晩秋の森を分けてヨーロッパ

種類 ショート
担当 風華弓弦
芸能 フリー
獣人 フリー
難度 やや易
報酬 なし
参加人数 8人
サポート 0人
期間 10/27〜10/29

●本文

●冬支度
 風が吹けば、かさかさと乾いた音を立てて紅葉した白樺の葉が舞い落ちた。
 柴を拾い集めていた少女は手を止めて、しばらくそれを見上げる。
 気温は既に、最高気温でも氷点下を切る方がザラで、数日もすれば白樺の森にも雪が降り始める。
 今のところ、彼女の生活は平穏で。
 平穏なのに、少し‥‥戸惑う。
 抱えた枝の束を抱き直してから、白い息を吐いて歩き始める。
 やがてスカンジナビア・レッドに塗られた家が見えてくると、イルマタル・アールトは歩みを速めた。

「『友達』を‥‥家に呼びたい?」
 思わず怪訝な表情を浮かべれば、それが語調となって伝わったらしい。マネージャーの耳に、恐る恐るイルマの返事が返ってくる。
『あの、ダメですか?』
「いやさ。ダメだ云々以前に、友達を招くのに何で俺に連絡してくるんだ?」
『え‥‥でも、家にパソコンとかないですし‥‥それから、一応マネージャーさんにも知らせた方がいいかと‥‥思って‥‥』
 やれやれと頭を掻きながら、中年男のマネージャーは軽く息を吐き。
「お前が持ってる携帯でも、メール打つくらいできるだろう。圏外だったら、アレだが‥‥」
『‥‥』
「もしかして、圏外か?」
『いえ‥‥メールって、これでも送れるんですか‥‥?』
 マネージャーが、今度は盛大な溜め息をついた。

●今回の参加者

 fa0124 早河恭司(21歳・♂・狼)
 fa0259 クク・ルドゥ(20歳・♀・小鳥)
 fa0441 篠田裕貴(29歳・♂・竜)
 fa1412 シャノー・アヴェリン(26歳・♀・鷹)
 fa1814 アイリーン(18歳・♀・ハムスター)
 fa1851 紗綾(18歳・♀・兎)
 fa3255 御子神沙耶(16歳・♀・鴉)
 fa3728 セシル・ファーレ(15歳・♀・猫)

●リプレイ本文

●季節の折り目に
 一歩踏み出すごとに、白い地面がサクサクと音を立てる。
 重い鉛色の空の下、白樺の木々はほとんど葉を落とし、足元はうっすらと雪で覆われていた。
「もう、初冬ですね‥‥外は寒いです〜」
 車から降りて冷気に触れたセシル・ファーレ(fa3728)は、白い息で両手を暖める。
「一ヶ月とちょっと前に来た時は、もう少し暖かかったけどね」
「今は確か、最高気温が0度を越えないとか、そんなレベルらしいな。あ、手伝うよ」
 トランクから荷物を引っ張り出すアイリーン(fa1814)を、脇から早河恭司(fa0124)が手を貸し、他の女性達にも荷物を手渡していく。
「俺はフィンランドは始めてだけど、北欧って本当に冬が早いよ」
 篠田裕貴(fa0441)の言葉に、仄かな期待と共にクク・ルドゥ(fa0259)は低く垂れ込めた雲を見上げた。
「あっという間なんだね。もっと雪、降るといいなぁ」
 そんな彼女へ、紗綾(fa1851)が勢いよく抱きつく。
「うん。雪遊びとか、したいね〜!」
 車の音を聞きつけたのか、慌ててイルマタル・アールトが赤を基調に塗られた家から飛び出してきた。
「すみません! 荷物を運ぶの、手伝いますね」
「わ〜い、お久し振りのイルマちゃんも〜!」
「へ?」
「イルマー! 招待ありがとっ。今夜は寝かせないわよー♪」
 紗綾がイルマへ飛びつき、アイリーンも後に続く。
「‥‥おしくら‥‥まんじゅう‥‥ですね‥‥では、私も‥‥」
 それを見ていたシャノー・アヴェリン(fa1412)も、ぎゅむぎゅむとくっつき合う三人に混ざりに行く。
「夜は寒かったら、寝袋でやるんですね。そして、恭司パパさんとククさんの、ミノムシ・コントを!」
「いや、ミノムシは拒否するから。断固として、拒否権発動でっ!」
 期待の眼差しで見つめるセシルに、ふるふるとククが首を横に振る。
「あの‥‥ところで、そろそろ荷物、中に入れません?」
 荷物を手にした御子神沙耶(fa3255)が、まだおしくらまんじゅう状態の家主へ声をかけた。
「そうですね。寒いですし‥‥荷物運ぶの、手伝いますね」
 イルマが手を伸ばすよりも先に、大きなドラムバッグをアイリーンは軽々と持ち上げ、ウィンクしてみせる。
「私の荷物、半分はお菓子だから軽いわよ。食材はともかく、スナックやチョコレートなんかは街の方が多いからね、厳選に厳選を重ねたんだから」
「お菓子‥‥!」
 魅惑の一言に、きらきらと紗綾が目を輝かせた。
「‥‥徹夜‥‥どころか‥‥篭城も‥‥できますね‥‥」
「それはさすがに無理よ」
 五月雨式に語るシャノーに、笑いながらアイリーンはひらひらと手を振り。
 一行は、木造りの家へと足を踏み入れた。

