『歌う木』ヨーロッパ

種類 ショート
担当 風華弓弦
芸能 フリー
獣人 フリー
難度 普通
報酬 なし
参加人数 8人
サポート 0人
期間 12/05〜12/07

●本文

●突然の来訪者
「『歌う木』というモノを、知っているか?」
 突然の問いに、イルマタル・アールトはきょとんとした表情を浮かべた。
 それからマネージャーを見上げて、愛用の楽器−−カンテレの入ったケースへと視線を移動させる。
「カンテレを、『歌う木』と表現する事はありますけど‥‥それ以外で『歌う木』と呼ばれる物は、判らないです」
 おずおずと答えるイルマタルに、問いを投げた相手は「ふむ」と唸って考え込んだ。
「もしかすると、君のご両親や‥‥あるいはお祖父さんかお祖母さんが、知っているかもしれないが」
「あの‥‥両親も、祖父母も既に‥‥他界していますので‥‥私には、ちょっと‥‥判りません」
 おずおずと、ためらいがちに少女は同じ答えを返す。
「そうか‥‥そうだったな。だが、何か‥‥少しでも、小耳に挟んだりした記憶は、ないか?」
 三度目の問いにも、やはりイルマタルは首を横に振るしかなく。
「両親や‥‥祖父母を、ご存知なんですか?」
 逆に問いを投げれば、30歳前後に見える相手は答える代わりに、また考えを巡らせる。
 そして、自身の中で何かを結論付けたのか‥‥相手は、席を立った。
「いや、すまなかった。知らなければ、それで‥‥いいんだ。だが、もしも何か思い出した事や気付いた事があれば、連絡をしてくれるか?」
 内ポケットから取り出した名刺を渡され、じっとイルマタルは文字を見つめる。
「ルーペルト‥‥バッハ‥‥さん?」
「よろしく頼むよ。失礼した」
 コート掛けから外套を取ると、ルーペルトは部屋から出て行く。
 呆気に取られたようにその姿を見送ったイルマタルは、再びマネージャーを見上げた。
「父さんや母さんや、お祖父さんの知り合いでしょうか?」
「いや。あんな若僧、俺は見た覚えがねぇがなぁ‥‥といっても、じーさんや親父さん達の事を、一から十まで知っている訳でもねぇが」
 ガシガシと髪を掻く中年男は、胡散臭そうに窓の外へと視線を投げる。
「でも‥‥やっぱり、何なんでしょう‥‥『歌う木』って」
 まだ引っかかる少女の頭へ、おもむろに大きな手を置かれた。
「それより、だ。もうすぐ、誕生日だろ。友達呼んで、ぱーっと騒いだらどうだ?」
「え‥‥でも‥‥」
 微妙な表情をするイルマタルに、マネージャーはその頭を掴むようにして、ぐらぐら揺らす。
「確かに、じーさんが亡くなってからも、一年だ。だからこそ、元気な顔を見せなきゃあ。友達、増えたんだろ?」
 マネージャーの問いに、少女は恥ずかしそうに小さな笑みで答えた。

●今回の参加者

 fa0124 早河恭司(21歳・♂・狼)
 fa0441 篠田裕貴(29歳・♂・竜)
 fa1412 シャノー・アヴェリン(26歳・♀・鷹)
 fa1814 アイリーン(18歳・♀・ハムスター)
 fa1851 紗綾(18歳・♀・兎)
 fa2141 御堂 葵(20歳・♀・狐)
 fa2457 マリーカ・フォルケン(22歳・♀・小鳥)
 fa5112 フォルテ(14歳・♀・狐)

●リプレイ本文

●薄暮の森で
 12月。ラップランドの日照は6時間を切り、太陽も空高くへは昇らない。
 地平線近くを南から西へ弱々しく這い、午後3時前には沈んでしまう。
「なんだか、不思議な光景だよね。太陽って、空で輝くイメージがあるけど」
 曇った車窓をごしごしと拭い、紗綾(fa1851)は白樺の合間に見え隠れする太陽を眺めた。
「じき、太陽が姿すら見せない極夜になりますよ」
「キョクヤ?」
 聞き慣れない言葉に紗綾が振り返れば、御堂 葵(fa2141)が「ええ」と頷く。
「太陽が沈まない夏の白夜の、反対です」
「それじゃあ、一日中が夜なんだ」
 紗綾と反対側の窓から流れる風景を見るフォルテ(fa5112)も、興味深げに話を聞いていた。
「それにしても、凄い雪だな‥‥」
 通るべき道も何もかも雪に埋もれた森に、助手席の早河恭司(fa0124)が呟き、レンタカーのハンドルを握るシャノー・アヴェリン(fa1412)が僅かに頷く。
「‥‥あの時も、こんな風‥‥でした‥‥」
 シャノーの小さな声に、『当時』の状況を知る葵は静かに目を伏せる。
 揺れる車が雪だまりをかすめ、乾いた雪が舞い上がった。

