ドラマ実験室 『一閃』アジア・オセアニア

種類 ショート
担当 柏木雄馬
芸能 1Lv以上
獣人 1Lv以上
難度 やや難
報酬 1万円
参加人数 8人
サポート 0人
期間 04/19〜04/23

●本文

「長い話を纏めるのは難しいな」
 某TV局から少し離れたファミレス。
 あるドラマの撮影を終えた打ち上げの席上で、ディレクターとADが雑談に花を咲かせていた。
「特に原作に縛られていると厳しいな。設定を詰め込みがちになる」
「そうですね。最終回間際にやたらと展開を急ぐ連続ドラマとか、ありますものね」
「だよな。台詞の間とか、役者の芝居とか、編集で切る羽目になるんだな、あれ」
 大きく紫煙を吐き出すディレクター。彼の前の灰皿はすでに一杯になっていた。
 ADがウェイターを呼んで灰皿を代えてもらう。
「‥‥逆に、30秒のシーンを30分のドラマにしたらどうなりますかね」
「やってみたら、面白いかもな」
 ディレクターは、紙ナプキンにボールペンでサラサラと状況を書き連ねた。

 剣を構え、向かい合う二人の侍。
 静寂が辺りを包み、緊迫した空気が辺りを包む。
 一閃。交錯する二人の刀。
 やがて一人が倒れ、もう一方が立ち去る。

「‥‥これだけだと、30秒っすね」
「設定も何も無いからな。これに肉付けをして30分‥‥はキツイか。10分のドラマにしてみろ」
 ディレクターに言われて、ADが考える。
 まずは斬り合う二人の設定だろうか。なぜ二人は立ち合うのか。過去の因縁? ただの成り行き? いや、そもそも二人は何者なのか。
「‥‥二人の立ち合いの前に、そこに至る過程を説明するシーンを入れてもいいですか?」
「ダメ。それじゃ、普通のドラマだろ。あ、説明台詞とかも禁止な。回想シーンもなし」
「うぇ‥‥。意外と難しいっすね」
 頭を抱えるAD。ディレクターが笑う。
「設定を表現する方法はいくらでもあるだろう。立ち合い前の二人の間合いは? 表情は? 着ているものは? 斬り合う場所は? 分かりやすい小道具を示して、視聴者に想像させるという手もある。‥‥ま、演出家には演出家なりの、美術には美術なりの、そして役者には役者なりの表現方法があるさ。逆に言えば、それで表現できないような設定にはしないことだな」
 そう言って、ディレクターは新たな煙草に火をつけた。
「登場人物等は多少増やしても構わないが、基本骨子はあくまでこれ‥‥」
 そう言って、ディレクターが紙ナプキンを指差す。
「この30秒間。この状況から逸脱しないようにな」

 ‥‥この時の雑談が、深夜枠の一番組になろうとは、この時は誰も予想していなかった‥‥

●PL情報
 ドラマの撮影スタッフ、および出演者を募集します。
 メイキングです。
 限定された状況でいかにドラマを作るか。役者を含むそのスタッフの奮闘ぶりが放映されます。

 目的:オープニングで示された条件の下、ドラマを制作する。

●今回の参加者

 fa0521 紺屋明後日(31歳・♂・アライグマ)
 fa1414 伊達 斎(30歳・♂・獅子)
 fa1435 稲森・梢(30歳・♀・狐)
 fa2459 シヅル・ナタス(20歳・♀・兎)
 fa2573 結城ハニー(16歳・♀・虎)
 fa2724 (21歳・♀・狸)
 fa2807 天城 静真(23歳・♂・一角獣)
 fa3211 スモーキー巻(24歳・♂・亀)

●リプレイ本文

「対峙する二人の侍。イメージは『月下の決闘』、設定は『仇討ち』ってことで」
 ドラマ実験室『一閃』。その脚本と演出を担当する天城 静真(fa2807)は、会議で決定した方針を番組ディレクターに報告した。
 結城ハニー(fa2573)演じる男装の女剣士が、伊達 斎(fa1414)演じる父親の仇の武芸者を討つ。
 この設定を軸に、剣の達人同士の立ち合いという30秒の出来事を10分間のミニドラマとして表現する。
「緊張感の表現と30秒を引き延ばすという理由から無言劇で。それと、劇中の出来事が実際には30秒であることを示す為に、演出としてアゲハチョウの羽化シーンを使おうかと」
 実際に羽化するシーンを撮影するのは難しいので、これから過去の映像資料を漁って探すことになる。最悪の場合、外部の教材用映像などを使うことになるだろう。
 ディレクターが仮台本に目を通す。
「‥‥うん、いいんじゃないか。都合の悪い箇所があれば、追々変えていけばいいし」
 かくして、ミニドラマ制作はスタートした。

