Black Invitation IIヨーロッパ

種類 ショート
担当 風華弓弦
芸能 1Lv以上
獣人 1Lv以上
難度 やや難
報酬 1万円
参加人数 8人
サポート 0人
期間 11/30〜12/03

●本文

●再びの‥‥
 ポストには、各種請求書やダイレクトメールに混じって一通の封書が入っていた。
 白い封筒には、流れるような美しい文字で宛名が綴られている。
 差出人を確かめるべく封書の裏を見れば、そこにも黒いインクで一文があった。
『the World Entertainments Association Rumania branch』
 −−WEA、すなわち世界芸能協会。

 白い封筒の封を切ると、中は対照的な黒いカード。
 カードを開けば、そこにはタイピングされた金ぴかの文字が不穏な文を刻んでいた。

●禍刻への招待状
 親愛なる諸君、御機嫌は如何かな。
 さて、君はかつて辿った苦難を覚えているだろうか。
 それらは誇大に作り変えられた伝聞であり、見知らぬ病であり、風評によって変異していったもの。
 漂う多くは些末な事柄だが、稀に深い関わりを持った事象が沈んでいる。

 ルーマニアのシギショアラ。修復工事の為に閉鎖された山上教会。
 そこには、とある災禍が眠っている。
 それはかつて変死の病に失われた村で唯一残っていた書。決して開いてはならぬ禁断。福音に潜みし摩羅。
 在るだけで何れは清水を蹂躙する一滴の汚濁だ。
 ささやかな忠告をするなら−−これのエスコートをする真似だけは、私なら避けておくね。

 その果てぬ眠りに如何な幕を引くか、手腕を楽しみにしているよ。

 さぁ‥‥宴に赴く、用意と覚悟はあるかね?
                                −−from Nirgends

●今回の参加者

 fa0027 せせらぎ 鉄騎(27歳・♂・竜)
 fa0190 ベルシード(15歳・♀・狐)
 fa0800 深城 和哉(30歳・♂・蛇)
 fa1101 相馬啓史(18歳・♂・虎)
 fa1179 飛鳥 夕夜(24歳・♀・虎)
 fa1412 シャノー・アヴェリン(26歳・♀・鷹)
 fa1616 鏑木 司(11歳・♂・竜)
 fa1797 小塚透也(19歳・♂・鷹)

●リプレイ本文

●トランシルヴァニア地方シギショアラ旧市街
 ハーメルンの笛吹き男。彼が連れ去った子供達が現れた場所ジーベンビュルゲンは、ここトランシルヴァニアのドイツ名である。小さなシギショアラの街は、後に吸血鬼ドラキュラのモデルとされる串刺し公ヴラド・ツェペシュの生家がある事で有名だ。
 そんな逸話や歴史を感じさせない光景が、そこには広がっていた。
 木々の葉は落ちたが、雪はまだだ。丘に向かって段々畑のように並ぶ屋根の群れと、その中程にそびえる時計塔。それらを縫う石畳の道。そして丘の頂上に、目的の赤茶色い屋根が小さく見える。
 駅周辺では物乞いの子供、宿泊部屋を貸すと言う男、安く乗せると言うタクシー運転手など観光客目当ての客引きが絶えなかった。
「静かで平和そうだと思ったが‥‥」
 それが、せせらぎ 鉄騎(fa0027)が呟いた街の第一印象。強面の鉄騎がサングラス越しに睨むと、大抵の客引きは引き下がった。
「治安が良いとは言えないね」
 腕っ節には自信がある飛鳥 夕夜(fa1179)も、油断なく辺りを見る。一方、シャノー・アヴェリン(fa1412)は彼らを完全に無視している。というか、単にぼんやりさんなのだが。
「とにかく、合流先のホテルへ行こう」
 鉄騎を先頭に、彼らは冷たい風の中を足早に進む。

