世界祝祭奇祭探訪録 12ヨーロッパ
種類 |
ショート
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担当 |
風華弓弦
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芸能 |
1Lv以上
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獣人 |
1Lv以上
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難度 |
普通
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報酬 |
1万円
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参加人数 |
8人
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サポート |
0人
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期間 |
09/15〜09/18
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●本文
●飲んだくれ達の16日間
ドイツ南部バイエルン州の州都ミュンヘンは、大小多数のビール醸造所があり、芸術とビールの街とも呼ばれる。
このミュンヘンで開かれる世界最大のビールの祭典が、『オクトーバーフェスト』だ。
期間中には世界中から600万人以上の観光客が訪れ、600万リットル以上のビールが飲み干される。
1810年10月のバイエルン国皇太子ルートヴィヒの結婚祝祭騎馬レースに端を発した『オクトーバーフェスト』だが、9月の方が天候が安定している為、現在では9月20前後の土曜から開始され、オクトーバーの名を損なわないよう10月最初の日曜日までが開催期間となった。
一方、会場は1810年当時から変わらず、皇太子妃となったテレーゼの名を冠した『テレーズエンヴィーゼ』(ミュンヘン市民には『ヴィスン』と略す)広場で行われる。
42ヘクタールという広大な会場には、14の巨大テントがずらりと並ぶ。
これらは全てビールメーカーのテントで、参加できるのはミュンヘン市内のビール醸造所のみに限られている。最大のテントは座席数一万席を越え、それ以外のテントも四千〜六千人を収容可能となっている。
テントの周りには、小さなビヤ・ガーデンやワイン・レストラン、ソーセージや鳥の丸焼きの立ち食いスタンド、カフェ、菓子や記念グッズを売る屋台などが、所狭しと立ち並ぶ。また、ビールを飲めない子供達の為に仮設遊園地が出現し、ジェットコースターや観覧車など60以上のアトラクションで喜ばせるのだ。
『オクトーバーフェスト』初日は、民族衣装や馬車の華やかな入場パレードから始まる。
そして正午ジャストでミュンヘン市長がビヤ樽に木槌で蛇口を打ち込み、最初の1杯をジョッキに注いで、祭りの開幕を告げるのだ。
この期間にだけ味わえる『オクトーバーフェスト・ビール』は、各醸造所がその年の3月に仕込み、夏の間に貯蔵した特別なビール。これを「マス」と呼ばれる1リットル入りのジョッキでぐいぐいと飲み、食べては楽団の演奏に合わせて唄い踊る。
それが、『オクトーバーフェスト』である。
●『オクトーバーフェスト』
「一応、日本向けの放送でもあるので、未成年の方は飲酒禁止という事でお願いします」
簡単な注意を挟んで、お馴染みのスタッフは淡々と番組資料を配る。
『世界祝祭奇祭探訪録』は、「現地の家族との触れ合いを通じて、異国の風習を視聴者に紹介する」という現地滞在型の旅行バラエティだ。
これまでにヨーロッパ各地で祭を紹介し、今回の『オクトーバーフェスト』が第12回となる。
「今回の滞在先は、ドイツのミュンヘンです。滞在期間は、9月15日から18日までの4日。ええ、終了まで頑張れとかは言いません」
資料をめくりつつ、担当者は今回の内容を説明していく。
「滞在先のゾエ家ですが、家族構成はご両親と20の娘リタさんの三人家族。ビール醸造所で働いている方で、そこは『オクトーバーフェスト』でもテントを張るそうです。その為、一家揃って給仕も担当するとか」
一通りの説明を終えた担当者は、紙の束をトントンと机の上で揃えた。
