世界祝祭奇祭探訪録 13ヨーロッパ

種類 ショート
担当 風華弓弦
芸能 1Lv以上
獣人 1Lv以上
難度 普通
報酬 0.8万円
参加人数 8人
サポート 0人
期間 11/04〜11/06

●本文

●古き良き時代
 1920〜30年代以前に作られ、今でも走る事ができる車は、一般に「クラシック・カー」と呼称される。
 その中でも1904年までに製造された車を「ベテラン・カー」、1930年までに製造された車を「ビンテージ・カー」と呼ぶ。
『ベテラン・カー・ラン』‥‥正式名『ロンドン・ブライトン・ベテラン・カー・ラン(LBVCR)』とは、1896年11月に制限速度をそれまでの時速4マイルから時速14マイル(時速22.4km)とする法律が制定されたのを記念し開催されて以来、現在でも続けられている世界でも最も古いラリーだ。
 今年で110回目を数えるこの大会では、朝8〜9時にロンドンのハイドパークを出発。ウエストミンスター橋を渡り、約92km離れたブライトンを目指す。
 大会の出場資格は、唯一つ。1905年1月以前に作られ、3個以上のホイールを持つベテラン・カーである事。
 世界中から集まるベテラン・カーは400台を越え、人々は念入りに整備してきた愛車を、当時の服装−−男性はフロックコート、女性はマフ付のロングコートで着飾り、意気揚揚と運転するのだ。
 時速30kmオーバーで走るルート上には、『長旅』に備えた『お茶休憩所』や車の整備スタッフが控える駐車場もあり、参加者も観戦者もパレードにも似たラン(スピードを競うレースではなく、正しくrun)をのんびりと楽しむ。
 だが、参加したベテラン・カー全てが完走するわけではない。
 入念に整備され、また整備スタッフが控えていても、故障やアクシデントによる脱落車も多く、ブライトンまで完走できるベテラン・カーは半数を切るという。
 それでもベテラン・カーのドライバー達は、トレーラーの荷台に愛車を積んで参加する。
 それ程までに、車と時代とその技術を愛してやまないのだ−−。

●『ベテラン・カー・ラン』
「はっきり言えば、車両博物館なんかに並べられてもおかしくない代物なんでしょうけどね。でも、未だに走る車である以上「ポンコツ車」とか「ボロ車」とか言っちゃうと、とんでもない目にあうそうなので、気をつけて下さい」
 相変わらず冗談か本気か判らない不穏な言葉を発しながら、お馴染みのスタッフは番組の資料を配る。
『世界祝祭奇祭探訪録』は、「現地の家族との触れ合いを通じて、異国の風習を視聴者に紹介する」という現地滞在型の旅行バラエティだ。
 これまでにヨーロッパ各地で祭を紹介し、今回の『ベテラン・カー・ラン』が第13回となる。
「今回の滞在先は、イギリスのブライトンです。滞在期間は11月4日から6日までの3日」
 資料をめくりながら、担当者はいつもの様に内容を説明していく。
「滞在先のトーマス家ですが、家族構成はご両親と、19の息子ジェシーさん、そしてお祖母さんの四人家族。ブライトン郊外で、牧畜業をされているそうです。場所柄、牧羊でしょうね。『LBVCR』では、ご主人が運転されるそうです」
 一通りの説明を終えた担当者は、紙の束をトントンと机の上で揃えた。
「いつもより日程が短めですが、どうぞ良い旅を」

●今回の参加者

 fa1032 羽曳野ハツ子(26歳・♀・パンダ)
 fa2010 Cardinal(27歳・♂・獅子)
 fa2141 御堂 葵(20歳・♀・狐)
 fa3255 御子神沙耶(16歳・♀・鴉)
 fa3611 敷島ポーレット(18歳・♀・猫)
 fa3728 セシル・ファーレ(15歳・♀・猫)
 fa3846 Rickey(20歳・♂・犬)
 fa4478 加羅(23歳・♂・猫)

