世界祝祭奇祭探訪録 14ヨーロッパ

種類 ショート
担当 風華弓弦
芸能 1Lv以上
獣人 1Lv以上
難度 普通
報酬 1万円
参加人数 8人
サポート 0人
期間 11/18〜11/21

●本文

●一足早いもう一人の『サンタクロース』
 オランダには、『クリスマス』が二種類ある事をご存知だろうか。
 片方は、今や世界中の多くの人が知る12月25日。そしてもう一人は子供達の守護聖人、聖ニコラスの日の12月5日だ。
 聖ニコラスは、オランダ語読みの「シントニコラース」が変化して、「シンタクラース」と呼ぶ。更にこれが変化したものが、「サンタクロース」だとも言われている。
 かの聖人は、11月の第3日曜にスペインから蒸気船に乗ってアムステルダムへと入港し、水路に面したアムステルダム中央駅で上陸する。そこからは白い馬に乗り、黒い肌の従者ズワルト・ピートと共に、子供たちにお菓子を配りながら市内をパレードするのだ。
 その後、聖ニコラスは12月4日までにオランダ中の子供達の家を見て回り、子供達のプレゼントの願いを聞いて回る。
 そして良い子にはお菓子をあげ、悪い子はお供のピートが肩に担いだ白い袋に詰めて、スペインへと連れ去ってしまうという。

●『聖ニコラスの到着』
「まぁ、実際に連れて行かれる子供はいませんけどね。ナマハゲと同じで」
 夢のない種明かしをしながら、お馴染みのスタッフは番組の資料を配っていく。
『世界祝祭奇祭探訪録』は、「現地の家族との触れ合いを通じて、異国の風習を視聴者に紹介する」という現地滞在型の旅行バラエティだ。
 これまでにヨーロッパ各地で祭を紹介し、今回の『聖ニコラスの到着』が第14回となる。
「今回の滞在先は、オランダのアムステルダムです。滞在期間は11月18日から21日までの4日。19日が『聖ニコラスの到着』なんですけど、20日がメインと言うか‥‥できれば、地元での『聖ニコラスの到着』でピート役をやってもらえないかと、そういう話だそうです。まぁ、これは無理強いはお願いしませんけどね。あくまでも、『サービス』程度で考えて下さい」
 資料をめくりながら、担当者はいつもの様に内容を説明していく。
「滞在先のコクー家ですが、家族構成はご両親に、5歳の息子さん、7歳の娘さんの四人家族。南ホランド州のキューケンホフで、チューリップの栽培農家をされています」
 一通りの説明を終えた担当者は、紙の束をトントンと机の上で揃えた。
「今回は少々『サービス』が必要ですが、どうぞ良い旅を」

●今回の参加者

 fa0441 篠田裕貴(29歳・♂・竜)
 fa1032 羽曳野ハツ子(26歳・♀・パンダ)
 fa2141 御堂 葵(20歳・♀・狐)
 fa3728 セシル・ファーレ(15歳・♀・猫)
 fa4478 加羅(23歳・♂・猫)
 fa4622 ミレル・マクスウェル(14歳・♀・リス)
 fa4980 橘川 円(27歳・♀・鴉)
 fa5088 リリア・フィールド(15歳・♂・犬)

