Limelight:月と杯アジア・オセアニア

種類 ショートEX
担当 風華弓弦
芸能 3Lv以上
獣人 1Lv以上
難度 普通
報酬 なし
参加人数 12人
サポート 0人
期間 10/05〜10/07

●本文

●Limelight(ライムライト)
 1)石灰光。ライム(石灰)片を酸水素炎で熱して、強い白色光を生じさせる装置。19世紀後半、欧米の劇場で舞台照明に使われた。
 2)名声。または、評判。

●ライブハウス『Limelight』(ライムライト)
 隠れ家的にひっそりと在る、看板もないライブハウス『Limelight』。
 看板代わりのレトロランプの下にある、両開きの木枠の古い硝子扉。
 扉を開けたエントランスには、下りの階段が一つ。
 地下一階に降りると小さなフロアと事務所の扉、そして地下二階に続く階段がある。
 その階段を降りきった先は、板張りの床にレンガの壁。古い木造のバーカウンター。天井には照明器具などがセットされている。そしてフロア奥、一段高くなった場所にスピーカーやドラムセット、グランドピアノが並んでいた。

「今年は、10月6日が中秋の名月らしいな」
 じーっとある一点に視点を固定したまま、オーナーの佐伯 炎(さえき・えん)が呟いた。
「ああ、月見ライブでもやるのか。ちなみに、承知の上だと思うけど言っておくよ‥‥いくら狼の獣人でも、満月だからって獣化しないから。だから、そんな穴が開きそうなほど凝視しないでくれ」
 視点を固定された側‥‥音楽プロデューサーの川沢一二三(かわさわ・ひふみ)が、げんなりと友人を見やる。
「いや‥‥こないだ言った、『ちょっとした』事だがな。例の『運動会』方式に分けると、お前は赤組で、俺は白組な訳だ」
「‥‥その先を聞かないという選択肢は、あるかい?」
「勿論、ない」
 笑顔で佐伯に断言され、川沢はがっくりと脱力する。
「いや、せっかく若い衆が頑張ってるんだし、何か面白い特典でもあった方が張り合いが出るんじゃないかなーってな」
「それで、何をしろって?」
 呆れたような、諦めたような相手の言葉に、佐伯は一呼吸置き。
「部屋と尻尾貸してくれねぇ?」
「‥‥はぁ!?」
「ライブが終わって店を閉めた後、お前の部屋で騒ぐ。店だと色々制限もあるし、がきんちょが来ても翌日の土曜は休みだろ。ガッコ」
「‥‥で?」
「例の『PSF』で赤が勝ったら、赤組の連中に俺が獣化して鬣をもふられる。白が勝ったら、白組の連中にお前が獣化して尻尾をもふられる。
 というわけで、一つよろしく‥‥おい? お〜い、川沢?」
 カウンターに突っ伏して動かない友人を、佐伯はぱたぱたと手で仰いだ。


*「もふる」‥‥ふさふさした尻尾や毛並みを、もふもふして愛でる事。またはその行為。あくまでも、もふもふ感を堪能する崇高(?)なものであり、決してセクハラ行為などと混同、もしくは同一視してはならない。(寺根書房刊『WEA白書2006年版』より)

●今回の参加者

 fa0379 星野 宇海(26歳・♀・竜)
 fa0441 篠田裕貴(29歳・♂・竜)
 fa0443 鳥羽京一郎(27歳・♂・狼)
 fa1646 聖 海音(24歳・♀・鴉)
 fa2122 月見里 神楽(12歳・♀・猫)
 fa2495 椿(20歳・♂・小鳥)
 fa2521 明星静香(21歳・♀・蝙蝠)
 fa2778 豊城 胡都(18歳・♂・蝙蝠)
 fa2847 柊ラキア(25歳・♂・鴉)
 fa3369 桜 美琴(30歳・♀・猫)
 fa3608 黒羽 上総(23歳・♂・蝙蝠)
 fa4738 MOEGI(9歳・♀・小鳥)

