恋の素描〜恋の価値アジア・オセアニア

種類 ショート
担当 風華弓弦
芸能 1Lv以上
獣人 1Lv以上
難度 普通
報酬 0.8万円
参加人数 8人
サポート 0人
期間 11/23〜11/26

●本文

●『恋の価値』
 今日もまた、一日が終わった。
 喫煙所で煙草を片手に携帯をチェックすれば、何件かのメールが入っている。
 差出人は全て女。ならば内容は見るまでもない。食事の誘い、週末の予定の確認、彼に言わせれば「くだらない」誘いの数々。
 それら全てを、パク・ウォンは内容も見ずに削除した。

 会社を出た彼は、重い足取りで帰路を辿る。
 一歩一歩、自室が近づくごとに気が重くなっていく。
 そしてマンションの部屋の前に着いた時、息を飲んだ。

 −−ドアの前に置かれた、何の変哲もない紙袋。

 それを蹴り飛ばし、部屋へ駆け込み、鍵をかける。
 そして震える指で、電話をかけた。
「チェンか。またアイツだ。アイツが、俺の部屋へきたんだ‥‥!」

●アウトライン
『主人公パク・ウォンは、26歳。ある商社に勤めるビジネスマン。出世が約束された身であるが、最近ストーカーに悩まされている。
 一人目のヒロインはキム・チェン。24歳。双子の妹。主人公に一目惚れしていた。ストーカーについて相談されるが、それが姉リンの仕業だと気付いていない。
 二人目のヒロインはキム・リン。24歳。双子の姉。主人公を思うあまりに行動が常軌を逸していく』

『韓国の社会構造は、未だに血縁と地縁と高学歴を重視する。
 パク・ウォンは、そんな社会の寵児の一人。有名大学校を出た後、兵役も免除され、親戚筋のコネもあって高名な財閥系列の商社に入った。
 入社して2年目の今はヒラ社員扱いだが、目を瞑ってでも後に出世できる。それが女達にも判っているから、デートの誘いにも熱が入る。そのうち親戚筋が「どこかの令嬢」を見つけてきて、彼にあてがうだろう。そうして、彼を含む血縁者達の力は強くなっていく』

『−−だから、「恋愛ゲーム」は彼にとって価値のないものなのだ』

『そんな彼の周辺に異変が起きたのは、一ヶ月ほど前。
 最初はポストに、綺麗に包装された新作のネクタイが入っていた。女達の誰かのプレゼントだろうと、何の疑問も持たずに身に着けるウォン。すると二日目はハンカチ、三日目はカフス、四日目はタイピンが入れられる。流石に気味が悪くなり、彼はポストに投げ入れられた物を全て捨てた。
 五日目には一通の手紙が入っていた。そこには「どうして捨てたの? せっかく似合ってたのに」というタイプの文字。ウォンは手紙を破り捨てる。
 そして六日目。捨てたはずのプレゼントの数々が、全部ポストに入っていた。
 そして、パク・ウォンの悪夢は始まった。』

『女がストーカーの場合、被害者の男は誤解されがちだ。評判を落とされ、一族の落伍者のレッテルを貼られる訳にはいかない。
 だからウォンは今年に入社した女性社員を相談相手に選んだ。
 女性の心理は、女性が判るだろう。それに入社して間もない彼女は、彼にも色々と都合がよかったのだ。
 一方、相談相手に選ばれたキム・チェンは、有頂天だった。社内で一目見た時から、チェンはウォンに恋心を抱いていた。その彼が、他ならぬ自分を頼ってくる嬉しさ。
 喜んで浮かれる彼女の話を、優しく聞く姉リン。しかしリンこそが、恋に焦がれるあまりに狂ってしまったストーカーだった‥‥』