●リプレイ本文

●聖人の到着
 船が見えてくると歓声が上がり、湾に面したカフェなどのテラスや窓から一斉に小旗が振られた。
「あれが、蒸気船? うわぁ、始めて見たよ〜」
 シンタクラースの到着を待ちわび、歓迎する子供達の歌声が響く中。煙と波を立てて進む船に、ミレル・マクスウェル(fa4622)が思わず手すりから身を乗り出す。
「マラソンの、街頭応援みたいね」
「歌付きですし、さしずめ箱根駅伝でしょうか」
 日本人らしい加羅(fa4478)の感想に、御堂 葵(fa2141)が冗談めかして答える。
「エキデンって、歌で応援するの?」
 きょとんと首を傾げたミレルから素朴な疑問を投げられ、羽曳野ハツ子(fa1032)が笑った。
「歌で応援‥‥というか、応援歌ね。箱根駅伝は大学の対抗戦だから、選手が通る場所で待って、自分達の学校の応援歌で激励するのよ」
「ふ〜ん」
「そうだったんだ」
 ミレルの隣で、何故か篠田裕貴(fa0441)も頷く。
 その間にも船は近づき、中央駅に近いテラスに陣取った一行の目にも、舳先に立つ聖人の姿がはっきり見えた。
 羽織った鮮やかな赤いマントは、縁が金のブレードで飾られ。
 頭には赤に金色の十字がついた、大きな儀式用帽子。
 金色の司教杖を持つ手袋は白で、司教服も白。
 何より、カールした長く真っ白なひげ。
「確かに、サンタクロースとは少し違うわね」
 目の前を過ぎる船に、橘川 円(fa4980)が初めて見たシンタクラースの感想を口にする。
「あ、あれ! 中はお菓子でしょうか!」
 デジカメを片手に、セシル・ファーレ(fa3728)が甲板を指差した。
 手を振るシンタクラースを、青や茶のベレー帽のような帽子を被った黒い肌の従者ズワルト・ピート達が囲み。後ろには、大きな白い袋が山と詰まれている。
「だろうね。それにしても、凄いな‥‥中継のカメラもいっぱいきてるよ」
 陸へと視線を移せば、あちこちで中継用のカメラが船を追い、聖人の一挙一動をオランダ中へ、生放送で伝えていた。
 やがて接岸した船に、桟橋に立ったアムステルダム市長が歓迎の挨拶を述べる。
 上陸したシンタクラースは白馬に跨ると、歓声と旗と歌に包まれ、ピート達に囲まれて市内へと向かった。

 聖人と従者達の行列は、まるでパレードのようだった。
 シンタクラースへ人々が群がり、ピート達は白い袋からお菓子を取り出しては、群集へと投げる。
「そろそろ、行きますか」
 アムステルダムまで、案内と迎えに来たコクー氏が声をかけ。
 お祭騒ぎの一端を眺めた一行は、熱気溢れる街を後にした。

●観光農地の一角
 電車を乗り継いで、2時間半。
 南ホランド州リッセの町外れにあるキューケンホフ公園は、美しいモザイクのように落葉が道を彩っていた。
「オランダと言えば、チューリップと風車! なんだけど、今は咲いてないのよね‥‥チューリップ」
 残念そうなハツ子は土の花壇に嘆息し、葵がコクー氏へと振り返る。
「今は、どのような作業をしているんですか?」
「植え付けですね。そこの花壇も、先日植え付けが終わったんです」
「じゃあ、球根が埋まってるんだ」
 興味深そうに裕貴が花壇に沿って歩き、不意に『素朴な疑問』を口にした。
「一つ、気になったんだけど‥‥どうして日本はオランダって呼ぶのかな? 正式には、ネーデルラント王国だよね」
「え、そうなんですか?」
 首を捻る裕貴に、今更ながら加羅は驚いた顔をする。
「うん。バルセロナにとっても、結構縁の深い国だから気になって‥‥サッカーの話だけど」
 ちなみに、俗称「ホラント」がポルトガル人よりポルトガル語読みで「オランダ」として戦国時代に伝わった事が元であるという。が、「ホラント」の所以など、仔細は長くなるので割愛する。

 陽が落ちる頃、一行はコクー家に着いた。
「おかえりなさい! シンタクラース、テレビでやってたーっ!」
「ママ、おきゃさんがきたよ〜っ」
 扉から顔を覗かせた小さな二人の子供のうち、姉の方が母親を呼びに行く。
「Goedenavond‥‥かしら」
 父親に抱き上げられた弟へ円が微笑むと、少年は恥ずかしそうに広い肩へ顔を埋めて隠した。
「可愛い〜っ」
 そんな子供の仕草に、ミレルが見えるように手を振ってみせれば、幼い少年は目を丸くする。
「もしかして、ピート!?」
「そうだよ。コクーさんに頼んで、あなたがお姉ちゃんと一緒にいい子にしてるか、見に来たんだよ」
 得意げに現在成長初期の胸を張るミレルに、慌てて少年は父親の腕から降りて逃げ出す。
「みなさん、お疲れでしょう。中へどうぞ」
 コクー氏が案内すれば、奥から出てきた若い夫人が笑顔で迎えた。
「いらっしゃい。遠くから、ようこそ!」
「お世話になります」
 礼儀正しく−−慣れた様子で葵が頭を下げ、他の者も次々と世話になる礼を述べる。
「いいえ。こちらこそ‥‥ああ、立ち話でごめんなさいね。どうぞ、座って寛いで。夕食も、すぐ出来上がるわ」
「もしよければ、台所で料理を見学してもいいかな? こっらの郷土料理にも、興味があって‥‥」
 落ち着く事無く、料理好きの裕貴は早速交渉に向かった。