●リプレイ本文

●秋の気配
 開店準備より更に早い時間から、厨房には仄かな秋の香りが漂っていた。
「栗ご飯に、里芋団子。天麩羅は向こうで揚げるとして‥‥」
 指折り数えた篠田裕貴(fa0441)は、ごりごりと木ベラで南瓜を裏ごししている明星静香(fa2521)を見やる。
「静香の方は、かぼちゃプリンだっけ? 裏ごし、手伝おうか」
「ええ、ありがとう。他に秋刀魚のつみれ汁も作りたいんだけど、初挑戦なのよね‥‥タネはここで作っても、大丈夫かしら」
「秋刀魚なら、骨を取るのが大変だしね。ちなみに俺のデザートは、餡子のおはぎと鶯黄粉(うぐいすきなこ)の安倍川餅だよ」
「美味しそう‥‥そういえば、海音さんもお茶請けを持ってくるのよね」
 木ベラを止め、眉根を寄せて静香が考え込んだ。
「もしかして、かなり多めに材料用意したとか?」
 苦笑する裕貴へ、彼女はふるりと頭を振って視線を落とす。
「違うの。きっと美味しくて食べちゃうだろうから、またダイエットを考えなきゃいけないかも‥‥って」
 視線の先には、小さなプリン型の隣に丼鉢が4つ並んでいた。
「静香はダイエットを気にするほど、じゃないと思うけど」
「そんな事ないわよ。油断すると、体重計の目盛りが怖いんだから」
「まぁ、秋は身体が栄養を蓄える時期だからなぁ‥‥恋人の目も気になる、と」
 厨房の入り口でくつくつと笑う佐伯 炎を、静香が頬を赤らめて睨む。
「聞いてたのね、佐伯さんっ」
「いや、聞こえていたというか。ぼちぼち他の連中もやってくるから、キリのいいところで上がってこいよ?」
 ひらと手を振って事務所へ戻る佐伯の背へ、「判った」と裕貴が返事をした。
「そういえば、京一郎さんは?」
 恋人から連想したのか尋ねる静香に、彼は少し答えに困る。
「今日は、客で来るって。この間まで、ヨーロッパに行ってて‥‥時差ボケらしくて」
「でも、いいじゃない‥‥来てくれるんだから」
「あ、こっち、裏ごし終わったよ。他に手は要る? 遠慮なく言ってよ」
 慌てて器を差し出して話題を変える裕貴に、彼女は笑顔で頷いた。

 黄金色の穂が、わさっと事務所に入ってくる。
「おはようございます」
 束ねたススキを抱いた星野 宇海(fa0379)が会釈をすれば、月見里 神楽(fa2122)の目がその揺れる穂を追っていた。
「‥‥あれは、猫ジャラシじゃないからな」
「あ、うん」
 念の為に注意をする黒羽 上総(fa3608)に、神楽がこくんと首を縦に振る。
「そういえば神楽さんは、猫さんでしたね」
 宇海は微笑みつつも、ゆらゆらと黄金の穂を揺らした。
「うぅ、飛びつかないも〜んっ」
 主張する神楽はソファの肘置きに両手を置き、小さく身を縮める。
「宇海さん‥‥神楽さんで、遊んでるだろう」
「だって、可愛いんですもの」
 やれやれと髪をかき上げながら上総が指摘すれば、宇海はころころと笑う。
「‥‥何気に、宇海も川沢に通じる所がある気がするな」
 そんな会話に、事務所へ戻ってきた佐伯がポツリと呟いた。
「その言い草は、各方面に対していろいろ問題があると思うけどね」
「お前な‥‥ひっそりと、後ろに立つな。色んな意味で怖いから」
「川沢さん、ご無沙汰しておりますわ」
 PAブースから出てきた川沢一二三へ、宇海がお辞儀をする。
「そうだね‥‥先日のオムニバス・アルバムの仕事では、直接ヨーロッパのミュージシャンとはやり取りできなかったし。あの時は、お疲れ様でした」
「いいえ。むしろ最近は、弟の方がお世話になっているような気がしますわ。ご迷惑をかけてなければ、いいんですけど‥‥そうそう、佐伯さん」
『姉』の顔をした宇海は心配そうに一つ吐息をついてから、茶の用意をする佐伯に声をかける。
「花瓶を一つ、貸していただけないかしら」

