美しき国ニッポンアジア・オセアニア
種類 |
ショートEX
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担当 |
風華弓弦
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芸能 |
フリー
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獣人 |
フリー
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難度 |
やや易
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報酬 |
1.1万円
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参加人数 |
9人
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サポート |
0人
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期間 |
12/03〜12/07
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●本文
●行動はいつも突然に
「なんだこりゃぁーっ!」
同居人の部屋に足を踏み入れたフィルゲン・バッハは、その『惨状』に思わず声を上げた。
開け放たれたクローゼットから引っ張り出した服が散らばり、ベットに放り出された大きなトランクがパックリと口を開いている。
「お。いいところへ、帰ってきたな」
トランクの向こうから顔を出すと、レオン・ローズが相方にちょいちょいと手招きをした。
「‥‥夜逃げの準備か?」
散らかり様に呆れつつ、床に撒かれたモノを踏まないよう気をつけながら跨いだ彼へ、ぬっと手が伸びて一通の細長い封書を差し出す。
「なんだこれ?」
「いいから、取るがいい」
「夜逃げの道連れにされる気は、ないんだけど‥‥」
ぼやきつつ封書を受け取り、それが封緘されていないのを見て、中を開くフィルゲン。
現れた長い紙をしばし凝視し、裏表に返し、ぴらぴらと振った上で、いつもの様に盛大な溜め息を一つ吐いた。
「夜逃げして、更に高飛びときたか」
「ぬ!?」
トランクの向こうから顔を出したレオンは、相方の手から封書と中身をひったくる。
そして書かれた事を確かめた末、おもむろに全く同じ封筒を改めて寄越した。
「間違えた。フィルゲン君のチケットは、こちらだ」
「‥‥はぁ?」
「次の『幻想寓話』にかかる前までの日数を、休暇として社長よりもぎ取ったのだ。有難く思え」
「有難いもナニも‥‥これって‥‥」
改めて中を確認すれば、そこには彼の名前が刻まれた航空券のチケットが入っていた。
行き先は、『TOKYO/JAPAN』である。
「ちょ‥‥えぇぇぇぇぇぇ〜〜っ! 何で急に!?」
「何と言われても、決まっておろう。観光だ。ゲイシャ、フジヤマ、スシ、ウズマサ。日本美、ジャパニーズ・ファンタジーが我らを呼んでおるぞ!」
胸を張って高笑いをするレオンを、呆気に取られたフィルゲンがただただ穴が開くほど凝視し。
「さっさと用意せんか。行きたくないというのであれば、別であるがな」
「いや、行きたい‥‥デスヨ?」
「ならば無駄口を叩かず、回れ右をして出立の用意をせよ」
しっしと追い払うように手を振ると、レオンはトランクの向こうに頭を引っ込める。
チケットに気を取られながら部屋を出ようとするフィルゲンは、散乱物に足を引っ掛け、盛大にコケた。
●リプレイ本文
●First impression
周囲のビルとは一線を画した鉄筋コンクリート製の四階建て和風建造物が、陽光を受けてどっしりと構えていた。