 ムール貝のワイン蒸しに、寒い日の定番である青豆をベースに半日煮込んだエルテンスープ、コロッケの元祖クロケットとビタボーレンなど、夫人が腕を振るった料理がテーブルに並び、賑やかな夕食が始まる。
「チューリップって、綺麗に咲かせるコツってあるんでしょうか? 今年、植えてみようと思うんですが」
 ムール貝の身を器用にその殻で剥がす主人へ、加羅が切り出した。
「球根用と切り花用でも、育て方が違いますが‥‥家庭での、観賞用に?」
「はい。もう、植え時なんですよね」
 頷く加羅に「ええ」とコクー氏が答える。
「基本的に強い花ですから、傷のない重い球根を選んで、芽が出るまでは水をたっぷり与えて、しっかり寒さに当てて。あとは虫や病気に気をつけてやれば、大丈夫ですよ」
「球根用は、花が咲いたらすぐに摘むんだよね」
 裕貴が付け加えれば、部屋に飾られた写真−−一面に花を咲かせたチューリップ畑を眺める円は、残念そうな顔をした。
「とても綺麗なのに、もったいないですね」
「花を摘まないと、球根に栄養が回りませんから。機械式もありますが、ハサミで切ると病気の原因にもなりますので、大抵は手作業で摘みます」
「それは‥‥大変ですね」
 一面の土の畑を思い出して葵が呟き、セシルが不思議そうに身を乗り出す。
「あの、球根用と切り花用だと、育て方とか違うんですか?」
「切花用だと、ハウスで苗栽培をしますので。畑‥‥というよりも、工場の方が近いかもしれません。球根も出荷の時には付けたままで、卸す前に切って捨てるんです」
「花を取るか、球根を取るか。なのね」
 感心しながら、ハツ子はクロケットを頬張る。
「折角ですし、お土産にチューリップの球根を差し上げますよ。70種類ほどありますから、好きなのを」
「ありがとうございます!」
 主人の申し出に、一同は顔を綻ばせた。

●祭の準備
「じゃあ、一足先に行ってきま〜す」
 翌日。
 長袖のブラウスにジャンパースカート、白く平らな帽子を合わせた民族衣装に、無垢の木靴を履いたセシルは、子供達やコクー氏と一緒に家を出た。
 子供達が家を出た後。残った六人のうち裕貴と円は、夫人と台所で小さなクッキー、ペパーノーテンを焼く。ジンジャーやシナモンが効いた直径3cmほどの平たいクッキーは、ピートが配る中でも子供達が大好きなお菓子だ。それに加えて、マシュマロなどの菓子も小袋に分け、封をする。
 香ばしい匂いに鼻をくすぐられながら、ズワルト・ピートに扮するハツ子と加羅、ミレルの三人は、どこか道化師のような衣装に身を包んでいた。
「に、似合うかな?」
「うん。可愛いピートよ、ミレルちゃん」
 少し照れくさそうに上着を整えるミレルへ、ハツ子が拍手を送る、
「それでは、お二人を黒くしますか」
 どこか嬉しそうに、葵が靴墨のような色の物体を取り出した。
「バレないよう、手も顔もしっかり塗ってあげてね、葵」
「はい。勿論です」
 黒く塗る必要のないミレルは、楽しげに作業を見物する。
「結局、黒く塗るのは加羅さんと私とだけね‥‥気合を入れて化けて、子供達のハートをガッチリキャッチするわよっ」
「はい。でも目以外真っ黒だと、なんだか完全獣化と変わりませんね」
 気合を入れるハツ子に対し、加羅はほぇほぇと暢気に鏡を覗き込んでいた。

「黒く塗った手で掴んでも大丈夫なように、お菓子は包装しておいたわよ」
「ありがとうございます。助かります」
 軽く一礼して、加羅は円から白い袋を受け取る。
「それにしても‥‥二人とも、見事に黒くなったわね。ミレルさんと並んでも、遜色ないわ」
 改めてミレルと並んだ二人の姿に、円はくすくすと笑った。
「そりゃあもう、気合を入れてしっかり塗ったんだもの。昨日見たピートにも、負けてないでしょ」
 もう一つの袋を裕貴から受け取ったハツ子は、カラフルな帽子に手を当ててポーズをつける。
「うん。ばっちりだよ」
 一方。大人二人と同等の袋を『要求』したミレルは、お菓子の入った袋と格闘していた。背負おうとしても、袋は安定せずにずるりと背中を滑り落ちたりしている。
「ミレルさん‥‥重くないですか? 少し、減らします?」
 気遣う葵だが、少女は負けじと笑顔を見せた。
「中身を配ったら、軽くなるから‥‥頑張りますっ」
「ピートさん達。そろそろ時間よ〜っ」
 コクー夫人が迎えが来た事を告げ、一行は慌しく準備を完了させる。
「ところで、気になったんだけど‥‥スタッフさんの言ってた、ナマハゲって何?」
 真剣な表情をした裕貴からの突然の質問に、葵や円が顔を見合わせて。
「ピートと少し似た、日本の『鬼』です。皆さんにもお聞かせしたいですし、詳しくは移動の合間にお話ししますよ。さぁ、急ぎましょう」
 コクー夫人にも微笑み、葵は皆を急かした。