「あら、ススキですね」
 着物姿の聖 海音(fa1646)が、花瓶に生けられたススキに顔を綻ばせた。
「ほんとだ、ススキだー」
 ひょいと身を屈める柊ラキア(fa2847)は、指で突付いてしげしげと眺める。
「お月見なのに、雨になっちゃいましたね‥‥お客さん、来てくれるといいですけど」
 雨雫が滴る傘を、豊城 胡都(fa2778)が傘立てに差した。昨日から続く雨は止む気配もなく、空は厚い雲で覆われている。
「そうですね‥‥折角の十五夜ですのに、残念です」
「海音サン、荷物持つよーっ!」
 寂しそうな海音へ、満面の笑みで椿(fa2495)が両手を差し出した。が、すかさず胡都が二人の間へと割り込むように移動する。
「僕が持ちますよ。椿さんに渡したら、食べられないもの以外はきっと返ってきませんから」
「えーっ。そう言う胡都サンこそ、先に食べようとか思ってるだろっ」
 牽制しあう食いしん坊二人を、海音はただただ苦笑で見守り。
「じゃあ、僕が持つーっ! 行こっ、海音さん」
 その隙に、ラキアが彼女の荷物と手を取って、事務所へと向かう。
「「あーっ! おやつ、取ったーっ!」」
『獲物』を奪われた二人は、仲良く揃って声を上げる。
「お前ら‥‥歳、幾つだ」
 ラキアと海音を追って駆け込んできた胡都と椿に、佐伯が嘆息した。
「おはようございます、佐伯さん。PSFは、赤組が勝ちましたね」
 嬉しそうに胡都が笑顔をみせれば、逆に佐伯は肩を落とす。
「まぁ‥‥ライブが終わるまで、その話はお預けでな」
 どんよりとした空気を漂わせる友人に、くつくつと川沢が忍び笑いをした。