「では、どうぞ良い旅を。連日の二日酔いなどで、視聴率を落とさないよう頑張って下さい」
●リプレイ本文
●CETからお知らせ
−−今回の探訪者は、皆さん成人です。お酒は二十歳になってから。
●鐘の音響く
郊外にあるミュンヘン空港からSバーン(電車)で40分ほど揺られれば、ミュンヘンの中心部へと到着する。
一行はミュンヘン中央駅ではなく、マリエン広場駅に降り立っていた。
地下駅から地上に出た広場は混雑し始めていて、紗綾(fa1851)はきょろきょろと辺りを見回す。
「ここ。何か、あるんです?」
「どうでしょう。周りの店に入るならともかく、ただ集まってるだけのようですし」
紗綾に倣う様に、加羅(fa4478)も周囲の人々を不思議そうに見やる。
爪先立ちの羽曳野ハツ子(fa1032)は、更に人ごみの向こうへ目を凝らていした。
「う〜ん。夕方の5時前に、このマリエン広場で待ち合わせって聞いたんだけど‥‥」
「この状況だと、ちょっと判らないね」
額に手を翳し、Rickey(fa3846)も待ち合わせ相手を探す。
「縁ちゃん、はぐれちゃダメよっ」
ぎゅむっと腕を掴む姉の檀(fa4579)に、Iris(fa4578)は肩を落とした。
「お仕事中は、縁璽って呼ばない」
「あら。ごめんね、イリスちゃん」
二人が成人していなければ、微笑ましいやり取りである。
やがて、集まった群集は誰ともなく同じ様にある一点を見上げ、御堂 葵(fa2141)も人々の視線の先を追えば。
そこにはネオ・ゴシック様式のミュンヘン新市庁舎が建ち、時計台の時計が17時を差そうとしていた。
「‥‥時計台、ですか」
「ああ。からくり時計があるのか」
納得したように、深森風音(fa3736)も時計台を見上げる。文字盤の下に出窓のような『ステージ』がある。
やがて針が17時を示すと、周囲の人々は息を呑み。
鳴り響く3オクターブ半のグロッケンシュピール(カリヨン)に合わせて、着飾った人形達が出窓の上段で次々と動き出した。
貴賓席に座る男女の前で、左右から青いバイエルンの騎士と赤いハプスブルクの馬に乗った騎士人形が現れ、何も起こらずすれ違う。
次に道化、ラッパ吹き、露払い、旗持ちが現れ、場を盛り上げて。
二度、現れた青と赤の騎士が交錯すると、赤い騎士が打たれて馬から仰け反り。
勝利を収めた青い騎士に、観光客から歓声と拍手が起きた。
馬上試合が終わると、続いて下段の数人の職人人形が、くるくると軽やかに踊り始める。
「ドイツ最大の仕掛け時計なんです。上が、バイエルン大公ヴィルヘルム5世とフランス・ロレーヌ公女レナーテの結婚式と、馬上試合。
下はペスト再来を恐れて外へ出なくなった人々を勇気付けて、桶職人達が踊った『桶屋の踊り』なんです」
最後に最上段の金の鶏が「ホッホホー」高く三度鳴き、約15分の芝居の終わりを告げた。
「夜の9時には、左側の出窓から夜警の人がホルンを鳴らして。右側からミュンヘン小僧が、おやすみなさいの挨拶をするんです」
見物を終えた観光客は次々と散っていき、一行と女性が広場に残る。
「えーっと‥‥もしかしてキミ、リタさん?」
問うRickeyに、時計の説明をした女性は人懐っこい笑顔で頷いた。
「はいっ。ようこそ、ミュンヘンへ」
リタの案内で入り組んだ路地を抜けた先のゾエ家に着くと、恰幅のいい夫人がボリュームのある『抱擁』で来訪者達を歓迎した。
「よく来たねぇ。お腹もすいたろう? 畏まってないで、我が家だと思って寛いでおくれ」
「初めまして」
「お世話になりま〜す! あ、お土産です!」
会釈する加羅に続いて、黒兎のぬいぐるみを手に紗綾が元気よく挨拶をし、他の者達も『招待』への感謝を述べる。
通されたリビングでは、帰宅したばかりであろうゾエ氏が両手を広げ、彼らを迎えた。
「今日は沢山食べて、ゆっくりお休み。明日からは、身体を労わる暇もないからね」
●酒宴の開幕
翌日。ゾエ家では、早朝からオクトーバーフェストの準備に取り掛かった。
会場のヴィスンには、一ヶ月前から設営されたテント(といっても鉄の骨組みに板やガラスで組んだ、ちゃんとした建物)で、何百食の料理を作るキッチンが万端に整えられ、何百個のマスジョッキが準備される。テントの下に整えられた見渡す限りのテーブルと机。テント中央には演奏用の舞台が、側面にはバルコニーまで設置されていた。
「壮観、だね」
しみじみとRickeyが感想を口にすれば、大仰にハツ子も首を縦に振る。
「これが、人でいっぱいになるのよね〜」