●そして、聖者が町にやってくる
 シンタクラースがやってくるコースは、あらかじめ告知されている。
 そのルート上には、聖人が子供達に耳を傾ける為に足を止める場所が何箇所か設置されており、セシルは歌を唄いながら、子供達やコクー氏と共にシンタクラースの到着を待ちわびていた。
 そこへ、後から追いかけてきた夫人と葵、円、裕貴の四人が合流する。
 それから更に、待つこと数十分。
 紅葉の降る街路を、白いトラックが走ってきた。
 荷台に立つシンタクラースとお供の姿に、子供達がきゃーきゃーと歓声を上げ、その名前を呼ぶ。
「馬じゃなくて、車なんですね」
 ちょっと驚いたようなセシルに、「ああ」とコクー氏が歓声に消されないよう、声を上げて返事をした。
「馬だと何かと大変だし、時間がかかるんですよ」
 のろのろと走る車から、昨日のシンタクラースと同じ格好をしたシンタクラースが、手を振って子供達に応える。
 そして決められた場所で車が止まれば、少年少女が我先にと駆け寄っていく。
「じゃあ、行ってきまーす。おねーちゃんとはぐれないように、行こうね!」
 子供達と一緒に、セシルも車へと走る。
 それを、大人達は笑いながら見送った。

「ほ〜ら、シンタクラースが皆のお願いを聞くから、押さないで順番に並んでね〜!」
 瞳を輝かせながら集まった子供達を、手際よくハツ子が並ばせる。
「それじゃあ、名前とプレゼントのお願いを、教えてくれるかな」
 赤いマントに帽子を被った聖人の前で、子供達は照れながらもそっとその耳にお願いを囁く。
 それを聞いたシンタクラースは、目を細めて子供の頭を撫で、そのお願いをメモへ書き取った。後でそれを子供達の親に渡し、親はお願いに沿ってプレゼントを買う‥‥というシステムになっているのだ。
 その間、順番待ちの列の後ろの方にいる子供や、お願いが終わった子供は、次々と小さな手をピート達に差し出す。
「ピート、ピート! お菓子ちょーだーいっ!」
「はいはい。取り合いをしないよう、押さないようにして下さいね。喧嘩になったらこの袋に詰めて、海の向こうへ連れて行ってしまいますよ〜」
 加羅が注意しつつ、伸ばされる手にペパーノーテンやマシュマロを握らせる。
「子供のピートだーっ!」
「言っとくけど、あたしは子供じゃないからねっ。子供とか言ったら、お菓子あげないんだからっ」
 からかう様に騒ぐ子供達へあかんべをしながら、ミレルも大きな白い袋に手を突っ込んでは、どんどんお菓子の小袋を渡していく。
「ピートのおねーちゃーん!」
 聞き覚えのある声に顔を上げると、並ぶ子供達の中で小さな姉弟の小さな手がぶんぶんと振られていた。
「二人とも、シンタクラースへのお願いはもう決まってるかな?」
「うん!」
 腰に手をあてながらミレルが見下ろせば、コクー家の子供達は仲良く頷く。
「じゃあ、お願いしておいで」
 嬉しそうに聖人へと駆け寄る姉弟を、ミレルは笑って見守る。
「それで、そこの大きな子供さん。お菓子はいるのかな〜?」
 冗談めかして聞くハツ子へ、「下さい!」と可愛らしく小首を傾け、笑顔全開でセシルは両手を差し出した。

 全てのお願いを聞き届けると、車は再び動き始めた。
 疑いのない瞳をきらきらと輝かせた子供達は、手を振ってそれを見送る。
 今夜からプレゼントが届く12月5日を、指折り数えて待つのだろう。
 車の上から手を振り、空になった袋を提げた三人のピートは聖人と笑顔を交わした。