●陣中見舞い
「四人組の『Pleine Lune』は、どうも色々しっくりこないんだがな‥‥それに、ハロウィンには少し早いぞ?」
 椅子の背にもたれ、腕組みをした佐伯が唸った。
「コンサートホールじゃないから、上からモノを降らせるのもね‥‥あと、静香さん達の効果は反射する物を吊り下げるより、プラネタリウムのようにライティングで工夫したらどうかな。フロアを完全に真っ暗には出来ないし、『月』を見せようと思ったら今度は君達がお客さんから見えなくなるからね。月も、その物をドンと置くのもいいけど‥‥」
 進行表を手にした川沢は、演出の代用例を次々と空欄に書き込み、出演者とプランをすり合わせていく。
 ライブの出演者達が揃ったメインフロアでは、打ち合わせが行われていた。
 一通りの流れを確認して休憩となった頃、複数の靴音が階段を降りてくる。
「やっほ〜、頑張ってる? お邪魔しにきたけど‥‥」
「お久し振りです、美琴さん」
 宇海が手を振り、共に仕事をした事のある神楽や裕貴も桜 美琴(fa3369)に会釈をした。
「ところで、美琴サン! お土産は〜?」
 キラキラと期待の眼差しを向ける椿へ、彼女はにっこりと笑む。
「‥‥蹴るわよ?」
「いや、それは本番まで‥‥許して?」
 椿は彼なりの精一杯で可愛く小首を傾げて訴え、笑顔のままで美琴が人差し指を振った。
「じゃあ、打ち上げで蹴る事にしようかな」
「なかなか、体当たりなスキンシップだね」
 笑いながら、川沢は途中で足音の止まった階段を見上げる。
「大丈夫かい?」
「‥‥ああ」
 後ろを窺っていた鳥羽京一郎(fa0443)は、再び階段を下り始めた。少し遅れて、軽い靴音が彼の後を追ってくる。
「入って、いいのかな‥‥?」
 少し不安げにフロアへ現れたMOEGI(fa4738)は、自分に視線が集まっている事に気付いて、一瞬たじろぐ。
「あの‥‥お邪魔するね。邪魔、しないけど」
「いらっしゃい。これまた、ちっこいお嬢ちゃんのご来店だな。寛げって言われてもアレかもしれんが、肩の力抜いて、よろしくな」
「うん‥‥あたし、MOEGI。よろしくね」
 禁煙煙草を咥えた佐伯がひらひらと手を翻し、自己紹介をしたMOEGIは軽く頭を下げた。
「佐伯さん、私には?」
 悪戯っぽい笑みで美琴が自分を指差して、尋ねる。
「嬢ちゃんは、余裕でこういう『悪い場所』、平気だろ?」
「でも、場違いじゃないかなって‥‥ね。一度、来てみたかったんだけど」
 おどけた風に美琴が肩を竦めれば、佐伯は禁煙煙草を灰皿へ置き。
「お客様は、いつでも大歓迎だがな。本日はご来店いただき、誠に有難うございます」
 大仰な仕草で一礼するオーナーに、彼女はくすくすと笑う。
「皆さんお揃いになった所で、スイートポテトと芋羊羹はいかがでしょう。お月見団子は‥‥折角ですから夜に、とって置きますね」
 海音がトレイに茶と茶請けを乗せて持って来ると、待ちかねた一部の者が歓声を上げた。多めに取り分けられた皿の菓子を椿は早速ぱくつき、その様子を面白そうに美琴が眺めている。
「神楽様は、今日は‥‥?」
 甘さ控えめの芋羊羹を一口食べ、嬉しそうに目を細める少女へ海音が聞いた。まだ15歳の神楽は法規上の問題もあって22時には帰らねばならず、滅多に打ち上げに参加できない身なのだが。
「えーっと‥‥今日は川沢さんの家にお邪魔、でしたっけ?」
 見上げて問う神楽に、いつもの濃くて熱いブラックコーヒーのカップを傾ける川沢が頷く。
「そうだね。だから、時間は気にしなくていいよ。神楽さんと‥‥あと、MOEGIさんも。保護者の方には、僕から連絡しておくから」
「よかったですね、神楽さん。あ、でもどうしましょう。もしもと思って、『お土産』を用意してしまいました」
 頬に手を当てて思案する海音へ、神楽が小首を傾げ。
「じゃあ、一緒に食べる?」
 無邪気な誘いに、海音は微笑んだ。

●月は隠れて
 降り続く雨は、夕刻になっても上がる気配がなく。
 それでも開店時間が近付く頃には、店の前に様々な傘の花が並んだ。
 オールスタンディングのフロアは、やがて観客で埋まり。
 ゆっくりとライトの光が絞られ、聴衆は息を潜める。
 白いスモークがステージの上を埋めると、黒のマントで身を包んだ最初の四人がステージに現れた。

●『Pleine Lune』〜メドレー・メドレー
 柔らかなライトの光が差し込み、黒い三角帽子を目深に被った胡都がピアノの高音を煌かせる。
 そこへ椿のバイオリンが加わって、緩やかにメロディを奏で。
 宇海とラキアが静かに歌声を重ねる。

『 月下にたたずむ 魔性のレディ
  誘う言葉は凍り付き
  のばす指先 髪をかすめ 月の光に消えてゆく 』

 静かにピアノから指を離した胡都は、ドラムへと移動し。
 音の絶えた間を、椿のバイオリンが埋める。

「 キミの髪に肩に 月から零れ落ちた光
  そっと触れてみたくて 一歩近づいた 」

 しっとりとした、ラキアの独唱。
 今度はその間に、椿はバイオリンを置いてエレキギターのストラップを掛け。
 打って変わって明るいドラムのリズムと共に、ザクザクと弦をストロークしつつ、スタンドマイクへ向かう。

