
 横合いから突っ込みながら、伏竜が叫ぶ。意図を察したMAKOTOが、掴んだ腕を力任せに引っ張った。
 バランスを崩すNW。その伸び切った腕に、伏竜はクリスタルソードを叩き付けた。キィィィンッ、と水晶の剣が美しい音を響かせる。
 一撃、二撃。と、そこへNWの別の腕が持つ剣が振り払われた。
「チッ」
 避けれない。伏竜は回避を諦めると、後ろに跳び退さりながら、『鎧』に当たるに任せた。衝撃。ガッ、と何かが削れる嫌な音。
 入れ替わるように、反対側から神保原が突っ込んだ。
「先に腕を貰っておく!」
 これを好機と見て、脚狙いを変更する。NWがMAKOTOの腕を振り払うその寸前。『俊敏脚足』で走り込んできた神保原が振り下ろした闇の刃が、NWの腕を一本、スッパリと斬り落としていた。

 腕の一本を失い、慌てたように前衛から距離を取るNW。間髪入れず、その足元に後衛組の射撃が集中する。
 ランディは中距離を保ったまま、立射の姿勢で慎重に狙いを定めながら、一発、一発、確実に銃弾を送り込んでいった。本来、38口径ではこの甲殻を貫けないはずだったが、ランディの持つリボルバーは『フェンリル』──魔獣の力を呼び起こす事で目標の装甲を無視できるオーパーツ──だった。
 新条の持つ西洋弓、『ソルジャーボウ』も、NWに特効を持つオーパーツだった。
 最後衛、若葉の横に立ち、初めて見るNW──それも大物──に涙目になりながら。それでも新条は、弓に矢を番え、そして放つ。発射速度は銃に及ばず、その矢も半分はNWの甲殻に傷を付けるだけなのだが、残りの半分は確実に、その装甲を貫き、突き刺さる。
 そして、角倉は、NWの目を惹く様に、正面近くを回りこみながら、近距離から銃撃を加え続けた。45口径弾はかろうじて甲殻を撃ち抜けた。オーパーツ程の派手さはないが、確実に甲殻を砕き続ける。
「うおぉぉぉっ!」
 そうして足元へ注意の向いたNWに、上空から振りかかる鳳雛のスパイクハンマー。天井近くの高さから降下しつつ振り下ろされたその一撃は、大きな威力を伴って『床の石畳を』粉砕した。NWは、その一撃を辛うじて避けていた。

「なんてこった。試しに一当たりさせるつもりが、腕を一本もっていかれるとは。一回戦でもうボロボロじゃないか」
 NWに対する怒涛の攻撃を見て、勇樹は心底呆れたように呟いた。
「まったく。幾ら何でも正面から当てるもんじゃないね。‥‥でも、まだ、やり様によっては2、3回は当てられる」
 勇樹の命令を受け、NWが再び前進する。獣人たちは全周から距離を詰め、再び包囲攻撃を行おうと──
 ふと、正面に立つMAKOTOは足を止めた。
 違和感。これまで身を覆っていた『虚暗黒衣』が消えている──
「かはっ‥‥!?」
 唐突に、MAKOTOが血を吐いた。横にいた神保原も同様にして膝を付く。
 NWの口の部分から、何か淡い光の波動の様なものが照射されていた。
「クッ‥‥!」
 MAKOTOは、慌てて身を転がらせ、その範囲から逃れ出た。神保原は蒼白な顔のまま動かない。思った以上にダメージが大きいようだ。
 その正面を、NWが突破する。行く手には最後衛、新条と若葉の姿。
「‥‥まずい!」
 ランディは、フェンリルの回転弾倉から空薬莢を廃莢すると、『水晶の38口径弾』を装填した。虎の子の一発だ。最初の4発で通常弾が貫通する事は確認済み。効果はある。
 前進するNWの後方から、照準、発砲。カン、という音と共に、大腿部の甲殻に小さな穴が開く。途端、NWがガクリと片脚から崩れ落ちる。水晶弾の一撃は、遂にNWの片脚を奪い取った。
 だが、喜ぶのも束の間だった。
 NWは、その手にした武器を──オーパーツを投げ捨てると、残った4本の手足で虫のように柱の側面を這い上がった。
「張り付いた!?」
 そのまま柱から柱へ。空中を跳躍し、べたり、とトカゲのように着地する。NWは、無防備な新条と若葉を『指呼の間』に捉えていた。

