EtR:感染遭難者ヨーロッパ
種類 |
ショート
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担当 |
風華弓弦
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芸能 |
フリー
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獣人 |
1Lv以上
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難度 |
やや難
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報酬 |
0.8万円
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参加人数 |
8人
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サポート |
0人
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期間 |
11/16〜11/18
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●本文
●連峰の懐で
その女性が発見されたのは、風が強いある日の午後だった。
登山道から外れた岩場に倒れていたのを、遺跡の監視所に出入りしているWEA係員が発見したという。
服装からすると、一般の登山客と判断するのが相応。
だが発見された場所は、件の遺跡からそう遠くない場所である事が、問題となった。加えて記憶に混濁がみられ、自分の名前すらはっきりと思い出せない状態だという。
「有り体に言えば、「記憶喪失」の状態が一番近いですね。登山道から滑落した際に、頭をぶつけた‥‥という可能性が一番高いんですが、これといった目立った外傷もないんです。発見した場所が場所なので、保護‥‥という形で監視をしている状態なんです」
説明するWEA係員も、困ったように嘆息した。
「先に飛来したNWの例もありますし、先の調査の際に流出した情報体が潜伏している可能性もあります。また、新たに遺跡から現れたNWに感染している可能性も否めません。
今は、遭難者の身元を確認する為の調査を行っていますが‥‥表沙汰にはできませんし、身元が判明するまでに数日程の時間がかかると思われます。
その間の監視と、万が一に備えて‥‥今回、皆さんをお呼びした次第でして」
そしてまた、係員は溜め息をついた。
遭難者の状態は、簡単な日常の所作に問題はなく、
身体的な外傷は全くなく、身体能力はスポーツ趣味とする一般的な人間女性と同等であると目され、食事や睡眠なども普通に摂取する。
一般的な受け答えは可能だが、会話を積極的には行わず、質問なども最低限以上の−−−−例えば個人的な情報や専門的な質問、政治や宗教など複雑な質問になると、沈黙するか、曖昧な答えになるという。
●リプレイ本文
●方針確認
ギリシャ遺跡に近い監視所には、六人の男女が集まっていた。
「あっちが、問題の遭難者がいる部屋。そしてこっちの控え室で、待機と監視をしている」
「監視カメラ‥‥なんかは、ないんだね」
駐在するWEA係員から簡単な説明を受けながら、叢雲 颯雪(fa4554)が廊下の天井を気にする。
「‥‥警備面は、ザルって事ですか」
淡々と‥‥どこか不機嫌そうに、アンリ・ユヴァ(fa4892)が呟いた。
「それはさすがに‥‥なぁ。あくまでも遺跡の状態を監視するもので、こういう事態は想定してなかったんだろう」
答える早切 氷(fa3126)は、大きな欠伸を一つ。そんな彼の様子に、「暢気なもんじゃな」とエキドナ(fa4716)が笑う。
「遭難者が感染しておるならば、カメラを通して移動される恐れもある故。なくてよかったと、言えるかもしれんがのう。それに、ここは獣人ばかりの施設じゃ。周りは餌だらけじゃが、言い換えれば敵の渦中でもある」
「襲う隙を見つけるのも、容易でないだろうな。互いに警戒しているし、誰かが急に消えれば、真っ先に疑われる。その程度の用心深さは、持ち合わせている訳だ。まぁ‥‥可能ならば、実体化させる事なくケリをつけたいもんだが」
腕組みをして、レイム・ティルズ(fa4456)が考え込んだ。
単にNWを実体化させて倒すならば、さほど労はないだろう。だが、感染していると思しき相手は、人間。まず、感染した『被害者』の命が第一だというのが、集まった者達の総意だった。