「 今宵は中秋の名月です
  チャーシューの名物ではありません ありえない! 」

 明るい曲調を引き継ぐ宇海は、指揮棒の如くススキを振りつつ。

「 月見団子を頬張って 薄ぶんぶん振り回し
  盃いっぱいお酒満たし All Night 特別な一夜 」

 そして宇海とラキアと胡都は、一斉にマントを脱ぎ捨て。
 色とりどりのライトが、明るくステージを照らす。

『 Come On! Let’s Moonlight Party
  世知辛いしがらみも忘れちゃって
  声枯れるまで歌え 動けなくなるまで踊れ
  Come On! Let’s Moonlight Party
  明日のことは明日考えればいいさ
  人生何とかなるもんだって 顔上げれば
  空で笑うFull Moon 』

 宇海はハイウエストの白いギリシャ風ロングドレスを着て、足元は編み上げサンダルで飾り、神話の女神をイメージし。
 ラキアはタートルネックにダメージジーンズ、そしてアーミーブーツまで全て黒で纏めて。黒ファーのマフラーを両手首と首に巻き、そして尻尾代わりに腰からもぶら下げて、狼男を。
 三角帽子の胡都は言わずもがなの魔女で、黒い膝丈のワンピースに宇海や椿の手によるメイクといった女装で臨み。
 マントをそのまま纏った椿は、吸血鬼である。
『仮装パーティ』に興じた四人は、聴衆に手を振りながらステージを降りた。

●聖 海音〜薄青月
 薄闇に、軽やかなアコースティックギターが滑り出す。
 二本のスポットライトが、サン・ライトの弦を爪弾く裕貴とマイクを持つ海音を浮かび上がらせた。
 技巧に凝らず、耳に馴染みやすいポップな旋律に、海音は透明感のある歌声をのせる。

「 夜空をたゆたう 薄雲の波間を漂うお月様
  お月見しようと言ったキミ 今は隣でお団子に夢中

  ひどい人ね 月もわたしもそっちのけ
  でもいいわ わたしは一人でお月見するの 」

 合間に裕貴が、音を飛ばさない程度の軽い即興を入れて。
 リズムを取る海音は、思う相手を描くように遠くへと視線を投げ。

「 きらきら輝く キミのその瞳に映る十五夜の月
  独り占めさせて 今日だけは朝までその月を 」

 サビのフレーズを繰り返して、軽やかに恋歌は幕を下ろす。
 包み込む拍手に、二人は一礼をし。
「裕貴様の演奏で歌うのは、初めてでしたけど‥‥とても楽しかったです。京一郎様に、怒られてしまうかしら」
 囁き声の海音に、裕貴は少し笑い。それから観客の向こうにあるバーカウンターで、噂の相手が小さく手を振るのを見つける。
「どうやら‥‥怒ってないみたいだよ」
 彼の言葉に、今度は海音が微笑んだ。

●幕間に
 地下一階部分に当たるVIP席では、大きなエレキギターを椅子に立てかけ、手すりにかじりつく様にMOEGIがステージを見つめていた。
(「やっぱり、こんな凄い人たちと競演とか無理無理絶対無理ー! だってだって、そんな事したらあたしのへたっぴーが際だっちゃうもんーっ!!」)
 その思いは決して口に出さないが、青い瞳を丸くして少女は演奏に見入っている。
「あんまり身を乗り出して、落っこちないようにね」
 ステージのひと区切りを縫って、傍のPAを操作する川沢が声をかけた。
「あ‥‥うん」
 注意されて、MOEGIは漸く身を離す。
「楽しいかい?」
「楽しい!」
 即答されて、川沢は笑顔で「よかった」と答えた。
「本当は‥‥一番音がいいのは、カウンターなんだけどね」
「あれ? 普通、PA席じゃ‥‥?」
「オーナーがその権限で、一番いい場所を陣取ってるからね。ここは、二番目くらい。でも、もし間近でステージが見たかったら、楽屋側を回ってステージ脇まで行っても構わないけど‥‥」
 魅力的な提案に、MOEGIは少し考えを巡らせ。
「やっぱりここで、『音』を聞いててもいいかな」
「ああ、しっかり聞いていくといいよ」
 一つ頷くと、川沢は次の準備にPAへと向き直り。
 MOEGIもまた、ステージに視線を戻した。

