EtR:地下の静寂ヨーロッパ

種類 ショート
担当 風華弓弦
芸能 フリー
獣人 2Lv以上
難度 普通
報酬 3万円
参加人数 8人
サポート 0人
期間 12/09〜12/12

●本文

●中国での戦いの陰で
 オリンポス山にぽっかりと口を開いた遺跡は、中国の戦いを他所に静かだった。
 地下からのNW大量発生という事態に、呼応して何らかの異常が発生するのではないかという憶測も飛んだが、監視の範囲ではNWの再流出も、巨大NWの出現もなく。
 数日の観測を続けた末に、目立った外的な変化はないとして−−中国での大規模な『一件』が予断を許さないものの一時収束に向かった事も受けて−−内部の調査が提言された。

 現状での調査では、ギリシャ様式の遺跡は自然洞窟を思わせる面もあれば、人工的に作られた柱や壁画、階段なども存在し、何の目的で作られたかは未だ不明である。
 第一階層は、既に制圧・踏破され。そこで発見された階段状の通路の先にある、第二階層を調査している段階だ。第一階層の規模から推測して、おおよそ半分か、それ以上の範囲が調査済みであると推測されている。
 砂で覆われた第二階層では、どこかへ繋がっているような通路や隠し部屋の類は、まだ発見されておらず。第一階層で発見された『黒い塊』が、どこから来たかは不明。第二階層では、小型の昆虫型NWが多く見られるが、探索の途中で大型の昆虫型NWも撃破している。
 また遺跡内外では、従来のNWにみられなかった習性も報告されていた。
 複数のNWが外部から遺跡内へと向おうとし、その中には単体行動が主とされるはずのNWが、連携を取る行動も観測されている。

 なお今回の調査では、内部の現状確認を行って何らかの『異常』がないかを確認し、未だ踏破されていない第二階層の探索を再開する事が目的となる。

●今回の参加者

 fa0357 ロイス・アルセーヌ(26歳・♂・一角獣)
 fa0877 ベス(16歳・♀・鷹)
 fa2010 Cardinal(27歳・♂・獅子)
 fa2386 御影 瞬華(18歳・♂・鴉)
 fa2640 角倉・雨神名(15歳・♀・一角獣)
 fa3126 早切 氷(25歳・♂・虎)
 fa3843 神保原和輝(20歳・♀・鴉)
 fa4468 御鏡 炬魄(31歳・♂・鷹)

●リプレイ本文

●承前
 意図を持って小さく積まれた石を前に早切 氷(fa3126)は瞑目し、静かに手を合わせていた。
「先日は‥‥なかなか、興味深い『事例』があったそうだな」
 頭の上から降ってきた声に、顔を上げれば。冷たい風に束ねた白い髪を煽られつつ、チタンフレームのサングラス越しに御鏡 炬魄(fa4468)が、彼と小さな塚を見下ろしている。
「居合わせていれば、公表できずとも『記録』にはできたものを。話によれば、そのNWも遺跡へ向かおうとしていたらしいな」
「ああ」
 短く答えた氷は、立ち上がって腰を伸ばした。
「ただ‥‥選択にもならない、『二者択一』だったようだが」
 なおも炬魄は表情の隠された視線を下方に向け、ふっと氷は息を吐く。
「それでもさ。自分達の命が、何の上に成り立っているかは‥‥忘れたくないっていうか。気休めとか言われるのは判ってるが、それを忘れるってのもな。俺達は人間とは違うが、でもやっぱり『根っこ』は人間な訳だし」
 そして、大きな欠伸を一つ。
「すっかり寒くなって、外で日向ぼっこしながら昼寝って訳にもいかなくなったなぁ」
「当たり前だ。風邪をひくだけでは、収まらなくなる」
 監視所へと踵を返す炬魄の返答に肩を竦め、その後を氷が追う。