「ですね‥‥あ、似合いますね、その民族衣装」
「リッキーさんもね」
賛辞を受け、白いシャツに伝統的な七部丈の吊り革ズボン『レーダーホーゼ』を着たRickeyは、ズボン吊りに手をかけて、ポーズを作ってみせる。一方のハツ子は、白ブラウスとウエストを絞ったジャンパースカートに、エプロンを結ぶ『ディアンドル』を纏っている。
テントで働く者達は、みな同じ色のレーダーホーゼとディアンドルに身を包んでおり、他のテントでもテント毎に色や多少の形は違えど、このバイエルン地方の民族衣装で統一していた。
「テントは10時に開いても‥‥今日は、飲めるのは12時からだよね?」
グラマラスな体型を前提に作られたディアンドル。その余り気味の胸元を気にしながら、細身の風音は入り口へと目をやる。
その向こうでは、開店を待って既に客が並んでいるのだ。
「市長が12時に樽開きをするまでは、ね。それでも1分1秒でも早く、メルツェンビアを飲みたいのさ」
笑いながら調理装置の火加減を確認するゾエ氏に、風音が首を傾げる。
「めるつぇん?」
「3月ビール。オクトーバーフェスト・ビールの別名ですよ。3月に仕込まれるので、そう呼ぶんです」
加羅の説明に、「なるほど」と風音は手を打った。
ローブが張られ、飾られたパレード用の花道に人々が陣取り、地元テレビの中継ヘリが上空を飛び回る中、フェストの開幕を告げるパレードが始まった。
車に先導された警官の騎馬隊を筆頭に、バイエルン州の首相やミュンヘン市長といった要人を乗せた馬車、そしてビア樽を積んだ各ビール会社の化粧馬車が後に続く。どの馬車も花や装飾で美しく飾られ、樽とともに荷台へ乗った民族衣装の従業員達が手を振る。
馬車の周囲は、やはりビール会社のブラスバンドが取り囲み、賑やかにバイエルン民謡を演奏する。
ゾエ夫人と共にIrisや檀、紗綾、葵の四人も沿道へ手を振れば、フェストを待っていた様々な国の人達の、笑顔と歓声が返ってきた。
「凄い‥‥なんだか、圧倒されるねっ」
その熱気に頬を紅潮させた紗綾が、葵の手を取ってはしゃぐ。
「皆、楽しみにしているんですよ!」
金管楽器の演奏に負けない大声で、葵が返事をする。
やがてヴィスンへ到着した馬車隊は、各々のテントへ向かった。
舞台はビヤ樽がセットされた『お立ち台』へと移り、ミュンヘン市長が今年の樽を前に挨拶を行い。
曰く、ミュンヘン市長の任務の中で一番緊張する瞬間−−正午ジャストに、ビヤ樽に木槌で蛇口を打ち込む。
誰もが見守る中で、打ち損ね失敗はあったものの無事に蛇口がセットされ、最初の1杯をマスへ注いだ市長は、それを首相に手渡して。
空にはポンポンと音を立てて花火が上がり、フェスタの開幕をテントの人々、そしてミュンヘン市民に知らせた。
●悪戦苦闘の初体験
花火の音を合図に、ビアホールのテントではブラスバンドの演奏が始まった。
最新の音楽ではなく、ドイツ国家やバイエルン民謡を主体とした音楽が流れる中、テントを埋め尽くす人々は、給仕係の女性や男性を掴まえて次々にビールと料理を注文し始める。
ビールも料理も複数の種類があり、加えて会計はテーブルでの支払い方式。それらを取り仕切るのは初心者には至難の業で。
「はいはい、ちょっと待って。あ〜っ、一度に喋らないでぇぇ〜っ!」
ビールを運んでは客に呼び止められる状態に、ハツ子が悲鳴を上げる。
座りきらない客は通路にまでひしめき合い、誰もがビールを待っていた。おかげで、給仕の邪魔になる事この上ない。
「判んなかったら、運ぶのに専念していいですよ! どうせ初日は、注文から30分待ちとかザラですから、慌てないで」
フレアースカートを翻しながらウィンクを投げるリタに、日頃にこやかなRickeyの表情も強張る。
「ビール1杯に、30分待ち‥‥」
恐るべし、フェストに賭ける執念であった。
従業員だけでは手が足らず、フェスト限定で給仕のバイトも雇われる。
慣れた女性は、1リットルのマスを5つ6つと容易く運んでいくのだが。
「マス運びは、何かコツがあるのかしら」
この混雑では二本の手では到底足りず、手伝いに加わった檀が夫人を掴まえて尋ねた。
「勿論。腕だけで持っちゃあ、すぐ疲れるだろう。だから、こう持つのさ」
マスの取っ手を取った夫人は、それを豊かな胸と腹に押し当てて、抱えるように持つ。
「ほら、やってごらん」
「はい‥‥って、えぇ〜っ!?」
笑顔で促され、思わずマスと己の胸元を見比べる檀。
「‥‥だから、なのか‥‥」
