幻想寓話〜白き貴婦人ヨーロッパ
種類 |
ショート
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担当 |
風華弓弦
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芸能 |
3Lv以上
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獣人 |
2Lv以上
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難度 |
やや難
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報酬 |
11.4万円
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参加人数 |
8人
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サポート |
0人
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期間 |
11/12〜11/17
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●本文
●いつもの仕事もしっかりと
のどかな午後の日差しに、監督レオン・ローズは一つ大きな欠伸をした。
「なんか、眠そうだな」
脚本家フィルゲン・バッハに聞かれ、レオンは胸を張る。
「そろそろ、冬眠の時期であるからな」
「冬眠するなっ」
はっはっと、乾いた笑いで相方の追求を誤魔化したレオンは、話題を変えた。
「で、今回は如何するのだ」
尋ねられたフィルゲンは、プリントアウトした資料をテーブルに置く。
「大叔父さんから、横槍が入る前の案なんだけどね。『ダーム・ブランシュ』をやろうかと」
ぱらぱらと資料を見ながら、レオンは「うーむ」と唸り。
そのまま、静かになる。
「何か、気に入らない事でもあるか?」
「む〜」
「お〜い、レオ〜ン?」
「ぐ〜」
様子のおかしい相手に、フィルゲンはぴらりとコピー用紙の束をめくってみれば。
「‥‥読んだまま、寝るなーっ!」
「のあ〜っ!」
がくがくと揺さぶられたレオンは、椅子ごとひっくり返り。
「あ‥‥勢いつけ過ぎた。ごめん」
「‥‥」
「お〜い」
呼びかけて様子を窺えば、相方は大口を開けてひっくり返ったまま寝こけており。
「だから、寝るなって言ってるだろ〜っ!」
●幻想寓話〜白き貴婦人(ダーム・ブランシュ)
『白き貴婦人−−ダーム・ブランシュは、フランスの各地でみられる女妖精だ。
その名の意味する通り、ダーム・ブランシュには女しかいない。姿は青白い顔をしている以外は、人の女性と変わるところがなく、白い衣装を纏って現れる。
彼女らが現れるのは、暗い夜。たいていの場合、単体で橋の上で人を待ち伏せて、あれこれと悪戯をする。また橋以外にも、ソコしか通る事の出来ない狭い場所であれば、谷間の道や森の中の道にも現れる。
通る相手の注意を引いて、一緒にダンスを踊ってくれと誘う事もあれば、自分の手を引いて急な坂道を登ってくれと頼む事もある。
もしも彼女の頼みを無視すれば、頼まれた相手はそこから先へは一歩も前進できなくなるという。
頼みを聞き届ければ、それ以上の悪さをする事もなく、相手を解放してどこへともなく消える。
そして再び狭い道の傍らに佇み、彼女の小さな願いを聞いてくれる相手を待つのだ−−』
「ダーム・ブランシュ」をテーマとしたファンタジー・ドラマの出演者・撮影スタッフ募集。
俳優は人種国籍問わず。ダーム・ブランシュ役、彼女に『邪魔』される人々役、ドラマを語る吟遊詩人役などを募集。
展開によっては、更に配役の追加も可能。
ロケ地はフランス、ロ−ヌ・アルブ地方のベル−シュという町。丘の上に位置し、外壁に囲まれた小さな町は、住人も100人に満たず。中世の素朴な町並みが、今なお保存されているという。
●リプレイ本文
●小さな城塞都市で
ちょっとした丘の上にある小さな町は、古い城壁に守られていた。
「うわ〜‥‥マジに、ちっちゃい町でやすね」
散歩がてらに軽く歩いただけで元の場所へ戻ってきて、菓子職人ロジェ役の伝ノ助(fa0430)は素直な感想を口にする。
