伝承の残滓ヨーロッパ
種類 |
ショート
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担当 |
風華弓弦
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芸能 |
2Lv以上
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獣人 |
3Lv以上
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難度 |
普通
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報酬 |
8万円
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参加人数 |
8人
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サポート |
0人
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期間 |
09/27〜09/30
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●本文
●しばしの別れ
「今回ばかりは、ついていっても足手まといになるであろうな」
旅支度をする同居人に、やれやれと監督レオン・ローズが深い溜め息をつく。
「確かに‥‥お互い、肉体労働は得意じゃないしなぁ。カメラ運んだり、ラフ版運んだりって訳じゃないし」
苦笑しながら、脚本家フィルゲン・バッハが荷物を詰め込んだスーツケースを閉じた。
「ホントなら、気が進まないんだけどね」
「だが、行き先はかの有名な『ニーベルング』に関した場所であろう? 個人的な興味は尽きん話だがな」
「じゃあ、代わりに行ってくれ」
「謹んで、辞退しておく」
相方の予想通りの反応に、改めてフィルゲンはがっくりと肩を落とす。
「その、遺跡の一部じゃないかって‥‥予測されてる場所らしいけどね」
「ふむ。まぁ、気をつけて行ってくるのだぞ。陰ながら、アゲゼンスエゼンをしておいてやるからに」
「それは違う‥‥大分違う‥‥」
レオンを一人にしておく事に、果てしなく眩暈を覚えるフィルゲンであった。
●そして、黒森へ
ドイツ南西部の一角に広がる広大な森林地帯を、シュヴァルツヴァルト−−黒森と、人は呼ぶ。
その黒森の一角に、ダーラント・バッハからの『招待』を受けた者−−あるいは、フィルゲンを手助けしようとする者達が集まっていた。
「こちらが、現在旦那様方が監視下においている『遺跡』の一つでございます」
老ダーラント付の執事が、一行へと恭しく頭を下げる。
執事に紹介された場所は、草に埋もれた何の変哲もない洞窟だった。しかも、入り口は大人が一人やっと通れる程しかない。
「‥‥これ、遺跡?」
怪訝な顔で思わず聞き返すフィルゲンに、白髪の執事は「はい」と一礼する。
「旦那様方は、この近辺に伝わる『ニーベルンゲン』と関わりのある物ではないかと、推測されています。
かような形で入り口を判り辛くしていますが、奥には鋼で作られた扉がございます。そう深くはない天然洞窟ですが、いかんせん中にアレがいるという話でして‥‥扉はすなわち、『出さぬ為の物』でございます」
「つまり猛獣の檻に放り込まれて、鍵をかけられる訳だ」
フィルゲンは、あからさまに嫌そうな顔をする。
「それもこれもアレを世に放たぬ為ですので、どうかご辛抱を。洞窟の奥底にあるモノの確認をしていただければ、それで用件は終わりとなります」
「確認だけ?」
「はい。鍵はお渡しできませんが、私が外で控えております。お戻りになりましたら、扉を叩くなど何らかの形でお知らせいただければ、扉をお開け致しますので」
「‥‥中にいる数、判んないよね」
「はい。何分にも、数える者がおりませんので」
淡々と答える執事に、フィルゲンはまた大きな溜め息をついた。
●リプレイ本文
●これまでのお話
「そして、並み居る屈強なメイドさん達をセシルが引き付けている間に、ハツ子やさえ達が『タツノオトシゴ』な方々に囚われたアライグマ隊長を、見事助け出したのです!」
拳を握り締め、セシル・ファーレ(fa3728)が先日の出来事を熱く語る。