「日本のオペラハウスは、また違った趣があるものだな」
しげしげとソレを見上げて、英国人であるレオン・ローズが感心する。
「オペラ‥‥なのか?」
思わず首を捻るウルフェッド(fa1733)に、深森風音(fa3736)はくすと笑った。
「音楽があって、歌があって、踊りがあるって意味では、歌舞伎は日本のオペラと言えなくもないかな」
「そうだね。歌舞伎ってのは当て字で、歌い、舞い、伎‥‥えっと、技芸や芸人を意味するのだそうな。以上、ククおねぃさんのワンポイント講座でした〜。はい!」
にこやかな笑みと共に、和装のクク・ルドゥ(fa0259)がレオンにチケットの領収書を渡す。
「む?」
「えっとね。授業料?」
「なにーっ!」
「高そうね、授業料‥‥でも、歌舞伎の内容って判るの?」
闇取引のように物陰で『交渉』しているククとレオンに苦笑してから、羽曳野ハツ子(fa1032)が傍らのフィルゲン・バッハへ素朴な疑問を聞く。
「日常会話なら、あまり支障はないけど‥‥日本の古語だっけ? 歌舞伎の台詞って」
「最近は判りやすい言い回しを使う傾向があるし、海外からの観光客向けに英語解説してくれる、イヤホンガイドとかあるから、大丈夫だと思うけどな」
説明する仁和 環(fa0597)の着物の袖を、くぃくぃと堕姫 ルキ(fa4852)が引いた。
「それって、歌舞伎に詳しくない人向けもあるのかな? 歌舞伎って‥‥古典で難しそうだし」
「ああ。ちゃんと、初心者向けガイドもあるよ」
その答えに、ルキだけでなく他の少女達も、少し安堵の表情をみせる。少なくともこの場にいる半数は、実際の歌舞伎など見た事もなさそうな顔ぶれだった。
「日本のオペラって、やっぱり着物を着て唄うんでしょうか‥‥ドレスとはまた違って、華やかそうですね〜」
「言っておきますが‥‥あくまでも要素が似ているだけで、オペラとは違いますから」
恐らくは、違う方向に想像を和洋ミックスしているセシル・ファーレ(fa3728)へ、イルゼ・クヴァンツ(fa2910)が釘を刺しておく。
「え〜、違うんですか? ラメが入ってキラキラした着物を着た人達が、手にした扇子や梅の小枝なんかを振って、踊ったり‥‥」
「しません」
イルゼに先手を打たれて、セシルは「う〜ん」と首を傾げて考え込む。
「歌舞伎の舞台に立つのは、みんな男の人だよね」
確認するように、月居ヤエル(fa2680)が一番詳しそうな『最年長』へ話を振った。
「ああ。女役も、男が化粧をして演じている。それにしても‥‥」
思案顔のウルフェッドはメンバーの顔ぶれを眺めて、腕組みをする。
「最後まで、大人しく観劇できるのか?」
当然と言えば、当然の不安であった。
12月大歌舞伎の初日とあって、11時の昼の部から席は満席となっていた。
演目は4種で、総上演時間は幕間の休憩時間を含め、5時間近い。
「歌舞伎の凄いとこは、80歳近い爺様が10代の娘を演じ切ってしまえたりするところか。勿論、そこに到る熟練技は必要だが」
休憩をみて環が振るう『熱弁』を、筋書(パンフレット)片手に難しい顔でフィルゲンが聞いていた。
「歌舞伎は華やかな衣装も確り意味があって、化粧や衣装でどんな立場かすぐ分かる。隈取の赤は善人、青は悪人とかね」
「モノクロ映画時代のマカロニウェスタンでも、よく用いられていた手法だね。主人公が白で、悪役が黒っていう‥‥でもさ」
肩を落として、フィルゲンは嘆息する。暢気に船を漕ぐレオンと違って、仕事と性格柄できるだけ脚本や演出を注視していた彼だったが。
「日本人の機微って、難しいね」
初日初っ端からの伝統的古典芸能鑑賞は、『下地』のない者とって難易度が高く。
結果、数名の『脱落者』が出たのは、言うまでもない。
●下町情緒
「ふわ〜、大きいです〜」
「うむ。アレがドーンと落ちてすっぽり入ったら、大変であろうな」
表面に『雷門』と文字が入った大きな赤い提灯を、セシルとレオンが揃って見上げている。