『あの‥‥お言葉ですが、そもそもソレらが判っていればそういった仕事の話は出ないと思うのですが』
 電話に出た係員の説明は噛んで含めるように丁寧だが、棘がある。
『それにWEAは色々なバックアップは致しますが、便利屋ではありませんよ?』
 コレがトドメだった。むぅと膨れてベルシード(fa0190)は電話を切る。事態への対処能力を疑われるのは悔しい。
「お。なに膨れてるんだ、ベル」
 ホテル内部のレストラン前で、小塚透也(fa1797)が彼女に声をかけた。2人はここ1ヶ月、何度も一緒に仕事をした顔馴染みである。
「WEAが本の題名とか装丁とか、知ってるかなーと思ったんだけど‥‥知らないって」
「ああ‥‥それだけど、俺は『聖書』のような気がするんだよな」
「聖書?」
「あの手紙の『福音に潜みし摩羅』って文。新約聖書の中で、マタイ・マルコ・ルカ・ヨハネによる4つの文書の部分を『福音書』というそうだ。ま、皆の意見も聞いてみよう」
 促されてレストランに入ると、6人が待っていた。
「では、作戦会議といくか」
 全員が揃ったところで、最年長の深城 和哉(fa0800)が切り出した。

●第一の罠
 薄暗いトンネルの先に、出口の光が待っていた。
 176の段差を登って木造の屋根付階段を抜ければ、そこはドイツ語学校と山上教会が並んでいる。
「‥‥疲れました」
 ふぅと息を吐くシャノー。体力のない者には、少々きつい。
 12月1日はルーマニア統一記念日で祝日だ。作業員も学校も休みだと和哉が予想した通り、周囲に人影はない。
「じゃあ、観光客はブラブラしてきます」
 鏑木 司(fa1616)が軽く頭を下げ、彼の後に夕夜とシャノーが続く。3人の背中に相馬啓史(fa1101)が手を振った。
「頑張れやー。何かあったら叫べー」
 振り返った司が、はにかんで啓史に手を振り返す。
「けーちゃんが俺達からコッソリ離れて隠れるって‥‥難しい気がするが」
 透也に見上げられて、がっしりとした体格+身長185cmの啓史はぽしぽしと頭を掻く。
「鉄騎が分身して誤魔化す」
「無理言うな」
 冗談めいた会話を続けているうちに、教会の入り口へ着いた。両開きの木の扉に鉄騎が手をかけると、蝶番が軋みながら扉が開いた。
 来訪者を見て、礼拝堂にいた質素な服装の青年が、急いでやってくる。
「ようこそ。何か御用ですか」
 教会の修道士は、人の良さそうな笑みで尋ねた。
「私達は日本の放送局の者で、古い伝承や習慣を紹介する番組を作ってます。こちらの教会の取材をしたいのですが」
 慣れた様子で透也が繋ぎを付ける。この1ヶ月の経験は伊達ではない。
「構いませんが‥‥カメラは何台でしょう」
 少し不思議そうに聞く修道士。この国では、カメラを持ち込むと撮影料を取られる場所が多い。が、カメラを持つ者がここにいない。
「まだ企画の段階なので、カメラはきてないんです。シギショアラ歴史地区は世界遺産として登録されていますし、是非この教会の歴史的背景も詳しく伺えたら‥‥と」
 和哉が間に入ると、青年は快諾して扉を開け放つ。透也が和哉に囁いた。
「ナイス機転。さすが脚本家、助かった」

 一面の白い壁。正面の窓から光が入り、礼拝堂の中は意外に明るい。
 祭壇には木で作られた4体の彫像が置かれ、縦に長い窓の前には聖画像イコンがあった。白い壁沿いには、足場が組まれている。片隅では、広い礼拝堂を暖めようと薪ストーブが懸命に燃えていた。
「実は1480年に内装のフレスコ画が制作されたのですが、1777年に白く塗り潰されたんです。今はその塗装を落とす作業中でして」
 修道士の説明を聞きながら見渡すと、確かに白い壁の下から色彩が姿を現している途中の絵があった。完全な絵は、既に修復の終わった物だろう。
「教会自体は、いつ建ったんですか」
 じっとイコンを眺めていた和哉が振り返ると、修道士は答えた。
「1345年です。元は1200年頃の古い教会の遺構があって、その上に建てたんです」
「曰く付きの物とか、持ち込まれたりは?」
 注意深く聞いてみるベルに、青年は哀しげな表情を浮かべた。
「むしろ、逆です。以前はここに12使徒の聖人を彫った銀の像もあったんですが‥‥1601年に盗まれました」
「‥‥」
 一方、鉄騎はウロウロしながら、外観と内部を頭の中で比較する。啓史の姿は既にないが、礼拝堂は居住空間すらないようだ。入り口の上に小さな尖塔はあるものの、そこに何かしらの本を所蔵しているとも考えにくい。何より、監視カメラなどの設備が見当たらなかった。
「必要でしたら、クリプトもご覧になりますか? ただ、幾らか寄付をいただきたいのですが‥‥」
 修道士の声と共に、寂しい鉄騎の懐へ寒風が吹き込んだ。現在の所持金○千円。寄付など論外。決して口に出せないが、むしろ俺に寄付希望。
「俺はここで待ってもいいか?」
 恥を承知で告げる鉄騎に、修道士は快よく了承した。