 白の中で、スカンジナビア・レッドの家は良く目立つ。
 風もない中。玄関先では、12月6日の独立記念日を祝う為に飾られた、白地に青い十字のフィンランド国旗が垂れ下がり。『魔除け』にと置かれた『獣の石像』の首には、何故か編み目が太くて粗い不器用なマフラーが巻かれている。
 以前訪れた際、慌てて家から飛び出してきた少女は、現れる気配がなく。
「あら。お留守‥‥かしら」
 車を降りたマリーカ・フォルケン(fa2457)が、窓へと回って中の様子を窺う。
「でも、出発前に「まっててね☆」ってメールした時は、「待ってます」って返事があったよ?」
 移動中に返ってきたメールを確認して、紗綾が首を傾げた。
「冬場は特に雪が音を吸収するし、窓も二重張りだからね。車の音に、気付いていないかもしれないし‥‥もしかすると、森に出ているかもしれないね」
 念のためにと、篠田裕貴(fa0441)が運転席へ戻り、軽く二度ほどホーンを鳴らす。
 それでも家の中はもちろん、周囲の森からも誰かが姿を見せる気配はなく。
 首を捻りながらアイリーン(fa1814)がドアノブへ手をかければ、扉はすんなりと開いた。
「あれ‥‥? 開いてるわ。無用心ね」
 訝しげな表情で中を覗き込むアイリーン。そんな彼女の脇を抜けて、僅かに緊張を纏ったシャノーが家の中へ足を踏み入れる。
「‥‥私が、先に‥‥待っていて‥‥下さい‥‥」
「シャノー?」
「僕も行くよ。皆は、外で待っていて‥‥車の寒さ対策の方、よろしく」
 裕貴は後に続こうとした恭司へ意味ありげに目配せをし、唯一残る男性となる彼が了解の意を示すのを見てから、シャノーを追った。
 暖炉には火が入り、部屋の内部は暖かい。
 だがリビングにもキッチンにも、人の姿はなく。かといって、荒らされている様子もない。
 顔を見合わせた二人は、二階へ続く階段へと移動した。
 注意深く階段を昇れば、部屋の扉のうち一つが僅かに開いている。
「‥‥あの部屋は‥‥確か‥‥」
「うん。お祖父さんの部屋だね」
 先日泊まった裕貴が答えて、二人は注意深く扉へ近づく。
 そして、息を潜めて部屋の中を窺えば。
「‥‥イルマ‥‥!?」
 周囲に注意を払いつつも、シャノーが慌てて駆け寄る。
 部屋の真ん中ではダンボール箱とアルバムや本、小さな脚立に潰されたイルマタル・アールトが、目を回していた。

●短い昼の間に
 ゆらゆらと空へたなびく煙を追って、笑い声が起きた。
「もう‥‥何があったのかって、心配したんだよ!」
 取り皿片手に、紗綾がイルマへ抱きつく。
「すみません‥‥私の不注意でご心配を‥‥」
 恐縮し、萎縮する友人に、笑いながらアイリーンは頭を撫でた。
「大丈夫よ、少し驚いただけだから。でも、たんこぶ出来てない?」
「それは、平気です!」
「はい、こっちは焼けてきたから。イルマは好き嫌いとか‥‥大丈夫?」
 バーベキューの『焼き係』として金網の上を仕切る裕貴が、焼けた野菜や肉を少女達の方へ寄せてやる。
「はい。ありがとうございます、ヒロ」
 礼を言いつつ、笑顔をみせるイルマに、カメラを手にしたシャノーは安堵の息をついた。

 事の顛末は、こうだった。
 聞き覚えのない言葉の話をされ、それが何だか気になったが為に、一行が訪れるまで祖父の部屋で遺品−−日記や、写真の類を探していたのだが。二台の車が向かっている事に気付き、慌てた拍子に梯子から足を滑らせて、書棚の上から降ろそうとしたダンボール箱共々ひっくり返り、昏倒した−−という。