歌舞伎座を出た一行は、バスで銀座から北へと移動し、浅草寺まで足を運んでいた。
「この門は右に風神像、左に雷神像が置かれているんだよ。というわけで浅草観光のセオリー、、雷門をバックにして皆で写真を撮っちゃおー!」
「それなら、私が撮ろう」
集合をかけるククに、ウルフェッドが持参の『ERNSTマイスター』を鞄から取り出した。そこへ、いつものクマのヌイグルミが顔を覗かせたリュックを弾ませて、セシルがデジカメ片手に駆け寄ってくる。
「セシルも、写真撮りたいです!」
「じゃあ、一緒に撮ってやろうか」
親子ほどに年の差がある二人が、カメラの構え方や構図の取り方の話をしている様子を、ヤエルが楽しそうに眺めていた。
「そういえばドラマの仕事中って、あまり写真の事とか教えてもらう機会、ないですもんね」
「そうだね。でも、集合写真かぁ‥‥」
どこかしみじみと呟くルキに、彼女は首を傾げる。
「もしかして写真、苦手とか?」
「ううん。なんだか、修学旅行みたいだなーって」
「そういえば‥‥そんな感じだよね」
ルキの感想に、くすくすとヤエルが笑った。
「はいはい、みんな並んでねー!」
その間にも身長を考慮して位置取りをしながら、テキパキとククが列を仕切る。
夕暮れを迎えようとする雷門を背にした風景に、ウルフェッドはシャッターを切った。
雷門をくぐると、観音堂前まで仲見世が続く。
日本最古の商店街、浅草仲見世には雷おこしや人形焼、煎餅などの土産物から、扇などの踊り小道具、かつら、かんざしといった髪結い用品など、和小物や様々な物を扱う店が軒を連ねていた。
「やっぱり、着物の方が良かったかしら」
先を歩くククと環、そして隣の風音が和服で纏めているのをみて、ハツ子はふっと苦笑を浮かべる。
「急に‥‥どうかした?」
友人の様子に、風音が不思議そうに小首を傾げ。
「うん。日本風のおもてなしなら、やっぱり着物が‥‥ってね」
「でも、誰も彼も着物一辺倒だと立ち居振る舞いも気を遣うし、堅苦しいと思うよ。ハツ子さんの傍ではリラックスできた方が、いいんじゃないかな‥‥特に、誰が、とは言わないけどね」
悪戯っぽい風音の笑みに、ハツ子はダテメガネの蔓を指で押し上げ、表情を誤魔化す。
そして、人ごみの中で当の二人を視線で探せば。
「‥‥試食を見つけるたびに足を止めていると、進まない上に夕食が入りませんよ」
「いや、断わるのも悪いかなって」
「日本の伝統菓子も、味わい深いものであるよな」
「ダメです」
イルゼの赤い瞳に睨まれ、レオンとフィルゲンは揃って怒られていたりする。
「ドコでも相変わらずだね‥‥二人とも」
「ええ。ホントに」
仕様がないという風に顔を見合わせ、風音とハツ子は笑った。
「それじゃあ、参拝の作法を教えるね。まず、手水で清めてから‥‥」
初めての『参拝者』へ、ククが手短にその段取りを教える。
「しかし、日本の信仰は不思議なものであるな。ブッキョーの寺に、シントーの神社。別の信仰対象が奉られていても、どちらへも足を運ぶのだろう?」
「おまけに、結婚式は教会で挙げる場合もあります。クリスマスを祝った後は、寺で除夜の鐘をつき、神社でお御籤を引くなんて、ザラですから」
付け加えるイルゼに、レオンとフィルゲンは呆気にとられた顔をした。
「二人の意見は判ります。信仰に対して、無頓着と言いたいのでしょう」
「知識としては知っていたつもりだけど、改めて聞くと凄いなって、ね。教会で礼拝した後にモスクへ行くなんて、僕らじゃありえない事だし」
観音堂へ手を合わせる人々を、しげしげとフィルゲンが見やる。
「確かに、異質でしょうね。しかし古来の宗教といっても、普段気にもしない人が多いです。それに、他所の宗教行事もアッサリ受け入れる風土ですが、これも八百万の神といって、あらゆる神を認める精神が下地にあって‥‥要するに、信仰に対するキャパシティーが、広く深いんです。