 カウンターに二つ並んだコースターの上へ、二つのグラスが置かれた。
 一つは、長細いコリンズグラスにビールを。
 もう一つは、ショットグラスにウィスキーを。
「取り敢えず、ビールで‥‥とは言ったが、こっちは頼んでないぞ」
 ショットグラスの縁を指で弾く京一郎に、佐伯はちちと指を振り。
「ボイラー・メーカーって、ビアベースのカクテルだ」
 にんまりと答える佐伯に、美琴は口元を押さえて笑い声が飛び出しそうになるのを堪える。
「ウィスキーを飲む時のチェイサーを、水からビールに変えた訳ね」
「帰国早々、手厚い歓待だな」
 やれやれとぼやきつつ、京一郎はショットグラスを手に取った。
「‥‥飲むの?」
 頬杖を付いた美琴が感心した表情で眺めるが、気にすることなく彼はグラスを傾ける。
「嬢ちゃんは、コーヒーだけでいいのか?」
「ええ。一応、バイクだしね」
 コーヒーカップに手を添える美琴は、空いた手でバイクのキーを取り出して、揺らす。
「カウンターに座って、コーヒーだけってのも味気ないだろうが」
「いいのよ。祝勝会で、佐伯さんを肴に飲むから‥‥他にも、いっぱい聞きたい話があるしね」
 猫の様に目を細めて笑む美琴に、佐伯は目で天を仰いで頭を振り。
「ほら、次の演奏が始まるぞ」
 話題を逸らすように、ステージへ顎をしゃくって促した。

●『すたー☆らいと』〜ムーンライト・ロマンス
 ブラックスクリーンに、一つ二つと光の粒が浮かび。
 純白のワンピースに、手首や胸元、髪を白いファーで飾った神楽が、ステージ端で一歩下がって立ち。
 並べられた銀色のミュージックベルを一つ二つと振り鳴らす。
 零れる光のような音が広がり、ピアノとアコースティックギターが後に続いた。
 カジュアルなジャケットにYシャツ、ズボンをオータムカラーに統一した上総が、ピアノを。
 同じくカジュアルでラフに衣装を着た静香が、ギターを弾き。
 ミドルテンポなバラードにのせて、スタンドマイクへ言葉を切り出す。

