EtR:砂に没した記憶ヨーロッパ

種類 ショート
担当 風華弓弦
芸能 フリー
獣人 3Lv以上
難度 普通
報酬 8万円
参加人数 8人
サポート 0人
期間 10/14〜10/17

●本文

●遺された言葉
 無数の蟲が這い、蠢く砂の世界の片隅。
 目立たぬ様に、一振りの刀と一つの白亜の像が在った。
 反り身の刀は、長さ80cm程度。
 小さな像は勇壮な女神の姿を模し、刀が倒れぬよう支える様に置かれている。
 その周囲には砂に埋めるようにして、ボロ布や壊れた筆記具、そして開かれた一冊の黒い手帳と‥‥そのページが散乱していた。

「探索者からの目撃証言を纏めた結果、刀と像についてはおそらく過去における発見率が比較的高いオーパーツだと思われます。もっとも、現物を持ち帰ってみなければ、憶測の域を過ぎず、正確には判らないでしょうが」
 説明をするWEA係員の言葉は、歯切れが悪い。
 NWが多数存在する遺跡内。
 そこで記録保存装置を使う事は、厳密には禁止されていないが、それでも情報体の外への流出を少しでも抑える為に多くの探索者達は媒体となる物の持込を避けていた。
「我々が注目すべきはこちらのオーパーツより、むしろ‥‥散乱物の中にあったという、手帳です」
 ブリーフィング・ルームに集まった者達は、怪訝な顔で互いの顔を見合わせる。
「第一階層の遺跡に残された、年代の合致しない爪痕。第二階層で発見された、所有者不明のオーパーツ。そして前回、新たに発見されたオーパーツ。これらの物から過去を読み取る事は困難ですが、筆記物からはあるいは‥‥それを書いた者が「何を見たか」が、記されているかもしれません。
 ただし、これにも少々問題があります。まず、手帳の文字に情報体が潜んでいる可能性があるため、外部へ持ち出せない事。そして手帳のノドの部分が劣化した為か、ページがそれなりの範囲に渡って散らばっている事。経年によるインクの劣化で、手帳の文章自体にも、読み取り困難な箇所がある事。
 今回の探索では手帳のページを探し集め、解読し、そこに書かれた情報を持ち帰る事です。また手帳自体を外へ持ち出す事も、何らかの記憶装置で撮影する事も、今回は禁止とします。
 難解な探索となるでしょう。微力ながら、WEAからは『サ−チペンデュラム』を貸与します。できるだけ、情報を集めて戻ってきて下さい」
 厄介な仕事の予感に、室内には溜め息が満ちる。
「場所が場所、状況が状況ですので、当然ながらNWの襲撃も予想されます。しかし、折りよく別のチームが同時期に、第二階層の探索及びNW掃討を行います。皆さんはできるだけ、ページの探索に専念して下さい」

●今回の参加者

 fa0847 富士川・千春(18歳・♀・蝙蝠)
 fa0877 ベス(16歳・♀・鷹)
 fa1050 シャルト・フォルネウス(17歳・♂・蝙蝠)
 fa2572 キング・バッファロー(40歳・♂・牛)
 fa3126 早切 氷(25歳・♂・虎)
 fa4351 紫縁谷 真木(23歳・♂・狼)
 fa4468 御鏡 炬魄(31歳・♂・鷹)
 fa4558 ランディ・ランドルフ(33歳・♀・豹)