「なんだかよく判らないけど、判ったかもしれないわ」
事の発端の説明を求めた富士川・千春(fa0847)は、そんな彼女に納得した様子を見せ。
「で、実際はどうなの?」
改めて、フィルゲン・バッハに聞き直す。
「セシル君の説明も間違いではないが。開放の条件と称して、まんまと転がされている感はヒシヒシとするし。まぁ‥‥」
声を落としたフィルゲンは、小塚さえ(fa1715)と共に慣れぬ準備をする羽曳野ハツ子(fa1032)をちらりと窺い、すぐに視線を戻した。
「それは、彼女には内緒だけど」
「ところで、ニーベルンゲンってこっちの神話ですよね」
おずおずと鏑木 司(fa1616)が、フィルゲンへ尋ねる。
「ゲームや何かでグラムとかファフニールとか聞いた事はありますけど、お話自体は詳しく知らなくて」
「そうだね‥‥その辺は長くなるから、中でゆっくり話すよ」
「はい、お願いします」
脚本家の返事に、司は丁寧に頭を下げた。
「これで、大丈夫かしら」
「う〜ん‥‥大丈夫でしょうか」
不安げなハツ子に、荷物を点検していたさえがウルフェッド(fa1733)を見上げる。
「大丈夫じゃないか? いざとなれば、頑丈そうな壁役もいるし。な」
ぽんぽんとウルフェッドに肩を叩かれたCardinal(fa2010)だが、彼は彼で喉の奥で唸り。
「俺にとっても、最初に最大の問題があるのだが」
「ほぅ。何か、心配するような事があるのか?」
問うウルフェッドに、Cardinalはじっと入り口である洞窟を見つめ。
「ここを通れるか、どうか‥‥がな」
「あぁ、なるほど」
ウルフェッドは苦笑して髪を掻き、顔を見合わせたハツ子とさえがぽむと手を打った。
「確かにCardinalさんはがっちり系だけど、横に奥行きがある訳じゃないから平気よ」
「そうですね。こう、身を屈めて‥‥あ、先に荷物とか預かった方が、通り易いかもしれません」
相談する声を聞きながら、七枷・伏姫(fa2830)は離れて待つ老執事へ歩み寄る。
「中は罠など仕掛けてあるのでござろうか?」
直立不動の老執事は表情を変えず。
「ない。と私が申せば、それで満足されますか?」
「ふむ。ならば、扉とやらを作った時の話を聞かせてもらう事は?」
「あいにくと、それを語る口を持ち合わせてはおりませんので」
「仮に知っていても、教える気はないと? 例え、腕ずくでも‥‥」
「これは、『試験』でございますから」
伏姫が凄んでみせるが、返ってくる言葉に変わりはなかった。
荷物を仲間に手渡しながら、入り口となる狭い隙間を潜り抜ける。
心配していた大柄のCardinalも何とか『難所』を通り抜けて、奥へと進む。
入り口よりも開けた内部の洞窟は、やがて件の扉で行き止まりとなっていた。
鋼の扉を封じている三つの鍵を、老執事が三つの鍵で外す。
半獣化したCardinalとウルフェッド、そして伏姫が協力し、耳障りな音と共に重い扉を押し開けた。
「それでは、行ってらっしゃいませ」
中へと入っていく一行に、恭しく老執事が頭を下げ。
再び軋む音がして扉が閉められ、鍵がかけられた。
●伝承の伝えるもの
洞窟の空気は冷たく、外よりも湿り気を帯びている。
滅多に人が入らない為、地面−−乾いた岩肌の凸凹面は削られておらず。通路の先へとライトを向ければ、ほぼ直線のなだらかな下り道が続く。
「じゃ、サクッと終わらせて、サクッと出ようか」
完全獣化する者を待ってから、明るくフィルゲンが切り出し。
「それはいいが、調子に乗って前に出たり、遅れたりしないようにな」
ぞろりと並んだ鋭い歯を見せて、完全獣化したウルフェッドが釘を刺す。
「ソコはもちろん‥‥あ、大丈夫? 手を貸そうか?」
「う‥‥大丈夫よ」
差し伸べられた手を断って、ハツ子はランタンを手に注意深く段差を避けた。
「たいちょ〜っ! 大変です〜っ!」
その後ろで、手に持ったヘッドランプをブンブンと振りながらセシルが訴える。
「真っ暗で、何も見えないであります〜!」
「いや。深く被り過ぎだから、それ」
「はひ?」
仕方ないなぁなどと呟きつつ戻り、ヘルメットを被り直すセシルとフィルゲンの様子に、さえはくすくすと笑った。
下り道はやがて平坦となり、傍らに小さな川が現れた頃、彼らは休息を取っっていた。
冷たい水を、伏姫が注意深くすくう。水深は浅く、流れはそれなりに早い。
「地下水脈でござるな」