 天城が向かったのは、今回、音響を担当するスモーキー巻(fa3211)の所だった。
 天城は、仮台本に大きな変更が無いことを伝え、予定通り、無言劇のBGM、SEの演出を頼んだ。
「一応、イメージはあるんだが、音響関係は素人なんでスモーキーさんにお任せしようと思う」
 スモーキーはうなずくと、幾つか質問をして天城の持つイメージを聞き、方針を提案した。
「立ち合う二人の対峙するシーンがドラマの中心だったよね。なら、BGMはオープニングとエンディングのみにして、効果音で静寂と緊張感を演出する形かな。オープニングは、確か蝶の羽化のシーンからだったっけ?」
 そう言うとスモーキーは、傍らのギターを掴むと、静かで幻想的な曲調の旋律を紡ぎだした。
「‥‥こんな感じで始まるのはどうかな?」
「時代劇っぽくはないが、渋くていいんじゃないか」
「じゃあ、こんな感じで何曲か作っておくよ」
 天城が退室すると、スモーキーは台本を引っ張り出してもう一度読み返した。伝えられたイメージを基に、効果音で演出を構成する。
「『一閃』に至るまでの集中力と緊張感の高まり‥‥小川のせせらぎのような『外的な効果音』から、心音のような『内的な効果音』にシフトして表現するかな‥‥視聴者の緊張感も高めるように‥‥そして、そのピークには完全な静寂、決着とともに壊れる無音の世界‥‥。うん、この方向で煮詰めていくか」
 一心不乱に、台本にペンを入れるスモーキー巻。立ち上がるとすぐに、必要な効果音を探しに音響資料室へと向かった。

 次に天城が向かったのは、役者たちが集まっている『稽古場』だった。
 今回、刀剣を使った立ち回りということで、空きスタジオを押さえ、自発的に演技の練習を行っているのだった。
「あれ? コンさん、来てたのか」
 そのスタジオで天城は、コンさんこと紺屋明後日(fa0521)の姿を見つけた。
「芝居に使う衣装と小道具を持ってきたんや。刀振り回すのも、実際に衣装を着てやった方がええやろ」
 紺屋は今回、美術系全般を担当していた。衣装から小道具、セットの手配までが紺屋の仕事だ。
 スタジオの中央では、着替えを済ませた役者たちが通し稽古をしていた。
 男装した女武芸者役の結城が、白を基調とした男物の旅装束に三尺三寸の長刀。仇の道場主役の伊達が、黒を基調とした紋付袴に二尺三寸の打刀。
「仇討ちちゅうことで結城はんの衣装は白をメインに、対する伊達はんの方は、黒をメインに選んどいた」
 天城と紺屋が話していると、スタジオにパン、パンと手を叩く音が響いた。
 演技指導の稲森・梢(fa1435)だった。普段は温厚な彼女だが、こと芝居に関しては妥協の出来ないタイプだった。
「結城さん! やっと見つけた仇に斬りかかるのに、そんな綺麗なかけ声で向かっていくの!? もっと胸の内に抱えているどろどろしたものを吐き出しなさい!」
「でも、今回のドラマは無言劇では‥‥?」
「役者というのは表現者よ。目に見えない部分だからといって手を抜いてたら、中身のない演技しか出来ないのよ!」
「はい、わかりました、師匠!」
 ピンと背筋を伸ばし、キリリと目をつり上げて、台本を結城に突きつける稲森。結城は思わず直立不動で返事をした。
「伊達さんも! あなたの役は門下生を大勢抱える師範代なんだから。刀を構えるのに身体が泳ぐようでは話になりません!」
「面目ない」
 大きな身体を縮ませて、伊達が恐縮した。