「あの、すみませ〜ん。ちょっと教えてもらえますか〜?」
 二人が監視所へ戻ると、監視を続ける係員達の元へ少女達がやってきていた。
「何か、質問かな?」
 席を離れて用件を尋ねにきた係員へ、ベス(fa0877)は大きく頷く。
「前にNWにさらわれた子供達って、どうなったのかな〜って」
「でも、元気そうだって‥‥聞いたよ?」
 ついてきた角倉・雨神名(fa2640)が、彼女の後ろから遠慮がちに付け加えた。
「うん。その後、ちゃんと家に帰れたかどうか気になって」
「ああ、なるほどね。問い合わせてみるから、少し待ってもらえるかな」
 席へ戻ろうとする係員へ、更にベスが手をぱたぱたと振り。
「それからそれから、手帳の事も!」
 付け加えられた注文に、係員は苦笑を浮かべた。
「内容の閲覧かい?」
「時間、大丈夫かな」
 時計を気にしながら見上げてくる雨神名に、腕を組んだベスは「う〜ん」と唸る。
「じゃあ、要点だけ‥‥」
 その間にも、係員は立ったままでデスクのPCのキーボードを叩いた。
「要点ね。どの事項に関してかな?」
「ぴぇ?」
 目を瞬かせたベスは、眉根を寄せて少しばかり悩む。
「え〜っと、新しく判った事で!」
「一口に、新しいって言われても‥‥前に閲覧した事は、あるかい?」
「バラバラの時なら、あるよ?」
 小首を傾げながらの返事に、今度は係員が頭を抱えた。
「それなら、ちゃんと並べられた物は読んでないんだね」
「全てのページを、順番に並べ終わったのか」
 話の流れを聞いていた炬魄が、横合いから係員へ問う。
「ええ。全部‥‥といっても、抜け落ちた箇所もあるだろうから完全とは言えませんが、データ化してくれたお陰で、手分けをして皆で解析しまして」
「それで、内容は?」
「書いた人の素性自体は、こちらの内容からは判明しませんでしたが‥‥」
 現状で判読できた事柄について、係員が簡単にまとめて説明を始めた。

 筆者が気がついた時には、筆者を含めて三人の生存者がいた。
 多数のNWが三人を遠巻きにして徘徊していたが、すぐさま襲われる事もなく。
 かといって水や食事が与えられる訳でもなく、暫くは漫然と「生かされているだけ」の状態が続く。
 ページの欠落で仔細は判らないが、業を煮やした一人が脱出か抵抗を試み、おそらくは失敗して姿を消した。
 残った二人は生存の方法を模索するうち、巨大で奇妙な黒い球状の物体を目にし、そこから小さな蟲が次々と無数に這い出す様に出くわす。
 その後のやり取りも欠落して不明だが、もう一人も筆者の前から姿を消し、筆者自身も「脱出」を断念した−−。

「遺跡そのものの本質については、判らずじまいか」
 腕組みをして、炬魄が考え込む。
「でもNWがいて襲ってこないってのは、何だかおかしいですよね」
 子供ながらに違和感に感じ、意見を求めようと雨神名が振り返れば、椅子の一つを占拠した氷は暢気に船を漕いでいた。
「コーリっ、寝ちゃダメだよ。風邪ひくよ?」
「あ? あ〜ぁ」
 雨神名に揺すられ、ごしごしと口元を拭いながら、氷は眠たげに目を開ける。
「それから、子供達はもうそれぞれの親元へ戻っているよ。事件後のカウンセリングは、今も続けているようだね」
「そうなんだ。ありがとうございました」
 係員の説明に、ベスはぴょこんと頭を下げた。