「黒森は、ドイツ西部にある沢山の川の水源も担っているからね」
流れる川の行き先を見やる彼女に、疲れた足を叩きながらフィルゲンが答える。
「それで‥‥そろそろ、お話を伺ってもいいですか?」
地上での話の続きを改めて促す司に、脚本家は「う〜ん」と唸り。
「一口に『ニーベルンゲン』と言っても、色々と『種類』があってね。君達の言う『ニーベルンゲン』が、ドレなのか‥‥確認していい?」
「ドレ、ですか」
きょとんとする司に、「はいは〜い」と無邪気にセシルが手を挙げる。
「ニーベルンゲンは『霧の国の人』という意味で、霧の国とは北欧神話で言うところの『ニブルヘイム』冥界なんだって。
英雄が冥界に潜って財宝を得て、愛死して神に転生する話が前半。後半は、冥界の財宝を巡って、人々が殺しあう話。それがニーベルンゲン伝説だって‥‥聞いた事があります」
「あら、よく知ってるわね」
感心する千春に、セシルがにっこりと笑って頷く。
「はい。小さい頃にお婆ちゃんが、よくいろんな話を聞かせてくれて」
「ある意味、強烈なお祖母さんだな」
ウルフェッドの呟きに、黙して周囲に注意を払う伏姫は苦笑をし。
「竜のファフニールをシグルズが竜殺しの魔剣グラムで倒して、黄金の指輪を得た‥‥のよね?」
そんな二人の様子は置いて、千春が彼女の予想を続ける。
「ここが『ニーベルンゲン』と関係があるなら、或いはファフニールに相当するNWがここにいて、それが守る財宝があったり‥‥とか、予想しているんだけど」
「その話だが」
前方への注意を払いながら、振り返らずにCardinalが口を開いた。
「そもそも、ファフニールが元は人間であったとか、その血を浴びた男が一箇所を残して不死身になったという話は、NWの感染を思わせないか? 俺としては『竜=獣人』『シグルズ=NW』という符号も、成り立つ気がするのだが」
「獣人が守っていた物をNWが取って‥‥でも、黄金の指輪って川に沈んでるんですよね。だとしたらやっぱりグラム、なんでしょうか」
さえが疑問を口にして、暫し水の流れる音のみが辺りに響く。
「ま、伝承の部分を語るととても長くなるから、結論から言えばだ。今、『ここにあるモノを竜が守ってる』ってのは、間違いじゃない。ただ、それはNWではなくアルター・ドラッヘン、『古き竜』と呼ばれる竜種の獣人集団。つまり、今回の『試験』の出題者だ。なのでCardinal君の推測は、半分は正しい」
「では、シグルズはNWではない。と?」
Cardinalの問いに、フィルゲンは頷く。
「かのワーグナー作『ニーベルングの指輪』。題材は皆も知っている北欧神話の『シグルドの物語』と、ドイツ神話とも呼ばれる『ニーベルンゲンの歌』という叙事詩だ。
しかし、『歌』はキリスト教の影響を強く受け過ぎている。何故ならこれ自体も、13世紀初頭にバイエルンかオーストリアにいた一人の詩人によって作り上げられたからだ。
ならばその詩人は、どこからインスピレーションを受けたか。何故、『歌』がドイツ神話と呼ばれるか。更に言ってしまえば、『ドイツ神話』の面影を残す作品は、この『歌』と『ファウスト』しかないと言われる程なんだ。
例えば、それよりも先に幾つかの土着の『伝承』があり、それらを元に統合し、脚色されたモノが『歌』だったら−−」
「ちょ〜っと、いいかしら」
膝の上で頬杖をついて様子を見守っていたハツ子が、困ったような笑みと共に彼の話を中断した。
「む?」
「話、ついてきてないわよ」
彼女の指摘通り、車座になった者達は話の断片を継ぎ合わせる作業に苦心している。もっともウルフェッドと伏姫の二人は、最初から話に加わっていないが。
「つ、つまり、ここにはシグルドもファフニールもいない。伝承に残りそうな何かがある事と、ソレをNWごと封鎖しなきゃならない理由があるだけで」
「それって‥‥結局は、何も判らないって事よね?」
「‥‥だね」
ハツ子の指摘に何度か目を瞬かせたフィルゲンは、がっくりと項垂れた。
●封印物
進み続けると、やがて川の流れは地中へ潜り、道は再び下りの通路に変わる。
その分岐点で、彼らは洞窟内での最初のNWと遭遇した。
鼠の類に感染したと思しきソレは、小さな頭部と不釣合いに、胴体、そして前足と後足を変形、肥大化させる。
そして長らくの飢餓の末の獲物へ、少しでも『食事』にあり付こうと飛び掛ってきた。
「私が動きを止めるわ」
素早く走り回る標的に、千春が大口径のリボルバーを抜く。