「 夜の帳が下りた時
  2人のドラマの始まりさ
  ハッピーエンドに向かってる
  街が僕らのステージさ

  きみの笑顔を見れるなら
  ピエロにだってなれるから
  その瞳 曇らせないで
  ずっと守ってあげるから 」

 降るように三つ四つ五つと、ベルの音が高らかに鳴り。

「 月の光 星の雨
  僕らのために輝くよ
  きみの瞳 見つめてる
  抱きしめ夜は更けてくよ 」

 大らかに、かつ可愛げを出して唄う静香に、上総が寄り添うように声を合わせ。

『 その瞳が好き その優しさが好き
  私を放さないで このままずっと 』

 祈るような余韻に、またベルが響き。

「 月の光 星の雨
  負けないくらい輝こう
  きみと2人 いつまでも
  愛のロマンス囁こう 」

 後奏は、あっさりと締め括り。
 ラストに、祝福の鐘が一つ、鳴る。
 余韻の後の拍手と歓声に、三人は笑顔で手を振った。

●場所は転じて
 ライブを終えた後、客がはけるのを待って、一行は『Limelight』からマンションの一室へと移動していた。
「「「いっただっきまーす!」」」
 元気な声が唱和して、賑やかに食事が始まる。
 櫃(ひつ)から裕貴が装った炊き立ての御飯を一口食べたMOEGIは、きらきらと目を輝かせた。
「栗ご飯、おいし〜っ。リクエストしてよかった〜っ」
 実に素直な感想に、思わず裕貴の表情もほころぶ。
「そんなに喜んでくれると、作った甲斐があるよ。お代わりもあるから、遠慮なく言ってね」
「うんっ!」
「静香さんのつみれ汁も、美味しいよ! だから、お代わり!」
 早速、次の杯を要求する椿に、美琴が生暖かい笑みを浮かべる。
「ホント、喋らず喰わさずなら、別人なのにね‥‥」
 美琴の言葉に、う〜んと首を傾げるMOEGI。
「胃袋に穴開いてて、食べた物がこぼれ落ちてる訳じゃないよね?」
「案外、こぼれ落ちてるかもしれないよ。こう、後ろの方でざばーっと!」
 ラキアがにじにじとMOEGIへ詰め寄って、怪しげなイメージを吹き込む。
「そうね。アレの別名は『四次元胃袋鳥頭』だから、同じに考えない方がいいわよ」
「美琴サン、ひどいっ! ‥‥真実だけど」
「でもつみれ汁は初挑戦だったから、よかったわ」
 ほっと胸を撫で下ろす静香が、二杯目の椀を渡す。
「デザートも‥‥あるんですよね?」
 既に食後の心配をしている胡都に、彼女はくすくすと笑って頷いた。
「ええ。どんぶりかぼちゃプリン、ね。ちゃんと、胡都さんと椿さんとラキアさんの分を作ったわよ」
「やった〜! どんぶりどんぶりかぼちゃプリン〜♪」
 珍妙な歌を歌いながら、嬉しげにラキアは食事を進める。実はどんぶりは4つあり‥‥そのうち一つは、静香が自分用に用意したのは彼女と裕貴のみが知る秘密である。今のところ。
「はい、天麩羅。熱いから、慌てて頬張らないようにね」
 そこへ、川沢が大きな盛り皿をテーブルの中央に置いた。
「あ、交代する? 川沢さんと佐伯さんの方」
 腰を浮かせる裕貴を、川沢は手で制す。
「大丈夫、座っていていいよ。佐伯も一応は飲食店業の『本職』なんだし、今日は半分PSFの慰労会も兼ねてるしね。それに、『材料』は裕貴さん達が用意してくれたんだから」
「家主の言だそうだ」
 京一郎の言葉に笑って、川沢は台所へ戻る。といっても、リビングと続きのオープンキッチンなので、壁の隔たりはないが。
「京一郎様と裕貴様がこうして並んでいらっしゃる姿は、久し振りですね」
 二人の向かいに座った海音が、柔らかに微笑む。
「そうだね。しばらく、ヨーロッパに行ってたから」
「その間にどこかの誰かさんは、どこぞのお化け屋敷で「早く帰って来い」と叫んだそうだな」
「それっ‥‥どこからリークして‥‥っ」
 慌てる裕貴の反応を、面白そうに眺める京一郎。その二人を、また海音は楽しげに見守っていた。
「川沢さんちは、実は意外に和風で、浴衣で寛ぎつつコーヒー飲んでたり‥‥とか、考えてたけど‥‥」
 神楽が物珍しげに、ぐるりと部屋を見回す。
 落ち着いた色合いでフローリング床の部屋は、意外に物が少ない。というより、大量のボリュームと鍵盤が付いた装置やアンプらしき機械の類と、様々な種類の楽器が多い。
「昔は場所がなくて、ここでバンドの練習とかしたな‥‥ソコソコ広いし、防音はキッチリ施工してあり、コイツはコイツで趣味みたいに機材集めてたからな」
 揚げ物を終えた佐伯が、最後の皿を持ってきた。
「むしろ、和風は佐伯の方だね」
「そうなんですか。何となく想像できるような‥‥できないような‥‥」
 しげしげと、宇海が佐伯を見やり。
「そういえば、佐伯さんは一人暮らしですの?」
 尋ねられた佐伯は、「まぁな」と苦笑を返す。
「佐伯は半分、店に住んでるようなものだから‥‥部屋の方は、無頓着だね」
「笑顔でバラすな、川沢」
 頭を抱える佐伯に、笑い声が起きた。