生粋の日本人でない私が言うのも、変かもしれませんが‥‥ナカミは、日本人と同じですから」
「うむ。全く、不可思議であるな」
腕組みをして感心するレオン達を、環が手招きする。
「硬い話が終わったら、二人ともこっち」
「む?」
白い煙と香の匂いが漂う人だかりに、眼を瞬かせるレオン。
「ここは香台って言って、身体の治したい場所へこの線香の煙をなすりつけると、良くなるっていうんだ。だから‥‥」
漂う白い煙を手で扇いで集めると、環はそれを並んだ二人の頭にぐりぐりと擦りつける。
「‥‥煙い」
「待て。それを我らの頭につけるという事は、即ち‥‥」
ずびしっとレオンが環を指差し。
「ハゲているという事かーっ!」
「違うからっ」
「は‥‥げって‥‥」
反論する環の背中をバンバンと叩きながら、ククが笑い転げた。
陽が落ちると観光客の数も減り、観音堂や五重塔などがライトアップされて辺りの雰囲気が一変する。
「そういえば、今日と明日の泊まり先は決まってるのか? 3日目以降は、宿があるんだが‥‥」
不意にウルフェッドから問われ、光に照らされる建造物を眺めていたフィルゲンが振り返った。
「うん。一応、ホテルは取ってあるけど?」
「そうか。俺はプロダクションの事務所に泊まるつもりだが、酒瓶の山が転がってるからな‥‥素直に宿で休むのが、お勧めか」
「あ〜。それはそれで、楽しそうだけどね」
その返答に、ウルフェッドは肩を竦める。
幻想的な風景をしばし堪能した一行は、観音堂の東にある浅草神社へも詣でてから、夕食へと繰り出した。
●電脳煩悩街
日曜の秋葉原は、いろいろな意味で激しい。
特に正午を迎えて中央通りが歩行者天国化すると、コスプレに路上ライブやパフォーマンスが繰り広げられ、それを見ようとする人だかりが出来る。
「なんと言うか‥‥聞きしに勝る凄さであるな」
「そうだね。表現し辛いけど‥‥ヒッピーでもないし‥‥」
レオンと共に呆気に取られているフィルゲンの腕に、ルキがぶら下がるように腕を絡める。
「今日は、あたしが案内するね! とっても可愛い店があるんだから」
「あ‥‥うん。よろしくお願いシマス」
黒髪のツーテールを揺らして微笑むルキに、ややたじろぐフィルゲン。
更にそのルキが掴まった腕と逆の腕を、ぐぃと引かれる。
「可愛いお店、どんなところか楽しみね。フィル」
「そ、そうだね。ハツ子君」
ルキとハツ子に腕を引かれる相方を観察していたレオンが、ぼつりと呟いた。
「アレがかの、オーオカサバキというヤツであるな」
「じゃあ、両方から引っ張って先にフィルゲンさんを放した方が、フィルゲンさんのお母さんなんだね」
楽しそうに付け加えるククに、疑問顔のセシルが首を傾げている。
「アライグマさんのおかーさん‥‥年下のおかーさん‥‥?」
「そういう話があったっていうだけだから、信じないようにね」
くっくと笑いつつ、風音は『両手に花』な状態を見物していた。
どこか混沌とした街並みを、慣れた様子でルキが案内する。
行き着いた先は、表通りから外れた少しクラシカルな佇まいの店だった。
「喫茶‥‥という事は、カフェ?」
看板の文字から『情報』を拾い上げたフィルゲンに、ルキは笑顔のみで応えて。
「‥‥私は、外で待っているか」
「‥‥むしろ、毒喰らわば皿までの精神で」
店の『趣向』に気付いたウルフェッドが二の足を踏むが、その背中を環が押す。
「可愛い感じのお店ですね」
「中も‥‥可愛いと思います。おそらく」
目を輝かせるヤエルに、どこか達観した風なイルゼが続く。
店に入れば、膝丈の黒いワンピースに白いカフス、白いエプロンに白のヘッドドレスを付けた清楚な服装の女性達が、頭を下げて一行を迎える。
「おかえりなさいませ。ご主人様、お嬢様」
「‥‥‥‥ごっ!?」
「‥‥ご主人‥‥?」
日本のメイドと初遭遇したツートップは、揃って処理落ちしていた。
「わぁ〜、可愛い〜っ」