●リプレイ本文

●探索の下準備
「それじゃあ、じーっとこれを見ててね」
 ベス(fa0877)がおもむろに、ソレを目の前にかざした。
 テグスのような糸で吊るされた小さな金属の円錐が、振り子の如く左右にゆらゆらと揺れる。
「ほ〜ら。あなたはだんだん眠くなる、眠くな〜る‥‥」
 抑揚をつけた言い回しを聞く早切 氷(fa3126)の頭が、やがてかくんと前に落ち。
「‥‥ぐ〜」
「そこ、サーチペンデュラムで催眠術ごっこしない」
「ぴよ?」
 軽く目眩を覚えつつランディ・ランドルフ(fa4558)が突っ込めば、きょとんとしてベスが首を傾げる。
「ごっこじゃないよ〜。ほら、氷さん寝てるし」
 指差すベスに、ランディは屈んで氷の様子を暫し観察し。
「相変わらずの熟睡っぷりだな‥‥こんな場所で、暢気に寝るな」
「んあ?」
 ノックするようにこつんと頭を叩けば、氷は眠たげに重たい目蓋を開いた。
「ホント、どこでも寝ちゃうのね‥‥」
 半ば感心したように、富士川・千春(fa0847)が苦笑する。
「それで、肝心の地図はできそうか?」
 プラスチック製のピエロの仮面で顔を隠すシャルト・フォルネウス(fa1050)が、くぐもった声で尋ねた。記憶を頼りに白い紙へボールペンで線を引いていた御鏡 炬魄(fa4468)は、ひとまず書き上がった簡易の『地図』を手に取る。
「後で現地で照らし合わせなければならないが、今はこんなもんだろう」
「これで‥‥合ってるのか」
 差し出す地図を受け取ったシャルトは、紙を裏表に返した。仮面に開けられたスリット越しで見えているかどうかは、本人のみぞ知るが。
「手伝おうにも、私達は今回が初の現場ですしね。誤差はともかく、事前情報としては参考になりますよ。お二人とも、ありがとうございます」
 シャルトから回ってきた地図を眺める紫縁谷 真木(fa4351)が、千春と炬魄へ礼を言う。
「後は、有力な情報を土産にできればいいんですがね。はてさて、どうなる事やら‥‥」
 呟きつつ、彼はNWと戦う準備を始める者達を眺めた。

●地道な作業
「え〜っと、あんまりあっちこっち照らさないように。迷ったら、この光が目印でな〜」
 淡い光を放つ剣『ライトバスター』を、氷が警棒の様にぐるぐる回した。
 氷を先頭とする一行が手にする灯りは、念を入れて最小限に抑えている。首を巡らせれば、同時に動いているチームのメンバー達の明かりが見えた。

 順調に−−そして単調に砂地を歩き続ければ、やがて件の『目印』が見えてくる。
 飛び回る小型NWの群れは、予測どおりにもう一方のチームの方へ向かったようだ。
「これは‥‥このまま?」
 一振りの刀と、それを支える様な小さな像がを、シャルトがしげしげと観察する。
「そうね。回収作業が終わるまで、目印としてこのまま触らない方向で、どう?」
 千春の提案に、異論を唱える者はなく。
「じゃあ、ページの探索を始めるか‥‥探すのは、これのページだ。できるだけ、見落とさないようにな」
 砂の中から掘り出した元の手帳を回収した炬魄が、初見の者達にどんな物かを説明する。
「‥‥と、その前に‥‥像は動かさないけど」
 ひょいと像に近づいた氷は、手を伸ばして冷たい石に触れた。
「ぴよ? 何してるの、氷さん?」
「しーっ」
 ベスに問いかけられ、彼は人差し指を口唇の前に立てて静かにするよう促す。
 暫く氷はじっと動かずにいたが、やがて像から手を放し、「よいせ」と呟いて腰を上げた。
「ぴ? 何してたの? 何か判った?」
「ああ。これ、やっぱり『パラディオン』っぽいな」
「パラディオン‥‥?」
 鸚鵡返しにその単語を繰り返す真木へ、髪を掻きつつ氷が頷く。
「『黄金の枝』と同じで、効果はNWに不利な結界を作る。効果時間は、確か一時間。違うのは使ってもなくならない事と、枝よりずっと重い事、か」
「へぇ‥‥詳しいんだな」
「だって、俺んちにもあるし。車に突っ込んで、持ってきてないけど」
 あっけらかんとした答えは、目の前にある物体の、どこかミステリアスなイメージを崩壊させていくようだった。