 通し稽古が再開された。
 立ち合いを見守る町娘役、結(fa2724)とシヅル・ナタス(fa2459)の二人には特に問題がなかった。
 伊達は慣れない殺陣に四苦八苦していた。演技のほうには問題はなく、堂々とした武芸者ぶりをそつなく演じていた。
 一方、結城の方は長刀を自在に操って見せるものの、芝居の方では苦労していた。
「伊達さんは『正眼から踏み込んでの袈裟斬り』だけを反復練習。結城さんがそれに合わせる形で抜刀を‥‥」
 稲森も、慣れない演出──演技指導を、女優としての経験を頼りに必死でこなしていた。
 考え込む天城。ふと白い振袖を着た町娘役の結に目が止まった。
 天城は、中央まで歩み出ると、結と結城の二人に声をかけた。
「脚本を変更しよう。結さんが父親を殺された娘役。結城さんは、自分と同じ境遇の結さんに助太刀する男装の女剣士でいこう。結城さんは、伊達さんと稲森さんと殺陣に集中してくれ」
 今回の撮影は、カメラワークを駆使する為に断続的になる。感情を込めて一気に演じきれない分、難易度が高いと言えた。
「結さんは、父の仇を憎悪しつつ、助太刀の結城さんを心配する役。急な変更だけど、頼めるか?」
「やってみます」
 結がうなずく。紺屋が小道具の中から懐刀を結に持ってきた。
「じゃあ、シヅルさんは、野次馬ではなく通りがかって斬り合いに驚く役で‥‥って、シヅルさん?」
 いつの間にか、シヅルが天城のすぐ横にまで来ていた。
「桜が欲しいわね」
「は?」
「夜桜よ。ライトアップされた夜桜の下での決闘、というのはどうかしら?」
 サムライを語るならサクラは外せないでしょう、とシヅルは言った。
「スタジオセットの桜なら、確かあったけど?」
 本来は大道具の紺屋が、しれっとした顔で天城に言った。

 撮影本番当日。
 セットの組まれたスタジオ内に役者たちが入ってきた。
 セットといっても、劇中では暗闇が背景となる為、必要最低限のものだけだ。土の地面と、野草と、川と橋と、そして桜と。セットの桜は当初、こじんまりとしたものだったが、シヅルの強い要望により、花見が出来そうなくらいに立派なものになっていた。
 本番前のカメラリハーサル。演出の天城と役者の伊達、そしてカメラを担当する紺屋が、カメラワークについて話し合っていた。
「相手の手、足、視線──相手が何をしてくるか。『達人同士の読み合い』を表現する為に、カメラは僕と結城さんの視線を意識したカット割りで──」
 役者の立場から伊達が意見を言う。

 そして、最終リハーサルが行われ‥‥本番が始まった。

●ミニドラマ『一閃』
 静かな夜だった。川面に月が映っていた。
 さらさらと水の流れる音だけが静かに染み入り、時折吹く風が野草と水面の丸い月を揺らしていた。
 川岸の土手を、帯刀した四人の男が歩いていた。紋付袴姿の大柄な武芸者(伊達 斎)と、その門下と思しき男たちだった。
 男たちが橋を渡る。先頭の男が持つ提灯がゆらゆらと揺れていた。
 その四人を、川岸の桜の木の陰で張り込む二人の人影があった。
 一人は、帯に懐刀を差した全身白ずくめの、武士の娘然とした着物の女(結)。もう一人は、旅装束に身を包んだ男装の若い女剣士(結城ハニー)だった。
 遮るものの無い月光の下、武芸者の姿を認めた女の表情が硬く強ばる。女剣士の視線を受け、女は小さく頷いた。

 提灯を持った男が桜の木の下に差し掛かると、桜の下にいる女二人の姿が闇に浮かび上がった。男が驚いて後ずさる。武芸者は特に動じた風も見せず、見覚えのある白ずくめの女に目をやった。
 憎しみに満ちた、同時にどこか怯えたような瞳で武芸者のことを睨む白ずくめの女。その手がキュッと、懐の守り刀を握り締めた。
 武芸者の表情が僅かに動く。その武芸者の視線から女を隠すように、男装の女剣士が前に出た。
 いきりたち、刀に手をかける男たち。それを手で制すると、武芸者は一人、前に出た。

 仄かに舞い降りる月光。灯に照らされた桜の木の下で武芸者と女剣士が対面する。
 武芸者は、二尺三寸の打刀を引き抜くと正眼に構えた。対する女剣士は三尺三寸の長刀の柄に手をかけたまま腰を落とす。
 ほう、という形に武芸者の口が開く。武芸者はスゥと息を吐くと、正眼の構えのまま静かに女剣士を見据えた。それを見て、女剣士も軽く目を見張った。ジリジリとにじり寄っていた足が止まる。
 ザァッ‥‥と風が鳴る。桜の枝が揺れ、花びらが舞い落ちる。花吹雪の中の女剣士。そして武芸者。互いに視線を揺らさず、微動だにしない。
 暗闇の背景の中、画面に映るのは二人の姿と桜のみ。そのシーンを遠景に、蝶の蛹がフレームインする。うっすらと透けた蝶の蛹。その背が静かに、ぱちりと割れた。

