クリスマスの奇蹟をヨーロッパ
種類 |
ショート
|
担当 |
風華弓弦
|
芸能 |
1Lv以上
|
獣人 |
1Lv以上
|
難度 |
やや易
|
報酬 |
1万円
|
参加人数 |
8人
|
サポート |
0人
|
期間 |
11/26〜12/01
|
●本文
●小さな街の大きなトラブル
この時期、ヨーロッパの各地では多くの『クリスマス市』が開催される。主要の都市を始めとして、小さな市や町、村にまで、まるでクリスマスの準備を急かす様に。
人口12000人程の小さな市、シュタイナウ。かのグリム兄弟が少年時代を過ごしたという街だ。今年はメルヘン街道協会30周年でもあるので、この小さな街にも観光客はそこそこに増えている。
今年も、市内唯一の城でクリスマス市が開催されるのだが‥‥。
「はぁ、こられないってぇ?」
クリスマス市の開催責任者レーマーは、素っ頓狂な声を上げた。
「スケジュールが、その‥‥他所とダブっていたそうで」
連絡係の言葉に、彼は大きく肩を落とした。
クリスマス市は観光客だけのものではない。市民も毎年楽しみにしているのだ。
「今から、誰か手配できそうか?」
「難しいですね‥‥この週末でドイツ中のクリスマス市が一気に始まるんですから」
「‥‥そうだな」
レーマーは頭を抱えた。
「とにかく、探しまくれ。国外のミュージシャンでも構わん。無名でもいい。クリスマス市の初日から、水を差す訳にはいかんのだ!」
●リプレイ本文
●童話の世界の小さな街
ドイツの玄関とも呼ばれるフランクフルトの中央駅から、RE快速で約1時間。小さな駅で列車を降りると、そこには‥‥何もなかった。
丘の中腹にある駅舎は駅員さえいない。無人駅のシュタイナウ駅を出ると、駅前にタクシーもなく。あるのは枯れて茶色い下草と、紅葉し落葉しつつある樹木と、冬の準備に忙しい様子の鳥の声。
「えーっと‥‥ここ、ですよね」
あまりの田舎っぷりに、オーレリア(fa2269)は少し戸惑った。寒河江 薫(fa2239)が周りを見、東の方向を指差す。
「街はあっちだ。丘を下って川を渡って‥‥歩いて15分か20分程度だな」
予め調べていたのだろう。上村 望(fa0474)はほっとして、薫に感謝した。全員で迷子は困るし、一行は若者ばかりではない。
「迎えを頼んだ方がよかったでしょうか」
「そこまでしなくても‥‥天気もいいですし、20分程ならハイキング気分で歩きましょう」
最年長のChizuru(fa1737)は、一行の保護者と言っても違和感がない年齢の女性だ。だが楽しそうに、スタスタと駅前の街道を歩き始めた。
「車で移動も、確かに味気ないな。街の空気を直接感じた方がいい」
ニライ・カナイ(fa1565)も旅行鞄を手に、Chizuruと並んで歩く。
「それも悪くない」と同意して、後に続くのは月.(fa2225)。
そうなると10代の若者が音を上げるわけにもいかない。ベス(fa0877)とシド・リンドブルム(fa0186)は顔を見合わせ、足早に大人達を追った。
「荷物、あたしが持とうか。千鶴さん」
「ベスさん、それなら俺が持つよ」
「ベスもシドも、ありがとう。でも大丈夫ですから」
穏やか会話を交えながら、一行は丘を下った。
グリム兄弟が後に『子供時代のパラダイス』と懐古した小さな街シュタイナウ。ヤコブ6歳、ヴィルヘルム5歳の時に、裁判官の父の転勤で家族と共にここへ引越した。だが僅か5年後に父を失い、更に2年後に兄弟は進学する為に街を出たという。
石畳のグリム兄弟通りを進めば、やがて左にグリム兄弟の家、右に人形劇場と目的の市庁舎があった。