「それじゃ、ページ探しはローラー作戦だね」
 提案したベスは、目視や持てる道具で像からの大よその距離を測って、『スタート位置』を決める。
 ローラー作戦‥‥要は一列に並び、探索範囲内をしらみつぶしに探すそうというのだ。
 報告した手帳の状況から、WEAがページが散らばっていると予想した範囲は、およそ半径20m以内。無論、それ以上の広さまで散ってる可能性も否定は出来ないが、ローラーの後にサーチペンデュラムを使えば負担も少なく、早く済むというベスの提案である。
「じゃあ、こっちは始めるねー。気をつけて頑張って下さい、ど〜ぞ〜!」
 横一列に並んだ者達に『幸運付与』を施し、明るい声でベスはトランシーバーを通して離れた仲間へ告げた。
「地味な作業だが、始めるか」
 手帳の探索メンバーも、腰を落として砂の中を探り始める。
「確か、報告だと砂の中にも小さいNWがいるんだよな」
 アウトドアナイフで砂を探りながら、真木が呟く。
「ああ。何を察知して出てくるかは、判らないがな」
 答える炬魄は、手でざくざくと砂を分けていた。
 ゆらゆらと虎の尻尾を揺らす氷はライトソードで周りを照らしながら、NWの襲撃を警戒する。

 注意深く探索を始めてから暫くは、黙々と砂を掻く作業が続き。
「あったわ」
 注意深く砂を探る千春の手元に、隣のランディが注意深くペンライトの細い光を投げた。紙の端をつまんで砂を払い、ゆっくりと彼女はそれを砂中から引き上げる。
 その間に、ベスは荷物の中からファイル式の透明な用紙挟みを取り出した。
「え〜っと、これに入れるね。それで、氷さんが持っててくれる?」
「はいはい」
「あ、こっちも見つけた‥‥っぽい‥‥」
 今度はシャルトが声を上げ、氷の手を介して用紙挟みが渡される。
「それにしても、腰に来る作業だな‥‥」
 この場の最年長者である炬魄が軽く腰を伸ばし、苦笑しながら真木が彼を見上げた。
「時間がかかりそうなら、交代制にした方がよくないですか?」
「だが、ここに長居し続けるのも、あまり得策ではないだろうからな。仲間がいるとはいえ、NWが跋扈する遺跡のど真ん中だ」
「ですね」
 暗く閉ざされた世界を真木は目を細めて眺め、再び作業に戻った。

 入念に砂を探る者達によって、手帳のページは少しずつ集まっていく。
 やがて、時間を費やして探索範囲のローラー作戦を終えたメンバーは、次の『作業』を二手に分けた。

●探る記録と辿る時間
 紙の上で、小さな円錐が鈍く光っていた。
 サーチペンデュラムで探す物を示すには、6分ほど念じなければならない。また、円錐が動き出したからといって、示す場所が百発百中で『命中』する訳でもない。
「6分、ずっと念じてるって、けっこう疲れるね〜」
 貸与されたサーチペンデュラムをぶらぶら振りながら、はふとベスが溜め息をついた。
「ああ。待ってる間に寝そうだ」
 欠伸をしながら同意する氷に、やれやれとランディが首を振り。
「無理せず、少しづつで、な」
 彼女が頭を撫でれば、「は〜い」と無邪気にベスは笑顔をみせる。
「‥‥次の場所が、出たわ」
「ここだな」
 動く円錐に千春が告げて、シャルトが地図に示された場所に印をつけた。
「その場所だと、えーっと‥‥」
 歩きながら実際の場所を割り出す真木の後ろに、スコップを持ったランディが続く。
 そんな作業の傍らで、炬魄はバラバラになったページを並べる作業に手を焼いていた。
「ページ順に並べる手がかりは、筆跡と文脈‥‥といったところか。ノンブルでも振ってあれば、楽だったんだが」
 何も光源を持ってきていなかった為、彼はランディから借りた懐中電灯を片手に作業を進める。
 手帳に残された前半部分のページには、スケジュールとそれに付随する覚書が羅列されていた。
 誰と会い、何を話し、何を聞き、何を疑問とし、何を得たか。
「書かれた言語は英語で、どうやら新聞記者か作家か‥‥何かモノを書く仕事をしていたようだな」
「へぇ?」
 興味深げに、シャルトが手帳を見やった。
「そうなると、ページのこの辺りはスケジュールの続きだな‥‥」
 透明なフィルムに入ったページのうち、炬魄は似た形式で書かれたページとそうでないものに分ける。
 それでも、スケジュールでない事柄が書かれたページが半分以上を占めた。
 罫線に沿って、ある程度整然と書かれた前半と違い、後半と思しき部分は罫線から外れて乱雑に書かれ、1行につき3〜4行を消費している。それ故に、ページの消費ペースが早いと思われた。
「暗号文と似てるかと思ったけど、似てないね」
 一休み中のベスも、ページの一枚を手にして首を傾げた。
「ベスさん。そろそろ1時間になるから、交代してもらっていいかしら?」
「あ、は〜い! じゃあ炬魄さん、頑張ってね!」
 千春に呼ばれたベスは、手を振りつつ残るページの探索に向かった。それを見送り、彼は現在見つかっている20ページほどの束を取り上げる。
「ページ自体が見つかっていない可能性もあるが、まずは『最初』と『最後』から探すとするか」
 厄介な『パズル』の、どこから手をつけたものかと思案していた炬魄は、再びその一つ一つを確かめ始めた。