●リプレイ本文

●一路、ブライトンへ
 ロンドンから列車で南へ、わずか45分程度。
 流れ飛ぶ車窓の風景を眺める間に着いた街ブライトンは、リゾートタウンらしい喧騒をみせていた。目的地のトーマス家には、ここから更にバスで移動する事になる。
「夏なら、海で思いっきり泳いだりとか‥‥できるんですよね」
 バス・ターミナルには潮の香りが漂い、セシル・ファーレ(fa3728)は少し残念そうだ。
「ここは昔から、上流階級のリゾート地だったそうですから‥‥こんな所でのんびりと休日を過ごせたら、ちょっとしたセレブ気分を味わえるかもしれませんね」
「セレブ‥‥いい響きねぇ」
 加羅(fa4478)の説明に、羽曳野ハツ子(fa1032)が大いに想像力という名の翼を羽ばたかせている。
「でも、ポーレットさんも似合うんじゃないですか? ほら、前の水着オーディションもありましたし」
「そやけど、うちは「セレブ」とは‥‥ちょっと違うと思うで」
 停車したバスのタラップに、足をかけながら御子神沙耶(fa3255)が話題を振れば、敷島ポーレット(fa3611)は照れたように明後日の方向を見やった。
「でも、セレブかどうかの問題以前に、キミなら普通に似合ってそうだけどね。夏の海辺」
 今度はRickey(fa3846)から笑顔を向けられ、視線を泳がせたままのポーレットの耳が少し赤く染まり。
「でも、今回は海やのうて『ベテラン・カー・ラン』を見に行くんやからっ」
 最後尾の座席に腕組みをして‥‥それでも出来るだけ席を占領しないよう、気遣って座るCardinal(fa2010)が、重々しく頷いた。
「個人的には、『ガイ・フォークス・デー』も気になるがな」
「でも考えてみれば、どのベテラン・カーも私達より『年上』になるんですよね」
 流れ始めた車窓の風景に、どこかしみじみと御堂 葵(fa2141)が呟いた。

 やがて緑が残る風景に止まったバスから降りた一行へ、一台のトラックが減速しながら近付いてきた。
「やあ、君達が『お客さん』だね。よかったら、乗っていくかい?」
「えと、トーマスさん?」
 窓から声をかける初老の男へ沙耶が尋ねれば、「ああ」と笑顔が返ってくる。
 荷台で揺られながら羊や牛が草を食む牧草地を縫う小道を抜ければ、すぐに畜舎や車庫が見えてきた。

●古き現役
 エンジンが唸りを上げ、排気筒から煙を吐きながら、車庫からベテラン・カーがゆるゆると日の光の下へ現れた。
 細く黒い車輪は前輪より後輪の方が大きく、剥き出しのシャフトは赤。一見すると馬車のようなフォルムに、金ぴかで丸い前照灯が目玉の様にも見える。突き出したハンドルは手回しレバーのようで、ベンチチェストの前列座席と後列座席が背合わせになっており、屋根はない。
「うわぁぁぁ‥‥ベベンツのBS428やんっ」
 その全容が明らかになると、飛び上がらんばかりにポーレットが歓声を上げた。
「凄い‥‥100年も前の車なのに、新車みたいです」
 加羅が近寄って、磨き込まれたボディを覗き込んだ。ワックスで輝くボディに、彼の顔が反射して映っている。
「とっても、大事にされているんですね」
「曾祖父ちゃんの乗ってた車、なんだってさ」
 感心した風の葵に、少し誇らしげに一人息子のジェシーが胸を張った。
「若い頃、お義父さんが元気だった時に、よく乗せてもらったものよ‥‥それにしても、お若いのによく知ってるわねぇ。お嬢さん」
 懐かしそうに語る老婦人は、興味津々で車を眺めるポーレットへ目を細める。だが、その会話に違和感を感じて、素朴な疑問にハツ子が首を傾げた。
「つまり、この車はトーマス家の歴史であり、宝物といったところなのね。でも、イギリスなのに‥‥ベベンツって、ドイツのメーカーじゃなかったかしら?」
「ああ。実はイギリスは蒸気自動車の分野で先んじていたんだが、道路は傷めるし、馬車の馬を驚かせるという理由で、嫌われたんだ。その間にドイツやフランスがガソリンエンジンを開発し、そこにアメリカも加わって、ガソリン車を作ったのさ。だからこの時代のガソリン車は、イギリス国外のメーカーの方が多いんだよ」
「ベベンツとかブジョーとか、オフォードやね」
 トーマス氏の説明に、ポーレットが目を輝かせながら付け加えた。
「ところでVCRに出るって事は、この車も‥‥」
 Rickeyが問う視線を向ければ、ジェシーは首を縦に振る。
「BS428は、1900年の生産だって。それでも今年のVCRは、1895年の車が『先頭』だけどね。VCRは、製造年の順番にスタートするんだ」
「そうなんだ。もっと古い車も、走るんだね」
「これだけ‥‥手の込んだ車なら、整備も大変だろうな」
 言葉を選びつつ車を観察するCardinalは、車と同時に車庫の中も気にしていた。奥には予備のタイヤやランプ、シャフトなど、様々なスペアパーツが並んでいる。
「何せ、現存する部品も年々少なくなるからな。でも走る事が出来る間は、走らせてやろうと思ってな。俺の後は、こいつが継ぐ事になるだろうよ。車と一緒に、整備技術も仕込まなきゃあならんが」
 ぽんと、息子の肩をトーマス氏は軽く叩いた。
「やっぱり、走ってこその車、ですしね」
 そんな父と息子の姿に、加羅が笑みを浮かべる。
「ホントなら、あと一人二人は息子が欲しかったところだがなぁ」
「なに言ってるんですか。お話が終わったら、夕食にしますよ」
 カッカと笑う夫の言葉に、ちょうど家から出てきた夫人が溜め息交じりに告げた。
「あ、晩御飯の用意、手伝いますっ!」
 車以上に気になるのか、畜舎の柵に登って羊達を眺めていたセシルが、ぬいぐるみのクマが顔を出すリュックを揺らしながら駆け寄ってくる。
「そうね。そして今夜は、早めにゆっくりと休んで旅の疲れを取って下さいな。明日はとても早起きをしなければなりませんからね」
 促しながら、老婦人もテラスの椅子から立ち上がった。
 VCRで一番車がスタートするのは、日の出と同時刻‥‥朝の7時5分なのだ。となれば、レースに参加する車はもっと早くから準備に入らなければならない。
 齢106になるベテラン・カーをトレーラーへ積んで固定すると、親子と来訪者達は家へ戻った。