狼狽する姉の様子に、いろいろ言葉を伏せてIrisが呟いた。
テントが閉まるのは夜の10時半。11時には、清掃員達による掃除が始まる。
飲んだくれてどうしようもない状態の者も、同行者や店の者に引っ張り出されると、どっと疲れがやってきた。
慌しい食事の時以外は、ほぼ立ちっぱなしで足がむくみ。
重いマスを幾つも運んで、腕の筋肉は張っている。
だが、勧められても誰も途中でリタイアはせず、八人は閉店まで働いてノビでいた。
「‥‥大変ですね。テントで働く方は」
深く息を吐く加羅に、ゾエ氏は苦笑を浮かべた。
「ああ‥‥だが、明日もあるから。日曜だし」
「‥‥ですね」
明日は朝10時から店が開く。となると、少なくとも8時頃には開店準備を始めなければならない。
「今日は、泥のように眠れそうだね」
椅子に座ってふくらはぎをさすりながら、風音が小さく笑った。
●合言葉は‥‥
滞在三日目は、朝から晩まで混みっ放しの状態に悲鳴を上げつつ、唄ったり踊ったりで終えて。
へとへとになった滞在最終日は、客も多少は減る事から念願の『休日』となった。
「わ〜い、観覧車〜っ!」
歓声を上げて、紗綾が会場に聳え立つアトラクションへと走っていく。
「‥‥元気ね。若い子は」
しみじみと嘆息するハツ子を、困ったような笑顔で葵が見やり。
「よし、昨日一昨日は飲ませる側だったから、今日はガンガン飲む側で!」
「そんなに沢山、飲めるでしょうか」
何せ、注文は1マス単位。Rickeyの宣言に、加羅が思案顔を浮かべた。
「あんまり歩き回ると、帰れなくなるわね。いろんな意味で」
ふっと遠い目をする檀へ、チッチと人差し指を振るハツ子。
「大丈夫。人気のお店は、ちゃーんとチェック済みよっ!」
「ハツ子、いつの間に‥‥」
へたれていてもへこたれていない彼女に、感心して呟くIris。
「折角のフェストだから、私達も楽しみたいしね」
くすくすと風音は笑い、一行は『客』としてテントへ繰り出した。
「おとーさん、おかーさん、リタさーん。皆で飲みにきました!」
まず『礼儀』としてゾエ家が働くテントを訪れ、ぶんぶんと紗綾は手を振る。
「おや、いらっしゃい。特別に、マス半分にしとくかい?」
「やった〜!」
夫人の気遣いに、諸手を上げて喜ぶ紗綾。そして数名は、安堵の息をついた。
「それじゃあ、半マスとヴァイスヴィルストにしとくよ」
「あと、プレーツェルも是非」
手を上げて追加する檀に、声を上げて笑いながら夫人は快諾する。
やがて、テーブルにはマスとミュンヘン名物の白ソーセージ、プレーツェルの皿が並んだ。
「あんたら、日本人かい」
すぐ近くのテーブルに座る年配の男が、気さくに声をかけてくる。
「はい。あの‥‥?」
「ああ。儂ぁ、ハンブルクの方からな。フェストで一杯やる為に、今朝夜行で着いて‥‥で、今日の夜行で帰るんじゃよ」
既にアルコールの回っている男は、赤ら顔で楽しげに語り。
「ハンブルクって、ドイツの北部だな。そこから、わざわざここまで来て、日帰りを?」
「そう。フェストで一杯やる為にな」
「こっちだって、アルプス越えてイタリアから、だもんねー!」
遠距離自慢に負けていないとばかりに、別のテーブルの青年達がマスを掲げて声を上げる。
「何を置いても、海を越えても、フェストにはヴィスンでメルツェンビアを飲まなきゃ!」
「アキもせずこれを飲まないと、秋が来ないって感じです‥‥あれ?」
「くだんねーっ!」
げらげらと、酔っ払い達の間から笑い声が起きた。
欧州各地は元より、アメリカやアジアから集まってきたビール好き達が、財布の許す限りビールを飲み、酔いに任せて一緒に盛り上がる。
それが、フェストの楽しみ方なのだ。
「それじゃあ、美味しいビールに乾杯しない?」
仄かに頬の赤い檀が提案すれば、異口同音で賛同の声が返り。
「ほら、縁ちゃんも葵さんも、Rickeyさんも。ほらほら!」
「えぇっ!?」
急かされて、誰もがみんな自分のマスを手に取る。
「「「プロージット!!」」」
一斉にマスが高く掲げられて、乾杯の声が上がった。
「さぁて、二件目いくわよー!」
「はい! ウェストもウェイトも、気にしません!」
仲良く肩を組んでテントを出たハツ子と葵が、気勢を上げる。
その後に、仲間達がぞろぞろと続き。
「次は、お肉が食べたいです〜っ!」
「そういえば、あっちのテントは兎を焼いてなかった?」
「いやぁ〜っ! 兎だけは、許してぇ〜っ!」
時間が過ぎるのも忘れて、心行くまでフェストを楽しんだ‥‥ようだ。