「ま、とりあえず氷のプランに従って動くから。よろしくな」
「そうなるかのう‥‥任せたぞ」
豪快に丸投げするレイムとエキドナに、当然ながら氷はすこぶる嫌そうな表情を返す。
「‥‥待て。人に押し付けるな。むしろ、俺にゆっくり昼寝させろ」
控え室に落ち着いた者達へ、監視を続けていた別のWEA係員がコーヒーを配った。
「狩猟者であるなら、なおさら用心深いだろう。ところで‥‥先日、NWに捕らわれてきた子供達の、その後は?」
尋ねるCardinal(fa2010)に、コーヒーを手渡す係員が頷く。
「ショックと無理な飛行移動で心身共に消耗していましたが、今はかなり回復しているようです。一角獣の獣人を始めとする医療スタッフもついていますし、クリスマスには家族と家で過ごせるでしょう」
「そうか。よかった」
返ってきた答えに、Cardinalは安堵の息を吐く。
「じゃあ、とりあえず『対策』を始めようか。手始めとして、明後日までに犬を一匹手配してくれないか。できればこう‥‥野犬として捕獲されたような、飼い主のいない老犬で」
氷の注文に、係員は微妙なな顔をした。
●The first day
「記憶の混乱が見られるという事で、少しばかりカウンセリングを行いたいんだが‥‥構わないか」
白衣を着て医者を装ったレイムが問えば、どこかぼーっとして覇気のない表情の女性は、黙って彼を見やる。
部屋には、柄の入っていないシンプルな服装に身を包んだ者達が、カルテやメモを取る素振りでクリップボードを手にしていた。
レイムが医者役を務めている理由は一つ。このメンバーの中で唯一人、彼が医者としての相応の年齢の演技者だからだ。哀しいかな、さほど顔が売れていない事も幸いして、女性は疑う様子もなく彼の話に耳を傾けている−−ように見える。
「食事はちゃんと取っているそうだが‥‥無性に空腹を感じたりは、しないか?」
氷が書いたメモに従ってレイムは質問を重ね、女性はゆっくりと首を横に振った。
その様子をアンリはじっと凝視し、当の氷は眠そうにまた大きな口を開けている。
一通り、レイムが質問を終わったところで、ためらいがちに颯雪が女性へ一歩近づいた。
「先生は、お姉ちゃんの具合が良くなるまで、しばらくここで安静にした方がいいって言うんだよ。狭くて何もない場所だけど、我慢してね。それから‥‥早く身体が良くなって、記憶も戻るといいね」
首を傾げて少女を見上げる女性は、口元に微かな笑みを作る。
だが瞳には感情が浮かんでおらず、虚ろに電灯の光を反射していた。
「やっぱり‥‥何か、おかしいね」
部屋を出た後、不意に颯雪が女性の印象を口にした。
「ああ。茫然自失という状態でも、混乱しているようでもなさそうだ」
潜伏の対象となりうる、あらゆる『情報』が全て排除された部屋を、Cardinalが振り返る。
「普通、あれだけ味気ない所に長時間いれば、何らかの質問や要求を出してきてもおかしくない」
「実は、単なる物凄く無頓着な人‥‥とも思いたい所だが、無理があるか」
「‥‥それは、超希望的観測でしょう」
ぼそりと答えるアンリに、氷はまたガシガシと無造作に髪を掻いた。
●The second day
翌、二日目。
初日と同じように、六人は女性への『カウンセリング』を行った。
受け答えには、さして進展も見受けられず。
退室前に、颯雪は女性へファッション雑誌を差し入れた。
「何もなくて、退屈だよね。よかったら、これでも読んで気を紛らわせてね」
雑誌を受け取った女性は、やはり淡々と礼を返す。
二人のやり取りを見ていた氷は、それとなく取っていたメモをテーブルに置き、そのまま部屋を出た。
「あなたの言う通りにしたけど‥‥これでいいの?」
怪訝そうな颯雪の問いに、アンリが小さく頷く。
「‥‥私が渡すより、友好的なあなたの方が自然でしょう。氷も‥‥同じ事を考えていたようですが‥‥」
ちらりとアンリに含んだ視線を投げられた氷は、肩を竦めた。
「サクッとあの女の人を諦めて、上手くどっちかに潜り込んでくれないかな〜ってな。警戒が厳重なのは、向こうも薄々察しているだろうし」
「事を荒立てずに穏便に済めば、何よりじゃがのう」
張り詰めていた緊張をほぐすかの様に、エキドナはぐるぐると肩を回し、首を回した。
「後でノートを取りに行くなら、俺も行こう。大人数で乗り込む気は、ないのだろう?」
Cardinalの申し出に、しばし氷が思案を巡らせ。