落ち着いた調度で整えられた店内を行き交うメイドに、ククが目をキラキラさせている。
予約貸切という人目を気にせずに済む状態だが、心置きなく寛ぐ者もいれば、微妙に馴染めず腰の落ち着かない者もいた。
「ここは‥‥カフェ、であるよな」
出された紅茶を啜ってから、改めてレオンが確認するようにルキへ尋ねる。
「うん。メイド喫茶だよ」
「メイド‥‥何故にメイド‥‥」
頬杖を付いたルキは、にっこりといい笑顔で答えるが、レオンには理解の限度を越えているらしい。
「メイドさんは、見ているだけでも幸せになれるモノなんだよ。ここに通う人にとってはね」
「‥‥大叔父さんのトコのメイドさんに、ちょっぴり参考にしてほしいかも」
フィルゲンはといえば、最初のインパクトから立ち直った後は、割と状況に対応しており。
彼の呟きに、セシルがヌイグルミが顔を出すリュックを膝の上でぎゅっと抱く。
「お城のメイドさんは、よく訓練されたメイドさんですから‥‥」
「セシルちゃん、大変だったものね」
笑いながら、ハツ子がセシルの頭を撫でて。
「お城のメイドさんって‥‥メイド喫茶よりも、謎ですけど‥‥」
「フィルゲンさんには、お抱えのメイドさんがいるんだよ」
疑問顔のヤエルに、涼しい顔で風音が微妙な情報を吹き込む。
「いや、あれは僕のお抱えじゃないからっ」
「つまり、フィルゲンはいいトコロの坊ちゃんですか」
「よくないから‥‥誤解だから‥‥っ!」
冗談か本気かよく判らないイルゼの見解を、フィルゲンは全力で否定した。
ゆっくりと昼食を食べ終えた頃には、予約の制限時間となり。
「ご主人様、お嬢様。いってらっしゃいませ」
静々と頭を下げるメイド達に見送られ、一行は賑やかな秋葉原の光景へと戻る。
「食事も美味であったし、落ち着いた雰囲気のいい店であったな。ウルフェッド君」
「私に振られても、困るんだが」
レオンとウルフェッドの会話に笑いつつ、ルキはまたフィルゲンの手を引く。
「次はコスプレショップに行って、それから模型店かな? ありとあらゆる文化を混ぜて再構築したカオスを、どうぞご覧あれ‥‥なんてね♪」
「あ、セシルはゲームセンターにも行きたいです〜!」
はいはいと挙手して、ルキへリクエストを加えるセシル。
「‥‥一足先に、明日の準備をしに戻ってもいいか? 後で、監督達の荷物は取りに来てやるから」
「毒喰らわば皿までの精神だよ‥‥ウルフェッドさん」
想像以上にある意味でハードな予定に、ウルフェッドが頭を抱える‥‥が、呪文のように繰り返す環が、彼を逃がさなかった。
●遠足気分で
「今日から明後日までは、都心を離れて観光地へ行くわよ。という訳で、はい」
翌三日目。
待ち合わせて集まったメンバーに、あらかじめ作っておいた『旅の栞』をハツ子が配った。
「今日は箱根に行って、明日と明後日は日光ね」
「ハコネにニッコーであるか」
聞き慣れない土地の名に、レオンはコピー製の栞をめくったり、ひっくり返したりする。
「ウズマサなども、行ってみたかったのではあるがな」
「京都は少し、遠いから‥‥でも、日光も江戸村とか世界遺産の東照宮とかあって、凄いんだよ」
あらかじめ下調べしたヤエルが、英文解説のサイトを印字したコピー用紙を見せる。
「ほほぅ。初代ショーグンを奉っているのか」
感心してヤエルの資料を読むレオンを見ながら、ククが首を傾げる。
「でも、どうして太秦なのかな?」
「それは、ほら。日本の代表的な撮影所があるって話だからね」
フィルゲンの説明に、ぽむと彼女は手を打った。
「そっか。日本の撮影現場とかも、見たかったんだね。となると‥‥う〜ん‥‥」
悩むククに、フィルゲンは「気にしなくていいよ」と苦笑する。
「いろいろと、面白い所に連れて行ってもらえて楽しいし‥‥また、次に日本へ来る機会があれば、その時の楽しみにしておくから」
「そろそろ、出発しますよ〜!」
環の車に積んだ『なまけあざらし』を抱いたセシルが待ちかねて、車窓から手を振って急かした。