市庁舎の部屋に通された一行は、通訳を介してマクルトの責任者レーマーと軽い社交辞令の挨拶を交わし、早速ビジネスの話に移ったのである。
●クリスマス・マクルト
市庁舎の隣にある小さな城。その中庭がクリスマス市の会場だ。
オーナメントや両足が楽に入る大きな赤い靴下、サンタ人形、良い香りの蜜蝋キャンドルと、木製の露天小屋に夢や祈りが並ぶ。昼の為か見物客は少ない。
ヨーロッパのクリスマスは、日本のお祭騒ぎと違う。イブの夜は教会のミサに行き、その後パブで朝まで飲み明かしたり、家族で食事に出るという。25日は家族でゆったり過ごし、国によっては店舗から交通機関までもが休業して、街には誰一人として出歩く者もいなくなる。
観光でクリスマスを楽しむなら、12月23日までと言われる程だ。
「実は、ドイツと火事は切り離せない関係にあるんだよ」
「‥‥はぁ」
「電気がない時代。本物の木を部屋に置き、それを蝋燭で飾ってたんだ。勿論、蝋燭に火をつけて」
それは燃える。間違いなく燃える。陽気に案内するレーマーに、誰もが心の中でツッこんだ。
「でも、今は安心ですね」
オーレリアが少し安堵したような表情を見せるが、レーマーは頭を振った。
「いいや。昔を懐かしむ人は未だに蝋燭を使うから、時々それで火事になる」
「‥‥」
そこまでして、ツリーを蝋燭の炎で飾りたいのだろうか。日本人の薫に、その気持ちは理解し辛い。だが日仏のハーフの望は、ある程度は納得したらしい。
「ヨーロッパ自体が蛍光灯の灯りを好まないですしね。大切な夜は蝋燭や、百歩譲っても電球の間接照明がいい所でしょう」
「そうそう。という訳で、ステージの左右は蝋燭を点けるから、気をつけてくれ」
案内の終着。木製の簡易ステージには、演奏の邪魔にならない位置に鉄製の燭台が並んでいた。
吹き曝しのステージは流石に寒く、荷物を置きがてら一行は市庁舎近くホテルへ移動した。
「さて‥‥プログラムの話だが」
ホテルの食堂を借り、ニライが中心となって「議題」は進行中だ。夕方までの短い時間で、レーマーから指摘された問題点の詰めをしなければならない。
特に大きな問題は、演奏の締めに予定した交響曲第九番第四楽章「歓喜の歌」が、ドイツ人に「馴染み深過ぎ」る点。東西ドイツが合併した際、ベルリンのブランデングルグ門で旧東西の人々が『歓喜の歌』を大合唱したという逸話もある歌だという。
時代の流れに断ち切られた絆が再び結ばれ、神の暖かい翼の下で人類全てが一つに結ばれ、同胞となる。自由と喜びを高らかに宣言する『歓喜の歌』は、街角で演奏するには鮮烈過ぎるのだろう。
逆に諸手を挙げて歓迎されたのが、メルヘンオペラ『ヘンゼルとグレーテル』より選んだ曲。第九とは逆に、こちらはドイツでは年末に上演されるのがセオリーだとか。
「まったく、難しいものだな」
ふむと考え込む月の隣で、紅茶を飲んでいたシドが微笑んだ。
「でも助っ人とはいえ、聞いてくれる人に喜ばれるものにしたいよね」
「そうだな、シド」
代役期間は6日間。日毎の反応を見て臨機応変に選曲を変える柔軟性も、このメンバーならば大丈夫だろう。
「じゃあじゃあ、これでブレーメンの音楽隊ならぬ『シュタイナウの音楽隊』結成だね!」
暖かい陽光に、ベスの楽しそうな声が響いた。
●開演
西の空に太陽が傾くと、市を訪れる人々も増えてくる。
開演ブザーもなく、アナウンスもない。あくまでもクリスマス市の余興であり、観光客や買い物客の耳を楽しませるBGMとして。
彼らが木製ステージに上がると、好奇心の強い人達が寄ってきた。どんな演奏が何が始まるのかと、楽しみな顔だ。何せ翼を背負っていたり、動物の耳が生えていたりと、全員「仮装」をしている。半獣化しないChizuruやシドは、雰囲気を壊さないように作り物の白い羽根をつけていた。