●闇と沈黙
「それで‥‥子供をさらったNWは、この辺りにいたんですか」
 注意深くロイス・アルセーヌ(fa0357)は岩陰を観察し、湿った土を足で慣らしたり、天井へ懐中電灯の光を投げたりしている。
 先の一件に関わった者の希望もあって、一行は第一階層を再び調べ直していた。
「特に変わった事や、異常らしい異常は見当たりませんね‥‥でも」
 長い黒髪をかき上げて、御影 瞬華(fa2386)も周囲へ注意を払う。
 彼が『見慣れた』中東地域の遺跡と違い、オリンポス遺跡の内部はただひたすらにだだっ広い。
「これなら、鳥に憑いたNWが飛び回っていたという報告も、頷けます」
「でも‥‥静かね」
 一行の会話を吸い込む奥の闇へ、用心深く神保原和輝(fa3843)が目を細める。
「油断は出来ないがな。これまでに見られなかった、NWの連携行動。それに、中国に現れたNWを率いるNW。もしここにもそういうNWがいて、それなりに知恵があるのだとしたら、面倒な事になるかもしれない」
 いつ『異常』が起きてもすぐに動けるよう、緊張を纏いながらCardinal(fa2010)が呟いた。
「だけど、今は何もかもが推測の段階だしな‥‥という訳で、ここは何もナシ。先へ進むか」
 鼻に皺を寄せた氷は、ベスが持ってきたパラディオンの頭をぽんと叩いて率先して立ち上がり、その様子にCardinalは訝しげな表情を浮かべる。
「どうかしたか?」
「よく考えりゃあろくに風は通らないし、NWの死骸がどっさりだった場所だしな。臭気で、鼻がもげそうだ」
 最近『鋭敏嗅覚』が使えるようになった氷は、虎の前足で自分の鼻を押さえた。

「手帳よーし、ファイルよーし」
 第一階層から階段状の通路を降りて、第二階層に出る手前。
 現在の最前線での『拠点』に置いてきた物を、ベスが確認していた。
「風で飛んでいったりとか、してないみたいだね。というか、ちっとも風が吹かなくなってるね‥‥なんでかな?」
「風‥‥ですか?」
 初めて第二階層を前にして佇んでいたロイスが、少女に振り返る。
「うん。一番最初に来た時は、奥から時々、強い風が吹いていたんだよ。でも、ドコから吹いてくるか確かめる前に、止まっちゃった」
「落盤などが、あったんでしょうか。でも風の流れが変わったり、止まったりする程なら‥‥この辺りも被害らしきものがあっても、おかしくないでしょうし」
「だよね〜?」
 ロイスに同意して首を捻るベスへ、瞬華が苦笑を向けた。
「行けば、判るんじゃないですか?」
「では、行くか」
 それなりの『準備』を整えたCardinalが、のそりと立ち上がる。
「あ。灯り、出来るだけ消してね」
 ベスの言葉に、今度は和輝が首を傾げる。
「暗いと、調べられるものも調べられなくならない?」
「ああ‥‥ここで飛び回ってる小さいヤツは、俺達の持ってる光に向かってくるんだ。懐中電灯とか、割られるから注意な」
 警告を伝えながら氷は防寒用のマントを広げ、ぐるぐると塊状にした。

 小型NWの群れの接近に合わせて火を焚き、他の灯りはスイッチを切る。
 高速で突っ込んでくる甲虫は、火を点けた布の類を獣人だと思うのか、何度もそれに体当たりをし、火の粉を散らした。
 その間に、一行は群れから離れ‥‥それを繰り返しながら、奥へと進む。
 湿った土と突き出した岩に覆われた第一階層と違い、第二階層は一面が砂に覆われていた。ただここも黒々とした闇の空間が広がっており、時間や距離感に不安を覚えさせる。
「砂の中にもかなりの数の小型NWがいるようだが、何を感知して襲ってくるかはまだ判っていない。気をつけてくれ」
 Cardinalに促されて雨神名は緊張気味に頷き、和輝や瞬華は銃を握る手の汗を拭った。

 囮の炎を焚いても完全に襲撃が防げる訳でもなく、飛んでくる蟲を払い落とし、叩き落ししながら、一行は注意深く歩を進め。
 やがて人工の灯りは、その『行き止まり』を照らし出した。