●正しい認識?
「それじゃあ、落ち着いたところでまず最初に‥‥」
 一行が暖炉のあるリビングに落ち着いたところで、裕貴は自分の折り畳み携帯を取り出した。
「どなたかに‥‥お電話、ですか?」
 小首を傾げるイルマへ、彼は人差し指を左右に振り。
「違うよ。折角の機会だからメアドの交換を、ね。イルマは携帯、持ってるのかな?」
「はい。一応、マネージャーさんから貰いましたけど‥‥使い方が、よく判らなくて」
「じゃあ、メール機能とかは使ってない?」
「はい」
「一度も?」
「‥‥はい」
 気恥ずかしげに、イルマはおずおずと裕貴を見上げた。
 フィンランドには携帯分野で世界トップシェアを誇るメーカーもあるのだが、それもここまでは及んでいないらしい。
「教え甲斐がありそうだね。でも、俺もイルマのメアド教えて欲しいから、頑張って」
 組んだ膝の上で頬杖をついて、恭司が笑いかける。
「まぁ、紗綾さん。見ました?」
「見ましたとも、ククさん。早速ですわね」
 どこぞの井戸端会議中な御婦人の様に、ククと紗綾がひそひそ言葉を交わし合った。
「だから、タラシとか言わないように」
「あ。まだ言ってないから、安心してね」
「うん!」
 頭痛を覚える恭司に、笑顔の二人が即答する。
「『まだ』って‥‥」
「恭司パパも、大変だね」
 紅茶を飲みながら傍観するセシルに、イルマが眼を瞬かせた。
「ところで‥‥さっきも言ってましたけど、キョージはセシルのお父さんなんです?」
「それも、違うからっ。第一、年齢合わないだろう?」
 全力で否定する恭司だが、どこか悪戯っぽい表情をアイリーンが浮かべる。
「つまり、みんなのパパなのかしら?」
「‥‥ぱぱー‥‥」
「シャノーさんまで‥‥」
 あからさまに棒読みのシャノーに、沙耶が苦笑した。
「否定すればするほど、深みにはまるパターン‥‥かな?」
 裕貴がどこか納得した風に呟けば、恭司は肩を落とす。
「慣れたけどな‥‥あ、『メール講座』、続けてくれるか」
「そうだね。じゃあ、まず皆とメアドを交換しようか。イルマ、携帯は持ってるかい?」
「はい、ありますっ」
 裕貴の問いに答えるイルマは、スリム型携帯を取り出した。