「そうだな。部屋に入るのは、俺とCardinal君の二人。残る四人には、外で待機してもらうのがいいか。それにしても‥‥こんなに色々と頭を働かせてたら、眠くなってきた。待ってる間に、仮眠するかな〜」
どこまでも暢気に待機用の部屋へ向かう氷を、白衣を脱ぎながらレイムは苦笑で見送った。
しかしメモを回収する際にも、女性に目立った変化は見られず。
念の為、ブラフには然るべき『処分』をして、『作戦』は最終日に向けての第三段階に入った。
●The third day
部屋の片隅では、洗って毛並みを整えられた一匹の痩せた老犬が、床に伏せていた。
「今日一日、大人しくしてもらえるよう‥‥『交渉』はしておきましたから。その、できれば‥‥穏便に‥‥」
氷が『要望』した犬を連れてきた犬系獣人の係員が、不安そうに六人へと頭を下げる。
「一つ、聞いていいかのう? 交渉とは‥‥」
純粋な興味で尋ねるエキドナに、係員は迷ったように視線を泳がせた。
「一日、大人しくしていたら、捕まる前の場所に返す‥‥というものですが。不味かったでしょうか?」
「いや、問題ないじゃろう。なるほどな」
「元の場所‥‥か」
想定されている行く末にやや憐憫の情を覚え、溜め息混じりにレイムが呟く。
『迷い犬』という名目で老犬を女性と同じ部屋に置き、彼女が今日で開放される事を告げずに、「犬が先に山を降りる」という情報だけ伝えて。
「それじゃあ少しの間、様子を見ていてもらえるかな。30分ほどで戻ってくるし、構ってあげなくても、大人しい子だから」
今度も颯雪がツナギをつけ、犬と女性だけを残して六人は部屋を出た。
「そろそろ、時間だな」
壁の時計を確認してCardinalが切り出せば、颯雪が氷を見上げる。
「連れ出した犬は、下山させるの?」
「ああ。颯雪君の提案もあるし、解放の時期は彼女に伏せている。ヤツが『人に取り付けば手出しできない』と察知していたとしても、「このまま目の前に餌をぶら下げられつつ、いつ開放されるか判らない軟禁状態を続けられるよりは、少しでも逃げられる可能性の高い犬に取り憑いてやるぜ。ぐへへ〜っ」とか考える方が、自然だろ?」
「‥‥ぐへへ‥‥ですか」
疑わしげに目を細めるアンリに気付き、慌てて氷は「単なる想像イメージだよ、イメージ」と誤魔化す。
「それなら少人数が犬を迎えに行き、そのままここを出る‥‥外で離れて待機するメンバーは、バレないようにそれを尾行して、万が一に備えるんだな」
ケースよりIMIUZIを取り出しながら、レイムが手順を確認した。
颯雪がアンリと共に再び部屋へ足を踏み入れた時、女性は簡易ベットで横になっていた。
眠っているのか、静かに繰り返えされる呼吸を窺い、颯雪はそっと犬のリードを取って部屋の外へと引っ張っていく。
のろのろと重い足取りで後を付いてきた犬を連れ、少女はそっと部屋を出た。
「出てきたぞ」
人を遥かに凌ぐ視覚で監視していた氷が、虎縞の尻尾を揺らして告げた。
ターゲットがその『正体』を現わし易いよう、犬を連れ出す役目は年少の少女二人に一任している。
「襲撃するなら、監視所から離れて人目にもつかない場所‥‥か」
状況を伝える氷に、Cardinalが呟いた。
四人は監視所より風下に陣取っていて、匂いで気取られる危険を避け。
一方で犬は、少女達の先を歩いてリードを引っ張っていた。
「ちょっと‥‥どこに行くのよ」
リードを握る颯雪は、ぐいぐいと進む犬に逆らわずついていく。
やがて行く手には、静かに黒々と口を開く遺跡が見え−−。
「やれやれ‥‥狙い通り、じゃな」
エキドナが吐いたのは安堵の息か、老犬の末路を思った嘆息か。
「行くか。媒体になった雑誌の処分は後回しだな。たぶんもう必要ないんだろうけど」
氷の言葉にそれぞれは武器を確かめ、速やかに『行動』を始めた。
●End of Game
「え〜っと‥‥よく覚えてないのよね。一人で山を登っていて‥‥何かに足を取られて、滑落して‥‥気がついたら、ここでこうしていて」
「とりあえず、名前と国籍を教えてもらえますか?」
「ええ、いいわよ。私の名前は‥‥」
開かれた扉の影で女性と係員の会話を聞きながら、六人は視線を交わしてその場を外した。
「下山するまで、念の為に監視が必要か?」
Cardinalの言葉に、「一応しとくか」と面倒そうに氷が返答する。
「帰りに、また別の情報体に感染される可能性があるかもしれないしな」
冗談めかしたレイムに、エキドナは苦い笑いを浮かべ、アンリは感情の読み取り辛い視線を投げる。
「あの犬は、気の毒だったけど‥‥女の人が助かって、よかったね」
悼むように、颯雪は窓の外を眺める。
外では、犬を連れてきた係員が小さな墓を作っていた。