「それで、何が気になったんですか?」
 味噌汁の椀を渡しつつ、葵が尋ねた。
「あ、はい。お祖父さん‥‥か、両親の事を知っている人みたいなんですけれど、『歌う木』っていうのを聞いた事がないかって」
「『歌う木』?」
 その言葉に、誰もが首を傾げる。
「『歌う木』かぁ‥‥うーん、正直さっぱりわからないかな。けど‥‥この森に来て思ったけど、耳を澄ましたら聞こえるのよね。雪の重みや、風に揺られる木の音が。これも‥‥歌、かな?」
 思案の間に焼き過ぎないよう、アイリーンが皆の取り皿へと肉や野菜を『避難』させつつ答えた。
「そうですわね。そう考えると、世界は歌で満ちている事になりますね」
 マリーカの言葉に、フォルテは周りに広がる白樺の木々をしげしげと眺める。
「歌で満ちた世界‥‥何だか、楽しそうだね」
「はい。そうですね」
 歳が近いためか、イルマはフォルテにも笑顔で返事をする。
 祖父と長く二人暮しで人が大勢いる状況に慣れず、人見知りも激しかった事を思えば、随分と成長したものだ‥‥と、シャノーは目を細め。
「‥‥イルマは‥‥今まで、どんな‥‥誕生日を‥‥過ごしていたん‥‥ですか‥‥?」
 今日で19歳になる少女へ、柔らかく問いを投げる。
「ずっとお祖父さんと二人でしたし‥‥特に、大した事は。「おめでとう」って、お祖父さんが言ってくれて‥‥私が世話をするトナカイの数を、増やしてくれたり‥‥とか」
「‥‥お祖父さんと‥‥ずっと‥‥ですか」
「お父さんとお母さんの事って、よく覚えてないんです。私が小さい時にはもう、いなくて。お祖父さんも、あまり話をしなくて‥‥いつか聞こうと思ったんですけど、結局聞けなかったですね‥‥」
 小さな笑みと共に目を伏せるイルマに、アイリーンは一つ咳払いをし。
「イルマの両親なら、落ち着きのある人だった気がするかな? 私の親なんか、興味とノリで芸能人やってる人で、ジャンルも国境も簡単に飛び越えちゃうような‥‥って、なんで皆、納得顔なのよっ」
「いえ‥‥別に、普通ですよ?」
「うんうん」
 皆の反応に異論がありそうなアイリーンに、葵と紗綾が『いい笑顔』を返す。
「じゃあ、ケーキでお祝いしたりとかは?」
 それとなく裕貴が話題の軌道修正をすれば、恥ずかしげにイルマは髪を左右に揺らした。
「いえ‥‥二人だと、食べ切れませんし」
「じゃあ、今日は腕によりをかけてケーキを作ってきたから、蝋燭を立ててお祝いしようか」
「うん! 裕貴さんのケーキって、凄いんだよ!」
 自信ありそうな裕貴に、紗綾が目をキラキラさせながら力説するが‥‥『どう凄い』のかは、今は置く。
「あの、いいんですか?」
 遠慮がちに聞くイルマの頭を、今度は恭司が優しく撫でる。
「勿論だよ。裕貴は、君の為に作ってきたんだからね」
「あ‥‥そういえば、前から聞きたかったんだけど」
 不意に思い出したように、裕貴が輪切りのトウモロコシを転がしつつ、小首を傾げた。
「恭司って、イルマの事が好きなのか?」
 素で投げた『爆弾』に、約一部が盛大にむせる。
「ひ、ひひひひひ、ヒロ!?」
「声が裏返ってるよ、イルマ?」
「はいっ。いえっ、でも、キョージのご迷惑ですからっ」
 狼狽するイルマの周りから、皿や椀などを−−動揺して破壊しないよう−−そっと葵が遠ざける。当の恭司はといえば、どこか楽しげにイルマの慌てっぷりを見物していた。

 昼食が終われば、短い昼の時間を楽しむために一行はイナリまで繰り出す。
 一部のメンバーは夕食の為の買出しをし、手の空いたメンバーは車が走れるほどに分厚い氷に包まれたイナリ湖で、スキーやスケートに興じて。
 日が暮れた後はイルマの家まで戻り、カンテレを弾いたり、仕事の近況や身の回りの事を話しながら、穏やかな時を過ごす。
 一眼レフのファインダー越しにそれを見守るシャノーはシャッターを押して、和やかな時間を切り取った。