「‥‥まきさん、イルカないの?」
「ごめん。あざらししかない」
期待のまなざしで見上げるククに、環は肩を落として答える。
11人はウルフェッドのモービルスパイクWと、環のヴォクサーX4WDに分乗して、一路西へと向かった。
休憩を取りながら、混雑した道を2時間半近い時間をかけてのんびりと西へ進み。
箱根山の険しい山道を登った先に、温泉町が広がっている。
「このまま、芦ノ湖か?」
「そうですね。遊覧船も出ていますし、ゆっくりできるでしょう」
イルゼのナビで、ウルフェッドはアクセルを踏む。
木立と家並みを交互に抜けた車は、やがて箱根山が作ったカルデラ湖へと出た。
「ほぉ〜。これは、絶景であるな」
車を降りたレオンが、感嘆の声を口にする。
湖と空の青の狭間に、木々の緑。そして、頂から三分の一ほど雪化粧をした霊峰の姿がそびえていた。
「あれが、富士山です。フジヤマではなく、フジサンですから」
「ぬ!?」
訂正しておくイルゼに、レオンが眉根を寄せる。
「晴れていて、よかったね」
「うん。綺麗だね‥‥」
風音に頷いてヤエルはしみじみと勇壮な光景を眺め、セシルは盛んにデジカメのシャッターを切っていた。
「じゃあ、ここで一枚撮るか?」
「そうだね。レオンさんが、行方不明にならないうちに!」
ウルフェッドの提案に、ぐっと握り拳のクク。そして件の人物は、湖面を走る『海賊船』に歓声を上げている。
「乗りたそうだな」
「乗りたそうだね」
そんな後姿に、ウルフェッドとククが呟いた。
その日は箱根で宿を取り、温泉で数日の疲れを癒す‥‥筈であった。
「いやぁ、日本の温泉というのは、風情があるものだな」
「ちょっと、微妙に落ち着かないけどね」
今年の遅い紅葉を眺めつつ露天風呂ですっかり寛ぐレオンに対し、フィルゲンは辺りを見回しつつ、手で湯をかき回す。
「欧州じゃあ風呂はアレだが、温泉は‥‥また違うのか?」
ウルフェッドの問いに、フィルゲンは熱い湯をすくい上げる。
「こんなに熱くないし、どちらかっていうとプールだからね」
「ほぅ」
「折角だから、俺は二人の暴露話とか聞きたいな。日本には、裸の付き合いって言葉が‥‥」
のんびりと、環が湯の中で身体を伸ばしたところへ。
「裸の付き合いに、きたよーっ!」
明るいルキの声が、露天風呂に響いた。
「ちょあぁぁぁ!?」
「‥‥待て。まだ混浴時間じゃないだろうっ?」
慌てふためく男達を他所に、かけ湯をしたルキは満面の笑みで湯の中へ飛び込む。
「お邪魔しま〜す!」
「ちょっと、ルキちゃ‥‥!」
後を追ってきたらしいハツ子が、途中で急いで回れ右をする。
「まぁ‥‥入ってしまったものは、仕方ないです」
すたすたとその脇を抜けたイルゼも、平然と湯に浸かる。
「イルゼさんまで‥‥」
「入ったもの勝ちですよ。言っておきますが、温泉に水着やタオルは邪道ですから」
「では私も一献、フィルゲンさん達と楽しむ事にするかな。是非、日本の美味しいお酒も楽しんで貰いたいしね」
日本酒を乗せた盆を用意した風音が、にっこりと微笑む。
「セシルも、入っていいでしょうか」
羨ましそうに見やるセシルに、ハツ子は一つ溜め息をつき。
「確かに‥‥こうなれば、楽しんだ者勝ちよね!」
「えぇぇぇ〜っ!」
開き直ったハツ子に、更に動揺する男性陣。
女性達は、彼ら以上にタフであった。
●旅程最後の目的地
「ここは野生の猿が出るけど、餌付けは禁止されるんだよ。ビニール袋なんかは狙われやすいから気をつけて‥‥あと、目を合わさないようにね」
ヤエルが調べた資料から注意を述べれば、セシルはクマのヌイグルミをぎゅっと抱いてこくこく頷く。
箱根から、今度は北東へ車で移動する事4時間。
ほぼ紅葉も落葉した日光東照宮は、雪を待つばかりとなっていた。
朱色の五重塔を眺め、拝観料を払って石段を上がれば、有名な陽明門の下へ辿り着く。
「恐ろしく‥‥手の込んだ物であるな」
「うん。綺麗だ」