「うん。それに、なかなか素敵な佇まいだよ」
軒を連ねる古い家々を、同じく菓子職人エレーヌ役を演じる深森風音(fa3736)が興味深げに眺めていた。
「昔のある時期に、丘の上まで登るのが大変だからって、みんな丘の下の町に引っ越してしまって、5〜6人かそこらしか住民がいなかった時もあるそうだよ。その後、歴史保全の気運が高まって、今みたいに人が戻ってきたんだそうな」
俄か観光ガイドな脚本家フィルゲン・バッハが、小さな町の歴史を説明する。
「狭い通りなんかダーム・ブランシェが出てきて、通せんぼしそうですね」
「でも白い服に青白い顔って、何だかダーム・ブランシェは妖精って言うよりも、幽霊みたいな感じがします」
別の通りを覗き込む村娘ロザリー役セシル・ファーレ(fa3728)に対して、当のダーム・ブランシェ役の南央(fa4181)は妖精のイメージ作りが少々難そうだ。
「そう言われると‥‥日本人の描く幽霊のイメージにも、感じが似ているのかな」
南央の率直な感想に、吟遊詩人役の篠田裕貴(fa0441)は語りを思案するかの如く、やや考え込み。
「ないでしょうけれど、現れる場所に柳の木があったりしたら、きっと尚更ですね。でも今回のオチは枯れ尾花ではなく、お菓子になりますけど」
更に菓子職人アレン役の加羅(fa4478)が、笑顔で日本人的見地を付け加えた。
「それ‥‥食べた事ないのよね。どんな味かなぁ」
妖精か幽霊かというよりも、お菓子が気になる村娘シリル役の月居ヤエル(fa2680)に、ツートップ−−フィルゲンと監督レオン・ローズも一緒に首を縦に振って、盛んに同意を示していたりもするが。
「それは、最後のお楽しみね。妖精は‥‥確かに、人間とは考え方も価値観も異なると思うわ。でも、生まれついての妖精もいれば、死んだ人が妖精になるケースもあるから、南央さんのインスピレーションも、間違ってないわね。ただ、日本の幽霊よりはもう少し無邪気な悪戯好きで、無頓着かしら」
もう一人のダーム・ブランシェ役エルヴィア(fa0095)が、笑いながら彼女なりに南央のイメージ作りをフォローする。
「あんまり、おどろおどろしくないとか‥‥でしょうか。確かに、町も周りもあまり陰湿な感じではないようですし」
ロケ地の風景との兼ね合わせも考えつつ、南央は更に自分なりの『白き貴婦人』像の模索を続けた。
●半月の夜の誘い
雲が流れ、遮られていた半分の月が地上へと淡い光を投げる。
月明かりに地上へ落ちていた闇が身を潜める中で、一つの影が残っていた。
佇む影−−濃く青いローブのフードを目深に降ろした青年は、背後を窺うように僅かに首をかたむけて。
「−−話が聞きたいのですか?
それでは、この『深紅の唄い手』が語るとしましょう」
傍らの岩に腰掛けた唄い手の、その背から緩やかに深紅の竜の翼が広がる。
ローブの内から取り出したリュートの弦を、音を確かめるように一つ二つと弾き。
「白く美しくも冷たい‥‥白き貴婦人の物話を」
そして、弦が柔らかな音を紡ぎ−−。
微かに、楽しげな音楽が風に乗って聞こえてくる。
森の切れ間から、遥か遠くに月の光に浮かぶ丘の城壁を見つけて、二人の少女は安堵の表情を交わした。
「町まで、あと少しだね」
「はい。この辺りって、白い妖精が人を誑かしに出るって‥‥お祖母さんに聞いた事がありますけど、何もなかったですし。きっと、道に迷った人なんかを、驚いて見間違えただけですよね」
「ロザリー‥‥」
友人の少し震えた声に、ロザリーはポニーテールを揺らす。
「どうしたんですか、シリル?」
「どうもこうも、後少しなのに、そんな怖い話をしないでよぅ」
怖がりのシリルは、少し涙目で友人を咎めた。
「あ、ごめんなさいっ。でも、そんなのは迷信ですから、大丈夫ですよ。ほら‥‥」
あと少しで森を抜けると、彼女が示した先に。
一人の女性が立っていた。
長く白い髪に真っ白なドレスを纏った姿が、木々の影と対照的に浮かび上がっている。
「行きましょう! ほら、急いで帰らないとダメですよ!」
大きな声を出して、ロザリーは蒼白になったシリルの手を引いた。
「う、うん」
出来るだけ女性を見ないようにして、シリルは友人に引っ張られる。
ちょうど、二人が女性の前を通り過ぎようとした、その時。
「ねぇ‥‥踊らない?」