●ささやかな祈り
 マリーカのキーボードを伴奏に『Happy birthday』の歌声が響き、ケーキの上に並んだ19個の小さな炎が躊躇いがちに吹き消される。
 全ての炎が消えると、クラッカーが次々と鳴った。
「イルマ、Happy birthday♪ これで、私と同い年ね♪」
 アイリーンがウィンクをして、持参のカンテレでメロディを合わせていた紗綾は、イルマをぎゅっと抱く。
「ありがとうございます。こんな賑やかな誕生日‥‥初めてで‥‥」
 涙ぐむ少女に、葵は着物の袂を押さえながらハンカチをそっと差し出す。
「‥‥確かに‥‥19本差しの、バースデーケーキは‥‥私も始めてかも‥‥しれません‥‥」
「剣山ケーキinフィンランド♪ なんてね。19本なら少ない方だよ。40本立てられた人も居るから」
「40本‥‥それ、ケーキじゃなくなってそうなんですけど」
「うん。凄かったよ」
 絶句するフォルテに笑いながら裕貴が蝋燭を取り除き、手際よくケーキを切り分けた。
 そして『主賓』のケーキには、シュガークラフトの狐を忘れずにちょこんと座らせる。
「はい、どうぞ」
 裕貴がケーキを置くが、じーっとそれを凝視したままで、イルマは手をつけない。
「‥‥イルマ? 苦手なものでも、あった?」
「いえ‥‥その‥‥どうしましょう」
 その様子に気付いて気遣う恭司を、困った風に上目遣いで見上げ。
「ん?」
「綺麗で、可愛くて、食べられません」
 しゅんとする少女に、裕貴は思わず笑う。
「作った方としては、遠慮なく食べてほしいけどね。それに‥‥機会があれば、また作ってあげるから」
「‥‥はい」
 それでも少し思案した末に、やっとイルマはケーキに手をつけた。

「では、イルマさんにプレゼントを‥‥僕からは、旅で身に着けた芸を披露するね」
 にっこりと無邪気な笑顔を見せたフォルテは、カラフルなボールを幾つか取り出した。
 一つ二つとそれを宙へ投げ、まずはジャグリングの基本的な技カスケードを披露する。
 器用に交錯しつつ宙で遊ぶボールに、イルマは目を丸くしながらその軌跡を追っている。
 多少の失敗もご愛嬌で、くるりとその場でターンして空中のボールを全て受け止めてポーズをつければ、暖かい光が満ちたリビングに拍手がおきて。
 照れ笑いをしながら、フォルテは頭を下げた。

 次は、マリーカが紗綾のバイオリンに合わせて、チェロを演奏する。
 イメージは冬の北欧。静けさの中に、芯に秘めた力強さを表現という。
 柔らかなバイオリンと深い響きのチェロの弦楽二重奏は、雪の中へと染み入るように緩やかに広がっていった。

「‥‥私からは‥‥これを‥‥」
 トンと、シャノーがテーブルの上に置いたのは、小さなクリスマスツリー。
 スイッチを入れて光を当てれば、急にクリスマス・ソングが流れ出して、その枝を右へ左へとうねうね動かす。
「お、音楽が流れて、動いてますよ?」
 見たままに驚くイルマに、彼女は一つ頷いた。
「‥‥はい。いわゆる‥‥シンギングツリーです‥‥」
「クリスマスも近いもんね」
 アイリーンの言葉に、またシャノーは首を縦に振る。
「じゃあ、私はこれ。お手製なんだけどね」
 ビーズで出来たネックレスの先端には、赤いビーズで木の実が模られている。
「一応レッドベリーのつもり。派手なのは好き嫌いあるし、どうせならこの森にあるものを、と思って。どう‥‥かな?」
「はい、可愛いですっ」
「それから、あたしからはこれ! アイリーンさんのプレゼントと一緒につけてもらえると、嬉しいな」
 若葉の色をした大粒の天念石と、白い小粒のグラスビーズを繋げた、ビーズのブレスレットを紗綾が渡した。
「実は、お揃いで他の皆の分も作ってみたの〜☆ よかったら、もらってね」
 思わぬプレゼントを、皆が紗綾から受け取る。
 恭司には、金と黒。裕貴は赤と黒。シャノーが青と銀で、アイリーンは橙と赤。葵の物は銀と赤、マリーカが深緑と黄に、フォルテは萌黄と金。
 そして、紗綾も青紫と赤で組み合わせたブレスレットを示した。
「では、私からは扇子を‥‥あまり、使う機会はないかもしれませんが」
 葵が差し出した扇子を受け取り、少女は広げた図柄に見入る。
「綺麗ですね‥‥」
 そんな表情に、葵はにっこりと微笑んで。
「俺からは、これ。まだまだ寒くなるしね」
 裕貴が差し出した包みには、シンプルなコートと花をあしらった銀細工のバレッタが入っていた。
 促されてイルマは袖を通し、葵がバレッタを留めてやる。
「うん。似合ってるよ」
「そう、ですか?」
 頬を染めながら、嬉しそうにイルマは髪へ手をやり。
「俺が最後だね。まずは、これ‥‥早めのクリスマスプレゼント」
 恭司が手渡したのは、小さな翼がモチーフのペンダント。受け取った少女の笑顔を見ながら、彼はカンテレを膝の上に置く。
「そしてプレゼントは、カンテレの演奏で。教え子が師匠に成果を見てもらうのは、当然かなぁって思ってね」
 何か言いかけるイルマに指を振って制し、恭司は静かに弦を弾く。
 澄んだ音に、誰もがゆったりと耳を傾けた。