 全く慣れていない者に、使い慣れた物の使い方を教えるのはなかなか難しく。
 やっと全員のメールや携帯番号をイルマが登録できた時には、外が暗くなりかけていた。
「メールって、難しいですね‥‥」
 未だ困惑気味で食事を用意するイルマに、「慣れれば簡単だよ」とククが励ます。
「誰か『ギャル文字』って知ってますか? アレ、セシルは読めないですよ‥‥」
 テーブルの準備を手伝うセシルに、皿を運ぶ裕貴は頷く。
「見た事はあるけど、普通に日本語が読めても、あれは読み辛いよね」
「ですよね! 前に日本へ行った時に見たんですけど、さっぱりでした。絵文字の方が、可愛いのに‥‥」
 仲間を見つけて嬉しげなセシルは、絵文字派らしい。
「絵文字がいっぱいでも、読めません‥‥」
 一人、携帯を持たない沙耶は、ちょっと寂しげだった。
「イルマちゃん。食事が終わったら、カンテレ教えて貰っていいかな。折角フィンランドまできたし、39弦とまでは言わなくても、自分のカンテレも買いたいなーって」
 尋ねる紗綾に、イルマはこくりと首を縦に振る。
「買うなら、5弦か10弦がいいと思いますけど‥‥ヘルシンキなら、楽器店は沢山ありますよ」
「‥‥仮にも‥‥首都‥‥ですし‥‥」
 一応のアドバイスらしきものに、シャノーも同意(?)した。
「それで、明日の予定は釣りと、森の散策と、皆で遊んで、オーロラ観測?」
 どこの修学旅行かと思えるメニューをククが指折り数えれば、アイリーンも手を挙げる。
「あと、夜は恋バナよね。皆揃って寝袋で、寝転んで」
「あ〜‥‥あたし、聞く専じゃあダメかなぁ‥‥」
 いつもの勢いはドコへやら、おずおずと紗綾が戦線離脱を告げ。
「寝袋は持ってきたけど‥‥俺達も一緒に寝るのは、さすがに不味くないかな?」
 更に恭司は、自分と裕貴を指差す。
「私は、寝袋がないので‥‥ちょっと」
「セシルも、寝袋は‥‥ちょっと」
 沙耶に続いてセシルもドロップアウト宣言する。
「えーっと‥‥それではお部屋の方を、用意しておきますすね」
「なんだか、B&Bみたいだね」
 キッチンとリビングを行き来しながらやり取りを聞く裕貴が、苦笑を浮かべた。

●和みのひと時
 翌日。空が晴れた代わりに、イナリ村は白一色に染まっていた。
 イナリ湖も、岸辺には氷が薄く張っている。
「それじゃあ、大漁目指して頑張ってきま〜す!」
「‥‥目指すは‥‥いっしー‥‥ですね‥‥」
「‥‥何を釣る気だよ、シャノー」
 びしっと敬礼するセシルに、真剣な表情のシャノー。そして、釣りには自信がないという裕貴の三人が、モーターボートに乗り込む。
「期待してるから、頑張ってね〜っ!」
「クマ、落とさないようにね。あと、自分も湖に落ちないように‥‥冷たそうだし」
 ククがぶんぶんと手を振り、恭司が忠告を投げた。

 遠くなる船影を見送った六人は、そのままぶらりぶらりとイナリ湖の湖畔を歩く。
「フィンランドの食材って、この時期だとどんなのが獲れるの?」
 歩きながら尋ねるアイリーンに、イルマは少し困ったような表情をし。
「魚と、肉は野生の兎や雷鳥や‥‥」
 言いかけるイルマに、紗綾がどこか悲痛な表情でふるふると首を横に振った。
「え〜っと、野生の動物を取らないのでしたら、家畜を。ベリー類は8月には終わりますし、野菜は保存の利く豆系や根菜系で‥‥だから『いま獲れる』っていうのは、けっこうないんです」
「そうなんだ」
 感心した風に、アイリーンが周囲へ視線を向けた。一般的に10月や11月といえば実りの時期だが、秋と冬の狭間の白い世界は荒涼としている。
「本格的に冬になったら、川も湖も凍りますから‥‥そうなると、燻製とかを使って。でも最近は、流通もいいですし‥‥料理としてのパイやお菓子のパイ、それからケーキは冬によく作ります。寒くても、アイスクリームとかも食べちゃいますけど」
「あ、でも寒い日のアイスって、それはそれでまた美味しいよね」
 甘い物に話が移って表情を綻ばせる紗綾の反応を、面白そうに恭司は眺めた。
「それじゃあ、アイスを買うかどうかは置いて、ひとまず村で買い物‥‥になるのかな」
「そうなります‥‥ある程度は買い置きがありますし、後はポロンリハ‥‥えと、トナカイ肉を分けてもらって‥‥前は、家でも飼っていたんですけどね」
「もしかして、アレを食べるんですか?」
 じーっと沙耶が凝視する先には、放牧されたトナカイ達が浅い雪を踏んで佇んでいた。