 急ぎ最後衛へと走り寄ろうとした伏竜は、不意に後方から迫り来る気配を感じて振り返った。斬撃。かろうじて対刃繊維がその一撃を受け止める。
「誰も俺の相手をしてくれないんでね。少々寂しいんで、少し付き合って貰えないかな?」
 鷹司勇樹だった。剣を2、3合しただけで、一人では太刀打出来ない事はすぐに理解できた。
「遠慮する。お前の相手は鷹司教官だろう?」
 焦りを微塵も感じさせずに答えつつ、応戦を諦めて防御に専念する。
 それでも押し込まれた。
 戦慄する。この男、NWがいなくとも、片腕を失った鷹司教官よりも強いのではないか‥‥?
 味方は‥‥駄目だ。NWに襲われた後衛組にかかりきりだ。誰もこちらに気付いていない。
 分断された。DSとNWの二正面戦は分かっていたはずなのに。
「伏竜のダンナぁぁぁ!」
 一人だけ気付いていた。鳳雛がハンマーでDSに殴りかかる。
 空中からの不意打ち。だが、それを、勇樹は『まるで分かっていたかのように』、驚いた素振りも見せずに捌いて見せた。
「!?」
 困惑しつつ、空中へと退避する鳳雛。駄目だ、戻れ! と叫んだのは、伏竜だった。
「『蟻蜂』!」
 勇樹の叫び共に、手の甲にあった黒い刺青がぐにゃり、と動き出して空中へと踊り出す。1匹、また1匹。計2匹の『蟻蜂』──手の平大の蟻と蜂を足したようなNW──が実体化し、空中の鳳雛へと襲い掛かる。
「なんだ、こいつら!?」
 勇樹が隠し持っていた伏兵だった。以前、鷹司キャンプを襲撃したNWと同種のものだ。小さいながらも侮れぬ攻撃力を持ち、素早く相手の懐に入り込む。
 これの相手をするには、鳳雛の得物は重すぎた。
 『蟻蜂』の電撃と酸の攻撃に、翻弄される鳳雛。そこへ止めを刺そうと勇樹が飛びかかり‥‥直前、その動きがピタリと止まり、バッ、と広間の片隅を振り返る。
 次の瞬間、飛来した一枚の『鷹の羽』が、勇樹の肩口に突き刺さった。
 飛び散る鮮血。動かなくなった左腕から滴る血。肩口の傷を抑えながら、勇樹が呻く。
「鷹司英二郎‥‥!」
 その広間の片隅の闇の中から、染み出すように現れる壮年の鷹獣人。鷹司英二郎。
 鷹司は、戦う獣人たちにちらと視線をやると、計算違いだ、とでも言いたそうに頭を掻いた。
「まさか、俺を探してまで追って来るとはな。計算外だ」
 小さく呟き、勇樹へと視線をやる。
「予定とは違うが‥‥決着を付けるぞ、勇樹。お互い片腕しか使えない。条件は五分だろう?」
「五分? 年寄りの冷や水かよ、ご老体」
「ぬかせよ、若造。お前にはNWがいるが、俺にも彼等がいる。有り難い事にな」
 
 ぎょろり、と目を剥くNWに、新条は矢を番える事も忘れ、心底身を竦ませた。
 喰われる。生物として原初の恐怖が、どうしようもなく身を震わせる。無理も無い。彼女はNWと戦うことはおろか見ることすら初めてなのだから。
 今まで姿を消していた古河が、そんな彼女を庇うように前に出る。
「矢を番えて下さい、新条さん。構えて。機会を逸しないように」
 機会? きょとんと聞き返す新条に、古河は薄い笑みを浮かべた。
「すぐ‥‥分かります」
 言う古河の背後へ、迫り来るNW。そのNWが、いきなりつんのめるようにして倒れ伏した。
「機会!」
 空かさず、新条が矢を放つ。
「‥‥こういう時は、意外と単純な罠が効果を出したりするのですね。なるほど」
 転んだNWの足元。柱と柱の間に渡したワイヤーロープを見ながら古河が呟いた。
 古河は、ガムテープで酸素缶を括り付けたランタンを愛しそうに取り出すと、それを後ろ向きに放り投げた。
 空中で回転するランタン。零れる油。火が回り、火の玉と化したランタンが地面に激突し‥‥炎は、漏れ出した酸素と反応して爆発的に燃え広がる。
 さらにもう一つ。燃え盛る炎の中から、NWが飛び出して柱へと張り付く。何となく怒りの視線を向けられたような気がして、古河は人の悪い笑みを浮かべた。
 それに反応したわけでもなかろうが、古河へと跳びかかろうとするNW。古河は、落ち着き払ったままだ。
「‥‥なぜ自分がそちらに背を見せていると思います?」
 次の瞬間、古河の尻尾がぶちん、と音を立てて、床に転がり、跳ね回った。
 その目の前で、古河の尻尾とは思えぬくらい元気にびよんびよんと跳ね回るトカゲの尻尾。NWが思わずそれに見入る。
 『尻尾きり』。初見のモノには、この激しく動く尻尾の誘惑には抗えまい。
「今だ! ラッシュを叩き込むよ!」
 一瞬、動きを止めたNWに、MAKOTOを始めとした獣人たちが突っ込んでいく。
 跳び回し蹴りの要領で身体ごと回転させた神保原のダークデュアルブレードの一撃が、残った足のもう片方を斬り飛ばす。倒れかけた所に至近距離から放たれるMAKOTOの肘打ち。さらにクルリと回転し、背中越しに肘を打つ。ランディはその瞬間、『地壁走動』で駆け上がった柱の上から這いつくばるNWの背中へ『放雷紫爪』で切りつける。電撃。跳ね飛ばし、振り払おうとするNW。ランディは飛び去った柱の上から全力の『真空風刃』、甲殻を切り裂きながら風が乱舞する。
 この10秒間にNWに与えたダメージは絶大なものだった。
 もはやNWは、3本──いや、2本だ。一本は肘で砕かれた──の腕で這い回る瀕死のガラクタに過ぎない。
 だが、それでも。
 NWは生きていた。
 射程内。それまで無事だった古河、新条、若葉を含めて。NWから放たれた光の波動が獣人たちを『薙ぎ払』った‥‥