揃って首を傾けたままのレオンとフィルゲンに、ヤエルが笑う。
「この門の彫刻全てを見ていると、陽がくれるって言われているんだよ」
「ああ‥‥確かに。それが今も残っているのが、凄いね」
多くの観光客がいながらも、どこか静謐な空気に包まれた風景の中を、更に奥へと進む。
「日光はこの東照宮を始めとした社寺が、世界遺産になっているの‥‥あ、あれが、有名な「見ざる言わざる聞かざる」の三猿よ」
フィルゲンの手を引いたハツ子が、神厩舎を指差す。
「どうして、猿なんでしょう?」
素朴なセシルの疑問に、ヤエルが資料へ目を走らせる。
「え〜っと‥‥馬の守り神が、お猿さんだったみたいだね。それで、ここの建物の周りをぐるりと、猿の一生が彫刻されていて、三猿はその子供の頃を意味するとか」
「へぇ‥‥」
「東照宮には、三猿に眠り猫、それから竜や麒麟といった、沢山の霊獣と動物達がいるのよ。だから‥‥パンダとアライグマもいないか、探してみない?」
「え‥‥いるの?」
目を丸くしつつ、ハツ子に腕を引かれていくフィルゲン。
二人を見送ったウルフェッドは、やれやれと肩を竦めた。
「じゃあ、暫くは自由行動のようだな。みんな、奥へ行き過ぎないように‥‥それから、境内から出ないようにな」
「はーい!」
風音と手を繋ぐセシルが、元気よく返事をし‥‥ククは、一番迷子になりそうなレオンを捕まえた。
「この眠り猫は、傍の雀すら襲わず猫が眠るほど平和って意味を表していて‥‥東照宮にいる動物達は、全て平和を象徴するものとして描かれているそうよ。『私達』も、争うことなく穏やかに暮らしていける‥‥そんな日が、いつか来るといいわね」
腕を絡めて説明するハツ子に、フィルゲンはじっと彫刻を見つめ‥‥それから空いた方の手で、ぽむと黒髪を撫でる。
しばらく、そうしていた後。
「レオンが何を考えて、日本へ行こうと言い出したかはわからないけど‥‥でも、日本に来る事が出来て、よかったよ」
「‥‥フィル?」
しみじみと呟く横顔をハツ子が見上げれば、フィルゲンは照れくさそうに視線を泳がせて。
「だってほら、ハツ子君が生まれ育った国を見る事が出来たから」
そして、にっこりと笑顔を彼女へ向けた。
「あ‥‥あの、後で風音さんがお茶を‥‥立ててくれるそうよ」
「お茶?」
「そう。日本の、茶道よ。美味しい和菓子を用意しているからって、張り切っていたわ」
「それは、楽しみだね」
やや狼狽しながらも相手の腕をぎゅっと掴んで、ハツ子は話を続けた。
「日光に来たら、一度は湯波を食べないとね。ちなみに京都では湯の葉っぱって書くけど、日光だと湯の波って書くんだよ」
合流したメンバーに、ヤエルがこの後の予定を提案する。
「後は、江戸村に行くなら、皆で江戸時代の衣装を借りて記念撮影したいかな。忍者屋敷とかはカラクリとか面白いと思うんだけど」
「そうだね。本当なら、きちんと二人が和服を着付けた姿も見たかったけど‥‥窮屈だろうし。あそこのサムライやニンジャ装束なら、気軽に着てもらえそうだね」
「む。それは、楽しみであるな」
同意する風音に、いたくレオンは興味をそそられた様子で。
「アキバで買ったコスプレ衣装とか、着てもいいのかな」
借り衣装と聞いてルキが目を輝かせ、イルゼが僅かに嘆息する。
「あれを‥‥着るんですか」
「だって、着るために買ったんだもん。折角だから、イルゼさんもチャレンジしてみようよ。コスプレ!」
「‥‥」
そんな会話を交わしつつ、一行は東照宮を後にした。
−−そして。
●『惨劇』再び
四日目の宿を取った湯元温泉には、淡く雪が積もっている。
「雪見の露天風呂も、風情があっていいね」
「‥‥だな」
旅の疲れを癒す男達の元へ、無邪気にも『不吉』な声が響く。
「それじゃあ、みんなで一緒に入ろ〜っ!」
「うわっ、またかーっ!?」
二度目の『襲来』ながらも、現れたルキに男性陣は慌てふためき。
旅の夜は、賑やかに更けていった。