 夕暮れ前になると、一行は『家』へと帰ってきていた。
 裕貴は「報酬に」とベリーのタルトを提供して−−無論、一番喜んだのは紗綾だが−−イルマからフィンランドの家庭料理を教わり。
 ククもそれに加わり、シャノーや紗綾も料理に影響の少ない手伝いをしていた。
 料理に加わらない者達は、持参した楽器を爪弾き、写真を撮り、音楽談義に花を咲かせている。
 夕食のメインは、『ポロン・カリストゥス』。ラップランドポテトのマッシュポテトで作られたリング状の土台の真ん中に、トナカイの肉の煮込みとベリーのジャムが乗せた料理だ。
「ソースにベリーのジャムって、甘酸っぱくて不思議な味だね」
「スウェーデンも、ミートボールにベリージャムをつけたりするよ」
「そうなんだ。面白いね〜」
 豆知識を披露する裕貴に、ククが感心する。
 他にはサーモンとジャガイモのクリームスープに、イナリ湖で釣れた白身魚をソテーしたものに、ライ麦パンが並ぶ。
「ヒロにも味を見てもらいましたけど、トナカイ肉は口に合わなかったら無理しないで下さいね」
「いや、遠慮なくいただくよ」
 率先して恭司がフォークとナイフを取り、他の者も続く。
「お礼に、明日の朝は私が和朝食を作りますね」
 沙耶の申し出に、「楽しみにしています」とイルマは微笑んで。
 ベリー酒に、未成年にはベリージュースのグラスが交わされ、和気藹々と和やかに夕食は進んだ。

●月のない空の下
 身を切るような冷気の中で、積もった雪が舞っていた。
「と〜ぅっ!」
 コートの襟を立て、新雪を散らして遊ぶククは、そのまま裕貴の背中に飛びつく。
「ちょっ、クク! この〜っ」
 飛びつかれた側は、回された腕を押さえてぐるぐると回転し。
「えーいっ!」
「きゃ〜っ!」
 雪深い辺りを狙って裕貴がククを放り出せば、ぼむっと雪が舞い上がった。
「わ〜い、見て見て。雪の妖精〜」
 雪に埋まったまま手足を動かして、ククは雪上に人型を作る。
「風邪ひくよ、クク」
「そうだよ〜」
 セシルと恭司が二人でククを引っ張り起こし、再び雪をかき上げて遊ぶ。
 楽しげにそれを眺めるイルマに、アイリーンがぽむと後ろから抱きついた。
「あ、寒いです?」
「ううん。今日はホントに楽しくって‥‥だって、仕事とかマネージャーさんからじゃなくて、イルマから声をかけてくれたじゃない? それが嬉しいのよ♪」
「‥‥とぉっ!」
 その二人に、また紗綾が抱きつく。
「はぅっ、サーヤ!?」
「イルマちゃん。何か悩みとかあったら、遠慮なく言ってね。あたしでよかったら、いくらでも聞くから」
 少し心配そうな表情で覗き込まれて、頬を赤らめたイルマは僅かに逡巡し。
「あの‥‥私、沢山の『友達』って‥‥初めてで。だから、その‥‥家にいる事は嬉しいんですけど、ちょっぴり‥‥寂しいなって」
 俯いて目を伏せる少女の頭を、慰める様にシャノーが優しく撫でる。
「‥‥帰ったら、編み物を‥‥しませんか?」
「はい‥‥?」
「‥‥好きな人の事を思い‥‥ひと編みひと編み‥‥心を込めるのです‥‥。もし、編み方で‥‥イルマが判らない事が、あれば‥‥いつでも、聞いて下さい‥‥メールで‥‥」
「はい。ありがとうございます」
 遠慮がちに、イルマは笑顔を見せ。
「あ、あれ!」
 空を注視していた沙耶が、指差して歓声を上げた。
 誰もが天を振り仰げば。

 −−月のない夜空を、淡い光の帯がゆらゆらと色を変えながら流れていく。

 声もなく、その光景に見入る事しばし。
 ふと思いついて、アイリーンはこっそりと自分の携帯を取り出し、ボタンを押す。
 するとすぐにイルマの携帯が鳴り出し‥‥。
「さて、凍えちゃう前に、暖かい家に戻らない? それから、カンテラを囲んで寝袋トークよ!」
 楽しげに、アイリーンが全員を急かす。
 一行の後を追いながらイルマが携帯に視線を落とすと、ディスプレイには短い文字が並んでいた。
『これからも、ヨロシクね♪(^_^)人(^_^)』
 難しい顔で携帯を操作して遅れがちなイルマの様子を、シャノーはそれとなく歩調を合わせて見守り。
 そして今度は、先を歩くアイリーンの携帯がメロディを奏でる。
『kylla.kiitos.』
 はい。ありがとう。
 無味乾燥の短い一文に、彼女は満面の笑みを浮かべた。