「お月見用のデザートは、お月見団子です。丸い形ではなく、京風に里芋(きぬかつぎ)の形。餡は漉し餡で作りました」
 少々変わった形の月見団子に、デザート好きの目が鋭く光った。
「神楽様には、リクエストの月と兎です。月は栗の甘露煮、兎はお饅頭で。目は食紅、耳は軽く焼き色をつけて表現してみました」
「わぁ、可愛い‥‥ありがとうございます、海音さん!」
 ぐるぐると箱を回して小さな兎を鑑賞する神楽は、はたと顔を上げ。
「マタタビ茶、持ってきましたけど‥‥淹れます?」
「はい。じゃあ、私が淹れますね」
 そうして、賑やかにデザートタイムが始まった。

●ひと時の記憶
「さて‥‥宴もたけなわとなった所で、本日のメインイベントに参りたいと思います」
「ちょぉぉっ!? 忘れたんじゃなかったのかーっ!」
 珍しく音頭を取る川沢に、うろたえる佐伯。
「忘れてませんけど、何か?」
 にっこりと笑う川沢に、佐伯は抵抗を諦めて引き下がった。

 −−そして、数分後。

「さぁ、煮るなり焼くなり好きにしろ」
 珍しく完全獣化した獅子獣人は、リビングにどっかりと胡坐をかいて座る。
「わ〜い! もふる〜っ!」
 どげし。
「椿さん、偶数月の白組でしょう?」
 飛びつこうとした椿の背中を、美琴が笑顔で蹴り飛ばす。
「美琴さん、俺も俺もーっ!」
「蹴って欲しいの? 変わった趣味ね」
 笑いながら、美琴は志願したラキアの背中も蹴り飛ばした。
「僕は7月ですから、思う存分もふってもいいんですよね」
 言いながら、胡都はおんぶをする様に背中から張り付き。
「あら、意外といい毛並みですね。竜は鱗なので、もふれなくて‥‥これ、三つ編みにしようかしら」
 ふかふかと鬣を触っていた宇海が、怪しげな発言をする。
「ライオンの尻尾など、触る機会もないからな‥‥」
 ばたんばたんと床を叩く尻尾で、さりげなく上総が遊ぶ。
「私は白組だから‥‥もふれないのね」
 どこか残念そうな静香を、京一郎が見やり。
「なら、俺の『もふり権』を譲ろう。11月生まれだが、特に興味はないからな」
「ホント? ありがとう!」
「なっ‥‥権利譲渡とかするなーっ!」
「じゃあ、俺の権利もいる?」
「はーい! 裕貴さん、神楽に『もふり券』下さいー!」
「こら、お前らぁぁぁーっ!」

 降り続く雨が、漸く少し途切れる。
 若干薄くなった雲が淡い光を透かせるが、切れるまでには至らず。
「それにしても‥‥月が見えないのは、残念だったね」
 寝息を立てる胡都やラキアに毛布をかけた川沢は、窓の外に目を向ける。
「ま、天候次第は人知及ばず、だわな‥‥ソコの二人、いちゃつくんなら自分のテリトリーでしろよ」
 窓辺で睦言を交わす裕貴と京一郎に釘を刺し、寝入ってしまった女性達を客間や寝室に運び終えた佐伯は、やれやれと頭を掻く。
「大変ね」
 まだ起きている美琴が、ロックグラスの氷で遊びながら笑う。
「兄弟多いから慣れてっけどな。昔から」
「ほぅ? そうなのか」
 興味深げに聞く上総もまた、ゆっくりとグラスを傾け‥‥起きているのは、この6人のみとなっていた。
「さて‥‥んじゃあ、洗い物でも手伝うか。多いだろう」
「一応『客』なんだから、佐伯も飲んでて構わないよ」
「仮にも『本職』が手伝うっつってんだぞ?」
 二人の会話に笑いつつ、上総はグラスを揺らす。
 琥珀色の液体の中で、月のような丸い氷が静かに浮かび、淡い光を放っていた。