●のどかなる走行
 朝を迎える空は、見事な青が広がっていた。
 VCR開催を祝うモービル・クラブ会長の挨拶が終わり。
 建物の間を縫って、目映い陽光がハイドパークへと差し込めば、スタートフラッグ代わりのユニオンジャックが振られる。
 歓声と拍手の中、1895年製のガソリン車が最初にスタートゲートをくぐり、白煙を上げる1896年の蒸気自動車が続いた。
「さぁて、そろそろ出番だぞ」
 冷たい朝の空気の中でも、十分に暖まったエンジンが順調で。ヘルメットにゴーグルを載せたトーマス氏は、皮の手袋をした両手を擦り合わせた。
「緊張するわね‥‥でも、良かったかしら。私が乗っちゃって」
 レトロなロングコートを纏い、後ろ向きの後部座席に座るハツ子へ、隣に座る老婦人は柔らかい笑みで頷く。
「ええ。羊を放って置くわけにも、いきませんからねぇ」
 夫人はVCRの観戦にも参加せず、家に残っていた。
 助手席には同じくオールド・ファッションに身を包んだポーレットが忙しく首を巡らせ、周りのベテラン・カーを眺めてはしゃいでいる。メーカーや型番を呼称する様は、何かの呪文を唱えているようにも聞こえた。
 沿道に視線を移せば、見慣れた顔が手を振っていた。

「ハツ子さん、頑張ってね〜!」
 何をどう頑張るかわからないが、デジカメを片手にセシルが声援を投げ、沙耶も大きく手を振る。
 その一方で、Rickeyは心配そうに見守りるジェシーに気がついた。
「いよいよ、スタートだね」
「うん。この瞬間が、一番心配だよ」
「混雑するから、でしょうか?」
 尋ねる葵に、少年は首を横に振る。
「いくら整備が整っていても、運が悪いとスタートさえ出来ない車もあるからね」
「いざとなれば、後ろから押して走るか」
 割と本気な表情なCardinalの言葉に、苦笑を浮かべる加羅。
「押しがけって、できるものなんでしょうか」
 そんな会話をしている間に、いよいよスタートの順番が回ってくる。
 出走番号は、41番。
 ランは一斉スタートではなく、10台が1グループとなって順番に出発する。そして、グループとグループの間は、約2分程度の間隔を開けて混雑しないように配慮されている。
 グループトップとなるトーマス氏の車が、ゆるゆるとゲートまで進んで、停止し。
 ユニオンジャックが振られると、エンジンが唸りを上げてスタートを切った。
 無事に走り出した車を見送って、一行にほっとした空気が広がる。
「それじゃあ、こっちも行くか」
「はい」
 ジェシーが沿道から離れ、六人も後に続く。
 中間休憩ポイントであり、ピットコーナーでもあるクローリーへと、トレーラーで先回りする為だ。