●第二の罠
 教会の正面から余り離れてない位置に、石の墓標が立ち並んでいた。
「教会にお墓はおかしくありませんが、凄いですね」
 肌寒さを感じて、司は腕を擦った。斜面にびっしり並ぶ墓石は、見ていて気持ちいいものではない。
「土地がないんだろうね。あっちに城壁みたいなのが見えるし」
 夕夜が指差した先に、石積みの壁が見えた。今は途切れた部分もあるが、シギショアラは城砦に囲まれた城塞都市だったという。
 墓地から戻り、教会を回り、屋根付階段とは違う小道を見つけて、司は考え込む。
「ここを通るのも手ですか」
「そして、正面の窓から侵入だね。他に入れそうな所もないし」
「司、夕夜」
 今までずっと黙っていたシャノーに名を呼ばれ、2人は彼女へ近づく。
「ここはとても‥‥素敵なところですね‥‥」
 ぽつりとシャノーが呟いた。
 シャノーにつられて見れば、眼下に広がるのは中世の町並み。時計塔が時を告げる音。細い道を走る子供達。小鳥の囀る声。
 それは時間を忘れそうで、少し寂しげな宝物の空間。
「本さ。WEAに持って行かなきゃダメかな」
 不意に夕夜が項垂れた。赤茶色の髪が、不安げな瞳にかかる。
「あの『エスコート』って、本の状態で持ち歩く事を言ってる気がする」
「‥‥本なのですか」
 素朴なシャノーの返答。根本的に何かが違う。
「『書』って書いてあったろ?」
「‥‥そうでしたか」
「あたしは、人込みを爆弾抱えて歩くようなモンだと思う。嫌な予感がするんだよ」
 溜息を吐く夕夜に、司が「そうですね」と賛同する。
「持って行くとしても、念の為に本へ波光神息を使いたいです」
 本のNWを生き物に寄生させればいいという意見もあるが、その話が出る度にDOMで見た被害者の少女の服の残骸が司の脳裏に蘇る。
「‥‥実体化させるのは、駄目です」
 心の内の不安を示すかのように、彼らの方針の一部はバラバラだ。
 冷たい12月の風が、ざぁざぁと吹いた。

 教会から出てきた鉄騎以外の3人は、一様にげんなりしていた。
「どうしたんですか」
 見かねて尋ねる司に、透也が首を振る。
「こなくてよかったぞ、司。嫌なモン見ちまった」
「でも今晩忍び込むんですよね、トーヤ」
「あ‥‥そうか。また見るのか、アレ」
 何を見たんだろうと、司と夕夜が顔を見合わせた。鉄騎も見ていないので、肩を竦める。
「ともかく‥‥『本』の場所はほぼ確定だろ。地下のクリプトに違いない」
 冷たいが新鮮な空気を深呼吸して、漸く和哉が告げた。

●第三の罠
 ランタンの光が、通路を照らし出す。
 煉瓦や漆喰で固められた狭い通路は空気も悪い。僅かな灯りを頼りに、透也と夕夜が壁に開いた穴を調べていた。通路の突き当たり、5人−−ベルはホテルに残っている−−が待つ小部屋の中央には古い人骨が積まれた小さな山がある。
「礼拝堂を建てた時、壊した墓地に埋葬されていた人達だそうだ」
 昼間見ている和哉達も、表情は硬い。
 ちらちらと骨を見つつドッグタグをいじっていた啓史が、不意に司の腕を掴んだ。
「啓史さん?」
「俺と司で、誰かこんか見ちょるけん」
 そのまま、啓史は階段まで司を引っ張っていく。
「その方がいいだろう」
 鉄騎が振り返る司を促した。あまり、子供が見ていい光景ではないのだから。