行く手を遮るように手が差し伸べられ、無邪気な声が尋ねる。
シリルが声の相手へと顔を上げれば、微かに濡れた髪の下から、青白く生気のない顔がじっと彼女を見つめて−−。
急いで脇を通り過ぎようとするも、足はぴくりとも前に進まず。
「ダメよ。踊るの」
「いやっ!」
白い手を払い除けたシリルは、そのまま数歩下がり、よろけて尻餅をつく。
それを見た女は、つぃと転んだ少女へ歩を進め。
「いやっ、こないでっ!」
手探りし掴んだ石を、次々とシリルは女へ投げる。
その幾つかが当たった女は、足を止めて。
「そう‥‥じゃあ、もういいわ。さようなら」
白い髪の下から、ぎょろりと緑の瞳が無表情に少女を見下ろす。
風もないのに、ざわりと森がさざめいて。
よろよろと立ち上がった少女を、木々の奥から伸びた無数の蔦が捕らえた。
「ロザ‥‥」
「シリル!」
ロザリーが友人へと手を伸ばすが、届く前にシリルは森の闇へと引きずり込まれる。
「シリルーっ!」
慌ててロザリーが、助けを求めるように伸ばされた手の後を追いかけるも。
木々を抜けた所で、足を止めた。
彼女の前には水面が広がり、揺れる波紋の中心に一足の−−シリルの靴が浮いている。
「あ‥‥きゃぁぁっ!」
思わず叫んで身を翻し、ロザリーはきた道を引き返した。
必死で走って、森を抜ける小道へと戻り‥‥そこで、足が動かなくなる。
「ねえ、踊って?」
投げられる問いに、身を竦めた。
汚れ一つない純白のドレスの女は、じっと彼女を見つめて、手を差し伸ばす。
「お‥‥踊るだけで、いいんですか?」
恐る恐る聞くロザリーが手を取れば、女は嬉しそうに、目を細めた。
耳を澄ませば、遠くから聞こえてくる楽の音に合わせ。
森の中で、二人はステップを踏む。
ひとしきり踊ると、女は白い手を解いて。
「ありがとう」
あどけなく無邪気ににっこり微笑むと、白い姿は幻のように森の闇に消える。
「もしかして、あれが‥‥お祖母さんの言ってた、ダーム・ブランシュ?」
答えるようにザァと風が鳴り、寒気を感じた少女は急いで町へと駆け出した。
草の上を滑る風が、ローブの裾を翻す。
静かに弦の響きが消えて、唄い手は深く被ったフードを整えた。
「此れでお話はおしまい‥‥と、言いたいところですが。
今宵は、月も私の心も弾んでおります故。もう一つ、興のある話を致しましょう」
そして再び、調べが月明かりに零れ落ちる。
●月なき夜のダンス
「‥‥とまぁ、昔はそんな話がこの辺りに伝わっていたそうですよ」
話を締めくくるアレンに、大して興味もなさげに話を聞いていたエレーヌが、錫で出来たカップを傾ける。
「何から何まで、真っ白な貴婦人‥‥ね。確かに男の人なら、そんな女性の理想像なんか描きそうよね」
「おや。なんだか‥‥棘がないですか? それとも‥‥」
どんと強めにカップをテーブルに置いて、エレーヌが彼の言葉を遮った。
「そういえば、ロジェが時間に遅れるなんて珍しいね」
「‥‥そうですね。何かあったんでしょうか」
窓の外に目を向けたアレンは、ちらりと彼女の様子を見てから切り出す。
「迎えに、行ってみますか」
その言葉を待っていたかのように、仕方ないという風に嘆息するエレーヌ。
「ええ。菓子職人三人で集まって、町の為のお菓子を作ろうって言い出したのはロジェなのに、世話が焼けるんだから‥‥」
「そうですね」
くつくつと笑いながら、アレンは席を立った。
「すっかり、遅くなったな」
小高い丘の町へ、ロジェは急ぎ足で向かっていた。
丘の裾に横たわる浅い川。それを越える狭い木造の橋を渡ろうとした所で、彼は不意に足を止める。
申し訳程度の低い欄干には、白い服の少女が腰を下ろしていた。
目が合えば、どこか青白い顔色の少女は欄干から立ち上がり、彼へと手を差し出して。
「一緒に、踊って?」
「は?」
思わぬ問いに、ロジェは呆気に取られた。
「あの、ぼくはちょっと急いでいて‥‥」
一瞬の間を取り繕う彼に、ダメ? と言わんばかりに小首を傾げて見つめている少女。
その様子に困った末に、ぽしぽしと頬を人差し指で掻きながら彼は少女の手を取った。
「‥‥ぼく、あまりダンスは上手じゃないよ?」
打ち明けるロジェに、少女が初めて相好を崩した。
「ちょ‥‥ちょっとっ」
手を取ったまま、楽しげにデタラメなステップを踏み始める少女に、焦るロジェ。
橋に当たる靴音が、カタコトと不規則な音を立て。