 鷹司英二郎。
 鷹司勇樹が呼んだその名を聞いて、角倉はもう一つの戦場へと走った。
「教官‥‥やっぱり来てたのね! って、あれは『蟻蜂』!?」
 辿り着き、状況を確認する。鳳雛は、既に地面に倒れて戦力外‥‥酷い怪我だ。高い所から落ちたのかもしれない。今は、教官と伏竜が、勇樹と地上戦を戦っている。自在に宙を飛ぶ2匹の蟻蜂が邪魔なようだった。
 角倉は、柱の陰から宙を飛ぶ蟻蜂目掛けて狙撃した。45口径弾を2発被弾し、一匹の蟻蜂が砕け散る。
 さらに、蟻蜂と勇樹を巻き込む範囲で伏竜が『波光神息』を全力で吐き出す。光の奔流に飲み込まれ、蟻蜂は地に落ちて‥‥勇樹は耐えた。逆に撃ち放たれた『破雷光撃』に、伏竜も遂に倒れ伏す。
 残ったのは、左腕を血塗れにした勇樹と、荒い息を吐く鷹司。
 角倉は勇樹の額に照準を合わせ‥‥ダメだ。撃てない。仮にも教官の息子さんを殺すなんて‥‥
 残る右腕を狙って撃つ。だが、それは分かっていたかのように回避行動を取られてしまった。
「鷹獣人‥‥教官も使っていた『瞬間予知』‥‥!?」
 それ程便利なモノではない、と教官は言っていた。だが、それが勝負を分けることも多々あると。
 そして、勇樹の一撃を受け、鷹司が転倒する。勇樹の追撃はない。彼も荒い息を吐いている。
 もう起き上がる力も無いはずなのに、鷹司は愛刀『白夜』を杖代わりに身を起こそうとする。
「そんなナリで‥‥まだ戦うつもりか‥‥随分と必死だな。この俺を止めるのに」
「当たり前でしょう!?」
 角倉は、思わず飛び出していた。
「どんなに遠くに離れていたって‥‥どんなに長く会っていなくたって‥‥親は子供が心配なの! 例えどんなバカやった子供だってね!」
 時には自分の命も顧みぬ位に。丁度、今の鷹司のように。
 角倉は、倒れた鷹司に駆け寄って、無理をして起き上がろうとする鷹司を抱き止めた。
「教官、もう無茶はしないで! もうみんな戦う力なんて残ってない。この戦いは引き分けなんだから!」
 そう。もう戦えるのは角倉しかいない。勇樹や鷹司も含め、角倉以外の全員が重傷以上の傷を負っていた。
 だというのに、勇樹は一人、立ち上がる。
「‥‥引き分け? 冗談じゃない」
 勇樹はふらつく足取りでNWに近づくと、ガラクタ同然になったそれを情報化した。さらに、変形。NWは、一振りの巨大な曲刀に武具化した。
「引き分けじゃない。まだ俺には戦闘力が残されている。‥‥俺の勝ちだ」
 チャキィン‥‥! 無造作に振った剣の軌跡は、柱の一本を半ば切り裂いて崩壊させた。
 角倉は戦慄した。ここまで‥‥威力の大きな武具になるものなのか‥‥!
「このNWを‥‥敗北の記憶を支配下に置いた事で、俺の目的は無くなった」
 ギィィィンッ! さらに一本。勇樹が柱を破壊する。
「取り立ててやりたい事などないが‥‥そうだな‥‥より強いNWには興味がある」
 また一本。『神殿』が軋む音がする。
「鷹司英二郎。これまでは俺があんたの影を追っていた。今度はあんたが俺の影を追う番だ」
 もう一本。今や、神殿全体が鳴動を始めていた。
「この遺跡にももう用はない。むしろ邪魔になる可能性すらある。ほら、逃げるなら早くしろ。遺跡と共に埋葬される羽目になるぞ」
 鷹司は、角倉に全員の脱出を促した。
 崩れ行く遺跡。勇樹の笑い声だけが、いつまでも響いていた‥‥

 鷹司勇樹が死亡したとは、誰も信じてはいなかった。
 勇樹は鷹獣人であり、以前、『瞬間転移』を使用したところも目撃されている。
 鷹司キャンプは、正式に解散した。左腕を失ったとしても、教官職は続けられるはずだったが、鷹司英二郎は『一身上の都合』を理由に去っていった。
 藤森若葉は、また置いてけぼりを食った。鷹司と勇樹、二人に対する悪口を一頻り叫んだ後、彼女は再び荷を纏め始めた。
「待ってなさいよ‥‥絶対に逃がしはしないんだから‥‥!」