●想いは「誰」のものなのか
「双子は強い感情を共有する。か‥‥」
 唸って、監督は台本をぱらぱらとめくった。台本の内容は途中までで、結末はまだない。役者やスタッフ、視聴者の要望を反映し、時に結末を変更するからだ。
「見せ場は姉VS妹と、主人公VS双子姉妹の決着だな。どちらの結末に、重点を置くか‥‥」
 そんな監督を見るADは、首を傾げた。
「あの‥‥『VS』、なんですか?」
「どこかの国では言っているじゃあないか。『恋愛は生存競争』だと」

 そして結末は、役者次第−−。

●今回の参加者

 fa0244 愛瀬りな(21歳・♀・猫)
 fa0363 風見・雅人(28歳・♂・パンダ)
 fa0642 楊・玲花(19歳・♀・猫)
 fa0708 重杖 狼(44歳・♂・蛇)
 fa1013 都路帆乃香(24歳・♀・亀)
 fa1170 小鳥遊真白(20歳・♀・鴉)
 fa1733 ウルフェッド(49歳・♂・トカゲ)
 fa1814 アイリーン(18歳・♀・ハムスター)

●リプレイ本文

●悩む人々
「‥‥駄目ですか」
「‥‥駄目だ」
 むむむと睨み合う探偵パク・ユジン役の都路帆乃香(fa1013)と監督。帆乃香の後ろでは医者ミン・ユリ役の小鳥遊真白(fa1170)や主人公の同僚クー・メイ役である愛瀬りな(fa0244)ら、役者達が不安そうしていた。
「君達の熱意は買おう。そして、出してくれたプランも悪くはない。しかし、何の為に双子役で二人の役者を使う予定だったのか。このドラマは『二重人格者の一人』ではなく『双子姉妹の二人』がテーマの一つなのだよ」
 主人公パク・ウォン役の風見・雅人(fa0363)と、ヒロインのキム・リン、チェン姉妹の二役を申し出た楊・玲花(fa0642)は、顔を見合わせる。ウォンの妹ドゥナ役アイリーン(fa1814)は日頃賑やかモードの少女だが、今回ばかりはじっと話の流れを窺っている。

 ここに至る話の流れは、こうだ。
 このシリーズでは、役者の意向によってストーリーの結末が変わる。
 今回は「恵まれ過ぎたが為に恋愛沙汰に興味を失った男」と、「その男に心を寄せる妹」「その男を想い過ぎて常道を逸した姉」の双子姉妹を巡る話だ。強い感情を共用するという双子姉妹。
 男が如何に恋愛の価値を見出すか。そして彼女らの「恋心」は、姉のものか妹のものかという点が重要であると、監督は言う。
 が、役者達の選んだ結末は「双子の姉は妹が作り出した人格。すなわち、妹は多重人格である」という事。幼い頃、姉をなじった為に姉が死んだと思い込んだ妹が、姉の人格を自分の内に再現した。故に、仮想姉妹の恋心が発露する根源は一つ−−妹の感情だ。
 監督の言う「二人の人間の一つの感情」と、役者達の思う「一人の人間の二つの感情」。
 それは似ている様でも根本が違う物語で、物語が根本から違ってしまうなら「結果を役者に任せる」という状況は変わる。そして相違が発覚した結果、撮影は頓挫していた。

「撮影をストップさせる程の問題、か」
 ぱたりと、大道具担当の重杖 狼(fa0708)の蛇の尻尾が床を打つ。
「そりゃあ、演出も変わってくるだろうからな」
 ぱたりと、撮影スタッフのウルフェッド(fa1733)のトカゲの尻尾も床を打つ。
 二人の男は裏方側なので、演技に縁がないし今の問題に関しては外野だ。その為、口を挟まず結果を待っていた。二人とも同じプロダクションのメンバーなのは、幸いだ。
「変更になってもセットに大幅な変更はないだろうが、撮り直しは大変そうだな、ウル」
「まぁ、何があっても対応してみせるがな」
 そうして二本の爬虫類系尻尾が暇そうに、ぱたりぱたりと床を打つ。