少女に振り回されるようにして、ロジェは何とかステップに合わせる。
そうして、踊る事しばし。
二人のダンスは、不測の事態によって中断される。
「うわ‥‥っ!」
跳ね回るような少女に振り回されていたロジェが、欄干に足を引っ掛ける。
メキッと木が軋む音に続いて、派手な水音が夜空に響いた。
少女が橋から下を覗き込めば、仰向けに川へと落ちたロジェはそのまま目を回していて。
小首を傾げる少女の姿は、何の前触れもなく煙のように橋の上から消え失せた。
「ねぇ、何か水に落ちる音がしなかった?」
不安げに尋ねるエレーヌに、ランプを手にしたアレンが首を捻る。
「しました?」
「ええ、あっちで‥‥」
行く手を示したエレーヌは、指を差したまま固まった。
夜の帳の中、明かりもないのに少女の姿が白く浮かび上がっている。
二人が目を丸くしていると、白い少女は口を開いた。
「あの橋の下で、倒れている人を助けて‥‥でないと、通さない」
「あなた‥‥誰?」
エレーヌの問いに答えず、少女はつぃと踵を返す。
後を追った二人は、川にかかる小さな橋の欄干が折れている事に気がついた。
そして、橋の下を覗き込めば。
「ロジェ!? 何してるのよ!」
まだノビている友人の姿にエレーヌが声を上げ、ランプを置いたアレンは川へ飛び降りた。
「しっかりしてよ!」
ぴたぴたと頬を打たれてロジェが薄く目を開ければ、心配そうに見守る友人達が見えた。それから、二人の後ろで安堵した様に微笑み、すっと消える少女の姿も。
「気がついた‥‥もう、心配したのよ!」
頬を膨らませるエレーヌに、やっとロジェは状況を思い出す。
「あれ? ぼくは確か足を滑らせて、橋から落ちて‥‥それから、あの子‥‥」
呼びかける彼に二人は後ろを振り返るが、そこには誰もおらず。
「そういえば、女の子‥‥どこに行ったのかしら」
「もしかして、彼を助けられる人を探しにきたんでしょうか?」
ふむと腕組みをして考え込むアレンの前で、ロジェが一つ大きなくしゃみをする。
「まったく、間が抜けているというかなんというか‥‥とりあえず無事でよかったわ。風邪を引くし、帰るわよ」
土を払うと、ランプを持ってエレーヌが立ち上がり。
「ありがとう‥‥ですかね、やっぱり」
小さく呟いたアレンは、ロジェに肩を貸してエレーヌの後を追った。
「そういえば、二人はどんな感じの菓子にするかは考えてきた?」
暖炉の火で暖を取りながら、不意にロジェが口を開いた。
元より、それが本題と集まっていたアレンとエレーヌだったが、二人は顔を見合わせて。
「ロジェが川に落っこちてるのを見て、考えがどこかに逃げちゃったわよ」
肩を落としながら、エレーヌが大きく息を吐く。
「そっか、ごめん。ふと思ったんだけど‥‥もし、あの彼女をお菓子にしたら、どんな風になるんだろうって。
雪みたいな真っ白で冷たくて甘い物の上に、こう‥‥暖めたチョコレートがけとか、どうかな?」
「ソルベットだと、作るのが難しいですよね。メレンゲか、それともムースか‥‥」
「それだと、冷たくないわよ」
暖かい火を囲んで、ああだこうだと意見を交し合う三人。
その様子を外からこっそり覗いていた白い少女が、窓辺から離れ‥‥消えた。
「‥‥私の語りは、これで全て終わり。
貴婦人の冷たき瞳と、暖かい笑みと‥‥その、どちらにまみえるか。
それは、夜の帳の心次第」
音もなく立ち上がると、青年は濃い色のローブを翻し−−夜の闇へ溶けた。
●幕間に
「お待ちかねの、『ダーム・ブランシュ』だよ」
ワゴンを押して現れた裕貴に、女性達の瞳が輝く。
「劇中で、アイスは使えなかったし‥‥どんなのか、とっても気になるね」
「うん!」
ヤエルの言葉に、南央がこくこくと首を頷かせた。
スプーンを使って裕貴がアイスクリームを器に取り分けると、加羅が溶かしたチョコレートをスプーンですくい、多過ぎず少な過ぎずそっと垂らす。
こくのある甘い香りとシンプルな彩りへを一口含んだセシルは、顔を綻ばせた。
「冷たくて熱くて、美味しい〜!」
「チョコって、湯せんで溶かすんでやすね‥‥勉強になりやした」
何故か真剣な表情の伝ノ助に、エルヴィアが首を傾げ。
「伝ノ助さん‥‥まさか鍋にチョコを入れて、そのまま火にかけた。とか?」
「う‥‥」
「やっちゃったんだね」
冗談めかした問いに顔を引きつらせる彼へ、風音はくすくすと笑った。