●壁と這うもの
「ここが行き止まり‥‥でしょうか」
 白っぽく見えるその『壁』に、瞬華は首を傾げる。
「それにしては、やけに拍子抜けよね」
 右へ左へと和輝が懐中電灯の光を投げてみるが、壁はずっと先まで続き。
 上を照らせば、地上から天井までそそり立っている。
「どうしよう‥‥」
 不安げに仲間を見上げる雨神名に、炬魄も少し考え込む。
「上の層と同じように、どこかに通路が開いているかもしれないな」
「ええ。風が吹いていたなら、例えば外への抜け道などがあるかもしれません」
 ロイスも頷き、壁に沿って移動を始めようとするが。
「‥‥待て。これは岩じゃない」
 じっと観察していたCardinalが、一行を呼び止めた。
「ぴよ? 岩じゃないって‥‥でも、これ?」
 不思議そうにベスが『壁』を指で突付けば、それは弾力を持って押し返してくる。
 ぐいと押し込めば指に粘質の物体が付着し、にちゃにちゃした感覚に彼女は眉を顰めた。
「何だか、ガムかトリモチみたい‥‥気持ち悪ぅい」
「確かに、コレは壁じゃないな」
 ライトバスターを手にした氷が、光の刃を突き立てる。
 それなりの手ごたえがあったものの刃は『壁』を貫通し、更に氷は左右にねじってそれなりの穴にまで広げる。
 研ぎ澄まされた視覚を持つ者が僅かな灯りを頼りに覗き込めば、その先にはまだ暗い空間が続いていた。
「でも何故、こんな場所に‥‥?」
 疑問を口にするロイスに、答える者はなく。
 その代わりに、『壁』が微かに波打った。
「‥‥今の‥‥?」
 奇妙な壁に触れようと、雨神名が恐る恐る手を伸ばせば。
「離れろ!」
「ぅえっ!?」
 肩を掴まれ、ぐいっと力強くいきなり後ろへ引っ張られた。
 と同時に。
 ぞむっと鋭い錐のような硬質の爪が、壁の向こうから彼女のいた空間を抉る。
「きゃ‥‥っ」
「大丈夫か?」
 引っ張られた勢いで尻餅をついた雨神名を、壁から引き離した炬魄が気遣い。
 その間に、爪は壁へと引っ込む。
 だがそれで終わりではなく、獲物の存在を確かめるように何度も爪が壁を突き破って伸ばされ、壁の近くにいた者達は慌てて距離を取った。
「一体、何が‥‥」
 和輝が穴を懐中電灯で照らせば、反対側からも窺うように並んだ複数の複眼が見え。
「NW!?」
 瞬華は『念』を込めぬままエア・スティーラーの引き金を引くが、ボソボソと小さな穴が開くのみ。
 次の狙いをつける間もなく不意に足元の砂が崩れ、瞬華は慌てて飛び退った。
「下にも、何かいるみたいです!」
「ぴぇ‥‥小さい蟲かな?」
 いざとなれば雷を放って一掃しようと、身構えるベスだったが。
 砂を吹き上げた伸びたのは、壁から現れたのと同じような鋭い爪だった。
 長い足を振り上げて半身を顕したNWは、一見すると蜘蛛に酷似し。
 捕獲が空振りに終わったと見るや、すぐに砂の中へ沈んで身を隠す。
「砂の下と壁の反対側‥‥二匹、いるようだな」
 その『壁』が彼らのテリトリーなのか、距離を取れば追いすがってくる事はなく。
 一方で彼らやNWの爪が開けた穴は、向こう側のNWが修復しているのか、ジワジワと塞がれていく。
「これは‥‥簡単には、通してくれそうになさそうだなぁ」
 面倒そうにガシガシと氷が髪を掻いて、溜め息を吐いた。
「どうしよう。今回の調査は、先に進む為の下調べ‥‥だよね」
 ベスが仲間達を見上げ、他の者達も互いに顔を見合わせる。
「危険が及ばない程度で、調べてみましょうか」
 余り気が乗らないながらも、ロイスは各々の表情の『結果』を纏めた。

 弾力がある粘質の『壁』は、通常の刃物や腕力で裂く事は難しく。
 また壁を破壊しようとすれば、NWが妨害に現れる。
 壁を破壊するにしても壁の向こうのNWと戦うにしても、砂中から不意に襲撃するNWがネックであり。
 これを放置して『壁』の破壊を優先するか、先に砂中のNWを倒すかが次の『課題』である事を確認して、一行は報告の為に地上へと引き上げた。