 数々の車は戯れるように車体を振ってみたり、多少の『順位』を変えながらハイドパークの木立を抜け、隣のグリーンパークに入った。そして右手のバッキンガム宮殿を回り込むように緩やかにカーブを描き。
 スタートから5分ほど進めば、左手にビッグベンが見え、テムズ川をまたぐウェストミンスター橋にさしかかった。
 時速20km程度で進む車は、道行く人々と手を振り合い、ドライバー同士も気さくに声を掛け合う。
「ほらほら、トーマスさんも手を振ってあげなくちゃ。アピールアピール!」
 運転手の肩を突付きながら、ハツ子は老婦人と仲良く観客に手を振った。
 晴れ渡った青空の下、赤や黒、青や黄色のカラフルな車体が陽光を反射して、ぴかぴかと誇らしげに輝く。
「早い車もええけど、こうしてのんびり走るのも気持ちええなぁ」
 筒状になっている毛皮、マフに両手を突っ込んで、ポーレットはご機嫌だった。
「ええ。街の風景はゆっくり見られるし、何だか和むわね。タイムマシンに乗ったみたい」
 答えるハツ子に、思い出深い愛車に揺られながら老婦人が微笑んだ。
「ポーレットは、車の運転も興味がありそうだな。さすがに運転は無理だけど、休憩所に止まったら座ってみるか?」
「ホンマに?」
 トーマス氏の気遣いに、きらきらとポーレットが目を輝かせた。

 滑り込んでくる車を歓迎するように、生楽団が陽気なオールディーズを演奏している。
 スタートから2時間もすれば、公式休憩所であるクローリーの駐車場には、色とりどりのベテラン・カーが展示会のように並んで止まっていた。
 純粋に休憩を取っている車もあれば、整備点検に手をかけている車もあり。
 特にタイヤ交換などで人手がいる車を見つければ、Cardinalが惜しみなく手を貸しに行っている。
「なんだか、おもちゃの車みたいですね‥‥あ、あの子達、可愛いです〜!」
 格好の被写体を見つけて、楽しそうにセシルがレンズを向け、デジカメを手にした沙耶も彼女に続く。
 その先には5〜6歳程の子供達が運転席や助手席に座っていて、愛らしい姿に他の観客や参加者もシャッターを切っている。
「『参加者』は、年配の方だけではないんですね」
 子供達の愛らしい仕草に、葵が表情を和らげる。
「このVCRには、四世代の家族で参加する人もいるんだよ。お嬢さん」
 彼女の呟きを聞きとめた参加者の男性が、ハンチング帽を軽く掲げた。
「四世代、ですか」
 目を丸くする加羅に、男性は頷き。
「さながら、リレーのバトンだよ。父親や祖父が所有していた車を息子が受け継ぎ、やがて孫が受け継ぐ。受け取るものがいないと、バトンは続かないものさ」
「親から受け取ったバトンを、大切に子供へと渡して‥‥そうしてベテラン・カーは、走り続けるんですね」
 感慨深げに、葵はハンドルを握る子供達へ視線を戻す。
 バトンを受け継ぐ子供達がいる限りは、VCRも続けられるのだろう。
「今年は496台のベテラン・カーがエントリーしたが、発表だとドライバーの平均年齢は56歳だそうだ。最年少は17歳で、最年長は89歳って話だよ」
「17歳も凄いけど、89歳も凄いね。生きてる間は、ハンドルを放さないって感じかな?」
 驚くRickeyに、男性は声をあげて「そうだろうな」と笑った。
「せっかく皆、大切にして今も走っている車なのだから、1台でも多くゴールまで走れればいいな」
 手伝いが終わったのか、手を叩きながら戻ってきたCardinalが労わる様に周りの車達を見回した。
「ああ、やっと見つけたわ。車の方は、まだ?」
 大きなバスケットを手にした夫人が、車の間を縫って歩いてくる。
「まだですね。そろそろだと思うんですけど」
「よかった‥‥はい、お弁当。朝が早いから、皆さんお腹も空いたでしょう」
 加羅の答えに安堵した夫人は、バスケットを差し出す。
 そこへ。
「あ、トーマスさんの車がきたよ! お〜い!」
 飛び上がってセシルが手を振り、ラフ板を掲げるCardinalに気付いたのか。
 駐車場に入ってきた馬車のような車が、彼らへとゆるゆると向かってきた。

 のんびりと休息を取り、車の状態を確認し終えると、参加者達は再びランへと戻った。
 ルートを更に南へ下り、ブライトンの街中を抜けて。
 海沿いの道に作られたフィニッシュ・ゲートを、BS428がくぐる。
「お疲れ様〜!」
 タイムではなく、完走した事自体を称えてRickeyが拍手で迎えれば、他の者も彼に倣い。
「よう頑張ったね」
 座席から降りたポーレットは金色のヘッドランプを撫でて、車を労う。

 エントリー496台中、出走車438台。
 そのうちゴールしたのは395台と、異例の好記録でVCRは幕を閉じた。