(「真っ黒な鴉の羽を、悪魔の仮装などと嫌がられないだろうか」)
そんな不安を抱いていた薫だが、同じ鴉の獣人である月は燕尾服に黒い翼の姿で気にする風もない。
「サタンなどの悪魔は大抵、蝙蝠の羽をつけて描写される方が多い」
だから問題はないだろうと、月は言う。
「ただ‥‥サンタの衣装は、例え帽子だけだとしても勘弁してくれないか」
普段は冷然としている月には珍しく動揺し、その一点だけは最後まで頑として譲らなかった‥‥司会もするというのに。
まぁ、それも今は置いておこう。薫は手にしたバイオリンへ意識を戻した。
開演の合図は、まず白いロングドレス姿のニライの独唱から。
「Silent night, holy night,
All is calm, all is bright」
その歌声に少女二人の声が重なり。
「Round yon virgin mother and Child.
Holy Infant so tender and mild」
更に男性二人の低音域と、豊かなChizuruの声が加わり。
「Sleep in heavenly peace,
Sleep in heavenly peace.」
静かなコーラスを受けて、月のピアノと薫のバイオリンが響く。
こうして『クリスマス公演』は始まった。
落ち着いた『Silent night』から素早くスレイベルを渡し合い、続いては『ジングルベル』。ソリの鈴スレイベルが、シャンシャンと音を刻む。ポピュラーな曲に、彼らを眺める子供達も手拍子をし、見守る大人たちにも伝染する。バイオリンとピアノも即興性を加えて、軽快に弾むような足取りの『ジングルベル』となった。
「Guten Abend! Wir sind die musikalischen Bands von Steinau」
曲が終わると、あらかじめ教わっておいたドイツ語でベスは聴衆への挨拶を述べる。ノリのいい見物客の数人が、口笛を吹いて拍手をした。
舞台上に望と月を残して、歌い手達はステージの袖へ引き上げる。
望は白いフード付きで長めの上着と、上着より若干くすんだ白のパンツ姿だが、袖口に紐をぶら下っている。それを引くと、後ろの茶色い翼が動く‥‥というギミックに見せかけているのだ。望は子供達の要望に応えて羽根を動かす『仕掛け』を見せて、場を繋いでいた。
「では、望」
月に声をかけられて振り返り、彼は頷く。子供達に手を振り、深呼吸を一つ。
そして滑るようなピアノの演奏に合わせて、彼は唄う。
「Jetzt, Lacheln wir zusammen mit allen,
Jetzt, Feiern wir zusammen mit einem Stern,
Heute ist einen wunderbaren nationalen Feiertag,
本来なら日本語の歌詞なのだが敢えてドイツ語に訳してもらい、自らの声で唄う。
彼の歌を聴く子供達の熱心な瞳が、印象的だった。
穏やかな曲が終わる。続いてピアノが低音域で8拍跳ね、次に主旋律が高音域に現れる。
くるくると舞台の上手から淡いピンク色でハイウエストのワンピース姿のオーレリア、下手からはオーレリアと同じ形で緑のワンピースを着たベスが回りながら現れる。仰々しい一礼をする望を挟み、二人は軽やかなピアノにのって、合わせ鏡のように左右対称で踊る。
クリスマスの定番オペラ『くるみ割り人形』。月が弾くのは、その一曲『金平糖の踊り』。お菓子の国の女王である金平糖の精が幻想的に踊るバレエである。それをオーレリアがアレンジをしたものだ。