 彼らは日が沈んで修道士が帰るのを待って、中に潜む啓史に連絡を取った。人がおらず警備システムもないなら、正面から入る方が楽だ。
 啓史に扉を開けてもらい、祭壇の手前にある入り口から地下への階段を降りる。
 クリプト−−聖堂地下室。そこは、以前あった教会の遺構を利用して作られた空間だった。
 実は聖人の一族と高僧達、60程の棺が壁に埋まっているという。壁の穴は調査の為に開けられた棺らしく、その数は約20。
 和哉が鋭敏嗅覚で本の匂いを探すという方法もあるが、いかんせん地下墓地は死の匂いに満ちていた。結果、透也と夕夜の二人が、鋭敏視覚で壁を崩した部分を調べる事となったのである。

「‥‥気が滅入るな」
 透也がぼやく。まるで、拡大鏡で死体を見るようなものだ‥‥15分も続ければ、流石に気分が悪くなる。
「少し休憩した方がいいよ」
「いや、効果時間がもったいない」
 夕夜は言うが、女性に気を遣われるのも、それはそれで口惜しいので頑張る事にする。
「‥‥トーヤ、ちょっと」
 名前を呼ばれて、夕夜の隣に移動する。低い位置の穴で、膝をつかないと中が判らない。
「なんか字、みえない?」
 場所を譲られて注視すると、骨だけの腕とカーブを描く胸骨の間に何かが見えた。擦れた文字だが、今の視力なら読み取れない事も無い。
「びー、いー、あーる‥‥いや、ドイツ語か。これ」
 アルファベットにない字もある。彼が読み上げる文字をメモした和哉が、それを意味のある言葉にした。
「如何なる手段でも私に触れるな−−」

●Hazard
「‥‥ふぅ」
 口を覆っていたスカーフを解いて、シャノーは一息ついた。礼拝堂は冷えるが、地下墓地よりずっといい。
「酷い目に合ったぜ」
「鉄騎、力仕事しかしていないだろ」
「仏さんの寝床を引っ張り出すんだぞ。あんな力仕事は勘弁だ」
 そんな軽口も心地よい。
 シャノーは手にしたビデオカメラで、夕夜が持つ古い聖書を映す。念の為に他の棺も確認したが、見つけ出せたのはこの一冊だけ。しかもかなり前に開けられた棺らしく、本を取り出して形跡を隠すのは埃との戦いでもあった。遺体が抱いていたのは、崩れそうなボロボロの聖書。赤茶色い本の表紙には夕夜と透也が見た通りの走り書きの文字があるが、擦れていて普通では読めない。
「それ、大丈夫?」
 心配そうな夕夜に、シャノーが頷く。
「本を開かない限り‥‥平気だと思います‥‥」
「で、コレをどうするかだが」
 和哉の一言に、腕組みをして考え込む一同。司は決意の瞳で彼らを見上げた。
「僕に波光神息をやらせて下さい。情報生命体でも命があるなら、効果があると思うんです」
 司は、自分が完全獣化する事に若干の躊躇いがある。それを、共にNWを倒す戦いに立った透也は何となく気付いていた。だがそれでもやりたい事なら、それも構わないだろう。
「いいけどな。俺達まで、ぶっ飛ばすなよ」
 明るく透也が答えれば、司は力強く頷いた。

 波光神息の淡い一瞬の光が礼拝堂に満ち、フレスコ画を幻想的に照らし出た。

●−−果てぬ眠りに幕引く手腕は
 翌日、彼らはホテルのフロントで一枚の手紙を受け取る。フロントマンの話ではジプシーの子供が小銭で誰かに頼まれ、届けに来たらしい。
 白い封筒を開けると中には黒いカードが出てくるが、何もかかれていなかった。
 そしてカードの間から、焦げた何かの紙片がぱらぱらと毀れ落ちた。

 誰もいない深夜の礼拝堂で、ゆらゆらと薪ストーブの火が燃える。
 人気が無く、ちゃんと本を灰に出来そうな場所は、教会しか思い当たらなかったためである。
「誰も目にしなければ、誰も感染しない‥‥事態は、考えていたよりシンプルだったわけだ」
 誰ともなしに、ぼんやりした呟き。
 それでも彼らにとっては再確認であり、一つの収穫かもしれない。
 あとは、WEAが贋作を用意して元に戻してくれるだろう。資料として、シャノーの撮ったビデオを渡せば十分だ。あの埃の量では、急に棺を調べる事もないだろう。
 災厄が眠る本を浄化するように炎が舐めあげ、朽ちた聖書を灰へと変えていった。