「それとも、そもそもストーカー役なんぞ演じたくないか‥‥」
 荷が重かったかもしれんがと呟いて、監督は気が乗らないながらも最後通牒を役者達につきつけた。

●オフタイム・オンタイム
「『どうしても譲らないと言うなら、仕事を外れてもらう』って、監督横暴特権乱用だよね」
 楽屋での、暫しの休憩時間。漸く緊張から開放されたアイリーンが、仰々しく監督の真似をしてみせた。しかし、皆の反応はイマイチだ。それも仕方ないといえば仕方ない。
「頑張りましょう。私達のプランは無理だけど、今の配役で進めてくれるなら」
「でも玲花さん、大変ですよ。完全に二役になるんですから、負担も大きいです」
 りなが表情を曇らせる。ことさら、玲花は演技に関しては自分に厳しい。心配そうに自分を見るりなに、玲花は微笑んだ。
「大丈夫。それに、一度受けた仕事を降りる訳にもいかないわ」
「ですね‥‥」
 それが、役者達の選択だった。プロとしての姿勢も勿論だが、やっと名前が知れ始めたのに監督と意見が会わないからと仕事を放り出せば、後の評判に響きかねない。
「では、スタジオに戻るか。監督との話し合いに時間がかかったから、撮影スケジュールも押している」
 化粧を直し終えた真白が席を立つ。気持ちを切り替えなければと、帆乃香は自分の両頬を軽くぱしぱし叩いた。
「そういえば、トロ。礼が遅くなった‥‥意見を纏めてくれて、ありがとう」
「いえ‥‥お礼を言われる程でもないですよ」
 真白と帆乃香は「恋の素描」の前作「ノック」でも共演した仲だ。気遣いは嬉しいが、少し困った風に帆乃香は項垂れる。
「結果が振るわなかったからといって、努力までもが無意味ではないと思うが。監督も、悪いプランではないと言っていたしな」
「そうですね。ありがとうございます、真白さん」
「いや、礼を言うのは私達の方だと‥‥」
 そんな慎ましいやり取りが、楽屋の空気を和らげた。

「女の闘い、か」
「女の闘い、だねぇ」
 モニタを見ながら、狼と雅人が同じ感想を漏らす。今はウォンの部屋の近くで双子の姉リンを見かけたメイが双子の妹チェンだと思い込み、なじる場面だ。
『ねぇ、チェン。人は見かけによらないと言うけど、あなたも意外と悪どいわね』
『メイさんが何を言いたいのか、私には判らないんですが‥‥』
 朗らかなりなが、気の強く計算高いメイ。普段は凛とした玲花が、気の弱そうなチェン。共に正反対の役柄を二人はよく演じている。と同時に、狼は少し気の毒になった。あそこに飛び込まなければならないのは唯一の男優、雅人だ。
「ウォンも、大変だな」
 狼に言われ、雅人−−ウォンは仕方ないと言う風に肩を竦める。
「女性に囲まれてるのに、役得と喜べない立場が辛いね」
 そして、雅人はモニターを見つめる。結局、メイの疑惑を否定しきらず、チェンは恋敵達によって孤立していく。不安げに、哀しげに、でもウォンの相談に応じる時はその苦痛の片鱗も見せず、力になろうとする。
「こういう弱さと健気さというヤツに、ウォンは心動かされたのかな‥‥」
「どーしたの、おにーちゃん!」
 しかし突然の明るい声が雅人の独り言をかき消し、どむんと腕に軽い衝撃を受けた。
 衝撃と声の主を見下ろせば、黒髪のウィッグで金髪を隠したアイリーン−−ウォンの妹ドゥナが雅人の腕に掴まって、楽しそうに彼を見上げている。
「‥‥まったく、やんちゃな妹だね」
「えへへー」
「こら、そこの兄妹。そろそろ出番だぞ」
 カメラのコードを手繰るウルが、二人を呼んだ。いつの間にか、彼らのシーンが回ってきたらしい。モニタには既にチェンの姿はなく、現地の韓国人スタッフ達がばたばたと行き交っている。
「頑張ってな、ウォン」
「ありがとう」
 励ます狼に自由な方の手を振り、もう片方の手はドゥナに引っ張られてウォンはセットの中へ−−物語の中へ戻って行った。