オーレリアが踊るのは、敢えて左右逆となる難しい側。
ベスが右手を上げると左手、左足でのステップは右足で合わせる。
少女達の愛らしい舞踏が終わると、聴衆から拍手が飛んだ。
ステージ脇の蝋燭の炎が点される。
露天の小屋にも電飾が灯り、橙色がかった暖かな光が満ちた。
日も暮れて子供達は帰り、代わりに家族連れが増える。
ステージは中盤、再び歌い手が集っての一般的なクリスマスソングのメドレーに入っていた。
6人は皆、楽しげに歌う。最初は聴衆の中に飛び込む予定だったが、会話を交わす親子やグリューヴァインを片手に聞く夫婦、友人同士で露天を検分しながらのグループを見ると、躊躇われた。半獣化しているので、羽根や耳を触られるのも困る。
それに一緒に口ずさんだり手拍子する聴衆も、入れ替わり立ち代わりで絶えない。
彼らとのやり取りも交えつつ、ステージは盛り上がる。
再び、スレイベルの音。
ピアノの伴奏に乗せて鈴を鳴らし、シドが唄うは『Silver Bells』。
穏やかに伸びやかに、少年の歌声は星の瞬く夜空に響く。
「もう少し音楽のセンスを磨けば、彼もいい歌手になるでしょうね」
将来が楽しみですと、Chizuruは我が子の様にシドの歌を見守った。順番を待つニライが、僅かに苦笑する。
「私の時も、感想を聞かせて欲しいものだ」
「いいえ。わたくしが言わずとも‥‥あなたの歌は素敵ですよ」
歌の道の先輩に褒められ、ニライは小さな笑みを浮かべた。
「二人で、何か相談でも?」
出番を終えたシドが、小首を傾げる。
「将来有望だと言ってたんだ‥‥私も負けぬように頑張ってくる」
薄いベールを被り、入れ違いでニライは舞台へ出て行く。いきなりの褒め言葉に戸惑いながらも、「頑張って下さい」とシドは背中に応援の言葉をかけた。そしてChizuruが用意した暖かいお茶で喉を休める。
舞台の中央まで進み出たニライは胸の下で指を組み、バイオリンの音を背景に『Amazing Grace』−−素晴らしき神の恩寵を歌い上げる、
それは、彼女にとって歌そのもの。
今ここで唄える事に感謝と歓びと祈りを込めて、歌声は神を讃える。
その表情も平素とは違って、生き生きとしている。
「上手い下手に関わらず、聞く方が今日ここにいてよかったと思わせるような楽しい雰囲気が出来ればと思っていたのですが‥‥」
今まで彼女らの歌を聞いていた人々は、みな楽しそうだった。
「私も後進に劣らないように精進しましょう」
ステージへ立ったChizuruは、聖母マリアを讃える歌『Ave Maria』を厳かに‥‥そして優しく唄う。
人としての経験で紡ぐその豊かな歌は、聴衆の心と夜空へ吸い込まれていく。
歌い手達のソロが終わると、月と薫の二人による演奏。
バッハのカンタータ第147番「心と口と行いと生きざまもて」のコラールを共に演じれば、観客は静かに耳を傾けた。歌い手から続く賛美歌に、指を組む人もいる。行き交う人の間を、ピアノとバイオリンの音色が染み渡った。
静穏な空気を破るのは、コーラス。
聞き慣れた音楽に、誰もがステージへ目を向ける。曲は『ヘンゼルとグレーテル』の『もう永遠に呪いがとけて』。メルヘンオペラでは、魔女の呪いから解き放たれた子供達が喜んで唄う歌だ。
「もう永遠に呪いがとけて 自由になったんだ!」と。
ミュージカルの様にダンスを交えた歌は特に子供達に好評で、盛況のうちに一日目の演奏は終わった。例えば、あの小さな子供が大人になっても、ちょっと変わった楽団がいたと覚えていてくれれば−−そんな夢を抱きながら、彼らは残りの公演をこなすだろう。
赤い帽子を被ったメンバーがステージを降りると、レーマーは嬉しそうに拍手で彼らを出迎えた。