『ドクン‥‥‥‥ドクン‥‥‥‥』
 ゆっくりと、低音で。心音が静かに響く。最早、小川のせせらぎも、風が揺らす枝の音も立ち合う二人には聞こえない。
『ドクン‥‥ドクン‥‥ドクン‥‥』
 微動だにしなかった二人が再びジリジリと動き出す。武芸者は、女剣士の長刀の間合いギリギリを出入りして初太刀を誘う。初太刀を外せば、取り回しの重い長刀の女剣士より打刀の武芸者の方が有利になる。女剣士もそれが分かっているだけに慎重になる。
『ドク‥‥ドク‥‥ドク‥‥ドク‥‥』
 二人の剣士の、ジリジリとした、命懸けの攻防が続く。だが、一見、動きが無いようにしか見えない。
 ‥‥蝶がゆっくりと蛹から頭を出す。背中で押し開けるようにして、身体を前に出していく。
 そして、その蝶の横を、提灯を持った艶やかな振袖の若い娘(シヅル・ナタス)が通り過ぎていく‥‥
『ドク、ドク、ドク、ドク、ドク‥‥』
 スルスルと武芸者が横に移動する。女剣士を中心に円を描くように位置を変える。摺り足で身体の向きを変える女剣士。二人の視線が絡み合う。
『ドッ、ドッ、ドッ、ドッ、ドッ、ドッ‥‥』
 ザザッ! 武芸者が女剣士の間合いに一歩踏み込んですぐに退く。ビクッ、と女剣士が肩を震わせて抜刀を堪える。
『ド、ド、ド、ド、ド、ド、ド‥‥』
 ダンッ! 逆に一歩踏み込む女剣士。慌てて間合いを離す武芸者。
 ‥‥そこへ通りかかる若い娘。白刃を煌かせて立ち合う二人に驚いた若い娘が、提灯から手から取り落とす‥‥
『ドドドドドドドドドドドドドドドド‥‥』
 有り得ない位に心音が鳴り響く。
 血走った目で奥歯を噛みしめる武芸者。ツと流れた一筋の汗を舌で舐め取る女剣士。全ての感覚が相手の一挙一動に注がれ、僅かな隙も逃さすまいと、焼き切れかけた神経を酷使する。
 ‥‥完全に蛹から全身を這い出す蝶。
 そして、若い娘の提灯が地に落ちた。
『────────────』
 静寂。
 同時に二人が仕掛ける。
 神速の踏み込みで一気に間合いを詰め、上段に振りかぶる武芸者。
 同じく長刀を鞘走らせる女剣士。
 そして──
 サンッ‥‥!
 袈裟斬りの武芸者。胴払いの女剣士。その体勢のまま二人が固まる。
 落ちた提灯が燃え上がり、二人の形相を照らし出す。
 女剣士の帯がハラリと落ち、白い素肌が露わになった。うっすらと血が湧き出して、白い肌に赤い線を作る。
 そして、武芸者は、口の端から血の泡を零しながら、ゆっくりと崩れ落ちていった‥‥

 倒れた武芸者に門下の男たちが走り寄る。
 長刀を鞘にしまい、無言で立ち去る女剣士。
 その背を見送りながら、白ずくめの女は深々と頭を下げた。むせび泣く男たちを複雑な思いで見つめながら──

 画面が暗転し、スタッフロール。静かにエンディング曲が流れ出す。幻想的な、それでいて物悲しいギターの音。
 最後に『完』という表示。そこを蝶がひらひらと舞う‥‥

●打上げ
 撮影を終えた後、スタッフ全員で打ち上げが行われた。会場は、撮影が行われたスタジオ。飲食物を持ち込んでの花見だった。
 結城が皆に振舞った激辛鍋に、男性陣が悶絶する。ひどく辛いのだが、それが美味い。だが、やっぱり舌が腫れ上がるほどに辛いのだ。
 その結城が今回の撮影について振り返ると、やはり稲森のスパルタぶりが思い起こされた。
「もう、あまり恐かったとか言わないでくださいよ。つい行き過ぎたと自分でもわかってるんですから‥‥」
 頬を赤らめる稲森。つい『演技指導者』という『役』に入り込んでしまったのかもしれない。
「侍をやったのですから、どうせなら騎士バージョンもやってみたらどうでしょう?」
 シヅルがディレクターに提案する。
「馬上試合でもやるか? でも、さすがに今回と被る部分が多いかなぁ‥‥。それに、視聴率がなぁ‥‥。ネタは幾つかあるんだが」
 宴はたけなわ。そんな中、一人ディレクターの苦悩は続いていた。