●恋の価値〜その行く末
 そして、物語は終局へと向かう。
 ウォンが雇った探偵ユジンによって、ストーカーの姿は彼の知る所となる。ユジンより示された写真。それは彼宛のポストにプレゼントを差し入れているチェンの写真。誰もがチェンがストーカーではないかと疑った。しかしユジンが写真を撮ったのと同時刻、彼女はウォンと一緒にいた事もすぐに明らかとなった。
 心当たりのあるチェンは、ウォンに打ち明ける。自分には双子の姉リンがいる事。もしもストーカーが姉ならば家族としても問題なので、まず自分に説得をさせて欲しい。
 彼を案じる姿と、姉の疑惑を晴らしたいという切実なチェンの訴えに、ウォンはやがて折れる。
 思い切って問い詰めた妹の疑惑に、リンは氷の瞳で告げた。
「貴女より先に、私があの人を愛したのに」と。
「あたしの想いを奪うな」と。

 再び、彼に平穏な日々が戻ってきた。降り始めた冷たい雪に、ウォンは思う。
 彼女の為に何が出来ただろうか。彼女の為に何が出来るだろうか。
「お兄ちゃん、何か変わったね」
 そう言って、妹は笑う。確かに変わったかもしれない。以前ほど将来に絶望しなくなった‥‥そう、かつては絶望していたのだろう。自分の身を縛る枷と、おそらく死の後まで敷かれていた人生のレールに。
「次は私の番だよね。その時は、今度はお兄ちゃんが私を応援してよ!」
 ドゥナもまた、枷を壊そうとするのだろう‥‥彼と同じように。そして彼より容易く。兄としては、それとは別種の心配が色々と沸くものではあるが。
「ウォンさん」
 名前を呼ばれて振り返れば、廊下の向こうで探偵のユジンが手招きをしている。どうやらチェンとリンの面会が終わったらしい。リンは今、精神に問題のある犯罪者のケアを重視する施設に入っていた。
「雪、降ってきたんですね。寒いのに待たせてすいません」
「いや、それほど寒くもないし‥‥それより、ここまで関わらせてしまっていいのか」
「いえいえ。我が事務所は、アフターサービスもばっちりですから」
 招き入れられた無機質な部屋には、机を挟んでチェンと精神科医のユリが座っていた。彼の姿を見て、チェンの表情が明るくなる
「姉さん、元気だったわ。最近は薬なしでも大丈夫だっって」
「そうか、よかった。それで‥‥」
 視線で、ユリにかねてからの問いを投げてみる。だが女医は残念そうに首を横に振った。
「君と彼女が直接顔を合わせるには、まだ時間がかかりそうだ。何かの拍子で症状が戻る可能性もあるからな」
「そうか‥‥」
「だが、全く希望がない訳ではない。何よりもリンには、時間が薬となるだろう。急がずに、ゆっくりと治していけばいい」

 ユジンと別れて、二人は帰路についた。ふと、思い出したようにチェンが話を切り出す。
「そういえばメイさん、また新しい人と付き合ってるそうよ。どうすれば、あんなにポンポン好きな人を変えられるのかしら」
「へぇ‥‥」
 考え方が古風なチェンには、理解しがたいらしい。あるいは、同僚のメイの様に割り切った付き合いがリンにもできたなら、彼女は平穏に暮らせていたのだろうか。
「ウォン。話、聞いてる?」
「ああ、聞いてるって」
「もう、ホントは聞いてないでしょう」
 他愛のない会話を交わして恋人と雪の中を歩きながら、今はただ願う。彼自身の為と、彼女達の為に。

 −−どうかこの雪がリンの心にも降り積もって、罪も何もかも真っ白に染めてくれますように。と。