●記憶と時間の限界
「意外と多かったですね‥‥これで全部、なんでしょうか」
 白紙云々を問わず、集まった50枚程のページを前に、少し不安げに真木が呟く。
「う〜ん‥‥『地図にない場所』については何とも言えないけど、手帳の厚さとページの分量から8割方は集まってると思うわ」
「ま、上々ってところじゃないか? 残り2割にそれなりの情報が書かれている事も否めないが、手記の『最初』と『最後』らしいページは見つかったんだろ?」
 戯れに千春が使ったダウジングマシーンで見つかった水晶のサイコロを、手の内で転がしながら氷が炬魄に尋ねた。
「ああ‥‥英語で書かれている事を考えると、書いた人物はおそらくイギリス人かアメリカ人だな。手記の始めを纏めれば、『気がついた時にはここにいたが、どうやってここへきたかは判らない』らしい。そしてこの場にいることに気付いて若干の時間が経ってから、手記を残す事を思いついたようだ」
 間をおいた炬魄は、眉間を抑える。暗い場所での作業で、目にも疲労が蓄積されていた。
「手記の最後では、自分が助からない事を受け入れ‥‥諦めたとも言うな‥‥そして、誰かが手帳を見つける事を祈り、目印に‥‥必要ならば、後の『誰か』が生き延びる為にも像と刀を置き、『奴等』に倒されたり壊されたりしないよう、あそこを離れた。『奴等』には、それが何を意味するか理解もできなければ、それ以前に興味もないだろうと‥‥ある」
「で、今の今までこのままだった‥‥という訳か」
 ランディが、刀と像の前に片膝を着く。これらをそのままにしておくという選択もあったが、話し合った結果は像がベス、刀は炬魄が引き取る事となった。持ち主が既に故人であり、明確に所有を放棄している為、WEAも異論はないだろう。
 話の区切りが付いたところで、話を聞いていた千春が砂を踏んで一歩進んだ。
「ところで、これだけど。持って行く前に、少し『下』を調べるわね。手帳に書かれた内容を考えると大丈夫そうだけど、動かした途端‥‥みたいな、仕掛けがあるかもしれないし」
「判るのか?」
 立ち上がるとランディは退き、千春と場所を入れ替わった。
 像の『下』に向けて『超音感視』で探ってみるものの、何らかの『手ごたえ』は感じられず。
「特に、問題はないようね‥‥大丈夫みたい」
「そうか。ありがとう」
 炬魄が刀を掴み、ベスが像を持ち上げる。
 −−そして。
「ぴぇぇぇぇっ、何か出てきたぁぁぁっ!」
 何もなくなった砂の中から、滲み出すように黒い蟲達が次々と這い出してきた。
 それは、見る間に黒いシミの如く広がり‥‥。
「退くぞ、急げ!」
「早く、行きましょう!」
 氷と真木が皆を急かし、一行は必要な物を手に急いでその場を離れた。
 追い縋る蟲達に、翼や脚力を生かせる者達はそれを駆使して距離を開け、氷が殿(しんがり)となる。
 逃げ足の速い『獲物』達に諦めたのか、第一階層への通路に戻る頃には黒い蟲達は姿を消していた。