暗さもあって百発百中とはいかないが、小型NWには上等過ぎる鉛弾をくれてやり、機動力を削がれた相手のコアを、直接攻撃の出来る者達が叩き割った。
その後も数回、同様の小さな襲撃が続き。
「感染する相手が小さくて苦戦しないのはいいんですが、数が増えてるのは気になりますね」
ほとんど半獣化のままで事が足りる事に安堵しつつも、司が気がかりを口にする。
「単なる偶然か、この奥に原因があるのか‥‥じきに判る事だ」
低くCardinalが呟き、誰もが口も重く歩を進めた。
やがて通路の幅が広くなり、その先は小さな部屋になっている。
そこが、歩いてきた通路の終点だった。
通路の奥、ちょうど一行と正反対の位置には奇妙な物体−−太い木の根のようなオブジェが、下から上へと伸びている。
ライトに浮かび上がった乳白色のソレは、つるりとした光沢を返した。
「何でしょうか、あれ‥‥」
小声でセシルが仲間に聞くが、誰も答えられない。
おもむろに一歩を踏み出そうとする伏姫だが、手を伸ばしてさえが止めた。
「待って下さい‥‥何か、気分が‥‥」
「どうかしたのでござるか、さえ殿」
「ウルフェッドさんも、顔色が悪いです。大丈夫ですか?」
おろおろとセシルが二人を交互に見比べ。
「効くかしら、これ」
半獣化したハツ子が手を伸ばし、青ざめたさえに触れる。
その手にぽぅと宿った暖かい光が小柄な身体を包み、少女の表情に血の気が戻る。
「あ‥‥楽になりました。ありがとうございます、ハツ子さん」
「よかった。じゃあ次、ウルフェッドさんね」
気合を入れるようにぐるぐる肩を回し、彼女はウルフェッドにも『平心霊光』を施す。
「他の皆は、大丈夫?」
その間に仲間の様子を確かめる千春へ、Cardinalが頷いた。
「ああ。だが、あまり近づかない方がいいんだろうな」
「何なんでしょうね‥‥あれ」
聞きながら司はフィルゲンへ視線を向けるが、腰を落としたまま奇妙な物体を見据えている。
「もしかして、フィルゲンさんも調子が悪いんでしょうか」
心配そうな少年に、首を横に振るハツ子。
「単に、没頭しているだけだと思うわ」
「‥‥はぁ」
「写真、撮るか?」
後ろに下がったウルフェッドが、ビデオカメラを取り出そうとするが。
「いや、それは少々危険だから‥‥止めた方がいい」
制止するフィルゲンは漸く重い腰を上げると、深く息を一つ吐き。
「じゃあ、戻ろうか」
「帰るの?」
やや拍子抜けた感で千春が鸚鵡返しに聞く。
「すべき事はしたからね。たぶんアレが、件の『財宝』と呼ばれるモノの一部なんだろうけど‥‥こういう場所に、長居は無用に限るよ」
●戻り道と戻れぬ道
相変わらず思い出したようにNWが現れるものの、ほぼ一本道を戻るだけの道程の帰りは、気楽なものだった。
「黒光りするアレがでなくて、よかったですね」
心なしかほっとした様子で、セシルがさえの隣を歩く。
「はい。後はこの『結果』を、ダーラント・バッハさんに認めていただけるといいですね」
「『試験』、か」
和やかな少女達と対照的に、微妙な苦笑をするウルフェッド。
そして出口が近付くほどに、ハツ子の表情も沈んでいた。
「あの‥‥ごめんね」
「ん?」
小さく謝る彼女に、フィルゲンは不思議そうな顔をする。
「だって、本来なら遺跡の探索なんか‥‥やらなくてもよかったのよね。本当なら、もっと上手くフィルゲンさんを連れ出す方法があったんじゃないかな‥‥って。だけどあの時、フィルゲンさんとこのまま会えないままだったら、それは絶対に嫌だと思ったの。変な嘘までついてしまったけど‥‥こうして今、二人でいられる事が、何よりも嬉しい」
淡々と心情を明かすハツ子は、じっと傍らの相手を見つめ。
「あなたが好きよ、フィルゲン。他の誰よりも」
「それは‥‥もしや『吊り橋効果』ではなく?」
ぷち。
「ぱんだぱ〜んちっ!」
「はぐっ!」
いいパンチをもらって吹き飛ぶフィルゲンを、「あ〜あ」と呆れて見送る千春。
「人が、真っ剣に悩んで打ち明けたのにっ!」
「いや、その、大叔父さんの事だからね。結局は、同じ結果になったと思うよ。だから、気の迷い‥‥じゃなくて」
「気に病まない?」
「そう、さえ君のソレ!」
「迷いも病も関係なーいっ!」
「あの‥‥止めなくていいんでしょうか」
「あえて、馬に蹴られる必要もないでござろう」
司に答える伏姫が、鋼の扉を力を込めてガンガンと叩けば、鍵の外れる音がした。